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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2015年11月30日

考え続けること、感じ続けること

まちてん/地方創生まちづくりExpo@渋谷ヒカリエに行ってきました。

全国から紹介されている事例が面白かったです。

~~~以下メモ

〇ツルハシブックス&コメタク用

「シェアビレッジ」:年会費3,000円で
村民になれる仕組み。会員1,200名
年貢を納めて村民になろう
http://sharevillage.jp/

「トラ男米」:トラクターに乗る男前がつくる
純度100%のお米「純米」
http://www.torao.jp/

「tabel」
日本のハーブティ、薬草茶を売る
http://tab-el.com/

「おぶせ第二町民」
行きは観光、帰りは町民
http://obuse.2nd.town/why_second/

「援農キャラバン」
農繁期の農家をお手伝いする若者のキャラバン
https://www.facebook.com/enno.caravan/

「東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト」
東北農業×丸の内朝大学のプロジェクト
http://agri-tresen.jp/

「あきた森の宅配便」
山菜のプロがあなたに代わって山菜を収穫
http://akita-mori.com/

「いしのまき学校」:石巻の高校生と
まちづくりプロジェクトに取り組む学校
http://ishinomaki2.com/category/project2/ishinomakigakko/

~~~ここまでメモ

tabelの新田さんのプレゼンだけ聞いたので、
ここに残しておきます。

「お茶が変わればカラダと社会が変わる」
人を良くする⇒食

管理栄養士として西洋栄養学を学ぶ
⇒東洋の薬膳を学ぶ
⇒薬膳=薬草
⇒在来種の薬草をつくる

「食」には美味しい以外の価値がある
・カラダが変わる
・日常的に経済をまわせる
・コミュニケーション・ツール

ローカルの意義=自然・文化・知恵
医・食⇒誰もが当事者になれる。

薬草を売る。
薬草ラボラトリー。

~~~ここまでtabelのメモ

ということで、なかなかエキサイティングな時間でした。
コメタクも朝ごはんラボラトリーとか
作ったらいいなあと思いました。

あと、全然関係ないのですが
まちづくりイノベーターになるためのキャリア戦略という
トークセッションを聞いてたのですけど、
とりあえずコンサルに就職、みたいな話でビックリしました。

えっ。
まあ、たしかにコンサルで学ぶさまざまなことは
のちのち地域づくりまちづくりに活かせそうだとは思いますけどね・・・

「自分がまちづくりイノベーターになること」が目的でなくて、
「まちをイノベートすること」が目的なのではないかなと感じました。

僕が同じテーマでトークするとしたら、
「考え続けること、感じ続けること。」
だと思いました。

脳みそと感性を全開にして、
目の前に来る人やモノ、プロジェクトに
対峙していくこと。
そこからしか始まらないなあと思いました。

まちてん、いいヒントと問いをいただきました。  

Posted by ニシダタクジ at 06:43Comments(0)日記

2015年11月29日

コミュニケーションを売る



金曜日のイベントで購入した
女川ポスター展全集。
素敵な1冊でした。
なんというか、愛にあふれたポスターがたくさん。


総選挙グランプリを取ったのはこれだったみたいです。

愛の伝え方。
その前に、コミュニケーションするということ。

そもそも、商店街が売っていたのは、
モノではなかった。
コミュニケーションそのものだった。

これからの広告も、
いや広告だけじゃなくて仕事は、
きっとそこから始まる。

目の前の人とコミュニケーションをする。
一方向ではなく双方向。
おそるおそる、差し出す。

そんなことを積み重ねていきたいなあと思いました。
素敵な一冊をありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:05Comments(0)

2015年11月28日

あの星に行くには、どうしたらいいんだろう?

「Communication Shift」(羽鳥書店)にシビれて、
並河進さんに会いに行ってきました。

「コピー年鑑2015」発刊記念トークセッション
『ソーシャルグッド!はコピーでつくる』
並河進(電通)×都築徹(電通中部)×日下慶太(電通関西)
のトークセッション。

久しぶりのこの敗北感。
表現者たちの生き方、在り方に敗北した。
カッコイイなあと思った。

都築さんの東海テレビ「震災から3年、伝え続ける。」
https://www.youtube.com/watch?v=LKCDQWQfKY4

「戦争を考える」
http://feely.jp/31701/

日下さんの「商店街ポスター展」
http://www.advertimes.com/20150615/article194663/

実際に放送されたCMやポスターを見ながら、
そこに込められた思いが語られた。

~~~以下キーワードメモ。

・「交通安全キャンペーン」すべて事実を伝えている。遺品を実際に映している。
・結論を出さずに問いを残すこと。
・見つめたくないところを見つめてコピーを書く。

・「こんな事実があるんじゃないか?」とコピーを書く⇒その経験をしている人を探す。
・「記者には言わせたいセリフがあった」:報道のあり方を問う。
・「答えを出そうとする」⇔「事実を伝え、問いを残す」
・「コピーの力」=「事実を突きつける」

・東北に密着するA班、A班を追うB班
・報道(広告)への自己批判

・震災以前はコピーが先にできて、映像を合わせていた
・震災以降はアドリブ。「しとめられるのか?」ライブ感。
・最後にコピーを入れる。

・わかったような気になるのが怖い。
・70年後の風景をそのまま映す。
・「広告の未来」=これが「広告」かどうか?が問われる
・B班であること、B班を持つこと。

・商店街ポスター展、2か月みっちりやる。
⇒クライアント、期間、人のせいにできない。(研修として意義)
・商店街の店の価値=「店の人との関係性」をポスターに載せた。

・店と向き合う、プレゼンしない、絶対納品
・A案、B案、C案、とクライアントに選択を委ねない。
・「純度を上げていく」ということ
・「自分はこれをやる」というのを大事にしていく。

・何も解決しないコピーはコピーではない。
・ポスターが貼られる場所はきれいなところばかりではない。
⇒コピーをでかくしないと見えない。
・広告=プロレス。商店街=ストリートファイト

・既存メディアでもここまでできる⇒東海テレビと都築さん
・その広告は業界だけではなく世の中で本当に「オモロイ」のか

・気づいてないことに気づかせる「ささる」⇔すべてを包み込むデザイン「つつむ」
・「ソーシャル」という言葉が表に出ると、消費され、形骸化する。

・クライアントを知っていくこと。この人に対して何ができるかな。
⇒東海テレビにはこれしかない。
・クライアントと「同じ星を見よう」:チェックするなんて言葉は出ない
・あの星に行くにはどうしたらいいんだろう?
⇒それがあって初めて、方法としてソーシャルがある。
⇒「ソーシャル」ありきではない。ソーシャルデザインは手段であり目的ではない。

