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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2017年07月11日

本屋とは、世界に放たれた手紙

なぜ本屋なのか?
とよく聞かれる。




さわや書店フェザン店。
大好きな本屋さん。
本屋はどこまで本屋になれるのか。

どうやら「文庫X」という企画が
書店界隈では話題となっていたようだ。

表紙を伏せて、
メッセージを載せて、
すべてを隠して文庫本を売るというもの。

それにどんな思いを込めたのか。
なにがどうつながると、そうなるのか。


「書店員X」(長江貴士 中公新書ラクレ)

それがこの本に書いてあって、
いま読み途中。
文庫Xは、あっという間に読み終えた。

たしかに、普段なら手に取らないだろうな
と思う本。

しかし、グイグイ引き込まれていく。
そして熱い。

生きるとは?
働くとは?
仕事とは?
価値とは?

そんな根源的な問いにあふれている1冊だった。

そんな本に出会ったからこそ
文庫Xという企画が生まれた。

その売り方には、
小阪裕司さんの方法論も
取り入れられていて、とっても楽しかった。

そう。
一緒につくりたいんだよね、何かを。

そんなことが本屋さんでできるんだって
そんな風に思った。

誰かに届けたい
そんな思いが連鎖していく。

本1冊1冊も手紙であるのだけど、
本屋そのものが、手紙なんだって。

そんな本屋さんをつくろうと思う。
コアなお客は、コミュニティ難民な女子たちかもな、と思っている。
うまくコミュニティと同調できない人。

そこに感性の高い男子(イケトとか唐澤くんとか)が入ってきて、
学びあいながら、新しい仕事というかプロジェクトというか、
そういうのを作っていけるような
本屋さんをつくりたいと思う。

やっぱり本屋なんだよね。
そう思った。

さわや書店さん、田口さん、長江さん、
ありがとう。  

Posted by ニシダタクジ at 08:54Comments(0)学び

2017年05月19日

「予測できない」というモチベーション・デザイン


「つながるカレー」(フィルムアート社)の加藤文俊さんに初めてお話を伺った。


Clip日本橋で開催されたこの企画は法政大学の長岡先生のゼミの一つ。「カフェゼミ」


30人を超える人がいたような。

「脱・合目的的」な実験の場、つまり
偶然を起こすことを目的としているカフェゼミ。
大学生のゼミ生が20人くらいと
一般参加者が15名くらいかな。

直感と好奇心で動く・フットワーク&ネットワークを基本スタイルとして、
創造的なコラボレーションのデザインを目指す長岡研究室は、

古い価値観や慣習に囚われず、
自由闊達に個性を発揮しながら、
一人ひとりの多様性を受け入れる、
プレイフルな協働の姿を模索する。
詳しくはこちらから。
http://www.tnlab.net/



さてさて。
つながるカレーのお話。

現在までに60回を数えている
加藤さんらが手掛ける「カレーキャラバン」
http://curry-caravan.net/

はじまりは、
アートプロジェクトの一環として
墨田区でカレーをつくった。

そのとき、小学生が野菜を切ってくれたり、
近所のおっちゃんがジョッキ生ビールを
差し入れしてくれたりした。

これは!
と思い、活動をスタート。
以降、全国各地を含め、
60回にわたるカレーキャラバンを実行。

そんな話を聞きながら、
カレーキャラバンという
参加のデザイン、コミュニケーションのデザイン、
あるいは非営利活動のモチベーション・デザインに
ただただ驚いていた。

そして「アマチュアリズム」について
考えさせられた。

長岡先生のレジメに載っていた。
脱・専門主義=アマチュアリズムを引用する。

「アマチュアリズムとは、専門家のように利益や褒章に
よって動かされるのではなく、愛好精神と抑えがたい興味に
よって衝き動かされ、

より大きな俯瞰図を手に入れたり、境界や障害を乗り越え
さまざまなつながりをつけたり、

また、特定の専門分野にしばられずに、専門職という
制限から自由になって観念や価値を追求することをいう」
(E.サイード 『知識人とは何か』)

なるほど。
いいね、アマチュアであること。

~~~以下、イベントメモ

売りものじゃないところがポイント。
無料だからプロではない。
お金を取り始めると味を追求しちゃう。

お金をもらうつもりでやんないといいものできないだろう、という呪縛。

いい大人になって、
使い道のわからない月5000円くらいあるでしょう?と言われ、
いいんじゃないか、と思えた。

赤字モデルは、ビジネスモデルを意識している。
まだあの当時は若かった。
ビジネスモデル?眼中にないよ。
つながるカレーは、欠かせない出費なんだ。

まちかどでカレーをやると、気質が見える。
一時的・即興的に人びとの交流の場が生まれる。

方法としてのカレーキャラバン。

プロジェクトはたとえひとりぼっちになってもやる、
意味があってもなくてもやる。そういうもん。

公パブリックと私プライベートのあいだの共コモンズを取り戻す。
いまや公か私しかなくなった。共の領域の消失。空き地がなくなった。

カレー食べてるときは境界線があいまいになる。
1時間だけコモンズができる。カレーによって境界線に揺さぶりをかける。

もともとこの図があってカレーをやったわけじゃない。
コモンズを取り戻すために始めたわけじゃない。
やってみて、振り返ってみたら、共の復活だった。

ご当地カレーという名前にとらわれず、現地で買うだけでいい。

何が起こるかわからない。これがカレーキャラバンの最大の価値だ。
カレーをつくるまで、何ができるか、誰と出会うかわからない。
何カレーができるかわからないのだ。

カレーはみんなでつくるのにちょうどよかった。嫌いな人が少ない、
みんなが一言ある、ツッコミを入れられる、
敷居が低く、参加しやすい。身分を問われない。

月に一回だからやり方を忘れる、
上達しない、常に初心を保つ構造になっている。

参加のデザインを生むには、常に下手でいることが大事。
プロにならない、アマチュアであること。
上手くならない。プロへの誘惑を断ち切る。

帰りの車の中での振り返りが1番楽しい。
それは、予想しなかったことがたくさん起こるから。
予想しなかったことが起こることこそがレジャー。

~~~ここまでメモ(講演録・自分の感じたこと)

まあ、こんな感じ。
一言でいえば、痛快な時間でした。
なんだかスカッとした。

つながるカレーのアマチュアであり続ける仕組みに感銘した。
結果論なんでしょうけど。

一番印象に残っているのは、
「帰りの車の中で振り返りをしているときが一番楽しい。」

そうそう。
それだ!って。
振り返りが楽しくなるような活動をしなくちゃいけないよね。

そして、
カレーキャラバンの最大の素晴らしさは
「アマチュア」であることであり、
「アマチュア」であり続ける仕組みである。
(これは完全に結果論というか振り返ってわかったことだと思うけど)

ご当地カレーという名前にとらわれずに
現地で食材を調達する、ということだけが決まっている。
それは、何カレーができるか、わからないということ。

じっくりと時間をかけてつくる。
それは、だれが参加するかわからないということ。

そしてなにより、カレーであるということ。
そこには、だれもが、一言言いたかったり、
後から隠し味を付け足したかったりする。
つまり、途中からでも参加ができる。

参加のデザイン。
フラットな関係性のデザイン。

そしてなにより、
「予測不可能」という、モチベーション・デザイン
ができているのではないかと感じた。

加藤さんたちをカレーキャラバンに掻き立てるのは、
その「予測不可能な何か」との出会いであり、

アマチュアであり続けることにより、
その現場には、「失敗」という概念がそもそも
存在しないのだ。

カレーがおいしかったりおいしくなかったりということばかりではなく、
人が思ったより来なくて、カレーが大量に余って、ジップロックに入れて
持ち帰ったことでさえも、「予測不可能な何か」である。
それが楽しくて、やめられないのだろうと思った。

ツルハシブックスで店員サムライをしていた
ノジマモエコがかつて言っていた。
「ツルハシブックスに行くと、誰かに会えるから。」

6次元のナカムラクニオさんも言っていた。

「場づくりにおいて大切なことは
『もしかして次に来た時には、もうここはないんじゃないか』
と感じさせるような『一期一会の空間』をつくることだと思っています。
それこそが、どこでも買えない価値のあることなんだと、
みんなすでに気が付いているのではないでしょうか?」

カレーキャラバンは、
文字通り、1回だけの、一期一会の「場」がそこに出現する。
それは本の中でも書かれているが、まさに即興劇のようだ。

何が起こるかわからない。
それがカレーキャラバンだった。

「目的があり、目標があって、
シュミレーションして、計画通りに実施すること。
「想定外」が起こらないように、万全の準備をすること。
そうやって描いていたとおりの目標を達成する。」

「振り返りとは、次回の開催に向けて、
改善点を洗い出し、つぶしていくこと。」

そうやって得られるものとは、
いったい、お金と何なのだろうか?

