プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2019年01月16日

「本屋のある暮らし」と「住みたくなる街」



昨年8月、川崎市中原区JR武蔵新城駅前に
「Book & Cafe stand shinjo gekijo」がオープンした。


オーナーの石井さんと2016年の秋に知り合い、
2017年に実験的な店舗「新城劇場」を経て、
2018年8月にブックカフェとしてオープン。


棚には雑貨と本
(この写真はオープン前の写真なので、まだ棚が埋まっていない)


ジェラートとクレープとドリンクを提供している。


地元・川崎産野菜を使ったジェラートを販売。塩トマトが美味。

目指しているところは、
「住みたくなる街」川崎市中原区新城をつくる、ということだ。

現代美術家としては、すべてのプロジェクトで
「問い」を投げかけなければならない。

この「shinjo gekijo」プロジェクトが発する問いは、
「会社まで一本で行ける(もしくは乗り換え1回)」
みたいな価値観で、住む場所を決めて本当にいいのか?
という問いである。

「武蔵新城」は、「どこでも一本で行ける」
(東横線、横須賀線、湘南新宿ラインが交差していて、
渋谷、新宿、新橋、東京まで20分前後で行ける)
「武蔵小杉」から南武線で2駅離れていて、
どこにも一本でもいけない。(川崎と立川はいける)

南武線で「武蔵小杉」か「武蔵溝の口」か「登戸」
あたりに出て、乗り換えるしかない。
※ しかも、朝のラッシュ時の南武線の混雑は想像を絶するので
その時間に行きたい場合は自転車やバスでの移動も検討に値する。

しかし。
武蔵新城のまちには魅力がある。
特に食べ歩きには持ってこいのまちだ。

僕のお気に入りは
・ラーメンパンがかわいいパン屋「ミュールミュラン」
・タンワンメンとホスピタリティに驚く中華「自慢亭」
・ハンバーグとモーニングがすごい昭和喫茶「ヴィ」
・むしょうにトマト担担麺を食べたくなる「新之助」
・アイモール商店街の奥にある魚屋(名前覚えてない)
・もつ焼を枡にいれた日本酒と頂く「かとりや」
などなど、通いたい店ばかりだ。(食べ物やさんばかり)







写真は上の3店舗のみ。

こういうお店に出会えると、住みたくなるまちになる。
もちろん、住んでみてから、まちを歩いて、そういう店を
発見する喜びもあるだろうと思う。

しかし、なんといっても、一番大事なのは、
いい本屋があることではないだろうか。
あるいは、素敵なカフェがあること、ではないだろうか。

だから、たとえば、ブックカフェ。
20代・30代のはたらく女子が、夜でも一息つけるような場所。
たまに会う誰かと、話ができる場所。
そんな空間をつくること。

しかもその空間、場づくりに参加・参画できたら
さらに楽しくなるのではないかと考えた。
お客としての本のある暮らし、カフェのある暮らしから
プレイヤーとしての「本屋のある暮らし」が作れたら楽しい。

仕事とは別に、または仕事の延長上に、
住むまちで出会う人たちと、始まる物語が
暮らしを豊かにすると思う。

「会社から一本で行ける」から
その沿線に住む場所を求めるのではなくて、
住みたいまち、暮らしたいまちに住む、
そんな家探しがあってもいいのではないかと思う。

昨年夏、「にいがたイナカレッジ」の募集や
その後の参加学生へのヒアリングなどを通して、
東京出身・在住の大学生の中には、
「東京以外の場所で暮らしたい」
というニーズがあることを知った。

にいがたイナカレッジ事務局の井上有紀さんは
1月11日に更新したブログで、
「働きたいの前に暮らしたい」と語る。



https://inacollege.jp/blog/2019/01/11/inoue3/

有紀さん自身が東京出身・東京在住だった大学3年生当時、
大学を休学し、新潟に移住した経験もあり、
「暮らし」を大切にしたいという現状を次のように語る。

~~~ここから引用

自分を大切にするような暮らしかたは、本当は田舎じゃないとできないわけじゃない。

アパートでの一人暮らしだって、お隣さんと仲良くなったり、なじみのお店を近くにつくったり、知り合いが作ったお米や野菜を買ってみたり、本当はささいなことで少しだけ暮らしを丁寧にすることはできる。

だから、「暮らしている町への視点」と「小さな行動力」と「時間の余裕」の問題なのかなと思う。それでじわりじわりと町に知り合いが増えていくと、暮らしがどんどん楽しくなる。

~~~ここまで引用

そのような「暮らし」を始めたい。

そう思った人のためにも、

本屋やカフェやブックカフェのような
(あるいは「かえるライブラリー」のような)

地域の「暮らし」に出会える場、
関わっていける場があるまちに、僕も住みたい。  

Posted by ニシダタクジ at 12:40Comments(0)かえるライブラリー

2019年01月15日

「構想力」と「場のチカラ」

2018年の研究テーマは、「場のチカラ」でした。

きっかけとして大きかったのは、
「チームの力と場のチカラって違うんですか?」
って聞いてくれた大学生の一言があったから。

もともと、「場づくり」とかっていう
キーワードには関心があったのですが。

10月に「場づくり」をタイトルにつけたイベントには
20人以上の大学生がやってきて、
「場づくり」はかなり関心の高いキーワードだなあと思いました。

この夏、(株)えぽっくが展開した「チームひきだし」と
(公社)中越防災安全推進機構が展開する「にいがたイナカレッジ」で
大学生との場づくりを経験してみて、考えたことがあります。


(株)えぽっく「チームひきだし」


にいがたイナカレッジ「集合研修」

場の構成要素は
1 誰とやるか
2 いつやるか
3 どこでやるか

であり、そこに
4 なぜやるか
5 誰のためにやるか
6 何をやるか
7 どのようにやるか

という項目が加わって(6w1h)、
「プロジェクト」になるのだということです。

だから、「場のチカラ」を高めるために、
チューニング(音合わせ)をしなければならない、というものです。

たとえば、ミーティングの時。
会の冒頭にひとりひとりが名前を言い、
「最近あったよかったこと」を言います。

これは、ワークショップ用語で言えば、「チェックイン」と呼ばれます。
「場の中に入る」ためにやるものだからです。

しかし、僕からすれば、
これは「チェックイン」ではなく「チューニング」です。
「今日、この人はどんな音が出ているんだろう?」
と確かめるためにやっているからです。

予想していなかったことを即興で考え、語る。
これによって心が開く、場があたたまる。
僕たちはそれを身体的に感じることができます。

1 誰とやるか
2 いつやるか
3 どこでやるか

は、場のチカラの構成要素として非常に重要です。
いま、どんなメンバーとやっているのか?
今日のメンバーの調子はどうなのか?
空間の設定はどうか?会議室より、カフェがいいんじゃないか?

