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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2021年04月15日

「テーマと問い」、「プロジェクトと自分」の往還

「テーマと問い」、「プロジェクトと自分」の往還

マイプロ勉強会は長野県教委の内堀さんでした。
昨年2月のSCHで衝撃を受けたプレゼンふたたび。
シビれまくってました。

http://hero.niiblo.jp/e490352.html
差別化や資源化ではなく(20.2.25)

~~~以下前回の内堀さんの話を聞いて

僕は今まで、何をして、何を考えてきたのだろうか?
・他の高校と、どうやって「差別化」するか。
・ネットN高と違って、「全日制」で、かつ「地方」で、何ができるか。
・まちの資源や課題をどうやって「教育資源化」するか。

そんな浅い問いたちを一蹴してくれた講演だった。
・そもそも、何のために高校教育はあるんだっけ?
・だれの幸せを願って、あなたはここにいるんですか?
・あなたがそこにいる意味はなんですか?
胸の奥底にある、そんな問いを掘り出されるような、えぐりだされるような、そんな時間。

~~~ここまで。

今回も刺激だらけの時間でした。

~~~以下メモ

予測困難な時代に大切なもの
【最上位の目的】
一人ひとりが、豊かで幸福な人生とよりよい社会の創り手になること
個人と社会のwell-beingの達成(※well-being幸福、良好な状態、満たされる状態)
↑その達成のために
1 一人ひとりが、そのために必要な力(資質・能力)と意思を持つこと
2 一人ひとりの存在やいのち、そこから立ち上がる願い等を大切にすること

【長野県が進める高校改革・学びの改革】
学びのカタチ=「新しい時代」に必要な力(資質・能力)を育むための
〇「探究的な学び」(主体的対話的で深い学び、アクティブラーニング)
〇「個別最適な学び」(生徒個々に合った自律的な学び)
〇学校内外の多様で異年齢の人々との「協働的な学び」
〇個々の生徒と結びつき現実社会と一体となった「リアルな学び」
〇感動や発見にあふれた「ワクワクする学び」

★多様性を受容し、失敗を許容する環境
(哲学)対話による内省、同調圧力の排除、自己肯定感・学ぶ意欲の向上

学びの改革によって目指す学校の姿
1 教員(指導者)主導の「教育」⇒生徒(学習者)主体の「学び」
2 学校に閉じた、頭の中の「勉強」⇒「現実社会と、Actionを通じてつながった市民としての「学び」
3 集団を成立させるための同質的な個の育成⇒多様な個と多様性のある集団の尊重
4 うまくいくこと、戦って勝つことの追求、チャレンジすることと、失敗することと、共に考え創ることの推奨
5 Equality(平等)の提供⇒Equity(公正)の提供
6 同調圧力によりいることがつらい場所⇒自己開示や対話により学びを深められる、楽しくて、行きたい場所
7 他者との比較による相対的・偏差値的評価⇒生徒が自分軸に基づいて振り返り、自分の成長に繋げられる指標(新しい学びの指標)

★新しい時代における学校・教育の意味や価値の追求

長野県・高校改革のページ
https://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/koko/gakko/saihen/joho/manabinokaikaku.html

「探究的な学び」の捉え方
「楽しい」「おもしろい」「自然」の復権(人工的な20世紀型「学校」教育への違和感の払拭)
自分の人生・学校づくり・よりよい社会づくり等の「当事者」としての自覚
「生徒発」の重視=学校の教育活動の中心に学習者である生徒を捉えること
「帰納」と「演繹」の往還(個別最適な学び+協働的な学び)
「共通性の確保と多様性への対応」

探究サイクルの回し方
1 課題設定(趣味・想い・好き)
2 情報収集(アカデミック⇔ストリート Actionと協働)
3 整理分析
4 まとめ・表現(全体を通じ、様々な人の対話とリフレクション(ふりかえり)
探究の質を上げる=生徒の変容⇒マイプロジェクト

【探究のつくり方】
社会課題と生徒自身の興味関心と+α(SDGs、SSH、地域などの学校特有のテーマ)
社会課題(テーマ)は最初は教員が示す

生徒の探究テーマ
「行きつ戻りつ、「テーマ」を具体的な「問い」に落とし込む中で
生徒が自分と向き合い、確信を見出していく=探究活動が主体性の育成とともにキャリア教育たる理由

【カリキュラムマネジメントにおける探究的な学びとマイプロ】
1 生徒育成方針から教育課程編成・実施方針へ
2 生徒育成方針を達成するための「探究的な学び」を軸として教科等が相互に関連付けられた教育課程のあり方を学校全体で検討
3 その際、マイプロのスタートアップ、中間報告会、県サミットなどの企画と関連付け
4 教育課程編成、学習評価、学校評価、授業改善などの中心となる部署を明確化し、その実質化・活性化を図るとともに、日常的に連携する仕組みを構築
5 PDCAサイクルとともに、より短期のAAR(Anticipation-Action-Reflection)サイクルを回す

【これからの学校】

(これまでの学校)
個々の教員の自主的・主体的実践や工夫、スーパーティーチャーの存在
+学校(チーム・組織)としての統一的な価値観、統一的方向性(手法は個々に異なっても)

(これからの学校)
「すべての学習者が一人の人間として全人的に成長し、その潜在能力を引き出し、個人、コミュニティ、そして地球のウェルビーイングの上に築かれる私たちの未来の形成に携わっていくことができるように支えていく」学校

~~~以上メモ

「まなびの動的平衡」が必要なのだ、と思った。

「往還する」ということ。
自分だけの探究テーマを見つけるには、
「テーマと問い」を往還し、「プロジェクトと自分」を往還していくこと。

「仕事」は、
「自分」(パーソナルなありのままの自分)と「社会」(社会人としての自分)
との往還であると言える。

「まなび」も、
「自分」(パーソナルなありのままの自分)と「学習活動」(学習者・プロジェクト実施者としての自分)
との往還であるのかもしれない。

この場合の「社会人としての自分」や「学習者としての自分)は、
僕の言い方で言えば、

「場と一体化した、場の構成員としての自分」である。
だから「自分」と「場」の往還であるとも言える。

「自分を知る」という意味では、そういう「動的平衡」が必要なのだ。

だからこそ、「ふりかえり」をするのだ。
プロジェクトを振り返るだけではなくて、自分の感情を振り返るのだ。
印象の残ったこと、疑問に思ったこと、面白いと思ったことを言語化し続けることによって、ようやく自分が分かっていくのだ。

何か構造的に見えてすっきりした日になりました。
内堀さん、ありがとうございました。

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Posted by ニシダタクジ at 06:16│Comments(0)日記学び
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