・クライアントがやりたくないのに「ソーシャル・グッド」はできない。
・広告「売り上げが何%上がる」⇔ソーシャル「地域の人が元気になる」

・広告の手法は社会問題を解決しうる。
・広告屋の良さ、良いところを見つけて、伝える。

・大量生産大量消費でいいんか?という問い
⇒震災でフタが開いてしまった。
⇒どうせつくるなら世の中を元気にしたい。

・おもしろいのに社会がよくなる。
⇒「オモロイ」が大事。社会のためだから面白くなくていいということはない。
・「オモロイ」+「社会にいい」⇒これが一番バリューがある。

・「俺は全うする。あとはクライアントで判断してくれ。」震災CMのときの都築さんの言葉

~~~ここまでキーワードメモ。

うわーって。
なんだこの濃密な言葉たち。

「生き方、在り方が問われる時代」だと、
西川佳哲さんが「自分をいかして生きる」で言っていたけど、
そういう人たちがいるんだなあと。

「考え続ける」「行動し続ける」を実践している人が
いるんだなあと。

「美しさとは何か?」
問い続けて創り続けている人っているんだなあと。
なんというか、圧倒的な敗北でした。
俺はまだまだ何もやってないなあと。

一番印象に残ったのは
やっぱり都築さんの「同じ星を見よう」かな。

「あの星に行くには、どうしたらいいんだろう?」

そんな問いを共有できる仲間と、「何か」を創り続けていきたい。


並河さんと「Commnication Shift」


日下さんと「女川ポスター展全集」


イベント様子  

Posted by ニシダタクジ at 06:42Comments(0)学び

2015年11月27日

編集する、ということ


「旅する図書館」に初参加してきました。
暗やみ本屋ハックツに寄贈する本10冊が集まりました。

会場となっていた紙加工の現場
factory 4Fがステキすぎました。
楽しかった。

その前にセンジュ出版に立ち寄り。

お茶を入れる吉満さんの図。

六畳二間が
オフィスとカフェに改装。
なんとも言えない理想の職場でした。

ちょうど、電車の中で、

「これからのメディアをつくる編集デザイン」(フィルムアート社)を
読んでいたので、(しかも吉満さんのデスクにもこの本が刺さっていた)
タイミングいい。

出版社+カフェ+小さな本屋+・・・
みたいな。

そういうのがまちのメディアになっていく。
そういう場所にツルハシブックスもなりたいなあと。

編集デザインのキーワードは

1 コラボレーション:協働
2 異質なものをつなぐ:編集
3 価値のデザイン:フィロデザイン

うーん。
なるほど。
この文字だけでインスパイアされます。

これからのメディア。
世の中を編集するということ。

「旅する図書館」は、1冊の雑誌のよう。
「センジュ出版」は、1冊の本のよう。
これからのメディアのつくり方。

非常にワクワクする1日でした。  

Posted by ニシダタクジ at 07:36Comments(0)

2015年11月26日

かつて人はみな、未来を創造していた。

いつからなのか。
ひとりひとりが未来を創造しなくなったのは。

「産業革命」
おそらくはそこからだったのかもしれない。

もっとさかのぼれば、
農業革命、あるいは稲作革命
のインパクトも大きかった。

その最大の価値は、
「未来を予測できるようになった」
ということ。

予測できる。

それは、「安定」「安心」を得られる代わりに、
想像力と創造力を奪う。

かつて人はみな、未来を想像し、創造していたのではないか、と思う。

このわずか150年。
あるいは、制度化されたのは
戦後の高度経済成長になってからだから、
わずか50年。

農学部時代に「緑の革命とその暴力」
という本を読んだ時の衝撃。

多収品種コムギの開発により、
食糧生産量は飛躍的に伸びた。
しかし、それは肥料や農薬に依存する種であった。

肥料なく育てることができる在来種は、
どんどんと姿を消していった。
それは果たして豊かなのか?
そんな問いが生まれた。

1998年、大学院1年生のとき、
「2つのソウゾウ力」というテーマで
懸賞論文を出した。

環境問題を解決するには、
まず2つのソウゾウ力、つまり
想像力と創造力を取り戻すことだ。
という論文。

あれから17年。
いまは、生き方働き方問題として、
目の前にある課題。

「どのように生きたらいいのか?どう働いたらいいのか?」
そんな問いへの答えになっている。

効率的な人生はつまらない。
2つのソウゾウ力を駆使して、
自分だけの人生と地域と社会を創造しよう。  

Posted by ニシダタクジ at 07:30Comments(0)日記

2015年11月25日

「移住」の理由は「未来」を感じられること。


祝!コメタク初のテレビ取材!
TENY「新潟一番」に登場しました。

コメタクはこちら
http://kometaku.net/wp/

お米の通販もやっています。
http://kometaku.shopselect.net/

今回の取材は、なんと「移住」

そっか。
コメタクって移住なのか・・・
って改めて思いました。(笑)

思えば、
「地方創生」が叫ばれて、
世間は「移住」ブームになっているようです。

ということで、
ツルハシブックスのある「内野町」周辺(新潟市西区)
へのツルハシブックス界隈の人たちの移住実績を改めて考えてみますと。

2010年4月に自らが弥彦村から内野町へ引っ越して以来、
半年住み込みのインターンのKさんを含めると、
15人が内野町周辺に「移住」しています。
(内訳 県外から8名 県内から7名)

すごい「移住」実績!(5年で15人!)
この中には、ツルハシブックスの店員サムライをしたい!
と大学のある東区から引っ越してきた野島さんや
ツルハシブックスをデザインした今井さんも入っています。

しかし、
コメタクの3人を「移住」文脈で理解するのは少し難しいかもしれません。

全国各地で
「〇〇移住計画」が行われています。
そこに必要なのは、「仕事」と「住むところ」
だと言われています。

「地域おこし協力隊」という制度を使って、
多くの若者が、3年間の「仕事」(いわゆる現金収入)と「住むところ」
を与えられ、地域で頑張っています。

このような状況、あるいは東日本大震災の経験などから、
東京から地方へ、の流れは加速しているように思えます。
東京在住の移住希望の若者争奪戦がすでに始まっていると言えるでしょう。

もし、「移住」の条件で
「仕事」と「住むところ」がとても重要視されるとしたら、
新潟市の競争力は著しく低いと言えるでしょう。

もっと「あたたかい」「田舎っぽい」ところ、
あるいは「課題が明確」なところに行きたいと思うのかもしれません。

新潟市西区内野町。
そこには、言語化できない魅力があります。
商店街があります。
商店街のおばちゃんたちがいます。

何より、ツルハシブックスがあります。(笑)

飯塚商店という、キラリと光る米屋があります。

そこに「未来」を感じる。
きっとそれがコメタク3人の「移住」の理由なのだと思います。

「仕事」や「住むところ」も重要でしょう。

しかし、大切なのは、
そこに未来を感じられること。

島根県海士町に人が集まるのは、
そこに「未来」があるからです。
「課題先進地」だからこそ、「未来」を感じられる。

だからこそ、阿部くんをはじめ、たくさんの人は移住しています。

「僕たちは島で、未来を見ることにした」(巡の環 阿部裕志 信岡良亮著 木楽社)

新潟市西区内野町は、
「課題先進地」ではありません。