とか、そういうことを考えたり、感じたりして、
場のチカラを高めていきます。

その上で、
ドラッカーの5つの質問に近いですが、

4 なぜやるか
5 誰のためにやるか
6 何をやるか
7 どのようにやるか

を決めていくことで、人たちはチームになり、
やることはプロジェクトになっていきます。


「続・ゆっくり、いそげ」(影山知明・クルミド出版)

年始に読んだこの本にも、
「場が力を持つための5つの条件」が
書かれていて、思わずうなりました。

その中でも、
「主(あるじ)の存在」というところが特にビビっと来ました。
それは肩書ではなく、そういう役が必要なのだろうなと。

そして、この本の中に言及されている
「場の思想」(清水博・東京大学出版会)を図書館で借り、
いま読み進めているところです。



!!!って来るようなフレーズがたくさんあります。
その中から少し抜粋。

~~~ここから引用

人間は即興的に舞台をつくり、その舞台で即興的に「演技」する生き物である。その演技がさらに新しい舞台を生成し、新しい舞台が新しい演技を誘うというように、役者と舞台が循環的に変化をしていくのである。

「構想力」とは、一口に言えば、未来に使われる生活劇場や舞台を想像し、それを設計する能力のことである。すなわち、それは未来への想像力と、場の設計能力(場づくりの能力)が結合した総合的能力といえよう。

人生の「戦略を立てる」とは、人生劇場にあって、未来の生活劇場の舞台を構想し、その構想を進めることである。これに対して生活の「戦術を立てる」とは、生活劇場にあって、その生活の舞台での即興劇の進め方を考えることである。

戦術を立てるときには、自己と場(現在の生活の舞台)は互いに非分離状態になっている。しかし戦略を立てるときには、場の外側に立って場を見ることが必要になるために、自己と場(未来の生活の舞台)とは互いに分離する。

戦略は新しさすなわち創造的であることが命である。もしも不完全なところがあっても、戦術レベルでそれを補うことができる。これにたいして戦術には新しさ(独創性)よりも完全さ(無誤謬性)が強く求められる。

~~~ここまで引用

むむむ。
ツルハシブックスの劇場のような本屋ってここから来たんじゃないか?
と見入ってしまいます。

人生は即興劇で人と舞台が互いに影響し合いながら、循環的に変化していく。
「構想力」とは、未来を想像し、設計すること。
「戦略」を立てるときには、その場と分離しなければならないが、
「戦術」を建てるときにはそこと非分離(一体化)でなければならない。

おおお!
それです、それです。

夏に考えていたのは、まさにそれ。
アウトプットを出すのは、「場のチカラ」です。
個人は場の中に溶けてしまえばいい。

一方で、戦略を立てるためには、場と分離する必要があって、
「顧客はだれか?」や「価値は何か?」そして
「どんな未来を構想するのか?」を問いかけなければなりません。

それを両方とも可能にする「場」こそが
創造性にあふれた、いいアウトプットを出すのだと思います。

「それって本屋じゃないか?」

最近の僕の弱点は、こういう場の構想を聞くと、
それは本屋じゃないか?って思ってしまうことです。

クルミドコーヒー影山さんは、当然、それはカフェじゃないか?
って思うようです。それはそうですよね。

本屋という「舞台」に溶けて、
場の構成員としての役を演じ切る。
そこから生まれてくる「ドラマ」がある。
それがアウトプットにつながっていく。

一方で、時には、「舞台」を離れ、
舞台を社会や時代といった観点からも
見つめなおして、未来を構想する、
そのために本が並んでいるのし、本を読むのではないかと思います。

「構想力」と「場のチカラ」を繰り返し、「いま」が「未来」になっていく。

そんな空間を日々、生み出せたら、毎日が楽しいなあと思います。  

Posted by ニシダタクジ at 12:57Comments(0)かえるライブラリー

2019年01月14日

「就活」と「手紙」

昨日のつづき。

2015年から、とある大学に在籍した。
大学の「中の人」になって、「就活」の違和感の正体を知りたい。
そう思ってきた。

一方で本屋として、
本をツールにしたコミュニケーションの場を
作り続けてきた。

2015年、暗やみ本屋ハックツの立ち上げで
出会ったキーコンセプトは「手紙」だった。
サンクチュアリ出版の金子さんとのトークで感じたこと。

本が「手紙」だったとき、その本が売れるのだということ。
「手紙が届いたこと」が売り上げにつながっていくのだということ。
仕事ってそういうものなのではないかなあと思った。

2018年、「にいがたイナカレッジ」で考えてたこと。
それは場のチカラだった。
ひとりひとりの感性をチューニングすることだった。

「誰とやるか」が大事だと、ひとりの大学生が言った。
それは端的に「就活」というシステム自体の違和感を表していると思った。

おそらくその大学生は、
人にフォーカスしすぎなんだなあと思った。

資本主義というシステムは、
人を数値化(道具化・手段化)することで
利益を生み出してきた。

去年、京都で知り合った大学生がこんなことを言っていた。

「本が好きなんで、ブックオフでアルバイトをしているのですけど、
本がすべてデータで管理されていて、システマティックに
時期が来たら半額の棚から108円コーナーへ移動し、
さらに時間が過ぎたら108円コーナーから別の場所に運ばれていく」

1冊1冊の本が本じゃないみたいだと言っていた。
そう、システムは、本を本ではなく、モノ化(「消費財」化)する。
そして、モノ化し、大量に流通させることで
スケールメリットが発生し、利潤が生まれる。

それが資本主義というシステムだ。
そこでは当然、人も消費財化する。

「就活」システムは、乱暴に言えば、
「消費財」として挙動できる人材を選ぶシステムである。
新卒を100人採用する企業にとって、
1人の大学生は消費財にすぎない。

もちろん、最終面接では、
「あなたが大切にしてきたことはなんですか?」
とか本質的な質問がされが、経営者や役員が
「あなたと働きたいかどうか?」で合否が決まっちゃうのだけど。

もし、大学生が、
「手紙」を届けるような仕事がしたい、と思っているとしたら、
就職以前に「就活」というシステムに馴染めないのは
当たり前のような気がする。

「就活」はフレームワークだと思う。
企業が求めるフレームに、自分を合わせていくこと。

そう、仕事ってそういうものだ。
世の中というフレームの中で、価値を提供していくこと。
消費財を最高速で交換し続けることで利益を最大化すること。

「出版不況」に似ているなと思った。

本が手紙だったとき、
その手紙が届くべき人に届いたとき、
その本はヒットすると、金子さんが言っていた。

いつのまにか、「売れる本」を売るようになった。
マーケティングを駆使して、
売れる内容、売れるタイトル、売れる装丁をつくった。
いつのまにか、本は手紙ではなくなった。

もはやそういう余裕がないのかもしれない。
「手紙」のような本を売り出すような。

それでも今でも、手紙のような本に出会う。

年明けに読んだ、

「本を贈る」(三輪舎)

「続・ゆっくりいそげ」(クルミド出版)

「生きるように働く」(ミシマ社)

3冊とも、手紙のような本だった。
著者やつくり手の顔を知っているからかもしれないけど、
じんわりと心に沁みてくるような素敵な本たちだった。

そんな風に、「手紙」をやりとりするような本屋が作れないだろうか。
そして、「手紙」をやりとりするような「就活」ができないだろうか。

「かえるライブラリー」で起こってほしいのは、きっとそういうことだと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 08:21Comments(0)就職かえるライブラリー

2019年01月13日

コードネーム「耳をすませば」

「本の声を聴け」(高瀬毅 文藝春秋)

ブックディレクター幅さんの仕事について書かれた本。
幅さんは本の声を聴きながら、本をセレクトしているんだ。

ジブリ映画「耳をすませば」では
図書館の本の貸し出しカードに書いてある
同一の名前に胸がときめく。



ツルハシブックスオープンの数か月後に
オープンした「地下古本コーナーHAKKUTSU」、
そして、2015年9月から活動している
10代しか入れない古本屋「暗やみ本屋ハックツ」は、

