プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2016年09月24日

「誰かのために」という「過去」を積み重ねていく

ツルハシブックスには、
「少年A」と「少年B」と呼ばれる常連のお客さんがいる。

「少年A」は中学3年生。小学校5年生のときから
ツルハシブックスに出入りしている。

「少年B」は高校2年生。
僕が茨城にいるあいだに、常連と呼ばれるようになっていた。

昨日の昼間、僕が3Fで休んでいると、
少年B、高橋くんがマンガを読んでいた。

そこでレポートをやっていた井上有紀ちゃんが
「ツルハシ閉店に向けて、
いまいろいろな人から書いてもらっているのだけど、
何か書いてくれる?」

というと、
「超ネガティブなこと書いてもいいんですか?」
「いいよ、いいよ。」

そうして書かれた紙がこちら。


うんうん。
そうだよね。
バカヤロー。
それだわ、きっと。

昨日も、少年Aは、
1Fと2Fの階段の途中で、
ひとり、YOUTUBEを見ていた。

2FからWIFIを飛ばしているので、
そっちのほうが電波がいいんだって。

2人の少年にとって、
ツルハシブックスは「居場所」なのだろうなと。
「サードプレイス」という言葉では
言い表せないほどの居場所なのだろうと。

そして、サムライたちは、
2人の少年に接する中で、
大切な「過去」を積み重ねていく。

それはきっと、
「顧客は誰か」という問いへのヒント。

すべての会社が
明らかにしなければならない
ドラッカーの5つの質問。

いや、本当は、
すべての事業は、

あるいはすべての人たちが、
人生を生きる上で、明らかにしなければならないこと。
「顧客は誰か」
「顧客にとって価値は何か」

それは、少年Aや少年Bといった
具体的な誰かに出会うこと。
心を揺さぶられること。

そこから人生は始まっていくのだろうと思う。

ツルハシブックス店員サムライとは、
きっとそういうことなのではないだろうか。

「誰かのために」という「過去」を積み重ねていくこと。

福島正伸さん風に言えば、
「あきらめない理由」を積み重ねていくこと。

ツルハシブックスがあってよかった。

ツルハシブックスを設計・施工した
今井あゆみさんがやりたかったのは、
きっとこういうことなのだろうな。

素敵なお店をありがとう。
ツルハシブックスという旅はまだ、終わりませんよ。  

Posted by ニシダタクジ at 07:09Comments(0)日記

2016年09月22日

好きであるということ

仕事のベースにあるもの。
それはやっぱり、好きであるということ。
それを再確認しただけでも
今回はよかったなあと。

3日目。
まずは副社長の講演から。

・人間は動物である。しかし考えたり感じたりする。
・自分の体を健康な状態に保つことを最優先する。
・自分で仕事を生み出せる人材になる。

・チップは最初に渡し、信頼関係をつくる。
・環境をかえていくこと
・実現したいことは紙に書く
・掲げた目標は到達する
・与えられるより与えることの幸せ

面白かったのだけど、
もう少し「リアル」が聞きたかったかも。
「サザコーヒーで本当にあった心あたたまる話」
みたいな話。

プログラム上は講演会ではないので、
「考え方」よりは「リアル」のほうが大事かも。
それのほうが素材になるから。
・プロ=70%でやる。余力があるように環境をつくる。
・経営者として環境を変えることに専念する。

★質疑応答とシート記入の時間は明確に分けるべき。

場所を移動して社員さんトークセッション。
これが非常に好評。
やっぱりリアルが大事。

砂押さんから
・大学に入ることって重要じゃない
⇒会社に入って何ができるか。
⇒それを探してそこへ向かっていく。

・点と点はいつかつながる
・人の話をよく聞くこと⇒自分の位置がわかる。

★トークセッションは最初に話をしてもらう。

そしてお昼を挟んでプレゼンづくり

・新たなカフェ空間の提案
その前に
経営理念づくり
・誰のために
・何を目的に
・何を大切にして
・何を提供するのか

その真ん中に(文章化したところに)
経営理念があるというもの。

このフレームワークがどうだったか。

だれのために、
どんなサービス(空間、商品)を
提供するのか

に特化してもよかったかな。
特に「誰のために」が重要だなあと。
そこが決まらないと、
プレゼンで心が揺さぶられない。

カフェ空間って言われた瞬間に、
内装の話になっちゃうというのも学んだ。

たしかにイメージするのは内装なのだけど
そこにお客さんが座っている様子、そのお客は誰なのか
っていうところが一番大切だと思う。

そしてプレゼン

・本を介してのコミュニケーションができるカフェ
・居場所機能を強化したカフェ
・芸術を組み合わせたカフェ

いちばん心を揺さぶられたのは、
個人の原体験に基づいたプレゼンだった。

自分自身が絵を描くところ少なくて困ったこと。
自分自身がこの3日間で友人からたくさん学んだこと。
それがプランの中に入っていた。

そうそう。
心を揺さぶるのって、そういう「なぜやるのか?」
っていう理由があるプレゼンだよなあと。

カフェの中にギャラリーがあるのではなく、
ギャラリー丸ごとカフェにしちゃう、みたいな。

プレゼン全体としては、
やはり反省点も多くて。

・各人のアドバイスが相互に食い違っている場合がある。
・経営理念がどれだけプレゼンに重要かがわからない。
・×地域、×世界というテーマがふたたび直前になって
プレゼンのお題として確認された。

このプランは昨日のシートのどことつながっているのか?
このプランは地域にどう貢献するのか?
このプランは世界にどうつながっていくのか。

そんなことを発表してもらった。
ちょっとこれも確認するのが遅かったか。

昨日のまとめシートを出発点にするために何ができたか。

2日目時点で、
コンセプトづくりのベースである、
「誰のために」を問いかけるという方法もあるなあと。

最後の締めは砂押さんから
「僕はコーヒーはそんなに好きじゃないけど、会社が好きだった」
と。
「好きである」ということを再確認させてもらった。

「好き」が集まった会社。
それをお客さんが感じられる空間。
それがサザコーヒーの強みなんだなあと。

カフェというアートを感じた3日間でした。
ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:00Comments(0)日記

2016年09月21日

コンセプトが拓く未来

サザコーヒー2日目。

事前課題での
「お気に入りのカフェの魅力」について語る。
やっぱり「好き」を語ると雰囲気がよくなる。

あらためてシートで言語化した後に
実際にカフェに行ってコーヒーを飲む。
メモがたくさん。

このあいだ、
待ちだったので、
「星野リゾートの事件簿」を読み終わる。

圧倒的リゾートの秘密は、
ひとりひとりが「考えている」ことにあった。

象徴的なのは、トマムリゾートの
雲海テラスを生み出したゴンドラ部門。
ひとりひとりが考え、
素人がカフェの練習をして、開業にこぎつけた。

星野リゾートでは、企業再生の際に、
まず、コンセプト委員会が開かれて、
コンセプトが決められる。

コンセプトづくりとは、
どんなお客様に対して、
どんなサービスを提供するか、を明確にする作業。
である。

逆に言えば、星野社長の仕事は、
この時点で半分は終わっていると言える。

あとは社員ひとりひとりが考え、
コンセプトを頼りに事業をつくっていく。
コンセプトが基本にすれば、
やることは決まっていく。
これ、今回のお題である新店舗提案でもそうだなと。

午後。
魅力的なカフェ的空間の役割とは。
ワークショップ。

冒頭になぜワークショップか?という話。

先の見えない時代に、
新しい方法を生み出すのは、場の力である、という前提。

そしてその上で場の力を高めるのは、
「対話(ダイアログ)」であるということ。
「会話(カンバセーション)」と「議論(ディスカッション)」と
比較しながら、「ダイアログ」について説明。

そしてワークショップ
カフェ的空間の役割について付箋を貼っていく。

そして、今回の目玉というか新しい試み
カップデザインワーク。

紙カップのデザインをして、
実際に紙カップに貼り、プレゼンテーションして
代表を決める。

1つのチームのプレゼンを聞いていて、
トリハダが立った。

なんと4人ともが同じようなデザインを
つくってきたのだ。

キーワードは「つながっている」ということ。
コーヒーを飲むことは世界につながっているのだという
メッセージ。

紙カップに思いを詰め込む。
それは、言葉じゃなく、絵の力で。

そんなのに気づいたとき、
人はまたその会社のファンになるのかもしれない。

なかなか素敵なワークを手に入れた気がして、
ちょっとうれしくなった。

お店の新しい未来も、
リピーターも、
コンセプトとその具現化が切り拓く。

さあ。
コメタクは、どうしようか?
ツルハシブックスはどうしようか?  