昔ながらの商店街があり、
近隣には住宅地もあったりします。

本屋であるツルハシブックスには若者が集い、
米屋の飯塚商店には地元の人が集い、お茶をすすります。

その米屋×本屋に、「未来」があるのではないか?
という仮説。

朝、米を炊くということ。
そこに豊かさがあるのではないか?という問いかけ。

そういったものに、なんというか、「美しさ」を
感じた人たちがコメタクになったのではないか、
と思うのです。

昨日の茨城学で、岡倉天心の生き方に、再び感銘を受けました。
西洋化一辺倒にひた走る日本、いや世界の中で、
東洋にも美しいものはたくさんある、と訴え続けた
岡倉天心の生き方に、熱く共感しました。

天心は、芸術と宗教は同一だと言いました。
芸術とは、問いであり、思想であると。
理想は複数あるが、アジアはひとつであると。
(Asia is One)

それを六角堂というメディア
(日本の茶室+中国庭園+インドの沐浴場)で表現し続けた

参考:融合という第3の道
http://hero.niiblo.jp/e469258.html
(20代の宿題2015.6.6)

そんな生き方をいま、若者は求めていると思います。

答えのない時代に、自らの仮説を立てる。
自らが信じる「豊かさ」を表現する。
その「場」で他者とコミュニケーションとりながら、
仮説を検証する。

その先に自らと世の中の「未来」があるのではないか。

ビジネスとは、そのときのコミュニケーション手法のひとつに
過ぎません。

若者は、その現場を必要としています。

それがツルハシブックスであり、飯塚商店であるのではないか。

だから、若者は移住するのではないか。

それが、41歳と3か月時点の私の仮説です。  

Posted by ニシダタクジ at 07:01Comments(0)

2015年11月24日

内野町という1冊の本を売る

ツルハシブックスと
つながる米屋コメタク。
昨日は仕事旅行社の取材でした。

ツルハシブックスは、
飯塚商店を含め、
「内野町」という1冊の本を売っているの
かもしれないなあと思いました。

元助や大口屋で、魚を買い、
米を炊いて食べたり、
目の前の滝寿司で焼き芋を買い、
松月堂の大判焼きをお土産にする。

春には新川沿いや内野小学校の桜を見て、
夏には、焼き鳥大丸まで歩いて焼き鳥とビールで乾杯。
秋には、屋上で夕焼けを見て、
冬には、こたつでミカンを食べる。

そうやって1日を過ごすと、
そこがふるさとになってしまうかのような、
そんな1冊の本を提供していくこと。

ひとつひとつの小さいことを思いを詰めて、
自覚はないけど、それを必要としている人に届けたい。
そんなことを思った1日でした。
あいりちゃん、ゆきちゃん、さくらちゃん、ありがとうございました。

飛田さん、取材ありがとうございました。
「角度(見方)を変えれば、どこかに虹は出ている。」

ツルハシブックスも
そんなことを届けられるメディアになりたいです。  

Posted by ニシダタクジ at 08:01Comments(0)言葉

2015年11月23日

「寄付」というコミュニケーション・ツール

寄付侍募集。

3年前。
ファンドレイジング業界に革命を起こした。
「寄付」という概念が変わった。
(と自分で言っているだけ。笑)

寄付がほしいのではない。
寄付するあなたがほしい。

この強烈なメッセージは
寄付者と被寄付者の関係性を変えた。

「寄付するよ」
「ありがとうございます」
という上下関係から、

「寄付侍になりたいんですけど」
「いや、君にはまだ早い。もう少し修行してから来い」
という対等な関係になった。
そこに「寄付」というコミュニケーションツールが誕生する。

参考:会員制オーナー本屋をつくる(2014.5.16)
http://hero.niiblo.jp/e416020.html

10月にイベントでお世話になった、
墨田区でヤッチャバという農家直売の朝市を運営する
松浦伸也さんにインスパイアされて、

ツルハシブックスの井上有紀ちゃんが
ついに「家賃フェス」という試みをスタートさせる。
ツルハシブックスの家賃の不足分を埋めるイベント。

ストレートに「家賃フェス」と言ったのは、
松浦さんから学んだ、
「なさけなさを公開していく」ということ。

本日、お客さんや地域の人から、
たくさんのものが集まって、バザーが開催される。


ほかにも、パエリアを作ってくれたり、
赤カブの漬物体験があったり盛りだくさんな1日。
「寄付」をどんどん面白くしちゃおうと
コミュニケーション・ツールに変えてしまおうと。
そんなイベント。

アートの役割は、問いを灯すこと。
デザインの役割は、課題を解決すること。
ビジネスの役割は、経済的価値を生み出し、継続させること。

今回の家賃フェスは、
アートとビジネスのあいだをつくるイベントなのだろうと思います。

井上有紀さんはツルハシブックスにとって
無くてはならない人になりました。

本日はよろしくお願いします。  

Posted by ニシダタクジ at 06:27Comments(0)日記

2015年11月22日

「成功モデル」という思考停止

僕が大学時代に環境問題を学んで
もっとも感じたことは、

不幸の源泉は「思考停止」である。
ということだ。

経済至上主義。
大量生産、大量消費、大量廃棄。

その原因は、マスメディアのCMに
多くの人が「消費にこそ幸せがある」
と心動かされ、消費に走ったことだ。

「この微生物技術で、自動車の排気ガスは
環境を汚染しなくなる。」

と言った微生物研究の学者の一言に、
強烈な違和感を感じた。
「えっ。環境問題ってそういう問題なのか?」
と。

大量生産・消費を維持したまま
技術の力で解決すること。
そこに何か意味はあるのか?
それで本当に幸せになれるのか?

そんな強烈な問いを持った。

誰も幸せになってない。
消費にこそ幸せがある、と思い込まされているだけだ。

そこには、巧妙に仕掛けられた「思考停止」の罠がある。
(単なるマスメディアCMだけど)


昨日は長岡市木沢(旧川口町)で焼き芋していました。
「これからの学びの場の話をしよう」という会でした。

そんな中で人はなぜ「移住」するのか?
というテーマに行く。

全国で取り組まれている地域おこし協力隊。
その成功事例について、話をした。

おそらく、現在、地域おこし協力隊の成功事例として
上げられているのは、

3年間の現地生活の後、
そのまま定住して起業・あるいは就職した、みたいな例であろう。
そしてそのために必要なのは、
受け入れ担当者(特に行政担当)のビジネス化への仮説と情熱である。

地元を知り尽くした行政マンが
ビジネス化の仮説を立てて、
そこに向けて必要な人材をイメージし、
その人に向けてメッセージを発する。

その人材が運よくマッチングした時に、
「成功事例」が生まれる。
そんな「方程式」を理想とする。

世の中は極度に「効率化」された。
地域づくり、まちづくりも「科学」になった。

再現率。
費用対効果。
最短時間で最大効果。

しかしそこに罠がある。
「効率化」は「思考停止」につながっているということ。
「わかりやすさ」は「思考停止」につながってしまうということ。

本当はそこにニーズはないのかもしれない。
若い世代は、「考え続けたい」、のかもしれない。

「成功モデル」にならって、プロジェクトを設計して、
明確な課題に挑んでいく。

そこに魅力はないのかもしれない。

もしそこに魅力を感じてしまうとしたら、
おそらくそこには思考停止と並ぶもうひとうの闇である