暗やみの中で、寄贈者からのメッセージを頼りに、
本を選び、購入するというもの。

「暗やみ本屋ハックツ」では、
「10代に手紙を届ける」というテーマで、
寄贈本を紹介する読書会をやっている。

だから、暗やみの中で、
10代は、メッセージを読んでいるのだけど、

幅さん風に言えば、
「寄贈者の声を聞いている」し、
耳をすませば風に言えば、
「どんな人が前に読んだ人なんだろう?」って思いを巡らせる。

そういう「はたらく」との出会いがあってもいいんじゃないか。
それが、「新・OB訪問」だ。

本を通して企業と出会えないか。

いや、企業というよりも、
そこで働く「人」に出会えないか。
そういう発想から生まれた。

2006年12月。
新潟市で行った「新潟の社長に出会う1日」
主催:スタイルキャラバン(任意団体)
大学生が経営者に出会い、1日密着するという企画。

そこから始まって、大学生まわりで
・企業と大学生の接点づくりのイベント
・商店街、離島での短期インターンシップのプログラムづくり
・企業での長期インターンシップのプロジェクトづくり
・大学生×地域団体のプロジェクトづくり
・取材型インターンシップの企画づくり
などをやってきた。

新潟大学の近くで本屋を始めたのも
大学生の地域活動や企業との出会い
のプラットフォームを作りたかったという動機も大きい。

およそ12年。
そこで感じてきたのは、「就活」というシステムへの「違和感」だった。

いま、「にいがたイナカレッジ」で連載している
「挑戦するな実験しよう」にも、



https://inacollege.jp/blog/2019/01/08/nishida3/
(1月8日更新分)

「就活」の違和感について書いた。

僕が、民間の活動として12年間、
そして大学の「中の人」としては6年間(非常勤やスポットを含め)
くらい活動しているのだけど、

少なくない大学生が
「就活」に対する結構大きな「違和感」を感じていた。
もちろん「違和感」であるから、
それを言語化するのは難しいのだけど。

上記の連載記事にも書いたけど、
その「違和感」は、僕の仮説では、

「個人戦」、つまり

「交換可能である」ことを前提としたシステムと、
「個人」と「企業」をマッチングさせるという仕組みにある
と考えた。

つまり、自らを「道具化」して、
「お宅の会社、こういうのつくりたいんすよね、だったらこの道具、使えまっせ」
というような「就活」に対しての「違和感」なのではないか、と思う。

「違和感」を感じると言っていたひとりの学生が、
「何をしたいか?」「どこで働きたいか?」よりも
「誰と働きたいか?」が大切だと言っていた。

もし、「誰と働きたいか?」が最重要だとすると、
現在の「就活」のシステムは、その人にとっては
ぜんぜん使えないということになる。

「それを本でできないか?」

と発想したのが「新・OB訪問」である。
コードネームは「耳をすませば」。

企業の経営者や人事担当者が、
自分のこれぞ、という渾身の1冊を置いておく。
あるいは企業じゃなくても、
インターンシップを募集している自治体や団体でもいい。

そこの1冊を読んだ大学生がその本に「共感」したら
その人に会いに行ける、というものだ。

現在行われているいわゆる「OB訪問」は、
いまだに卒業生名簿で会社名と学部と卒業年度だけを
知らされ、連絡をとって会いに行く方式なのだという。

それで、いったい何を聞くのだろうか?
何を話すのだろうか?
仕事の「what」や就活の「how」しか聞けないではないか。

「誰と働きたいか?」
っていうのを重視する人の就活には、ひとつの大きな罠がある。

それは、人事部長や採用担当者は、
「この人と働きたい」と思わせる人が
その役職についている、ということだ。

実際入社してみたら、
人事部に配属されない限り、その人一緒に働けることはない。
そして、人間関係や社内の雰囲気が理由で3年以内に離職してしまう。
仕事内容のミスマッチというより、人間関係のミスマッチが起こっているのだ。

もっと、「チューニング」できないだろうか。

そこで、本の出番だ。
本は、言語なのだけど、
本から伝わる雰囲気は、非言語なものも多い。

まあ、「就活前にやっておくべき50のこと」とか
おススメされたら、そういう人なんでしょうけど。(笑)

小説やエッセイを含めて、
自分が大事にしているコンセプトのようなものが
届けられるような本。

たとえば僕だったら、ポールフライシュマンの「種をまく人」


そんな本たちが並んでいる本棚。
そこから1冊の本を受け取り、購入し、読んで共感する。
そこから始まるような「就活」が作れないだろうか。

学生という数字と、企業という組織体が「マッチング」する「就活」ではなく、
ひとりの学生と企業人でありながらひとりの人である人が
本という感性チューニングツールを使って出会う、
そんな「就活」を「かえるライブラリー」から始めていきたいと思います。

耳をすませば、本の声。
そして、それを届けたい人の声が聴こえてくる。  

Posted by ニシダタクジ at 09:08Comments(0)就職

2019年01月12日

「公開積読(こうかいつんどく)」で新刊書店「機能」を持つ

昨日に引き続き、
かえるライブラリー実践編です。

今日は「公開積読(こうかいつんどく)」について。
昨日は「積読本棚(つんどくほんだな)」って書いてましたが、
まだピンとくる名称がありません。考え中です。

僕は旅の途中で、本を買うのが好きです。
旅の最中に、本を10冊くらい背負って、
各駅停車に揺られながら本を読むのが好きです。
新幹線とか飛行機の移動は早すぎてむしろ体が疲れます。

「この店で本を買いたい」と思う本屋さんがあります。
あるいはこの本屋さんが推しているのなら、
と思って買ってしまう本があります。

大阪・心斎橋の「スタンダードブックストア心斎橋店」
福岡・箱崎の「ブックスキューブリック箱崎店」
東京・千駄木の「往来堂書店」
あたりでよく本を買います。

元日に読みはじめた三輪舎「本を贈る」も
11月に「往来堂書店」で購入したものです。



その他にも、1年に1度も行けないですが、
岩手・盛岡の「さわや書店・フェザン店」と「ORIORI」、
愛知・千種の「ちくさ正文館・本店」、
東京・荻窪の「Title」も
行くたびに「いま買わなければ!」と思う本に出会わせてくれます。

昨年、いちばん衝撃を受けた本屋さんとの出会いは、
4月に行った長崎・長崎市の「ひとやすみ書店」さんでした。


1階入口の看板には、本から抜粋した「一言」がきれいな字で書いてあります。

階段を上がっていく途中にも、
「ひとやすみ書店」さんの哲学を感じる
文章が並んでいます。
そして、店内。


てづくりの本棚に本が並んでいます。


思わず記念撮影をしてしまいました。


店内はカフェにもなっていて、
コーヒーやソフトドリンクを飲むことができます。

この空間にいることが、なんとも幸せな気持ちにさせてくれました。
こんな本屋さんがあるまちに住みたいと思いました。

聞けば、
店主・城下さんは、本棚に並んでいるほとんどすべての本を
「買い切り」で仕入れているのだということでした。

「この本!」
という渾身の1冊しか並んでいない、ということです。

もちろん新刊書店のミッションとして、多様な人に多様な機会を提供する、
ということも、とても大きいと思います。
その場合は、「委託」(売れなかった本は取次(卸売)に返すことができる)
という形で本を仕入れるということが必要になってきます。

しかし、「ひとやすみ書店」さんの本棚には、圧倒的なパワーを感じました。
「手紙」のような本が置いてある、というような感じです。

だから、立ち読みをしていると、
どんどん欲しくなってしまう、アブない本屋です。(笑)

僕が新刊書店に足を運ぶのは、「何か面白い本出てないかなあ」
っていう気持ちが大きいです。
それは新刊書店のもっとも大切な機能の一つだと思います。

そんな新刊書店の機能を
「かえるライブラリー」のメンバーで実現できないか、と
考えたのが「公開積読(こうかいつんどく)」です。

たとえば、僕は昨年11月23日に往来堂書店で「本を贈る」を購入して、
1月1日まで積読(読まずにそのまま積んである状態)していました。

それを「かえるライブラリー」で公開してはどうか?というものです。
そしてその上、それを見た人が代わりに(定価で)、
購入してもいい、もし購入されたら、また新しい本を仕入れる、
というものです。

