プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 8人
オーナーへメッセージ

2020年02月09日

「モモ」のような本屋

「モモ」のような本屋

長野県立図書館
「これからの公共について考えるための対話 vol1」

ゲストはクルミドコーヒーの影山知明さん。

影山さんファンだっていうのと、
平賀館長の長野県立図書館「学び創造ラボ」を
見てみたかったので、行ってきました。

「モモ」のような本屋
こんな感じです。
中高生がめちゃめちゃ勉強してました。
その横でやっているトークイベント。
潜在的には何か入っているんだろうなと。

「モモ」のような本屋

クルミドコーヒー影山さんのトークの後、
4人でのトークセッション。

いちばん心に残ったのは、「モモ」(ミヒャエルエンデ)の話かな、と。

「モモ」のような本屋

センジュ出版吉満明子さんも著書「しずけさとユーモアを」の中で書いている。
「本当は、モモになりたかったはずだ。誰かの話をじっくりと聴いて、うんうんとうなずく。その人が持つ「本当」を、何か特別な質問をするわけでもなく聞きながら、その人が笑顔になっていくのを一緒に幸せに思う。そう願っていたはずなのに、私はどこに来ているんだろう」(しずけさとユーモアを)

影山さんも言っていた。
「モモ」が増えていけばいい、と。他者を操作しようとしないこと。
評価でもアドバイスでもなく話を聞いてくれる存在と空間。

「あなたがモモになったらいいんじゃないですか?」

そんな呼びかけに、はい、僕やります!って即答したくなった。

~~~ということで講演&トークメモ

まちとの共用部、現代的縁側としてのクルミドコーヒー。
天職callingとは、生きてるうちに呼ばれるもの。呼ばれた意味は後になってからわかる。
カフェをやるために生まれてきた。

カフェも図書館も目的を持たずにフラッといけるし、時間を過ごせるところ。
目的を持って行く場所と目的を持たずに行く場所。

「説明責任」という言葉が嫌い。どんな成果が生まれるのか、やる前から求められるが、それは事前には説明できない。
あらかじめ成果を設定するとそれに沿って操作してしまう。そうすると創造性は開花できない。

わたしとあなたのあいだに共用部、中間領域を作っていく。
続「ゆっくりいそげ」はデモテープとして出版した。完璧に作らないこと。
本来出版とは公化すること。出版するとは、わたしとあなたのあいだに本を置いてみること。

コール&レスポンスがあるということ。
背開き製本で、180度に開けること。余白をたくさんとって書き込めるようにしたこと。
答えじゃなく問いがあること。

エンジニアリングは、お金、時間、労力を最小限にし、安い車を量産した。その仕組みは効率という点においてあまりにもよくできていたので、工場以外にも浸透していった。企業だけならまだしも、まちづくりも、NPOも、果ては教育やメディアまでもが、成果に向かってどうするか?となってしまった。

エンジニアリングが行き過ぎると人間の手段化が起こる。使えない人材などという言葉が出てくる。
生きづらさの源は、利用価値で人を測ることではないか?

リザルトパラダイムからプロセスパラダイムへ。
カフェの売り上げ目標を決め、そこに向かっていくとワクワクしない。
カフェの価値である思いがけないことがキャッチできなくなる。新しいことを思いついても計画に書いてないからできない。
計画を立てるのをやめ、日々を生きていく。

数字をちゃんと見ながらも、それを目的にしない。
植物に似ている。最初から樹形は決まっていない。関係性の中から育ち方を決めていく。

クルミド大学
https://kurumed-u.jp/

今日一番アツかったのは、クルミド大学の話。
そもそも大学って何?とか、そういう話好き。

クルミド大学にはキャンパスが無く、先生がいない。
今の大学は教える方があまりにも組織化していて、学生をお客さん化している。

学びたいと思っている人だけが来る大学。
ボローニャ大学のように。

教育目標も、こんな人を育てたい、じゃなくて、
機会から学ぶ人をつくる環境だけはある、みたいなの。

大学にあるものは大体ある。
・学生証・ライブラリー・学食・出版会・合コン・部活・奨学金制度・裏口入学
棚1つでも立派な大学のライブラリーだ。

無目的性と目的多様性。
どっちも大切なのだね。
あ、無目的ってのは多様性のひとつか。

木が育つには、土が育たなければならない。
パイオニアな木が土を耕した。
土というのは人の関係性やつながりのこと。

共生と孤立、不自由と自由のマトリクスで考えると、共生で不自由な田舎から、自由を求めて都会に飛び出して、自由だけど孤立してしまった。
ふたたび共生で不自由には戻りづらい。だから共生で自由、というのができないか?
「他人とともに自由に生きる」ができないか?

公共私
公⇔公よりの共⇔共⇔私よりの共⇔私
「私から立ち上がってくる共」

ポイント2つ
・話すことより聞くこと。「話し合い」から「聞き合い」へ。どちらかではなくどちら「も」
・違いを楽しむこと。
違いを出発点にする。

「他者のために生きる」「たったひとりのために生きる」ことは、自分のために生きることでもある。
うそをつかない、誇れる店になること。
「モモ」自分の時間を生きる=他者のために生きること
ここから立ち上がってくる「共」があるんじゃないか。

「実存が本質に先立つ」
カフェを始めることで西国分寺が具体的に見えてくる。
「気持ち」っていうのはあとからついてくる。

カフェはいろんなことができる。だからこそ、通常営業を大事にする。
お店が自由であることでお客が不自由になる。
行ってみたらイベントやっていた、とか。
お客が自由であるために、お店側は不自由を受け入れる。

カフェに行く理由の1位は、自分の時間を過ごすため。
衝突しない自由は、選択できる自由

いい場の条件:禁止事項が少ないこと。
都市の公園はそれぞれが自由を追い求めた結果、不自由になっている。
自分が自由であるためには他者と一緒の自由を考えないといけない。