「承認欲求不全」がある。

承認欲求が満たされない。
それを満たすために「人の役に立つ」
という動機だ。

予測不可能な社会に突入している。
しかし、それは「未曽有の事態」などでは決してなく、
本来の姿である。

予測可能だった奇跡の時代が
60年、あるいは150年も続いただけだ。

予測不可能社会を生きていくために必要なこと。
それはもちろん「考え続けること」と「行動し続けること」だろう。

どこかの地域の「成功モデル」を
真似して、あるいは自分の地域なりにマイナーチェンジして
課題を明確にしてプロジェクトを設計することではない。

そういった意味では、
現在の「野放し状態」の地域おこし協力隊は、
自立型の人材にとっては、大きなチャンスであると言えるだろう。

課題はおそらく、
一緒に考え続ける地元のキーマンと
コーディネーター的第3者の設定なのかもしれない。

「成功モデル」に思考停止してはならない。
考え続け、動き続けること。

その繰り返しで自分と地域と社会の未来をつくっていこう。  

Posted by ニシダタクジ at 05:18Comments(0)日記

2015年11月21日

課題解決と未来創造

一昨年にやっていた
「にいがた未来考房」
いわゆる「フューチャーセンター」
を新潟で開催する実験だった。

このときの自問自答は、
「課題解決」と「未来創造」
そして、
「当事者意識」と「共感」と「行動意欲」
だった。

たとえば、
実践者をゲストに呼んでトークを聞くと、
その課題にフォーカスしてしまって、
ワークショップの創造性が失われる。

つまり、「課題」にフォーカスしすぎると、
「当事者意識」が向上するが、
創造性を失われるということだ。

一方で未来思考でものごとを考えると、
共感して、ワクワクして行動意欲が増すのだけど、
「当事者意識」はそんなに高くはないので、
実行性と実現性が損なわれる。

このバランスをどのようにとっていくか?

が課題なのだろうと思う。

「課題解決」と「未来創造」のあいだ。

そこにプロジェクトを作っていけるかどうか。
それがこれからの地域づくりの鍵をにぎるだろうと思う。

おそらくはそこが
「地域学生インターン」や「地域おこし協力隊」などの
地域×若者のコラボのときにもっとも重要な考え方になるのだろうと思う。

課題に寄りすぎない。
未来にも寄りすぎない。

課題解決共感と未来創造共感を
そのようにデザインしていくか。

若者にとっては、地域というフィールドで自らの未来を創造する
地域にとっては、若者の未来創造力を活用して自らの地域の課題を解決する。

その絶妙なバランスをとっていく
コーディネーターが必要になるのではないか。  

Posted by ニシダタクジ at 06:54Comments(0)日記

2015年11月20日

「あいまいさ」と「偶然性」を売る


「まわしよみ新聞のすゝめ」(陸奥賢 まわしよみ新聞実行委員会)

日本の書店では、
大阪のスタンダードブックスと
新潟のツルハシブックスにしか売っていないという幻の本。
(で、よかったですよね?陸奥さん?)

これからのメディアとか、
コミュニケーションを考える人には、必読の1冊。

「まわしよみ新聞」
http://www.mawashiyomishinbun.info/

僕も8月に読んで衝撃を受けた。
「まわしよみ新聞という入会地(コモンズ)をつくる」
http://hero.niiblo.jp/e472208.html
(「20代の宿題」:2015.8.20)

入会地。
かつて日本の集落に存在した
共有財産としての山や草刈り場のこと。

そこから人々は
薪用の木や屋根葺き用の萱を調達した。
共有財産、共有地としての場所。
誰の土地でもなかった。

しかしそれは、
明治6年の地租改正によって失われる。
国有地か私有地に分けられることになる。

そう。
この日から我が国の制度は、急速に
「あいまいさ」を失っていった。

「効率的であること」に大きな価値が置かれ、
そのためには、「わかりやすさ」が重視された。

「計画的であること」に大きな価値が置かれ、
「偶然」という不確定なものに価値は無くなっていった。

2014年の1月に発売された
「ソトコト2014年2月号~なじみの本屋特集」
http://www.sotokoto.net/jp/latest/?ym=201402

の冒頭で特集されているツルハシブックスの記事の中で、
当時新潟県立大学3年生だった野島さんは
インタビューに答えてこういっている。

「ツルハシブックスに行くと、誰かに会えるから」

ツルハシブックスという本屋は、
本ではなくて「偶然」を売っているのだと、
彼女は明言していた。

「偶然が起こるという価値」
http://hero.niiblo.jp/e307594.html
(20代の宿題 2013.11.27)

おそらくはこの「あいまいさ」と「偶然」に
人は、特に若者は惹かれるのではないか。

そういう意味では、
「まわしよみ新聞」というメディアと
ツルハシブックス、あるいは暗やみ本屋ハックツは、

メディアとして同じような機能を持っていると言えるだろう。

ところで、
「新聞」というのは、webと違い、非常に偶然性の高いメディアである。

twitterやfacebookなどのSNSもそのような機能があるから、
人は惹かれるのだろうが、あくまであれは自分で選抜した
知り合いの興味関心のある分野のことしか流れてこない。

「新聞」をまわしよむことで、
「偶然」に出会い、「感性」が発動する。
それをプレゼンテーションすることで「共感」が生まれ、
「何か」が生まれる。

その「何か」は人によって違う。
その「あいまいさ」と「偶然性」が価値なのだろうと思う。

そして、予測不可能な時代を生きている私たちにとって、
「あいまいさ」と「偶然」をつかみ、活かしていくことは
これからの時代必要となってくるスキルと言えるのではないか。

マスメディア時代から個人メディア時代に移りつつある今、
価値を持つのは、「わかりやすさ」だけではなく、
むしろ「あいまいさ」や「偶然性」にあるのではないだろうか。  

Posted by ニシダタクジ at 07:10Comments(0)

2015年11月19日

予言



2003年8月9日付新潟日報「私の視点」
29歳だった私の苦悩が書かれている。
(投稿したのが誕生日前だったので28歳になっている)

当時のお題はおそらく
「カッコイイ大人」とはなにか?

子どもたちの「生きる力」とはなにか?だっただろうと思う。

「自分に誇りを持ち、価値観を表現すること。
これがキラキラと輝く瞳を持ったカッコイイ大人を
生み出すのではないだろうか。」

「旧庄屋佐藤家保存会のボランティア活動に参加すると
地元住民の皆様からにじみ出る、
地域を愛し、誇りに思う心を感じ、胸が熱くなる。
この地域に住む子どもたちは、このじいちゃんたちを
見て、何を感じるのだろうか。」

「大リーグの松井やイチローだけではなく、
日常生活の中にいる、たくさんの多様なカッコイイ大人
に触れることが、子どもの価値観を徐々に形成し、
自分なりの夢を持つことにつながると考える。」

「それを仕組みとして確立することが必要なのではないだろうか。」

「カッコイイ大人、つまり自分のやっていることに誇りを持ち、
価値観を表現できる大人が増えることをうながす「場」
たとえば地域ビジネスやボランティア、趣味の活動などを
支援・紹介するような機能」

「そしてそんな大人たちの活動に子どもたちも一緒になって
参加、あるいは見ることのできる「場」
