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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

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土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
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2017年11月21日

越境する窓としての本と、ドアとしての本屋


「断片的なものの社会学」(岸政彦 朝日出版社)

11日に行われたイベント「DIVE IN BOOKS」内の
「はじめましての3冊」企画で「魔法をかける編集」と交換した本。
お借りしています。ようやく読み始めました。
現在91ページまで来ました。

素晴らしくタイムリーでした。

昨日の「秘密の作戦会議」のテーマは、
「越境」だったので、

「越境」というキーワードがぐるぐる
していたところだったので、
この80ページからの「出ていくことと帰ること」
がめっちゃよかった。

「なぜ本屋なのか?」っていう問いに対しての
僕自身の仮説がカタチを伴ってきたな、って。

アウェー感っていう言葉があるけど、
そういうのを感じる場所に身を置かないと、
「越境」とは言えないのだろうなと。

大学生が地域に出る意味、について。
それはひとえに「越境する学び」だろうと思う。

地域に出る。
なにか活動に参加する。
その意味がどこにあるのか、考える。
フィードバックをもらい、自己評価を行う。

「大学の外に出る」っていうのは、
物理的に出ることじゃなくて、精神的に、
つまり、以前書いた「他者評価の檻」
から脱出することなのだろうと思う。

「学び」は越境にある。
境の向こう側か、あるいは境目上にある。

その「学び」こそ、エンターテイメントだ。
最強のエンターテイメントとは、「学び」だと僕は思う。

だから人は本を読み、旅をして、人に会うのだろうと思う。

そんなことをぼんやりと考えながら電車に乗って、
この本を開いたところで、タイムリーに飛び込んできた言葉たちがあった。

~~~ここから引用

私たちはいつも、どこに行っても居場所がない。
だから、いつも今いるここを出てどこかへ行きたい。

居場所が問題になるときは、かならずそれが失われたか、
手に入れられないかのどちらかのときで、
だから居場所はつねに必ず、否定的なかたちでしか存在しない。

しかるべき居場所にいるときには、
居場所という問題は思い浮かべられさえしない。
居場所が問題になるときは、
必ず、それが「ない」ときに限られる。

誰にでも思わぬところに「そとに向かって開いている窓」があるのだ。
私の場合は本だった。同じような人は多いだろう。
四角い紙の本はそのまま、外にむかって開いている四角い窓だ。

だからみんな、本さえ読めば、実際には自分の家や街しか知らなくても、
ここではないどこかに「外」というものがあって、
私たちは自由に扉を開けてどこにでも行くことができるのだ、
という感覚を得ることができる。

そして私たちは、時がくれば本当に窓や扉を開けて、
自分の好きなところに出かけていくのである。

あるときには本が窓になったり、人が窓になったりする。
音楽というものも、多くの人々にとって、そうだろう。
それは時に、思いもしなかった場所へ、
なかば強引に私たちを連れ去っていく。

~~~ここまで引用

そうそう。
思わぬところに窓があって、そこから人は「越境」していく。
そこにエンターテイメントとしての「学び」があるのではないかと思うのだ。

そしてそれこそが、
「自由への扉」となる。

ローカル・リベラルアーツ・ラボラトリーと
しての本屋をやる上で、避けられない問い。

それは「自由」とは何か?である。
そして、自分はどのレベルの自由を欲するか、である。

会社員になる、というのは、
月曜日から金曜日の時間的制約を受ける代わりに
一定の給与によって、一定の金銭的自由が得られる。
そして、金銭的自由が精神的自由をもたらしてくれる。
多くの人がそうやって生きてきたし、生きているのだろう。

その「自由」を自分なりに定義をすることが大切だと僕は思うし、
それは大学生、いや高校生のときから問い始めても早くないと思う。

「自由」とはなにか?を問うためには、
越境してみることは非常に有効だろうと思う。

絵にすると、こういう感じ。


自分が生きている世界というか会社というか学校というか、
その価値観の外に出ること。
他者評価の檻を脱出すること。

そこでいろいろやってみて、
振り返って、自己評価を行うこと。
それを言語化し、人に伝え、
フィードバックをもらうこと。

その繰り返しでしか、「自由」の定義は得られないのではないか。
「自由」とは、嫌われる勇気であるってアドラーは言ったけど、

「自由」とは、他者評価オンリーの人生を生きないということなのだと
現時点では僕は思う。

だから、「自由」の獲得のためには、
自己評価の習慣をつけること。
その前に、他者評価の外へ出ること。
越境すること。

岸さんのいうように、そのための方法のひとつ、
窓のひとつが、本である。

越境する機会の提供。
本と本屋の役割があるはそこにあるのだと思う。

日立の海のような本屋「うみまちブックス」も
越境するためのドアのような本屋になったらいいなと思う。
https://camp-fire.jp/projects/view/51775

最後に、昨日、一番響いた言葉を。

「志があれば、生きること自体が学問になる」(吉田松陰)

熱いっす。  

Posted by ニシダタクジ at 08:18Comments(0)

2017年11月20日

本屋というメディアをつくる


「MEDIA MAKERS―社会が動く「影響力」の正体」(田端信太郎 宣伝会議)

この本があまりにもタイムリーだったので、
ダイジェストでもう一度振り返りメモ。
この本は買いです。

~~~以下本文よりちょっとずつ引用。

「メディア」と「ファイナンス」は似ている
⇒「対象への信頼」が鍵になっている。

何かを伝えたい、という発信者の思いがあるときに、
それを伝達する「媒体・媒質」となるものこそが
語源本来の意味でのメディアの定義。

メディアとは、そこに情報の送り手と受け手の
二者が存在し、その間を仲介し、両者間において、
コミュニケーションを成立させることを目的とするものである。

Media型:送信者1 VS 受信者N ヤフーニュース等
Tool型:送信者N VS 受信者1 G-mail等
Community型:送信者N VS 受信者N フェイスブック等

メディアの影響力の本質
メディアで語られる=生きた証が記憶されるということ
メディアの価値「予言の自己実現能力」

ストック⇔フロー
参加性⇔権威性
リニア⇔ノンリニア

ペルソナの設定と、それが動き出すような物語をつくる。
尊敬・信頼・畏怖されないメディアは叩き売りされる。

テクノロジーの進化によって、
メディア自身も変わらざるを得ない。

馬具メーカーをやめたエルメス。
自分たちは何屋さんなのか?という問いに対して、
「馬具メーカーである」と答えることをやめた。

「自分たちは何屋なのか?」
「自分たちだからこそ、社会や顧客に提供できる本質的価値とは何か?」
このことを常に自問自答しなければなりません。

新聞はすべてパッケージされていた。
いまはすべてがアンバンドリング(バラバラになる)されている

新聞社に突き付けられているのは、プラットフォーマーになるのか、
プレイヤーに徹するのか?という重い選択です。

これまでは、さまざまなビジネス上の
生態系をもとに産業の垣根ができていたわけですが、
クラウドのインフラ上では、あらゆる境界線が溶けてなくなりつつあります。
そんな状況では、メディア企業と事業会社や広告主の境界線も消滅しつつあります。

さらに、プロとアマチュアの境界線も、
例えば、大学と書店とコンサルティング会社とビジネス・カンファレンス業と、
専門出版社の境目すら消えつつあるわけです。
知識を売る、という意味では、大学も書店も、
コンサルティング会社も全てフラットに同一平面上に並ぶわけです。

そして、徹底的にアンバンドリングが進んだ後には、
これまでとは違ったメディア環境が広がり、
アンバンドルされたものがまた別の視点から
パッケージングされ、リワイヤリングされているのではないでしょうか?

その際の主役となるプレイヤーは誰でしょうか?
私の仮説では、それは個人です。

雑誌がオーケストラなら、メルマガはロックバンド。

雑誌は抱き合わせ販売されていて、
個人のファンならメルマガを購読したほうが
効果的で効率的。

「雑誌は編集長の王国」だった時代は終わり、
誰も王の名前も知らない。

いまや有料個人メルマガこそが
「王国型メディア」である。
それは、個人が「無限責任」を負うということ。

商業メディアは有限責任で
(記者の)匿名性の高いメディアである。
そこには、嘘というか、ネガティブな意図が入り込む
隙が生まれる。

有限責任である株式会社で発信する限り、
そこが限界になる。

誰でも発信者(メディア)になれる時代に
どちらが信頼に足りうるでしょうか。

~~~ここまで引用メモ

いいですね。
振り返っても、すごい学び多い1冊。
このメディアを「本屋」に替えてみる。
媒体を「クラウドファンディング」に替えてみる。

その先に、僕が29歳の時に「小説吉田松陰」を読んで
妄想した、「学びあいの仕組み作りで希望の灯を燃やす」

そんな本屋の形があるように思います。  

Posted by ニシダタクジ at 08:28Comments(0)

