プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2018年05月21日

場の魅力と目的多様性

昨日は「帰ってきたツルハシブックス@ウチノ食堂藤蔵」でした。
ブックカフェ企画。


「本」看板を設置


本棚を設置


こっそりーも置いた


人けっこう来てくれた。

http://hero.niiblo.jp/e477508.html
「偶然性」を軸にプラットフォームを構築する(16.3.5)

なんか、昨日のブックカフェは
ツルハシブックスみたいだったなあと。
たまたまそこに居合わせた人が、
話をして、何かが生まれていく。

そんな空間だった。

そして、本は売れなかった。(笑)
3分の2くらいの人は、本を買いに来ていなかったから。
でも、それが場の魅力を高めていたのかもしれないなと。

「場の魅力」とは、
「偶然性」が高いということ。

「偶然性」とは、言い方を変えると、
「予測不可能性」が高い場所であるということ。
予測できないことが起こる。

たまたま、居合わせた人と、何か新しい企画が生まれる。
(昨日は新企画@藤蔵が生まれてました。)

知り合いが知り合いを紹介してくれる。
(僕もお友達が増えました。)

本のテーマで意気投合する。
(昨日、新大の千葉くんと「暇と退屈の倫理学」の話で
めちゃ盛り上がりました。)
そんなことが起こる場だったブックカフェ@藤蔵。

6次元のナカムラクニオさんが言っていた

「場づくりにおいて大切なことは
『もしかして次に来た時には、もうここはないんじゃないか』
と感じさせるような『一期一会の空間』をつくることだと思っています。
それこそが、どこでも買えない価値のあることなんだと、
みんなすでに気が付いているのではないでしょうか?」

そのベースになっているのが
「目的多様性」なのかもしれないなと思った。

本を買いたいという人もいて、
店主の野呂くんに会いたいという人もいて、
誰かと話したいなあと思う人もいて、
何かの用事のついでに立ち寄る人もいて、
電車までに空き時間を過ごしたくて来る人もいて

そんな人たちがその場に居合わせること。

それが場の魅力だし、
ツルハシブックスが目指したものだったように思い出した。

ところが。
その問題点がひとつある。
本が売れない。(笑)

しかしながら、「本を買いたい」と思う「人」の空気感や
本屋さんとお客さんとのやりとりが発生する「場」は、

その空間に「目的多様性」を付加し、
さらにその場の魅力を高めていく。
あるいは、本そのもの、本棚そのものが、
その場を演出するひとつの小道具であるとも言えるだろう。

さて、
そんなふうにして、

人は「価値」について問い、
その「価値」をどうにかして
経済社会と折り合わせていく、
つまり「経済的価値」へと変換していくこと。

そんな、あいまいな時代を
なんとか生きていくのかもしれないなあ。

素敵な空間を提供してくれた
「ウチノ食堂藤蔵」の野呂さん、
一緒にお店をやってくれた
「ツルハシブックス」の風間さん、

多彩なお客さんのみなさん。
素敵な「本屋のような劇場」をありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:32Comments(0)日記

2018年05月19日

「かえるライブラリー」はじめます

就活生のように自己分析してみる。

現代美術家。
問いを投げかける人。

余白デザイナー。
場と心に余白をデザインする人。

ツルハシブックス劇団員。
「本屋のような劇場」で演じる人。

そんな感じ。

1999年に始まったまきどき村は
「豊かさとは?」っていう表現活動だったし、
「人生最高の朝ごはん」っていうネーミングにも
問いが詰まっている。

2002年1月に15歳のシンタロウに出会ってからは、
中学生高校生が心を開く場、地域参画するデザインを
探ってきた。

2004年10月の中越地震をきっかけに始まったのが
「遊びとまなびの寺子屋 虹のひろば」
近所の小学生が近所のじいちゃんばあちゃんに
昔の遊びを教えてもらうというコンセプト

2007年10月に大阪から中村憲和(現:わくわくスイッチ)さん
を呼び寄せてスタートしたのが「起業家留学」
大学生が地域のキラリと光る中小企業で
長期実践型インターンシップに取り組む事業だ。
キーワードは「挑戦」かな。

2011年3月に「ジブン発掘本屋 ツルハシブックス」を開店。
ここで初めて「場」という考え方を知ったかもしれない。
地下古本コーナー「HAKKUTSU」で
地域の大人や本と中高生の偶然の出会いを演出した。
ツルハシブックスのキーワードは「偶然」だ。

2015年1月に茨城へ移住し、大学の職員を経験。
その時に、ツルハシブックスの「店員サムライ」制度が
劇場として機能し、さらなる「偶然」を生み出した。
「偶然を生み続ける劇場」としての本屋を見た。

2015年12月放送「のぞき見」
https://www.youtube.com/watch?v=bYq8iDb_ei4

2015年9月の「暗やみ本屋ハックツ」を東京でスタート。
「10代」というキーワードにチャレンジしたおかげで、
寄贈本のクオリティが劇的に上がった。

2016年4月には茅ヶ崎市美術館で「ハックツ展」として
(=正式名称「あなたが未来に託す想い展」)
地域で働く大人たちが選んだ本が
美術館のエントランスに並んだ。

そして今は、「本の処方箋」ということで、
あなたの悩みに本を処方するっていうのをやっている。

「本屋」というよりは、
「本を介したコミュニケーションデザイン屋さん」
をやっているのだなあと思う。

その先にあるものは、
吉田松陰先生が野山獄と松下村塾でやった
「学びあいで希望の灯を灯す。」
ということかなあと思う。

この前のチャレコミの研修で
副業・兼業の分科会でも思ったけど、
キーワードは「ともに学ぶ場づくり」なんだろうと思う。
そしてそれこそがエンターテイメントの本質である、
「予測不可能性」を体感する場なのではないか。

あとは、「パートナーシップ」という思想。
「ともに学ぶ場づくり」によって生み出された関係性は
「パートナーシップ」である。
つまり、ともに学ぶ同志になる。

組織が組織である意味は、分業や効率化ではなく、
「パートナーシップ」で新たな価値を生み出す
からであるだろうと思う。

「パートナーシップ」というスタンスを持ちながら、
チームで新たな価値を生み出していく。
そんな組織づくり会社づくり地域づくりができたらなあと思う。

そこに向かう方法論として、
2018年6月にリリースするのが
「かえるライブラリー」だ。
https://twitter.com/kaeru_library

地域の人たちのチームが
古本屋的なライブラリーを運営しながら、
若者にどんどん本と思いをパスしていく。

そこから生まれるフラットな関係性、
つまり「パートナーシップ」や
贈与のお返しの連鎖がきっかけとなって、
地域参画する若者が増えていく。

そんなプロジェクトをつくっていくこと。
ひとまずはここから、かな。  

Posted by ニシダタクジ at 07:32Comments(0)アイデア

2018年05月18日

「ふるさと」を創出する方法

大学1年生の時、山形県出身の友人のところに、
どっさりとさくらんぼが送られてきた。
とても1人で食べきれる量じゃないから、
「みんなに配りなさい」というメッセージなのだろう。

ああ、ふるさとがあるっていいな、と思った。

相撲の期間になれば毎朝、
「昨日、琴ノ若見た?」で盛り上がっている山形県民なみんな。

郷土愛って素晴らしいなあって思った。

千葉県の新興住宅街で育った僕は、
別にロッテやジェフが好きなわけでもなく、
「祭り」は見るものだと思っていたし、
実家は「帰る」ものではなくて、「泊まりに行く」
ものだと思っていた。

人は、「ふるさと」を必要としていると思う。
帰っていける場所を必要としていると思う。

僕にとっての「ふるさと」は、
まきどき村である。

現在でも毎週日曜日に、人生最高の朝ごはん
を開催している。





発足当初の僕のテーマは、「ふるさとを創る」だった。

それは、僕自身の切実な
「ふるさと」に対するあこがれがあったのだろうと思うし、
大学時代のテーマだった「豊かさとは何か?」
に対する、ひとつの仮説を表現したかったからだと思う。

実際、まきどき村は(今でも)僕にとっての
「ふるさと」そのものだし、
日曜日にやっている「人生最高の朝ごはん」は

いつ参加しても、毎回が「人生最高」の朝ごはんだ。

「まきどき村」がふるさとである理由。

それは自然が豊かで、
農作業をする畑があって、
地域を愛する人たちがいて、
囲炉裏を囲んで朝食を食べられる。

からではないと知ったのは、
2010年のことだった。

川喜田二郎氏の「創造性とは何か?」(洋伝社新書)
を読み、衝撃だった。

ふるさとは、子どもながらに全力傾注して
創造的行為を行った結果、ふるさとになるのだという。

「全力傾注して創造的行為を行った場」
それがふるさとになるのだという。

そうか。
かつて「ふるさと」は、歌にあるように、
ウサギを追いかけた山であり、小鮒を釣った川だった。
それは、どうやったらウサギや小鮒が取れるか?
という創造的行為を繰り返したからである。

そういう意味では、
「ツルハシブックス」の「店員侍」はまた、
ふるさとを創造する行為だったと言えるだろう。
お店の運営という、
クリエイティブな行為を全力で行ったからだ。

人は「ふるさと」を必要としている。

そして、それは、
「創造的行為」を「全力傾注」して行うことによって創出することができる。

この夏、インターン先に迷っている大学生に、
僕がおすすめするのは、田舎インターン。

企業でのインターンは、
目標が決まっていて(そうじゃない体験型インターンもありますが)
目標達成に向けて行動目標を決め、それをやっていくことである。

そこではすでに「価値」が決まっている。
(売上げとか広報によるリーチ数とか顧客コミュニティづくりとか)

しかし、田舎インターンは、「価値」が明確ではない。
もちろん、地域における仕事づくりはひとつに価値ではあるのだけど、
地域の人たちと一緒に、「価値」について考え、
その「価値」を創出するため、やってみる。
その繰り返しを体感することができる。

大学時代に、やらなければいけないこと。
それは「価値」について考え、「価値」を表現すること。

それが創造的行為であれば、
結果としてその場所はふるさとになる。

だからもちろん、田舎じゃなくても、
東京のIT会社でもふるさとは創出することはできるのだけど、

そんな問いがたくさんあるし、
なにより、「自分はここにいていいんだ」っていう存在承認が
得られるから、田舎インターンはいいなあと思う。

さて、
寝苦しくない夏を知らないあなたへおくる(笑)
↑宮崎県出身のさくらさん談

「にいがたイナカレッジ」プロジェクト
夏の募集、説明会始まります。

東京は6月8日(金)夜@浅草と10日(日)午後@高田馬場
で説明会やっています。
現地ツアーもやっていますので、お問い合わせください。



  

Posted by ニシダタクジ at 08:21Comments(0)思い

2018年05月14日

主客一致と学びあいのデザイン

チャレンジコミュニティプロジェクトの
集合研修(ギャザリング)。
今回は株式会社えぽっくの
副業・兼業の事業構築のため、
そちらの分科会へ。

1日目の全体会と合わせてまとめます。

☆1日目全体会メモ

コーディネーター自らが
チャレンジすることなしに、
「お前、チャレンジしろよ」と
いうことはできない。

ひとりの成功事例ではなく、
「土壌がつくられていくこと」が大切。

「土を耕す」ことは見えにくい。

チャレコミを通じて、ETIC.は、地域から
「地域愛」と、「地域愛を持つ大人のカッコよさ」を学んできた

地域のほうが人が育つ。
それは地域だと学生は「ひとり」として見られるから。
東京だと人は「数字」でしかない。
それは売上という「評価」でしか測られないという意味に直結しているのかも。
「承認」されないのだよ、それでは。

違和感の正体を知ること。
言語化できること。感覚としてわかること。

そのためには、感性を磨くこと。
「違和感」を「ワクワク感」感じられること。

「チャレンジ」「挑戦」という言葉への違和感。
「みんながチャレンジしなくちゃいけない」という中での
チャレンジは、そもそもチャレンジなのか?

