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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2020年07月09日

「永遠に中間なるもの」としての「私たち」の時代

「永遠に中間なるもの」としての「私たち」の時代
「参加型社会宣言~22世紀のためのコンセプトノート(橘川幸夫 未来叢書 発行:メタ・ブレーン)

予約していたものがようやく昨日届きました。

もう、すごいです。
「ヤバい」っていう言葉しか出ない。
そして、僕にとってのタイムリー。

「参加型社会」は橘川さんの半世紀のキーワード。
その本質をえぐるような言葉に、ドキドキしながら読みました。

昨日夜の「取材型インターンひきだし」での
大学生の不安を聞いていて出てきたのがやはり「近代的自我」、
つまり、やりたいことがわからない問題とアイデンティティ危機の問題。
そこともリンクしてきて面白かったのが第3章のメディアとは何か?

ここの部分を今日は紹介します。

~~~ここから本から一部引用

デカルトが定義づけた近代的自我は、まさに人間のソフトウェアに対する讃歌である。「我思う」という想像力の自由こそが、人間の持つ本来性であるとしたのである。

近代の方法論を簡単に言うと「コピペ」である。
近代とは「量」を神とする信仰であった。

本来、人間の意思(ソフトウェア)に応じて作られたのが道具(ハードウェア)である。それが、道具が道具を作り出すようになった。やがて「人間の意思」が「道具の進歩」に追いついていかなければならなくなった。

今、人間(ソフトウェア)が為すべきは、ただハードウェアに追随するのではなく、ソフトとハードの人類史をより大きな視点で俯瞰し、ソフトウェアの本質を再確認することではないか。

ソフトなきハードの暴走はいずれ停止する。その時代に向けて、人類もまた、幼児的なソフトウェア(近代的自我)の次元から、一回り成長した、大人のソフトウェア(情報的自我)へと脱皮する必要があるだろう。

現在は、18世紀から20世紀までの近代の方法論を終わらせて、次の時代の哲学を生み出すタイミングである。20世紀は近代的自我の成熟の時代であった。すなわち「私」という個人意識の鋭敏化の時代であった。次の時代は、恐らく「私たち」という関係性意識の成熟が求められている。

近代的自我のその先は、「私」と「あなた」の関係性を越えていく融合を目指すのではないか。

融合の世紀がはじまる。「永遠に中間なるもの」としての「私たち」の時代がはじまるのだ。

~~~ここまで引用

このあと第5章に、近代的自我の先にある情報的自我の説明がある。一部引用すると
「これまでの近代的自我が、ひたすら学習と鍛錬で自らを強固に成長させていくものだとしたら、私が「情報的自我」と呼んでいるものは、影響を宇受けながら影響を与えていく情報環境の中に常に漂う自我である。(中略)双方向のシステムによって、個人意識と全体意識が絶えず交信するようになるだろう。そういう環境の中では、ますます一人ひとりの自律的な思考と感性が重要になってくるのである。」

これです。これ。
昨日の「取材型インターンひきだし」説明会でも話していた、
「魔法をかける編集」と「場のチカラ」の話ってまさにこの自我の話ではないかと。

アウトプットするのは個人やチームの力ではなく「場のチカラ」であり、

参考:人生は経営である。ただし個人戦ではない。
http://hero.niiblo.jp/e489703.html

「魔法をかける編集」というのは、
ひとりひとりの「今の自分しか紡ぎだせない編集」を
そのインタビューに表現していく、ということである。

アイデンティティ・危機を越えていくために、
自らを差し出して複数の「場」の構成員になり、その組み合わせを自分とすること、だと昨日話していたけど、
それって、橘川さんの言う、「情報的自我」のことなのではないかと。

「取材型インターンひきだし」は、就活という近代的「フレーム」が機能しなくなっている中で、
「永遠に中間なるもの」としての「私たちの時代」への道を切り拓いていっているのではないか、と。

そんなことを感じてワクワクした朝読書でした。

「ちょっと何言ってるかわからない」と思った方はごめんなさい。

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Posted by ニシダタクジ at 08:46│Comments(0)学び
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