2017年11月18日

ドラクエ3のように地図が広がっていく

コクリエドリンクスvol.5でした。

菅原さんの話、おもしろかった~。
人と人をつなぎまくっているヒタチモン大學の
菅原さん。

人と人をつなぐときに、
考えていること。

1 個性(らしさ、スキル、客層)どうしがどうつながるか
2 個々の相性
3 各々の客層の相性

この、3の客層の相性っていう
発想はなかったので、面白いなあと。

そして、菅原さんのすごいところは、
マップに落とし込む、ということ。

コミュニティ生息域とかファン層の分布とか、
視覚的に理解しているところがすごいなと。

ヒタチモン大學は、
毎年、テーマを持ってやっている。

1年目は日立市内でイベントをする。
2年目は食のイベントに特化してやる。
⇒すると市外・県外の人が反応し、日立に来る。

3年目はひたすら外(日立市外)に出る
⇒ドラクエ3のように地図が広がっていく

4年目の今年は都内にターゲットを絞り、
茨城へ来てもらうように

きっかけは秋田のシェアビレッジ
http://sharevillage.jp/

ここに元日にいったら、
都内からかなりの人が来ていたということ、

これは茨城に必要な動きだ、
ということで都内から茨城への動きをつくろうとして、
これから「茨城移住計画」をスタート。

強調するテーマは、「スポーツ移住」
菅原さん自身がラグビーをやるために
水戸から日立へ転職・転居をしたこともあり、
そういうニーズがあるのではないかなと。

なるほど。
たしかに、スポーツコミュニティって
同じベクトルを共有しているから、仲良くなれる。

で、菅原さんの人脈の広げ方。

紙媒体(チラシ)配りは意味がない。
デジタルだけでも意味がない。

紙媒体であれば、渡す時の工夫を。
フェイスブックでもつながってから、
ハガキを書いて、メッセージを送る。

NGワードは「よろしくお願いします」
人はお願いされたくない。
考えなきゃいけないのは、何を与えるか。giveできるか。

ハガキに書くのは、
「とりわけ、この話が面白かったです」ということ。
そして「またお会いしたい」ということ。

そして、興味深かったのは、
ハガキというメディアの位置づけ。

ハガキというメディアを会社に送る
ということ。

メールでは、個人から個人への開いて、それで終わり。

ところが、ハガキだと、
何人かの手を介さないと届かない。

そして、もし、会社に送るとなると、
(もちろん家庭でも同じだけど)

そのほかの人にも目にとまる。
ハガキはオープンメディアだから、
この人からこの人へハガキ(しかもお礼状)が来たんだな
っていうのはみんなが認識する。

そこから始まる波がある。
たしかに。
そう思った。

菅原さんは、ハガキを書くのが好きなので、
ハガキというツールを使っている。
みんなも好きなツールを使ってやったらいいと。

そういう感じ。
リアルあってのデジタル。
ほんとそうだなと。

個性や才能の見つけ方は、
過去を掘っていくこと。
これはほんとその通りだと思った。

趣味は、スーパーやコンビニで
人が何をどう買うかを見ること。
「動線フェチ」なんだって言ってた。

その原点は
ゲームにあるのだという。

プレステ版の「ザ・コンビニ」
「シムシティー」のまちづくり
そしてドラゴンクエスト。

ドラクエ3では、
旅を進めると、だんだんと地図の範囲が
広がっていくのだという。

そして、
ドラクエにはもうひとつ大切な原則がある。

「会話しないと進めない」っていうこと。

誰かと話さないと先に進めないし。
みんなと話せば、誰かがヒントを持っている。
そうやって、菅原さんは人と人をつないできたのだ。

そんなリアルとデジタルのあいだ、
な本屋さんをつくりたいなあと思いました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:48Comments(0)日記

2017年11月17日

メディアの力とは予言の自己実現能力のこと


「MEDIA MAKERS―社会が動く「影響力」の正体」(田端信太郎 宣伝会議)

個人がメディアになる時代に、読んでおきたい1冊

結論から。
「メディアの持つ影響力」について、明確に一言で。

~~~以下引用

メディアには、そこでなされた予言自体を
自己実現させてしまう傾向があり、
この「予言の自己実現能力」こそが、
メディアへの畏怖の念と影響力の源泉でもありました。

そしてメディアの信頼性・ブランド力・影響力とは、
「予言」実現能力対する価値のことである。

~~~以上引用

なるほど。
めちゃ本質的。

このあとコンテンツを3つの軸で読み解く。

1つめが
ストックとフロー

単行本からツイッター(SNS)まで
ストック性は大きいものから小さくなっていく。
ウェブメディアの中でも、ブログとフェイスブックでは
ストック性とフロー性が異なる。

これらはどちらがいいとかではなくて、
どちらもミックスする必要がある。
本とSNSっていうのはたしかにいい相性かも。

2つめが
参加性と権威性

食べログとミシュランなどを例に出して
参加性と権威性について語る。
こちらは現在は参加性に寄ってきている。

3つめが
リニアとノンリニア

リニアというのは線形のことで、
映画のように、一度見始めると、
最後まで見るというように、
リニア性の高いコンテンツであり、

他方、テレビやネットメディアは、
チャンネルを変えたり、リンクでほかのところへ飛べるので、
ノンリニアなコンテンツといえる。
特にデジタルメディアは宿命的にノンリニアなコンテンツとなる。

なるほどな~って。

で、僕の中でいちばんおもしろかったのは、次のペルソナのところ。
(まだ読み終わってないですが)

「メディア編集者は、対象読者の「イタコ」となれ!」
ではじまる項がナイスです。

~~~以下引用

成功している一流メディアでは、明示的か、暗黙的かは別にして、
その読者がどういう人なのか?を活き活きと独り語りするような、
いわゆる「ペルソナ」と呼ばれるものが、関係者の「脳内」に存在しています。

長編小説を書く作家や人気マンガの原作者が、作品完成後のインタビューなどで、
しばしば『頭の中に、登場人物の「キャラ設定」さえできてしまえば、
あとは勝手に登場人物たちが、ストーリーを前に引っ張っていくんですよ』
といった趣旨のことを話すのを聞いたことはないでしょうか。

ここで言われるキャラ設定と、
メディア編集の世界における読者「ペルソナ」の設定は
ほどんど同じものだと思います。

擬人化のパワーを利用し、想定読者にイタコのように憑依してみることで、
こうしたシチュエーションにおける編集ジャッジの速度と精度、一貫性は
飛躍的に高まるでしょう。

個人の想像力には、限界がありますから、
実際のペルソナ作りには、想像力を補完するために
対象ターゲットを集めて、いわゆる
グループインタビューをすることは極めて有用です。

~~~以上引用

なるほどな~。

ここで、
「クラウドファンディング」をひとつのメディアだとして見ると、
そこには、買う人=寄付者=お客=読者がいる。

その人の設定ができているか、
ってとても大切なことだなと。

そしてもうひとつ気づいたこと。

クラウドファンディングが成功したその先の未来日記を
書くことってとても大切だなと。

今の現状のシチュエーションの中で、
未来を描いていくこと。

半分事実で、半分フィクション。
そういう未来。

そして、それは、
自分自身じゃなくて、もしかしたら、
設定した上で、他者が書いたほうが、
ワクワクする文章になるのかもしれないなと思った。

クラウドファンディングというメディアは、
まさに予言を自己実現していくものだ。

描く未来に共感を集めるために、
物語の力が必要なのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 08:27Comments(0)

2017年11月15日

テクノロジーの使い方


「なめらかなお金がめぐる社会。あるいは、なぜあなたは小さな経済圏で生きるべきなのか、ということ。」
(家入一真 ディスカヴァー・トゥエンティワン)

読み終わりました。
読み直し中です。

家入さん、カッコいいわ。
どうして、「CAMPFIRE」のスタッフのみんなが
キラキラしているのか、少しだけわかった気がした。

「この船に乗りたい」
って思わせる目的地(ビジョン)がある。

家入一真さんは、高校中退後、引きこもりになり、
対人関係に悩んで、「誰にも合わずに仕事がしたい」
と起業を決意して、レンタルサーバー事業をスタート。
その後、カフェの運営や現代の駆け込み寺「リバ邸」などを展開。
2016年に自らが立ち上げたクラウドファンディング「CAMPFIRE」に復帰する。

