プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2019年09月23日

「承認欲求」の自覚と学びあいのデザイン

ひろのアートキャンプ。
91名の方に本をハックツしてもらいました!
ふたば未来高校で活動しているカタリバのスタッフ内海さん加藤さんも、
「結のはじまり」の古谷さんも来てくれました。

ふたば未来高校の見学と発表会と
周りの方々のお話から、いろいろ感じたことをつぶやいているのだけど、
そのまとめ。

~~~ここからつぶやき

「学ぶ」とは、価値を問い続ける、ということ。

「承認欲求」の存在に気づくこと。
「地域」とか「探究」とかいう前に、そういう授業をやったほうがいいのかもしれない。

ふりかえり方法は3つ
「メタ化して学びにフォーカスすること」
「深掘りして個人の感情にフォーカスすること」
「地域にとっての価値にフォーカスすること」

答えを持っている大人からは、もう何も学べない時代に入ったのではないか。

承認を得られるのはプロジェクトの結果が出たときではなく、思ったことが言え、それを受け止めてもらった時。

親和的承認を得るためには評価を受けることではなく、愛を受けること。
向かい合うことではなく、同じ方向を見つめること。

ティーチングでもコーチングでもなく、チューニングという方法。

承認欲求が満たされないのは、第1に家庭環境と地域コミュニティの弱体化、第2に学校教育により承認欲求が評価欲求にズラされていること、第3に質的にではなく、量的な分かりやすさを志向する資本主義社会のため。

ふるさと創りびと。
で創造という同じ方向を見つめること。
自分たちが思う価値に向かって進むこと。
他者からの評価を超えて自ら評価すること。
それは同時に承認欲求を満たすのではないか。

なぜ、自分はこのプロジェクトを始めたのか?
それは事後的に分かる。
決して事前には全部分からない。
そのなぜ?に出会うためにプロジェクトがあると言ってもいい。
その予測不可能性がプロジェクトをやる意味なのだと思う。

~~~ここまでつぶやき

少し近づいた、そんな感じがした。
「答えを持っている大人」がそれを教える、
みたいなスタイルで、学びはもう成立しないんじゃないか。

高校生と同じ位置に立ち、
彼らの発する音に耳を集中させ、
共に価値を生んでいくような、
そんな時間をつくっていくこと。

「価値」はあらかじめ決まっていない、ということ。
地域や大人や先生からの「評価」は、価値ではあるけど、
価値のすべてではないということ。

「価値」はいま、この瞬間に生まれていて、
常に流動していること。

そのスタートラインに立つ前に、
あるいは、立ってからも、自らの承認欲求の存在に気づくこと。
「承認」欲求を「他者からの評価」欲求にすり替えないこと。

自ら価値を設計・設定すること。
価値をこの瞬間、一緒に探っていける大人とプロジェクトを組むこと。

「地域」で「探究」ってそういうことなんじゃないか。
答えのない時代に突入しているんですよね。

高校生がプロジェクトで何を学んだか?じゃない。
その活動のプロセスで、大人は何を感じたのか?
どんな価値を見出したのか?
関係者全員で、その価値を探し、見つけ、つかんでいくこと。

