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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2017年02月15日

「選択と集中」という唯一の選択肢

「選択と集中」という唯一の選択肢
「地方消滅の罠~「増田レポート」と人口減少社会の正体」(山下祐介 ちくま新書)

「地方消滅」、いわゆる増田レポートについての批判本。

ここで筆者は
「選択と集中」という言葉に違和感を語る。

~~~以下一部引用してメモ

そもそも選択とは、
複数の中から選ぶものであり、
一つしか道がないのでは選択にならない。

国家の経済力を拡大・維持するために
人員を供給し続けたのがこの半世紀の家族の姿で
あったとするなら、これからもそれを続けるのか。

経済性や効率性で「地域」をとらえてよいのか。

そもそもこれまでやってきた
国の政策という「選択と集中」は
うまくいってきたのか?

そういう一律的基準による画一的集中化が
東京一極集中をもたらしているのではないか。

「選択と集中」論は、
「選択と集中」を選択するように要請する。

経済的に自立している人とは、
たとえ天地がひっくり返っても自分の才覚で
生産し、社会に貢献できる人だ。

このたしかな絆の連鎖を
経済効率のために崩しすぎてきたようだ。

~~~ここまで一部引用してメモ

うんうん。
たしかに。

「選択と集中」という言葉によって、
「選択と集中」という選択肢しかないように思わされる。

前提を疑う。

これが大切だ。

「選択と集中」以外の道があるのではないか。
そんな問いかけ。

そこには、
幸せとは何か?
働くとは何か?

そんな根源的な問いから始まっていく未来があるように思う。

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Posted by ニシダタクジ at 08:44│Comments(0)
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