プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2017年09月25日

商売はよ、ここ、ハートだがんな



山形市・郁文堂書店の原田伸子さん、81歳。
ソトコト2017年8月号の表紙を飾っている。

郁文堂書店のプロジェクトは
クラウドファンディングのサイトを通じて
知っていたので、一度行ってみたかった。

東北芸術工科大に進学した
「湯ミット」の川合くんと一緒に。
山形市内を歩くのは久しぶりだった。

いわゆる「エリア・リノベーション」
が進んでいる。
たくさんの古い建物が
手を入れられて、生まれ変わっていた。
ここ郁文堂書店もそのひとつ。

昨年のビエンナーレに合わせて、
東北芸術工科大学の大学生たちが
店を片付け、アート会場として使った。
その後、クラウドファンディングで
改装することになった。

改装の当事者たちには残念ながら
会えなかったのだけど、原田さんがそこにいた。

本屋のテーブル席では
読書会が行われていた。

僕と川合くんはいったん、元祖リノベーションと
言われる三沢旅館を改装したシェアハウス「ミサワクラス」
を見に行ってた。

そのとき、思い出した。
山形が誇る銘菓、ふうき豆の山田屋さんに
言って、ふうき豆を買いに行った。
読書会の人たちも食べられるし。

店にもどって、ふうき豆を見せると、
伸子さんはうれしそうな顔をした。
「みんなに食べてもらおう」と。

さっそく小皿を14枚もってきて、
僕と川合くんは盛り付けに専念。

そのあいだに、伸子さんは14枚のおしぼりを絞ってきた。
そしてお茶も14杯分入れ始めた。



そして、タイミングを見て、
読書会の人たちに差し入れ。
みんな、びっくりしてた。


僕たちは別テーブルで
川合くんと伸子さんと、話していた。



聞かせてくれた昔話。
昭和のころ、井上ひさしさんや司馬遼太郎さんも
やってきて、地方出版の本を買いに来たのだという。
ほかにも、営業の人たちが立ち寄っていった。

そんなとき、「お茶っこしようか」
と言って、お茶を出したのだという。

「あ、お茶っこって言えば」
と言って、奥に引っ込んだかと思うと
漬物を二つ、持ってきてくれた。

そして、みそ漬けのほうにグラニュー糖を
ふりかける。
「えっ!」と思ったけど、郷に入れば郷に従え。



おそるおそる、口にする。

こ、これは・・・

と美味しんぼ的な衝撃が・・・と思ったけど、
普通に味噌漬けで食べたほうがいいんじゃないかな、と。笑

でも、あったかい時間だった。
僕も自分の本屋さんの話を少しした。

この店でお茶を飲んで行ってもらう。
そんなことを伸子さんは何十年も続けてきたんだろうな。

電車の時間があって、
帰る時間になってしまった。

帰り際に、伸子さんが、僕の目を見て、言ってくれた。

「商売はよ、ここ、ハートだがんな」

なんだか、ジーンとして、泣きそうになった。

郁文堂書店のリノベーションは、
そんな精神はそのまま残しながら、
若者も入ってこれるような店づくり。
こういうのって大学生だからこそできるような気がした。

原田さん、
僕もハートの詰まった本屋になります。

「あなたは、なんのためにお店をやるの?」
そんな強烈な問いをもらった気がした。

  

Posted by ニシダタクジ at 08:11Comments(0)

2017年09月24日

これからの(僕の)本屋

これからの本屋。
って言っちゃうと、
本屋業界の人に怒られちゃうんで。

これからの(僕の)本屋
を考えてみようと。

原典となるのは、
宮澤賢治「農民芸術概論綱要」
農と芸術。
これを本屋という形で表現する。

「近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於て論じたい
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」
「われらはまことの幸福の道を索ねよう
求道すでに道である。」
「風とゆききし雲からエネルギーをとれ」

的な世界観を表現したい。
まあ、硬く言えば、人生を芸術にするような、
そんな本屋さん。

僕の師匠は20代の宮沢賢治から
30代の吉田松陰、
そして40代の岡倉天心まで、つながってきているのだけど。

やっぱり、プレイヤーである宮沢賢治を
ベースにしていきたいなと。
行動する人、宮沢賢治。
信じてまっすぐ進む人、吉田松陰。
インスパイアする人、岡倉天心。
そんな感じを併せ持った人になりたい。

これからの本屋。
大学生~20代にリベラルアーツ(人を自由にする学問=教養)の
機会を提供する本屋

思想としては、
本を読む、旅に出る、インターンシップをする、
などすべての活動は、リベラルアーツである、っていうこと。
「就職」や「就活」もそのひとつにすぎないっていうこと。
そんな感覚。

僕自身は、
インターンシップのプログラムづくり
からこの業界に入っていったのだけど、

最初の違和感は、優秀な学生たちと接し、成果を目指しているときに、
「この人たちは自分がいなくても、うまくやっていけるんじゃないか」
って思ったこと。

その反動もあって、本屋さんでは、
「やりたいことがわからない」「自信がない」
っていう人たちがたくさん来ていたように思う。

本や人との出会いを通じて、
「きっかけ」に出会い、「世界」が広がり、「行動」が起こる
そんな本屋さんを目指した。

その先に。
「うちのまち なじみのお店 ものがたり」
(まちゼミの大学生コーディネーターVer)
「夜景企画会議」
(経営者と学生が夜景を見ながら会社の事業を考える)
などをやっていたが。

でも実際は、自分で何かアクションを起こしていくこと。

八戸ブックセンターで
出版企画書を書いて思ったけど。

出版予定日の項目に日付を記入することで
がぜん、出版がリアルに感じられた。

「夢に日付を」っていうのは、唯一の方法じゃないけど、
やっぱりそれなりに有効なんだなと。

そして、僕がやってきたのは
モチベーションを高めるためのワークショップ
ミーティングやふりかえりの手法

そういうのを伝えていけるような本屋さん。

そうやって人は、
人生を生きていく。

大学で出会っているキャリアデザインだけじゃなく、
キャリア理論はたくさんあるのだっていうこと。

キャリアドリフト(計画された偶発性理論)
をベースにして、目標を立てるときは立てる。
それは自分だけじゃなくて、
チームでやってみるのがいいかもしれない。

キャリアデザインとキャリアドリフトの
「動的平衡」が成り立っているようなキャリア形成。

自分が小さな舟であることに気づき、
仲間に出会い、大きめの小さな舟を自らつくっていける、

そんな人が生まれていくような本屋さんをつくりたい。
もはやそれは本屋さんではないのかもしれないけどね。

そんな思いを込めた棚を、考えていこうっと。  

Posted by ニシダタクジ at 05:53Comments(0)思い

2017年09月22日

歌っているようなランチ

秋田県大仙市。
「樫食堂」という小さな食堂がある。
テーブル席が3つだけ。

今週の営業は20日、21日のみ。
12時~14時





すてきなロケーション。
僕が大学生の時やりたかった農家レストラン
ってこういうやつだったのかもなあと。
そして、昼定食。900円。

なんていうか。
ビックリした。

「ミナを着て旅に出よう」(皆川明 文春文庫)の帯に書いてある
辻村深月さんの言葉を思い出した。

「ミナペルホネンの服は、服それ自体が内側から歌っているようだ。」

そうそう。
そういう感じ。
野菜が、料理が、歌っているようだった。
音楽が聞こえるようだった。

たぶんそれは、
西村佳哲さんが「自分をいかして生きる」(ちくま文庫)
で言っているような、

生き方やあり方レベルでの共感というか
そういうやつ。

新潟で言えば、ラーメン「いっとうや」
に出会って以来の衝撃。

それって、理屈じゃないなと。
カラダっていうか、身体性なんだな。
肌感覚なんだなと。

樫食堂の料理の野菜たちが
楽しそうで、うれしそうで、歌っているようで、
なんとも言えない感情が残ったランチになりました。

僕もそこにある本たちが歌っているような本屋になります。
ありがとう。

  