それを、本屋さんで普通に買って、定価で売るのではなく、
(「本を届ける」という意味では、それもありなのですが)
新刊書を仕入れる取次(卸売)と契約して、買い切りで仕入れれば、
70~80%ほどの掛け率で入荷できますので、
「かえるライブラリー」には収益として20~30%が入ってくることになります。

つまり、今まで本屋空白地ではネット通販などで個人個人が購入していた本を、
メンバーが購入(もちろん定価)を前提に本を注文し、
一定期間、「かえるライブラリー」に積読しておく、
そのあいだに、ほかの人がそれを買ってもよい、
この仕組みが「公開積読(こうかいつんどく)」です。

「公開積読」は、新刊書店の機能の一部である
(僕にとっては最重要な機能です)
「何かおもしろい本ないかなあ」機能
を果たすことになり、その場に足を運びたくなります。

一緒に本を選んでいるメンバーが魅力的であればあるほど、
その人が次にどんな本を読もうと思っているのか気になります。

「公開積読」は特に選書しているメンバー自身が
足を運びたくなるような仕掛けです。

「買い切り」の本ばかりが並ぶパワーのある本棚を、
あなたも見てみたいと思いませんか?  

Posted by ニシダタクジ at 08:56Comments(0)かえるライブラリー

2019年01月11日

公務員も参画できる地域ビジネスのプラットフォーム

カフェなどのお店、コミュニティスペースなどを
現在運営されている方、これから運営しようと思っている方で
「かえるライブラリー」に興味を持っている方へ。

クラウドファンディングをスタートしてから
何名かの方に質問いただいているので、
こちらに、その疑問点について、
現在のところ想定している範囲で回答したいと思います。

0 運営チーム集めについて
1 初期&運転資金について
2 古物商取得について
3 「かえるライブラリーシステム」の利用について
4 新刊本の取り扱いについて
5 今後のアクションについて

本棚と本があればどこでも、だれでも始められる仕組み、
それが「かえるライブラリー」です。

それ、儲かるのか?って言われると、
金銭的にはあまり儲からないと思います。



ツルハシブックスは2016年11月に閉店しましたが
昨年12月に、スタッフだった「店員サムライ」
たちが2年ぶりに集まりました。
20名を超える人が集まりました。

・本を通して人と人がつながる
・地域の中高生に機会を届ける
・小さな「やってみる」が起こる

「暗やみ本屋ハックツ」もそうですが、
キーワードで集まった人たちなので、
いまでもつながりがあります。

そんな風に、コミュニティデザイナーの山崎亮さんによれば、
「人儲け」ができる仕組み、
それが「みんなで本屋をやる」っていうことなのだと思います。



ということで、以下、回答していきます。

0 運営チーム集めについて

本棚があり、本を読む人が5人程度集まれば、
「かえるライブラリー」はスタートできます。
「本屋(古本屋)をやってみたい」
という人は、潜在的にはかなり多いのではないかと思います。

すでに「場」を持っている人であれば、
そこに集まる人たちと一緒に始めることができます。
小さな「読書会」などを開催したりして
仲間集めを始めるのはいかがでしょうか。

1 初期&運転資金について

・本棚を用意する。
・本を集めて、値段をつける。
・レジ・料金箱を用意する。
準備はこれだけです。

運転資金については、
売り上げの半分がライブラリーに入るので
そちらを活用して運用することになります。

初期費用に関しては、
集まった人たちでサークル的に会費をとってもいいし、
本棚づくりカンパをお願いするのもいいかと思います。

2 古物商取得について

古本の販売に古物商は要らないのか?と聞かれます。
個人の蔵書を販売する分には、古物商は必要ありません。
古物商は古本の買い取りの時に必要な資格です。

しかし、ライブラリー側は、「預かって、代わりに売っている」
つまり、実施敵に「買い取りをしている」と見られてしまうかもしれないので、
古物商の取得について、相談・検討をされたほうがよいかと思います。

3 「かえるライブラリーシステム」の利用について

「かえるライブラリーシステム」の運用については、
「ファンクラブ方式」を採用しようと思っています。

個人は月額500円、1,000円、3,000円
法人は月額5,000円、10,000円、30,000円
の3種ずつの「ファンクラブ」をつくり、運用したいと思っています。

利用する個人は必ずしもファンクラブに入る必要はないのですが、
法人については、「新・OB訪問」に参画する企業を想定しています。

4 新刊本の取り扱いについて

「新刊本を取り扱いたい」という声も聞きます。
こちら、買い切りであれば新刊本も70%前後で卸してくれる
取次(卸売業者)がありますので、そちらと契約することになります。

集まった5人が今までア〇〇ンに
注文してた本を一括でライブラリーから
仕入れることによって、30%前後がライブラリーの
収益になります。

新刊本と「かえるライブラリー」については、
後日、「積読本棚(つんどくほんだな)」
という記事でご紹介しようと思います。

5 今後のアクションについて

「場」を運営されている方、される予定の方で
「かえるライブラリー」を運用したい!
という方は、お問い合わせください。

・オリジナルのロゴをつくりたい!
・立ち上げサポートをしてほしい!

という方は、今回のクラウドファンディングへの
「参加」をお待ちしています。

「地方」「地域」には、本屋が必要です。

しかし、本屋で食っていく(売り上げを上げていく)のは大変です。

じゃあ、どうやって、本屋で売り上げを上げていくのか?

という問いではなく、
どうやって「食わない本屋」を成り立たせるのか?
そんな仮説を検証するプロジェクトです。

そして「食わない本屋」を作るとすれば、
それは見方を変えれば、公務員でも参加・参画ができる(副業にあたらない)
地域ビジネスのプラットフォームができることになります。

本を持ち寄り、売り上げた部分の半分もすべて「かえる券」として寄贈する。
そんな本屋好きの熱い公務員の方の参画もお待ちしています。  

Posted by ニシダタクジ at 07:15Comments(0)かえるライブラリー

2019年01月10日

本屋は「委ねる」



僕にとって本屋とは何か?
1年間、考えてきました。

「それを実現する方法として、なぜ、本屋なのか?」
と何人かに聞かれました。

いまも明確には答えられないのですが、
ひとつ、たぶんこのあたりだろうなあと思うこと。
それは、本屋は委ねられる、ということです。

「この本を届けたい!」

いや。もっと言えば、

「この本を売らないと、世の中はダメになる。俺が売らないと」

おせっかいな僕は、
そんなふうに思える本にたまに出会います。

たとえば、この本。



魔法のマーケティング(川上徹也 フォレスト出版)

これを2012年の年末に読んで、
「恋する本屋」になりたいと感じました。
そしてこれは仕事に対する価値観を揺るがす、って思いました。

http://hero.niiblo.jp/e224380.html
(売れるとは好きが連鎖すること 12.12.30)


(来店してもらったときの写真)

そして、著者の川上さんに連絡をとって、
10冊直送してもらいました。
それが上の写真です。

1月5日のブログ
http://hero.niiblo.jp/e225598.html
(LA宣言 13.1.5)

1月6日のブログ
http://hero.niiblo.jp/e225847.html
(「感性」を表現する、「感性」を説明する 13.1.6)



1月5日の新年営業初日だけで10冊が完売しました。
この本を買った新潟大学農学部ののぞみさんは、
「この本1冊で就活は十分だった」と言ってました。

でも。

他にも9名の方が、この日、この本を買っていったのです。
(7名の方は写真も一緒に撮ってました)