そんな場所が必要であると強く思う。」

言葉にするって大事だ。

12年前の予言通りに今がある。

「大人」が大学生に、
「子ども」が中学生や高校生、大学生に
その都度入れ替わるだけで、
本質的には、ここに書いてある通りの場として、

ツルハシブックスもコメタクも、
暗やみ本屋ハックツも、

そんな場所を目指している。

いや、その先を探している。

29歳のこの時、
それが本屋や米屋であるとは、夢にも思わなかったけど、
言葉にして、文章にしていくこと。

それがカタチになっている。

さあ。
2015年11月。

10年後に向けて、どんな予言をしましょうか?  

Posted by ニシダタクジ at 05:51Comments(0)足跡

2015年11月18日

「学び」というドキドキする「遊び」

「学びたい」というより、
「ドキドキしたい」のかもしれない。

学校の勉強に
意欲が湧かないのは、
ドキドキしないから、かもしれない。

「大人が本気で遊べば、それが仕事になる」
と言ったのは高橋歩さんだった。

それをアレンジするとしたら、
「大人が本気で学べば、それが遊びになる」
かな。

僕にとって、「学び」が楽しくなったのは、
大学に入ってからだった。

環境問題を学んでいる中で出てきた、
「豊かさとは何か?」という問い。

その先にあった有機農業・自然農法との出会い。

地球環境にやさしく、収穫量も減らさず、
自分にとっての最適な農法は何か?
という問い。
そこを求めていく学びは楽しかった。

全国各地の農家を巡り、
話を聞いたことをノートにまとめた。

1999年。
まきどき村を始めた。
「地域」や「コミュニティ」というテーマがそこにあった。

僕は千葉県の新興住宅地で育っていたので、
「地域コミュニティ」というものをほとんど知らなかった。

巻町福井(現新潟市西蒲区)の
じいちゃんたちの地域を愛する「誇り」に触れ、
「コミュニティが解決する」
よくわからないけど、そう直感した。

それを街中につくれないか?
そんなことを考えていた時に、
不登校の中学生との出会いがあった。

彼と一緒にすき焼きを作って食べたとき、
僕は直感した。

「中学生と共に将来を見つめ、一緒に悩むような時間を共有したい。」
これを仕事にしようと思った。

そして、それを僕だけじゃなく、
たくさんの大人が担えるような地域社会を創りたいと思った。

15歳が自分と自分の住んでいる地域を好きになり、
自分と社会の未来創造へ歩き出している地域社会の実現。

それが僕のミッションとなった。
合言葉は「まちを学校に」だ。

それ以来。
僕にとっては「学び」はエンターテイメントに変わった。

「コミュニティデザイン」の
山崎亮さんに出会ったときは、うれしくてたまらなかった。
情熱大陸のビデオを何度も見た。

いつのまにか「ツルハシブックス」ができていた。
そして、僕はいま、そこにいない。

いつのまにか、ツルハシブックスは
店員サムライたちの「学びの場」となっていた。
地域とコミュニケーションしながら学ぶ場となっていた。

「学び」こそが
もっともドキドキする「遊び」なのではないか。

ツルハシブックスという、危うい存在こそが、
僕たちにたくさんの挑戦と学びの機会を与えてくれるのではないか。

最高のエンターテイメントの場がそこにある。

「誰のために何を提供するのか?」
何度でもこの原点に戻って、問いと試行を続けていこう。

まもなく、ツルハシブックスは店員サムライ合宿明けの朝です。
次の半年もよろしくお願いします。

  

Posted by ニシダタクジ at 05:46Comments(0)学び

2015年11月17日

「顧客は誰か?」を仮説検証する。

金沢大学の杉本くんと一緒に開発した
顧客は誰か?ワークショップ。

ナリワイづくりを始める
http://hero.niiblo.jp/e314813.html
(「20代の宿題2013.12.11)

自分の過去を振り返り、
自分にとっての「顧客は誰か?」
を探るワークショップ。

顧客は「過去」にいる。

過去の自分自身だったり、
過去にお世話になった人だったり、
強烈に印象に残った出来事だったりする。

たとえば、元ヤンキーだった先生が
現ヤンキーのために命を燃やす、とか。

近所の駄菓子屋のおばちゃんに
話を聞いてもらったから、
そういう場所に来ている子どもたちのために何かしたいとか

あるいはテレビで、
外国の難民報道を見て、なんとかしなきゃいけない、
と思うとか。

そういう自分自身の強烈な体験
に基づく「顧客」を設定すること。

そしてその「顧客」像を洗練していくこと、
時には変化させていくことが大切だと思う。

極端な話をすれば、
「顧客」さえ決まれば、
幸せにする方法は100万通りある。

だから、現在のキャリア支援の根本的な失敗は
「やりたいことは何か?」
という問いを投げかけてしまうことだと思う。

何をやりたいのか?

と聞かれたら、
「ゲームを1日中していたい」
「鉄道を1日見ていたい」
とか言ってしまうでしょう。

それをポジティブにとって、
「いいね、じゃあゲームにかかわる仕事ってどんなのがあるんだろう?」
とか
「鉄道を見続けられる仕事ってどんなのがあるんだろう?」

とか話を膨らましていって、
目標となる職業が見つかるとは思えない。

そして「職業」を選ぶことのリスク。

2011年にアメリカの小学校に入学した生徒の65%は、
大学卒業時に今は存在していない仕事に就くだろう。」
(デューク大学デビッドソン博士のニューヨークタイムズ紙へのコメント)

「試作の時代」にどう生きるか?
http://hero.niiblo.jp/e455242.html
(「20代の宿題」2014.10.28)

「思考を停止して勉強しろという矛盾」
http://hero.niiblo.jp/e412549.html
(「20代の宿題」2014.4.29)

もはや、職業を選ぶことは、
キャリアの近道ではないのかもしれない。
ならば、何を指針に生きていけばいいのか?

僕は、「顧客は誰か?」という問いを胸に
仮説検証という試作を繰り返すしかないと思う。

重要なのは顧客の設定だと思う。
目の前の仕事が顧客の幸せにつながっていると
信じられるかどうか、が大切なのだと思う。

もし、顧客の仮説がないとしたら、どうするか。

それはもう、
「多様な人に接する」「多様な催し(イベント)に出てみる」
そして振り返る。

この繰り返し以外にない。
これを繰り返していると、顧客が浮かび上がってくる。

顧客というのは年齢層ではない。
「20代前半、一人暮らしの会社員」
ではない。

「20代で働いていて、今の仕事に悩みを持っている人」
でもちょっと広すぎる。
もっと絞り込まないといけないし、
それは行動しながら、だんだんと絞られてくる。

現在も動きながら、過去も検証しながら、ふりかえり、
顧客を検証していくこと。

そういう意味では、
僕の顧客は、現状のキャリア教育に違和感を持っていて、
かつ自信がなく将来不安を抱えていて、
何かしたいのだけど、何をしたらよいかわからないし、勇気が出ない。

といった人たちに、
「地域」というフィールドや大人を紹介することと、
「顧客」という視点、「歴史」から現状を見つめなおすこと。

これらを提供していくことなのだろうと思う。
もしかしたらそれは、いまの延長線上にあるのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 07:01Comments(0)日記