Posted by ニシダタクジ at 18:10Comments(0)

2017年09月21日

「本屋」という芸術



9月21日。
宮沢賢治さんの命日。
すでに84年が過ぎた。

いや、84年しか立っていない
と言えばいいのか。

「農民芸術概論綱要」
僕の人生を、価値観を、大きく揺るがせた1冊。
1926年に農民芸術概論を講義・執筆した。

僕がその文に出会ったのは、
たしか1996年の冬だったように思う。
筑波大学の橘先生に出会った。

僕は「感染」してしまった。
学びの最大の動機である「感染動機」。
まさに人は「感染」する。

僕も感染してしまった。
2か月に1度行われる
橘先生の公開ゼミ「つくば有機農業ゼミ」
に新潟から通っていた。

宮沢賢治や宮崎駿を取り上げ、
現役の農家さんたちを含めて議論した。
農業のやり方ではなく、
根っこの部分のあり方、存在を話し合っていた。

僕が昨日気づいたこと。
「就職」という概念を変えるということ。

僕が大学4年生のときに決断したのは、
「就職しない」ってことじゃなかったこと。

宮沢賢治が「農民芸術概論綱要」で言ったような、
芸術を生きる。ということ。
あのとき、僕は
「畑がなければ生きられない」と心底思った。

「農民芸術の総合」より

おお朋だちよ 一緒に正しい力を併せ
われらのすべての田園とわれらのすべての生活を
一つの居きな第四次元の芸術に創りあげようではないか・・・

そうそう。
それです。

農業と芸術。
これがキーワード。
そういう意味で僕は芸術家になりたい。「芸術家の時代」をつくりたい。
心底そう思ったんだ。
いや、芸術家の時代が来るんだと。

もし、人生が芸術であるとするならば。
就職とはいったいなんだろうか。

「就職」を「結婚」と同じく人生の一大イベントであるかのように
みんなが信じ込んでいるのは、そこにビジネスが動くからではないのか。
労働者を生み出すための方便ではないのか。

石の上にも3年。
継続は力なり。

いや、それは嘘じゃない。
たしかに会社に3年いれば、一人前になる。
その会社にとって、ね。

でも、その先に幸せはあるのかい?
って問いかけたくなる。

かつて。
終身雇用制度がしっかりとしていたころ。

石の上にも3年。
ガマンが大切。
というのもある程度意義があっただろう。

それができれば定年まで勤められて、
郊外に小さな家を買えて、ローンを返せて、
年金でのんびりした老後を過ごせる。
そういうことができた。
でもそれってフィクションだよね。もう。

「就職」という概念を変える時が来ているのではないか。

「就職」は少し大きな船に乗る、ということ。
行き先が似ていそうだから、そこに乗ってみるよっていうこと。
この人と一緒に船旅をしてみたいから、乗ってみるよっていうこと。
乗るからには何か、お手伝いできることはありますか、っていうこと。

そんな感じ。

「起業」も同じ、「バンドやろうぜ」って仲間を誘うときみたいに、
「小さな船、つくってみない?」
っていうこと。
小さな船は波を受けやすいし、天候不順に弱い。

でも、こいつらとだったら、
そういうのも楽しそうだなって
思えるから船に乗るんだよね。
だから、いつでも降りていい。

そんな感覚をつくっていくこと。
これが僕のやる本屋の使命なのかもしれない。

世界を広げる。
横ではなく、縦に。
世界は何重にも複層になっているから。
そんな風に世界の断面図の見方を提供する本屋になりたい。

もし、人生が壮大なキャンパスだとしたら、
本を読むのも、旅に出るのも、インターンも、就職も
期間の長さは異なるが、単なる一科目にすぎない。
そんな風に見えたほうが、人生楽しくなる気がする。

僕も、そんな船に乗りたい人たちと、
本屋という芸術を、一緒につくりたい。

宮沢賢治先生、あとは僕に任せてください。
できるかできないかわかんないけど、やってみますわ。  

Posted by ニシダタクジ at 06:46Comments(0)足跡

2017年09月14日

自分を構造的に見つめなおす

ジョブウェブの佐藤孝治さんが
就職活動の前のステップ0
として、
以下の力を育むべきだと言っている。

1 コミュニケーション能力
2 ものごとに対する主体性
3 これが自分の強みと明言できる力
4 自分なりにこれだけは一生懸命頑張ったと言える経験

僕は、その前に、いや、それと並行して、
自分を構造的に見つめなおすことが
大切だと思う。

高校時代に感じてきた違和感を
文字化、構造化する。

僕がまず伝えたいのは、

「同調圧力」
「承認欲求」
「さまざまな自分」
という存在についてだ。

「孤独と不安のレッスン」(鴻上尚史 だいわ文庫)
「認められたいの正体」(山竹伸二 講談社現代新書)
「私とは何か」(平野啓一郎 講談社現代新書)

このあたりから、
日本社会と、そこに生きる自分たちを
相対化・構造化していく。
世の中と自分の関係性を知ること。

うんうん。
ちょっとした本屋ゼミができるくらいに
まとめてみようかな。

つづく。  

Posted by ニシダタクジ at 07:42Comments(0)就職

2017年09月12日

「ふりかえり」と「自己評価」

http://hero.niiblo.jp/e484636.html
「近代」という「旧パラダイム」
(2017.4.30)

4月に書いた
「サヨナラ学校化社会」(上野千鶴子)
ブログを読み直す。

~~~ここから引用

自分で自分の評価ができない、他人の目でしか自己評価できない
従属的な意識は、学校で叩きこまれてきた習い性のようなものです。
しかも、「だれかのために」「なにかのために」という
大義名分がないと、自分を肯定したり評価したりすることができない。

他人の価値を内面化せず、自分で自分を
受け入れることを「自尊感情」といいます。

(中略)

エリートたちが育った学校は、彼らの自尊感情を根こそぎにした
場所でもありました。
学校が自尊感情を奪うのは、劣位者だけとはかぎりません。
学校は優位者に対しても、彼らの人生を
なにかの目的のためのたんなる手段に変えることで、
条件つきでない自尊感情を育てることを不可能にする場所なのです。

~~~ここまで引用

ここ数年テーマだった「大学生の自信の無さ」について。
昨日、話していて、ひとつの気づきがあった。

学校というのは、
他者評価を前提とした生き方を強いる。

あなたはできないんだ。凡人なんだ。
だから、努力しなきゃいけない。
努力して、安定した仕事につかないといけない。

それを学校の先生からも、
親からも強いられる。

そうやって、「労働者」を生み続けるシステム。
それが学校であり、学校化社会なのだろうな。

昨日の気づき。

「自信の無さ」がどこから来るのか。
それは、「他者評価への依存」からではないか。

他者からどう見えるか?
先生からどうしたら認めてもらえるか?