Posted by ニシダタクジ at 07:26Comments(0)日記

2016年09月20日

チェーン店でありながらすべて違う店

情熱。パッション。
その波動が心を揺るがし、モチベーションを上げる。
サザコーヒーとは、そういう会社なんだなと。

2年生向けの集中講義。

受付。
授業概要説明。
店舗および工場見学。
その後、第2工場へ移動。

・受付:席指定して、グッズはテーブルに分けておく。
・工場:荷物置き場の確保

工場見学。
バリスタチャンピオンシップのデモンストレーション。
講義「モノと環境について」。

本物に出会うこと。
中小企業が突き抜けることの大切さ。
ときめきのある商品をつくる。

コーヒー豆の可能性を引き出すために
バリスタがいる。

コーヒー、カフェというレッドオーシャンで
きらりと光るサザコーヒーの秘密とは何か。
そんな問いから始まる旅。

午後からはお客さんへのヒアリング。
そして帰ってきて、それらの魅力の言語化を行う。

インタビューワークで付箋だし。
グループ内共有。
その理由づけ。
それを持って、ふたたび副社長とのディスカッション。
個人振り返りとグループシェア。

そんな1日目。
印象に残ったのは、チェーン店でありながら、
すべて違う店のようだと言った意見。
なるほど。

最後のトークセッションで聞いていた話が
昨日買った「星野リゾートの事件簿」
と少しリンクする。



この本の冒頭の
北海道トマムの雲海テラスの話。

ゴンドラ部門が立ち上げた
山の上のカフェ。
10年たった今でも、超人気スポットとなっている。

星野リゾートの強さ。
それは、コンセプト(お客と価値)を定め、
ひとりひとりが考え、実行するというもの。

雲海テラスはこの本の冒頭に出てくるように
その象徴だ。

ひとりひとりが考え、場の力を得て、実行する。
それを繰り返せるチームが強いチームなのだろうと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 06:47Comments(0)日記

2016年09月19日

世間と社会の「あいだ」


「コミュニケイションのレッスン」(鴻上尚史 だいわ文庫)

「孤独と不安のレッスン」の
次に読んだらいいんじゃないか、という本。

「空気と世間」(著者同 講談社現代新書)
のエッセンスも入っていて、非常に有意義な本だと思う。
まだ前半だけど。

~~~ひとまずメモ

コミュニケイションも、世間を生きるための効果的なコミュニケイションと
社会を生きるための効果的なコミュニケイションの2種類に分かれると思っているのです。

世間とは、あなたと利害・人間関係があるか、
将来、利害・人間関係が生まれる可能性が高い人達のことです。

社会とは、今現在、あなたと何の関係もなく、
将来も関係が生まれる可能性が低い人達のことです。

村落共同体では、村全体の価値が共通でそれが共有されていた。
それは、少ない水で、どうやって効果的に米を作るか。

村という世間は、村人全員の幸福を追求したのです。
それは、優しさとか親切心とかではなく、村全体が生き延びるために、
つまり一定の収穫量と持続的な働き手を確保するために必要なことだったのです。

明治政府は強引に、世間ではなく社会に生きるように日本人に求めたのです。

世間の代表だった村の考え方は、
そのままそっくり日本の企業が受け継ぎました。終身雇用制度と年功序列制度です。
日本人は日本的企業という強力な世間を作り上げ、そこで生活したのです。

世間は私たちの本当の気持ち、社会は公式見解、または理想論という区別なのです。

けれど、やっかいなことに、
世間は、完全に壊れることも、完璧に残ることもなく。中途半端に残っているのです。

世間の言葉とは、論理ではなく、感情の言葉です。
世間で話す時、その目的は、感情交換が一番、情報交換が二番です。

~~~ここまでメモ

うん。
これ大事。

コミュニケイションを考えるうえで、
このエッセンスは重要だなあと思う。

これを見て思ったのは、

ツイッターっていうのは、
世間と社会のあいだのメディアだなあと

ツイッターには、世間の言葉と社会の言葉が
入り混じっていて、それを受け取るほうも
世間の人だったり社会の人だったりする。

きっと、この感覚。

これがコミュニケイションの出発点だし、
コミュニティっていうのの奥にあるものなのかもな。

「あいだ」、「境界」っていうのことかも。
ゲストハウスとか本屋も、そういう空間が作りやすいのかも知れまえん。  

Posted by ニシダタクジ at 05:52Comments(0)

2016年09月17日

「過去」というモチベーションの源泉

3日目。

昨日のワークシートにタイトルをつける。
これはまずタイトルを付けるだけ。

見えてきた町のタイトル。
タイトルをつけると、それは「作品」になる。
2日間の総決算。

そのタイトルが
プレゼンテーション(提案)のテーマになる。

参考資料の提示。
RESASおよび統計資料および観光マップ

~~~
これは不要だったかも。
統計データで裏付けるほどのプランは練っていない。
観光マップもあまり良くなかった。
情報が多すぎる。

3日間を通して、
与えられた情報が多すぎた。

多すぎるインプットを受けているのに、
「1つに絞れ」とか「シンプルに」というのは
無理があったかも。
~~~

参考資料の提示の次は、プラン作成

星空の中から星座を見つける。
それをプランに落とし込んでいく。

BEFOREとAFTER
そこに自分たちは、そして、まちづくり会社は何ができるか。

プランの軸を見つける。
ここが各チーム苦労した。

具体的なプランに落とし込む
というのが難しい。

昼休み後
小さくまとまるな、というゲキを飛ばす。
「現実的になるな」というメッセージ。

締め切りを切ったことがプランは完成。
そしてプレゼンテーション。

・発表順はアルファベット順でよかったか?
・プレゼン時間5分間を測定したほうがよかったか。
・お金に関する質問は雰囲気もモチベーションも下がる。

・第2の顧客:メリットがある人は誰だろう?という問いかけ
もう少し視野を広げて考えてみる。

そして講評
・「目的」は本当に目的なのか?
・お金を稼ぐこと、スマホを買うことが目的なのか?