この本では、「CAMPFIRE」での取組みが語られている。

クラウドファンディングのビジネスモデルは、
プロジェクトの達成金額の中から何%かを
運営会社が受け取るというプラットフォームビジネスである。

したがって、
目標金額(達成金額)が大きくなればなるほど、
手数料の額も大きくなる。

5000万円のプロジェクトがサクセス(達成)したら、
手数料が20%であれば、1000万円の収入となる。

家入さんは
「CAMPFIRE」復帰後、手数料をいきなり5%に下げた。
(現在は8%・・・決済手数料を除く)
5000万円のプロジェクトを1つつくるより、
5万円のプロジェクトを1,000個つくりたいという思いが詰まっていた。

家入さんが目指すのは、「金融包摂」だ。(以下本書より引用)

世界銀行による「金融包摂」の定義は、
「すべての人々が経済活動のチャンスを捉えるため、
また経済的に不安定な状況を軽減するために必要とされる
金融サービスにアクセスでき、またそれを利用できる状況」
ということ。

昨今話題になっている、社会的困難を抱える状況でも
社会参加の機会を与える、社会包摂という動きの金融版
と表現することもできる。

元来、金融システムは、既得権益は既得権益に守られがちなので、
金融のあり方は、金融機関による自助努力か、国によるトップダウン
でしか変化は期待できないものだった。

しかし、フィンテックの波が大きくなったことで、
僕たちベンチャー企業が金融の分野でも
声をあげられるチャンスが回ってきた。

今こそ、膠着した金融のあり方、
行きすぎた資本主義をアップデートする時が来ているのだ。

(ここまで本書より引用)

この後、家入さんは自らの活動を振り返り、
今までの活動は「社会包摂」にあったのではないか、と説明する。

レンタルサーバーやシェアハウス、
「居場所」をつくってきたけど、
そこから「アクション」を起こす時には
どうしてもお金の問題がつきまとう。
だから、クラウドファンディングなのだと。

すごいな。
コミュニティビジネス・ソーシャルビジネスって
そうやって起こるんだなとあらためて。

明確なWHYがある。
言い方を変えれば、ミッションがある。
そして顧客が「社会」だし、「未来」だ。

僕はこの本を読んでいてワクワクしたのは、

これは、本屋というプラットフォームとも
相性がいいということを感じたからだ。

ツルハシブックスのような若者が集まる本屋を
つくることができれば、

そこを「居場所」にだけするのではなく、
「アクション」の起こる「プラットフォーム」
に変えていくこと。

クラウドファンディングを立ち上げ、
それをメディアとして、全国の人たち、地域の人たちと
コミュニケーションをすること。

そこから、本書でいうような「小さな経済圏」を
つくっていくこと。

「居場所」ではなく「プラットフォーム」
「集まる場所」から「始まる場所」へ。
「集まる」と「始まる」が交互に起こり続ける場所。

きっとそんな場所を
地域資源をベースに作っていくこと。
それが、僕の「これからの本屋」の仮説だ。

僕自身は、顧客を絞り込んでいる。

やりたいことがわからない。
自信がない。
将来が漠然と不安だ。

そんな高校生大学生20代に、
「きっかけ」としての本、
「きっかけ」としての地域活動
「きっかけ」としてのインターン

を提供し、それを振り返り、自己評価することで
「学び」に落とし込む場をつくることだ。

その場の実現のために、
クラウドファンディングというテクノロジーをどう使うか?

どうせやるなら、誰とやるか、誰とどんな船に乗るか、ってめっちゃ大事だよね。

家入さんのテクノロジーの使い方には、
ミッションがある、ロマンがある。
その絵を一緒に実現するひとりになりたいと思う。

家入さん、その船、僕も乗りたいです。  

Posted by ニシダタクジ at 08:17Comments(0)

2017年11月14日

次の作品の話をしよう



先週、クラウドファンディング「CAMPFIRE」にお邪魔してきました。
森下さんと本屋トークで盛り上がりました。
ありがとうございました。

で、この本。


「なめらかなお金がめぐる社会。
あるいは、なぜあなたは小さな経済圏で生きるべきなのか、ということ。」
(家入一真 ディスカヴァー・トゥエンティワン)

これ、めちゃいい本だよ。
ツルハシブックスが売るべき本。

「CAMPFIRE」で働く人たちの
モチベーションの源泉に少し触れた気がしたよ。
目指すところのその先が近い気がした。

僕がやりたい次のお店。

それは
Local
Liberal Arts
Laboratory

「地域資源」を活用した
「自由になるための学び」を提供する
「実験室」

としての本屋

略して、スリーエル。
ダサいな、ダサい。
ネーミング考えないと。

「自由」っていうのは、

・精神的自由のための本・地域活動・インターンシップ
・経済的自由のための小商い・クラウドファンディング
・食糧的自由のための八百屋や米屋・加工品販売

そんな感じ。
それらを通して、「学び合う」空間。
地域の人、企業、産業などをベースに、学び合う空間

主なお客は大学生や高校生、20代30代あたりなのだけど。
そんな場としての本屋、つくります。

「CAMPFIRE」のような、思いの詰まった、次の作品の話をしよう。  

Posted by ニシダタクジ at 09:12Comments(0)

2017年11月13日

その「問い」であってます?

「学校化社会」では、
思考停止の罠がいろんなところに潜んでいる。

・偉い人がいる
・他者評価が前提となっている
・答えがある

「13歳のハローワーク」以来、
もっとも大きな問いは、

自分のやりたいことはなんだろう?

ツルハシブックスに立っているときも、
大学生の悩みの圧倒的1位は、

「やりたいことがわからない」
そして
「自分に自信がない」
だった。

「答え」が見つからないと悩む。
しかし、もしかしたら、それは問いが間違っているのかもしれない。


「なめらかなお金がめぐる社会。
あるいは、なぜあなたは小さな経済圏で生きるべきなのか、ということ。」
(家入一真 ディスカヴァー・トゥエンティワン)

読み始めました。
いきなり本質ついてくるなと。

~~~以下一部引用

働き方論はテクニックにすぎない。
大切なのはどんな生き方をしたいかであり、
それは自分にとっての幸せはどこにあるのかを探るということだ。

地域活性化の本質とは、その土地での暮らしの集積であるべきで、
それを大切に育てて、発信して、人を魅了していくことにあると思う。

ここでしか食べられないもの
ここでしか見られない景色
ここでしか出会えない人たち
ここでしか味わえない時間の流れ方

地域の魅力とは、そういうところにあるわけで、
東京には負けないぞとか、東京にはないこんな良さがあるとか、
物差しとして東京を引き合いに出している段階で
じつは東京に負けていることを多くの人は忘れがちだ。

「地方創生」という言葉には、国のシステムありきで、
それぞれの土地の本来のあり方を型にはめ、
阻害していくイメージがある。
要は、言葉から「におい」を感じないのだ。

実際、成功例の本質を理解せず、
ただ単純に模倣するばかりの自治体が増え、
「地方創生のイメージ」がコピペされた町が増えている気がする。

人は希望を持つから絶望する
夢を持つから夢に敗れる
他人との比較ばかりをするから自信を失う
完璧を目指すから失敗を恐れ、最初の一歩を踏み出せない。
過度に欲しがるから、心の穴が埋まらない。

~~~以上一部引用

そうそう。
ほんと、そう。
こういう本を届けないとな、やっぱ。

って、偉そうなことを言っているけど、

僕自身が20代のとき、
「自分のやりたいことは何か?」
そんな問いというかむしろ呪縛のまっただ中にいた。

大学院在学中の24歳春に、「まきどき村」を発足。
いわゆる「就職」はしなかった。

イベント企画会社、地ビール製造会社、
知り合いのお店の店番、出版社の地方書店営業

などをしながら、
地元の肉屋のメンチカツとコロッケを食べながら、生きていた。

まわりから見れば、
「好きなことをして生きている」ように見えただろう。
いや、実際そうだったのだけど。

友人の結婚式に行くたびに、
「俺にも、土日休みの人生があったんじゃないか。」
とか思って、凹んでた。

それって、
常に、
「自分の本当にやりたいことは何か?」
みたいな問いの呪縛だったように思う。

やりたいことをやっているはずなのに、
どうもしっくりこない。

それは単に他者評価(収入含む)が得られないという理由だけではなく、
その問いの呪縛だったんじゃないか。

その呪縛は、28歳くらいの時に、いつのまにか消えていたし、

それはひとつに、27歳の冬の
不登校の中学3年生、シンタロウとの出会いがあったし、
29歳の春に、「小説・吉田松陰」(童門冬二 集英社文庫)


を読んだときに、

野山獄のエピソード
(獄中で、それぞれが自分の特技である
書道教室や俳句教室、本の解説を行い、
みるみる獄中の雰囲気が明るくなっていったという話)

に心が震えて、
「獄中でさえ、学びあいで希望の灯が燃える」

それなら、この獄中のような(言い過ぎ)世の中も
学びあいの仕組みをつくれば、
希望が生まれるのではないかと思った。

それで、すぐに山口県萩に飛び、
吉田松陰先生の墓前に、誓いを立てた。

僕にとってのWHYの出発点はあそこにあると思うし、
ツルハシブックスだけでなく、
ほかの地域でやっているプロジェクトの
思想の根っこはそこにある。

だから、結局、
「やりたいことは何か?」
という問いを問い続けるのではなくて、

やってみる。
ふりかえる。
本を読む。
旅に出る。
人に会う。

そうやって、なぜ、自分はこれをやっているのか?
っていう問いに向かうこと。

あるいは仲間たちと相互に
ヒアリングしたり振り返りをすること。

そうして、
なぜ?