そればかりを気にして、
「評価されるように」行動する。

ところが。
大学生になったとき。
そこに評価してくれる大人はいない。
そもそも評価軸がない。

「他者評価」からの解放。

されたはずだった。
ところが、学校化社会の呪縛は大きい。

来たるべき「就活」や「就職」のために
いま何をしなければならないか。
どうすれば評価されるのか。
そんな問いを始めてしまう。
「効率化」とともに大きな「他者評価」の呪縛。

そもそも、人生に「失敗」など存在しないのかもしれない。
他者評価の檻の中にのみ「失敗」は存在するのかもしれない。

そのリハビリを始めていくこと。
それが大学1,2年生でやらなければ
いけないことなのかもしれない。
具体的に何をすればいいのか。

「ふりかえり」である。

何かやってみて、「ふりかえり」をする。
ひとりではなくて、何人かで
イベントスタッフやプロジェクトをやってみて、
「ふりかえり」の時間を大切にする。

自分自身への自己評価と、
一緒にやった仲間からのフィードバックがある。
それを同時にやっていくこと。

大学生は、だからこそ
「やってみる」、そして「ふりかえる」が大切なのだ。

僕がツルハシブックスで目指してきたのは、
「チャレンジと自覚しないでチャレンジを始める」という
機会を提供することだった。

そしていまやっているのは、
「ミーティング」と「ふりかえり」をエンターテイメント化すること。

「つながるカレー」の話を聞いて、
「予想しなかったこと」はよかったことも悪かったことも
彼らにとってはエンターテイメントなのだと知った。

それは明確な(経済的な)目的・目標を決めていない
アマチュアリズムからくるということを知った。

「そんな甘い考えでは、この厳しい経済社会を
渡り歩いていけない。」
と大人たちは言うかもしれない。

しかし、その考え方そのものが、
資本主義・学校化社会の呪縛であるのではないか。

人はみな、人生のアマチュアである。
目標など明確に決めずに、感性を信じて、「やってみる」。

そして「ふりかえる」こと。フィードバックをもらうこと。
自己評価こそが自信の源泉である。

自己肯定感の低い若者問題をどうするか?
は、多くの人たちが問いかけ、僕自身も考えてきた。

決して「ほめること」ではない。
「ほめる」ことは「他者評価」であるから。

そうではなく、
「ふりかえり」の手法を伝えること。
「ふりかえり」のエンターテイメント性を伝えること。
自己評価の機会を増やしていくこと。
そして「自己評価で生きている大人たち」に出会うこと。

そんなリハビリが必要なのかもしれないな、と。

なんかだんだん、僕がこれからやりたいことがわかってきました。
時間かかりすぎだけどね。
いいんだ、人生劇場は巨大な実験室なのだから。

  

Posted by ニシダタクジ at 08:22Comments(0)日記

2017年09月11日

「就活」の違和感

「就職」はしたいけど
「就活」はしたくない。

「就活」しないで「就職」
する方法はないのだろうか?

そんな大学生は
きっと潜在的に多いのだろうと思う。

「就活」への違和感。

それは、自分をモノ化、あるいは数字化すること
とイコールであるのかもしれない。

企業に就職するとは、
交換可能な部品になるということ。

いや、そうじゃない企業もたくさんあるのだろうけど、
原則としては、企業が存続するために、
ひとりに依存しないシステムをつくることが大事だ。

しかし、仕事はチーム戦である。
誰とやるか、も大切だ。

もっとドライに、プロフェッショナルに、と言われても、
このチームでは、、、っていうことも起こってくるだろう。

それでも、
社長の描いている方向性に共感できるなら
やれるのかもしれないが。

「就活」の違和感。

なんというか、新卒というラベルを貼られて、
ベルトコンベアーで運ばれていって、選別されるような感じ。

A品、B品、規格外と選別されて、
めでたくA品として出荷されるようになり、

今度は、工場の中の人になって、
たくさんのベルトコンベアーからものすごい勢いで
お客さんという数字が運ばれてくる。

それをひと手間加工して、
またベルトコンベアーに載せる。

「もっとこうしたらよくなると思うのだけどな~」
と一瞬思った心の声を無視して、
ひたすらに商品を送り続ける。

そこでは、自分は「ひとり」という
数えられる名詞になっている。
それが「就職」の違和感なのかもしれない。

実際は工場ではなくて、デスクワークをして、
お客さんと打ち合わせをして
商品・サービスをつくっていくことも多いのだろうけど、
構造的にはあまり変わらない。

その点、カフェや個人が経営するちいさな古本屋さんは
目の前の「ひとり」に何ができるか、考え、
それを表現していくことができる。

大学生が抱えている
「就活」の違和感を受け止め、
そこから学びを深めていくような本屋さんをやりたい、
というか、必要でしょ、それ。
誰かがやらないと。  

Posted by ニシダタクジ at 08:17Comments(0)学び

2017年09月08日

「就職」という「間借り」

「就職」「就活」を変える
っていうのはどういうことなのだろう?

一方的に企業側が選ぶのではなくて
学生が自らPRして企業を選ぶ「逆求人」なんかを
仕掛けることだろうか。

あるいは、
地域の中小企業にアプローチできるように
インターンシップのプログラムを準備して
1,2年生のうちから実践的に実施することだろうか。

でも。
僕は本屋さんだ。
本屋さんができるアプローチはなんだろうか。

茨城が誇るサザコーヒーの話を聞いていて、
たくさんのエッセンスをもらった。

「自分の会社を一言で言うと、何ですか?」
「レッドオーシャンで生き残るには、トップで無ければならない。
トンがることに集中する。」
「お客さんがこの店を使ってる、っていう誇りを持つような店。」

などなど。

はたらくってなんだろう?
って問いをたくさんもらった。

本屋としてのアプローチは、「間借り」という
考え方を広めること。
すべて、間借りなのだと。

たとえるなら、船の一角に乗せてもらっているだけなんだ
っていうこと。

その船が大きければ、
1人への負荷は少ないし、
その船が小さければ、
1人の責任とやりがいも大きい。

いずれにしても、
その船に乗ることは、「間借り」なのだということ。

たまたま今、このタイミングで
同じ船に乗っているのだということ。

カタカナでいえば、「パートナーシップ」だ。

「行き先の方向性が近いので、
私も載ってもいいですか?
お役に立てるようにがんばります。」
ってそういう感じ。

船長が、「載せてやってるんだから」
とか偉い顔をして、命令口調で言われたら、
すぐに降りたほうがいい。

就職も3日間の小さなプロジェクトも、「間借り」にすぎない。

パートナーシップを組んで、
それぞれ独立しながら、個性や特技を生かした、
楽しい船旅をつくっていくことだと思う。

「就職」はいつでも降りられる船旅。
「就活」はその船えらび。

そんな感覚で、
就職するほうも、されるほうも考えられたらいいなと思う。

そんな船旅に出るとしたら、
あなたが誰と旅に出たいですか?  