そんな設計をしなきゃいけない。

だから、チューニングなのかもしれない。
「場のチカラ」なのかもしれない。
ティーチングでもコーチングでもないチューニング。

みんなの音を合わせて、
ひとつの曲を生んでいくような、そんな設計。

それをデザインしたいと強く思った。  

Posted by ニシダタクジ at 07:08Comments(0)学び日記

2019年09月22日

「あきらめない理由」に出会うこと。



ひろのアートキャンプの準備を終えて、
ふたば未来学園高校の「未来創造研究」研究発表会の
午前中の分科会に少しだけ顔を出してきました。
3つのプロジェクトのまとめのセッションにもやもやしたので、整理してみます。

~~~ここからメモ

作業療法士を目指している高校生が地域のおばあちゃんと話す。
「こんなに笑ったのは震災の後初めてだ」と聞く。
内面の復興は進んでいないのではないかと感じる。
心が動いた。それがいつなのか?それを掘り下げていくこと。

「見学」→「計画」→「実践」
そんな流れ。そこに仮説を組み込むことで「見学」が生きてくる。
「仮説」→「見学」→「新仮説」→「計画」→「実践」→「ふりかえり」→「新・新仮説」
そのサイクルに入れたら、「探求」自体が楽しくなってくる。

やってみると、問題点が出てきた!
→それを解決するために、大人の力を借りる。
→学校に来てもらって料理を教えてもらう。
→おばあちゃんの得意料理である「酢豚」「煮物」を作ってもらう。
→地域の人が地域で料理教室をやる。
「食」でつながる。っていうのと高校生バリューっていうのがある

1~3年の混じった振り返りセッション。
ここのファシリテーションが大切だと思った。

「目的」と「手段」みたいな話に集約していくのはどうなのかなあと思った。
「進路にどう生かすか?」みたいな問いによって、学びが「手段」になってしまう。
「機会」としての学びのために地域があるんじゃないのか?

目的・目標を達成することじゃなくて、その手段を選び、そのプロセスにあることによる心の動きのほうが大切なんじゃないのか?
「手段」そのものの「瞬間」に価値があるのではないか。そしてそれは非常に個人的なもの、その人特有のものだ。

「交流」を深めるために大切なものは?
共通のテーマ(相手の立場にたっているか?)と相手はどんなことを大切にしているのか?それを感じ取れるかどうか?それって個人の能力や精神論じゃなくて、コミュニケーション・デザインの問題ではないか。
実際は、「相手の立場に立つ」ことが大切なのではなくて、相手が「この人は私のこと分かってくれてるな」と感じていることが大切なのだよね。それはテクニックやコミュニケーション力ではなくて、コミュニケーション・デザインの設計のような気がする。

「3つの発表の共通点は何か?」という問いは、過度にプロジェクトをメタ化してしまう。それはそれで重要な能力なのだろうと思うのだけど、ジャンルの違うプロジェクトでそれをやったら、精神論的なものだけが抽出されてしまうのではないか。メタ化する前にもっと解像度を上げることが大切だと思う。「共通点は何か?」っていうより「何に、どんな瞬間に一番シビれたのか?」っていう問いを投げかけたい。

「おわらせたくない」「あきらめたくない」「やめたくない」のはなぜか?
「志」があるから?
社会的意義があるから?
やりたいことと社会的価値が一致しているから?
そういう側面もあると思うけど、高校生でも大学生でも大人でも、学びのスイッチが入ってしまったから、だと思いますよ。

自分だけのため→やめちゃう
社会だけのため→やめちゃう
だから、「自分のやりたいこと」が社会のためにつながるか?が大事。うんうん。わかるけども。それって事前にわかります?
「自分のやりたいこと」だからやめない、あきらめない?「意志」ってそんなに強く、すごいのだろうか。

「強い動機」に出会うこと。それが人生にとって大きい。
心を揺さぶられるような実体験、人の言葉、笑顔、空気感。
地域をフィールドにした学びが、それを得る機会になればいい。
プロジェクトの成果(社会的評価を伴うような)は、重要度としては2番手以下だ。

自分の「テーマ」と「ジャンル」を違う言い方で呼べないだろうか。
やっぱお客(対象)と、事業領域か。ジャンルは後付けでもいいのだよな。

「意志」とか「なんとか力」とかを信じない。
それをデザインの力で乗り切っていくこと。
それがデザイナーの仕事なのではないか。

そのストーリーづくりに参画しているのか?
誰かが作ったストーリーに出演させられているだけなんじゃないのか?
もっと、ひとりひとりのストーリーに重さを置きたい。
あなたはいつそう思ったのか。
具体的にどんなシーンだったのか。
そう思ったのはどうしてなのか。
もっと聞きたい。

~~~ここまでメモ

僕がいた部屋がたまたまそうだったのだと思うけど、めちゃめちゃ違和感。

「地域」で「探究」の意味とか意義ってなんだろう?
ってあらためて思った。

3つのプロジェクトの共通点は何か?
→挫折にくじけずにプロジェクトを前に進めたこと
→「あきらめなかった」のはなぜか?
→自分のためと社会のためがクロスしていたから

みたいなまとめに意味があるのだろうか?って。

なるほど、意味は分かる。
「自分のため」だけでも「社会のため」だけでも
継続するモチベーションにはならない。それはその通りだと思う。
その合わさるところにプロジェクトを作っていく、っていう考え方も分かる。