予測不可能で、何が起こるかわからない。
その場に居合わせたメンバーで、何かをつくっていく。

そこで起こる出来事すべてが、
次の活動へのモチベーションになっていく。
そんなカレーキャラバンから大いなる問いをもらった。

その問いが何か、まだよくわからないのだけど(笑)、
「もやもや」してるけど、痛快な時間でした。  

Posted by ニシダタクジ at 08:12Comments(0)学び

2017年05月15日

「なぜ?」は未来ではなく、過去に対しての問い

何かを始める人に、
「なぜ?」と聞いてはいけない。

たいていの場合は答えられないし、
答えられるプロジェクトは、あんまりおもしろくない。
「なぜかわからない」のは聞く人の世界観が狭いのと、
やる人の中で直感で進んでいて言語化がまだであるということに過ぎない。

おじさんは、
自分が生きてきた枠組みの中で、世界を理解しようとする。
(逆に言えば、そういう人を「おじさん」と呼ぶ)
だから、つい、目の前の理解不能なプロジェクトや若者を否定したり、
「なぜやるの?」「それでどうやって稼ぐんだ?」という質問をしてしまう。

その質問が若者から機会を奪っている、と思う。

なぜ?
という質問は、過去に対してされる質問であると思った。

僕の20代は、「まきどき村」という畑のプロジェクトと
共にあった。

24歳の春。1999年。
大学院の2年目に入るときに、
まきどき村は発足。

朝ごはんを畑で食べる「人生最高の朝ごはん」を始める


2004年からは
近所の住民が管理する旧庄屋佐藤家で
囲炉裏を囲んで食べるようになる。


やりながら、
僕は、なぜ?という質問にいつも困っていた。

「畑をやっている」と言っても、
農業、つまり野菜を販売しているわけでもない。
「それで収入を得ているか?」と言われても、
会員費と朝ごはん参加費で
運営するだけで収入などもらっていない。

なぜか、新潟地域ニュービジネス協議会に誘われて、
ビジネスメッセに出展したりしていたのだけど、
来場者は僕の展示を見て、
「これでどうやってビジネスにするんですか?」
と首をかしげるばかりだった。

実際は、家庭教師をしたり、
パソコンを教えたり、たのまれて店番をしたり、
学習塾を自宅で始めたり、モグリで民宿を始めたり、
サンクチュアリ出版の営業をしたり、
ライターの仕事をして、なんとか「食べて」いっていたのだけど。

そんなふうに20代を過ごしていた。

それを「なぜ?」と今問われれば、
ある程度は答えられる。

僕は、人が集まる場をつくりたかったのだし、
「コミュニケーション・デザイン」を研究していたのだと。

日曜日、朝6時集合で
農作業のあと、朝ごはんを作って食べる
というシンプルな構造の朝ごはんは、

・朝早く集まることでの寝ぼけていたり
メイクができなかったりして心のバリアが少ない。
・200年以上の古民家で囲炉裏を囲むことによって、
地域と歴史に包まれたり、火を見ることで話やすくなる
・農作業や調理を通じての、非言語コミュニケーションが
交わされる。

なによりも
・ご飯をともに食べる、文字通り「同じカマの飯を食べる」
は人と人がつながるもっとも有効な方法である。

まきどき村は、今年19年目を迎えて、
村長と唐澤夫妻を中心に、活動を続けている。

ツルハシブックスのいわゆる「サムライ」制度だって、
始めるときは、なにそれ?って感じなわけで。

黒澤監督の「七人の侍」から、
思いついたのだけど、
(店員サムライだけでなく掃除サムライや贈本サムライなどがあった)

その中でも、もっとも偉大なコミュニケーション革命は
「寄付サムライ」であろう。

コミュニティデザインとは、当事者意識のスイッチを押す場のデザインのこと
http://hero.niiblo.jp/e371609.html
(2014.3.5)

店員サムライであるということ
http://hero.niiblo.jp/e477457.html
(2016.3.3)

~~~以下、ブログから引用

日本のファンドレイジング界に一石を投じた
(と思っているのは僕だけなのかもしれないが)

「寄付侍」と呼び方を変えるだけで、
寄付する人とされる人の関係性が変わった。

「寄付したいんですけど」
「あ、ありがとうございます。」
とどちらかと言えば寄付者が上位にあった関係性が

「寄付サムライになりたいんですけど。」
「え。君にその覚悟があるのか?まだ早い。」
「そこをなんとかお願いします。寄付サムライになりたいんです。」

といったん断ることができるようになった。
(実際はそんなことないのだけど)

ツルハシブックスにとって、
「サムライ」とは、フラットであること
なのかもしれない。
共に学ぼう、ということなのかもしれない。

~~~以上引用

そんな「コミュニケーション・デザイン」研究を行ってきたのではないかと僕は思う。

「暗やみ本屋ハックツ」もある見方から見れば、
「本を介した、まちづくりへの参加のデザイン」と呼べるだろう。

ハックツのコンセプトは、
10代に向けて本を通じて手紙を届ける。

それをなぜか?と問われれば、
2002年に不登校の中学生に出会ったときに、
地域の様々な大人との出会いを届ける仕組みをつくりたい
と思ったからである。

このように今となってみれば、
「なぜ?」にこたえることができる。

しかし、その当時は、なぜやっているか、
まったく言語化できなかった。
1年ほど過ぎてメディアに取り上げられ、その質問をされて
初めて答えられるようになったのである。

13日の新城劇場での取材もそんな感じだった。

これは、自分自身でも同じことが言えるだろう。

始めるときに、
「なぜ、自分はこれをやるのだろう?」
と深く考えてはいけない。

しかし、
やり始めて、様々な出会いや変化があったとき、
あらためて、
「なぜ、これを始めたのだろう?」と問いかけることは
とても大事なことだと思う。

金曜日のブログに書いた
「顧客はだれか?」という問い。

僕は、顧客はその人の過去にしか居ないと思っている。
過去に出会った人、あるいは過去の自分自身。
テレビを通じて出会ったけど、大きく憤り、
自分がなんとかしなきゃ、って当事者意識を持った出来事。

もしかしたら、なにかを始めた後で、
そのプロジェクトに参加してくれた誰か、かもしれない。

顧客に出会うためには、
始めたあとで自ら「なぜ?」を問うことだと思う。

世の大人たちは、
若者が何かを始めようとするとき、
「なぜ?」と聞いてはいけない。
「おもしろそうだね、それ」と言っておこう。

そして、ある程度プロジェクトが進んできたら
「なぜ始めたんだっけ?」と聞いてあげたらいいと思う。

始めるのに理由は要らない。
続けるのには理由がいる。
そしてその理由は、
続けていく中で出会った人なのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 08:14Comments(0)学び

2017年04月25日

「紙芝居屋」というおまけ付きメディア


「だがしや楽校」(松田道雄 新評論)

第1章3 「みせ」は学び屋
いよいよ、という感じ。

「店」のはじまりは「市」であり、
中世の定期市は、回数が増えて
やがて常設となり、商品を見せる
「見世棚」は「見世」と呼ばれて、
それが「店」になりました。

そして
おじいさんは、物売りに、
おばあさんは、店番をしていました。

物売りの文化を受け継いで、
わが国独自の「子どもメディア」を作り上げたのが
紙芝居です。

山形市内のタクシー運転手のおじさん(1944年まれ)
の話によると、

「群れで遊んでいる場に拍子木の音が聞こえると、
子どもたちはワッとたかったよ。
「黄金バッド」が一番人気だったね。
今のテレビゲームと違うのは、
人といっしょに見て、人の話を聞くということだったと思うよ。

ばくだん(あられ)、水あめ。
水あめは、五円。
ルールがあったよ、買った子が前で、買わない子が後ろ。
でも、買わない子が見れないんじゃなかったよ。
この境界のあいまいさ重要だったと思うなあ。」

ここから松田さんの鋭い考察。

~~~ここから引用

話を聞きながら、この「境界のあいまいさ」こそ、
許容性のある仲間集団ができる秘訣だったのではないかとふと思いました。

「紙芝居屋」と言いますが、
思い起こしてみると、紙芝居は飴売りの「おまけ」です。

「おまけ」にこれほどのエネルギーを注ぐ商売も
めずらしいのではないでしょうか。
その努力が「紙芝居文化」を生んだ要因かもしれません。

おまけの文化やおまけの教育は、
駄菓子屋の副業文化や副業教育にも
通じるものがありそうです。

自由空間の中で飴をなめながら紙芝居を楽しむ
自然な光景に比べれば、
「遊び」と「飴」と「自由」を取り去った学びは、あまりにも空虚です。

一人一人が仕事や生活の「おまけ」として
子どもに関わる社会教育の原点を、
駄菓子屋や紙芝居屋に見ることができるのではないでしょうか。

紙芝居は、ほどなくテレビの登場によって消滅しますが、
紙芝居は、一方的な情報の垂れ流しのメディアと異なり、
話し手が子どもの反応を見ながら臨機応変に語る
「人対人のおまけ付きメディア」だったのです。

~~~ここまで引用

「境界のあいまいさ」
が居心地の良さを生むのではないか。
しかもそこには少しの緊張感もあり。

たしかに、そうかも。

ツルハシブックスも、
サムライ制度をつくって、運用していたけど、
誰が店員で誰が客なのか、わからなかったし、

「劇場のような本屋」
「本屋のような劇場」

っていうのも、
そこに居合わせた人たちが見ることができる、
という意味でも境界のあいまいさを示す。

そして何よりも
紙芝居は、おまけであって、
商品ではないということ。

そんなふうに、商品とおまけの
境界線もあいまいであるということも
魅力や居心地のよさにつながっていくのではないか。

なるほど。
だんだん、近づいてきてる、
そんな気がする読書って楽しい。  

Posted by ニシダタクジ at 08:07Comments(0)学び

2017年04月24日

サードプレイスは「提供」できない


サードプレイスとしての本屋を考える@新城劇場 17.4.23

なんだか。
面白かった。

一番おもしろかったのは、
「サードプレイスは提供できない」
っていうこと。

特に中学生高校生にとってはそうなのかもしれない。
スターバックスのように、「サードプレイス」という商品に
お金を出して買う、というようなものではないのかもしれない。

なぜなら、
中高生のころを思い出してもらえば、
「サードプレイス」とは、
自ら発見し、つくっていくものであった。

ある人にとっては、
レコード屋のおやじがいる空間であり、
ある人にとっては、
仲間と話した部室だったりする。
家庭、学校(職場)ではない、第3の場所。

それはもしかしたら提供できないのだ
と思っていたら、タイミングよく、
10年以上ぶりに飛び込んでくる本がある。

これが最近の読書運の良さ。


駄菓子屋楽校(松田道雄 新評論)