「チャレンジの連鎖」ではなくて、「学びの連鎖」

チャレンジに失敗はあるけど、
学びには失敗がない。
そもそも失敗こそが学びの種だ。

コーディネートスキルは属人的であるからこそ、
学びのコミュニティをつくっていくことが必要で、
そこでは、教える側と学ぶ側の区別はなく、
「主客一致」が起こっている。

★2日目分科会「兼業・副業」メモ



事例紹介
・スキルシフト
https://www.skill-shift.com/
・サンカク
https://sankak.jp/

共感によってマッチングする。

岐阜G-net「シェアプロ」の事例紹介

共感と熱意でマッチングする。
パラレルキャリアの一歩目。
期間:3か月

プロボノ(個人的なスキルを生かして参画)
⇔シェアプロ(個人的な熱意と共感で参画)

「学びたい」というモチベーションドライブさせていく。

経営革新/人材育成
というテーマでプロジェクトを組む

受け入れ企業は、ミーティングの効率化や
数字を追いかけていく姿勢を実感し、学ぶ
社員は、経営課題に対して、自分が意見してもいいのだと学ぶ

大手企業側は、地方中小企業へのリスペクトが生まれる。
社員がそれだけ経営に対する情報を知っていることに驚く。

ポイント
1 事業開発の実践
2 他流試合の現場
3 3か月の期間限定

中小企業の経営と大企業社員のモチベーションの親和性が高い。
地方企業のV字経営を大企業のリソースを通してやる。

大企業社員の感想
「中小企業こそ社会価値を意識し、体現している」
「事業に社会性があり、共感が得られる」

「企業研修型」と「一般公募型」の設計の差。

受け入れ企業のポイント
・仮説、共感ポイントがあること
・参画人材にやる気と経験がある分、導入企業の「本気度」が
敏感にモチベーションに反映されやすい

学生  経験はないが時間はある
社会人 時間はないが経験はある

・コーディネートは学生インターンより手間がかかる

ベストサポート(フォローアップ)
⇒ココの途中をどう設計するか。
ベストシナリオ(起こしたい変化)

シェアプロ:専門性を担保しているわけではない。
プロボノとの違い

対等な事業パートナーとして人材を入れる。
意欲と経験値で勝負。
スキルではなくスタンスで勝負。

20代後半~30代後半
3か月のうちに集まるのは5日
初回は合宿
毎週60分~90分のウェブミーティング

大ナゴヤ大学のような
若手「学びたい」人材のストック

学生インターンシップとの相性はプロジェクトによる
インターンに適したプロジェクトと
シェアプロに適したプロジェクトがある。

★午後 兼業副業のプロジェクトをつくってみよう

事例紹介
株式会社ナオライ
http://naorai.co/

CEOの三宅さんの親族は酒蔵を経営している。
そんな中、日本酒の蔵元は、ビジネス継続が厳しい状況下にあり、
それをなんとかしたいと起業。

現在は第1号案件として、
広島の三角島で無農薬栽培したレモンを使用し、
広島の酒造「三宅本店」で醸した
スパークリングレモン酒、「MIKADO LEMON」
を展開している。

三宅さん自らミカン栽培も、
ホテルなどへの販路開拓などを行う。

以下メモ

「時をためて人と社会を醸す」

その地にしかないDNAをくりぬき
唯一無二のものをつくる

「MIKADO LEMON」は
「シャンパン市場に売れる日本酒」を目指す。

酒蔵×離島

1906年の日本醸造協会の発足と
「きょうかい酵母」の頒布開始。
各蔵にあった酵母を使用しないようになる。

大企業×地域プロジェクトでアイデンティティ
を生み出す。

「どこがお金になるのか?」
=(ニーズはどこにあるのか?)

「価値を生み出すのはどこか?」
=(世の中インパクトはどこにあるのか?)