・「目的」(まと)と「目標」(しるし)の違いは?
・達成のためには、3つのことを共有する「目的」「役割」「価値観」

・ボランティア=語源は火山。やりたくて仕方ない。衝動
⇒目的の明確化が必要

・現在と未来しかないと説得力がない。
・なぜ?を問いかけると「過去」とつながる。
⇒それがモチベーションになる。

ラストは振り返りを記入して終了。

個人にフォーカスできたチームのほうが
プレゼンの共感度は高かった。
抽象的な課題やテーマにとどまってしまったところは、
プレゼンも上滑りした。

情報はあふれるほどにあった。
材料に満ち溢れていた。
何が足りなかったか。

「共感」、そして「過去」だ。

インタビューにおいては、
おそらく何を、じゃなくて、なぜ?
を聞かなければならなかった。

「課題共感」と「未来思考」のトレードオフ。

ここ5年間。
地域系のワークショップで、
僕がずっと課題に思っていること。

当事者意識を高めるためには、
「課題共感」が大切なのだけど、
当事者自身の話を聞いてしまうと、
「未来思考」ができなくなる。

かといって、
現状から未来をイメージするだけでは、
「そういうの、あったらいいよね」という
当事者不在の、実現性のない、机上の空論に
なってしまう。

実現性という意味では、大学生×(かける)という
フレームワークをやっても面白いかなと思った。

僕の収穫は、
「過去」というリアルが大切なんだ、と確認できた。

人は「過去」に共感するんだな。
よくいう、企業にも「物語」が必要だというのはそういうことなのかもしれない。

ツルハシブックスの店員サムライ合宿も
スタートは「過去」だ。
「心を開く」「共感」フェーズを経て、
未来を考え、現在と未来のギャップをプランに落としていく。
それかもしれない。

「過去」からスタートする。
自分たちの「過去」とまちの「過去」。

そこから未来を見ている人、作っている人の
活動しているプレイヤーたちの声を聴く。
それはたぶん「未来」への材料だ。

そこから未来をイメージする。
このときに大切なのは具体的な人を思い浮かべることだ。

その「人」を思い浮かべるためには、
おそらくはヒアリング時のリアルな声への共感が
必要になってくる。
何をやっているか、じゃなくてなぜやっているか?だ。
それを「過去」というのだけど。
そして自分自身の「過去」も未来の材料になる。

そうして描いた未来と現在とのギャップを埋める
「プラン」を考える。
それなら、共感できるかもしれない。

僕の学びは、
「共感」とは「過去」なのだということ。

そして過去こそがモチベーションの源泉なのだ。
「昔はよかった」それもモチベーションの源泉になる、ということだ。

もう一度やりたい。
また考えようっと。  

Posted by ニシダタクジ at 07:50Comments(0)学び

2016年09月16日

ラスト・サムライ

PBL2日目。
最初と最後
スタッフ打ち合わせと振り返りやったほうがいいな、と。

まずは市内巡見から。
大型ショッピングセンターの視察。
平日なので人は少なく、降りる必要は特になかった。

子育て応援施設+起業支援
を行っている場所へ。
ここでは、なかなか面白い気づきが。

他地域から嫁に来た奥さんが
結婚・出産後の孤独をなんとかするために
開所された子育てサロン。

そこに集まってくる人たちが
起業というか個人事業主になっていくのを
支援するというもの。

「ノマド」ってもしかしたら
子育て中でも働きたいお母さんの
ための言葉なのかもしれない。

実家に帰っていても、
夜中に子どもに起こされて、
眠れなくなった夜でも、
PCとネット環境さえあれば、仕事ができる。
そんな人のための「ノマド」なのかもしれない、と。

「子育て」がコミュニケーション・ツールとなって、
人と人をつなぎ、仕事が生まれる。
そんな場所に可能性を感じた。

次に行ったのが、
40年前の新興住宅地、
つまり、すっかり高齢化してしまったまちにある
ひとつのお店。

40年前のニュータウンに高齢者だけが取り残され、
最後のスーパーだった生協店舗が閉店することになった。

平成17年、いまから11年前の話だ。
閉店説明会で、住民たちは言った。

「ここがなくなったら生きていけない。」
「どこで食べる物を買えばいいんだ」

まだ、「買い物難民」という言葉が一般的でなかった時代。
500m先の国道沿いにはスーパーもあるのだが、
そこまで歩いて、帰りに荷物を持って帰ってくるのはしんどい。
「買い物難民」が歩くのは500m(往復)が限界だという。

そこで立ち上がったのがいまの理事長だった。
まずは、週に1度の市を開催。
1年半後にお店を復活させる。

コンセプトは
1 「食」を大切にする。
2 ふれあい生きがい支えあい
3 地域産業支援
だ。

これは住民アンケートで、
「とにかく食べるものを売ってほしい」というのと
「ともだちといける場所がほしい」というのと
「ともだちがほしい」

が多かったところからきているのだそうだ。

現在は手作り惣菜を含む食品の販売、
レンタルボックスなどの運営、
介護予防教室や健康麻雀などの定期的な活動、
市民交流市のようなイベント、
伝統行事(もちつき、節分)などを行っている。
また、災害時などへの備えも行っている。

この話を後ろで聞いて、熱くなっていた。

「ラスト・サムライ」
の渡辺謙を思い出していた。

まちが寂れ、若者がいなくなった。
そしてスーパーがいなくなった。
そんななかで立ち上がったサムライたち。

サムライたちはそこに、
スーパーを超える、コンビニを凌ぐ「何か」
をつくりあげた。

「ザ・ラスト・コンビニ」
ともいうべき風景が広がっていた。

スタッフであるお年寄りたちは有償ボランティア。
時給換算すると240円程度だという。
でも、みんなが生き生きと輝いていた。

「価値」とは何か?
問いかけられた。
とそんな盛りだくさんな午前中。

個人振り返りだけだったので、ちょっと消化不良か。
グループシェアができる時間がほしかった。
最初の15分の散策が不要か。
あと地図を渡しておくほうがいいね。

あとはバスの配置も
グループごとにして、口頭ベースでも振り返ったほうがよかったかな。

そして午後。
まちづくりのプレイヤーたちへのインタビュー

こちらは、
・司会を学生がやって、趣旨説明をする。
・15分話を聞き、15分はインタビューだと伝える

前日のインタビューシートが
あまり役に立っていなかったように見える
⇒前日のワーク時間は多くは不要かも

その後、個人振り返り(ワークシート記入)
そしてワークショップへ。

1 1対1インタビューで付箋に出す
2 付箋の発表
3 付箋を眺める(無言⇒対話)

・付箋の発表をしながら出していったほうがよかった。
・感性の発動をもっと大事にするような雰囲気づくり
・重要度が高そうな(心動かされた)付箋から出していく

そして、この中から「キラリと光る付箋」を見つけ、
そこから次のワークへ。

1 真ん中に「キラリ付箋」を貼る
2 そこから他の付箋を関連付けていく
3 関連付けた付箋を「原因」「結果」などで線でつなぐ

・付箋を全部生かそうとすると混乱してくる。
⇒周りに置いておく(捨てる)勇気
・真ん中に置いたのが具体的でない抽象的な
「まちに集まる人を増やす」などだと、議論が堂々巡りする。
・付箋の貼り方なども放射状にするなどの工夫が可能

具体的なお客像を軸として
つかんだグループは、話が進んでいたが、
そこが明確ではないグループはいつまでも
議論がぐるぐるしていた。

さあ、3日目。
ここからどうプランに持っていくか。  

Posted by ニシダタクジ at 06:55Comments(0)学び

2016年09月15日

自分のためのまちづくり

5学部混合地域PBL1日目。
5学部それぞれ1名以上ちゃんと参加している。
それはとりあえず成果。

ひたちなかまちづくり株式会社を舞台に3日間行われる。

まずは小野社長(写真館元店主)の講演
・仕事づくりが重要
・東京が考えるまちづくりは通用しない(市場規模が違う)
・利便性を求めても来てくれない。
・人間関係を深めていけるまちづくり。
・教育を受けた人ほど仕事がない
・「まちづくり」=「働く場所づくり」=「仕事づくり」が重要