著者は「駄菓子屋の教育的意義」を研究テーマとして、
ひたすら研究し尽くした。

そして、山形市内で
「だがしや楽校」という、
大人が子どもに様々な遊びを披露する場を始める。

僕は2004年にこの本を読み、
いたく感動して、2005年から「だがしや楽校」を
新潟市の巻と、中越地震後の旧川口町で取り組む。

この本では、
加藤理氏の「駄菓子屋・読み物と子どもの近代」という本の
「子どもが作り出した駄菓子屋」の項を取り上げ、「駄菓子屋」の定義を
「子どもが駄菓子屋だと認知した店が駄菓子屋なのだ」と結論している。

~~~ここから一部引用

「羽田郷土誌」(昭和29年)によれば、
資料によって「子供用小菓子店」の数が
9店だったり、20店だったり資料によって大きく異なるのです。

その謎を、
加藤氏は、9店とは、自分の店が駄菓子屋だと自覚して
自己申告した数で、20店とは、客である子どもや
第三者の調査者がその店を駄菓子屋だと認知した数だと
説明しています。

そしてこの事実から
「駄菓子屋という概念は、店の経営者たちが
作ったものではなく、じつは顧客である子どもたちが
作り出した概念だった」と述べて、次のようにまとめています。

「つまり駄菓子屋とは、店の経営者である大人が、
子どもたちを顧客とした子どもたちの店を開こうと
思って開いた店ではないのである。

需要に応じて品揃えをしていった結果、子どもたちに駄菓子屋
と認知されるようになっていった店をさしていたのである。
もう少し別の表現をすると、大人たちが、駄菓子屋とはこういう店、
これが子どものためにふさわしい店、と考えて用意し子どもたちに
提供したのではなく、数ある店の中から、
子どもたちが自分たちの店、として認識した店が駄菓子屋になっていったのである。

その意味ではたとえ本来は八百屋だったとしても、
子どもたちが駄菓子屋だと認めればそこは子どもたちにとって
駄菓子屋になるし、認めなければ、たとえ品揃えが駄菓子屋的
であっても駄菓子屋にはならなかった、とも言えよう。

~~~ここまで一部引用

実際に松田さんも
子どもたちに聞いた「駄菓子屋」をたずねてみたら、
そこは八百屋だったり、小鳥屋だったりという
思い描いていたオーソドックスな駄菓子屋像とは大きく違ったのだという。

そしてそれは「大人世界」と「子ども世界」
の違いであり、

駄菓子屋は、子ども世界の主観的現実の中に存在し、
それは空き地につくる「秘密基地」と同じようなものだったのだ。

なるほど。
この後、話は、「市の教育学」という
「屋台のある本屋」の本質に迫っていく。

なんていう読書運なんだろう。
明日が楽しみ。

ということで、
イベントの話に戻ると、
中高生に「サードプレイス」を提供することはできないのだということ。

大人社会から見た「サードプレイス」像を
彼らがそのように認知するかどうかは
別の問題なのだ。

ということは、やはり、つくる段階から、
大人社会ではない、向こう側から見た
サードプレイスをつくっていくことが必要である。

それはかつて読んだ、
坂口恭平さんが「独立国家のつくり方」で言っている
「無数の放課後社会」のひとつとなるのだろう。

自由とはタテの世界を行き来すること(13.1.19)
http://hero.niiblo.jp/e229119.html

だとしたら、
おっさんの出番ではなく、
大学生や20代の出番なのだろう。

いや、「子どものような大人」なら、
なんとかなるかもしれない。

現在の中学生や高校生の話を聞き、
彼らを想像しながら、ともに創っていくもの。

そんな「場」や「空間」づくりをこれからやっていく。  

Posted by ニシダタクジ at 08:01Comments(0)学び

2017年03月25日

The great teacher inspires.

日本経済新聞社主催の
大学改革シンポジウム
改革はどこまで進んだか?

ノーベル生理学・医学賞の大隅良典・東京工業大学栄誉教授に
聞き手、池上彰さん(同じく東工大特命教授という豪華な対談から始まり、

関西学院大学の村田学長
芝浦工業大学の村上学長
(株)ワークスアプリケーションズの牧野CEO
のパネルディスカッション。

あんなに熱いシンポジウムは
ここ10年記憶がないくらいの熱気。
パネルディスカッションがディスカッションになってたし。

ということで、少しメモを。

~~~以下対談メモ

新しい学問には権威がないから、自由な発想が受け入れられやすい

1人の研究より共同研究。
違う方法論でアプローチしてくれる人がいるという価値

異質な存在があってこその発見。

役に立つとは何か?
2.3年後に企業で役に立つことか?
20.30年後に役に立つ、かもしれないか?

28年前にはガンの研究の役に立つなんて思っていなかった。

役に立つという概念を社会がもうちょっと考える。
短期的に役に立つか立たないかの二軸で判断していいのか?

科学は文化になってほしい。
役に立つか立たないかという視点で評価しないでほしい。

サイエンスを文化として楽しもう

~~~以上対談メモ

いいですね。
まずは大隅先生から「役に立つ」ということへの問いがなげかけられる。

役に立つか立たないか?
という視点を短期的なものとしてとらえすぎていないか?

そうそう。
「効率的」なことを重視しすぎていないか?

昨日のブログで書いた没頭する、っていう
堀江さんの言葉を思い出した。

そして、さらにシビれたのは、パネルディスカッション。

▽▽▽ここからパネルのメモ

何を教えたか、ではなく、何を学んだか。

卒論は最高のアクティブラーニングだ

The great teacher inspires.
偉大な教師は学びの心に火を灯す。

知識ではなく、行動力、態度、価値観。

大学が単なるラベルであった時代には遊んでいてもよかった。
しかしこれからは主体性と多様性とコラボレーションの時代だから、
大学名に関わらず、やらないと。

高校までは文科省の検定済の教科書で学んできた。
それはだいたい正しいことが書いてある。
しかし、大学で研究されていることは最先端だから、
間違っているかもしれない。
だから、鵜呑みにせずにクリティカルシンキングしないと。

って言ったら、池上彰先生に苦情
クリティカルシンキングが大事だ、を
あまりに素直に受け取りすぎだよ。(笑)

コミットメントするということ。
期限を決めて、全力でやるということ。

教育と研究の関係。
研究で知った喜びを、熱を伝達していく。
それがインスパイアを呼ぶ。

よい研究者は、よい教育者だ。熱を伝えられるから。
研究してなければ、教育はできない。

△△△ここまでパネルメモ

うんうん。
特に芝浦工業大学の村上学長の言った
The great teacher inspires.

教員も職員も学生もgreat teacher
を目指していくというのが芝浦イズムだという。

気になったので、検索した。
この言葉は、
ウイリアム・アーサー・ワード(William Arthur Ward, 1921-1994)が言った

The mediocre teacher tells.
The good teacher explains.
The superior teacher demonstrates.
The great teacher inspires.

凡庸な教師はただしゃべる
よい教師は説明する
すぐれた教師は自らやってみせる
偉大な教師は心に火を灯す

だったことを知る。
なるほど。

インスパイア。

それかもな。
堀江さんの言う「没頭する」の
前段階にある、「衝動」を起こさせる何か。

それをgreat teacher と呼ぶのだろうと。

だとすると、
それは「誰か」じゃなくて、
「何か」であるかもしれないなと。

2008年、ナカムラノリカズくんと一緒にやっていた
起業家留学プログラムの研修を思い出した。

心に火を灯す。

彼の司会や、ほかの研修生とつくる場のチカラが
宮澤くんたちの心に火を灯すのを目の前で見た。

インターンシップに必要なのは、
きっとそういうことなのだろう。
インスパイア。
それこそが必須の条件だ。

それは、受け入れ先の企業の人、
プログラムの設計、そして場のチカラ。
この3つが必要なのだろうと思った。

インスパイアなきインターンは今すぐに
やめたほうがいいと思った。

そして、インターンをはじめ、
学校外で、地域で、あるいは外国で何かやってみるというのは、
「インスパイア」を得るための機会なのかもしれないと思った。

いや、そもそも。
The great teacher inspires.

を逆から読んでみると、
インスパイアさせるものが偉大な教師である、
とするならば、

「機会」そのものが偉大な教師なのではないか。
という仮説ができる。

それだ、と思った。

僕が本屋をやったのも、
地下にハックツをつくったのも、
劇団員というシステムをつくったのも、
そこに「インスパイア」の機会が生まれるからなのではないか。
「心に火が灯る」瞬間が生まれるからではないか。

great teacher とは、機会であり、場であり、コミュニティなのではないか。

きっとこれからも、
それをやっていくのだろう。

たった一言で「インスパイア」は起こる。

僕にとって、昨日のシンポジウムの場はそんな機会となりました。
ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:11Comments(0)学び

2017年03月20日

作品と文化のあいだ

アーティストと作品の関係。のつづき。
「作品」と「文化」の関係。

まきどき村も
ツルハシブックスも
コメタクも

共通しているのは、
「効率化」そのものに抗っているということかな。
それは、結果論なのだけど。

まきどき村は
「豊かさとは何か?」という問いへのひとつのアプローチだった。
ツルハシブックスは、
「若者地域拠点としての本屋」という方法論だった。
そしてコメタクは、
「米を炊く」という具体的方法による世の中に好きと隙を増やす活動だった。

その中に共通して流れているもの。
それは、「効率化に抗う」ということ。
なのかもしれないな、と思った。

そして、それは、
クルミドコーヒーやカキモリやタルマーリーみたいな、
経済社会そのものへの問いよりは
少し小さいのかもしれないけど、
結構共感度の高いプロジェクトなのかもしれない。

目標を決めず、セッションを楽しむ。

「目的」は究極、今日を楽しむということ。
本日この時間を楽しむということ。

そこでは周りを見渡して、
みんながどんな楽器を手に持っているかを見ながら、
新しい演者が向こうからやってくるかもしれないと思いながら、
自分の楽器を打ち鳴らすか、あるいはそこで踊るのだ。