というか、

なぜ?を構成する

「顧客は誰か?」
「顧客にとって価値は何か?」
という問いを回し続けること。

僕自身の顧客は、
・ふるさとのない自分自身(「まきどき村」)
・中学生・高校生(自宅での学習塾「寺子屋途輝)
・居場所が学校しかない小学生(遊び場づくり「虹のひろば」)
・就職を考える大学生と地域企業(インターン事業「起業家留学」)
・普通の大学生(ツルハシブックス)

と変化して、いまは、自分に自信の持てない
始めたくても、始められない、なんとなくもやもやしている
大学生や20代が顧客だ。

そこに向かって、サービスを提供していく。

「やりたいことは何か?」という問いは本当にあっているのか?
と問いかけたい。

そんな場所になるであろう、
日立の海のような本屋「うみまちブックス」プロジェクト、応援しています。
https://camp-fire.jp/projects/view/51775  

Posted by ニシダタクジ at 08:16Comments(0)学び

2017年11月11日

キカクのうまれかたはWHYのうまれかた

昨日は根津での
「DIVE IN BOOKS」前夜祭でのトーク

キカクのうまれかた - ツルハシブックス西田さんに聞く「本屋の中の余白」
でした。

泊まれる古本市はこんな感じ




で、トークは前座で
ホットジンジャーをつくりました。


でトーク。


「キカクの作り方」じゃなくて「キカクのうまれかた」
そうそう。

キカクって生まれるものだなあと改めて思いました。

そして、いま、サブタイトル思い出したけど、
それは「余白」に生まれるんだなあと。
本屋はそういう場所になるんじゃないかと思いました。

で、僕としてはやっぱり、
「面白い企画」の「面白い」っていうのは、
モチベーションが持続するっていうことだと思います。

そのためには、
どうやって企画が生まれるか。

それ、やっぱり、WHYから始めるっていうか。
なぜやるか?っていうのに答えられること。

で、
なぜ?

っていうのは、アクションを始まる前に分からなくても
いいんだなっていうこと。

そして、
単純に「なぜ?」とは言うけど、

「なぜ?」
を分解していくと、

「顧客はだれか?」っていう
ドラッカーの問いにあたるなあと。

そして、その顧客は過去にしかいなくて、

1 過去の自分自身
(高校生の時に、将来に悩んでいた自分など)

2 過去に出会った人
(かつて家庭教師をした、不登校の中学生など)

3 身近な人に起こった、心が動く経験
(フローレンスの駒崎さんのように、電話越しでお母さんの知り合いの話を聞く、など)

そのときに、心が動く、感性が発動する。
そこに「顧客」が生まれる。

で、それっていうのは、
企画が始まった後に、出会うこともあって。
だから、日々ふりかえりをしないといけないんだよね。

1 予想できたよかったこと
2 予想できた悪かったこと
3 予想しなかった悪かったこと
4 予想しなかったよかったこと

これの4の中に「顧客」が隠れている。

で、顧客が決まれば、
その顧客に向かって、手紙を書くように、
企画をつくっていく、あるいはブラッシュアップしていく。

「地下古本コーナーHAKKUTSU」は、
一箱古本市から生まれた。


使われていなかった地下室を
ダンジョン風な売り場にしたかった。


一箱古本市にツルハシブックス宣伝のため出店
新品同様の本を100円で売っていた隣の人。
僕の箱のビジネス書を200円で買っていった小学校5年生。

3 
「古物商」を取ろうとしたけど、法人ではとるのが大変だったので断念し、
寄贈本のみで運営することに。
メッセージを書いてもらって寄贈するカタチに。

っていうまったくの偶然。
それがメディアに取り上げられて、

みんなが「なぜ?」「なぜ?」って聞くから、
そういえば、27歳の時に、不登校の中学生の家庭教師をして、
地域のテキトーな大人と中高生がつながれる方法はないか、
って思ってました。
って、そこでWHYが生まれた。

そう。
キカクのうまれかたは、
実はWHYのうまれかたなのかもしれない。

そして、それは過去にしかいない。
そしてその元は、自分自身の感性しかない。

「キカクのうまれかた」
があるとすれば、

思いついたら、アクションを起こしつつ、
「なぜ?」というか、「顧客はだれか?」
という問いに答えるために振り返りを行うこと。

そうやって、顧客と、WHYを見つけること。
顧客が見つかれば、あとは顧客に手紙を書くように
企画をブラッシュアップしていく。

そうそう。
そうやって、暗やみ本屋ハックツは10代限定になって、
運営を20代と10代で行うような仕組みになった。

ハックツの顧客は、
悩める10代と日常を何気なく過ごす20代、そして大人。

「10代に贈りたい本」という問い。

そしてその問いを一緒に考え、
「場をつくる」ことに向かっていく仲間。

たぶん、それが企画のうまれかた。

企画はつくるものじゃなく、うまれるもの。
WHYがうまれれば、あとは自分の内側から
湧き上がる情熱が企画を成就させてくれる。  

Posted by ニシダタクジ at 07:37Comments(0)

2017年11月10日

「手段が目的化」する危険

制度や仕組みはいつも危うさを抱えている。

「手段が目的化する」危険だ。

内田樹さんの
「大学教育は生き延びられるのか?」
http://lite.blogos.com/article/256652/

を読んだ。
まさにそれが起こっているのだ。

有効な手段だと、
その時は結論されたのだろうが、

それを検証され続けないと、
いつのまにか手段が目的化してしまう。

そして、これを読んで思ったのが、
「評価する」ということのむずかしさ。
公平な基準で評価をする。

ひとつひとつを数値化する。
それこそが目的を失わせるのではないかと思った。

新潟市は、小中学校に
コーディネーターなる人を入れて、
地域とのコラボレーションを進めている。

その報告会に愕然とした。
「うちの学校は年間何回、行事をやり、
何人の地域の方に参画していただきました」
みたいな報告ばかりだったのだ。

うそだろ、
なんのためにコーディネーターいれたんだよ?

って率直に疑問に思った。

~~~以下、上の記事から引用

授業がどういう教育効果をひとりひとりの学生にもたらすことになるのか、
それは教師にも学生自身にも予見できません。

英語の履修目的が異文化理解や異文化とのコミュニケーションのためである以上に
格付けのためのものだからです。

TOEICはおそらく大学で教えられているすべての教科の中で
最も格付けが客観的で精密なテストです。
だからみんなそのスコアを競うわけです。
競争相手が多ければ多いほど優劣の精度は高まる。

「誰でもできること」を「きわだってうまくできる」ことの方が
「できる人があまりいないこと」を「そこそこできる」ことよりも高く評価される。
格付けに基づいて資源分配する競争的な社会は必然的に均質的な社会になる。
そうやって日本中の大学は規格化、均質化し、定型化していった。

狭いところで「あなたは余人を以ては代え難い」と言われることよりも、
広いところで「あなたの替えはいくらでもいる」と言われる方を求める。
それは自分の唯一無二性よりも自分のカテゴリー内順位の方が
自分のアイデンティティを基礎づけると彼らが信じているからです。

「そんなことをしているのは自分しかいない」という状態が不安で仕方がないのです。

大学に格付けを要求するのは社会全体からの要請です。
あなたの大学がどういう大学であるのかは、
「他の大学を以ては代え難い」ところの唯一無二の個性によってではなく、
日本のすべての大学を含む単一のランキングにおいて何位であるかによって決定される、
そういう考え方に日本中が同意しているのです。

本当にユニークな研究教育活動は比較考量ができませんから、
格付けすると「評価不能」としてゼロ査定される。
研究教育活動がユニークであればあるほど
評価が下がるという仕組みがもう出来上がっているのです。

「ランダムさのないところに新たなものは生じない」
(Without the random, there can be no new thing)。
これは『精神と自然』の中のグレゴリー・ベイトソンの言葉です。