なるほど。
そうだろうなあ。仕事づくり、大事だ。
仕事があるから移住するわけではないけど。

つづいて、小池さん(仕立て屋さん)
・アーケード=横のデパートとしての商店街
・歩行者天国で人があふれた
・昨年からタマリバというマーケットを開始
・「顔が見えない」という理由で2002年アーケードを外す。
・商売=人が「付加価値」をつけて売る。

それそれ。
僕が「商店街はなぜ滅びるのか?」で読んだ
世界がそこにあった。
モノからヒト、コトへ。っていうのもよかった。

そして、おそらく一番アツかったのが、オセアの藤田さんだった。
竹中工務店を退職して、地元に帰ってきた。

こちらの講義が熱かった。

・「都会」よりも「地方」が上回っていることがある
・「将来の夢は決まっていますか?」は過去の質問。
・〇〇(職業)になれば安泰⇒終身雇用は崩壊している。
・「どう生きるのか?」が問われている。

・したい「生き方」と「将来の夢」が矛盾してないか?
・「地方」のほうが「生き方」を実現できる
・子育てママの可能性⇒人口推移・学生資源⇒まちへのインパクト大
・子育てママが活動するようになるとまちがかわる

とインプット
午後からはまちを歩く。
感じたことを出す。

そして14時40分から僕の担当
ワークショップへの導入。

今回はA3のシートに
感じたことをみんなで書いていくという
ところからスタート。

それを見つめて、
いちばん心に残ったものをしるしをつけたり、さらに書き出す。
その後、ワークショップとは?の説明
今回はワークショップという語源について考えてみた。

「かかわり方のまなび方」での
高田さんの定義を使わせてもらった。
「いまなぜワークショップか」(16.8.31)
http://hero.niiblo.jp/e481697.html

これを紙芝居プレゼンテーションで。

ワークショップ(工房)とファクトリー(工場)
の対比をやった。

ファクトリーは、何をつくるか決まっていて、量産する
ワークショップは、何をつくるかが決まっておらず、量産しない。
ファクトリーは、失敗は絶対に防がなきゃいけないが
ワークショップは、失敗は新しいものを生むためにむしろ歓迎するものだ
ファクトリーは組織がピラミッド型でしっかりしているが
ワークショップはひとりひとりの個性を生かすことだ

だから、ワークショップだ、という説明。

いや、前提条件で、
いまなぜワークショップか?
っていう話をもう少しすればよかったかな、

それともこの話のあとで、
少しグループワークをはさめばよかったかな。
そもそも「工場」と「工房」
の違いっていうのをグループワークしてもらう、っていうのもあるな、とか、
いろいろ振り返り。

そもそも導入の時に、
小野さんや小池さんの話を引用して
時代の変化を語ることが必要だったな、と。
いやあ、もう1回やらせてほしい。(笑)(泣)

そのくらい、やっぱりライブだね、ワークショップは。
問われているのは、試されているのはこちらだから、
ドキドキする。

1日目を振り返って
一番驚いたのは、
「A3用紙を使って書き出してください」
って言ったら、
左上から箇条書きにしていくこと。

ああ!
その手があったか。と。

A3の白い紙を渡されたら、
マインドマップ的に適当に書いていくことが
当たり前だと思っていたのでビックリしました。
でもふつう、左上から書きますよね。

真ん中にAとか、Bとか、
あるいは単に丸を書くとかすれば、
放射状に書いてくれたのかも、と思ってちょっと反省。

アイデアをつなげる、
という意味では箇条書きよりはいいかなと思っているけど。

あとの課題は、
課題を容易に設定して、すぐに解決策を考えてしまうこと。

店の中が暗く感じる⇒明るくして
商店街かどうかわからない⇒看板つけて

ここをどう深めていけるかが2日目の課題。

いちばんの収穫は、
藤田さんの講演のあとのコメントで学生が

「これまで、まちづくりを「誰かのために」と思っていた。
お年寄りだったり、子育てママだったり、
でも、自分のためのまちづくりという視点もあるなのだなと感じた。

それそれ!!って
それこそが自らをまちづくりの当事者にするよね。

ほかにも、
小野社長の話を聞いて、
「買い物とかショッピングセンターとか、いままで自分が考えていたものが
逆にまちを衰退させていたのだと気付いた」

などなど。
フィールドワーク(課外活動)の価値ってやっぱり
そこだよね、と。

いままで築いてきた価値観がゆさぶられる瞬間。
そんな瞬間をいっぱい作っていくことだろうなと。

2日目。
学んでいるのは、こちらなのかもしれません。

いや、そもそも「ワークショップ」とは
そのような場のことを意味するのですよね。

共に学ぶ。
それです。  

Posted by ニシダタクジ at 08:21Comments(0)学び

2016年09月10日

コンセプトと活動をつなぐもの、そしてつなぎ方

「同じ船に乗る」
言葉でいうのは簡単だけど、

プロジェクトにおいて、
それはなかなか難しいのかもしれない。

「ミーティングに人が集まらない」
「アイデアはいっぱいあるけど、何からやったらいいか分からない」

そういう悩みを抱えている
団体、あるいは団体リーダーは多い。

その大きな要因は、
「コンセプト」と「具体的活動」
をつなぐ「何か」がないのだろう。

たとえば、
「人と人をつなぐカフェをやる」というコンセプト

で具体的活動は
・カフェイベントを開催する
だったり、
・地域の人を取材したフリーペーパーを発行する
だったりするのだけど、

それらのひとつひとつの活動は
たしかに「人と人をつなぐ」というところにつながっているのだけど、
それらの成果を測ることは難しい。

大切になってくるのは
「コンセプト」と具体的活動をつなぐもの、

ツルハシブックスで言えば、
「誰に」「何を」提供するのか。

つまり、ドラッカーの5つの質問のうちの2つ
「顧客は誰か?」
「顧客にとっての価値は何か?」
という質問に答えることである。

中学生高校生に、第三の居場所を提供する。
具体的には、学校にも家にも居場所がないと思っている
中学生がツルハシブックスに来ることで落ち着いていられる場所をつくる。

そこくらいまでコンセプトが「誰に」「何を」まで
分解されていると、
イベントをやったときでも「成果」が見えるし、

イベントのアイデアも取捨選択できる。
顧客をもっとも幸せにするイベントを打つことが大切だからだ。
そうすると振り返りの質があがってくる。

「誰に」「何を」の視点から振り返れば、
参加しなかったメンバーにも、共有できる。

スタッフの小さなエピソードから、
「ああ、このイベントは成功だったんだ」と思えるようになる。

そうやって1つ1つのイベントがどのくらい成功したのか、
その指標が得られる。

きっと、非営利のプロジェクトにとって
この「同じ船に乗る」というプロセスが大切なのだろうと思う。

ツルハシブックスのサムライ合宿は、
「同じ船に乗る」ためのプロセスである。

まず
1 「心を開く」「共感」フェーズ
モチベーショングラフ、それにもとづく1対1トーク
それぞれの過去をオープンにし、心を開く。

2 「未来」「シナリオ」フェーズ
未来日記ワークショップ、発表
理想の未来を出して、共感する。

3 「現状」「不満」フェーズ
いま、メンバーが抱えている課題、
感じていることを共有する
リーダーもひとりのメンバーとして話す

4 「誰に」「何を」フェーズ
1,2,3を踏まえてチームとして
「誰に」「何を」提供するのか言葉にする。

5 「具体的行動」フェーズ
1,2,3を踏まえて、これからの
具体的行動計画を立てる。

大切なのは、1つの時間・空間で(場所を移動してもよい)
1,2,3,4を一気にやること。

5は活動拠点に帰ってからでもできる。

おそらくはこれが
「同じ船に乗る」ためのプロセスなのだろうと思う。

こういうワークショップの体系を
もうすこし考えて、実践して、
学生発の非営利プロジェクトの精度をあげようと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 06:55Comments(0)学び