だとしたらなんだろう、この違和感は。

それが、高校生の「地域」で「探究」で学ぶべき本丸なのだろうか?
っていう違和感。

「なぜ、自分はこのプロジェクトをやっているのか?」に答えられること。

そのほうが大切なのではないか。
それは決して事前にわかるのではなくて、
やってみた後でわかることも多い。

実際にやってみたことで、予想しなかった何かが起こる。
思いもよらない発見や誰かの一言、やってよかったと思える瞬間に出会う。
そのときに高校生は、
「ああ、だから自分はこのプロジェクトを始めたのだ」と実感する。

その実感はきっちりとふりかえりの時間を確保して
誰かが質問してあげないと出てこないのかもしれない。
だから、そのような設計をすること。
そして、それをプレゼンで表現すること。

聞き手は、特に1,2年生は、そこに至るプロセスを知りたいのではないか。
それによってモチベーションが上がるのではないか。

共通項は何か?
あきらめなかったことです。

って言われても、
ノートに「あきらめないことが大事」とか
「自分のためと社会のためが重なるところにプロジェクトをつくる」とか書いても、
それが自分の活動につながるのだろうか?

プロジェクトをやったことで、
こんなことを起こり、こんな人に出会い、こんな経験をして、こんな自分に気づいたんだと。
そんなストーリーを聞きたいのだ。
プロジェクトの成果なんかよりずっとずっとそれを聞きたい。
どんな感情の動きやどんな学びがあったのか?を知りたい。

「高校生」が「地域」で「探究」の意味は、
そこにあるのではないか、って思う。

「あきらめない理由」に出会うこと。

プロジェクトを始めることで、何かが起こり、誰かに出会う。
そこで何かを感じる自分がいる。
そこにフォーカスすること。

「気づいたこと、学んだこと」の前に
「印象に残ったこと」という心のふりかえりをすること。

「機会」から学ぶっていうこと。
そして、「あきらめない理由」を発見すること。
プロジェクトの評価を自分ですること。

そのために「地域」という題材がある。
そして「地域」そのものも、高校生と共に学ばないといけない。
もちろん教員やファシリテーターそのものも。

「学ぶ」とは「価値」を問い続けるということ。
そして、価値に気づく瞬間があり、顧客に出会う瞬間がある。
それをキャッチすること。
それこそが「あきらめない理由」になる。

「あきらめない理由」からふたたびプロジェクトが生まれる。
その2プロジェクト目をつくること。できれば授業外に。
そこが「探究」のゴールなのではないかと思う。

「震災復興で高校生が地域のために頑張っています」という
ストーリーに出演させられるのではなく、
自らが、自分たちや地域の誰かを主人公にしたストーリーづくりに参画し、
自らをキャストしたストーリーを始めていくこと。

そこからしか人生というストーリーは始まらないと僕は思う。  

Posted by ニシダタクジ at 07:40Comments(0)学び

2019年09月13日

地域活動を学びのモチベーションにつなげる

「黎明学舎」前塾長の川田さんが来てくれて2日間の研修。
1日目は現状と課題の確認。

~~~以下メモ

・親との関係について
勉強しているのか?不安⇒学習時間の見える化をする
⇒ニュースレターの発行(月謝袋にいれる)と学習時間、コメントの記入

「教科指導」
「学ぶ力」

信頼関係構築⇒計画サポート⇒遂行サポート

双方向性と存在の承認

ゲーミフィケーション:4つのタイプ


引用:雲の上に音符あり。
http://cloudscore.blog.jp/archives/10329753.html

コーチング:


引用:ArayZ アレイズ
https://arayz.com/columns/coaching_201811/

年間計画⇔週刊計画
必達目標と努力目標

問題≠課題:「課題」を明確にすること

★コーチングの時間、人、ツールを決めること。
・2人でやる面談もあり

ゴールに納得していること。
⇒ギャップの共有

「原体験」と「追体験」
知識+体験⇒価値観の形成⇒ゴールの設定

ロールモデル
↑(ギャップ)⇒危機感からのギャップ対策⇒目的意識⇒行動の変化、結果の変化⇒理想の自分
今の自分

問いかけ。
×足りないものは何か?
○何を武器にして近づけると思う?

英語が得意:外国人と接する仕事、たとえばホテルフロントとかになりたい。
⇒ホテルフロントになったら、何が必要になる?
「サムライってなに」とか「近所のお寺」のこととか聞かれる
⇒現代文と日本史も必要になるよね?

価値観と体験を結びつけること:追体験が必要

価値観・幸福感が
「判断基準」からくるのか?
「環境」からくるのか?
⇒自分の軸をつくっていく。

「感情」の解像度を上げていくこと。
⇒未来につながるまで深掘りしていく。

イベント後に対話の場を設定すること。
面談⇒作戦会議

「自分を知る」プロセスを入れることで、
地域活動を学びのモチベーションに変える。