~~~ここまでメモ

まとめ。

「共」のはじまりは、共通領域、縁側。
きっとツルハシブックスもそんな場所だったのだろうと。

クルミド大学の話も。
学生を「お客さん化しない」ということ。
「学びたい」を一緒につくっていく場があるということ。

そしてなんといっても、「モモ」の話。

「モモ」が増えていけばいい、と。他者を操作しようとしないこと。
評価でもアドバイスでもなく話を聞いてくれる存在と空間。

それ、やりたいなと。
本屋で。
共に悩んでくれる本をそっと差し出すような。
ときに手を動かして、生きるを実行できるような本屋を。

ということで、僕はまた本屋をやります。

【畑のある本屋 ツルハシブックス(仮)】

・隣に畑がある物件
・電車駅から徒歩20分圏内
・家賃ゼロ‐1万円程度
・ほかのお店の間借りでもOK

さがしています。
これから僕が本屋でつくる「共」の実験なのかなと。
今日のトークで、気持ちが高まりました。

「あなたがモモになったらいいんじゃないですか?」

そんな問いを発する本屋をあなたとつくりたい。

同じカテゴリー(学び)の記事画像
人と向き合わず目標に向かう
気が付くと地域と自らの人生の当事者になっている
10年後に最高の形で、この学校があるとしたら
地域のためではなく、自分のために
自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題
さわやかな敗北
同じカテゴリー(学び)の記事
 人と向き合わず目標に向かう (2020-02-23 07:29)
 気が付くと地域と自らの人生の当事者になっている (2020-02-22 12:36)
 10年後に最高の形で、この学校があるとしたら (2020-02-17 06:21)
 地域のためではなく、自分のために (2020-02-12 13:19)
 自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題 (2020-02-11 07:00)
 さわやかな敗北 (2020-02-08 15:25)

Posted by ニシダタクジ at 08:01│Comments(0)学び
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。