~~~以上引用

うわっ。
少子化時代を迎えた今、
大学の淘汰はやむをえないことなのだろう。
そしてそれは、明確な基準によってなされるべきだ。

うんうん。
たしかにそうだろう。

しかし、明確な評価基準を適用すればするほど、
ユニークなものは価値を失っていくのだ。
それはそのまま、若者のアイデンティティに
直結しているだろうと思う。

他者評価を得ようとすること、
それは、交換可能になる、とほぼ同義なんだ。

評価ではなく、「価値」を生み出そう。
目の前のお客に向き合い、「価値」を創り出そう。  

Posted by ニシダタクジ at 07:10Comments(0)日記

2017年11月07日

WHYはぶれずに、HOWはいつでも捨てよ



「成功体験はいらない~しがらみを捨てると世界の変化が見える」
(辻野晃一郎 PHPビジネス新書)

こういう本、好きなんですよ。(笑)
つい、買っちゃう。

で、キーワードをつぶやく。
https://twitter.com/tkj83
そんな電車読書をしています。

元ソニー。
そしてグーグルへ。
ソニーでは、あのVAIOを再生させた人。

そういえば、当時のVAIOは、
今でいう、アップルのようなブランド力があった。

僕自身も、大学生の時に、
「VAIOユーザーになりたい」
という動機でVAIOノートPCを買った覚えがある。

シンプルな薄紫色のVAIOカバーと
ノートパソコンとしてはたぶん初となる
向かいに座った人が「VAIO」と読めるデザインに
心を奪われた。

iphoneやmac book airを使う一部の人がそうであるように、
僕も「VAIOユーザーであるという誇り」を買っていた。

そんなことを思い出した辻野さんの本と、
そこに出てくるソニー精神。

~~~以下引用

ソニーの設立趣意書。
「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき
自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」

「従業員は厳選されたる、かなり小員数をもって構成し、
形式的職階制を避け、一切の秩序を実力本位、人格主義の上に置き、
個人の技能を最大限に発揮せしむ。」

従来の階層型組織は、平社員よりは課長、課長よりは部長のほうが
高い判断力を備えている、ということを一応の前提として成り立っていた。

たしかに安定成長の時代には、過去の成功体験を
そのまま踏襲することにより、一定の成果が得られたことは事実であり、
それゆえ、経験の豊富な上司のほうが部下よりも
的確な判断ができる、というこもには一定の説得力があった。

いまは過去の成功体験がまったく通用しない時代だ。
むしろ、成功体験を捨てられないことが足を引っ張る時代、とすらいえる。
そうなると求められるのは、時代の動きをいち早く察知する能力、
あるいは察知した瞬間にすぐ動く行動力となる。

そうした能力においては、第一線を離れたマネジャークラスの人間よりは、
現場の担当者のほうが優れていることもある。
また、成功体験を捨てるという意味では、
最初から成功体験のない部下のほうが有利なこともある。

そもそも、インターネットやクラウドとのつきあい方については、
インターネットの登場以前に仕事の仕方を覚えたおじさん世代よりも、
物心ついたころからそうした環境にどっぷりと浸かってきた世代のほうが有利ともいえる。

イノベーションはコミュニケーションから生まれる。

気づいた人が走り出すしかない

~~~ここまで引用

なんか、いいね。
そういう文化が必要なのだろうと思う。

フラットな組織とは、
ひとりひとりをリスペクトすること。
そういうところなのだろうな。

思ったのは、
もはや「組織」そのものが、
特に「大企業」という企業形態そのものが、
時代遅れになってきているとしたら、

こういうフラットな関係性でのプロジェクトは
どのようにして生まれるのだろうか。

そう考えると、「本屋」は悪くないと思う。

読書会などを見ているとそうだけれど、
「本」をテーマにすると、人はフラットになれる気がする。

そこにプロジェクトが生まれるためには、

この本のラストに書いてある
「WHYはぶれずに、HOWはいつでも捨てよ」
がヒントになるのではないか。

WHYを共通認識としてもち、
フラットな関係性で、プロジェクト(社会実験)を
始めてみること。
HOWをいろいろ試してみること。

その繰り返しでプロジェクトがビジネスへと進化していく。
そんな本屋ができるんじゃないか。

そして、それこそが、
ツルハシブックス(的な空間)のミッションなのではないかと。

「地域にプレイヤーが足りない。」とよく言われる。

でも、人はいるんだ。実際は。
チャレンジする人がいないだけ。
特に大学が近くにあるまちではそうだ。

「チャレンジ」とか「成功」とか「失敗」とかじゃなくて、
学園祭で何か発表するように、
プロジェクトを始められたらいいと思う。

そういう地域プラットフォームとしての本屋を
地域サイドではなく、若者サイドから
意味づけ、価値づけできるのが、
自分の強みではないか。

「WHYはぶれずに、HOWはいつでも捨てよ」

この言葉を胸に、進んでいこう。  

Posted by ニシダタクジ at 08:57Comments(0)

2017年11月06日

ツルハシ号、出張します。

11月5日(日)
昨年のツルハシブックス店舗の閉店の日、
新たな出発に出ることにしました。

冬の間、ツルハシ号(ミゼット2)
は軽くて後輪駆動なので、雪道は走るのが
難しいので、スタットレスタイヤを履いていません。

なので、冬のあいだ、
太平洋側へ出張することになりました。

内野から五泉を抜けて、
旧三川村の道の駅「阿賀の里」でピットイン。

阿賀野川と紅葉があまりにもきれいだったので、
その後、川沿いに登って写真を撮りました。


お昼は喜多方ラーメン。
「ばんない」は推定80人くらい並んでいました。
で隣の松食堂へ。

これが大当たり!
チャーシューが激ウマ。


また行きたい。
その後、郡山を通らないルートで、
「道の駅 羽鳥湖高原」にピンと来て、
山登りを敢行。ツルハシ号、無理させた。


そしたら、羽鳥湖が穴場中の穴場でした。
きれいだった、羽鳥湖。

山を下って、白河市へ。
白河図書館、白河駅前をとおりすがったところで、
!!!
そういえば。

白河といえば。
EMANON!

オーナーの青砥さんつながりで、
2回ほど来たことがある、
白河駅前にある、高校生×地域のカフェ「EMANON」へ。




高校生が勉強してる!


中庭には畑!


まさかのピザ窯!


ウッドデッキも高校生と作ったんだって。


これが会員証。ポイントを貯めると、すごいことに・・・


地元の食材を利用したコラボメニュー


高校生が開発したプリン。


そして、この人が青砥妹こと、青砥侑紀さん。

もう、なんか、圧倒されました。
惹きつける魅力ある。

機能もも高校生が、勉強するでもなく、
レジ前にいたのだけど、

話を聞かせてもらったら、
毎日来るのだって言ってた。

で、ポイント貯めて、
肉じゃがつくってもらうんだって。

うわ、いいね。
そういう関係。

侑紀さん自身は高校生の時に、
料理だ!ということで、料理の道に進みつつ、
お菓子屋さんでお菓子作りを学んで、
いまは東京の大学生を休学中。

いや、なんていうかね。
最終的には人の魅力だなあと。
場のチカラって人の魅力だよって。
とっても吸い込まれそうになりましたよ。

こういう場づくりのお供として、ツルハシ号が
活用できたらいいなあと思いました。

ツルハシ号と本を持って、
いろんな場所に出張して、
数週間のあいだ、その場所に、
本棚と本とツルハシ号を置かせてもらう、
みたいなことができたらいいなと思います。

来年春まで、ツルハシ号、出張します。
興味のある方は、お問い合わせください。  

Posted by ニシダタクジ at 07:58Comments(0)日記

2017年11月02日

「自由」を自分なりに再定義する

「自由」を自分なりに再定義すること。
きっとこれが必要になってくるのだろうなと思った。


「自由につくる 自在に生きる」(森博嗣 集英社新書)