2016年09月07日

手紙のような本棚をつくる

2016年1月3日。
僕は新年最初の1冊を
東京・千駄木の往来堂書店で購入した。
「誰もいない場所を探している」(庄野雄治 ミルブックス)
だった。素敵な言葉遣いに魅了された。

新刊書店ツルハシブックスを始めてから、
本屋特集の雑誌を買っては、
本屋めぐりの旅をするようになった。

自分も新刊書店なのだから、
トーハンに注文すれば、ツルハシブックスに
数日後、数週間後には入荷される。

それは分かっているのだけど、
「買ってしまう」店がある。

東京では、圧倒的に「往来堂書店」だ。
なぜか、買ってしまう。
そこに「一期一会」があるような気がする。

今日、その理由がわかった。


「本屋会議」(本屋図鑑編集部編 夏葉社)

の第5部「本屋原論」

往来堂の笈入さんが、

本屋とは何か?
本屋の果たすべき役割とは何か?
について書かれた渾身のエッセイ。

シビれた。
揺さぶられた。

今から11年前、
2005年夏の玉川大学教育学部のスクーリングで受けた
「教育の原理」の講義を思い出した。

~~~以下に少し引用する

すぐに役立つ本といつか役に立つかもしれない本

いつか役に立つかもしれない本は、じっくり読んでみなければ、
どんな問題に答えてくれるのかさえわからない。
また読んだ人によって、得る答えも異なることだろう。

産業としての日本の出版は、
1990年代後半に売り上げのピークを迎えた。
その後は減少を続けているが、私はその原因の一つは、
「すぐに役立つ本」の成長が限界に達したからだと思う。

まじめな日本人は、
とにかく昨日よりは今日、先月より今月、昨年より今年の
商売が少しでも大きくなるように一生懸命努力してきたが、
いまや勤勉さだけでは生産を拡大していくことはできない。

利益を生まない、つまり商品として価値がないものは、
資本主義の立場から見ると無価値である。
しかしそれらは図書館に行けば基本的に無料で読める。

100年前も、もしかしたら1000年前も、同じ問題を考えていた
人間の知の営みは少しずつ蓄積されながら、
本という形で人類の共有財産としてそこにあり続け、万人に向けて開かれている。

つまり根源的には本の価値と商品としての価値は関係がない。
というより商品としての価値は本の価値のごく一部分と言えるだろう。
したがって資本主義的な方法でのみ本を取り扱おうとすると、どうしても無理が生じる。

本は共有財産として無料で読む方法が用意されているが、
一方で本を書くには時間も労力もエネルギーもいるし、お金もかかる。
新しい本の値段というのは、その共有財産を
少しずつ積み重ねて発展させていくための寄付のようなものではないのか。

そして本屋は本の文化を維持し、
本を再生産するための寄付を受け付けるところとは言えないだろうか。

人々が本屋でお金を出して本を買い、
それがまた別の本を生み出すことにつながり、
その積み重ねが人間の共有財産として万人に開かれる。
一部の人しか経済的負担をしないのは不公平とも思えるが、
寄付とはそもそもできる人ができる範囲で行えば良いものだ。

その場所に足を踏み入れたとき、
その文化の一翼を自分も担えてうれしいと感じられる場所であること。
それが本屋の目指すべき理想であろう。

本屋はよく売れる本を愛してはいけないのである。
愛した本を、よく売らなければならない。つまり順序が逆なのだ。

新刊本はどこで買っても同じ値段、同じ品質である。
そして現代は人々の生活に情報の検索が浸透し、
多くの人がインターネット上にある膨大な商品群のなかから注文して本を買う。

そのような時代においてもある特定の店で買う理由がもしあるのなら、
それこそが人々がこれからの本屋に求めていることだし、
本屋がこの先も果たしていくべき役割と言えそうである。

想像力を駆使して生活者である読者の見ている世界を考えてみることだ。
その人には世界はどのように見えているのか。
何を重要と考え、どんなことに関心を持っているのか。やりたいことは何なのか。

それらを想像することは、身近にいる大切な人に
何を手渡したら喜んでもらえるのか考えることと同じだ。

その人に世間で売れているものを渡せば大喜びするだろうか。
反対に見かけることのまれな珍しいものを渡せばいいのか。どちらも違うだろう。

たとえば何も知らない子どもはそもそも検索窓に入力する言葉を持っていない。
したがっていくらインターネットが使えても本を探すことはできない。

そもそも子どもは知りたいことがはっきりしていない。
ゴールがはっきりしないとき、検索は対して力を発揮しないように思える。

だから目的のまだはっきりしない子どもには、
文化を見わたし世界に誘う力を持つ本棚、
それがたくさん並んだ本屋という空間を日常的に味わってほしい。
一冊の本との出会いも喜ばしいし、その一冊の背後に
大きな世界が広がっていることを感じ取ることができると思うからだ。

目的がはっきりしていないのは、何も子どもに限った話ではない。

大人もはっきりとした目的を持たずに本屋へやってくる。
むしろ、これからの本屋にとって目的のはっきりしない読者が
一番重要な顧客になってくるはずである。
なぜなら、目的の本が決まっている読者は
インターネット上の書店や巨大な書店で買うことが多くなるからだ。

目的の本がはっきりと決まっていない読者に対して、
どのように本を見せるか。それが今まで述べた知識の体系や、
ある本屋が見た世界観を表現した本棚である。

それぞれの世界認識の方法の数だけ、
異なる本屋が現れてしかるべきである。

私たちはその間を自由に行き来できる自由を持っているはずなのである。
人々はいくつも本屋を持つことができる。
昨日行った本屋とまた違う本屋を今日はまた覗いてみればいい。

~~~ここまで引用

って。引用しすぎかも。著作権大丈夫かと思うくらいだわ。

この本、買うべきですよ。
「本屋」という文化を残したいとあなたが思うなら、
絶対に買うべき1冊。

僕は本屋でよかったと、心から思った。
世界観を表現した手紙のような本屋さんをつくりたいと。
もちろんそれはツルハシブックスやハックツのことなのだけども。

まだまだ、まだまだだよ、って。

一番衝撃を受けたのはココ。

「本は共有財産として無料で読む方法が用意されているが、
一方で本を書くには時間も労力もエネルギーもいるし、お金もかかる。
新しい本の値段というのは、その共有財産を
少しずつ積み重ねて発展させていくための寄付のようなものではないのか。

そして本屋は本の文化を維持し、
本を再生産するための寄付を受け付けるところとは言えないだろうか。

人々が本屋でお金を出して本を買い、
それがまた別の本を生み出すことにつながり、
その積み重ねが人間の共有財産として万人に開かれる。
一部の人しか経済的負担をしないのは不公平とも思えるが、
寄付とはそもそもできる人ができる範囲で行えば良いものだ。

その場所に足を踏み入れたとき、
その文化の一翼を自分も担えてうれしいと感じられる場所であること。
それが本屋の目指すべき理想であろう。」

本屋とは、そんな理想を持って歩んでいく道のこと
なのかもしれない。

だとしたら、やっぱり米屋本屋だなあと、
実感がじわじわくる。

夏葉社さん、本当に素敵な1冊をありがとうございました!  