~~~ここまでメモ

それそれ。
いまから取り組もうとしている
「学習指導からコーチングへ」と「地域活動からの学習への接続」
という2つの課題に対して、ヒントが多かった。

地域活動のふりかえりを
どのように本人たちにフィードバックするのか?
そのために、ふりかえりをひとりずつ真剣に聞く必要があるなと思った。
場合によっては、人を分担して見ていくことも考えないといけない。

多くの人は、「自分」を知らない。

まあ、「自分」を全部知る必要なんてない
というか、知ることは不可能だ。
その瞬間瞬間の分人を他者化して見ることなのかもしれない。
そうした集合体が自分なのだと。

その分人を深く掘り下げてみること。
それは他者の仕事、スタッフの役割なのかもしれない。
あるいは、それを生徒たちが相互にやれるようになったら素晴らしい。

いい感じ。
2日目は1期目3年の取り組みのふりかえりを
聞いて、今後の見通しを考えます。

よろしくお願いします!  

Posted by ニシダタクジ at 07:43Comments(0)学び日記

2019年09月07日

かき氷ふりかえり

黎明学舎「サンカク」第1弾。
レガッタ大会でのかき氷屋台出店。
のふりかえりでした。

当日、よかったことは振り返っていたのだけど、
準備から含めてふりかえり。

・シロップは思ったより簡単に作ることができた
・くろごまシロップを試作したとき、ぜんぶ自分たちで食べてしまった。
・シロップの味付けが大切だと思った。濃いめに作るのが難しい。
・雪椿シロップの珍しさがよかった。
・看板がもっと工夫できたんじゃないか。
・もっと時間があればシロップをたくさん作りたかった。

・シロップで試作したずんだ納豆がジェラートになった。
・前日準備に人が足りなかった。
・ポスター作りもっと早くできたのではないか
・ほかの店と比べてあまり目を引くものがなかった。
・POPの色をもっと見やすくすればよかった:遠くから見えるように工夫する
・エゴマ使いたかった。地元産の何か。
・ポスターを画像にして宣伝拡散すればよかった。
・何がオススメなのかもっと伝える方法があったのではないか。
・計画をもっとちゃんと立てること

★価格決定について★
ノーマル(定番):300円⇒ほかのお店と同じだったので妥当だった。

・かぼちゃミルク、梅ミルクの600円は高かった。
・全部に最初からハーフを作ったらよかった。
・試食をしてもらえばよかった。
・平皿だとたくさん盛っても溶けて少なく見えてしまう。

ちなみに販売個数
かぼちゃミルク 16(内ハーフ2)
梅ミルク 17(内ハーフ3)
かぼちゃと梅のハーフ&ハーフ 2
雪椿 26(内ハーフ8)
定番 47

★味について★
・ポスターをつくるときに味と価格が決まってないとかけないので決まっていてほしい
・ポスター制作に1週間かかり、宣伝に1週間かかるので、2週間前には味・値段を決定してほしい
・スケジュールの共有をしてほしい:LINEグループなど

価格や表示について、当日見直す時間をつくる。

で、当日ふりかえり

・晴れてよかった
・緊張してたけど慣れてきた
・たくま&しょうくんがずっとかき氷を作ってくれていた
・同じ子どもが3回も買いに来てくれた。
・練乳とかいろいろなトッピングつくるといいのかも。
・おじさんがたくさん買ってくれた。
・笑顔とコミュニケーション力が大切だと感じた
・たくさんのお客さんが同時に来た時にオーダーの通し方に工夫が必要だった。

・最初にしてはうまくいった。
・だんだんうまくなっていった。かき氷が美味しくなっていった。
・4歳の子がかぼちゃミルクおいしいって言ってくれた。
・本気だせばもっと美味しいかき氷ができた。

・人が来る時間帯と暇な時間帯がある。
・みんなで決めることはみんなで決めて、ひとりで決めて変えられるところはひとりで決めて変える。
・お客さんがやさしかった。
・こどもがおいしいって言ってくれるのがうれしかった。