コメタクの堀愛梨に薦められて
積ん読から引っ張り出して読む。
ナイス、堀。
いいタイミングでありがとう。

これはいいわ。

まず、ここからはじまる。
「自由というのは、自分の思ったとおりにできることです。」

~~~以下引用

「人の目を気にする」人間の大半は、
「自分の周囲の少数の人の目を気にしている」だけである。
そして、「人の目を気にしない」というのは、
自分一人だけの判断をしているのではなく、
逆に、「もっと確かな目(あるときは、もっと大勢の目)」
による評価を想定している、という意味だ。

それは、「今の目」だけではなく、「未来の目」にも範囲が及ぶ。
それが「客観」であり、「信念」になる。

僕がいいたいのは、「自由」が、思っているほど
「楽なものではない」ということである。
自分で考え、自分の力で進まなければならない。
その覚悟というか、決意のようなものが必要だ。

そもそも、「終わった!」「達成した!」という感覚こそが
人から与えられたノルマだからこそ感じるものだと言える。

自分の発想でやり始め、自分が自分に課した目標であれば、
たとえ見かけ上それを達成したとしても、新たな目標が必ず出てくるし、
途中できっと不満な部分に出会い、あそこを直したい、もう一度ちゃんとやり直したい、
という気持ちになるはずだ。自分の自由でやると、絶対そうなる。

コンテストや競技、あるいは競争というイベントのときだけに
「やった!」という達成感がある。とりもなおさず、
それは自由を獲得したというよりは、不自由から解放されただけのことで、
単に自由の出発点に立ったにすぎない。

目指すものは、自分で決めなければ意味がない。本当の自由がそこから始まる。

重要なことは、それが「支配」であると気づくことであり、
その自覚があれば、その次には、どうすれば自分の自由をもっと広げることができるか、
と自然に考えられるようになるだろう

一般に、支配する側の人間から見れば、大衆はなるべく一塊りになっていてほしい。
その方が扱いやすいからだ。これは、軍隊や、あるいは集団作業などを思い浮かべれば理解しやすいだろう。

~~~以上引用

まだ途中なのだけど、
そうそう、その通りだって。

先日のブログで書いた
「他者評価の檻」とは、そういうことだなと。

http://hero.niiblo.jp/e485980.html
(18歳を他者評価の檻から脱出させる 2017.10.10)

「この支配からの卒業♪」と
尾崎豊が歌った時代と違って

現代は、一見自由に見える、
しかし、それは、巧妙になっているだけだと
森さんは言う。
おそらくはそうだろうと思う。

あるいは、自らのどこかに、
自由ではなく支配を求める心があるのだ。

自由と支配とどちらが
楽かと言われたら、支配のほうが楽なのではないか。

こんな話を、
きっとひとりひとりが考えなければいけない時代を
生きているのだろうと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 08:20Comments(0)

2017年10月27日

ローカル・リベラルアーツ・ラボラトリー





歴史ある蕎麦屋の後に
看板のない焼き鳥やさん。
(実はメニューもない)

隣に座ったおっちゃんがいわきの出身で、
僕は新潟出身なんだというと、長岡か?
と聞かれたので、まあ、長岡だと。
(まきどき村のある辺りは、三根山藩で、長岡藩の分家です)

そしたら、いい感じに出来上がっていたおっちゃんは、
河井継之助の話をし始めた。

おお。
その話、この前、ネット記事で読んだ。

で、そうそう、薩長はひどいんですよって
話を合わせていたら、
固い握手を求められて、楽しかった。
(吉田松陰ファンだとは言えなかった。)

いや、これは、
と思って、

長岡に住んでるなら、
河井継之助と山本五十六は
学ばないとやばいと思った。

いや、学んでいたら、
会津の人ともっと商売できるぞ、って。
ホントにそう思った。

これだな、「リベラルアーツ」って。
って思った。

そうだ。
僕がやりたい「これからの本屋」は
そういうことが始まる本屋さんになりたいなと。

焼き鳥食べながら、河井継之助を語り、
そのときのつながりから、
プロジェクトやビジネスが生まれていくような、
(生まれていくかな?)
そんな本屋さんになりたいなと。

名付けて、
ローカル・リベラルアーツ・センター(プラットフォーム/ラボラトリー)
本屋さんをつくろうと。

ほんとはみんな、「承認」でも「評価」でもなくて、
「自由」がほしいんじゃないかと。

リベラルアーツの語源は
「自由になるための学問」

もともとはローマ時代初期に
奴隷でない自由人として生きていくために
必要な「自由7科」(その上に哲学と神学がある)
を呼んだことがから始まる。

そっか。
人々にとって永遠の課題は「自由」なんだな。
なんか、わかる気がする。

では、現代にとっての自由を考え、
それを実現するための機会を提供する本屋さんを企画する。

・精神的自由のための本・地域活動・インターンシップ
・経済的自由のための小商い・クラウドファンディング
・食糧的自由のための八百屋や米屋・加工品販売

それらを通して、「学び合う」空間。
地域の人、企業、産業などをベースに、学び合う空間

そんな
「ローカル・リベラルアーツ・ラボラトリー」的な
本屋さんをつくりますよ。

つくりませんか?  

Posted by ニシダタクジ at 08:22Comments(0)思い

2017年10月25日

本屋の妖精

いい本屋には、妖精が宿る。

そう思っている。

ぶらっと入った本屋さんの本棚を見ていると、
目に飛び込んでくる本がある。

それはきっと、妖精の仕業だ。

「魔法をかける編集」(藤本智士 インプレス)
で藤本さんが「魔法をかける」ことについて書いているけれど。
http://hero.niiblo.jp/e485488.html (2017.8.1)

本棚にも「魔法をかける」ことができる。
きっと、意識はしていなくても、

往来堂の笈入さんとか
スタンダードブックストアの中川さんとか
ブックスキューブリックの大井さんとか
普通にやっているのだろうな。

そういう意味では、
本屋さんは、魔法使いであり、妖精使いでもある。

僕は、子どものころの読書量が少なかったこともあり、
(新聞はよく読んでいたのだけど)
児童書の傑作とかほとんど読んだことがない。

だから、今でも、現実離れしたファンタジー小説は
まったく頭で想像できないので読めない。
(「桐島、部活やめるってよ」とか「夜のピクニック」とか
「限界集落株式会社」みたいな、現代を舞台にした小説なら読める)

でも、そんな僕でも
15冊くらいの棚をつくることはできる。

そして、そこに、「魔法をかける」余白が生まれる。
いや、「魔法をかける」から、余白が生まれるのかな。

そして、本屋のお客は、
「魔法にかかったように」本を買ってしまう。

その空間には、妖精がふわふわ飛んでいて、
いろいろとささやいてくる。

そして、つい、買ってしまうのだ。

僕は自分で新刊書店をやっているので、
自分の店で買おうと思えば、1週間ほどで
仕入れることができるのに、
その本屋で今買いたい、と思ってしまうのだ。

本屋で本棚を見ていて、
「この本欲しいな」と思った時に、
ひとまずamazonを検索しているようでは、
まだその人は魔法にかかっていない。

レジに持っていった後で、
あれ、サイフに現金、入ってたかな。
いま本買って大丈夫かな。
って心配に思うくらいじゃないと、
魔法にはかかっていないだろう。

好きな本屋で本を買うって、
そういう体験なんじゃないかって思う。

ファンタジックに言えば、
妖精との対話によって、魔法にかかった結果、
本を買ってしまうこと。
そんな本屋でありたいと思う。

あと、あなたの悩みに本を処方する
「本の処方箋」の企画。
あれもネーミング考えたいなと。

処方箋っていうのが
そもそも症状を改善するような感じがするので。

なんていうか。
あれって、セッションなんですよ。

悩みを話してくれる人がいて、それを聞きながら、
その悩みに合うような本を1冊選ぶなら、
正直、ネット上でもできると思うんだよね。

そういうニーズもあるだろうし、
それはわかりやすいからね。

でも、藤本さんが言うような
「魔法をかける」っていうのは、
その瞬間、その空間で、その人だけが、できることなんだよね。

そういう意味では、
同じ人が同じ悩みを語っても、
思い浮かぶ本って違うんだよね。

僕の場合は大体3冊くらいを選ぶんだけど、
http://hero.niiblo.jp/e485771.html 
(「ターゲットとお客のあいだ」2017.9.6)

1冊目が直球で答える本
2冊目が変化球で答える本

そして3冊目は、
その話を聞いていて、思う浮かぶ1冊。

この本は、話とまったく関係のない1冊であることが多い。
でも、思い浮かんじゃう1冊。

これを選んでいるのは、誰なのか。
「本の妖精」の仕業だと思う。

その日、その場所、その瞬間に
居合わせたふたり、あるいはその周りに
いる人たちが呼び寄せた本の妖精。

それはもちろん、
「魔法をかけられた」本棚に潜んでいるのだけど、
それが顔を出すんじゃないかな、と。

いい本屋さんには、
魔法をかけられた棚と棚のあいだを、
本の妖精がふわふわただよっている。

だから「本の処方箋」じゃなくて、
「本の妖精使い」なんです、本当は。

まあ、おっさんが言うとちょっと恥ずかしいね。  

Posted by ニシダタクジ at 08:08Comments(0)