のぞみさんのような熱烈なリアクションは
ほかにはありませんでした。

もちろん、
人生を揺さぶるほどの衝撃を受けた人もいるでしょう。
(僕自身もめちゃめちゃ衝撃を受けまして、「LA宣言」しました。)
※LA宣言については、本書をお読みください。

「本屋」であること。
それは、「委ねる」ということです。

「この本を必要としている人がいるだろうなあ。」と想像して、

いままさに、それを手渡している、という実感はあるのですが、

それが本当に届くのかどうか?
の多くの部分をお客さん(読者)に委ねている。
届くかどうか、分からない。
そういうのがいいのではないかなと思います。

カフェやレストランであれば、食べている最中から
この空間で、この料理で、お客様は満足してもらっているなあと
体感することができます。

しかし、本は、読んでもらわないと分からない。

いや、もっと言えば、その本が、その人にとって
価値があるかどうかは読んでいる最中、あるいは読んだ直後でも分からないかもしれません。

「あの本で言っていたのは、こういうことだったのか!」
と後から「!!!」と思うことがあります。

たとえば、このお正月に読んでいた
「続・ゆっくり、いそげ」(影山知明・クルミド出版)


前著の「ゆっくり、いそげ~カフェから始める人を手段化しない経済」も読んでいたはずなのですが、その時、「人を手段化しない」というキーワード。あれ、よく分かっていなかったなあって思います。僕は前著から3年の時を経て、自分自身もサラリーマンを経験して、「続・ゆっくり、いそげ」を読んで、やっと掴みとれたような感覚になりました。その時はなんというか、霧が晴れていくような気持ちになります。

そういったことがよくあります。僕はそれが、本の魅力、本屋の魅力ではないかと思うのです。

未来がどうなるか分からない。

それと同じく、「この本イイ!面白い!!」っていうのは仮説に過ぎません。
それを、本を通して、本を手渡して、本を届けて、相手に委ねる。

本屋っていうのは、だからこそ面白いのではないか、
というより、いいかげんな僕に向いているのではないかなと思います。

「仮説」としての本を並べ、本棚という「場に委ね」、
さらに、それを受け取った人の感性と未来に委ねる。

本屋は「委ねる」
だからこそ僕は「本屋」なのではないかなあと思います。  

Posted by ニシダタクジ at 08:25Comments(0)かえるライブラリー

2019年01月09日

あの時の自分が直感を優先してくれたから、今がある

「かえるライブラリー」のクラウドファンディングが進行中。
https://camp-fire.jp/projects/view/117607

冒頭の文章にも書いたけど、
「一緒に旅に出る仲間を探しています」
がコンセプト。

支援する、とか、支援されるとかじゃない。

「この船に一緒に乗らないか?」
っていう、そういうお誘い。



原さんの大学生の時の赤裸々なエピソードが苦しい。胸がキュッとする。
きっとたくさんの大学生が同じような状況にあるのではないかと思う。

結果、原さんはいま、
「暗やみ本屋ハックツ」のリーダーをしている。

そして、
タイトルの一言。

あの時の自分が直感を優先してくれたから、今がある。

これ、ホント、そうだよね。

昨年12月、
まきどき村の米づくりのトークイベントと
ツルハシブックス&まきどき村忘年会合宿
あの2つを経て、ようやく元気になったなあと。

サラリーマンを退職するっていうのは
精神的に結構つらいことなんだな、って
元気になってから初めて体感した。

20年前の今頃。
畑を探していた。

「4月から畑をやる。」
それだけが決まっていた。

正直、怖かったのだけど、
「畑をやらないと生きられない」
これが僕の直感だった。

たぶんそれは、今となっては唐澤くんとトークしたみたいに、
「営み」の中にあることに価値を感じていたのかもしれないし、
「働くこと」より「暮らし」のほうを大切にしていたのかもしれない。
(平日の夜に日帰り温泉に行ける幸せを噛みしめていた)

「あの時の自分が直感を優先してくれたから、今がある。」

まあ、それは、僕にも当てはまることで、
そのほかの人生なんてないんだけど、
僕も、あの時の自分が直感を優先してよかったな、と思える。



僕は畑だったけど、
原さんみたいに、本屋にいってみようかな、から始まる本や人との出会いが、
感性を揺さぶり、その直感を優先してみることで、何かが動いていく。

そういう「動き」が始まる場をつくりたいなあと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 09:32Comments(0)日記

2019年01月08日

感じる本棚

2016年4月。
神奈川県茅ケ崎市の茅ヶ崎市美術館。
そのエントランスで、ひとつの展示が催されていた。







「あなたが未来に託す思い展」

茅ヶ崎市の農園付コミュニティスペース「REVENDEL」を
運営する熊澤さんの企画だった。
2015年の12月に知り合い、ハックツのアイデアを話したところ、
ハックツをやろうとしていた熊沢さんと学芸員の藤川さんのコラボで展示が実現した。

「ハックツ」そのものがコミュニケーションのデザインになる。
そう思った。



熊澤さんの言葉が胸に刺さった。

いろんな仕事の人をただ集めたわけじゃない。
この人は、という人に、声をかけた。

自分の蝋燭を燃やし続けている人。
次世代に何かを紡いでいる人。
そんな気になる10人をまずは思い浮かべた。

「今回、本当に僕からの意図が伝わった方は、
本当に大切な1冊しかない本(買えない)を手放してくれています。
しかし、そういった方に限って、僕が預かる際にお礼を言われました。

『自分の本当に大切にしていた気持ち、その時の情熱が蘇ってきた。いい機会をありがとう』
と。手放したようで、得ているのです。実は本を手放す側も貴重なワークを体験してるのです。」

「未来に託す想い」を、たった1冊の本にメッセージをつけて贈る。
57人の思い。
57冊の本。

「本の展示」を行う。ふつうは美術館ではなくて、図書館だろうと思う。
この茅ヶ崎では、図書館ではなく、美術館で「展示」するところが大きかった。
美術館は、観るところであり、感じるところだからだ。
図書館は、本を借りるところだから、展示だけでは機能を果たさない。

忘れられない風景がある。
せっかくだから、と常設展を見て、
出口からエントランスに戻った。



まぶしかった。
光を放っていた。

もちろんそれは、エントランスの、
建築デザインが素晴らしかったから、
という理由もあるだろう。

でも、僕には、確かに光って見えた。
本棚が、1冊1冊の本たちが、躍動しているように思えた。
今回の「かえるライブラリー」の表現で言えば、
「本が歌を歌っているよう」だった。

熊澤さんも言っていた。
「本が集まったとき、段ボールに詰めていたのだけど、
そこからエネルギーが出まくっていて、夜寝るときに気になって
眠れなかった。早く美術館に持っていきたかった。」

茅ヶ崎市美術館での展示を受けて、

その後、
2017年には奈良県立図書情報館を舞台に奈良女子大の学生たちが実施。
2018年には茨城県の明秀学園日立高等学校でも実施された。
いずれも、商店街を歩き、「10代に贈りたい本」をヒアリングし、集めた。

本は読むもの。本棚は感じるもの。
茅ヶ崎のように、たくさんの思いが詰まった本を
本棚にならべることで、「感じる本棚」ができていく。  

Posted by ニシダタクジ at 07:10Comments(0)かえるライブラリー

2019年01月07日

「手紙」を届けるライブラリー


「ちいさなゆうびんせん」(原作:にしだたくじ 作/絵:たかやりょうこ)
できました!届きました!
手製本でひとつひとつ手作りです。

手元に15部ほどありまして、
500円で手売りする予定です。
「APARTMENT BOOKS」に置いてほしい。

テーマは「手紙」を届ける。

2015年の暗やみ本屋ハックツ立ち上げのとき、
サンクチュアリ出版の金子さんとークイベントをしていたとき、気づいたこと。
その本が「手紙」だったとき、本が売れる、ということ。