「パラレルキャリア」(副業・複業)という文脈と
「デュアルライフ」(ライフスタイル)という文脈。
「デュアルライフ」型はミッション共感が重要。

日本酒を売るという
「ゲームを変えないといけない」

ビジネスの流れ
経営相談⇒戦略立案⇒戦術検討⇒実行

学生インターンはどちらかというと
右(下流)のほうを担当してもらったが、
副業案件は左側もいけるのではないか。

~~~ここまでメモ

学びの多い2日間となりました。

1日目の全体会で感じた
「挑戦」っていう言葉への違和感も、
その後のワールドカフェで能登の奈美さんと話したことで
解消された。

「挑戦」という言葉が学生に響かないのは、
「挑戦」が唯一解ではなくなり、
学生が納得解を探すため、個に向かっているから。
もはや「自分経営」の視点がないと、生き延びることができない。

「自分経営」の視点を得るために有効な方法の一つが
「実践型インターン」である。そこには地域の社長がいる。
地域の社長は自らの会社を経営しているだけじゃなく、
地域を経営し、当然自分自身も経営しているのだ。

うんうん。納得。
「実践型インターンは挑戦じゃなくて、自分を知るプロセスなんだ」

2日目がめちゃめちゃよかった。
「シェアプロ」やってるG-netも、
「ナオライ」の三宅さんの話も、
心を打ち抜かれるような衝撃があった。

田坂広志さんが問う
「いかに生きるか」っていうのに対して、

事業を通じて、
世の中に表現しているのが素敵だなあと思った。

また、本業じゃなかったとしてもそこに参画したいと思う
20代・30代に向けて、そのような機会をつくるのは
価値があるなあと感じた。

G-net「シェアプロ」のキーワードである
「共感と熱意」っていう言葉に表されているように、

地域企業の経営陣と大企業の若手社員が
ひとつのプロジェクトを通じて、「共に学ぶ」関係性となる。

その相互作用が企業を、そして人材を
成長させていく原動力となる。

株式会社ナオライの
日本酒の酒蔵×地域っていう切り口も、
学びの場づくりとしても、非常に魅力的だなあと思った。

副業プロジェクトづくりグループワークで熊本・フミダスの濱本さんが言っていた
「酒づくりじゃなくて、地域文化づくりプロジェクトだ」
っていう一言にもシビれた。

日本酒の蔵元の再興、商品づくりを通して、
地域文化を再考し、魅力を見つめなおし、
商品づくりを通して誇りを持てるようになる。

日本人として、地域人としてのルーツを
探るようなプロジェクトだ。

「いかに生きるか?」という問いから始まる
「自分は何者なのか?」という問い。

それを考えるプロセスにも、
ナオライの地域プロジェクトは魅力的だなあと思った。

僕が感じたのは、大企業の全国転勤族の独身社員が
そのようなプロジェクトに向いているのではないか、ということ。

そういえば、
ツルハシブックスにも、何人か、そんな人がお客さんで来ていたっけ。
あとは朝活コミュニティにも何人かいたなあ。

彼ら、彼女らを見ていると、
「学びたい」というモチベーションが高い。
そして、もう二度と来ないかもしれない
「新潟」という地域に対して知りたいという欲求が強い。

もちろんもうひとつ「仲間がほしい」というニーズ。

「仲間」というのも、
単なる酒飲んで騒ぐ人たちではなくて、
「共に学べる仲間」。

昨日のブログで言えば、
「問いが近い仲間」
http://hero.niiblo.jp/e487412.html
(18.5.13 問い続けている人)

そんな人たちと一緒にやるプロジェクトは、
本業とか副業とかいうカテゴリーを超えて、
「生きる」のに必要なのではないだろうか。

そんな人たちにどうやってリーチするのか?
っていう課題。

「ツルハシブックス」は、
そんなプラットフォームになり得たと思う。
いや、おそらく「店員サムライ」たちにとっては、
そういう場だっただろうと思う。

僕のミッションは
「学びあいの仕組みづくりで希望の灯を灯す」なのだけど、

今回の兼業・副業のテーマでプロジェクトを検討する中で
あらためて、学びあいのプラットフォームの重要性を
知ることができたし、そこに対しての本屋という場の持つ可能性を感じた。

だから、全国の
チャレコミ的な場に、本屋プラットフォームを
つくっていくのは、僕のミッションになるかもしれないと思った。

1日目の全体会で一番印象に残ったこと。

コーディネートが属人的スキルだからこそ、
コミュニティをつくるのだ、ということ。

そこには、「教える人」は存在しない。
「ともに学ぶ人」がいるだけだ。

「シェアプロ」は都市の大企業社員と地方中小企業の経営者が
フラットに学びあえる場だし、

「ナオライ」がやろうとしていることも、
その先には、地域の人たちと、共に地域について考え、
地域の未来を創っていく場が見える。

「チャレコミ」っていうのは、そんなふうに、

「主客一致した学びあいのデザイン」
なのだなあと思った。

5年ぶりのチャレコミギャザリングは僕にとって
新たな1歩目となりそうです。

ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:48Comments(0)学び

2018年05月13日

問い続けている人

5月11日、12日と、NPO法人ETIC.が主催する
「チャレンジコミュニティプロジェクト」の
集合研修「ギャザリング」に5年ぶりに参加してきました。

午後からだったので午前中は、
いろいろ動きまず。

まずは「メトロ都区内1日パス」で自由を獲得。


まずは、いつもの「大和魂」回収へ。
吉田松陰先生終焉の地、小伝馬町十思公園で手を合わせる。

その後、中目黒・蔦屋書店へ。
すごい素敵なカフェでした。
梅田もそうだけど、
僕、蔦屋書店っていうカフェ好きです。

あの空間が302円(ドリップコーヒーショートサイズ)
で買えるのは信じられないなと思います。
朝7時、中目黒は、僕の定番になりそうです。

★元組織コンサルにいたYさんとの朝活メモ

「研修」は利益率がいいけど、
クライアントのモチベーションが高くない。
⇒やりがいがない。

クライアントワークはお客さんをモチベーションの
源泉にするしかないが、それが難しい
このままでは何者にもならないと思い、転職

大学生世代の就活における親とのコンフリクト
「勝ち組」「負け組」思想からくる、
大企業志向(知っている会社志向)

中小企業は、「新聞に載っている会社」っていうので
かなり親としては安心する
⇒うちと一緒にやると新聞に出れます、っていう営業ができる

「挑戦」じゃないんじゃないか。

就活応援カフェって面白いかもなあ、と。
新宿のスタバとかで。地方出身就活女子限定。

1人でいても違和感のない場所をつくる。
⇒話しかけてもいいカフェをつくる

会社名じゃなくて、個人名で就活する

コワーキングスペースが
個人事業主や社長が使う場所だとすると、

その前段階のスキルアップ、副業のタネさがし、
仲間をつくりたいニーズがあるんじゃないか。

★ここまでメモ

なるほど。
たしかに、コワーキングスペースとか
そんなに仕事仕事していない現場もあるといいなあと思う。

そして、中目黒から虎ノ門へ移動して、
「会いにいける玄洋さん」へ。
熱海で本屋をやる村松徳馬くんと参戦。



いやあ、とっくんスゲーわって。
衝撃受けまくりの玄洋さんのヒアリングでした。
なんかもうシビれた。

☆以下とっくんメモ

高校1年生のときに、1年で勉強をやりきって、
本を読みまくった(1年で400冊以上)

結果、2年の春に高校を中退。
(高橋歩さんの本に影響を受ける。
いつ死ぬかわからないなら、高校やめる、みたいな)

その後、札幌からフィリピンへ語学留学。
(海外での飛び級での大学進学をイメージしていた)

フィリピンでの衝撃。
「英語できたって意味なくねーか?」

グローバル人材、つまり、世界の人たちと
何かつくっていける人になるには、
もっと日本を知らないといけない。

海外じゃなくて、日本でやりたい。
好きだった「熱海」でやりたい。

「熱海」の魅力は、
透明感のある雑多なまちであること。
「気」がいい、だから熱海に住みたい。

実店舗を持てば、みんなが来てくれる。
試しにつくってみるか。

今自分が売れるものは本。
だから本屋。

☆ここまでメモ

なんか、かっこいいな、これは。
問い続けてる。

というか、僕の好きな人って
問い続けている人なんだなあって。

大切なのは英語という「スキル」そのものではなくて、
「学び」なんだよな。

これはおれがやらなくてもいいのでは?
っていう問い。

限られた時間を何に投資するのか?
っていう問い。

それは美しいのか?
っていう根源的問い。

そんなのを問い続けている人が
僕は好きなんだなあと思いました。

チャレコミギャザリングの話は次のブログに書くとして、
夜、ハックツの宮本と話していたのが、

評価と承認と表現と共感
っていうところ。

「評価」の呪縛を自覚し、
「承認」へとシフトするとき、

そこには表現の場が必要で、
そこに共感を感じる仲間がいるとき、
小さな承認を感じることができる。
そんなデザインが必要なのではないか。

たしかに、そうだな。

自己肯定を生む表現活動のデザイン。

もしかしたら
東京の「暗やみ本屋ハックツ」っていうのはそういう活動
なのかもしれないなと。

いや、それは、もしかしたら、
「まきどき村」もそうだし、ツルハシブックスのサムライの制度も
そうだし、これからやっていく、兼業・副業のプロジェクトも
そのひとつなのかもしれないなと思います。

大切なのは、問い続けること。

答えのない時代を生きていくために、
問い続けること。

問い続ける仲間に出会うこと。

仲間と問いを共有すること。

そんな「場」を
人は切実に必要としているのではないか。
そんな風に思えた5月11日でした。

「問い」仲間のみなさま、ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:36Comments(0)学び

2018年05月11日

「前提」を疑うこと

「前提」が違っているかもしれない。

そういう「かもしれない」って大事だ。

「農業」を産業として見ると、
一般的には生産性が低く、儲からない、
とされている。
(もちろん高付加価値をつけて儲かる方法もある)

僕は農業ではなく、「畑作業」に魅力を感じ、
コミュニティ、コミュニケーションの拠点としての「まきどき村」を始めた。

人と地域愛と伝統文化に囲まれて畑をするのは
とっても心地の良いことだと思ったし、
それによって集まってくる人々は仲良くなると思ったからだ。

同じように、
「本屋」を「ビジネス」として見ると、どうだろう。

少ない利益率。
のしかかる人件費コスト。

それをどうやって組み合わせで解消するか。

たとえば、利益率の高いカフェなどと複合する。
あるいは、著者などを読んでイベントを開催する。
もしくは、スキルアップのビジネスセミナーを走らせる。

そういうこと。

「本屋」というビジネスを継続していくために、
何をしたらいいのか?
という視点になる。
でも、その「前提」を外してみてもいいのではないか。

僕が「現代美術家」を名乗るようになったのは
現代美術家の北澤潤さんに出会ったからなのだけど。

アートに役割は
「当たり前だと思っていることに問いを投げかけること」
なのだと言っていた。

価値は、
「本屋をビジネスとして成立させること」ではなくて、

そこに「本屋」があること。

本屋が「偶然」を提供してくれること。

本屋を核に、「学びあい」が起こること。

だとしたら。
カフェや、イベントや、セミナーではない、
何かが見えてくるのではないか。

僕がつくりたいのはそういうことかもしれないな、と思いました。


身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置まし 大和魂

まずは吉田松陰先生の残した大和魂を拾ってから1日の始まりです。  

Posted by ニシダタクジ at 07:57Comments(0)日記

2018年05月10日

「勘違いする人」を増やすには?

昨日は日立市大甕・コクリエで
若松ミライ会議でした。
写真撮るの忘れた。