2017年10月24日

よそみとよりみち

よそみとよりみちをつくる。
それが、本と本屋さんの機能。

最短距離で人生を歩かないこと。
ほかにも世界がたくさん広がっているっていうこと。

それって意外に、
大学生だけじゃなくて、
全世代に必要なことかもしれない。

それへの近道が(なんか矛盾してるけど)
本を読むことであって、
本屋に行くことなんじゃないかなあと。

ほかにも、
旅をすることや人に会うこと。

本が「よそみ」で
旅が「よりみち」なのかもしれない。

人生には、
よそみとよりみちが必要なのかもね。

あなたのよそみとよりみちの機会提供。
それが、本のある空間の魅力なのかもしれません。

そういう意味では、
谷根千ってとっても素敵な本のある空間ですね。

11月11日の「Dive in Books」の
前夜祭でお話することになりました。

よりみち、してみませんか?
http://diveinbooks.wixsite.com/diveinbooks  

Posted by ニシダタクジ at 08:12Comments(0)

2017年10月20日

活動そのものより振り返り

地域活動そのものにも、
インターンシップそのものにも、
たいした価値はない。

それを「経験」と呼べるのは、
振り返りをしているからだと思う。

ふりかえりという「自己評価」
ができて初めて、それが学びになる。

そして自己評価によってのみ、
「自信」が生まれる。

http://hero.niiblo.jp/e485809.html
「ふりかえり」と「自己評価」(2017.9.12)

僕が本屋をやったのは、
昨日も書いたけど、「機会提供」のためだった。

作品的に言えば、「偶然」だった。
https://www.youtube.com/watch?v=bYq8iDb_ei4
(2015.12.10)

バスケ部を辞めたばかりの中学2年生に、
「屋台をやってみない?」と誘い、
本屋の中でお菓子屋さんをやってもらった。

就活どうしよう?って悩みはじめていた大学生に、
新潟の社長、面白い人ばかりだよ、って
「夜景企画会議」に誘ったりした。

それぞれ、僕は機会を提供していたのだけど、
「ふりかえり」をやっていただろうか。

僕が「ふりかえりの文化」を身につけたのは、
2007年にインターンシップ事業を一緒に立ち上げた
ナカムラさんのおかげだ。

あの、執拗なほどの(笑)
「西田さん、ふりかえりしましょう」
によって、身体的に身についたのだった。
(打ち上げの飲み会の後とかはマジかんべんしてくれって思ってた。)

10年経って、
ようやくその偉大さがわかる。
「ふりかえりの文化」の大切さがわかる。

「機会提供」と「ふりかえり」
そうやって「学び」をドライブしていく。
「学び」がドライブするから、本を読む。
行動したくなる。

そういう個人としての学びのスパイラルと、
チームとしての学びあいのトライブをつくっていくのだろうと思う。

トライブについては、こちら。
http://hero.niiblo.jp/e485916.html
(2017.9.29)

うんうん。
そのベースキャンプになるような本屋さんが
必要ですね。  

Posted by ニシダタクジ at 07:53Comments(0)学び

2017年10月19日

「機会提供」をする「アンサングヒーロー」

本屋さんってなんだろう?
本屋さんの顧客は誰なんだろう?
顧客にとっての価値はなんだろう?
そんな根源的な問い。

地下古本コーナーHAKKUTSUがブレイクして、
取材を受けていて、いちばん困った質問は

「ハックツした若者にどうなってほしいですか?」
って聞かれること。

いや、別に、、、
みたいな。エリカ様みたいになってた。

僕の役割は
「本を売った瞬間」に完結しているのだ。

その人が本を読んだことで、どうなるのか?
はあまり興味がない。

ほんと、そうなんだ。
無責任だと言われようがそうなんだよね。

そんな、「機会提供」だけをしていきたい。
それは、「学校」や「教育」には不可能だからだ。

なにか大いなる「目的」のために、
いまを生きなければならない。
プロダクトを提供しなければいけない。

そんなこと、ないんじゃないかと。

機会を提供する、ということ。
それはそれだけで価値があるのではないか。

この前の居心地のいいカフェの話でもあったけど、
目的のない「余白」時間という機会を提供する、っていうのが
カフェの役割なのではないか。

そっか。
人は「目的のない」何かを必要としているのではないか。

もともと「本屋」ってそういう場所だったんじゃないかな。
「なんか面白いことないかなあ」って。
目的のない何か。
そういうのを欲しているんだな、きっと。

そこでなんらかの本に出会う。
人生が変わるほどの衝撃を受ける。

その時に、
本屋に感謝する人もたまにいるだろうけど、
ほとんどは、本そのもの、著者だったりに
感謝するだろう。
(僕は、甲府の春光堂さんにずいぶん助けられています。)

そんな「偶然」の「機会」を提供する
歌われざる英雄「アンサング・ヒーロー」
それが本屋さんなんだと思います。

センジュ出版の吉満さんと話したことを思い出したのでシェア。
http://hero.niiblo.jp/e476010.html
(2016.1.7 「本」というささやかな祈り)  

Posted by ニシダタクジ at 07:54Comments(0)日記

2017年10月17日

現代美術家ポートフォリオ

現代美術家・ニシダタクジ
ポートフォリオ
っていうのを書いてみようと。

自分のプロフィールを
芸術家っぽく書いてみるっていうこと。
これは楽しそうなのでやってみようかな。

ニシダタクジ 現代美術家/余白デザイナー 
ジャンル リレーショナル・アート

本名:西田卓司。
1974年千葉県袖ヶ浦市出身。
1994年新潟大学農学部入学。
2000年新潟大学大学院自然科学研究科博士前期課程修了。

作品1 まきどき村(1999~現在)(新潟・巻)
1999年畑のある公園「まきどき村」を企画・立案

「豊かさ」とは何か?という問いを投げかけながら、
自然・地域・他者と
農作業・食を通じたコミュニケーションを生み出す活動。

毎週日曜日には、早朝6時に集合して
農作業の後に参加者で朝食をつくって食べる
「人生最高の朝ごはん」を開催。

2004年からは拠点をかやぶきの家「旧庄屋佐藤家」に移し、
囲炉裏を囲んで釜炊きご飯を食べるスタイルに。
(~2017年現在も継続中)


作品2 ツルハシブックス(2011~2016)(新潟・内野)
2011年「ジブン発掘本屋 ツルハシブックス」を開業。
本を通じた、本と人、人と人とのコミュニケーションを生み出す。
テーマは「偶然」


作品3 地下古本コーナー「HAKKUTSU」(2011~2016)(新潟・内野)
地域の大人が「若者に読んでほしい本」をメッセージと共に寄贈し、
それを29歳以下の若者が懐中電灯で見つけ、購入できる古本屋。
テーマは「手紙」


作品4 天空HAKKUTSU(2015 長野・松本)
ブックカフェ「栞日」の4Fで、メッセージのついたブックカバーを
天井からぶら下げた古本屋。
(主催:ブックカフェ栞日)


作品5 暗やみ本屋ハックツ(2015~ 東京・上石神井)
「10代に贈りたい本」を地域の大人から寄贈してもらい、
ブックスタマ上石神井店内に10代だけが入店できる古本屋
「暗やみ本屋ハックツ」を毎月1度出現させるプロジェクト


作品6 あなたが未来に託す思い展(2016 神奈川・茅ヶ崎)
10代に本を通じて、思いを託す、
そんな1冊を茅ヶ崎在住の職業人56名から集めて
茅ヶ崎市美術館のエントランスホールに展示。
(主催:REVENDEL、NPO法人ツルハシブックス、公益財団法人茅ヶ崎文化・スポーツ振興財団)


作品7 「暗やみ本屋ハックツ」@高校生ウィーク(2016 茨城・水戸)
「10代に贈りたい本」を市民から公募し、
暗やみで発掘するプロジェクト


作品8 カリカリブックス(仮) (2016~ 長野・伊那)
伊那市の商店街に高校生が集まる古本屋をつくるプロジェクト


作品9 19歳本で感じる「これから」(2017 茨城・水戸)
大学生実行委員会が、19歳に贈りたい本をテーマに本を集め、
成人式に合わせて展示するプロジェクト


作品10 こめつぶ本屋(2017~ 大阪・千林)
京かい道商店街の米屋さんのガレージに
10代限定の本屋「暗やみ本屋ハックツ」を含めた
屋台を出現させるプロジェクト


作品11 屋台のある本屋「新城劇場」(2017~ 神奈川・武蔵新城)
JR武蔵新城駅前の空き店舗を屋台のある本屋として
運営するプロジェクト。常設の「暗やみ本屋ハックツ」も設置。