Posted by ニシダタクジ at 08:17Comments(0)学び

2016年09月06日

「プロジェクト」という航海

「プロジェクト」とは?
なんだろうか。

プロジェクトマネジメントの世界標準と呼ばれる
PMBOK(Project Management Body of Knowledge)
によれば、

「プロジェクトとは、独自のプロダクト、サービス、
所産を創造するために実施される有期性の業務である。」

なるほど。
「独自」なものを「創造」するための「有期性」の仕事のこと。

そして、そのフェーズ(段階)は4つに分かれるそうだ。

1 定義フェーズ
2 計画フェーズ
3 実行フェーズ
4 終結フェーズ

なるほど。
昨日の話と関連していけば、

1 定義フェーズで
プロジェクトにとって成功とは何か?
を話し合うということ。

プロジェクトが1つの航海だとしたら、
目的地(ゴール)を決め、コンパス(価値観)を共有する
ということ。

その上で

2 計画フェーズ

に落とし込んでいく。
ここがきっちりとできれば、

あとは
3 実行フェーズ
は、計画を実行するだけだ。
もちろん、その都度に振り返り、マイナーチェンジは
必要になってくるのかもしれないが。

そして
4 終結フェーズ

ここでプロジェクトの成果を振り返り、
改善点を確認する。

このなかで一番大切なのは、
もちろん、1の定義フェーズであろう。

すべてのプロジェクトは、
(もちろんひとつのイベントであっても)
目的を明らかにすることから始めなければならない。

そしてすべての価値判断は、
その目的に合致するように、
選択されなければならない。

同じ船に乗る、ということ。
http://hero.niiblo.jp/e481577.html
(参考:20代の宿題16.8.25)

ここから始めなければならない。

ツルハシブックスの店員サムライ合宿の機能は
そこにある。

計画⇒実行
だけだと、なんのためにやっているのか、
わからなくなる。

その前にきっちりと定義する。
目的地とコンパスをメンバーと共有する。

ここから始めるしかないなあと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 06:17Comments(0)チーム

2016年09月05日

プロジェクトの成功とはなにか


9月3日4日。
僕は茨城にいた。
「国際岡倉天心シンポジウム」。


その裏で、9月3日、暗やみ本屋ハックツ@上石神井が1周年を迎えていた。

プロジェクトにとって、
「成功」とは、いったいなんだろうか?

経済プロジェクトであれば、
それは「売上」だろう。
もしくは、広告効果を狙ったものであれば「入場者数」かもしれない。

では、アートプロジェクトだとしたら、
あるいは、デザインプロジェクトだとしたら、
「成功」とはいったいなんだろうか?

暗やみ本屋ハックツは、
地域の大人から寄贈された本を
10代が暗やみで「ハックツ」するというもの。
1冊につき、100円をもらっている。

100円というのは目的ではなく、
なぜプレゼントではなくて売るのか、というのは、
100円で買ったほうが読む、と思うからであり、
また図書館よりも古本屋のほうがスタッフとの関係性を
築きやすいからであると思う。

人は、特に若者は、
キレイすぎる場所には、集まらない。
わかりやすさに魅力はない。

かすかにダークな匂いのする場所に、人は惹かれる。

だから、かつて子どもは駄菓子屋に集い、
若者は薄暗くタバコくさいカフェに集ったのではないか。

3日にハックツのイベントに出た参加者から、
「すごいイベントだった」とメッセージをもらった。

「参加者を楽しませる」、という観点では
このイベントは成功しているのだろう。
1日の売り上げは1000円前後であるが。

やっぱり、
ビジネスとデザインとアート。

このあいだにプロジェクトをつくっていくことなのではないか、
と僕は感じている。

暗やみ本屋ハックツは、
ビジネス要素は少ないけど、
100円で売る、ということで経済社会とのコミュニケーションを図る。

中高生に第3の居場所を届ける、
という意味では「課題解決」を目的とするデザインプロジェクトなのだろう。

そしてそれを、
20代の若者がチームを組んで、
イベントを考え、中高生とコミュニケーションを図る、
という意味では、アートプロジェクトなのだろうと思う。

アートプロジェクトにとって、
目的となるのは当然「美しさ」である。

だから、プロジェクトが、
もし、ビジネスとデザインとアートのあいだ、
にあるとしたら、

その成功の指標は、
さまざまな要素が組み合わさってくる。

ビジネスでは言えば、いくら売り上げたのか、であり
デザインの観点から言えば、
どのくらいの課題を解決したのか、である。

アートっていうのはちょっと難しいかもしれない。

そのイベントに出て、
「ああ、楽しかった。」と思う。
もっと大げさに言えば、
「生まれてきてよかった」と思える。
そんな瞬間を生み出せたら、そのプロジェクトは成功だろうと思う。

ここで重要なのが、
特にアートの観点からは
「他者評価」がすべてではないということ。

自分たちにとっての「成功」の定義があって、
それはやる前とあとで微妙に違っていて、

やったからこそ、「予想できなかったよかったこと」が生まれて、
やっぱりやってよかったと思える。

その積み重ねによって、
人は自らの価値観を形作っていくのだろうと思う。

このプロジェクトにとって、成功とはなんだろうか?
参加した自分にとって、成功とはなんだろうか?

そんな問いから始めてみる学びの場。

それが
アートとデザインとビジネスのあいだ、
なのかもしれない。

そのあいだに、
学びとコミュニケーションが詰まってる。  

Posted by ニシダタクジ at 07:30Comments(0)日記

2016年09月04日

岡倉天心という問い

岡倉天心とは、問いなんだと思う。



五浦コヒー。
サザコーヒー×茨城大学の新商品。
昨日の国際岡倉天心シンポジウムで
学生とブースを担当した。

岡倉天心がボストンと茨城・五浦を
往復していた当時のコーヒーを
文献などから調べ、
おそらくはこのようなコーヒーだろうと
再現したコーヒー。

先日のコーヒーセミナーで
豆の種類や浅煎り、深煎りの違い
などのレクチャーを受けて、
コーヒーの淹れ方を習い、昨日を迎えた。

この「飲んだであろう」
っていうのがいいんだよね。

茨城・五浦に日本と中国とインドの融合を
表現した「であろう」岡倉天心が
愛したコーヒーがもしあったとしたら、
それはこんなコーヒーだっただろう。

そう。
岡倉天心っていうのは、問いなんだ。

その問いとは、究極的には、
「あなたはどう生きるのか?」
という問いに行きつく。

美しさとは何か?
あり方とは?
そんな問いが突き刺さる。

ボストンと五浦で、
「美しさ」に向き合った
岡倉天心に思いを馳せるコーヒー。

味わうのは、
コーヒーではなく、問い、なのかもしれないね。  

Posted by ニシダタクジ at 06:17Comments(0)日記

2016年09月03日

「環境」としての本屋


「本屋会議」(本屋図鑑編集部編 夏葉社)

いまごろ、と言われそうですが、読み始めました。

やっぱり本屋さんって素敵な仕事だなあと。

「まちの本屋」と合わせて読むと
まちかどで小さな本屋をやりたくなる1冊です。

~~~ちょっと引用

でも、古くからあるいい本だけじゃ、本屋は続かないと思いますよ。
新刊が店に届いて、ダンボールを開けて、
ああ、本屋をやっていてよかったなあと思える本があって、
それで続けていけるんじゃないでしょうか。

そうしたいい本を選んで、育てて、あたらしいロングセラーをつくる。
それが本屋の役割だと思うんです。

絵本は教材じゃないんです。絵本でなにかを伝えるというのではなく、
絵本が、子どもと保育士のふれあいの時間をつくってくれているんです。

つまり、絵本は教材ではなく、環境ということなんです。

町の本屋さんには、需要をつくり出す力がある。
それがいまもむかしも変わらない、本屋さんの魅力であり、希望だろう。

本を核にした小売り。

本だけで商売することのほうが異質

本屋には他の小売にはない信頼があります。