Posted by ニシダタクジ at 07:55Comments(0)日記

2017年09月07日

好きがアートに変わるまで

サザコーヒー。
茨城が誇るコーヒーブランド。

「こだわり」
って言葉が安っぽく感じる。

内装。
装飾品。
そして庭。
もちろん従業員教育も。

あの空間の心地よさはどこから来るのだろうか。
「好き」の先にあるもの。

それはもはや「こだわり」ではなかった。

「哲学」だったし、「哲学」だった。
そう、アートだった。

それを感じるために
人はサザコーヒーに行くのだろうと。

印象的だったのは、
庭の木には黄色い花や赤色の花が咲くものはありません。
葉っぱは毎日掃き掃除をしています。
そこまでやるか、と。

神は細部に宿る。
これは、お店にこそ当てはまる。
そして、それを声高に語るわけじゃない。
そこに「美学」があるのだなあと。

その美学に共鳴した人
よくわからないけど、なんとなくいいなと思った人が
リピート客となるのだろう。

新潟のラーメンいっとうや
を思い出した。

西村佳哲さんの
「自分をいかして生きる」の島の図を
思い出した。

目に見える商品の下には
技術・知識があり
それを支える考え方・価値観があり
さらにそれをささえるあり方、存在があるのだという。

その深いところ。
そこに到達するにはどうしたらいいのか。

「好き」を追求することだ。
どこまでも追求すること。

深く深く掘り下げること。
それを掘っていくと、「哲学」や「芸術」に到達する。
アートになる。

スターバックスはコーヒーを売っているのではない
「サードプレイス(第3の場)」を打っているのだ。
はわかりやすく言葉化した成功例だけど。

わかりやすく説明することは
はたして美しいのだろうか?
という問いも一方である。

好きがアートに到達したとき。

おそらくそこに言葉は不要だ。
言葉にするとむしろ軽くなる。
その場所に来て、あなたの感性で感じてほしい。

そんな風に思った。
サザコーヒー本店は
常磐線勝田駅から徒歩10分ほどです。  

Posted by ニシダタクジ at 06:31Comments(0)日記

2017年09月06日

「ターゲット」と「お客」のあいだ



9月1日(金)
金沢・石引パブリックさんで
POPEYE「君の街から、本屋が消えたら大変だ!」
を購入。

どこかで買おうと思っていたのだけどね。
石引パブリックさんも掲載されています。
https://www.ishipub.com/

鳥取・定有堂書店の奈良さんのメッセージが
とっても素敵で。
心を打ち抜かれました。

「本屋の青空」か。

~~~ここから引用

目的を持って本屋に来たはずなのに、
徐々に緊張がほぐれ、
考える余地や次へのきっかけが生まれる。
この開放感を本屋の青空と呼びたい。

街の本屋の使命の一つは人を迷わせ、
探している本を諦めさせ、
意図せぬ本を手に取らせることなのです。

~~~ここまで

それそれ。
それだよ、本屋の使命は。
そんな青空を見せてやることだよ。

ニーズに応えるのでもなく、
ディズニーランドやリッツカールトンのように
ニーズをはるかに超えるのでもなく、
ニーズとは違った本を売ること。

それだよね。きっと。

僕の「本の処方箋」もそうありたいと思った。
いや、そこにこそ、ライブがあるのだと思った。

ネットで受け付けて、
1万円分の選書っていうのは、
僕には読んでいる本のジャンルが
狭すぎて無理だ。

でも、仕事やはたらく、に悩んでいる女子や
感性の高い男子には、話を聞いて、本を選ぶことができる。

そしてその本の
1冊目は、直球で答える本
2冊目は変化球で答える本

3冊目は話を聞いていて思い浮かんだ
まったく別の本。

その3冊目が
奈良さんのいう「青空」かもしれない。

いや、まだ曇り時々晴れくらいか。
そんな空間や場をつくっていきたいと思った素敵な1冊だった。

ニーズにまっすぐに答えないこと。
ターゲットを明確に設定しないこと。
中高生向けの店に中高生は行きたくないかもしれないのだ

そんなことを考えさせられた。
なんだか、いい問いもらったな。  

Posted by ニシダタクジ at 08:09Comments(0)日記

2017年09月02日

「精神の安定」と「思考の停止」

昨日は金沢の石引パブリックさんで
トークイベント「風の人と土の人のあいだ」
をやりました。

金沢大学の卒業生3名と
一般から参加3名
とにしでくんと僕。

あまりに盛り上がりすぎて
写真撮るの忘れました。

僕にとってハイライトは
宗教と会社の関係について。

会社が宗教の代わりをしていた、ということ。

宗教とは、精神の安定をもたらしてくれる。
会社は、終身雇用、福利厚生で
「精神の安定」を与えてくれた。

それはいまも同じかもしれない。
企業理念、仲間意識。

それは一部の人に精神の安定を
もたらしてくれるだろう。

しかし、いわゆる「コミュニティ難民」は違う。

属していること、中にいること
そのものに居心地の悪さを感じてしまう。

それは、精神の安定が苦手なのではなくて
精神の安定を得る方法が違うのだ。

複数のコミュニティに所属して、
それを渡り歩きながら、生きていくこと

福岡伸一先生的に言えば、
「動的平衡」がそこに成り立っていくのではないか。

そもそも、
「安定」は価値なのだろうか。
「安定」が価値になったのは、いつからか、
ひとまずは、弥生時代以降ではないか。

安定にはリスクがある。
それは「思考停止」リスクだ。

「安定」に包まれた中にいると、
その中に居続けることが価値となり、
(その外にいる自分を想像できなくなり)
思考が停止してしまうことはないだろうか。

それで、一生生きていければいいのだけど。

「そもそも、何が価値か?」
っていう問いかけを無くしてしまうと、
つらいのではないか。

特に、「コミュニティ難民」には
生きられないのではないか。

だから、過度に「精神の安定」を望まず、
「動的平衡」を生きていくのが、
これからの時代の歩き方なのではないか。

うーん。
楽しい気づきをもらった
金沢の夜でした。  

Posted by ニシダタクジ at 07:03Comments(0)イベント

2017年08月31日

KJ法の意味

ここのところ、
メモ代わりに書いているブログ
今日はKJ法について。

ワークショップの
語源はworkshop:作業場・仕事場

これには
factory:工場、製造所ではなく、
というニュアンスが含まれているのだという。

では、いま、なぜ「ワークショップ」
なのでしょうか。

「課題先進国」
って聞いたことありますか?