2011年3月ツルハシブックスオープンから数か月たった夏に
オープンした「地下古本コーナーHAKKUTSU」。

地域の人から寄贈してもらった古本を、
29歳以下の人だけが入れる地下室に置き、
宝探しをするように本を探してもらった。

「ハックツ」できるのは1日1冊だけ。
販売価格は10代が200円、20代が300円
中学生高校生は100円だった。

世界の広さを届けたいのは、
誰よりも中学生高校生だった。

僕自身がそうだったのだけど、
図書館で借りた本をちゃんと読まなくて、
気がつくと2週間の期限が過ぎている、みたいなところがあった。

中学生高校生に本を読んでもらうには、
100円でもいいから「購入」するということが
大切だと思った。

2015年に東京でスタートした
「暗やみ本屋ハックツ」は、
10代限定の古本屋と思い切った。
1冊100円。

コンセプトは、
「10代に本を通じて手紙を届ける」だった。

本は、月1回の開店日に合わせて行われた
夜の部「10代に贈りたい本」読書会で集めた。

「その本、まだ新刊で山積みですよ」と心の中でつぶやくような、
ビックリするくらいの新刊を寄贈してくれる人もいた。

このお正月に読んだ、
「本を贈る」(三輪舎)


校正、印刷、製本・・・
たくさんのプロフェッショナルが
誇りを胸に、本をリレーしていた。

「こんなにもたくさんの人の思いのリレーを経て、いま、目の前に本がある。」
そんなことを実感できた1冊となった。

「かえるライブラリー」は、その本ができた、
その先を「素人」が作っていく企画だと思う。

すでに本は贈り物なのだけど、
その贈り物を、さらに次の人に贈りたい。
そんな「手紙」を届けるようなものだと思う。

冒頭の絵本に僕が帯を書くとすれば、

「僕たちは、手紙を届けるために、旅に出たはず。」

かな。  

Posted by ニシダタクジ at 10:46Comments(0)かえるライブラリー

2019年01月06日

向き合わずに一緒に本棚を見る

「本の処方箋」というコンテンツがある。


「問診票」を書いてもらい、
話を聞きながら、
3冊ほどの本を提案する。

1つ目が悩みにストレートで応える本
コミュニケーションに悩んでいればコミュニケーションの本。

2つ目が悩みに対して変化球で応える本
こういう見方もできるんじゃないか?っていう本。

3つ目が話とは全然関係ないけど、
話していて頭に浮かんだ本、だ。

夏の長野・木崎湖での
「アルプスブックキャンプ」では好評の企画で
4年連続で処方箋をやっている。
白衣や聴診器といった小道具もある。

僕がこのコンテンツの力を知ったのは、
ツルハシブックスで、初めて来店したお客さんに声をかけたときだった。

大学4年生。
就職活動中。
「いま、本の処方箋っていうのをやっているんで、よかったら」

当然、就職活動の悩みから話が始まった。
ところが、その後、彼女の口から出た言葉に驚いた。

「お姉ちゃんと違って、私は母から愛されていない気がするんです」

衝撃を受けた。
いま、会ったばかりの本屋の店主に、そんな悩みを相談するだろうか。
いや、何より、本屋のおじさんにそんな話をしても、解決するはずがない。

僕はただ、話を聞いていた。
たしか、1冊の本も処方していない。
(まさか「嫌われる勇気」(岸見一郎)とかを差し出せないでしょう。笑)

「すごい。」

と思った。
「本の処方箋」がすごいって思った。

初対面の人にそんなにも話ができるっていうのがすごいって思った。
これは、「オープンマインド」をつくる
コミュニケーションデザインとして非常に優れているツールだと思った。

人に悩みを話す。
その悩みが重ければ重いほど、根源的であればあるほど、話しづらい。
まわりの友人には気楽には話せない。

ところが、
「それを聞いて本を選ぶ」と言ってきた本屋の店主には、それを話すことができる。

それは、本くらいでは、その悩みは解決するはずがないと思っているから。
気分が気楽なのだ。

もうひとつ。
「旅する図書館」という企画で一緒だった岡島さんに言われて、気が付いたこと。

「そうやって若者と向き合ってるんですね。」

「!!!」

気づいた。
向き合ってない。
僕は向き合ってなかったのだった。

話を聞いているフリをしながら、
もう半分の脳は、「何の本にしようかなあ」って
本を選んでいるんだ。

「本の処方箋」のとき、
2人の視線というか感覚は本棚のほうを向いている。
それが重要なのではないかと思った。

「本の処方箋」というコミュニケーション・デザインのチカラ。

1つ目に、その人間関係がインスタント(その場限り)であること
2つ目に、その悩みが本くらいでは解決しないと思っていること
3つ目が、向き合わないで本棚の方向を見ていること

この3つによって、ホントの悩みが引き出せる。
それが「本の処方箋」のチカラではないかと思う。

愛とはお互いに見つめ合うことではなく、いっしょに同じ方向を見つめることである
(サン・テグジュペリ)  

Posted by ニシダタクジ at 07:00Comments(0)かえるライブラリー

2019年01月05日

「衝動」や「違和感」に水をやり、カタチにする


「生きるように働く」(ナカムラケンタ ミシマ社)

次はこの本。
求人サイト「日本仕事百貨」を展開するナカムラケンタさん。

奈良県立図書情報館での
「シゴトとヒトの間を考える」の本を
ツルハシブックスでも取り扱っていたけど、
そんなケンタさんのストーリーが見える1冊。

いきなり
「水やり」という言葉が出てきて驚いた。

「続・ゆっくりいそげ」と植物つながり。

ケンタさんがどんな種に気づき、
どんな水やりをしてきたか。
そんなことが冒頭から書いてある。

今日はその中から冒頭の
西村佳哲さんの話を。

西村さんの子どもの頃話、めちゃめちゃ面白い。

!!
って思って、そこに出かけていく。
衝動をカタチにしようとする。

印象的だったフレーズ。

「漠然とわかっているけど、まだ思考はおいついていない。」

「衝動でこれ書かないと死ぬ、みたいになる」

ああ、西村さんって感覚的な人なんだなって思った。

自分の中に芽生えた「衝動」が種になって、
そこに水やりをするんだなあって。

ケンタさんとかは、
大学時代の建築の現場で感じた「違和感」的なものに
水やりしていくような感じだし。

僕も去年、
「Beの肩書ワークショップ」をやってみて出てきたのの
タイトルがある衝撃好きの1年だった。

1年振り返りで
「衝撃を受けた」「シビれた」が多発したから。

でも、もしかして、
そういうものなのかもしれないなと思った。

「衝撃」や「違和感」をキャッチして、
そこに水をやる。

そうすると、その種がいつのまにか芽吹く。
そうやって仕事や企画ができていく。
そういうことなのかもしれないなと思った。

僕は、自分がもらった「衝撃」を、
本屋という場で誰かに手渡したいなと思っている。

僕はこの本を、
高崎市の「REBEL BOOKS」で買ったのだけど、
どこの本屋で買うかってとても大切だなあと思う。

その「衝撃」みたいな「違和感」みたいな
本人の中でも言語化されなかった何か。

そういうのを肌感覚で感じられる本屋。
(そういうのをリアルメディアっていうのかもしれない)