~~~ここまでちょっと引用

いいなあ。
前半だけで、新刊書店をやっぱりやりたいなあと
思いました。

配達されてきた
トーハンのダンボールを開ける瞬間の喜びは、
やっぱり、たまらないものがあります。

新刊書店をもっとよく考えて、再構築しようと思います。  

Posted by ニシダタクジ at 08:23Comments(0)

2016年09月02日

過去を編集すると未来が見えてくる、気がする(笑)

本屋と米屋とお菓子屋と農業と福祉と。

それらがきっと一体になっていく。
未来がその先にある、と思う。

そしてそれは、
まきどき村から始まる旅の
一つの通過点なのかもしれない。

スティーブジョブズが言うように、
「未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、
君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。
だからこそバラバラの点であっても将来それが
何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。」

それは逆に言えば、
もし、過去の点がすべてつながってくるとしたら。

という仮説を
つくることができるのかもしれない。

「まきどき村」で畑を中心にしたコミュニティをつくった.
「人生最高の朝ごはん」という豊かさの表現をした。

「虹のおと」では、中越地震を経て、
高齢者と子どもの遊びを通じた交流の場を大学生と共につくった。

「ヒーローズファーム」では、「起業家留学」とネーミングした
地域企業の可能性と大学生の可能性を
長期インターンシップを通じて開花させる機会をつくった。

「ツルハシブックス」は、本屋を中心とした
「偶然」という「機会提供」と、屋台を活用した小商いという
小さな挑戦の舞台をつくった。

そして、ツルハシブックスの裏でやっていたこと。

それは「若者支援」というジャンル。
いわゆるひきこもりやニートといった若者の社会的自立、を
サポートするというもの。

そしてもうひとつ。
福祉系の大学でのインターンシッププログラムの開発と地域連携。

この2つを経て、
「日本でいちばん大切にしたい会社」の本を読んで、
若者が「働けない」のは、若者のせいではなくて、
構造的な課題であると直感した。

http://hero.niiblo.jp/e227384.html
(参考:世の中のキャパシティ 2013年1月12日「20代の宿題」)

そのタイミングで、長野・小布施の「くりのみ園」に出会う。
http://kurinomien.com/

「ほんものの福祉と農業を目指して」
http://kurinomien.com/about/
のところの思想に、胸が熱くなる。


訪問した際の写真。

このとき、島津理事長は、
「本気で農業をやる若者だけに来てほしい」と言っていた。

新しい福祉のカタチであると同時に、
新しい農業のカタチであると思った。

そんな時に、木更津の筒井くんにも再会して、
彼は社会福祉法人でお菓子を作っていることを知った。
http://hana-work.net/about.html

過去を全部総合してくると、
(これを編集するのは自分なのだけど)

未来が見えてくる。
たぶんそれは、
本屋と米屋とお菓子屋と農業と福祉
が一体化している。

そんな空間だ。
そこに「豊かさ」があるし、「未来」がある。

うんうん。
たぶんそうだ。
自信ないけど。(笑)

過去を編集して、未来を創ろう。  

Posted by ニシダタクジ at 06:32Comments(0)日記

2016年09月01日

好きじゃなきゃダメなんですよ



「イチロー×矢沢永吉 英雄の哲学」(ぴあ)

武蔵新城のブックオフで200円。
10年前の本に、こうやって200円で
出会わせてくれるので、
ブックオフも悪くないなと思う。

熱い本だった。

まずは矢沢永吉

あのね、たしかに実現しました。
現実に、50歳のバースデーの日に、
万単位のスタジアムでアイラブユーOK、歌えました。

でもそれは、30代のときから、
俺、50歳までやるからヨロシク、
って言い続けてきたからとか、そんなことじゃないんですよ。

結局、イチローさんもそうだし、俺もそうだけど、
絶対いまを楽しんでやるんだ、
やるべきことがあるからうれしいんだっていう人は、
理屈なんてないんだよ。ただやってんだよ。ひたすらやってんですよ。

そしてイチロー

こころのどこかに子どもみたいな気持ちがないとだめだと思うんですよ。
もちろん職業意識がないとプロとしてまずいと思うんです。
でも、子どもたちが、そんなに上手じゃなくても、
どうしてあんなに楽しそうに野球をするのか?

それはまず、楽しいと思っているからなんですよね。
なにより野球が好きだからなんですよね。
でもプロ野球の選手になると、いつしか野球が好きじゃなくなる。

「こういうとき、どうだったんですか?」
と聞かれることは面倒だ。
もしそこで説明できるとしたら、
「それは、野球が好きだから」っていう。

いつまでも子どものような気持ちで
野球に向かっていけたら、サイコーですね。

ラスト

好き、好きでいたい。それなんだよね。
好きでいたいんですよ。好きじゃなきゃ、ダメなんですよ。
好きじゃなきゃ、なんなんですか。

仕事?
そらぁ、たしかに仕事なんだけど、
仕事だけじゃダメなんですよ。

やっぱり仕事という前にまず好きでないとね、
その気持ちがあって、「仕事、好きなんだよね」
って言うからハマるんじゃないですかね。

・・・
まあこんな感じ。
40分くらいで読み終わる薄い一冊。

だけど、胸には
熱くてさわやかな風が吹き抜ける。

夢とか目標とか、
がんばれば実現するとか、
そういうのじゃなくて、
目の前のライブを大切にしていくこと。

まずは好きになること。
そこからしか始まらないなあと改めて
実感した1冊になりました。

素敵な1冊を
ありがとうございます。  

Posted by ニシダタクジ at 06:17Comments(0)

2016年08月31日

いまなぜ、「ワークショップ」か

いまなぜ、「ワークショップ」なのか。


(かかわり方のまなび方 西村佳哲 筑摩書房 ※ちくま文庫からも発売されました)

この本を読みなおす。

当たり前のように使っている
「ワークショップ」とは、そもそも何か。

英語で「ワークショップ」とは、
工房・作業所のこと、つまりハード(建物)のことだった。

しかしわれわれは今日、イベントや会議などの
ソフトな意味として使っている。

「ワークショップ」が拡大解釈的に使われてきたのは、
1900年代のはじめ、T型フォードが世界を席巻し始めた頃であるという。

つまり、
「ファクトリー(工場)ではなく」
というニュアンスが含まれているというのだ。

~~~ここから引用

ファクトリー(工場)の特性は、
「何をつくるか?」があらかじめ決まっている点にある。
そしてそれを効率よく、高精度に、間違いなく生産するための
ラインが設計され稼働する。

一方ワークショップ(工房)では、
「何をつくるか?」はあらかじめ決まっていない。
少なくとも設計図のたぐいはない。
そこには素材があり、道具があり、
「少しでもいいものをつくりたい」意欲を持つ職工が集まって、
互いに影響を与えながら働く。

そしてつくり出すべき「なにか」が、その場で模索されていく。

ファクトリーは量産するが、ワークショップは量産のための空間ではない。
また前者において、失敗はあってはならないもので決して望まれないが、
後者(ワークショップ)では、失敗はむしろ重要な手がかりで、
いい失敗を積極的に得るべく試作が重ねられる。

ファクトリー(工場)は、
システムを所有し管理する側が大きな影響力と権限を
持つ社会を象徴している。
その発展は、素人より専門家が、
生活者より消費財を供給する側が
よりパワフルな社会の深化であった。

一方、ワークショップ(工房)では、
一人ひとりの個人が中心で、権限も分散している。

このようにファクトリーという対立概念を置くと
ワークショップという言葉に込められてきた願いの内実が
少し見えやすくなる。

