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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2020年04月20日

「異人」の時代へ

「異人」の時代へ
「シン・ニホン」(安宅和人 ニュースピックスパブリッシング)

最初、難しくて流し読みしてしまいましたが、
「WEEKLY OCHIAI」の安宅さんの回を見て、
読み直したら、グイグイ来ます。

今日は第3章からの写経。

~~~ここからメモ

マネジメントとは
0 あるべき姿を見極め、設定する
1 いい仕事をする(顧客を生み出す、価値を提供する、低廉に回す、リスクを回避する他)
2 いい人を採って、いい人を育て、維持する
3 以上の実現のためにリソースを適切に配分し運用する

価値創出の3つの型

1 N倍化(大量生産)
2 刷新(A→B)
3 創造(0→1)

複素数平面的なゲームに入る前の実数空間ゲームのときは、ご存知のとおりとにもかくにも「N倍化」、大量生産でボリュームを生み出すことが何よりも大きな価値の源泉だった。トップに立つことはトップシェアをとることと同義だった。

次の強かったのが「刷新」だ。なんらかの分野に知恵を絞ってアップデートすることである。この実数軸の時代、日の目を見なかったのが今風に言えば0to1の「創造」だ。

ところが今はどうか。「N倍化」はすでにシェアを握りスケール(規模)をとってしまった大企業にとっては、長期的な人口調整局面については先細りのトレンドだ。一方の「刷新」は今や「N倍化」よりも遥かに価値を生む力がある。0to1の聖地のように言われるシリコンバレーで行われている大半の取り組みも実際にはこの刷新モデルが中心だ。

そして、今の時代において明らかにもっとも力強いのは0to1「創造」だ。妄想を形に変える力を持つコミュニティ、人、企業が、もっとも影響力が強く、その結果、富も握る。

Tesla が生み出したのは電気自動車ではなく「人が乗る走るスマホ」
Appleが生み出したのは「人間とインターネット、そして計算機がリアルタイムでつながる世界」

価値創造において、これまでとは真逆の世界が来ていることを直視しよう。
量的拡大のハードワークができるスケール型人材を生み出すことだけに注力してきた
日本の人材育成モデルは、根底から刷新が求められている。

そもそも生み出そうとしている人材の像、ゴール設定が間違っていたのだ。

結果、現在、この日本の教育システムが生み出す最高の人材は、テレビ番組でクイズ王になる、教育評論家や予備校講師になるぐらいしかないという残念なことになってしまう。世界の同世代の若手リーダーが刻一刻と未来を変えていっているそのときに、だ。

★ここからめちゃ重要★

「創造」「刷新」こそが大切な時代にどのような人が未来を作るカギとなる人材なのか。

これまでのゲームでは、とにかくみんなが走る競争で強い人が大切だった。また個別領域での専門家がとても大切だった。なんでも万遍なくできるスーパーマン的な人が期待されてもきた。

しかし、このような世界ではカギとなる人材像も本質的に変容する。これからは誰もが目指すことで一番になる人よりも、あまり多くの人が目指さない領域、あるいはアイデアで何かを仕掛ける人が、圧倒的に重要になる。

1つの領域の専門家というよりも夢を描き(=ビジョンを描き)、複数の領域をつないで形にしていく力を持っている人が遥かに大切になる。

一言で言えば、これからの未来のカギになるのは普通の人と明らかに違う「異人」だ。

「異人」の時代へ

図3-2(シン・ニホンより)

当然「異人」は少ない。しかし、異人が大切だと思う社会でなければ、こういう人の多くは異物として排除されるか、秩序を乱す人として潰されてしまう。だから価値観の変容と彼らが生き延びることができる空間が必要なのだ。またこういう人たちを尊重する価値観の人がある程度以上いて、閾値を超えないと変化は起きない。

「起爆人種」
「参画人種」
「応援人種」
「無関心人種」
「批判人種」

「狭き門より、入れ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこから入っていくものが多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見出すものは少ない」(マタイによる福音書第7章)

つまり、人が群がって流れていくような方向へは行くな、必ずしも人が気づいていないような自分の道に進め、という教えだ。異人化の教えは実は2000年前から存在していたのだ。

これは実に真実を突いている。人生設計、就職、仕事探しにおいて、とりわけ正しい。人が群がるところに行くということは、コモディティへの道、部品化の道を歩むということだ。人がすでに歩いた道を行くのだから、当然、先行者利益などない。その人の価値は「何者であるか」ではなく、「どの組織に属しているか」でほとんど判断されることになる。

少なくとも他人の判断に流されるのを避け、自分の目で見て肌で感じた判断を信じ、逆を張るべきだ。独自性、つまり同列の競争での優秀さではなく質的な違いこそが価値になる時代において、交換可能な部品になると実に厳しい道を歩むことになるからだ。

人生でもビジネスでも直接的な競争はできるだけ避けるのが正しい。実質的な無競争空間を生み出せるかどうかが、幸せへのカギだ。競争から解き放たれたとき、人も事業も自由になれる。そもそも同じ軸で勝負している段階で「異人」ではないことは明らかだ。それは単なる同じ軸上のズレにすぎないからだ。他の人の判断軸に乗らない、ねじれの位置にあるような軸に飛び移るべきだ。

「好きなことをやれ」は正しいけれど、ある意味では正しくないということだ。熱狂的にやるものは、あくまで自分らしくではあるが、他人と自分を異質化できるものであるべきだ。

仕事とは他の人に評価される価値を生むことであり、その人の存在意義の視点で見れば、価値が生み出せることは好きか嫌いかよりも遥かに大切だからだ。たとえば、ゲームが好きだからただやるのは中毒に過ぎない。造り手の作った罠にかかっただけだ。人が作った問いに対して、すでに用意されている答えを出しているだけとも言える。ひたすら探求して、自ら新しく問いを生み出せるかという視点で領域を見たほうがいいだろう。

~~~ここまでメモ

「異人」の時代。

柏崎風に言えば、「変態」の時代。
これはまさしく生存戦略の問題だと思う。

何に張るか?(賭けるか?)っていう問題だ。

ひとつ、書いていて思ったのは、

他者からの「評価」は本来楽しいことなのではないか?
ということ。
それを単一の軸で序列化されてしまう学校教育システムが
つらいのではないか。

自分なりの分野で突き抜けて、異人となり、
それが評価されるのであれば、それは楽しいことなのかもしれない。

まだまだ噛み砕いていく必要があるけど、今日はこのへんで。

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Posted by ニシダタクジ at 08:53│Comments(0)学び
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