そんな本屋が
本を通して、「衝動」や「違和感」を感じたり、
本に感性を磨かれることによって、
その人が日常生活で「衝動」や「違和感」を
感じられることができるようになる。

そういう本屋をつくりたい。  

Posted by ニシダタクジ at 06:49Comments(0)

2019年01月04日

「顧客」から入るか、「価値」から入るか


「続・ゆっくりいそげ」(影山知明 クルミド出版)

「場の力」について言及されているので
こちらでまとめておくことにする。

P118「場が力を持つための五つの条件」だ。

1 目的がなくともふらっと行ける場であること
2 多様な人が参加できる場であること
3 主(あるじ)の存在
4 主客同一の要素があること
5 楽しく、遊びの要素があること

ひとつひとつ読んでいく。

1 目的がなくともふらっと行ける場であること
カフェは目的がなくとも行くことができるし、
目的がなくとも居続けられることができる。
そうした機会であり時間だからこそ、
思いがけない人との出会いがあったり、
思いがけない着想に出会えたりする。

2 多様な人が参加できる場であること
多様な人が集まるということは、それだけ
「違い」に遭遇する確率が高まることを意味する。
「違い」は自分に世界の広がりと深まりを与えてくれるものだ。

3 主(あるじ)の存在
空間を超え、時間を超え、人と人をつなぐことができるのが
主(あるじ)の存在だ。ここで言う主は必ずしも店主(オーナー)を意味しない。
時間的にも、気持ち的にも、その場を自分事として
引き受けている人である必要はある。

4 主客同一の要素があること
スタッフとお客さんではなく、人と人として出会うこと。
人と人としての関係を育てること。
そうしたフラットな関係の上でお店についての話ができれば、
その瞬間からお客さんもお店のつくり手の一員となる。

5 楽しく、遊びの要素があること
お店の帰り際、お客さんがポロッと言ってくださる感想として
「おいしかった」とか、「いい時間だった」とかも
うれしいのだけど、もし「楽しかった」と
言ってもらえたとしたらそれはもっとうれしい。
発見があり、笑いがあり、創造的な時間が流れたということなのだろうと思うから。

なるほど。
僕にとって、居心地の良さは、
まさに1と2だったわけだけど、
つまり、「目的多様性」と人の多様性だった。

だから、駅前の本屋っていうのは
そういう意味ではかなり大きかった。

影山さんは
「それはカフェなんじゃないか」と言うけど、
僕にとっては、
それは本屋なんじゃないか、って思う。

その違いはどこからくるのか?
僕にとって本屋は方法だった。

15歳とどうコミュニケーションするか?
どうやって広い世界を見せるのか?

2002年の不登校の中学生の家庭教師を
した時からの問いへのひとつの仮説だった。

たぶんそういう「顧客」ファーストアプローチ
の違いなのだろうと思う。
「価値」から行くか、「顧客」から行くか。

10代を顧客にするなら、
中学生・高校生が来られる場所にするには、
カフェだと敷居が高い。
入場料が発生するからだ。
だから、僕はその場を本屋だと思うのだろう。

反対に、
「顧客」ファーストアプローチの弱いところ。

それは、「顧客に届いていない」と思うと、
急速にモチベーションが低下してくる。
その方法論(たとえば本屋でありお店)
ではないのではないか、と思ってしまう。

実際にそれは2016年におきて、
11月にあえなく閉店した。

この本を読んで、
大きな要因のひとつが
「主(あるじ)の不在」だったと思った。

2015年の黄金期には
山田‐井上ラインがお店を支えていた。
2016年に井上が休学期間を終え東京に戻った。
その時に店は主(機能)を失ったのではないか
と思っている。

そのほかの1、2、4、5の要素は、
順調に機能していたように思う。

主(あるじ)をつくること。

たぶんそれが、これからの本屋、
そして、「かえるライブラリー」にとっても、
大きなカギになる。  

Posted by ニシダタクジ at 07:17Comments(0)

2019年01月03日

「本を贈る」というリレー


「本を贈る」(三輪舎)を読み終わった。
併読していた「続・ゆっくりいそげ」(影山知明 クルミド出版)も。

なんだろう。
読み終えて、少しさびしい気持ちになる。

そして、それ以上に
じわじわとあったかい気持ちも湧いてくる。

これが、本のチカラか、と
あらためて思い出す。
1年の始まりにこの本に出会えてよかったなと思う。

「続・ゆっくりいそげ」からは、
あらためて、自分が目指したい「場」を
確認させてもらった。

影山さん的に言えば、
それはカフェなんだ、と思うけど。

僕が読むと、
それは本屋なんだ、って思う。

http://hero.niiblo.jp/e208716.html
(カフェという場のつくり方 12.10.28)
山納さんの「カフェという場のつくり方」
を読んだとき、
僕がツルハシブックス作りたいのは、
カフェなんだって思った。

そして、今回この本を読んで、
やっぱり限りなくカフェに近い本屋なんだって思った。
そしてそれは「かえるライブラリー」で実現できるのではないかと思った。

そしてそれがカフェではない理由は、おそらく
僕の対象とするお客の年齢層が低目だから。
中学生・高校生・大学生だから。
もっと言えば、15歳だから。

「15歳が自分と住んでいる地域を好きになり、自分と社会の未来創造へ向けて歩き出している地域社会の実現」
(twitterに書かれているプロフィール)

だから、カフェよりも、
僕は本屋なのではないかと思う。
それは僕の表現方法だ。

そんな風に考えているところに、
「本を贈る」に出てくるたくさんのシビれる言葉たち。
「本を贈る」というリレーを経ていま、目の前に本がある。
そんなことが実感できる1冊。

藤原印刷・藤原さんの「作品」というコンセプトにも熱くなったけど、

今日は、取次「ツバメ出版流通」の川人さんと
朝日出版社の営業・橋本さんのところに特にシビれた。

ああ、こうやって、本は、思いは、リレーされていくんだ。

僕自身が書店まわり営業だったとき、
名刺の肩書には、「営業」ではなく、
「人生を変える本屋プロデューサー」と書いてあった。

他書店を見て、売れている本の情報、
この本屋さんの客層からいったら売れそうな本を
自分の出版社以外にもオススメしていった。

他社の本でいちばん売ったのは
福島正伸さんの「どんな仕事も楽しくなる3つの物語」。

新潟・富山・石川の大型書店の書店員さんに
「いい本あります。プロモDVDも会社に頼めばくれますよ」と
勝手に営業し、軒並み3ケタの売り上げ
(たぶん受注は1000冊以上)を記録して、
編集の谷さんからお礼状が届いた。

僕は「そういう本屋」を作りたかった。

本屋にフラッと入ったら、DVDが流れていて、
それに感動して思わず買ってしまった。
そんな本屋を作りたかった。
そんな日々を思い出した。

川人さんの、
誰かから誰かへの「贈りもの」としての本を
責任を持って届けている、ということができる。
という言葉。

橋本さんの、
「ソーシャルデザイン」棚をつくっていく話。

そのエピソードに胸が熱くなった。

本は、そして本に携わる人たちは、
「本を贈る」というリレーの中にいる。

それはとても幸せなことだ。

まきどき村の米づくりで言うところの、
「営み」の中にあること。
だからこそ、僕は本屋でありたいのだろうと思った。

そして、届けたいんだ。
15歳に。

思いを確かにする新年に、
ステキな本を贈り出してくれたみなさんに、
ただただ、ありがとうございます。  

Posted by ニシダタクジ at 12:01Comments(0)

2019年01月02日

第四次元の芸術

おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ
われらのすべての田園とわれらのすべての生活を
一つの巨きな第四次元の芸術に
創りあげようではないか
(宮沢賢治「農民芸術概論綱要」)