と、こんな感じ。
めっちゃやってるな。
もうちょっと整理して、プロフィールつくります。  

Posted by ニシダタクジ at 09:32Comments(0)足跡

2017年10月16日

whyから始める

「アップルはwhyから始まっている。」

県北ビジネス創出支援事業@大子町
の2日目。

ビジネスプランを膨らませるワークを
行った。

今回の手法はプロアクションカフェ。
https://www.ourfutures.net/session_methods/proactioncafe
(ちなみにこのサイト、めちゃエッセンス詰まってる)

~~~以下メモ

アイデアに価値はない。
アクションあるのみ。
ファーストペンギンになれ。

1 想いの深掘り
2 課題の提案
3 次の一歩

プロアクションカフェ=
ワールドカフェ+オープンスペーステクノロジー

提案者は種を蒔く人。花を咲かせる人。
支援者はミツバチ。質の高い質問をする。

ROUND1 想いの深掘り
・想いを持つにいたった背景は?
・本当に大切なことは?
・その人のやりたいことの深い意味合いは?
・根っこの想いはなんだろう。

数分間の休憩時に提案者は整理する。ココがポイント。

ROUND2 課題の探索
・想いを実現する上で不足していることは?
・目に見えない壁はどこにあるんだろう?
・やりたいことを実現するためにどんな手助けが必要だろうか?
・聞き役が助けられることは何かないだろうか?

ROUND3 次の一歩
・次の一歩は何ですか?
・何があると追い風になるか?
・やりたいことに近づくのに最初の一歩は何がふさわしいだろうか。
・どんな最初の一歩が周囲の共感を得て応援したいと思ってもらえるものになるだろうか。

タイトル(24文字以内)
なぜ?why
何を?what
誰に?who
どこで?where
どのように?how
いつ?when
いくらで?how much

なぜ、なぜ?が大事なんだろう?
→共感することが大切。

アップルはwhyから始まっている。
whyが共感を生む。
共感がお金を生む。
共感するのはストーリー、コト。

クラウドファンディングはテストマーケティング。
得られるものは、資金と顔の見える応援者、認知度。

伝わるために必要なこと。
顧客視点が大事。
相手の立場に立って考えてみること。

WHYから始まるクラウドファンディング
WHY
HOW
WHAT
の順につくる。

~~~以上メモ

なるほどな~。
って。
WHYに人は共感するんだなあと。

僕が思ったのは、
WHYの背景には
具体的な人(WHO)がいるんじゃないか
ってこと。

前日のワークでの
根っこの思い、種火
みたいなやつは、自分自身の経験
なのだろうけど、

そこに他者が存在している場合は、
その人がWHO、いわゆる顧客に
なる可能性が高い。

あるいは過去の自分自身が
顧客になるのかもしれない。

フローレンスの駒崎さんだって、
お母さんが電話で話していた知人の女性の
エピソードがきっかけになっているからね。

そこを明確にしたほうが
WHYの共感性が高まるんじゃないかなあと。

ということで、
僕も自分自身のWHYを掘らなきゃ、って。

今は、
18歳の他者評価依存の解消っていうのは
結構ミッションとして大きいなと。
そういう人に何人も出会っているし、

数年前までの、
「自信がない大学生」っていうのより、
クリアに顧客像が見えてきている。

他者評価の外に出てみる。
自己評価のピラミッドを確立する。

「やってみる」と同時並行して、
自分の中で「自己評価」のシステムを
作り上げること。

きっとこれを本屋がやらなきゃいけないのだろうなと
思いました。

まずは、whyから始めてみよう。  

Posted by ニシダタクジ at 07:57Comments(0)学び

2017年10月15日

ツルハシが掘るもの

茨城県が主催する
県北地域ビジネス創出支援事業
講座の第2回、大子町でのフィールドワークと
ワークショップ1日目。

大子町は
茨城県有数の観光地。

名勝・袋田の滝


をはじめ、温泉や名物の食べ物など、
たくさんの魅力に詰まったまち。

プログラムは、
常陸大子駅前のまち歩き
りんご園でのりんご狩り
ロケ地としても使われる旧上岡小学校
そして袋田の滝、と展開。

これでオープンになった参加者たちは
インタビューワークへ。
という流れになった。




印象に残ったのは
仲野りんご園
http://www.apple-nakano.com/index.html

仲野のオトウさんの
トークも実直で素晴らしい。

なんと、年間(といってもシーズンは9月~11月)
2000人ものりんご狩り客が来るのだという。
そしてそのほとんどがリピーター。
家族で毎年、来てくれるのだという。

役場の人が言うには、
りんご園それぞれにファンがついているのだという。

それって、リンゴ売ってないな、って思った。
また仲野さんに1年に一度会いたくて、来るんだろうな。

ということは、来る人同士で
仲良くなったらもっといいだろうな。

僕だったら、たとえば、
アップルパイづくり体験とかを企画して、
1500円とかで手摘み手作りアップルパイを
つくるとかいう企画したいかも、って思った。

そして、そんな企画を本屋がしてもいいんだなと。
そんなふうに考えていました。

夜、宿に帰ってから、
講師のコクリ!プロジェクト三田さんの講座とインタビューワーク。

これも学び多い時間となりました。

~~~ここからメモ

「種火」。
誰もが心の奥に持っている種火。
そこに気づいて、火を広げる。

ひとりひとりはgiftをもって生まれてくる。
ひとりひとりが本領発揮していく世の中をつくる。

1 ひとりひとりの可能性・ギフトを信じている。
2 境界を超えた共創によって世界に進化を。
3 100年後から見て、世界が変わったと言えるような社会実験を。

境界を超える。
越境する。

変革はS字カーブ。ある時から急激に変革は始まる。
ティッピングポイント。

コクリ!エコシステム
種火が生まれ続ける仕組み

ビジネスパートナーではなく、人としてつながる。
安心・安全な土壌で種火に気づき、育てる。
会う機会のない人に会えたという偶然性。
必ず実現するという思いをサポートする。

give&takeからgive&giveへ
協働から運命共同体へ
議題・課題からではなく人・想いから出発する。

1 根っこの思いを自覚する
2 境界を超えてつながる土壌
3 感性に従ってやってみる
安心・安全な土壌にワクワクの種火が蒔かれ、情熱と感性でやってみる。
3+1(ありたい未来という北極星)

関係の質モデル。
関係の質→思考の質→行動の質→結果の質→

根っこの思いを確認するストーリーテリング。
自分とつながり、仲間とつながる。
自分の根っこに気づく。
相手の根っこに気づく。
インタビューワーク。
インタビュー役はレベル2の傾聴を。語り役はイメージを思い浮かべながら語る。

1 自分の住んでいるまちを好きだなと思った時。
2 人生で誇りに思うこと。本領発揮したシーン
3 根っこの想いは何か?

インタビューワークのゴールは、想いの源泉に触れる。
というか、掘り当てること。
そうすれば、温泉が湧いてくるように、やればやるほど力が出てくる。

インタビューワークは、源泉探し。
源泉は原点。源泉のほうがいいな。
いま、源泉掛け流し中です、とか。
熱すぎて少し水でうめてます、みたいな。

~~~ここまでメモ

なんか、思い出した。

ツルハシブックスの正式名称は、
「ジブン発掘本屋 ツルハシブックス」

発掘するジブンっていうのは、
きっとその「源泉」みたいなものなのだろうなって。

ツルハシブックスは、
コクリ!プロジェクトを、場として
実現しようとしているのかもしれないなって。

会えない人に会える偶然性。
想いの源泉に気づく本や人とのつながり。
とにかくやってみるための屋台。
それを支える安心空間。

そう言えば、いろんな人に、

「ジブン発掘」ってなんですか?
とか
ツルハシブックスのツルハシってなんですか?
とか
どうしてツルハシなんですか?
とか

よく聞かれたけど、
「まきどき村のときにツルハシで畑耕していたんです。
その原点を忘れないように。」

って言っていたんだけど、
言っている僕自身もよく分かってなかった。

6年半の時を超えて、今なら答えられる。

ツルハシブックスのツルハシは、
自分を掘る、仲間の心を掘るための道具です。
それは本であるかもしれないし、
本屋で出会った人かもしれない。

本屋で行われるワークショップかもしれないし、
本屋で出会った人に誘われた畑の場かもしれない。

自分の源泉に気づくこと。
仲間の源泉に気づくこと。
掘って、掘って、たどり着くこと。

掘り当てた源泉を、
ちゃんと温泉まで引いていくこと。

宿を整備すること。
無料の足湯をつくって、コミュニケーションすること。
客からフィードバックをもらい、改善していくこと。
客と一緒にいい宿をつくっていくこと。

これからの仕事づくりは、
そんな「温泉宿づくり」、になるのかもしれない。

まずは、その「源泉」を見つけよう。

そのためのツルハシ、売っています。
そのためのツルハシ、お貸しします。
そのためのツルハシ、一緒に作りませんか?

ツルハシブックスはそんな本屋です。  

Posted by ニシダタクジ at 08:06Comments(0)学び