急速に「先進国」と呼ばれる国の
仲間入りをしたとされている日本は、
多くの課題が押し寄せてくるのだといわれます。

・少子高齢化
・食料自給率
・エネルギー問題
・環境破壊
などなど、これらを解決するのは容易ではありません。

そしてもうひとつ、
人工知能(AI)の発達や
ロボット技術の進化
クラウドソーシング
などによって、働き方も大きく変わってくると言われます。

これから
なくなっていく仕事
なくならない仕事
って聞いたことありますか?
どんな仕事がなくなる?
どんな仕事がなくならない?

なくならない仕事といわれているのは
医師、カウンセラー、経営者などですね。
どんな仕事がなくならないか?
「コミュニケーション」と「イノベーション」

じゃあ、それをひとりひとりが身につけなければ
いけないのか?

そのそもイノベーションは個人のチカラで
起こるんでしょうか?
ひとりの天才が課題を解決するのでしょうか?

そんなことはありません。
⇒「場のチカラ」「チームのチカラ」
でイノベーションを生み出していくことが
これから求められているのではないでしょうか。

今日から3日間、グループで行います、
「ワークショップ」とは、まさに
「コミュニケーション」によって「イノベーション」、
つまり課題解決などを生み出す
方法であると思います。

では、ワークショップとは、
どんなものなのでしょうか。

さきほども言いましたが、
ワークショップは、
ファクトリーに対する言葉として
使われました。

詳しくは昨日のブログで。
http://hero.niiblo.jp/e485718.html

そんなワークショップの
もっとも基本的な方法である
KJ法について、今日は紹介して、
実際にやってみます。

KJ法のKJって何の略だか知っていますか?

川喜田二郎
Kawakita Jiro

なんです。
人の名前です。

川喜田二郎さん
ポストイットを使って、
考えを整理する方法を生み出した人です。

ポストイットに自分の考えを書いて、貼っていく。
これの何がすごいんでしょうか?

1 全員の意見が出せる
2 意見と人を分離する
3 並び替えられる⇒新結合が起こる

川喜田さんはこう言ったそうです。
「ラベルに語らせろ」

さて、じゃあこれからやってみます。
簡単な約束事があります。

1 自由奔放
2 質より量
3 否定しない
4 便乗歓迎

3と4は
Yes,andとしても使われていますね。

いいね、それ。
そしたらこんなこともできるんじゃない?
っていう風にいったん、受け止めて、乗っかる。
さて、やってみましょう。  

Posted by ニシダタクジ at 07:56Comments(0)アイデア

2017年08月30日

「ワークショップ」ってなに?


「かかわり方の学び方」(西村佳哲 ちくま文庫)

何度読んでも、新鮮。
「鮮やか」という言葉がしっくりくる。
原典と呼べるような1冊。

「ワークショップ」という言葉について
考えてみる。

以前にも何度も考えているのだけど、
(昨日のブログの引用)
あらためて、いま、ワークショップを考えてみる。

都留文科大学の高田研さんに西村さんが聞くような
形で進む第2章「ワークショップとは何か?」

大量に廉価な商品を生み出すことを目指す「工場」(ファクトリー)に対して、
小さな空間で手作業で行われる「工房」(ワークショップ)

それはアメリカの工業化が始まり、
ヨーロッパに代わる世界の工場として繁栄した
19世紀後半に生まれてきた。

システムが中心で、それに人間が従って
生きてゆくような空間(典型的な工場)ではなく、
人間を中心とする場を社会の中で取り戻していきたいという期待。

ファクトリー(工場)の特性は、
「何をつくるか?」があらかじめ決まっている
そしてそれを効率よく、高精度に、間違いなく生産するための
ラインが設計され稼働する。

一方ワークショップ(工房)では、
「何をつくるか?」があらかじめ決まっていない
少なくとも設計図のたぐいはない。
そこには素材があり、道具があり、
「すこしでもいいものをつくりたい」意欲を持つ
職工が集まって、互いに影響を与えながら働く。

そしてつくり出すべき「なにか」が、
その場で模索されてゆく。

ファクトリーは量産するが、
ワークショップは量産のための空間ではない。

前者(ファクトリー)おいて失敗はあってはならないもので
決して望まれないが、後者(ワークショップ)では、
失敗はむしろ重要な手がかりで、いい失敗を
積極的に得るべく試作が重ねられる。

ファクトリーは、システムを所有し、管理する側が
大きな影響力と権限を持つ社会を象徴している。
その発展は、素人より専門家が、
生活者より消費材を供給する側が
よりパワフルな社会の深化でもあった。

一方ワークショップでは、一人ひとりの
個人が中心で、権限も分散している。

こうなると、
完成系が決まっているものは、
「ワークショップ」とは言わない。

手作りで何かをつくるだけでは、
それは「体験型セミナー」や「講習会」だ

資本主義を使い回してきた先進諸国は、
後者(ファクトリー)の最終段階にあると同時に、
前者(ワークショップ)の端緒についているように見える。

20‐80の法則(パレートの法則)
最初の2割の時間で成果の80%が出る。
しかし儲けが出るのは、
最後の20%を詰めていくことだ。
日本社会はそこに最適化してきた。

そしていま、人件費で
アジア諸国にその座を明け渡しつつある。

ワークショップの本懐は、
あらかじめ用意された答えはなく、
それを模索していくプロセスにあるのではないか。

なるほどね。
すべての場はワークショップになり得るな。  

Posted by ニシダタクジ at 07:37Comments(0)

2017年08月29日

「ワークショップ」

人工知能(AI)・ロボット時代が
まもなく訪れ、たくさんの仕事が
自動化され、職を失う人が増えるという。

それに替わられない仕事とはなんだろう?
という問いが投げかけられている。

医師やカウンセラー・教師・経営者などが
無くならない仕事として挙げられている。

これをある人が
「イノベーション」と「コミュニケーション」
が必要な仕事であると言う。
たしかに。

そして、人口減少・少子高齢化など、
たくさんの地域課題が山積している中、
それを解決するアイデアはだれも持っていない。

「アイデアのつくり方」(ジェームス・ヤング)
「アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」

それを個人ではなく、
チームの力、場の力によって
出そうというのが「ワークショップ」です。

「ワークショップ」とは、
「ファクトリー」に対する言葉として、
使われ始めました。

http://hero.niiblo.jp/e481697.html
(2016.8.31 いまなぜ「ワークショップ」か)