1月1日、まずどの本を読むか?
について、毎年12月後半になると悩んでいるのだけど、

今回は、11月にすでに決まっていた。

11月23日に東京・千駄木・往来堂書店で
購入した1冊。


「本を贈る」(三輪舎)

帰りの電車の中で、
さっそく読み始めたのだけど、
あまりにドキドキしてしまって、本を閉じた。

すぐに読み終えてしまうことがもったいないような気がした。
そしてふたたび、購入袋の中に入れて、寝かせておいた。

「1月1日は、この本から始めよう。」
と思った。
ようやく、1月1日がやってきた。

そこに、年末、素敵なパートナーがやってきた。

「続・ゆっくり、いそげ」(影山知明 クルミド出版)
この2冊の併読から2019年が始まった。

「本を贈る」を読むと、じわじわとあったかい気持ちになってくる。
「本」がどのようなリレーを経て、いま目の前にあるのか、
そんなことに思いを馳せるようになる。

サンクチュアリ出版で営業をしていたときに、
僕は駅伝の第3走者を走っていると感じながら営業していた。

著者→編集者→営業→書店員→読者
僕は本を届ける第3走者を走っているんだ、って思ってた。

ところが、その編集者と営業のあいだに、
つまり本が原稿から本というカタチあるものになるまで、
何人ものリレーを通ってきているということが
この本を読むとじわじわと感じられてくる。

2017年に長野・木崎湖「アルプスブックキャンプ」で藤原印刷の
藤原章次さんに出会い、その後東京のオフィスにお邪魔をし、
一言に衝撃を受けた。

「それって作品って言えるのかな」

http://hero.niiblo.jp/e485548.html
(発酵人であるということ 17.8.8)

「本を贈る」には、
藤原印刷・兄こと藤原隆充さんが語っている。
章のテーマは、心を刷る「心刷」。

創業者である藤原さんのおばあちゃん輝さんは、
タイプライターを習い、タイピストとして独立。
タイプライターで原稿を打ちこんでいく。

著者の原稿がタイピストの介在によって
熱量を失ってしまうことに違和感を持った輝さんは、
「一文字一文字に心を込めて打つ」ことの大切さに気がつく。
ここから「心刷」というコンセプトが始まった。

そして、やはり印象に残ったのはこの部分。

「情報を伝えるためだけの紙メディアが
インターネットの普及で激減するのは当然のことです。
一方で残っていくものとはなにか。
それは、作品としての本だと思うのです。」

そうそう。
それが藤原印刷が支持される理由なのだろうな。

印刷物を刷っているのではなく、
「作品」を刷っているのだ。

と。

「本を贈る」はこんな風に、
1冊の本がどのようにできていくのかを
本になったつもりで旅をするように読むこともできるし、
本を手渡す一人のランナーとして、
本の流れに身を委ねることもできる、
そんなあったかい気持ちになれる1冊。
これは仕入れて届けたい本だなと思う。

「続・ゆっくりいそげ」は、
「本を贈る」に並走してくる。

~~~ここからメモ

人は幼いころ、自分の人生の目的地を動詞のhaveで考える。
そこからもう少し大人になると、動詞のdoで考えるようになる。
doで人生のゴールを定義することの辛い部分は、
多くの場合、それがすぐには達成できないことであることだ。

そこでbe動詞である。
「何を持ちたいか」、「何をしたいか」ではなく
「どうありたいか」。

beの充足は、doの挑戦への前向きな前提条件ともなる。

思うようにお店の売り上げが上がらなかったり、
企画したイベントが不発に終わったりしたとしても、
それはカフェ店主のとしての
自分の「職業技術」だったり「機能性」が十分でなかったからなのであり、
自分の「存在」そのものを否定しなくてもいいんだと思えるからだ。

beが満たされている限り、その上で、結果を振り返り、反省し、
次はもっとうまくやってやろうと再度挑戦しようという気にもなる。
そうして、ちょっとずつでもdoの達成を積み重ねていくことで、
自分のありたい姿も、より信じられるようになっていく。

その関係をぼくは、beの充足を根っことし、
具体的な行動・挑戦(do)を幹であり枝とする樹形のようにとらえている。

~~~ここまでメモ

僕(とこはるん)の場のチカラ理論によれば、
大切なのは場のチカラであり、
場のチカラの中でも
「誰とやるか」っていうのは最重要な項目となる。

影山さん的に言えば、
「誰とやるか」っていうのは、
「どうあるか」つまりbeの前提条件にもなっている。

「就活の違和感」を的確についている、と思った。

自己分析で「やりたいこと・将来ビジョン」など、
doの目標を見つけさせようとするのだけど、
本人たちにとっては、beどうありたいか?が大切なのであって、
それは言葉にすればまさにイナカレッジが言うような
「暮らし方」とかそういう話になるし、「誰と働くか?」っていうことになる。

それなしに「do」の目標だけを設定し、
そこに向かって自らを最適化させていくことは、
影山さんによれば、根っこなしに植物を育てようとしているようなものだ。

それは植物工場のように、温度管理され、
最適な養分が常に流れ込むような環境でしか育たない植物になるリスクを抱えている。
そして、その養分となるのがおそらくは「他者からの評価」であり「(金銭的)報酬」である。

そして、
「場のチカラ」がキーワードだった(というか今も)、
影山さんが「場の力」を説明している。

影山さんによれば「場の力」とは、
空間×関係性×記憶
なのだという。

おおお。
これは、僕が言っていた
「誰とやるか」「いつやるか」「どこでやるか」
をもう少し長いスパンで表現したものなのではないか。

影山さんは、
「場」をお店のような継続していく場としてとらえ、
僕は「場」を、ミーティングやイベント、合宿などの
「瞬間」の場として捉えている差なのではないかと思った。

それは僕が落ち着きがないからか、
劇団員を志向しているからかどうかはわからないけど。

そして、ここからがこの本の1月1日読書でのクライマックスだった。
(まだ読み終えていない)

「人と場とか、相互作用によってお互いを高めていくさまは身近な
事象によっても確認できる。---おでんだ。」

えええ。
おでんっスか!?

クルミドコーヒーと影山さんのスマートなイメージと
「おでん」がギャップがあって萌えた。(笑)

でも、このおでんのたとえがよかった。

~~~以下一部引用

つゆ(場)の出汁によって、
たまごも、だいこんも、こんにゃくもおいしくなるが、
そこにはたらきをなしているこんぶやさつまあげや牛すじがある。

個々の具材がいかされているといっても
それらはバラバラに活躍するわけではなく、
おでんとしての一体感がある。

具材の中に「引き立てられる」のが
上手な具材とむしろ
「場を育てる」方面でこそ
力を発揮する具材とがあることにも気がつく。

~~~以上一部引用

このあと、さくらんぼの話も素敵なのだけど、
それは、本書を読んでいただきたい。

このあと、
場が力をもつための5か条が書いてあり、
影山さんはその章を
「カフェこそが、その場である」

と締めくくるんだけど、僕にとっては、
本屋こそが、その場である、と思った。

カフェにも、
空間がもっている「歴史」があるだろう。

でも本屋には、
「本を贈る」に書いてあるような、
「思い」のリレーを経た本たちが、
そして何より、先人たちの人生そのものが、
そこに並んでいるのだ。

「本」という時間軸のラインと。
「場」という空間のデザインと。

それらが交差する場が本屋であると思う。

宮沢賢治がおよそ100年前に語った、
「第四次元の芸術」という問い。

世の中を第四次元の芸術へとつくりあげる。
その小さいものが本屋で実現できるかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 08:25Comments(0)