昨日のお題は、
株式会社えぽっくのミッションと方向性を探る、です。
えぽっくweb
https://epochers.com/

まずは
3月の「コクリエドリンクス」でもやってもらった
えぽっくというか若松さんのヒストリーの紹介。

3月のコクリエドリンクスも聞いたのだけど。
http://hero.niiblo.jp/e487189.html
今回はメンバーも入れ替わっているのであらためて。

やってみて思ったこと。

やっぱり、なぜ?
を問うのは大切だなあと。

「シンプルに結果を出す人の 5W1H思考」(渡邉 光太郎 すばる社)
っていう本があるのだけど。

その中に
WHYの上にあるBIG WHYを探れ
という(だったかな)感じのことが書いてあって、
まさに昨日はそんな時間になった。

大学生のインターンシップから
兼業・副業のプロジェクトにシフトしつつあるえぽっくの
ルーツを探る90分となった気がする。

もともとは、
「環境問題」や「持続可能」という大きなテーマ理系の研究者を目指していたが、
膨大な時間がかかることを知り、ビジネスのジャンルで課題解決をはかることを目指し、
就職する。

その中で、経済的価値だけじゃない価値と
経済的価値を両立させる「ソーシャルビジネス」に関心を持つ。
農山村の商品づくりや人材育成の会社に勤めながら、
会社外で地域課題にチャレンジするプロジェクトに参加。

その経験が大きな出来事となり、
地元、茨城県に戻って、
インターン事業の立ち上げの地域おこし協力隊を経て、
現在は株式会社えぽっくを起業している。

そんな若松さんの話のハイライトは、
「勘違いする人を増やす」だった。

若松さんがそうだったように、
地域の現場に行ってみることで、課題を体感し、衝撃を受け、
人は「これは俺がやらないといけないんじゃないか」と勘違いする。

この課題を「体感」するというのが大切なのではないか。

「少子高齢が進み、、、」といくら言葉で聞いても、
それは脳が言葉で聞いているだけで、
(あるいは、教科書に出ているような子どもがお年寄りを支える図みたいな)
リアリティがないというか、体感がない。

でも、現場に行けば、
話を聞けば、そこにちゃんと「人」がいるんだ。
生身の「人」がそこにいて、そこに生きていて、暮らしがあること。
そういうリアル。

それは「知る」というより「感じる」といったほうがよさそうだ。

その「感じる」が起こったとき、
「勘違い」が生まれる。

「これは俺がやらないといけないんじゃないか。」

という使命感だ。
しかし、本当はこれはまったくもって勘違いなのであって、

冷静な人がいたら、
「それはあなたがやらなくてもいいのではないか?」
とか
「それをやって儲かるのか?」
普通に聞いちゃうんだよね。

でも、本人には、聞こえちゃったんだよ、何かが。
(なんか、小阪裕司さんの本っぽいな、表現が)
だから、勘違いしちゃった。

だから、行動せざるを得ない。

だってさ、「これは俺がやらないといけないんじゃないか?」だよ。

これは解決すべき課題だという「思い込み」と
これができるのは自分しかいないという「思い上がり」
がスタートアップには必要だと、大阪ボランティア協会の早瀬さんは言っていたけど。

まさにそれが起こるのが
「地域の現場」なんだなあと思った。

それは、言い方を替えれば、
「当事者意識の醸成」なのかもしれないなあ。

昨日も話をしていたけど、
「人生の経営者になる」っていうのがとても重要で、
それにはまず、
「人生の当事者」にならなきゃいけなくて。

その上で、ドラッカーの言う「5つの質問」に
答えていくプロセスを歩み始めるのかもしれないな、と。

誰に何を提供するのか
その価値はなんなのか

そんな問いを積み重ねて、
若松さんはいま、ここにいるんだなあってことが実感できた。

地域課題を解決したい。
地域の未来をつくりたい。
だから、現場に行く。

「現場」に行ってみることで

「価値」を問うことができる。

そして、「感じる」ことで「勘違いする人」を増やす。

「勘違いした人」が行動を起こす。

その人は、たとえ会社員のままであっても、「人生の経営者となる」

たぶんそういうサイクルを回していくことで、
地域にプレイヤーが増えて、地域の未来が作られていくのだろうと思う。
そんなえぽっくのミッションを実感した機会になりました。

参加していた大学生が
とても熱い感想を言ってくれたけど、

WHYを繰り返す場は
聞いてるほうも面白いなあと僕は思いました。

若松さん、今回もお世話になりました!  

Posted by ニシダタクジ at 12:12Comments(0)思い

2018年05月07日

「本屋の青空」のある暮らし

本屋のある暮らしをつくる。
好きな本屋で本を買う。

それが、1年前の「新城劇場」のときのコンセプトだった。
(JR南武線武蔵新城駅前・7月リニューアルOPEN予定)

入ってから、出てくるまでが
楽しくなるような本屋さんに
出会うと幸せになる。

鳥取・定有堂書店の奈良さんは、
買おうと思っていた本をいつの間にか忘れ、
目的外の本をつい、買ってしまうことを、
「本屋の青空」と呼んだ。
(POPEYE「君の街から、本屋が消えたら大変だ!」より)

すてきだな、と。
そんな本屋さんのある暮らしがすてきだなと。

長崎・ひとやすみ書店には、
そんな「青空」があった。

福岡のブックスキューブリックも行くたびに
そんな青空を見せてくれる。

この前の武蔵新城ドライブで立ち寄った
荻窪の・「本屋・Title」にも青空が広がっていた。

入って3分で目に飛び込んでくる本に、
心を奪われた。


モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語(内田洋子 方丈社)

こんな本あったんだ、って。
3回手に取って、迷ったけど、購入した。
そこまで10分。

そんなドラマ。
1944円。

それが本屋で本を買うっていうことなんだろうと思う。

昨日は、
「帰ってきたツルハシブックス@ウチノ食堂藤蔵ブックカフェ」
の初日でした。


「本」の看板を置かせてもらい、


店内の左側のスペースに本を置き、


店主が淹れてくれる珈琲を味わいながら談笑し、


素敵なお客さんが来店してくれました。

閉店間際に、
野呂さんにいい問いをもらった。

「西田さんにとって、本屋をやるって、本を売るってなんですか?」

僕自身は、
本が好きというよりも、本屋が好きだ。
大好きな本屋で本を買う、というのが好きだ。

実は素人でも、本屋はできるのだ。

実は、ツルハシブックスの選書のほとんどは、
大阪の某素敵な書店に並んでいる本だった。
それを仕入れて、
自分なりのコンセプトにしたがって並べること。

それが僕が2011年の開店から3年半やってきたことだった。

僕が、茨城に行った理由の一つは、
ツルハシブックスの「場」としての可能性を見てみたかったからだ。
実際、山田マサシと井上くまもんとサムライのみんなのおかげで
2015年12月にツルハシブックスは「場」としての最高レベルに達したと思う。

つまり、ツルハシブックスは、
本屋という「場」の実験場、
本屋はどこまで「劇場」になれるか?
という可能性をさぐっていたのではないだろうか。

2016年11月の閉店から1年半。
ふたたび、「本屋とは?」という問いを目の前にして、考えてみる。

月に1度の本屋さんがあるとして、
そこで届けたいもの。

本屋の青空。

そして、手紙としての本。

東京で暗やみ本屋ハックツをやって
思ったこと。

それは、「手紙」。
本は手紙なんだな、って。
本屋っていうのは郵便屋さんみたいなもんなんだなって。
誰かから預かった手紙を届ける。

そうなんだよね。
本は売るものじゃなくて、届けるものなんだよね。

僕が本屋として、これからやりたいことは2つだ。

ひとつは、自分自身が「本を届ける人」になり、
「本屋の青空」を見せていくこと。

もうひとつは、何人かの人が「本を届ける人」となることで、
地域に「本屋の青空」が生まれていくこと。

「本屋の青空」のある暮らし。

そんな暮らし、そんなまちをつくっていきたいです。

野呂さん、素敵な問いをありがとう。  

Posted by ニシダタクジ at 07:05Comments(0)

2018年05月03日

「成長」とか「挑戦」ではなく

「にいがたイナカレッジ」
https://inacollege.jp/
インターンシップのブレストをしてきました。

「田舎インターンシップ」って、
高知市の南の風社さんとか、
海士町の巡りの環さんとか、
一時期そんな話していたなあと。

「インターンシップ」という言葉が一般的になり、
「どこか、インターンシップとか行く?」
と大学生の日常会話に出てくるようになった今こそ。

僕は、「田舎インターンシップ」を推したいなと思う。
それも、1,2年生の段階で。

キーワードはやはり、
「評価」と「承認」になるのかもしれないなと。

他者評価の檻から脱出する、
いや、
他者評価の檻から自分を脱出させる、そんな方法。

それを考えるには、
やはり、なぜ、を考える必要がある。

なぜ、教育は、
「他者評価の檻」へと人を投げ込もうとしてきたのか。

「承認」の欲求を、
「他者からの評価」欲求へとズラしてきたのか。

そして、私たちはなぜ、その戦略に
うっかりとハマってしまっているのか。
そんな問いから始める必要がある。

もし、あなたがそのような問いを持たずに、
大学に現役合格してしまったとしたら、
18歳、19歳の重要な宿題がその問いを考えること
なのかもしれないと思う。

そして、何より、
自分の中にある「承認」欲求に気づくこと。

そして、
「認められたいの正体」(山竹伸二 講談社現代新書)

「孤独と不安のレッスン」(鴻上尚史 だいわ文庫)

を読んで、
自分の中にある「承認欲求」と
日本の学校化された社会の「同調圧力」について知ること。

そしてもし、
自分に第1段階の「親和的承認」(存在承認)が足りてないとしたら、

まずはそれを補充することが
とっても大切なのだ。

「自信がない」大学生の根本原因は、
「親和的承認」(存在承認)の機会の少なさにあると僕は思っている。

家庭環境や学校生活、あるいは地域環境によって、
ありのままの自分、その存在そのものを認めてもらう機会が
減っている。

だからこそ。
イナカレッジが提供しているような
「田舎インターン」は効果的だと思う。

若者がほとんどいないような地域に入り込み、
ひたすら話を聞き、「価値は何か?」と自分に問いかける。

そうやって、価値を問い直すこと。
何よりも、地域のおじいちゃんおばあちゃんたちが
「今日は何するの?」
とか、話しかけてきてくれる。

その何気ない日常の会話が、
「自分は若いだけで価値があるのかもしれない」
と感じさせてくれる。

田舎では「若さ」は価値だ。
しかも、圧倒的な価値だ。
そんな価値のシャワーを浴び続けること。

「就職」とか「成長」とか「挑戦」とか
そういうキーワードを並べる前に、
(これって他者評価ベースのキーワードなんじゃないか)

僕は
「評価」について客観視し、「承認」を体感し、
「価値」とは何かを考える機会を得ること。
それこそが重要だと思う。

「夏休みの1か月という時間をどのように投資するのか?」
は重要な問題だと僕は思う。

僕なら、「田舎インターン」をおすすめしたい。
相談のりますよ。


長岡市木沢(旧川口町)の朝  

Posted by ニシダタクジ at 07:49Comments(0)日記

2018年04月26日

場の魅力は、場への期待値のこと






「地域プロデュース、はじめの一歩」(山納洋 河出書房新社)

の山納さんにお会いできました!

僕は、ツルハシブックスを始めたばかりのころに、
山納さんの「カフェという場のつくり方」(学芸出版社)
を読んでいて、ツルハシブックスは
「新刊書店」ではなくて「カフェ」なのだと思った。

http://hero.niiblo.jp/e208716.html (12.10.28)

http://hero.niiblo.jp/e306473.html (13.11.25)

そんな山納さんに「場」について話を聞いてきました。