~~~ここまで引用

わーって。
なるほどーーーって。
これは素敵な一節。

そうそう。
ワークショップは
・あらかじめアウトプットが決まっていない。
・失敗(試作)が歓迎される
・トップに立つ人ではなく、一人ひとりが重要

そうそう。
そうやって「場のチカラ」を高めた
ワークショップの中から「未来」が始まっていくと
僕は思っている。

これは「まちづくり」「地域づくり」の現場、
つまりソフトのワークショップでも同じだ。

そしてまさしく、
地域における若者(たとえば大学生)の
役割はここにある。

あらかじめアプトプットの決まっていないものを
場のチカラを通じて試作し、
実際やってみてふりかえること。

それってプロジェクトだけじゃなくて、
人生そのものなのではないかなあと。  

Posted by ニシダタクジ at 06:31Comments(0)アイデア

2016年08月30日

ハックツ×小商い

「ハックツ×小商い」

たぶん、これが次のステージ
のような気がする。

ツルハシブックスで
実験していた屋台は
きっとそのための布石だ。

ハックツで人と人をつなぎ、
小商いでアウトプットする人を増やす。

そのお客の、
一番手は中学生高校生だ。

中学生高校生と
大学生20代社会人、
そして30代以上の社会人という

3層構造をつくりながら、
すべての層の人にとっての
「学びの場」を生み出すということ。

「魅力的なまち」「住みたいまち」
っていうのはそうやって生み出していけるのではないか。

意外に木沢とかとも一緒にできることがあるのではないかと思った。

これから始まる展開が楽しみになってきた。  

Posted by ニシダタクジ at 08:09Comments(0)日記

2016年08月29日

「ビジネス」と「地域づくり」のあいだ


百姓百貨店インターンシップ2週目。


(写真は1週前の朝日)

今回は川口のラーメンの名店「つり吉」からの
ワークショップ。

今年2月の立命館大学での
上田信行さんのワークショップに出てから、
ワークショップスタイルを変更し、
「自分が雰囲気をつくる」系にシフトした。
いわゆる「前に出る」ファシリテート。かな?

これが
進行中のプロジェクトのワークショップとしては、
かなり有効なのではないかということを感じている。

今年5月にやったツルハシブックスのサムライ合宿でも
手ごたえがあったし、先週の1泊2日の木沢合宿でも
「楽しかった」という感想をもらった。

昨日も、最終報告会を
地域の人を巻き込んだ寸劇にする、などの
アイデアが出た。

百姓百貨店インターンシップ(4週間)は、
いろんな場所で応用できるのではないかと思った。

ゴール:
地域資源を活用した月3万円ビジネスアイデアを100個出して、
そのうちいくつかを実際にやってみる。

1週目:まずはビジネスアイデア(資源含む)を100個出す。
ポイント:たとえば、みたいな例示をいくつか出す。

今年は6日目時点ですでに100個のアイデアが出ていた。
それを具体的にする1泊2日合宿。

「顧客はだれか?」
「顧客にとっての価値は何か?」
を軸にアイデアをビジネスに落とし込む。

2週目:具体的にカタチにしていく。
集落とコミュニケーションを重ねながら、ビジネスをカタチにしていく。

ここで、
「もやもや」が発生する。
顧客像が具体的に浮かばない。

集落のじいちゃんばあちゃんこそが
顧客じゃないのか?

そしてもうひとつ。
「のもーれ長岡」という交流会に行って、問われたとき。

そのゴールはどこか?
成果は何か?
インターンシップの期間が終わった後はどうなるのか?

うんうん。
ビジネスだとそこ、問われるところだね。
それに明確に答えられない自分に気づく。

もういちど、プロジェクトを見つめなおす。
俯瞰してみる。

なんのためにやっているのか?
ゴールはどこなのか?
明確じゃないなあって思う。

でもね。
先週書いたけど、

「ゴールが明確じゃない」からこそ、
このプロジェクトに応募したはずなんだよね。

「百姓百貨店」と「白い箱」(ナリワイボックス)
というわけがわからない何かに魅力を感じて、
いま木沢にいるわけ。

そこ。
新しい何か。

今回、ワークショップをやってみて、
「新しい何か」って
別に何かを発明するわけじゃないのかも、
って思った。

「ビジネス」と「地域づくり」のあいだ

そこを探る「社会実験」なのだなあと。

ビジネスの価値観と地域づくりの価値観は
少し異なる。

ビジネスはなんといっても「結果がすべて」「数字がすべて」だ
「わかりやすさ」に価値がある。

地域づくりのゴールは地域の数だけ多様だし、
それは地域の方との対話の先にしか見えてこない。

それをつなぐ「社会実験」。
「社会実験」は、必ず終わる。
成功を目的としていない。
実験・検証を目的としている。

うまくいっているのなら、続ければいいし、
うまくいかなければ、やめればいい。
まわしよみ新聞の陸奥さんから教えてもらったエッセンスだ。

地域からすれば、「社会実験」をローコストで行う、
これが「田舎インターン」ということになるのだろう。

そして、大学生にとっては、
「価値とは何か?」という圧倒的な問いの中に放り込まれること。

ビジネスにして、売れることももちろん価値なのだけど、
そうじゃない価値があるのではないか、と。
自分たちはどこに向かっていのか?
と「もやもや」すること。

そしてその「もやもや」を共有すること、言語化すること。
それが2週目なのかもしれないと思った。

昨日の結論は、
お客さん目線だけではなくて、
商品づくりのプロセスを集落のみんなと
一緒に楽しむこと。

お客さんの課題だけではなく、
地域の課題も同時に解決すること。
地域の人たちも一緒にワクワクできる商品をつくること。
やればやるほど、地域の人と仲良くなれること。

そんな商品をひとつでもつくれたら、
「百姓百貨店」はだんだんとカタチになっていくのだろうと思う。

僕としては、地域の、特に中山間地の現場で、
「百姓百貨店プログラム」そのものが売れるような気がする。

「ビジネス」と「地域づくり」のあいだに、
「新しい何か」をつくっていこう。
自分の「在り方」を問いかけながら。  

Posted by ニシダタクジ at 07:32Comments(0)学び

2016年08月28日

ツルハシブックスさよなら



本日8月28日付朝日新聞の新潟版
に永田さんの書いた記事が出ている。

ツルハシブックスさよなら。

タイトルを見たら、
胸が締めつけられた。

なくなっちゃうんだ、ツルハシブックス。

って。
たくさんの人たちに支えられた場所。

中高生の居場所。
自然体でいられる場所。

たくさんの人がここに集まり、語り、
旅立っていった。

今回の閉店に際して、
サムライたちからのメッセージが
掲載されているが、

実は、何度もツルハシブックスは閉店の危機を
迎えて、そのたびに話し合っていた。

「ツルハシブックスという場所が無くなることを恐れるべきではない。」
これが結論だった。

ひとりひとりがツルハシブックスであり、
どの場所もツルハシブックスになる。
「劇団員」と名付けられた制度はその布石だ。

「劇団員」とは、
目の前の空間をツルハシブックスに
変えられる人のこと。

スターバックスの岩田さんの本を読んで、
「スターバックスはコーヒーを売っているのではない」
に衝撃を受けて、

「ツルハシブックスは何を売っているのか?」
という問いに半年間向き合って、

ツルハシブックスが売っているのは「偶然」だし、
それを提供する本屋は「劇場」だと思った。

だとすれば、
ツルハシブックスが閉店することとはなんだろうか?

そんな問いを、あと2か月、サムライと劇団員とお客さんと
考えていきたい。  

Posted by ニシダタクジ at 07:25Comments(0)日記