2015年11月16日

同調圧力と共感メディアと思考停止

日本は同調圧力の強い国だ。

「世間という神は中途半端に壊れている
~ブログ「20代の宿題」2013年6月12日」
http://hero.niiblo.jp/e269649.html

江戸時代につくられた「村落共同体」。

それはおそらくは、
為政者たちがこの国を統治するために、
もっとも安定した、効率的な方法だった。

農業、特に稲作を中心とした共同作業を
村落共同体の中で、うまくやっていくこと。
そうすれば、生きていくことができた。

その時代、その文化、その生き方。

それはその瞬間、正しいというか合理的というか
時代に適応した生き方だったのだろう。

ところが、
明治時代以降は、「国を強くする」ために
村落共同体は解体させられていった。
それからまだ150年しか立っていない。

「孤独と不安のレッスン」の著者
鴻上尚史さんによれば、
「世間」は中途半端に壊れているのが
完全に壊れてはいない。
だからこそ、特に若者は生きづらい世の中なのだという。

その自覚。
「同調圧力」
(これはおそらく学校社会を生きてくれば、感じるだろう)

の原因を知り、
その対応策を考えること。

そう。
考えること。
そして行動すること。

いつの時代も、良からぬ為政者たちは、
「思考停止」を望んでいる。
考えないで従うことを望んでいる。

新聞メディアはかつて(もしかすると今も)、
その片棒を担いだ。

そしていま。
わたしたちはインターネット時代を経て、
自らがメディア(情報発信者)になれるツールを手に入れている。

マーケティングの本によく書いてあるのだが、
それらのツールは、「共感」メディアと言われる。
「共感増幅装置」としてのメディアだ。

そのときにひとつのリスクが発生する。

「同調圧力」社会において、
「共感」メディアの存在は、
共感を強いる存在になり得る。

共感を強いるということはつまり、
思考を停止して、共感したフリをするということだ。

「あなたは共感しないの?」
と迫られているような気がするのだ。

もし。
仮にこれが為政者たちに仕組まれていた
ストーリーだとすれば。

「共感」をコントロールすることで、
思考停止した人たちを生み続けることができるのかもしれない。

考え続けること。
共感メディアと同調圧力に思考停止されないこと。

不幸は、思考停止から始まり、
希望は、考え続けるところからしか生まれないと僕は思う。

参考:
「考え続けるという希望
~20代の宿題2014年11月14日」
http://hero.niiblo.jp/e457307.html  

Posted by ニシダタクジ at 07:32Comments(0)日記

2015年11月15日

10代と共に不安を生きる

学校を創る人のもっとも大切な条件は、
「子どもから学びたい」と思っているかどうか、だと思う。

暗やみ本屋ハックツやツルハシブックスが
もし、学校のようなものだとしたら。

そこにかかわるスタッフの条件は、
「10代から学びたい」と思っている人ということになる。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

ドイツの名宰相、ビスマルクの言葉だと言われる。

自分の経験など、ちっぽけなものに過ぎない。
自分が生きてきた時代しか知らないのだから。

そんな大人たちが、自らの経験をもとに、
10代にアドバイスをするなんて、
やっぱりちょっと違うのかもしれないなと思う。

茨木のり子さんの「倚りかからず」という詩がある。

倚りかからず

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない 
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ

ここに2行加えるとしたら。

もはや
できあいの経験には倚りかかりたくない
となるのだろう。
若者たちにとっては特にそうだ。

きっと自分の「経験」とは、単なるその程度に過ぎない。
自分の支えにはもちろんなるとは思うのだけど、
他者へアドバイスするほどではない。

もっと歴史を学ぼう。
もっと本を読もう。

自分自身もそうやって本を読み、
歴史に学ぼうとする人が、
本屋で10代とコミュニケーションすることができる。

ここ50年。
我が国の人たちは歴史上稀にみる、
(おそらくは二度と来ないであろう)
「予測可能な時代」を生きた。

「経験」に学ぶだけでは、
これからの予測不可能な時代は生きられない。

そういった意味では、
10代の若者たちと、40代の僕たちは、
まったく同じスタートラインに立っていると言えるだろう。

答えはない。
もちろん僕たちには「経験」がある。
しかしそれは、「経験」にすぎない。

そんな自覚を持って学び続けるということ。
思考し続けるということ、そして、試行し続けるということ。

そんな人たちだけが
10代の若者たちと未来を語る資格があるのかもしれない。

10代と共に不安を生きる自分であり続けたいと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 07:47Comments(0)思い

2015年11月14日

誰のための図書館?

図書館総合展内の
ライブラリーオブザイヤー2015
にお邪魔してきました。


最終候補4団体に
塩尻市立図書館「えんぱーく」と
下北沢のB&Bが最終ノミネートされていました。

塩尻市立図書館「えんぱーく」には、
昨年の7月に「本の寺子屋」で
松井さんとご一緒させてもらって、
その後12月の古本市&クリスマス会でも出店しました。

その時に構想していたのが
「屋台のある図書館」

図書館内で高校生が地元の野菜や果物の
ジュースや加工品を販売するような屋台を
やりながら、それに関連する図書を並べる、
みたいなのができたら楽しいなあと。

今回は大賞だった
多治見市図書館に次いで次点だったのですが、
僕はあらためて、誰のための図書館なのか?
という問いが浮かび上がってきました。

「図書館」を本当に必要としている人は?
その人たちにとって「図書館」の持つ機能とは?
そして「図書館」にとっての成果とは?

まさに
顧客は誰か?
顧客にとっての価値は何か?
成果は何か?
というドラッカーの質問を考えていました。

「地方創生」が叫ばれるいま、
「図書館」が果たすことができる役割として、

中学生高校生が地元のことを好きになる、
ということがあると思います。

そのためには、まず
「安心空間」としての「居場所」があり、
そこを出発点に、地域の人や活動との出会いがあること、

そして活動に参加・参画することで
地域の人や活動を好きになること。

この繰り返しが、
その地域の未来を創っていくのだろうと思います。

一度、出て行ったとしても、帰ってくる。
帰ってこなくても、地域のことにかかわり続けてくれるような
そんな大人を生んでいけると思います。

そういう意味では、
塩尻市立図書館「えんぱーく」は
非常に大きな可能性を持っていると私は思います。

昨年12月に構想していた「屋台のある図書館」
(実現はしませんでしたが)
のために8月に信州大学の杉田さんと
えんぱーく3Fのフリースペースにいた、高校生に話を聞きました。

すると、彼女たちは、
「お菓子を食べに来た」
というのです。

コンビニで買ったお菓子を食べながら、
話をするために、「図書館」にやってきているのです。

僕はその事実に大きな「可能性」を感じました。