で、ルール説明。
ブレストの基本。

発散のために

1 自由奔放
2 質より量
3 否定しない(Yes,and)
4 便乗歓迎 

収束のために

1 肯定的であれ
2 配慮せよ。粗い判断をせず全てのアイデアを公平に検討せよ
3 目標をチェックせよ
4 アイデアを改良せよ
5 新しさをよく考慮せよ

なるほど。
こんな感じ。  

Posted by ニシダタクジ at 08:26Comments(0)アイデア

2017年08月28日

「まがり」な人生


「まがりブックス」プレオープン。

まがりブックスの「まがり」は
「曲がり」と「間借り」の掛け言葉。

コミュニティ難民な女子のための本屋さん。
まあ、野呂くんみたいな、感性の強い男子も
対象なのだけどね。

「曲がり」は、
人生を直進せずに
曲がっていくのもいいなっていうのと

あとは「本の処方箋」を
やっているときに、
悩みに直球で答える本よりも、
ちょっと変化球で答えるほうが面白いのだよね。

そうきたか!みたいなの。

「間借り」は、
もしかしたら、いちばん伝えたいことなのかもしれないって。

いまの世の中のコミュニティが
どうもしっくりこない、っていう人は、

たとえば、
鴻上尚史「孤独と不安のレッスン」
から始まる、読書の旅に出てほしいなって。

世の中を知る、考える。
未来を知る、考える。
自分を知る、考える。
はたらくを知る、考える。
暮らすを知る、考える。

そして、
「しる」「かんがえる」「つくる」「たのしむ」「たびだつ」

そんなことが起こっていくような
本屋さんをつくりたいなって。

人生という船旅に旅立っていくための本屋さんを
つくりたいなあって思います。

そして、その船は、「間借り」にすぎないのだっていうこと。
いつでも降りられるんだよっていう。
たくさんの船に同時に乗船することもできるよって。

そんな船旅を生きていけるような
そんな本屋さんをつくりたいなあと。

船の乗り方、降り方、こぎ方、つくり方がわかるような。
なんとなくの海図がみつかるような。

そんな本屋さんがあったらいいなと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 08:11Comments(0)思い

2017年08月25日

「手紙を届けた」瞬間に出会うために

「経営の神様」ドラッカーの5つの質問

1 ミッションは何か
2 顧客は誰か
3 顧客にとって価値は何か
4 成果は何か
5 計画は何か

組織を経営するには、これらの質問に答える必要があるのだという。

これを船旅に例えると

1 目的地はどこか、地図と、それを指すコンパスは持っているか。
2 誰に会いに行くのか
3 渡すものは何か
4 何を持って帰ってくるのか
5 いつまでに

といったところだろうか。
1~3がわからないうちは、旅に出られない。
というか、旅とは言わないだろう。

実は、
「やりたいことをやりなさい」とか
「好きなことをやれ」というアドバイスは、

「顧客は自分である」と想定してやれって
いうことなんじゃないか。

だから、やっぱりやりながらでも、
その問いを抱えていたほうがいいのだろうと思う。

それが「どんな自分なのか」っていうことが
大切なんだと思う。

僕にとって「まきどき村」の顧客は、自分自身だった。

農学部に進学したのに、
畑をやったことがない自分が、
大工3年生の時に、
生まれて初めてサツマイモを育てた。

「苗を植えて、水やっただけでサツマイモができるなんて!」
とすごい衝撃だったし、喜びだった。

「みんなやったほうがいい」って思った。
(昨日のブログに「思い込み」と「思い上がり」ですね)

そして、
1999年4月10日オープン。(開村?)
最初の数か月は、ホント人来なかった。

そして迎えた8月1日の朝。
猛暑の夏に、神奈川からひとりのお客さん。

せっかくだからやりましょう、と
朝7時からの作業をする。
竹炭を焼くための竹切りから。
朝8時、すでに汗だく。

ひとりのおばあちゃんが通りがかる。

「なにしてんだ?」
「竹炭焼くための竹を切っているんです。」
「暑いのにたいへんだな~」

数分後、おばあちゃんが戻ってきた。
手にはたくさんのトマトが。
休憩しよう、とトマトを食べた瞬間。

「これか!」
って思った。

これをやりたかったんだ。
この瞬間をつくりたかったんだ。
それは、誰よりも、僕のために。
自分自身のために。

なんというか。
「生きてるぜ」っていうか。
そういうやつ。

そのとき、顧客に出会った。
自分自身だったけど。
「手紙を届けた」っていうか、
そういう感じ。

その瞬間なんだろうね。
それをどうつくっていくか。
それがキャリアにとってとても大切なことなのだと思う。

その瞬間をつかむ感性と
行動力が必要なのだと思った。
そのうちに顧客が自分から他人になるのかもしれないね。
あるいは他人と一体化した自分なのかも。  

Posted by ニシダタクジ at 08:24Comments(0)日記

2017年08月24日

地域×リベラルアーツな本屋

たぶん、これがやりたかったこと。
誰かがやらなきゃいけないこと。

企画を立てるときに思い出すのは、
大阪ボランティア協会の
早瀬昇さんの講演。

1998年。
まきどき村を立ち上げる前。
ボランティアを始める人には、2つの条件がある。

「思い込み」と「思い上がり」だ

「これが世の中に必要」という「思い込み」と
「これができるのは自分しかいない」という「思い上がり」

この一言に、僕は気持ちが楽になった。
僕がやろうとしていることは、「思い込み」と「思い上がり」、
つまり、「勘違い」なんだな、と。

謎がひとつ解けた。
当時僕は、「環境」とか「エコ」とか
言っていたのだけど、そんな活動を一緒に取り組んでいる
大学生たちや一部の大人たちへの違和感を抱えていた。

それは「自分が正しい」と思っている(気がした)ことだ。
「正しさ」は「こうするべき」という強制を生む。

それは活動に「楽しさ」を失わせる。
そして「楽しさ」がない活動は広がらない。
結果、課題は解決しないのだ。

「これが世の中に必要」は「思い込み」で
「これができるのは自分しかいない」は「思い上がり」である。

という前提で、
活動は立ち上げなければならない。
そうそう、仮説にすぎないんだと。

そんな前提で、ひとつの企画を考えてみる。

とある大学のとある授業で
高崎経済大学の「0号館」プロジェクト
https://readyfor.jp/projects/0gokan

が取り上げられていたけど。
あれが本屋さんになったらいいんじゃないかと。
まあ、そんなにツルハシブックスと変わらないのだけどね。

キーコンセプトは堅く言えば「本物の教養」かな。


「教養のススメ」(池上彰 日経BP)

東京工業大学のリベラルアーツセンターの
教員のみなさんによる本。
これはまた今度まとめますね。

衝撃的だったのは、アメリカの大学視察の話。

「アメリカの大学は実学志向」っていうのは大いなる嘘で、
実際はハーバードも、MITも、めっちゃ教養志向だっていうこと。

経営学とか工学とか専門的なのを本格的に
学ぶのは、ビジネススクールや大学院にいってから
なんだっていうこと。

しかも教養の授業がハンパない。
次の授業までに本を75ページ読んできて、
ディスカッションしたり、毎回プレゼンがあったり、そんな感じ。
教養への熱が違う。

ということで。
大学のカリキュラムは変えられないので、
いっそ大学の前に本屋つくって、
そこでやればいいんじゃないかって。

・ひとをつなぐ本屋(きっかけ)
・プロジェクト応援(アクション)
・就職・起業応援(出口)

座学だけじゃなくて、
フィールドワークも、地域の人と
プロジェクト組んでいったりとかしていけば
いいんじゃないかなと。

まだ、ネーミングは検討中なのだけど。
○○駅前キャンバスとかね。
キャンパス(校内)ではなくて、絵を描くところね。

本屋としての売るものは、
・教科書(古本):先輩から引き継いだもの。マーカーOK
・就活応援本:地域企業のOB・OG訪問ができる本(公務員も)
・高校生向け参考書