~~~以下メモ

「常連を教育する」「いい常連に囲まれる店」
たぶん、いいスナックとかそういう感じなんでしょうね。
お客さんが店長の代わりをしているようなケアができる。

非構成エンカウンターグループ
https://himitsukichicollege.wordpress.com/2015/09/29/basic_encounter_group_01/

「チューニング」って呼んでたやつは、理論的に説明するとそういうことになるのか。

朝30分のミーティングで今の状態(気持ち)をいう。
夕30分のミーティングで今感じているもやもやを吐き出す。
「場」にいた人がその場の「空気」になる。
だからリラックスした状態でいることが重要。
次の日にもやもやを残さないこと。
ああ、喫茶店のよいマスターってそんな感じだな。

「出会いたい人集まれ」という呼びかけでは、
焚き木はちゃんと燃えてくれない。
どのように木を組んでいくか、司る人が必要。

「場の魅力」っていうのは場への期待値。
行かないより行ったほうがいい、と思わせるものは何か。

「はじめての人をケアする」というのを場のルールにする。
深い人なのか浅い人なのか。
何に関して深いのかを聞いてあげられるか。
関心空間、領域をさぐりながら聞いていくこと。
場を司る人の力量が問われる。

たき火マスターとしてのファシリテーター。
フラットである人。
自分を引き算し、聞き役に徹すること。

どんな境遇の人も「経験を持っている」という意味でリスペクトし、受け入れられるか。

まちの話は最強。
「あるまちのある場所については、誰かより詳しい」
→誰でも話ができる。
まち歩きの楽しさってそういうところにあるのかもね。
まちの話コレクターになること。

コミュニティナースと図書館とか本とかを組み合わせられるんじゃないかな。
https://www.huffingtonpost.jp/2016/11/18/community-nurse-akiko-yada_n_13069376.html

図書館を教育委員会管轄から外して、
サードプレイス的要素を高めていくことってできるんじゃないかな。
「社会教育」よりも広いくくりに位置づけることで、
医療や経済、観光とかと組み合わせられる。ものを売ったりとか。
でもそれがその場にいる子どもにとっては「社会教育」そのものなんじゃないか。

「身近な人を健康で元気になるお手伝いをしたい」
と思ってナースになったはずなのに、病院に来たときにはすでに手遅れになっていたりする。
How?ばかり考えている。
なんのために?っていうWhy?に立ち返る。

これ、すべての働く人が問わなければいけないやつだ。
How?どうやって?
ばかり考えて仕事していないか?
そもそも
Why?なぜ?
この仕事があるのだろう、自分はここにいるのだろう?
って問うこと。

Why?から考えて、
仮説→実践→検証を繰り返していくのって楽しいよね。
「違和感」→「問い」→「仮説」→「実験」
だね。

介護民俗学。
聞き書きをすると、すべてのおじいちゃんが「本」になる。
これも図書館と相性がいいな。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3083