そうして、できていくもの。
それが、作品であり文化であり、自らのキャリアであるのかもしれない。

昨日、かなちゃんが言った言葉に、ドキっとした。

「日本語がYes Noを最初に言わないのは、
結論を急がなくてもいいからだ。」

まず理由を述べて、最後に結論を述べる。
聞いているほうは、「結論はどっちなんだろう」
と想像しなければならない。

それは、話を聞くということ、
相手を理解するということなのかもしれない。
もっとセッションを楽しむ。
温暖な我が国では、そんな余裕があったのかもしれない。

セッションを繰り返し、
プロジェクトが生まれ、
作品が生まれる。
その作品がいつしか文化に変わっていく。

さくらちゃんも言っていた。
「個人に依存しているうちは、まだ文化になっていない。」

なるほど。
「この文化の期限には、諸説ありますが、」
と言われて初めてそれが「文化」になっているのだと。
面白いなあ。

しかし、
さくらちゃんがやっている「聞き書き」は、
個人が大切なのだという。

ライブなのだと。
誰と誰が聞き書きという場を共有したのか、
というのが大切で、そこからどんな言葉が出てきたのか。
そんな関係性が大切なのだと。

僕たちは、周りを見渡して、ライブを生きながら、
一方でそれをいろんな人が始められるように、
「文化」をつくっていくようなことを望む。
ひとつのプロジェクトが共感の連鎖でつながり、広がっていく。

きっと、そうやって、
作品と文化のあいだを、
ぐるぐるしながら、
未来と自分ができていく。

そんなことを感じた、いい夜でした。  

Posted by ニシダタクジ at 07:07Comments(0)学び

2017年02月17日

「発酵」しながら生きる


西村佳哲さん。

初めてお会いしました。
2017年の初めから、
「自分の仕事をつくる」「自分をいかして生きる」を読み直し、

そして今も「かかわり方の学び方」を
読み進めていたので、非常にタイムリーでした。
素敵な人だった。

さらに、進行していた、津屋崎ブランチ
http://1000gen.com/
の山口さんの冒頭のトークが熱くって。
一気にテンションあがった。
コメタクのコンセプトに非常にシンクロしている気がして。

なんか自分の方向性に自信が持てた1日となりました。

~~~以下メモ

注意事項
・否定しないで耳を澄ます。
・自分だけが正しいと思わない。断定しない。新しい気づきを大切に。
・沈黙を歓迎する。言葉が出てこないのは生まれる前兆。
・落書き・メモを取る。

感じをデザインする。感じを交わし合う。
自然物のカラーパレット。

自分は何をするか、から、周りにいる人と何ができるか?
という問い。
出会いをカタチにする。

15分プレゼン→シェア
を繰り返すと様子がわかってくる感じになる。
「思い浮かぶ人」を増やすことが地域に活動を増やす。

つなぐ公社のロゴはこぐま座。
北極星を見失わずにつなぎ直して価値をつくる。

名刺交換でその人を見てない。
肩書きとメリットしか見てなかった。

肩書きじゃなく、まずその人とつながること。
そこから始まる。

どこで、だれと、なにを、して生きていくか。
「なにを」から、「だれと」になり、「どこで」というのも大切になってきた。

暮らしをつくる。風景をつくる。
本当の暮らし、働き方、つながり。
暮らし→家族、地域
働き方→専業なのか?
つながり→人として見る
風景→人の営みがにじみ出る

まちづくりとは、このまちにあった
営みの哲学を新しい形でとりもどすことだ。

風景=情景をつくる。いい映画を見たとき、シーンが残る。空気感。
シーンを生み出していくこと。
シーンには、暮らす人の価値観がにじみ出る。

いいアウトプットを出す人は、方法論が違うだろう。

違和感を大切にする。
違和感こそ衝動のタネ。
やり方を変えられる。

仕事だから、っていう言い訳は、
仕事と自分が分離している。

仕事は、
はたらき→生業→事業→産業と拡大していく。
地方創生とかで、仕事をつくる、って言う時の仕事ってどれ?

はたらき、は、いるだけで作動する機能。ほっとする、とか。
生業は、機能+技能。個人に依存している。その人がいなくなったら無くなる。
事業は、個人に依存していない。仕組みができている。システムに依存する。
このあいだにカベがある。
産業は事業の集積。

その場合の仕事は、どの位相の仕事のことを言ってるの?

生業のデメリットは、本人が本人の奴隷になることがあること。
事業になるとそれがなくなる。
そのあいだに家業がある。

最近は家業っぽい事業が増えつつある。
ニュー家業的会社が増えている。個人が大事にされている。

移住して仕事をつくる、のときの仕事は「生業」であることが多い。
それをどうニュー「家業」に発展させていけるか。

日本は産業(工業)がダメになっている。
カンフル剤としての多機能化やエコ家電があったが、すでに限界。
次の産業をつくらなければいけないが、いきなり産業はつくれず、
生業から始めて、家業、事業と発展させなければならない。

まずは生業を集めて、組み合わせること。星座のように。
ねんど細工のような、やりながら考えるような。
⇒「発酵」みたいな。
温度や湿度が整えば勝手に生まれてくるような。
コンディションが大事。

都会のアスファルトでは芽吹かないが、
津屋崎ではミミズがいっぱいいるので、種があれば芽吹く。

「はたらき」に気づくには他者が必要。

自分で見つけるのは難しい
→あきもせずに繰り返しできること
→たいしたことないと思っている
→実は才能かも。

「生業」も自分だけでは考えないこと。

世界に一つだけの花という強迫。
出会いを仕事にする、というような感覚。

個人にウェイトを置くキャリア教育=西洋的
「個人」という縛りから外れること。発酵=環境

自分の思惑通りの人生は意外に面白くない。
「気がついたらここに来ちゃった。」と言っている人で
つらそうな人はあまり見たことがない。楽しそう。

自分が開かれていることが大事。

「費用対効果」「原因と結果」という幻。
1対1の対応関係であるはずがない。
小さな「原因」をたくさんつくっていくようなまちづくり。

イベントをやる(非日常)
→日々、今日を幸せに生きる。(日常)
→平凡なことしかやってない。
→営みの中にシーン(風景・情景)が生まれる。

結果としてしか起こらないことを目的にしているのではないか?

~~~ここまでメモ

これが、また今朝読んでいた
「かかわり方の学び方」の内容とリンクする。

カール・ロジャースの
「パーソン・センタード・アプローチ」。

共感、無条件の肯定的尊重、自己一致。
これらの条件が揃うと、その気があろうとなかろうと
より一致する方向へ向かう。

たとえ相手がどんな人であろうと、生き物であるなら、
聴き手の条件が揃うと語り手の中に自然に発動する動きがある

なるほど。
これがつまり、「発酵」ってことか。

環境を整えることで
おのずから、芽が出る。
そんな場をつくっていくこと。

昨日の話を聞いて、
「豊かさ」や「キャリア」について、
僕が考えてきたこと、考えていることが、
非常にいい線いってるなあと実感した。

そして、いま自分がここに立っている意味を。

大学時代、自然農に学び
まきどき村で農を核としたコミュニティをつくり、
大学生のインターンプログラムをつくり、
キャリアのことに関心を持ち、

もっと自信のない子にアプローチしたいと
ツルハシブックスをつくり、
そして、茨城に来て、岡倉天心という生き方に出会った。

これがもし、偶然ではないとすると。

西村さんが
「かかわり方の学び方」のあとがきで

「やり方」の奥には、「あり方」があったわけです。
そこがなによりも違うんだなと。
働き方方面から掘っていた穴と、
かかわり方(ワークショップとかそのファシリテーション)方面から
掘っていた穴がそこで貫通します。

そうそう。
そういう「貫通」した感じ、昨日はありました。

大学時代に環境問題をテーマにしたことで出会った
「豊かさと何か?」という問いと
若者のキャリア形成というシーンで出会った、
「地域とキャリアの関係」という問いが貫通したように思えます。

そして、
それは「発酵」のように「自然農」のように、
環境をつくるということ。

パーソン・センタード・アプローチのように、
ひとりひとりの中にあるものを信じるということ。

「未来」という「自然」と、ともにあるということ。

キャリアデザインもキャリアドリフトも
個をベースにしてつくられているけど、もしかしたら
日本では、もっと、主客一体とか一座建立とか
そういう精神でキャリアをつくっていくことが可能なのではないか。

いや、二者択一ではなくて、
それらをミックスしながら、
岡倉天心的な第3の道を歩んでいくことが可能なのではないか。

鴻上尚史さんのいう、
同調圧力についても理解し、
俯瞰して世の中を見ること。

それと同時に、
地域や世の中という環境に委ね、
感じ、行動していくこと。

そこから対話しながら、キャリアを構築していくこと。
そこに僕の使命があるんじゃないか。

まずは僕自身も発酵しながら生きたいと
強く思った1日になりました。

西村さん、山口さん、本当にありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:15Comments(0)学び

2017年02月12日

「少数派」を好きになるということ

福島に来ています。

朝7時から、大学生4人とミーティング


おとといの農家ヒアリングで大学生が聞いた一言。

「農業は可能性だらけだ。」

ホント、僕もそう思う。

「顔が見える」っていうのは
つくっている人の顔が見えるだけでなく、
食べている人の顔が見えるということでもある。

とか。
いろいろ学びが多かった。

そして今回、
僕がもっとも痛切に感じたのは、

「食」や「農」というテーマは、
若者のアイデンティティ問題にとっては、
解決策のひとつとなるのではないか?
という仮説だ。

若者のアイデンティティ問題。

たとえば、
「自信がない」とか
「やりたいことがわからない」とか

その大きな原因は
満たされていない承認欲求、
とくにベースとなる「親和的承認」の機会の少なさにあると
僕は考えている。

参考:「評価」ではなく、「承認」を必要としている。
http://hero.niiblo.jp/e470668.html
(2015.7.16)