とか、
あとはリベラルアーツ的な新刊と古本。
これは僕が基本を選びますが、いろんな読書会を開きながら
セレクトしていく。

これらをきっかけにして、自分を考えることができる。

あとは、プロジェクト支援
・ドラッカーの5つの質問(人生は経営である)
・目的地の見つけ方(ビジョンセッション)
・場のチカラ(ミーティングファシリテーション)
・ふりかえりの方法
などを伝えるワークショップを開催する。

そして就職マッチングや
おためし起業の機会提供

これは、屋台なんかをつくって、
そこで商売ができるようにしてみることからかな。

問題は、最初のはじめ方。
大学生店長とか、そういう大学生を誘いやすい設計にするのがポイント

あとはアクセス。
場所が結構大切。通りすがりの人がくるような
立地で偶然を起こすこと。

もうひとつは可能であれば、
その建物の物語があるといいなと。

僕は2006年にインターンシップ事業立ち上げをしてから、
「個人のキャリア」と「地域活動」(インターンシップ含む)
の有機的なつながりについて考えてきたのだけど、
それはやっぱり、「本」や「本屋」がつなぐのかもしれないなと。

ほかの人とアプローチが違うのは、
地域サイドよりも学生サイドから見てるっていうところかな。
あとはコミュニケーション・デザインの
方法論をたくさんもっていることかも。

さて、見えてきましたね。  

Posted by ニシダタクジ at 08:21Comments(0)アイデア

2017年08月21日

クラウドファンディングというメディア

昨日は、クラウドファンディングの
つくり方講座に参加してきました。

めっちゃ面白かった。
2時間でつくるっていう
コピー通りに、ガンガン書いていけば
骨格となる文章ばかりではなく
リターンの内容まで書けました。

講師の岡田さんは、宮崎県出身。
大学時代にいた高知県で
限界集落と呼ばれている地域が
可能性がいっぱいだってことに気づく。
なぜなら、やろうっていったことがすぐできるから。

いま、地域に欠けているのは、
情報発信力とお金。

クラウドファンディングはビジネスプラン。
これを売りたい。
これを作りたい。

そんなモノ・コト・サービスを世に出してみる。
やってみないとわからないからね。
つまり、テストマーケティングってこと。
「まずやる」までを最速ではじめるんだ。

なぜ、クラウドファンディングか?
っていうのを考えてみると、

クラウドファンディングならではっていうのがある。

まず、いいね!をもらったり、シェアしてもらったり、
多くの人に見てもらえる。
つまり、応援の輪が広がるんだ。

注目すべきは、応援コメント。
これが埋もれている意見を見える化してくれる。

たとえば、
1 もともと知っている、大好きだ
2 初めて知ったけど、興味がある
3 趣旨に賛同して応援するよ
そんなふうに応援コメント=宝なんだ。

ここで、クラウドファンディングをする時の
注意することは、
クラウドファンディングは道具にすぎないってこと。

お金を集めることと
お金が集まることを混同しないこと。

そのためには、「なぜ?」
に立ち戻れるような軸をつくることが必要。

そして、フェイスブックなどで、毎日情報発信する。
さらに、それを検証して、アクセスの数によって
取り上げる角度や、文章の順番などを変えていくこと。
それによって精度が上がっていくんだな。

そして何より知り合いに直接お願いすること。
そのためには顧客視点が大切で、
相手の立場になって考えてみることなんだ。

「誰もあなたのことを知らない」
っていう前提から出発すること。
「ひとに伝えていく」から伝わっていくんだ。

お客様は誰なんだろう?

たとえば伝統食材の復活プロジェクトの場合。
1 地域の食に興味がある人
2 地域のプロジェクトを応援する人
3 自分を応援してくれる人

その人を見つけるのは、
フェイスブックというツールは非常に有効で。
その人がどんな投稿をしていて、
どんなイベントに参加していて、
いつもいいね!くれる人だったりすれば

そこに直接メッセージをして支援者・応援者を
増やしていくこと。

シェアが多いということは
多くの人に見てもらえるということなので
応援の輪が広がっていく。

クラウドファンディングをひとりのプロジェクトから
みんなのプロジェクトに作り上げていくこと。

アクションとしては、
本質的な目的を外さないようなアプローチ
(販路拡大であれば、飲食店に提案するなど)

クラウドファンディングは公開情報だから
ほかのリアクションも期待できる。

具体的に投稿をどうするかって?

記事の中の本文を分解していくこと。

見出しがあって、
その中の要素を小出しにさらに分解して
文章化していくこと。

効果的に伝えるには、次の5つに気を付ける
1 切り口をみつける
2 並びかえる
3 肉付けする
4 削る
5 声に出してよんでみる

この5の声に出してよんでみる
が結構ポイントだと思った。

お返しのつくりかた
4種類

1 ライト層 1,000円~3,000円 メッセージ送る
2 ミドル層 5,000円~10.000円 できあがった製品を返す
3 コア層  10.000円 コミュニティ価値 プロセスの見える化
4 大口層 100,000円 企業ブランドの向上

で、実際に僕もやってみたのだけど、
それはまた次回書きます。  

Posted by ニシダタクジ at 18:26Comments(0)学び

2017年08月19日

まちゼミという問い



「第4回首都圏まちゼミ交流会」に参加してきました。
ミスターまちゼミの松井洋一郎さんと
ツルハシブックスもご紹介いただいた「商業界」
の笹井清範さんに会いたくて行ってきました。

「商店街はなぜ滅びるのか?」著者の新さんと
中小企業基盤整備機構の長坂さんと
豪華メンバーのパネルも熱かったっす。


まちゼミについては、コチラの本を。
まちゼミ(松井洋一郎 商業界)

現在全国300地域以上で行われているまちゼミ。
「まちゼミ」とは、店主やスタッフたちが講師となって、
店内で少数の受講者を相手に行う無料講座です。
(「まちゼミ」より)

僕が松井さんの話を初めて聞いたのは、
2012年の12月、村上市だった。
「モノを売るのは、こんなにも美しい」
http://hero.niiblo.jp/e220280.html
(2012.12.14)

その後、2月に内野の商工会でも講演をお願いした。
2年前からあなたの店で買おうと決めていた
http://hero.niiblo.jp/e235086.html
(2013.2.7)

内野町でもまちゼミをやりたい!
と思いましたが、なかなか各商店主さんを
巻き込んでやるのは難しかったので、
2014年3月に、大学生だった野島さんを中心とした実行委員会で
「うちのまち なじみのお店 ものがたり」として
10店舗10講座を実施した。

味噌を買いに商店へ(2014.3.16)
http://hero.niiblo.jp/e380403.html
「ものがたり」のものがたり(2014.3.17)
http://hero.niiblo.jp/e381128.html