図書館が「保健師」や「カウンセラー」的な人を雇ったら、まちはもっと健康になるんじゃないのか。
農業‐福祉連携の先に
図書館を核にした
農ー本ー医療ー福祉の連携とかあり得るよね。

地域おこし協力隊はアントレプレナー(起業家)になることが求められているのだけど、
それは「特産品をネットで売る」とか「カフェ」とか「ゲストハウス」とかの
レッドオーシャンに飛び込むのではなくて、
近所のおじいちゃんおばあちゃんの困りごとを解決するような
小さなサービスから始めるほうがいい

っていう世界を、僕のような本屋が見せてあげることって大切だなと。
その本屋同士がネットワークを組んで行ったりする。

~~~ここまでメモ(自分のつぶやき含む)

エッセンスがすごいなと。

自分が「チューニング」って呼んでいたやつが
「芝の家」とかでもやっているやつだったんだなと。
「つながるカフェ」を読まなきゃだ。

「場」をどう設計し、どう「魅力」をつくるか?
っていう問いをこたえていくような場をつくっていくこと。

それは常設の本屋なのか、間借りの本屋なのか。
それぞれの地域ではどうやったらいいのか。
そんな問いが生まれた。

あとは、図書館の可能性について。
図書館はもっと人と人をつなげられるな、と。

教育委員会管轄を外したらいいのにって思った。
もっとビジネスしたり、医療したり、
そういうのに場を使ったらいいなと思った。

そして、そういう場をつくることで、
高校生や大学生にとってのリアルな
学びの場が生まれていくのではないかなと思った。

さて。
山納さんの本をもう一度、読み直します。

貴重な時間をありがとうございました!  

Posted by ニシダタクジ at 09:12Comments(0)

2018年04月25日

本屋の夜明け







長崎・ひとやすみ書店。
店主の城下康明さん。

空間からも、店主さんからも、
伝わってくるものがあった。

鳥取・定有堂書店につづく、新・聖地誕生かと思った。

ひと棚ひと棚、
POPひとつ、黒板ボードひとつ、
ツイッターのつぶやきひとつひとつに
「想い」が詰まっている。
「想い」の劇場のような本屋だった。

2冊の本を購入。


1冊1冊。
噛みしめるように読んでいったら
ほしい本ばかりになった。
愛っすね。

久しぶりに敗北感を
感じるような書店に出会えた。

昨日は、
ひとやすみ書店→亀山社中記念館→
ひとやすみ書店→食堂「一平」→
ひとやすみ書店
と3回行ってしまった。

今朝は、日の出前に散歩。
龍馬が見た景色に会いに行った。




日本の夜明け、
ならぬ本屋の夜明けを感じた。
ひとりひとりが、本を売る。

「本屋という生き方」の時代が
もうすぐそこまで来ていると感じた。

23日には、
津屋崎・「暮らしの問屋」内のライブラリーの話も
してきた。



おふたりの空気感にノックアウトされた。
なんか、それでいいんだなと。

オープン日は?
と聞いたら、

「いちおう6月下旬くらい」
って言われた。

しまった。
愚問だった。と反省した。

オープン日なんてないんだよ。
だんだんと作っていくのだから、ね。
自然と、人と、食べ物と、本と、コーヒーと。

その中に、ただ、自分がいて、
いま生きている。

そんな生きてる感の中にいるために、
何をしたらいいのか?
そんな問いをもらった。

「本屋の夜明け」って、
きっとそういうところから始まるんだ。

武田鉄矢が
亀山社中記念館の映像の中で言っていたけど、
「龍馬は、土佐弁で日本を、世界を語ったんだ」と
言っていた。

そうそう。
そうやって、ひとりの言葉から、ひとりの実践から、
日本と世界の未来が始まっていく。

さて。
そろそろ夜明けの時じゃないのかな。

眠ってちゃいかんぜよ。  

Posted by ニシダタクジ at 08:30Comments(0)

2018年04月20日

「教育の奇跡」のある場

鹿児島2DAYS。

1日目の4月18日は、ハマツプロデュース。
桜島のようなそばを食べて、
(つゆが激甘でびっくりした)
霧島市の「ひより保育園」の白水くんを訪ね、
桜島の見えるところで写真を撮り、イベント会場へ。







そしたら、やっぱ、これ。
屋根付きで雨の時も、灰の時も安心。
うん。たしかに安心。
(灰の時、けっこうあるんだろうなあ)



で、
イベント会場のGOJYOゼミへ。

https://lapsia.net/gojyuzemi/

「郷中教育には2つの特徴があります。
一つ目は「教師なき教育」。上が下に教える。
教える側はリーダーシップと責任感が身につき、
教わる側は憧れて努力をするという相乗効果が生まれます。

2つ目が「詮議」。答えがない問題について話し合う、
今でいうワークショップのようなものです。」
(GOJYUゼミwebより)

きましたね!
吉田松陰門下生の僕と通じるものがあります。
ともに学ぼう、です。
畠中さん、会場提供ありがとうございます!

イベントはこんな感じ。









質疑応答がめっちゃ盛り上がったな、と。
なんか集まる人がスゲーって。

「西田さん来るから」
っていう理由で人を集められるハマツがすごい。

なんか、鹿児島での僕の人気を冷静に考えると、
さくら(コメタク吉野さくら)とハマツのブランド力の
上に乗っかってる気がするんだよね。

「2人がわざわざ呼びたい」っていうくらいだから、
「きっとすごい人に違いない。」
みんなが思い込むんだよね。

で、実際にイベントをやると、
質問や感想がめちゃ本質的で、
ぐさぐさと突き刺さる。

それにインスパイアされて、
僕も自分が掘られていくような感じがして、
すごくいい時間になった。

キーワードとなったのは、
やはり「評価」と「承認」だ。

学校教育は
「承認欲求」を巧みに
「他者評価欲求」へとすり替えてくる。

「承認」とは、フラットに認めてもらうことだ。

そこにあるのは「共感」であり、「仲間感」だ。
「評価」とは、上位者に、あるいは集団、社会に認めてもらうことだ。

そういう意味では、
「認められたいの正体」(山竹伸二 講談社現代新書)で言う、

1 親和的承認:ありのままの自分を承認される



2 集団的承認:集団の中で役割を果たすことで承認される
3 一般的承認:社会一般が認めるいいことをすることで承認される

にあいだには、「評価」(他者からの評価)という
ニュアンスの違いがあるのかもしれない。

1 親和的承認とは、いわゆる存在承認。
「自分がそこに存在していてもいいんだ」
というニュアンスが含まれる。

しかし、2 集団的承認と3 一般的承認には、
他者からの「評価」という要素が入ってくる余地がある。

そしてそれを、
学校教育は、社会の効率化、
そして学校教育自体の効率化のために、

「承認欲求」を「他者評価欲求」へとすり替え、
「評価を得るために頑張る」子どもたちを育て、輩出してきた。

だからこそ。
大学生が自らに問うべきは、
自分がほしいの本当に(他者)評価なのだろうか?
ということ。

そして、それを求めているのは、なぜなのか?
と問いかけなければならない。

今回のイベントのテーマは、
「他者評価の檻から自分を脱出させる方法」
だったのだけど。

最後にこんな質問が。
「脱出するとき、自分は檻の中にいるのか、外にいるのか?」

うわ。
それそれ。
それですよ。今回のポイント。

「檻から(自分が)脱出する方法」でなくて
「檻から自分を脱出させる方法」なんですよ。
その時に、自分は檻の外と中の両方にいる。

まず精神的に檻から脱出をして、
次に身体的に自分を脱出させる。

檻の中に入っている自分を、
上から俯瞰して眺めてみる。

そのために本を読んだり、人にあったり、
新しいものを見に行く旅をしたり、
インターンシップをしたりすることが
必要なのだろうと思う。

そのプラットフォームとなるような本屋さん(ライブラリー)
をつくりたいのだ、と締めくくった。

二次会の「大安」では、
鹿児島大学の近くに本屋をつくっちゃおう
っていう談義でめちゃ盛り上がった。
僕はちょっと見えたので面白いなと思った。

鹿児島は今夜も熱かった。
「教育の奇跡」がまた起こった。

「あのハマツがわざわざ呼ぶんだから、
すごい人に違いない。」

と思い込んだ人たちとのセッションによって、
僕のインプット以上のアウトプットがそこに出てくる。
それを「教育の奇跡」と呼ぶ。


「地域プロデュースはじめの一歩」(山納洋 河出書房新社)

を飛行機の中で読みながら来たのだけど、
その中のワンフレーズを思い出した。

「あそこは今行かないとヤバい。」
と思われるような場所をつくること。

そう。
それが場づくりの極意だと思った。

それはイベントであっても、本屋であっても同じだ。

今鹿児島のあの本屋行かないとヤバい。
あの本屋の今日のイベント行かないとヤバい。

そう思わせるような本屋が、イベントが、
今日も「教育の奇跡」を生み出していく。

あの場所に行くと、何か生まれる。何か始まる。
あのイベント行くと、人生を変える出会いがある。

そんな場をこれからもつくっていこう。
ハマツ、ホントに素敵な機会をありがとうございました。

志、また新たになりました。

またくるね!  

Posted by ニシダタクジ at 08:22Comments(0)学び

2018年04月18日

あなたは、なに係なんですか?

昨日は日立市大みかの「コクリエ」にて
「コクリエドリンクススピンオフ~
パラレルプロジェクトを企画しよう」

でした。
「パラレルプロジェクト」とは、
若松佑樹さんの株式会社えぽっくが
進めているプロジェクトで

20代~30代の若手社会人が
地域企業と一緒に仕事をつくるプロセスを
経験できるものです。

今回題材となったのは
常陸太田市にある里山ホテル。

事例発表をしてくれたのは
藤岡みのりさん。



藤岡さんは
三重県出身で茨城県農学部に進学。
大学在学中に食農教育プロジェクトの立ち上げなどを行う。
卒論のテーマは「園芸療法」についてだった。

就職活動の時に、
まわりを見ていると公務員だったり大企業だったりの
いわゆる「安定志向」の人たちを見ていて、

「安定って何?」
という問いが生まれた。

そして、安定とは、大企業に入ることではなく、
どこでも生きていける力をつけることだと思うようになる。

「理念を事業化している企業」というテーマで
企業探しをするのだけどうまくいかず。

その後、4年生の8月から長期インターンをしていた
里山ホテルに入社する。

それは、こんな理念に共感したからだった。
「里山ホテル ときわ路は、里山にある自然の恵みを編集して
常陸太田から世界へ里山の魅力を伝えるライフスタイルホテルです。」
参考:
http://satoyama-hotel.com/whats/

そこで、当時の代表から素敵な質問をもらう。
「あなたはなに係なんですか?」

契約している有機農家さんにいったとき、
「野菜が胸を張っているように感じた」と
藤岡さんは言った。

それを私はとどけたいんだ、と
「とどける係」になった。

この春、就職してから3年が経った。
はたして自分は、「生きていける力」を身につけたのだろうか?
そして何をとどけてきたのだろうか?
そんな問いの中にいる。

・・・ここまでプレゼン内容

そんなプレゼンを受けて、
実際に、とどける係になったつもりで、

「誰に」「何を」届けたいのか?
というワークショップを行った。

その「誰に」や「何を」は、
単なるアイデア出しではなく、
自分の過去を掘り下げた時の
強烈な体験をベースにして考えること。







そんなテーマでワークショップを行い、発表してもらった。







出てきたプレゼンテーションに
心を動かされていた。

自分の実家が肉牛を育てていて、
それを初めて生まれてから出荷までの3年間を
体験した話をベースに、
長期の体験プログラムを考えたチームや、

中学時代に心を開く場がなくて苦しかった経験をもとに、
それを屋外での演劇ワークショップのプログラムに落とし込んで、
宿泊者同士のつながりをつくることを企画したチームなど、
心動かされるプレゼンだった。

こんな風に新規プランを考え、
実行するまでを「パラレルプロジェクト」として
取り組めると面白いなと思った。

「顧客は、過去にしかいない」
と僕は思っているし、

その「過去」を積み重ねるために、
何かをやってみることが大切で、
やってみるだけではなく、
それを振り返ることはもっと大切で。

小さなプロジェクトチームに入って、
結果が出るまでやってみる、という経験が
藤岡さんのいう
「どこでも生きていける力」につながっていくと思った。

「パラレルプロジェクト」は、
若手社会人にとっても、学生にとっても、
小さな、しかし真剣なプロジェクトを立ち上げ、
それを実行するためのプラットフォームになるだろうと思った。

そして、最後の締めで言おうと思っていたこと。
(言うの忘れた。)

今回のワークショップでは
みんなに「とどける係」をやってもらったけど、

プロジェクトにおいても
人生においても、
「あなたは、なに係なんですか?」
っていう問いが大切だなあと思った。

僕はなに係なんだろう?  

Posted by ニシダタクジ at 08:18Comments(0)学び

2018年04月17日

「評価」と「承認」のあいだ

昨日、
他者評価の檻から自分を脱出させる方法
の第1回だった。

大学生2人のリアルを聞かせてもらった。

人はなぜ、
「他者評価の檻」に閉じ込められて、
あるいは自らを閉じ込めてしまうのだろうか。

キーワードは、
やっぱり「承認欲求」

いまの経済社会は人の「承認欲求」を、
巧みに「他者評価欲求」への
すり替えていくことで成り立ってきたのではないか。
それを可能にしたのが学校教育なんじゃないのか。
そんな問い。

http://hero.niiblo.jp/e485990.html
「承認欲求」と「他者評価」をイコールで結ばないこと(17.10.11)

承認欲求は、根源的欲求であると思う。
つまり、それがないと生きられない、ということ。

それについては
「認められたいの正体」(山竹伸二 講談社現代新書)
を読んでほしいのだけど。

http://hero.niiblo.jp/e480102.html
「自由」と「承認」(16.6.14)

「承認」と「評価」は違うものだと思う。

どちらかといえば、
「承認」は(心理的に)フラットな関係性で起こるのに対し、
「評価」は上下関係によって起こる。

http://hero.niiblo.jp/e467071.html
「ほめるな」(伊藤進 講談社現代新書)

っていう本があるけど、

ほめることは、
その二者が固い信頼関係で結ばれていない限り
「立場を固定する効果」しかない。

つまり、親しくない他者からの「評価」というのは、
立場を固定する効果を高める。

つまり、資本家、あるいは経営者と
労働者の上下関係を強化することにつながる。

それって、
やっぱり、かつて必要だったのだろうなと。
そうしないと、みんなが働いてくれなかったのだろうな、と。

「評価」と「承認」その違いを把握すること。

だんだんと、
他者評価の檻の外形が見えてくる。  

Posted by ニシダタクジ at 07:52Comments(0)日記

2018年04月13日

安定とは特定のものに依存しないこと


20代に伝えたい50のこと(秋元祥治 ダイヤモンド社)

ようやく手に入れて、読みました。

岐阜市を拠点に、
地域企業×大学生の数々のプロジェクトを生み出してきた
チャレコミ界の星、NPO法人G-net秋元さんの本。

名言だらけです。
素敵な人に出会い、素敵なチャレンジをして
また素敵なチャレンジを生み出したのだろうなあと。

いきなりガツンと来ますよ。

「あなたは、あなたの人生の所有者(オーナー)でしょ。
そして、あなたはあなた自身の人生の経営者なんだ。」

そうそう。
ほんとこれ、大事。

僕だったらすぐに
だから、ドラッカーが、
5つの質問が、
ってなっちゃうんだけど。

秋元さんは自身の経験を踏まえた
珠玉の名言を連発。
インターンマッチングフェアで
1つずつ挨拶に使えそうな感じです。

たとえば、やりたいことを見つける方法。
「目についたら行ってみる。誘われたら断らない。」
たしかに。

たとえば、
「うだうだ言って何もしない人よりも、
うだうだ言われてでも
何かしている人のほうが、ずっと偉い。」

いっすね。そうそう。

そして。
「ものわかりのよい若者なんて、いる意味がない。」

そして何より、
僕の中でのハイライトはココでした。

「特定のものに依存する、ということは不安定なこと。
自身のキャリアや仕事でもそう。安定とは、依存しないこと。」

いやあ、ほんとそうだなと。
収入の安定よりも心の安定だと僕も思うけども、
それって、特定のものに依存するという
不安定を自覚するところからしか始まらない。

21歳で創業してから
地域×若者ジャンルで活躍してきた秋元さんの
人生が詰まった1冊。

言うなれば、「王道」のような本。

さてさて。
僕が併読していたのは、
西野亮廣さんの「魔法のコンパス」(主婦と生活社)



秋元さんの本が「王道」だとすれば、
こちらは、「邪道」とは言わないけど。
「脇道」というか、先行きのわからないちょっと細い道って感じ。
ただ、未来がそこにあるような気にさせてくれる1冊です。

すでに
水戸市での講演で聞いたこともたくさん入っていたのですけど、
なんていうか、そもそも、仕事ってなんだろう?職業ってなんだろう?
って問いが詰まっている本ですね。

進みたい道が「王道」じゃない人におすすめ。

「西野亮廣?ああ、炎上してる人ね。」

って思っている食わず嫌い王の人に読んでほしいですね。
僕自身も講演聞くまでは食わず嫌いでした。

まずは、「芸人」の定義から。