その解決策は、商店街や離島に行くことだと思った。
そこで存在そのものを受け入れてもらうことが大切ではないかと。

もうひとつ、方法があるのではないか。
それが「食」や「農」なのかもしれないと思った。

有機農家やオーガニックレストランの
運営者に話を聞くこと。
価値観を揺さぶられること。
そして好きになること。

そのプロセスの中で、
大学生は「好き」という関係性を築いていく。

その「好き」の関係性を増やしていくこと。

結局、個人のアイデンティティは
その人の中にあるのではなくて、関係性の中にある。
フェイスブックは関係性の可視化ツールで
あるからこそ、ときに喜びや出会いを、
ときに悲しみや嫉妬を運んでしまうのではないか。

しかし、ネットの中ではなく、
リアルな社会に、「好き」という関係性をつくっていけるか、
それがアイデンティティにつながっていく。

「恋愛したいけどできない。」
と思っている女子には、自信が足りないのだと大人はいう。

「人を好きになる前にまず自分を好きにならなきゃ」
という謎のアドバイスをするおじさんもいる。

しかし、
簡単に言っても、「自分を好きになる」っていうのは
そんなに簡単なものではない。

だから、まず、恋愛ではなく、人を好きになる。
それは、お気に入りのお店でもいいし、住みたいまちでもいい。

その「好き」を好きだと自信を持って言えるとき
(それは決して好きである理由を述べられるという意味ではない)
人は小さな自信の階段を登るのではないか。

今回、大学生たちがヒアリングした農家はしきりに、
自分たちが「少数派」であることを語っていたという。

僕は、そこにまた違った希望を見た。

つまり、「少数派」である人たちを
かっこいい、とか、尊敬できる、とか
好きになった時点で、
自分の感性への自信が少し増しているのではないか。

その他大勢ではなく、
自分が感じる「好き」を集めていくこと。
その入り口を食べることにすること。

今回のミーティングは、
若者のアイデンティティ問題を
「食」「農」というフィールドで、アプローチできるのでは、
という仮説を得た、僕にとっても収穫の多いものとなった。

もうひとつ。
つけ加えると、「伝え方」のこと。

「伝えよう」とすると、伝わらないのではないかと思った。
今回はひとりの大学生の言葉に胸を打たれた。

それは、彼女自身が、
農業者の話を聞いて、価値観を揺さぶられたのを
素直に表現していたからだ。

こんなことは今まで考えてなかった。
世界が広がった。

そんなことを自分の言葉で紡いでいた。
実はそれこそが「伝わる」言葉なのかもしれない。

僕たちはいま、
新しいメディアをつくろうとしている。

大学生や高校生が「食」「農」をテーマに取材し、
学んだことをアウトプットするプロセスの中で、
価値観に揺さぶりをかけ、生き方を探っていく、
その探っていく過程そのものに、
実はメディアとしての価値もあるのかもしれない。

感じたことを素直に書いていくこと。
それをアウトプットしていくこと。

それを繰り返すことで、
小さなメディアができていくのかもしれない。

「食」「農」の可能性を感じた1日でした。
ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 05:23Comments(0)学び

2017年02月09日

「正しさ」への違和感

最近のトピック。

「正しさ」への違和感。

「バブル以前」と「バブル以降」と
世代をぶったぎるわけではないけれど、
そこに大きな隔たりがあるような気がしている。

僕が啓発系の環境NGOから手を引いたのも、
まさに「正しさ」への違和感だった。

自分たちは正しく、世の中は間違っている、あるいは狂っている。

その価値観。
それが多数派であれば、
それ以外の人たちは少数派「アウトロー」として外に追いやる。

http://hero.niiblo.jp/e483155.html
(20代の宿題 16.12.10)

の佐々木さんも言っているように、
上へ、でも、外へでもない
第3の道を探れ、と言っている。

これがおそらくはこれからの時代の
スタンダードになっていくのだろう。

「正しさ」など存在しない。

ミスチルの歌ではないけれど、
白と黒のあいだに無限のグレーが広がっているのだ。

その「正しさ」とは、
経済至上主義であり、学歴社会であり、
そこから紡がれてきた「社会の常識」だ。

「正しさ」への違和感を抱えながら、生きていく。
これはもはや必要不可欠なのだろうと思う。

「価値観の多様化」とはそういうことなのだろうと。

信念を持つことは素晴らしいと思う。
しかし、世の中は変わってしまったのだ。
いつまでも過去の「正しさ」を引きずってはならない。

その「正しさ」を捨て去ることができるか。
「もしかしたら」と他の要素が入ってくる余裕を持てるか。

それがないと、
これからの時代は非常に生きづらくなっていくのかもしれないな、と思った。

「シーナと一平」が言っていたけど
境界のデザインを意識して、コミュニケーションのきっかけになる
パブリックマインドを持ち得たとき、輪が広がる。

まさにそういうこと。
そんな境界をデザインして、
そこの生まれるコミュニケーションによって
生成される何か。

きっとそれこそが「場」の目的なのではないだろうか。  

Posted by ニシダタクジ at 06:14Comments(0)学び

2017年01月18日

誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所を作ること


「未来食堂ができるまで」(小林せかい 小学館)

なんか。
最近また読む本のタイミングがいいなあ。
1月7日に未来食堂買った1冊。

このあとに出た「ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由」
もシビれまくったけど。

こちらの「未来食堂ができるまで」
もリアルで素敵です。

驚いたのは、コミュニティへの言及。

~~~以下引用

ただし、自分としては、まかないは
「お店のファンクラブ」や「会社を超えた第3コミュニティ」
みたいな今流行のコンテキストとしてはまったく捉えていません。

あくまでも、一文無しになったり、そんなどうしようもないときに
未来食堂のことを思い出してほしいという想いから来ています。

少なくとも一度は訪れてくれた人との縁は切りたくない。
たとえ、もしその人が一文無しになったとしても、
どうにかつながる方法は残しておきたかったんです。
未来食堂は誰かのセーフティーネットでありたいのです。

なのでひっそりとやっていきたいなと思っています。
コミュニティとなった瞬間に、コミュニティの中と外というように
二分化されてしまうので、それは望む姿ではありません。

今の流行はコミュニティのコンテキストに流れていきがちだと思うので
極力注意してやっていきたいのです。
ただのセーフティーネットだし、意識高い何かでもないのです。

どこまでも「わたし」と「あなた」がいる、
そのあり方が未来食堂なんだと思います。

~~~ここまで引用

このあと読み進めていくと、
さらに熱い表現があるのだけど、
それは読んでみてのお楽しみ。

未来食堂のコンセプトは、
「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所を作ること」

未来食堂の存在価値は、
常に新しいこと、常識を再構築すること。

そうそう。
ツルハシブックスもそうだったのかもしれないなと。

だからこそ、
「劇場」であり、「畑のある本屋」に向かっているのだと思っています。

誰もが受け入れられる。
それは本屋単体では難しかったです。

誰もがふさわしい。
それは、舞台を用意して、
「演じられる」役が生まれることであるかもしれません。

同志というかなんというか。

僕もそんな場を目指していきたいなあと思います。

「コミュニティ」ではなく
どこまでも、「わたし」と「あなた」がいる。

そんな本屋さんになりたい。  

Posted by ニシダタクジ at 07:56Comments(0)学び

2017年01月16日

なるべく多くの人をゴールまで連れていく

福岡テンジン大学の岩永さんと。


写真は1.14の佐賀・古湯温泉ですが、
話をしたのは1.13の福岡・天神でした。

福岡テンジン大学(以下テン大)は、
60名のボランティアスタッフで回している。
月に1度第4土曜日に数々の講座を行っている。

その仕組みは

理事
講座企画者
講座レポート担当
当日お手伝い

というピラミッド構造になっていき、
講座企画者を5回以上やると
「マイスター」として認定され、
講座企画者のアドバイスを行う。

「マイスター」の特典は
その講座が終了し、打ち上げをするときの
飲み会代が無料になるだけだという。

企画者は、企画シートを書くなかで、
なぜやりたいのか?
誰に届けたいのか?
を深く考えるようになっている。

そして参加者から
リフレクションシートを書いてもらい、
目的・ゴールを達成したかどうか、検証する。
そうやって「体験の言語化」をしているのだという。

岩永さんが言っていた言葉で
印象的だったのは、
「ドラクエ方式」のこと。

ドラクエの原作者が語っていたこと。
ドラクエの設計で大切なことは、

「次とりあえずどこにいくか?」がわかる
ということだという。

何をしたらよいかわからなくなった瞬間に、
人はゲームをするのをやめるのだという。

だから、
「なるべく多くの人をゴールまで連れていく」
ために、次にどこにいけばいいか、わかることを大切にしているのだという。

あと、ふりかえり手法では、
「トークフォークダンス」っていうのが
面白そうだなあと思った。

内側と外側に分けて、
順々に振り返りをしていくのだという。

話し役と聞き役を分けて、
そしてそれで聞き役の人はなにかホメるのだという。

その感想を聞くと、
〇〇さんに言われた言葉がよかった
とか、プラスになるのだという。

なんか、さすが。
テン大、すごい仕組み。

まさに北九州で聞いてきた、
「よいシステムは自律して動く」
がそこにあるような気がした。

刺激いっぱいいただきました。
ありがとうございます。  

Posted by ニシダタクジ at 14:04Comments(0)学び

2017年01月15日

いいシステムをつくれば場は自律的に動く

北九州市・小倉の旦過市場。
ここに「大學堂」という北九州市立大学の
フィールドワーク研究会(通称:野研)が手掛ける
お店がある。

手がけたのは
人類学を研究する竹川先生ほかゼミのメンバー。

話を聞いていたら
エッセンスがいろいろつまっていたので
ここに少しまとめておくことにする。

~~~ここからメモ

義務は2つ
1 ミーティングに出る。(毎週水曜12:00~14:30)
2 活動したら報告をする。ほかの人に伝える。

報告のポイント
・まとめない。
・1人1人が出す。
・他人がわかるように書く。
・ほかの人が気づかないことを報告する

人類学
「歩いて」「見て」「聞いて」「伝える」

文字化するということ。
一言でもいいから終わったその日に書くということ。

「場」について
・部屋をひとつ確保する。
・毎日誰かいる状態にする。
・「プロジェクトは雑談から生まれる」

会議:報告・決定をする場
⇒細かい議論:「場」で行う

「空間」を「場」に変える。
「場」=力が働いている「空間」

「場」は1か所のほうがいい。
場を2つにすると組織が2つに割れる。

野研は組織ではなく、ネットワーク。
メンバーシップをあいまいにする。

コミュニティ⇔ネットワーク
新しい人が来るというのが場にとって大事。

いいプログラムを組めば、
いいシステムを作れば、自律的に動く。

ボロい部屋のほうが「場」に向いている
きれいで、近くに先生がいる⇒×

「表現の場」としての掲示板の重要性
アナログであること。
掲示板というメディア