~~~以下、「えんぱーく」屋台のある図書館物語(空想の世界)

たまたま、友達と話をしに来た図書館。
そこに、高校生が屋台をやっていたとする。
よく見ると、中学の同級生だ。
「なにやってるの?」と聞く。

おもしろそうなことやっているな、と
自分もやってみることにする。

ぶどう農家さんにインタビューしに行って、
ジュースを試作し、POPをつくる。

屋台当日。
しかし、なかなか売れない。

もっと塩尻のことや売り方のことを
知る必要がある、と感じる。

屋台の隣にあった本を借りて読む。

~~~ここまで、「屋台のある図書館」物語

こうやって、本を読む高校生が誕生していくという仮説です。

塩尻図書館の館長が最後にコメントしていたけど、
本を借りる20%だけではなく、
本を借りない80%の人にもアプローチできる
「図書館」を目指す。

それってストーリーとしてはこんな感じな気がします。

僕たちのやっている「暗やみ本屋ハックツ」も
コンセプトは似ています。

中高生に「手紙」を届ける本屋さん。

100円なのだけど「本を買う」ということが、
その本を「読む」ことにつながります。

大切なのは、
「本を借りること」(貸出冊数)ではなく、
「本を読むこと」であり、「本と出会うこと」
です。

特に中学生高校生にとっては、
その要素は大きいだろうと思います。

「図書館」の顧客を、中学生高校生に設定してみるとします。

彼らがほしいのは、
「偶然」であり、「きっかけ」です。
大人たちが願っているのは、
「本との出会い」で人生が豊かになることです。

そのために、「えんぱーく」のようなハードと
ハックツのようなソフトが組み合わさった
「これからの図書館」が作られていくことを心から願います。

今日も「図書館」では
誰かが1冊の本を待っているし、
1冊の本が、誰かを待っています。  

Posted by ニシダタクジ at 09:03Comments(0)日記

2015年11月12日

ツルハシブックスで買うべき本

僕を商売の世界に導いてくれたのは、
大学生の時に塩見直紀さんに頂いた1冊の本。
「ワクワクするビジネスに不況はない」(小阪裕司)だった。

あれ以来、僕は小阪裕司先生のファンだ。
(最高傑作は「冒険の作法」(絶版)だと思っている)

小阪さんは、商売を営むことを
「師匠と弟子」の関係だと例えたことがある。

店主は「マスター」(師匠)であり、
お客は「弟子」だ。
そんな師匠と弟子の関係性が
ファンをつくるのだと言う。

僕が2004年に持っていた名刺の肩書は
「吉田松陰プロジェクト 代表」だった。
コンセプトは「師匠と弟子」の関係性を増やし、
まちを学校にする。

ツルハシブックスは、
「居場所」としては、成功している。
人が集まる場になった。

ここでもう一度、
「本屋」として、どうあるべきか?
と考えてみる。

「居場所」としての顧客と「本屋」としての顧客。
これを捉えなおしていく必要があるのではないか。

「本屋」としての顧客は、
大学生・20代を中心に、
「地域と自らの未来を創っていく意志のある人たち」
が顧客になるのだろうと思う。

そんな人たちにヒントになるような、
力になるような、仲間が増えるような
そんな本を売っていくこと。

そのためには、
「ツルハシブックスで買わないとダメだ」
と思えるような本を売ることだと思う。

小阪裕司さんの本に出てきた
ファンのお客さんが言っていた。
通販でいくらでも同じものは手に入るのだけど、
「ここで買うと、パワーが入るのよ」

それってホントなんだろうと思う。
人の感性ってそれくらい強いのだと。

ツルハシブックスで買うべき本。
僕がおすすめするのは、
いまなら「ゆっくりいそげ」(影山知明 大和書房)
ロングセラーなら「ナリワイをつくる」(伊藤洋志 東京書籍)

本屋として、「未来」を創る本屋になること。
「未来」とは、ひとりひとりのこと。
そんな棚づくりをサムライたちと始めようと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 07:23Comments(0)

2015年11月11日

米屋×本屋という未来

これからは「米屋×本屋」だと確信している。

そこが地域コミュニティと
若者のキャリア形成支援の結節点に
なるだろうと思っている。

そしてまきどき村からスタートした
僕のキャリアもしくはアートの
進むべき道がそこにあると思う。

しかし、まだそこの明確な言語化は
できていない。

いまのところのキャッチコピーは

つながる米屋で「すき」を増やす

「すき」は「好き」と「隙」で
好きなものと余白のある暮らし。

朝、米を炊くという1日の始まり。
たくさんのおかずやたくさんの出来事を
受け止められる隙のある暮らし。
好きな米屋で米を買うということ。

そんなことを伝えていくのがミッション。

そんな、つながる米屋「コメタク」がついに東京・表参道へ!
今週末の11月14日(土)に表参道ごはんフェス@VACANT/粋場に出店する。
http://gohanfes.com/

※コメタクの出番は13:00~14:00です。
チケットはこちらから。
http://gohanfes4.peatix.com/

米を炊くという日々の暮らしと、本という未来。
そんなことを伝えていける、一緒に考えていける場所をつくりたい。

やっぱり、米屋×本屋に、未来がきっとある。  

Posted by ニシダタクジ at 07:39Comments(0)思い