~~~以下本文より

僕の考えは、世間の皆様のそれとは少し違っていて、
進学校を卒業して皆が大企業に就職していく中、
「俺、芸人になる」と言っちゃう奴や、

あと2年も働けば退職金をもらえるのに、
その日を待てずに「沖縄で喫茶店を始める!」
とか言っちゃうオヤジ。

そういう人達がその瞬間にとっている姿勢
およびそういった姿勢をとる人のことを「芸人」と呼んでいる。

(中略)

「それもいいけど、こういう「オモシロイ」もあってよくない?」と提案したり、
時に、「アイツのやっていることは、はたして正解なのかなあ」
という議論のネタになったり、そういった、
「存在そのものが「質問」になっている人を僕は芸人と定義している

~~~以上本文より

そーなのか!
それって、僕のいう「現代美術家」に近いかもしれない、と。

僕は
「やりたいこと」や「ミッション」を見つける方法として、

「違和感」→「問い」→「仮説」→「実験」→「使命・ミッション」

の流れだと思っているのだけど。

西野さんも本文の中で、問いが落ちているのは、
「居心地の悪い場所」だと言っている。

なるほど。
だから、会社や学校は問いの宝庫なのだな。(笑)

「勉強は面白い。
ただ、勉強を教える先生が面白くなかった。」

ストレートだな、と。(笑)

「革命のファンファーレ」でも
西野さんの講演でも感じたことだけど、
彼は超一流のマーケッターだなあと。

顧客が何を感じ、
何を価値だと思い、お金を支払っているか、
そういうのの分析がすごいな、と。

・お金とは「信用の面積」を可視化したもの
・SNSは拡散のためのツールではなく、1対1をつくるためのもの
・本を体験に対しての「おみやげ」化をすれば、本は売れる。

なるほど。

いちばん勉強になったのは、
「セカンドクリエイター時代」という表現。

「場」や「商品」をゼロからつくるのではなくて、
LINEスタンプのプラットフォームのように、
クリエイターがスタンプつくって、
それを売れるような仕組みづくりが大切なんだなと。

そんな感じ。
2冊の併読で、
「王道」と「脇道」の両方を知っておくことって
大切なんじゃないかと思いました。

安定とは、特定のものに依存しないこと。

そのためには、考え続けること、本を読むこと。
だから、本を読まなきゃいけないんだよね。

本、読もうぜ。  

Posted by ニシダタクジ at 08:48Comments(0)

2018年04月11日

他者評価の檻の中に入る前に


「暇と退屈の倫理学 増補新版」(國分功一郎 太田出版)

「かつては労働者の労働力が搾取されていると盛んに言われた。
いまでは、むしろ労働者の暇が搾取されている。」

観光・レジャー産業が
労働者の「暇」を争奪している。
たしかにその通りだなあと。

かつての貴族は、
暇を楽しむことができた。

現代は暇=退屈であるような錯覚に陥り、
積極的に「暇つぶし」を行わなければいけないような
脅迫にさらされている。

「休みの日は何をしているんですか?」と聞かれ、
インスタグラムやフェイスブックで
充実ぶりをアピールしなければならない。

その渦中にいると、
そのことにそのおかしさに気付かない。
いや、気づけないのか。

2008年2月から始めた
長期実践型インターンシップ「起業家留学」以来、
(事業準備は2006年12月から)
ツルハシブックスや新潟県内の大学連携事業の企画・運営、
茨城大学のコーディネーターまで、
11年くらい、「大学生」を目の前にして、やってきた。

常に、僕の問いの中にあったことは、
ドラッカー先生の

1 ミッションは何か

であり、
それを意味づける

2 顧客はだれか
3 顧客にとって価値は何か

だった。

4 成果は何か
5 計画は何か
と続いていくわけだけど。

長期実践型インターンシップ事業は、
構造的に優秀な学生しかチャレンジできないモデルだったため、
「彼らは僕のお客なのか?」
という問いが生まれた。

大学連携事業は、岩室温泉や粟島を舞台にした
プログラムによって、2泊3日、3泊4日であっても、
成果を生み出すことは可能な手ごたえがあった。

ツルハシブックスでは、
「やりたいことがわからない」「自分に自信がない」
という多数の学生を目の前にして、
「キャリア教育」に疑問を持ち、

ツルハシブックスで内野町といろいろ仕掛け、
僕なりに手ごたえがあった
「地域活動」の価値を実践したくなり、
現場を大学へと移した。

大学では授業をきっかけにした
地域プロジェクトへの参加・参画を
設計し、実践した。

しかし。
僕が立てた3年半前の仮説は、間違っていた。
「地域活動」そのものに価値があるのではなかった。

地域活動でもっとも大切なのは、
「学校化社会とは異なる価値観の中に身を置くこと。
そして、それを自らの価値観で評価すること。」
である。

そしてそれを大学の枠組みで行うことは非常に難しい。
たとえば、法政大学の長岡先生が
やっているゼミの方式はイメージにすごく近いのだと思う。

キーワードは「越境」。
大学外の様々な活動を経験してきて、
自分なりの言葉でまとめ、他者に発表する。
ブログやツイッターでアウトプットする。

そこから生まれる学び。
それこそが、学び続ける力を生んでくれるだろうと思う。

さて。
そんなのを踏まえて、12年目を迎えている今。

ふたたび本屋というか、本のある空間を軸に、
若者が地域に出ていくプラットフォームを
つくろうと思っている。

まず、最初にやることは、
仮説の検証。

思えば、
デザイン思考的に言えば、11年ものあいだ、
顧客のインサイト(内面)を掘ってきたのかもしれない。

顧客セグメントは、偏差値55前後の地方国立大学へ
不本意入学した学生たちだったのかもと。
何よりも、自分自身がそのひとりだった。

僕自身は、2002年の不登校の中学3年生に出会いが
「顧客」との出会いだった。

そこから16年間
「顧客」にとって価値は何か?
という問いが残り、
それが10代限定の「暗やみ本屋ハックツ」
につながっている。

大学生はどうだろうか。

それを考えたときに、
2017年に出てきたキーワードが
「他者評価の檻」だった。

この3年間は、東京周辺にいたこともあり、
インプットの機会が多かった。
いちばん力を入れたというか、
興味深かったのが、歴史、特に世界史だった。

「キャリア」を考える上で(当然、「学校」も同じだけど)、
近代社会という時代背景
を知ることは不可欠のように思えた。

あまりにも長くなってしまうので、
ここではキーワードだけ。

大学生が他者評価の檻に自ら入り込み、
そのスパイラルの中で自ら苦しくなってしまうのは、

1 時代・社会的背景 キーワード「効率化」
2 地域・家庭的背景 キーワード「価値観」
3 個人・内面的背景 キーワード「承認欲求」

がある。
当然これらは分けられるものではなくて、
密接に関係し合っているのだけど。

1 時代・社会的背景

近代工業社会においての絶対の価値は「効率化」である。
質のいいものをできるだけ早く安価で製造する。
フォードシステムに代表させるシステムの中で、
人々はサラリーマンとして働くことを強制されるようになる。

年功序列・終身雇用も
勤めた人が勤め続けるためのシステムである。
転職されたりすると効率が下がるからね。

学校は社会に適応できる人材を育てるために、
まわりと同じように、同じことをできる人を育てた。

「頭がよい」=「情報処理能力の高い」人を
管理職についてもらうことで、
さらなる「効率化」をはかった。

そして、学校にも会社にも適用できる
他者評価を前提にした評価システムが出来上がっていった。

それに適応する個人は当然
他者評価を前提とするようになる。

2 地域・家庭的背景

「子どもは、「学校・家庭・地域」の
トライアングルをまわすことで育っていく。
地域が弱体化して、家庭も機能しない。
だから、子どもが健全に育たないのだ。」

って。

僕も思っていた。
いわゆる「地域の教育力」である。

いや、それはそうなのだろうけど。
しかし。

「他者評価の檻」視点から見ると、
学校・家庭・地域のトライアングルの意味は、
「異なる価値観が支配する世界に身を置く」
ということではないだろうか。

かつての親父は言った。

「学校の先生の言うことなんか聞くな。
この家では俺がルールブックだ。」
(聞いたことないけど。)

かつての地域の長老は言った。

「祭りに帰ってこれない会社なんて辞めちまえ。」
(NHK朝ドラでありましたね。)

そう。
学校とは異なる価値観が
家庭にも地域にもあったのだ。

もっと言えば、
学校だって、資本主義・工業社会とは
異なる価値を価値として運営されてきただろう。

今や、世の中全体が
学校的価値=資本主義的価値に
一元化された。

「価値観の多様化」と
口では言いながら、それは学校においては
「職業選択の自由」と同義で、
「働かない」という選択肢はあまりない。

3 個人・内面的背景

これは、2013年に
山竹伸二さんの「認められたいの正体」(講談社現代新書)
を読んでから、大きくなってきたキーワード
「承認欲求」である。

本によれば、
「承認」には3段階があり、

1 「親和的承認:ありのままの自分を受け入れてもらう」
2 「集団的承認:集団の中で役割を果たすことで承認してもらう」
3 「一般的承認:社会一般でいいとされることをすることで承認してもらう」

このうち、特に2と3は、
他者からの評価によって得られることもある。

いや。
おそらくは、
この「承認欲求」なるものを
巧みに、「他者評価欲求」にすり替えてきた。

いや、
すり替えなければ、
みんなをサラリーマンにすることができなかったのではないか。

優秀な大学生が公務員を目指すのは、
「安定したい」からではなく、
他者からの承認、つまり評価がほしいから
ではないのか、と思う。

以上、3つの背景から、
大学生は他者評価の檻の中にいて、
その模範囚となるべく、訓練を受けている。

それがどうした?
と言われる人も多いかもしれない。
それが社会だし、それに適応してきたのが人間だろう、甘えんな。
という人もいるかもしれない。

その通りだと思う。

でも、それを知った上でその役を演じているのと、

自分が薄暗い他者評価の檻の中で
ずっと体育座りで苦しさを抱えているのと、
それはだいぶ違うと思うんだよね。

社会がそうなっている以上、
いずれは、他者評価にさらされなければならない。

現代の経済社会において
ビジネスとは、売り上げとは
他者評価とほとんど同義だからだ。

でも。
18歳、19歳の時に、もっと広い世界を知ってみてもいいし、
自分で自分を評価する機会を持ってもいいのではないか。

僕は、そしてツルハシブックスは、
「他者評価の檻から自分を脱出させる方法」を
一緒に考えていくような、
そんな本のある場づくりをしていこうと思います。

コンセプトは、
ローカル・リベラルアーツ・ラボラトリー
日本語訳は
「地域資源を活用した 自由のための学び 実験室」
です。

具体的には、
本を売り、旅に出るきっかけをつくったり
インターンや就職について考えたり、
自分や仲間でプロジェクトを立ち上げたり。

そのときに、
「チューニング」(音合わせ)と
「ミーティング」(や運営方法)と
「ふりかえり」の方法を授けられるような、

そんなプラットフォームをこれからつくります。  

Posted by ニシダタクジ at 07:53Comments(0)日記

2018年04月10日

他者評価の檻から自分を脱出させる方法

「他者評価の檻から自分を脱出させる方法」
を伝えること。

直近の僕のミッションであるように思う。

そしてそれは、
本屋で本を売ることによって、
あるいはインターンを含め地域での様々な活動を
することによって、脱出させることができる。

大切なのは、
「自分が脱出する」ではなくて、
「自分を脱出させる」ということ。

つまり

自分とか、周りの環境を俯瞰して見てみる、ということ。
そこからしか始まらない。
いま、見えている世界が唯一の世界ではないし、
その周りにはもっともっと広い世界が待っているし。

僕たちはなぜ、他者評価の檻の中で評価の奴隷となり、
あるいは模範囚となるように訓練を受けているのだろうか。

それにはちゃんと理由がある。
社会の要請だからだ。

工業社会の利益の源は、「効率化」であり、
そのためには、一元化された「評価指標」
を必要としていて、学校はそれを強いる。
工業社会というシステムに組み込まれるような
大人を育てる。

http://hero.niiblo.jp/e485809.html
「ふりかえり」と「自己評価」(17.9.12)