~~~ここまでメモ

いちばんシビれたのは
タイトルにも書いたけど
よいシステムは自律的に動くってところかな。

野研、奥が深いです。
またまとめます。


竹川先生、ありがとうございます。  

Posted by ニシダタクジ at 07:54Comments(0)学び

2017年01月06日

神は「空白」に舞い降りる


「当事者の時代」(佐々木俊尚 光文社新書)

先月に引き続き佐々木俊尚ウィーク継続中。
「当事者の時代」

戦後の
被害者と加害者の意識の変遷を
全共闘などの事例を通して、斬る
っていう、めっちゃ難しい本。(笑)

338ページ読んできて、
ようやく第5章。

「穢れ」からの退避
ここからいきなり熱くてワクワクした。

ここでは日本の神道がどのように神をとらえているか、
が鋭くつっこまれている。

~~~ここから引用

神々は、どんな場所に降りてくるのだろうか。
どこか岩の上。あるいは、人の手で掃き清められた清浄な場所。
そういう場に、神々は降りてくると古代の人は考えていた。

だから神社のような永続的な建物は
もともと日本の神道には存在せず、
まつりのたびに人々はその場に神に降りてきてもらい、
そこでさまざまな儀式を行っていたのだ。

神々はいたるところに偏在する存在で、
そこに意図的に空白の場所「しろ」を
つくっておけば、そこに神がやってくるというのだ。

つまりは、神社は神社の建物そのものが神々しいのではなく、
その中心に神がやってくる空白の何もない空間が
つくられていることが神々しいのだ。

日本の神々は、いろんな場所をふわふわと浮遊している。
そして、人間が身を清めて一心に祈ると、
目の前に用意されている「空白」の場所へと舞い降りてきてくれるのだ。

ただその「場」を用意する。それこそが人間のできる唯一のこと、
というのがもともとのこの日本列島の島々の信仰心だったということなのだ。

神をまつる神社は、つねにそこに座っている神をまつる固定化されたものではなく、
そこに空白をつくって神を呼び寄せる場所として機能してきたのである。

この何もない空間、空白こそが、「絶対」にほかならない。
この「絶対」は空白であるがゆえに傷つけられず、汚されることもない。

伊勢神宮の式年遷宮の意味。
建物は神ではない。神は空白そのものなのだ。

日本人は、どこかからやってきた神様をお迎えし、丁重に応対し、
そして最後はお帰りいただくということをつねに続けてきた。
この三つの過程のどれが欠けても、神様の送り迎えを無事に終わらせることはできない。

神様はあくまでも私たちの日常の外からやってきて、
一時的に滞在して、いつかは帰っていく人たち。
つまり言ってしまえば、「異邦人」でもあったのだ。

ハレの日に客が来て、
私たちの日常は賑やかで新鮮な空気に一変する。

ふだんは食べられないようなご馳走が並べられる。
そして旅人でもある来客は、珍しく面白い話をもたらしてくれる。

来客の話は、新鮮な活気を私たちの
退屈な日常へと吹き込んでくれるからだ。

しかしこの新鮮な活気、新たな刺激は、
実のところ彼ら来客が私たちとはまったく違う「異邦人」で
あるからこそ表現できるものなのだ。

謎めいていて不透明で、
何か暗い異空間のようなものを背負った異物であるからこそ、
私たちの退屈な日常は刺激を受けるのだ。

~~~ここまで引用

この章を当然、著者の佐々木さんは、
「当事者」という視点から描いているわけで、

この後に、
「絶対」でアウトサイダーとしての視点を持つことで、
戦後の「運動」は当事者性を失い、衰退していく。
という仕組みが考察されている。

しかし、この章だけを、
「場」という視点から見てみるとどうだろう。

「場」に必要なエッセンスが含まれているのではないか。

「場」に必要なのは神が降りるための「空白」であり、
「異邦人」としての神であるのではないか。

「場のチカラ」とは、
「空白」が存在すること、
「異邦人」を受け入れられることではないか。

お店に例えれば、
「異邦人」として店にやってきて、
つかのま滞在し、新しい風を吹き込み、
非日常空間を生み出し、そして去っていく。

そんなまつりのような「店」ができないだろうか。

いや、
そんな店こそが、「場のチカラ」を有する、
素敵な場所なのではないか。

そんな空間をつくりたい、
そしてその空間は「日本人」という言い方が正しいかどうかわからないけど、
われらの先祖が古来から、持っていた意識にあっているのではないだろうか。  

Posted by ニシダタクジ at 08:26Comments(0)学び

2016年12月15日

0.3から始まるまち暮らし



シェアする暮らしのポータルサイト主催
そして暮らしは共同体になる出版記念イベント
佐々木俊尚×影山知明@汐留ホール
に行ってきました。

いってよかったです。
本もすごくよかったので、
話聞きたいなあと思っていたところで
タイミングよかったなあ。

シェアする暮らしのポータルサイト
のシェアって「持ち寄る」」って意味だったんですね。
素敵だなあ。

昨日の話のテーマは
「まちで暮らす。」だったように思う。

コメタクとか、
3号室プロジェクトとか、
きっとそういう話。

~~~以下キーワード

ミニマルな衣食住
ミニマルだからこそ外に開かれる。
ゆるゆるつながって暮らす。

リビングはカフェ。まちを間取りとして考える
豆腐屋やビストロ、まち全体がチーム稲垣

大衆居酒屋のように
居心地の良さが大切になってきた。
アンチ六本木・渋谷とかではなく、
赤羽や西荻窪が愛されるようになってきた。

マンションが発明されたのは近代以降

古代ギリシャでは、
家の前のほうを男の空間(パブリック)
後ろのほうを女の空間(プライベート)とした

日本では、上り框(かまち)=閾というのがあった。
パブリックとプライベートのあいだ。

まちの中心ってどこ?
人が集まる場、広場がまちの中心
Iターンした人が
カフェやゲストハウスをつくるのはなぜか?
人が集まる場がまちの中心だから。

開かれた共同体であることが必要。
ヒッピーコミューンは閉じたことで消滅した。
熊本・サイハテは自給自足しない、開かれている。
ネットというテクノロジーが可能にしている。

共同体の感覚が変わってきた。
不自由さとともにある共生関係ではない。

総中流という幻想
自らを多層化していくこと

まちは自動車なのか、植物なのか。
植物を育てるようにまちをつくる。
設計図はないが状況がある。
芽が出るような状況にしていくこと。

機械・ロボットに置き換わらない仕事
CMH
クリエイティブ、マネジメント、ホスピタリティ

自主性は不要。ついていく人を見つけられればいい。
そして、ついていく。

変化の時代。
その変化を受け入れて楽しもうとすること。

~~~ここまでメモ

写真を交えながら、
そして時代は共同体になるの
エッセンスを受け取りました。

なんか、楽しかった。

「ミニマルな暮らし」を望む人たちは
まち全体でシェアする暮らし、
「まちで暮らす。」の心地よさに気づく。

そんなことができるまちを
求めているのだろうと思った。

そんな人たちをつないでいく、
パブリックとプライベートのあいだ
が必要なのだろう。

あるいは、
ヨソモノと暮らす人のあいだ
が必要なのだろう。

だから人は住み開きをし、カフェをつくり、ゲストハウスを
つくっていくのだろうなと思った。

「そして、暮らしは共同体になる」
っていうのはそういうことなのだろうなあと思った。

コメタク、やっぱりいい線いっているなあと感じた。

その共同体は、開かれていて、演じられていて、
なんていうか、風が吹き抜ける感じになるのだろうなあと。

印象に残ったのは、
影山さんが対談の中で言っていた

「これまで工学的にまちづくりをしてきたけど
まちは自動車なのか、植物なのか?」

って。

自動車であれば、工場を建てて
部品をそろえればできるけど、

植物は、そうじゃない。
おかれている「状況」がある。

自然条件、土、日光、ほかの植物
などなど。

そんな状況のなかで、
ど芽を出し、花を開き、実をつける。

そんなものを育てていくことが
まちづくりなのだろうなあと。

そういった意味では、
ツルハシブックスはもう一度やりなおしなのかもしれないね。

自然条件と、土と、光の具合と相談しながら、
まちにすでにあるお店や人とコラボしながら、
つくっていく。

ゼロからではなく、
0.3くらいから始まるまち暮らし。

そんなのが始まっていく気がする。

コメタク、やっぱり最先端だなあと実感しました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:27Comments(0)学び

2016年11月23日

「感染動機」による内発的学び


「14歳からの社会学」(宮台真司 世界文化社)