いま思うと、
この講座から、飯塚商店さんや大口屋さんとの
関係性を深まって、コメタクやいろんなコラボが
生まれたんだなあと。

そんな原点を思い出させてくれる松井さんの講演でした。


「まちゼミ」をやるとどうなるか?
・新規顧客との出会い
受講生の約2割がお客になってくれる。
・離店客の防止
新規よりも5分の1の労力で来店してくれる。
・マーケティング・経営革新
お客様の声を聴き続けることで必要とされる店になる。

・自身の学び、自己実現
お客さんに教えること、得意なことを考えることで新しい自分になる。
・よい店としてのチラシでPR
チラシに講座が載るだけでもPRになる。
・連携・仲間づくり・コラボ
個店同士が連携してお客さんを紹介しあうなど。

印象に残った事例がとあるピアノ教室の話。

はじめてまちゼミに取り組む店主から、
まちゼミって興味はあるけど、何をやったらいいの?
って質問されるときが多いのだという。

そんなとき、
「何が得意なの?好きなの?」

って問いかける。
そのピアノ教室の先生は、
「ピアノ教えてるけど、実は歌を歌うのが好きなの」
って。

それで、歌の講座を開くことになった。
受講したのはおもに60代の女性。
たいへん好評で、
なんと、週1回歌の教室も開くことになったのだという。

松井さんは、講演でも著書の中でも言います。

~~~ここから「まちゼミ」より引用

店をなんとかしたい、なんとかできると信じ、
行動し続けることが「店の活性化」です。
昨日よりも今日一つだけでも新しい売り方を
試してみた、わずかだけれど、経営革新を試みてみた。
-それをやり続けることが「店の活性化」です。

なんとかしたいと前に進み続ける店が集まったとき、
本当に求められる商店街ができあがります。

「自分には地域のためにまだまだやれることがある」
と信じる店が数多くできて蓄積したとき、商店街活性化は
現実のものとなります。
そして、まだまだやれることがあると思える人たちが
まち全体に増えれば、それが「まちの活性化」になるはずです。

地域の人たちに必要とされ、
新しい価値をつくり続けられる店を運営していくことが
「店の活性化」です。
必要とされる店が集まったとき、「商店街の活性化」が実現します。

そして、一つひとつの店が地域全体に思いをはせ、
地域の人たち一人ひとりがお互いの幸せを
心から願うようになれば「地域の活性化」が実現するでしょう。
人が意欲を持ち続けることこそが「活性化」なのです。

~~~ここまで「まちゼミ」より引用

そうそう。
そうそうって。

まだまだやれることがある。
その通りだなあって。

まちゼミは、
ひとつの問いなんだなって。

活性化って何?
商店街って何?

お客さんが求めていることは?
商店主としてできることは?

ほかの店と連携できることは?
活性化のその先に、何があるの?

パネルディスカッションで笹井さんが言っていた。
業績がいい店に共通するのは、
「何のために商売をするのか?」という問いを
考え続け、答え続けていることなのだという。

店の価値は安い、便利といった「生活必需の店」から
付加価値、個性、コミュニケーションといった「人生充足の店」
へとシフトしている。
まちゼミとは、その「人生充足の店」の何かを作るのだと。

そして、それを
自分ひとりではなく、仲間と一緒に学びあい、
高めあいながら探していくこと。
「連携」というのは、「共に学ぶ」ことなのだと感じた。

そのミッション。

「学びあいで希望は生まれる」

僕が29歳の時に吉田松陰の「野山獄」のエピソード
でもっとも衝撃を受けたこと。

松井さんは、
まちゼミというツールを使って、
そんな「場」を全国に作っていっているのだろう。

交流会で
「商店街はなぜ滅びるのか」(光文社新書)の
新雅史さんが松井さんと話しながらこんなことを言っていた。

「模倣」じゃなくて、「感染」。
松井さんには感染力がある、と。

そうそう。
僕もそれに感染されたひとり。

まちゼミは、答えじゃなくて、モデルじゃなくて、
「問い」そのもの。

商店街って必要ですか?
あなたのお店のお客さんにとって価値はなんですか?

活性化ってなんですか?
どうやってそれを実現しますか?
そんな問いだらけの事業、それがきっとまちゼミなんだな。

やっぱ、カッコよかったっす。
いってよかった。

ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 09:08Comments(0)学び

2017年08月11日

「新しい」に価値はあるのか?

ツタヤの増田さんの本2冊。


代官山オトナTSUTAYA計画(増田宗昭 復刊ドットコム)


TSUTAYAの謎~増田宗昭に川島容子が聞く(川島容子 日経BP)

蔦屋書店という本屋がどうかっていうのはおいといて、
増田さんの考えはすごいなあって思う。

2冊を並行して読んでます。
やっぱり伸びる企業の経営者の頭の中は、
先を見ているし、本質をついているなあと。

~~~以下メモ(2冊ランダム)

効率を求めることと、人が幸せになることとは違う。

ひとりの企画屋として、人の幸せを考え直さなければならない

人がリアル店舗に行くのは、そこに行ってライブでワクワクしたいからでしょう?

蔦屋家電は、ワクワクする生活を送ろうというテーマのもと、
100本の読みたくなる特集記事を作る雑誌みたいなお店と言えるのです。

ちゃんとブランディングするためには、
空間と時間とをお客さんと共有できるかどうかが重要なわけ

CCCは本ではなくて、企画を売っている。

世界初を目指してはならない。
新規事業であるとか、世界初の試みであるとかを目指すと、そこに陥穽が隠されている。
それらは企画サイドからの勝手な押し付けであって、
顧客にとっての価値とは何か、という問いかけが欠けているからだ。

企画にとって最も大切なことは、顧客価値の上に立脚することだ。
これは絶対の原則といえる。

何か新しいことをして、他社との差別化を図らなければいけないなどと思って、
深夜までの営業をしたわけではない。
差別化を、って事業者側の勝手な理屈だからね。

世界初、新業態、新発想・・・すべて店の側の論理でしかない。
現場、すなわち顧客が実際にいる場所に立って、
その人たちにとって価値あることは何かを考え抜くことからしか、
本当に力のある企画は生まれてこない。

新業態は目的ではなく結果だ

~~~ここまでメモ

そうそう。
そうそう。

なんていうか、当たり前中の当たり前を
いざ、文字にされるとドキッとするね。

「ビジネスプランコンテスト」
で問われるのは、

「新規性」や「差別化」
なのだけど。

それって事業者側の勝手な都合なんじゃないの?
って増田さんは問いかける。

TSUTAYAは、
新しいからレンタルと本を一緒にしたわけじゃないよって
差別化をはかるために、深夜まで営業したんじゃないよって。

ライフスタイルの提案をお客が待っていると思ったからであり、
レンタルというのは、所有の概念を変えていくから、
深夜までの営業にしたんだよと。

ほんと、その通りすぎるよ。

増田さんが言うように、
「企画にとって最も大切なことは、顧客価値の上に立脚することだ。
これは絶対の原則といえる。」

これですよ。これ。

あなたのその企画は、
顧客価値に立脚していますか?

「新しい」とか「コラボ」とか「地域で大学生が」
っていう顧客不在の何かから始まっていませんか?

やっぱり、ドラッカー先生の出番だわ。  

Posted by ニシダタクジ at 08:52Comments(0)