この日のブログに書いているように、

学校というのは、他者評価を前提とした生き方を強いる。
あなたはできないんだ。凡人なんだ。
だから、努力しなきゃいけない。
努力して、安定した仕事につかないといけない。

それを学校の先生からも、親からも強いられる。
そうやって、「労働者」を生み続けるシステム。
それが学校であり、学校化社会なのだろう。

大学生の「自信の無さ」がどこから来るのか。
それは、「他者評価への依存」からではないか。

他者からどう見えるか?
先生からどうしたら認めてもらえるか?
そればかりを気にして、「評価されるように」行動する。

そうやって、5教科7科目。
「苦手科目を無くしなさい」
と言われた通りに努力して、
言われたとおりにセンター試験を受け、

まずまずの成績を残し、
(自分としては少し不本意な)大学へと進学する。

それが偏差値55~59の
地方国立大学の半数程度の学生の実態ではないだろうか。

彼らは、自分の自信が無いのは、
能力が無い(足りない)からだと思っている。
あるいは、チャレンジが足りないからだと思っている。

もっとチャレンジして、能力を切り拓き、
人から認められて初めて自信がつくと思っている。
それこそが「他者評価の奴隷」だ。

そうじゃないんだ。
他者評価の檻から脱出しよう。

自分の評価は自分で決める。
そんな人生にシフトしよう。

他者からの評価は、
自分の評価のすべてではなく、ごくごく一部に過ぎない。

もちろん、会社に入れば、
「売上」という他者評価を得ることが
不可欠ではあるのだが。

そもそも、前提を疑ってみよう。

他者評価の基準はなんだろうか?
評価される「価値」とはいったいなんだろうか?

それは、「効率化」じゃないのか?
あるいは、「効率化」のために、ひとりひとりを
「奴隷化」することじゃないのか?

それは、いま、この時代に、
果たして価値があるのだろうか?

情報社会、AIの時代に、
モノが売れないと多くの人がぼやいている時代に、
「価値」はあるのだろうか?

それが「社会を知る」アプローチ。

もうひとつが「自分を知る」というアプローチだ。

そうは言いながら、人が
「他者評価の奴隷」になってしまうのは、
いったいなぜなのか?

キーワードは「承認欲求」。

認められたい。
この根源的欲求を満たしてくれるもの。
それが他者からの評価だ。

人はなぜ承認を求めるのか。
そしてそれはなぜ、満たされないのか。

http://hero.niiblo.jp/e485990.html
「承認欲求」と「他者評価」をイコールで結ばないこと(17.10.11)

http://hero.niiblo.jp/e470668.html
「評価」ではなく、「承認」を必要としている。(15.7.16)

いまの経済社会は人の「承認欲求」を、
巧みに「他者評価欲求」への
すり替えていくことで成り立ってきたのではないか。
それを可能にしたのが学校教育なんじゃないのか。
そんな問い。

気づかずに、
僕たちは他者評価の檻の中に入れられ(あるいは自ら入り)、
模範囚となるように訓練されている。

それでいいのか?
と問いかけるのが、本屋としての僕の今年のテーマになると思う。

18歳を他者評価の檻から脱出させる(17.10.10)
http://hero.niiblo.jp/e485980.html

昨年10月に僕が見つけたテーマ。
それをひとつひとつ、対話をしながら
探っていくような、そんなスタートをしたいと思います。
どうかよろしくお願いします。

  

Posted by ニシダタクジ at 21:03Comments(0)日記

2018年04月09日

ツルハシブックス再始動

ツルハシブックス。
法人はあるけど、本屋がない、
そんな本屋さん。
昨日は長岡の2人の理事に会いに来ました。
イケトとゆきちゃん。

ひとまず決まったこと。

5月19日(土)に総会します。

5月6日(日)と20日(日)は
ツルハシブックスとして藤蔵に出店。
5月12日13日(土日)は若栃の菊地くんの結婚披露展に出店。

新潟チームは、
古着屋さんとコラボをはかりつつ。
藤蔵で新刊書店をやらせてもらいつつ。

長岡チームは、
とある本屋さんのリニューアルプロジェクトについて、進めつつ。
高校生、屋台、地域のもの販売的なキーワードで
やっていきます。

あとは、
新規事業としてリリースするライブラリーの
仕組み構築を行います。

やっぱり、
新潟チームの顧客イメージをもういちど考える必要があるかもな、と。
ゆきちゃんの感覚に何かしっくりときました。

新刊書店は、
僕はやっぱり、20代向けに売りたいのだけど、
絵本を売るのもいいなと思ったり。
絵本の卸売とかもありだな、とか。

新刊を仕入れられるっていうメリットを
もう少し出していってもいいのかな、と。

それぞれが顧客イメージを明確にして、
新刊書店をやるのがいいかなと思います。

そうしないと本棚としての面白さは出ないから、
ブログでいいだろっていう話になっちゃうからね。

昨日の夜は、GSシェアハウスで、
パートナーシップとリスペクトについて、
話をしていました。

新たな価値を生み出すのは
ひとりひとりの力の足し算ではなく、
人と人、人と会社、人と地域の「パートナーシップ」であり、

「パートナーシップ」のためには、
そのメンバーに対しての「リスペクト」が必要で、

そのためには、その人のバックボーンとか、
これから進みたい方向性とか、
そういうのをチューニングしなきゃいけないんだなとあらためて。

そういうのがあるからこそ、
ゴールだけじゃなくて、
日々のミーティングが楽しくなるんだろうなって。

この日、この場所、このメンバーでしか
できないミーティングを繰り返して、
そこからのアウトプットを楽しんでいくこと。
それが日常だったら楽しいなと。

5人でしたけど、
久しぶりにツルハシブックス感を感じました。

さて。
再始動しましょうか。  

Posted by ニシダタクジ at 07:48Comments(0)日記

2018年04月07日

「ともに学ぶ」場づくり、始めます

昨日は、中学校の入学式の日でした。
不登校児童から不登校生徒になったウチの子は
この日も楽しく本を読み、絵を描いていました。

さて。
新潟に帰ってきたのは、
新しい学びの場づくりをやろうと
思ったからです。


写真は、2016年7月の魚沼の山でやっていた様子です。

2002年1月、
僕が不登校の中学3年生シンタロウに
出会ってから16年の時が過ぎました。

あのときに降りてきたミッションは、

「15歳が自分と自分の住んでいる地域を好きになり、
自分と社会の未来創造へ歩き出している地域社会の実現」
でした。

いよいよ。
そんなコンセプトに実際に
10代と一緒にやっていこうかなと思います。

宮沢賢治先生の「芸術家たれ」というメッセージと

職業芸術家は一度亡びねばならぬ
誰人もみな芸術家たる感受をなせ
個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ
然もめいめいそのときどきの芸術家である
(農民芸術概論綱要より)

吉田松陰先生の「ともに学ぼう」


岡倉天心先生の「東洋も西洋も茶においては平等」というか、
2元論を超えていく、
そんなところに、「学びの場」をつくりたいなと。

参加条件は、
「子ども(子どもなら子ども同士)から学ぼうとする」人。

具体的には、「市(イチ)」をやりたいんだよね。
表現の場としての市。

生み出す価値は、
自ら学ぶようになること。
協同で学ぶこと
プロジェクトで学ぶこと。

苫野一徳さんの
3か条を実現するような場をつくりたいなと。

具体的には、山で小屋づくりをしたり、
まきどき村の周辺で採れるもので何かつくったり。

そんな構想に参画してくれる人がいましたら、
連絡お願いします。

ひとまずは、
20年目を迎えている。
まきどき村を軸にやっていこうかなと思います。



まきどき村は1999年に活動を開始し、
農作業後に朝ごはんをつくって食べる
「人生最高の朝ごはん」をスタート。

2004年から活動の拠点を
地元の人たちがNPOで管理する「旧庄屋佐藤家」
を拠点にして、おもに毎週日曜日に活動。
現在は、移住してきた唐澤夫妻を中心に
漬物や味噌作りなども行っているのだけど。

なんといっても、
まきどき村には、「人を受け入れる」力がある。

農作業をやったあとに、料理をつくって、
囲炉裏を囲んで食べるごはん。
ただ、それだけなんだけど。

僕の現代美術家としてのデビュー作なので、
なかなかすごいコミュニケーションデザインになっている。

まずは、そこから、かな。
これからの「ともに学ぶ場」について、
そこから考えてみようかなと思う。

興味がある方は、
毎週日曜日朝6時~9時半くらいに
活動しています「まきどき村」に来てください。

場所はコチラ
http://sato-ke.neoniigata.com/

※現在屋根葺き替え中。寄付を募集しています!  

Posted by ニシダタクジ at 07:00Comments(0)日記

2018年04月04日

「早く進路を決めろ」という呪縛



4月2日、新潟に戻ってきました。
その前に、と思って、
月曜閉館中の(!)
六角堂を岬公園から撮りました。

その前日、株式会社えぽっくの若松さんと
大学生3人とミーティング。
新2年1人、新3年2人だったのだけど。
(なぜか東京から1人。笑)

3人には共通点があった。

・専門系(資格系)の学科にいるということ。
・だけど、学科の勉強にいまいちピンときていなくて、
というか、入学後に少しずつズレてきて、分野外に興味があること。

そして、なによりも
・高校の時の進路選択のとき、自信を持って選択・決断しているということ。

ツルハシブックスの時も、
看護学科の大学生が、
自分の進路について悩んでいたけど、
それってかなりつらいなあと。

専門系(資格系)の学科というのは、
「降りられない(止まらない)列車」のように
どんどんと進んでいく。

資格のために取らなければいけない授業や実習
あるいは理系だったら、必修の実験などがある。
そのとき、進路に疑問を持つ。

もっとほかの道があるんじゃないか、と。
世界を救う方法はほかにもあるんじゃないかと。

本を読むと特に思ってしまうかもしれない。
「もうひとつの世界」を知ってしまうから。

その時に、少し列車を降りたいと思ったら、
「休学」しか残されていない。

さて。
僕は今回の大学生たちを目の前にして、
新たなる疑問を感じたのだった。

高校における「進路選択」(これをキャリア教育と呼ぶのだろうか)
の価値はどこにあるのだろう?と

高校の進路指導は
「早く進路を決めろ」と迫る。

今まで僕が接してきたのは、
どちらかというと決められなかった人たちだった。
大学は文系学部に進み、その答えを「保留」した人。

その大学生たちは
「やりたいことがわからない」
「自分に自信がない」
と悩んでいた。

今回の大学生たちは
「よし、これだ」と決めた人。
その時は自信をもって決めた(と本人たちが言っていた)のだが、

実際に入学してみると、
あれ、これはどうなんだ?
という違和感を感じてしまう。

そのとき、
専門(資格)学科にいればいるほど、
進路の変更、いや、途中下車でさえ難しいのだ。
「早く進路を決めろ」というのは、呪縛でしかない。

決めた人も、
決められなかった人にも、何かを背負わせる。

もちろん、それはどんな道に進んでも
そうなので、何も背負わなにように、
というのは無理なのだけど、

そのシステムをちょっと離れてみて、
高校の時(大学の時も同じ)の進路選択を
遠くから見てみることって大切なことだと思った。

やっぱり、僕が本屋(やほかのプラットフォーム)で
実現したいのは、

本を読むのも
旅をするのも
人に会うのも
アルバイトをするのも
インターンシップをするのも
いや「就職」をするのさえも、

単なる「学びの場」選択にすぎないのだと。

これから数時間、数日、数か月あるいは数年、
自分はどこで学ぶのか?
っていう選択に過ぎない、っていうこと。

そんな風に、高校生や大学生が考えられればいいし、

そのあとで、「プロジェクト」っていう
考え方でいろいろな「社会実験」に
チームを作ってやってみるっていう地域での実践が
あるといいなと思う。

たぶん、茨城で若松さんと掛けるプロジェクトが
そんな場のひとつになったらいいなと。
https://epochers.com/
↑のパラレル・プロジェクトの構築中です。
興味ある方いたら連絡ください。  

Posted by ニシダタクジ at 06:58Comments(0)就職