昨日に引き続きまして。
いやあ、これ面白い。
真骨頂は第5章でしたね。

第5章 <本物>と<ニセ物>

ここです。
大学生必読。

~~~ここから一部引用

宮台さんによると、
ものを学ぼうとするときに、3つの動機があるという。

1 競争動機(勝つ喜び)
周りの子とテストの点数を競い合うとか
人よりも高い偏差値の学校に合格したいと思って受験勉強するとか。

2 理解同期(わかる喜び)
自分の力で問題が解けたとか
自分の考えをうまく説明できたと感じる喜び。

戦後の日本の教育は、
「競争動機」と「理解動機」に集中して議論がなされてきた。
だがもうひとつ大事な動機がある、と宮台さんは言う。
それが

3 感染動機だ。
直感で「スゴイ」と思う人がいて、その人のそばにいると
「感染」してしまい、身ぶりや手ぶりやしゃべり方までまねしてしまう
―そうやって学んだことが一番身になると宮台さんは言う。

「よくわからないけどスゴイ」から始まる学び。

「感染動機」だけが知識を本当に血肉化できる。
なぜか。

「競争動機」は競争に勝った喜びの瞬間。
「理解動機」は理解できた喜びの瞬間。
これらの瞬間を求めて、君はやる気を出す。

「感染動機」は違う。
スゴイ人に「感染」している何かをしている時間が、
すべて喜びの時間―瞬間じゃない―になるんだ。

だから、感染動機が最も強い「内発性」をあたえる。
「内発性」とは、内側からわき上がる力だ。
「自発性」と比べるといい。

「競争動機」も「理解動機」も自発性に基づく。

「感染動機」は違う。
「感染」している限り、「何か」自体が喜びになる。
やることなすことが喜びだ。これこそが「内発性」なんだ

1 誰かに「感染」し、
2 徹底的にその人の視点から理解し
3 やがて卒業して今度は別の誰かに「感染」する。

1~3を数回繰り返すと、
君自身が誰かから「感染」してもらえる価値を持つようになっているだろう。

~~~ここまで一部引用

したがって、
大切なのは、知識ではなく、「感染」。
「スゴイ人」に「感染」する感受性を少しずつ育むこと。

いや。
これはたしかにそうだ。

大学時代に得るべき「学び」
っていうのは、この、
「感染動機」による内発的な学びではないか。

そういう意味では、
広い世界を見るっていうことは大切だと思う。
もしかしたらその前に「プライドを砕く」っていう
ワンステップが必要なのかもしれないけど。

僕の場合は、
大学1年生の時に、啓発系環境NGOの代表の本を読み、感染。
大学2年生の時には、微生物資材技術を説明するとある農学部教授の本を読み、感染。

大学4年生の時には、「自然農」の川口由一さんに、
院1年生の時には、「粗食のすすめ」の幕内秀夫さんに感染した。

思えば、それが今の基本姿勢を決めているのかもしれないなと。
前者の二つは、「卒業」したので、あえて名前を出さないが、
たしかに、宮台さんのいうように、「感染」によって僕はつくられてきた。

「勝手に弟子入り」みたいな感じ。
追っかけになる、というのかな。

自然農の川口さんは、ほんと、追っかけた。

山形の北のほうから
四国・徳島の自然農実践者の集いまで、
川口さんの講演を聞きに行った。

そのときの最初の出会いは
東京での対談イベントだっただろうか。

ものすごい衝撃だった。
淡々と語る川口さんの姿にびっくりした。

伝えようとしていないのに、伝わってくる。

これはなんだろう?
と率直に疑問を感じた。
思えば、それが宮台さんの言う「感染」だったのだろう。

「感染動機」による内発的学びは、楽しい。
言語化できない何かを解き明かし続けていく旅だから。

まさにこれこそが、
大学生の、20代の、宿題になるのではないか。

感染する誰かに出会い、感染する。

そこから学びのドアは開かれていく。  

Posted by ニシダタクジ at 08:00Comments(0)学び

2016年11月07日

居場所のジレンマ



ツルハシブックス閉店。
5年半という期間、たくさんの人に支えていただいた。

ふりかえると、
山田店長の名言
「これがツルハシブックスの日常です」が出た
2015年12月のテレビ放送の時が最高値で、
ラストの1年は、「居場所のジレンマ」に苦しむ日々だった。

「居場所のジレンマ」

それは、居心地のいい場所は、
誰かにとっての「居場所」になる。

そしてその「居場所」を享受する人が増えすぎると、
その場所は、初めて来店する人にとっては、
「居心地の悪い場所」に感じられる。

「常連さん」
と呼ばれる人が増えてきたら、注意が必要だ。

ツルハシブックスの店員サムライには
わずかな決め事があった。

・レジに必ず1人は立っている。
・来店したお客さん全てに話しかける。
・「こんにちは」「近くからですか?遠くからですか?」
そのあと、話の流れは個々に委ねられる。

この会話が成立するには、
本屋という空間に人が多すぎてはいけない。

せいぜい、3人。
いや、8人いてもいいけど、その8人は
1人で本を見ている人が3人、
2人で話している人と3人で話している人が1組ずつ
というように、なっていなければならない。

ソファ席を廃止したのは、
大人数で集まることを防ぐためだ。

「お客はだれか?」
ツルハシブックスの店員サムライが
合宿で問われる重要な問い。

ツルハシブックスにとって、「お客」とは
自動ドアに見えるけど実は手動の、
あの重い扉を勇気を出して開けてきた
中学生高校生大学生のことだった。

だから、彼らが来た時に、
店員サムライだけではなく、
その場にいるお客さんも、
みな、その瞬間、「演じ」なければならない。

店員役を、
そして、お客の役を。

それを目指し、「劇団員」という制度をつくり、
それはツルハシブックスという場所でなくても、
「日常」を「劇場」に変えていく、という思いを込めた。

常連さんたちのためには「三階」をつくった。
「居場所」は三階で、一階の空間はツルハシブックスとして残したかった。

しかし、その試みは、失敗した。
「居場所のジレンマ」の壁は超えられなかった。

11月3日も、同じことが起こった。
ツルハシブックスで知り合ったお客さん同士で
遊びに行った後の午後6時前に、
ふたたび「ただいま」ともどってきた。

10人ほどのお客さんが、テーブル席に集まっていた。

そうなると、もう、
その空間は「劇場」としての緊張感を失う。
初めて来店したお客さんへの対応も、
まずは「うるさくってすみません」という言葉から入るようになる。

それが決して悪いわけではないという人もいるかもしれない。

でも、僕がツルハシブックスで創りたかったのは、
劇場としての本屋であって、「居場所」ではない。

「コミュニティ難民のススメ」(アサダワタル 木楽舎)を読んで、
「居場所とは瞬間のことだ」という言葉にインスパイアされた。

ツルハシブックスは、アートプロジェクトだった。
「アートとデザインとビジネスのあいだ」というアートを
目指す活動だった。

「中高生のための本屋づくり」
をコンテンツとして集まった、
「サムライ」と呼ばれる人たちによる
アートプロジェクトだった。

アートプロジェクトで大切にすべきは
当然、「美しさ」である。

「居場所のジレンマ」をどうやって超えるのか?

本屋、あるいはブックカフェという具体的な「場」を
持ってしまったら、それは避けられないのか。

何十年も続いている喫茶店やショットバーのような空間
が「居場所のジレンマ」をどのように超えているのか?
については、「お客を育てる」というところがポイントらしいが、
それができていなかったのか。

スターバックスコーヒーで朝活を続ける土屋さんの
つくる「場」のようなものは、固定した場所ではできないのか。

そんな大きな問いが残ったツルハシブックス閉店だった。

山田店長がいうように、
ツルハシブックスはこれから、「ハード」ではなく、「ソフト」として
活動していくことになる。

「居場所のジレンマ」をどう超えるか?

これを一緒に考えてくれる方、
あなたも「ツルハシブックス」劇団員になりませんか?

「ツルハシブックス劇団員」募集
http://www.tsuruhashibooks.com/gekidan.html  

Posted by ニシダタクジ at 07:13Comments(0)学び

2016年10月19日

「リスペクト」なき国


「日本の反知性主義」(内田樹編 晶文社)

難しいっ。

けど面白いなあと。

知的好奇心をくすぐられる1冊。
今日は白井聡さんの「反知性主義、その世界的文脈と日本的特徴」より

~~~ここから一部引用

「日本社会は同調圧力が強い」といわれるが、
何に同調させられているのか?
その核心にあるのは、「敵対性の否認」にほかなるまい。

このことは、明治以降の近代化に始まり、
敗戦を契機とする民主化が行われても、
依然として日本国家が契約国家(社会契約に基づく国家)
になり切っていないことと関係している。

要するにこの国には「社会」がない。
社会においては本来、その構成員のあいだで
潜在的・顕在的に利害や価値観の敵対関係が
存在することが前提されなければならない。

しかし、日本人の標準的な社会観にはこの前提が存在しない。
そうでなければ、「社会」という言葉と「会社」という言葉が
事実上同義で使われるという著しい混乱が生じるはずがないのである。
(「社会人」とは実質的に「会社人」を意味する)

あるいは「権利」も同様である。
敵対する可能性をもった対等な者同士が
お互いに納得できる利害の公正な妥協点を
見つけるためにこの概念があるのだとすれば、
敵対性のない社会にはそもそもこの概念が必要がない。

ゆえに、社会内在的な敵対性を否定する
日本社会では「正当な権利」という概念が根本的に理解されておらず、
その結果、侵害された権利の回復を唱える人や団体が、
不当な特権を主張する輩だと認知される。
ここではすべての権利は「利権」にすぎない。

(中略)

「貴方のためなのよ」という母親が
しばしば子に対して発する言葉は、
支配の欲望を実現しつつ隠蔽するものであるが、
それは戦前戦中の思想検事の論理をぴたりとなぞっている。

そこでは温情と拷問は、いずれも、
思想犯の主体性を無化する、主体として思考することを
不可能にする手段としてコインの裏表をなしていたのであった。

