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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2019年06月05日

「学びの当事者になる」「学びは完結しない」という感覚

「学びの当事者になる」「学びは完結しない」という感覚

昨年10月、大正大学「地域実習」でご一緒した茂木先生から、
「高校生と地域活動」というテーマで勉強会講師をしてもらいました。

~~~ここから講義メモ

大学には行きたい。でも、何を勉強したいのか分からない。

親が勧める学部を志望先にする。(例:資格がとれる学部、就職率がよい学部)

受験勉強に対する意欲が低下し、学びに主体性のない生徒が増加する

今まで以上に手をかけ、教員の負担が増える

高校生の学びのモチベーション向上と教員の業務削減を達成するには?
浦崎太郎先生(当時岐阜県立可児高校・現大正大学)との出会い
「地域再生×高校キャリア教育」というキーワード

ユネスコ部での聞き書き。
地域の名人を訪ね、聞き書き。
録音した会話の書き起こし。
そのプロセスでの名人の価値観や想いを受け止める

「地域の大人と話すことで、「教科書や本には書いていない輝くものを
見つけることができた。人の話を聞くということは、その人と同じ人生を
もう一度一緒に歩くということだと思った。(2014年Nさん)

地域の大人の話をきっかけとし、生徒が自分自身と向き合い、
「生き方」について考えるようになる。

高校生が地域で学ぶことが自分の進路を考えるきっかけとなり
学びに対する主体性を高めることができる。

H25「魚沼学」の実施

スイカを使った化粧水づくりなどの実践

「魚沼は世界とつながることができる。
世界中どこだって、日本のどこだって
私たちの大地はつながっている。

足元に目を向けたとき、そこにはチャンスが転がっている。
ザンビア共和国・ハイチ共和国のチャンスはバナナだった。

私たちのチャンスはスイカだった。
あなたの足元には何が転がっているだろうか?」

教員の懸念
1 活動のイメージができない
2 授業時間の確保が難しい
3 業務が増加することへの懸念
4 連携についての相談先がわからない

⇒一般社団法人 愛・南魚沼みらい塾設立
ナナメの関係

高校生の声
「今までは与えられた問題にしか取り組まず、自分から行動する機会がすくなかった。しかし、SGHでの学びを通じて、勉強以外でも自分で課題を見つけて、行動できるようになった。」

「最初は「めんどくさい」と思うかもしれないけど、SGHは追求すればするほど楽しくなります。SGHをつまらなくするのも、おもしろくするのもあなた次第です。」

課題
1 教員自身の興味関心、「総合探究」を楽しめるか?
・教員が生徒の「伴走者」になれるか?

2 学校内の体制作り
・担当者の異動、校内分掌の配置換え、管理職の理解

3 連携コーディネーターとのコミュニケーション
・それぞれの立場を通訳する人の存在

4 学校外でも生徒の学びを担保する環境づくり
・ゆるいコンソーシアム(連携)

5 「探究」する土壌、教室の雰囲気、集団づくり
・「魚沼学」の授業だけが別空間?
・学校の授業、教科での学びが探究活動の土台
・創造的な思考はケア的な空間が生む

6 生徒の学びの見取り方(評価)
・ルーブリック評価で、生徒の学びが本当に見える?
・活動から見えてくる生徒の姿をだれがどう読み取るか?

7 経済的サポートはどこから?
・SGH予算がなくなるが・・・
・行政からの支援は?
・みらい塾の運営資金は?

~~~ここまで講演メモ(資料から)

「学びの意欲の低下」ってホントなんだなと。そのインセンティブがないもんね。そもそも「インセンティブ」っていう考え方が学びの意欲の低下を引き起こしているけど。

「学びの主体性」を取り戻すこと。そこに尽きるのかもしれないな、と。そこには大人の「愛」や「探究」に直に触れること。そして人は地域の当事者になると同時に、学びの当事者になる、ということなのかもしれない。

自分を愛する前に、誰かや地域を愛すること、その前に誰かや地域の「愛」を体感すること。それが必要なのかもしれない。「愛」は言葉じゃなくて、波動というか、「波」だから。

茂木先生が「聞き書き」実践やSGHで得た経験っていうのは、
「当事者になる」っていうことなのかもしれないと思った。

「探究」のいちばんのポイントは、「学びの当事者になる」
ということだろうと思う。
そしてそれは、「人生の当事者になる」のと限りなく近いだろう。

地域に出ていき、そこにある「地域課題」への「違和感」や「活動する大人」への「共感」
を膨らませて、「プロジェクト」をつくること

そのとき、生徒はそのプロジェクトの当事者になる。
その当事者性の高さが必要なのだろうと思う。

国連やテレビ・新聞や誰かから借りてきた「課題」では、
その当事者性が高まらないのだろうと思う。

通学路の畑に捨てられているスイカの山への違和感。
聞き書きでヒアリングした農家のおじいちゃんへの共感。

その「違和感」や「共感」が強ければ強いほど、
そのプロジェクトは自分の、あるいはチームの
主体性の高いプロジェクトになる。

「学び」ってなんだろう?ってあらためて思った。

摘果(間引き)されたスイカで化粧水を作った高校生が言った。

「捨ててあるものを見たら、何かに使えないか?って考えるようになった」

思考行動プロセスの変化。
それは大きな価値だろうと思う。

かつて、哲学者サルトルは、「社会参画せよ」と呼びかけた。
それは言い換えれば、「当事者たれ」ということ。

プロジェクトの当事者になることで、
地域の当事者となり、自らの学びの当事者となり、
そして人生の当事者となっていく。
そんな絵が見える。

ちなみに昨日の勉強会で一番印象に残ったのは、
「学びは完結しない」というキーワード

そうなんだ。
すべての学びは、本来、到達点ではなく通過点に過ぎない。

その感覚。
私という存在は、学びという営みの中の一部、構成員に過ぎない。

たぶん、そういう感覚。
それが僕にとって、学ぶということの喜び、なのかもしれないと
話を聞いていて思いました。

茂木さん、遠くからありがとうございました。

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Posted by ニシダタクジ at 07:31│Comments(0)日記
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