2015年11月10日

「顧客になる」とは、「文化」を創る一員になるということ

「顧客になる。」
の定義が変わるだろうと思った。

「顧客になる。」とは、

その会社のモノを買う人になるのではなく、
その会社がつくろうとしている「文化」に共感し、
その「文化」を創る一員として参画します、ということ。


「スノーピーク「好きなことだけ!」を仕事にする経営」(山井太 日経BP)

新潟・燕三条が誇るアウトドアメーカースノーピーク。
ハイエンドなアウトドア製品をこの世に生み出し続けている。
本社の裏がそのままキャンプ場という立地。

そんな会社の社長の1冊。

スノーピークの本社オフィスには、
「Snow Peak Way」と名付けられたミッション・ステートメントが
掲げられている。

「私達スノーピークは、一人一人の個性が最も重要であると自覚し、
同じ目標を共有する真の信頼で力を合わせ、
自然指向のライフスタイルを提案し実現するリーディング
カンパニーをつくり上げよう。

私達は、常に変化し、革新を起こし、時代の流れを変えていきます。
私達は、自らもユーザーであるという立場で考え、お互いが感動できる
モノやサービスを提供します。私達は、私達に関わる全てのものに、
良い影響を与えます。」

山井社長の言葉を借りれば、
この言葉をコンパスにして、
常に真北を向いて進んでいる会社がスノーピークであると言える。

山井社長が家業であったでお父さんの会社に戻ってきた当時、
製造業の現場は、人件費の高騰により次第に価格競争力を失っていった。

にもかかわらず、
安価な製品をつくって、安売りのホームセンターに納入していた。
その現状に山井社長は違和感を感じる。
高い人件費を払っているのだから、高価格・高品質の商品を作るべきだ。

一方で燕三条が
ポテンシャルの高いものづくりの町であり、
作りたい製品には何でも対応できることを改めて実感した。

「地域の現状に対するネガティブな視点」と
「潜在力に対するポジティブな視点」の両方が交錯した。

そのために徹底的にこだわり
自分が本当にほしい製品を作ろうと決意した。
こうしてクリエイティビティー、永久保証、革新的なプロダクトといったキーワードに
たどり着いていった。

そこで当時9,800円や19,800円のテントが主流だったが、
スノーピークのテントは、168,000円と一桁違う製品を出し、大きくヒットした。

当時はSUVの販売台数が伸びており、
「オートキャンプ」というスタイルがこれから来る
と確信した読み勝ちであった。

1988年から5年間。
アウトドアブームが起こり、
業界全体が空前の成長を遂げ、
スノーピークも売上高が5倍になった。

しかし、ブームは収束し、
急速に市場が縮小していく。

そんな中で
「顧客の声を改めて聞こう」と開催されたのが
キャンプイベント「スノーピークウェイ」だ。

山梨県本栖湖での1回目に
参加者から受けたフィードバックが
スノーピークの方向性を決めた。

「スノーピークの製品は高い」
「品ぞろえのいい店がない」

この2つの指摘に、山井社長はテントの中で
眠れずに悶々と考えることになる。

そこでスノーピークは問屋との取引をやめ、
直営店による販売へと切り替えることになる。

もちろん社内にも、問屋にも
批判はあったが、それでも
ユーザーの言葉から始まった改革だから、
その言葉が正しければ売り上げは伸びていくはずだと思った。

実際、製品を扱う店は
一気に4分の1に減ったが、
2000年から早くも売上高は再び増加に転じた。

これからのビジネスを先取りしているスノーピーク。

次のキーワードは「アーバンアウトドア」。
都市の中でも自然と人をつないでいく、というものだ。
たとえば、公園でチーズフォンデュをするとかのことだ。

~~~ここから引用

スノーピークはこれまで事業を通じて、
人と自然をつなぐことを目指してきた。
こうした取り組みを本質的に掘り下げていくと、
さらにコアな価値が見えてくる。

それは「人間性の回復」だ。
私はここにスノーピークの新しいビジネスの手がかりがある
と考えている。

(中略)

このときに、「アウトドア製品を作る会社」ということに縛られると、
新しい発想は生まれない。
スノーピークはそういう意味では保守的な会社だと思う。

製品は革新的だが、事業はここからここまでの範囲だと規定している。
それはそれでいい面もあるのだが、
同時にもっと広いマーケットやカテゴリーに対して、
人間性の回復が提案できるのではないか、と考えている。

(中略)

キャッチコピーの「人生に、野遊びを」とは
実はアウトドアとアーバンアウトドアを
集約したものでもある。

~~~ここまで引用

とこういう感じで本は進んでいく。
スノーピークに「これからのビジネス」をものすごく感じる。

塩尻の酒井産業の木育の話でも思ったのだけど、

かつて、「顧客」とは、
買う人、でありユーザーであった。

そして、いま「顧客」とは、
ファンであり、仲間である。

さらに未来には、「顧客」とは、
これからの「文化」を一緒に創っていくメンバーのことを言うようになるだろう。

企業が提供する価値とは、
きっとそういうことになっていくと思わせてくれた1冊でした。

山井さん、日経BPさん、素敵な本をありがとう。
ツルハシブックスで買うべき1冊です。
ご予約、お待ちしています。  

Posted by ニシダタクジ at 05:57Comments(0)