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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2020年05月21日

「対話」と「承認」

「対話」と「承認」

阿賀黎明探究パートナーズ・オンライン勉強会の第2回目。
大正大学・浦崎先生の動画を見ながら、先生方とパートナーズの皆さんが対話をする。

今回の動画は【TARO CHANNEL】Withコロナ時代に高校と地域が打つべき一手とは / 本編①
https://www.youtube.com/watch?v=VOzliqJIVS0
でした。

エキサイティングだったのは、やっぱり山形県立小国高校の事例でした。
小規模校サミットへ向けての話、感動的でした。

~~~ここから動画メモ

society5.0時代に大切なこと
・感じること
・問いを立てること
・意味を味わうこと

感性とは個性
探究テーマには高い個別性がある。

問いを立てるには現場(地域)で感じることが大事

3.0時代の依存・受け身・暗記から
4.0時代の自立・能動・アクティブラーニングへ

全員一斉⇒公正に個別最適化された学び

規格品を大量生産するのではなく、尖った人材をどう作るのか?
興味関心を尊重して個別に最適化する。
それには学校だけでは完結できない。

コンソーシアム
各生徒の興味関心と地域の課題を効果的にマッチングする組織

「学びの自走性」
エンジン→ギア→駆動輪
4サイクルエンジン

学力低下:パワーダウン
⇒「学力向上」頑張って押した:N(ニュートラル)にいれたほうが楽だ。
⇒素直で従順な子が育った。

いま「探究だ」と。
エネルギー源そのものを考えないといけない。
勉強した後に高収入が待っている⇒誰も勉強しない。
知的欲求(知りたい、学びたい、実現したい)をエネルギー源にしないといけない。

事例:山形県立小国高校

R1.7.31「小規模校サミット」
参加校依頼に直筆の手紙を書いた。
国語の先生は学習の絶好の機会ととらえ、国語力がめちゃめちゃついた。

「グループワークを成功させたい」という思いで、練習した
⇒思考力・表現力・判断力がついて面接で役立った。

生徒がもつ興味関心を軸に各教科とのつながり、カリキュラムマネジメントを考える。
カリキュラムマネジメントは個別性が強い。
学校都合ではなく生徒の思いでつくっていったこと。
先生は伴走するだけでいい。

~~~ここまで動画メモ

約1時間の動画のあと休憩。
休憩後に2グループに分けて先生方とのディスカッション

・興味関心が自分でわかっている生徒とわかっていない生徒がいて、わかっていない生徒にどう進路(キャリア)を考えてもらうか?
・個々人が何を目指すか?に最適化するのがいいのだが、その前に学校として何を目指すか?という方法もある。
・町の歴史や自然、福祉やまちづくりに関することなどを学んでいくことも大切
・「発酵」のような横断したテーマでつくれないか?
・地域学などで生徒は、「やってみたらよかった」という。
・分水高校の事例のように短期スパンでの「インプット⇒アウトプット」みたいなことがやれないか?

夜の部でも、
・興味関心や進路希望に応じて人をマッチングする⇒ランダムにインタビューしてアウトプットする。
・感じたことをアウトプットする練習が必要
・「対話」による「承認」
・「自分をみつける」⇔「地域を知る」を交互に起こる⇒結果、やりたいこと方向性が決まる。
・「自分を知る」とは「自分の感情を知る」⇒他者を知るとは、他者の感情を知ること⇒だから対話

「対話」と「承認」
「言葉にできる」は武器になる。

いま、この本を読んでいるのだけど、
言葉にできる、っていつでも大事だなと。

浦崎先生の言っていた
「感じること」と「問いを立てること」
のあいだに、深い谷があるのだと。
そこに橋をかけてやるところから始まるのではないか。

その前に、「感じたことを言葉にする」という段階がある。
それってきっと練習なので、何度も繰り返してやるっていうこと。

そして、その練習をするためには「題材」としての何かと、
「安心空間」を作らなきゃいけなくて、ってことなのではないかと。
その場を作ったうえで「対話」的に聞き出していくっていうことを
ていねいにやっていくことなのかなと。

先生方の話を聞いていて思ったことは、
「地域」や「地域の人」とどのように連携していくか?
って考えたときに、

つい、本人の興味関心または進路に向けて
「最適化」するような大人をマッチングしようとしてしまう。

言い替えれば、
ゴールを設定し、そのゴールに向かって向かっている状態を良いものとしている、
目標達成のパラダイムなのではないか。

society5.0が問いかけるのは、
目標達成というパラダイムそのものなのではないか?

これからの社会に向けて、
磨いていくべきは、目標達成の能力だけではなく、
(もちろんそれが大切ではないとは言わないが)

学び続けること、そしてそのために対話し続けることなのではないか?

自分と対話し、他者と対話し、社会と対話する。
その社会との対話方法の1つとして仕事、キャリアがあるのではないか。

「対話」によって、目の前の人は「他者」になる。
いや、自分さえも他者になる。
「ふりかえり」とは、自分を他者化する行為であるとも言える。

「対話」の習慣は、人を「承認」する。

今回の小国高校の事例。
保健室登校が二けたに達するほどいたのがゼロになった。
多くが「自分に自信がない」などのメンタルの不調だったという。

それを浦崎先生は
「生徒たちが一丸となってサミットを成功させようとして、実際に成功させた」
ことによる自信の回復だと説明したが、

(ここからは実際に保健室の先生や生徒たち自身に聞いてみたいところだが)

小国高校は1年生の入学時から、
東北芸術工科大学コミュニティデザイン学科と連携して、
ワークショップ・ファシリテーションなどの基本を学ぶ機会がある。
たとえば、コミュニケーション手法としての「Yes,and」とかの練習する、など。

そのような「対話」のスキルを磨いているのだ。
そこに「小規模校サミット」という題材がやってきて、それが見事にはまり、
各教科への学びにまでつながっていった。

しかし、ベースには「対話」の習慣とスキルの上達があるのではないか。

72人の小規模校とはいえ、全員が心から同意して熱意をもってイベントに取り組むとは思えない。
仮にそれがあるとしたら、逆に昭和の一斉教育のようだと思う。

そうではなく、小国高校には「対話」があった。
つまり、イベントに乗り気じゃない人の話を「他者」として受け止め、理解しようとした。
結果、イベントはうまくいった。
それは、見た目上、「一丸となった」ように見えるのだろう。

さらに、保健室の話もそうだ。
保健室に来る子がいなくなったのは、自信がついた、のではなく、
「対話」による「承認」があった、からではないか。

っていう、仮説です。

昨年から「機会」「対話」「実験」と言ってきたけど、

まずは「機会」と「対話」を繰り返すこと。
そして「対話」はスキルでもあるので、練習すること。
練習のために、感じたことを言葉にしてみること。
インプットとアウトプットを繰り返すこと。
それを踏まえて、実験段階にいけるのかもしれない。
「オンライン・トークフォークダンス」とか、いいかもね。

「地域を知る」っていうのと
「自分を知る」っていうのは並行して起こる、ということ。
「自分を知る」上で自分の感情を知ること、つまり言葉にすること。
「他者を知る」ために、他者の感情、言葉に耳を傾けること。

そんな設計が必要な気がしています。


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Posted by ニシダタクジ at 08:21│Comments(0)日記学び
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