~~~ここまで一部引用

なるほどなあ。
「孤独と不安のレッスン」や「空気と世間」の鴻上さんのいう
日本社会についての記述としてはうなるばかりだ。

社会システムとして、主体性が育たないように
しておきながら、
いまさら「主体性が大切だ」とか言っているんです、
我が国は。

ひとりひとりを個人として、リスペクトすること。
まずはそこから、ですかね。  

Posted by ニシダタクジ at 08:01Comments(0)学び

2016年09月17日

「過去」というモチベーションの源泉

3日目。

昨日のワークシートにタイトルをつける。
これはまずタイトルを付けるだけ。

見えてきた町のタイトル。
タイトルをつけると、それは「作品」になる。
2日間の総決算。

そのタイトルが
プレゼンテーション(提案)のテーマになる。

参考資料の提示。
RESASおよび統計資料および観光マップ

~~~
これは不要だったかも。
統計データで裏付けるほどのプランは練っていない。
観光マップもあまり良くなかった。
情報が多すぎる。

3日間を通して、
与えられた情報が多すぎた。

多すぎるインプットを受けているのに、
「1つに絞れ」とか「シンプルに」というのは
無理があったかも。
~~~

参考資料の提示の次は、プラン作成

星空の中から星座を見つける。
それをプランに落とし込んでいく。

BEFOREとAFTER
そこに自分たちは、そして、まちづくり会社は何ができるか。

プランの軸を見つける。
ここが各チーム苦労した。

具体的なプランに落とし込む
というのが難しい。

昼休み後
小さくまとまるな、というゲキを飛ばす。
「現実的になるな」というメッセージ。

締め切りを切ったことがプランは完成。
そしてプレゼンテーション。

・発表順はアルファベット順でよかったか?
・プレゼン時間5分間を測定したほうがよかったか。
・お金に関する質問は雰囲気もモチベーションも下がる。

・第2の顧客:メリットがある人は誰だろう?という問いかけ
もう少し視野を広げて考えてみる。

そして講評
・「目的」は本当に目的なのか?
・お金を稼ぐこと、スマホを買うことが目的なのか?

・「目的」(まと)と「目標」(しるし)の違いは?
・達成のためには、3つのことを共有する「目的」「役割」「価値観」

・ボランティア=語源は火山。やりたくて仕方ない。衝動
⇒目的の明確化が必要

・現在と未来しかないと説得力がない。
・なぜ?を問いかけると「過去」とつながる。
⇒それがモチベーションになる。

ラストは振り返りを記入して終了。

個人にフォーカスできたチームのほうが
プレゼンの共感度は高かった。
抽象的な課題やテーマにとどまってしまったところは、
プレゼンも上滑りした。

情報はあふれるほどにあった。
材料に満ち溢れていた。
何が足りなかったか。

「共感」、そして「過去」だ。

インタビューにおいては、
おそらく何を、じゃなくて、なぜ?
を聞かなければならなかった。

「課題共感」と「未来思考」のトレードオフ。

ここ5年間。
地域系のワークショップで、
僕がずっと課題に思っていること。

当事者意識を高めるためには、
「課題共感」が大切なのだけど、
当事者自身の話を聞いてしまうと、
「未来思考」ができなくなる。

かといって、
現状から未来をイメージするだけでは、
「そういうの、あったらいいよね」という
当事者不在の、実現性のない、机上の空論に
なってしまう。

実現性という意味では、大学生×(かける)という
フレームワークをやっても面白いかなと思った。

僕の収穫は、
「過去」というリアルが大切なんだ、と確認できた。

人は「過去」に共感するんだな。
よくいう、企業にも「物語」が必要だというのはそういうことなのかもしれない。

ツルハシブックスの店員サムライ合宿も
スタートは「過去」だ。
「心を開く」「共感」フェーズを経て、
未来を考え、現在と未来のギャップをプランに落としていく。
それかもしれない。

「過去」からスタートする。
自分たちの「過去」とまちの「過去」。

そこから未来を見ている人、作っている人の
活動しているプレイヤーたちの声を聴く。
それはたぶん「未来」への材料だ。

そこから未来をイメージする。
このときに大切なのは具体的な人を思い浮かべることだ。

その「人」を思い浮かべるためには、
おそらくはヒアリング時のリアルな声への共感が
必要になってくる。
何をやっているか、じゃなくてなぜやっているか?だ。
それを「過去」というのだけど。
そして自分自身の「過去」も未来の材料になる。

そうして描いた未来と現在とのギャップを埋める
「プラン」を考える。
それなら、共感できるかもしれない。

僕の学びは、
「共感」とは「過去」なのだということ。

そして過去こそがモチベーションの源泉なのだ。
「昔はよかった」それもモチベーションの源泉になる、ということだ。

もう一度やりたい。
また考えようっと。  

Posted by ニシダタクジ at 07:50Comments(0)学び

2016年09月16日

ラスト・サムライ

PBL2日目。
最初と最後
スタッフ打ち合わせと振り返りやったほうがいいな、と。

まずは市内巡見から。
大型ショッピングセンターの視察。
平日なので人は少なく、降りる必要は特になかった。

子育て応援施設+起業支援
を行っている場所へ。
ここでは、なかなか面白い気づきが。

他地域から嫁に来た奥さんが
結婚・出産後の孤独をなんとかするために
開所された子育てサロン。

そこに集まってくる人たちが
起業というか個人事業主になっていくのを
支援するというもの。

「ノマド」ってもしかしたら
子育て中でも働きたいお母さんの
ための言葉なのかもしれない。

実家に帰っていても、
夜中に子どもに起こされて、
眠れなくなった夜でも、
PCとネット環境さえあれば、仕事ができる。
そんな人のための「ノマド」なのかもしれない、と。

「子育て」がコミュニケーション・ツールとなって、
人と人をつなぎ、仕事が生まれる。
そんな場所に可能性を感じた。

次に行ったのが、
40年前の新興住宅地、
つまり、すっかり高齢化してしまったまちにある
ひとつのお店。

40年前のニュータウンに高齢者だけが取り残され、
最後のスーパーだった生協店舗が閉店することになった。

平成17年、いまから11年前の話だ。
閉店説明会で、住民たちは言った。

「ここがなくなったら生きていけない。」
「どこで食べる物を買えばいいんだ」

まだ、「買い物難民」という言葉が一般的でなかった時代。
500m先の国道沿いにはスーパーもあるのだが、
そこまで歩いて、帰りに荷物を持って帰ってくるのはしんどい。
「買い物難民」が歩くのは500m(往復)が限界だという。

そこで立ち上がったのがいまの理事長だった。
まずは、週に1度の市を開催。
1年半後にお店を復活させる。

コンセプトは
1 「食」を大切にする。
2 ふれあい生きがい支えあい
3 地域産業支援
だ。

これは住民アンケートで、
「とにかく食べるものを売ってほしい」というのと
「ともだちといける場所がほしい」というのと
「ともだちがほしい」

が多かったところからきているのだそうだ。

現在は手作り惣菜を含む食品の販売、
レンタルボックスなどの運営、
介護予防教室や健康麻雀などの定期的な活動、
市民交流市のようなイベント、
伝統行事(もちつき、節分)などを行っている。
また、災害時などへの備えも行っている。

この話を後ろで聞いて、熱くなっていた。

「ラスト・サムライ」
の渡辺謙を思い出していた。

まちが寂れ、若者がいなくなった。
そしてスーパーがいなくなった。
そんななかで立ち上がったサムライたち。

サムライたちはそこに、
スーパーを超える、コンビニを凌ぐ「何か」
をつくりあげた。

「ザ・ラスト・コンビニ」
ともいうべき風景が広がっていた。

スタッフであるお年寄りたちは有償ボランティア。
時給換算すると240円程度だという。
でも、みんなが生き生きと輝いていた。

「価値」とは何か?
問いかけられた。
とそんな盛りだくさんな午前中。

個人振り返りだけだったので、ちょっと消化不良か。
グループシェアができる時間がほしかった。
最初の15分の散策が不要か。
あと地図を渡しておくほうがいいね。

あとはバスの配置も
グループごとにして、口頭ベースでも振り返ったほうがよかったかな。

そして午後。
まちづくりのプレイヤーたちへのインタビュー

こちらは、
・司会を学生がやって、趣旨説明をする。
・15分話を聞き、15分はインタビューだと伝える

前日のインタビューシートが
あまり役に立っていなかったように見える
⇒前日のワーク時間は多くは不要かも

その後、個人振り返り(ワークシート記入)
そしてワークショップへ。

1 1対1インタビューで付箋に出す
2 付箋の発表
3 付箋を眺める(無言⇒対話)

・付箋の発表をしながら出していったほうがよかった。
・感性の発動をもっと大事にするような雰囲気づくり
・重要度が高そうな(心動かされた)付箋から出していく

そして、この中から「キラリと光る付箋」を見つけ、
そこから次のワークへ。

1 真ん中に「キラリ付箋」を貼る
2 そこから他の付箋を関連付けていく
3 関連付けた付箋を「原因」「結果」などで線でつなぐ

・付箋を全部生かそうとすると混乱してくる。
⇒周りに置いておく(捨てる)勇気
・真ん中に置いたのが具体的でない抽象的な
「まちに集まる人を増やす」などだと、議論が堂々巡りする。
・付箋の貼り方なども放射状にするなどの工夫が可能

具体的なお客像を軸として
つかんだグループは、話が進んでいたが、
そこが明確ではないグループはいつまでも
議論がぐるぐるしていた。

さあ、3日目。
ここからどうプランに持っていくか。  

Posted by ニシダタクジ at 06:55Comments(0)学び