最後に一言
・楽しかった
・裏方だったけど関われてよかった
・心があったかくなった。
・つかれた
・よかった
・みんなで真剣に話し合えてよかった

発表しなかった付箋より
・もっとおいしいの作れる。かき氷の可能性
・ふりかえりが本気でうれしい
・もっとこういう活動を仕掛けたい
・緊張するって成長だよ
・当日いろいろかわるのは当たり前。そこからどうするかが仕事

・年齢関係なく意見を言ったり、ものを作ったりできるってことがわかった
・自分の「できる」が発揮できる(見つけることができる)場いいなあと。

・みんなが真剣に売ってくれた
・お客さんたちがあたたかかった。
・「売ってみる」ことへのハードルが下がった
・あたふたしたおかげで工夫が生まれた

・2年生コンビが会計をずっとしてくれたこと
・及川さんが梅干しの種とりをずっと手伝ってくれたこと
・1年&3年コンビがかき氷づくりを最後までやってくれたこと。

~~~という感じ。

1年生2名、2年生2名、3年生2名というチームで、
今回のかき氷屋台にチャレンジした。
教えてくれたのは氷屋の杉崎さん。
強力なサポーターはシンヤさんだった。

3年生がリーダーだったのだけど、
料理上手の1年生のリーダーシップを感じることが多かったと
思っていたら、ふりかえりでも全体への感謝の言葉が出てきていて、
さすがリーダー、って思った。

僕も
Iくんの責任感
Hさんの笑顔
Tさんの集中力
Mさん絵描くのはやい
Eくんの職人魂
Sさんの仕切る力

って書いてたから、なおさらびっくりしました。
才能を見つけるって楽しい。

あとは、今回は雪椿に注目が集まったけど
「辻さんのおばあちゃんの梅干しでつくった梅ミルク」と
「区長のかぼちゃでつくったかぼちゃミルク」
っていう物語のあるシロップをちゃんと説明できるようなメニューが
今しかない感じを出せていいかなと思った。

ふりかえりの時間が1時間を超えて、
みんなが真剣に話していたのが印象的だった。

やっぱふりかえりって楽しいんだよ。
反省じゃなくてね。

「やってみた」だけだから。
実験して、結果が出て、その結果を楽しむこと。

そういうことなのだと思う。

僕自身のふりかえりはまた今度。  

Posted by ニシダタクジ at 07:19Comments(0)学び

2019年09月02日

かき氷屋台@レガッタ大会



黎明学舎かき氷チームが挑みました
かき氷屋台@レガッタ大会でした。

1~3年生の混合チームで
朝8時から準備しました。

僕はレガッタ大会出場のため、
販売場所の段取りした後にレガッタ大会出場
ぜんぜんうまく漕げなかったのですが、
高校の先生たちのおかげでなんとか完走?しました。
敗者復活でも最下位だったので、来年はちゃんと練習したいなあ。


かき氷ですが、前日に準備したPOPづくりを
途中で書き足しつつ、販売していました。

オリジナルシロップ「かぼちゃミルク」と「梅ミルク」は
ともに600円という強気の値段設定。
(途中でハーフサイズ300円っていうのを投入した)

意外に興味を引いたのが「雪椿の抽出エキス」で作ったシロップでした。

結果発表
かぼちゃミルク 16(内ハーフ2)
梅ミルク 17(内ハーフ3)
かぼちゃと梅のハーフ&ハーフ 2
雪椿 26(内ハーフ8)
定番 47

合計108杯でした~。
目標達成~。パチパチパチ~。


閉会式の後のお客さんを狙って作った、
残り6杯で100杯達成のボード。

ラストスパートで一体感が生まれことがよかったのか、
ここで奇跡が起こります。

「あと何杯だ?俺が買うよ」というおじさん登場。
1万円札を取り出して、周りの人たちにかき氷を振る舞うという事態に。
で、集まってきたのが町長さんとか議員さんとか。

いやあ、すごい絵でした。
あれはやってみないと味わえないこと。

そして。ふりかえり。

印象に残っていること
・子どもが少なかった
・定番が売れた
・雪椿のインパクトが強く、食いつきがよかった。
・最後のおじさん

予想しなかったよかったこと。
・晴れてよかった
・最後の男前のおじさん

やっぱ最後のおじさんの感想が多い。

で、スタッフも振り返り。
・おじさんが全員優しかった。
・ほとんど高校生だけでやれてた
・やらされるのではなくて自分ごととしてできていた。
・江川くんがだんだん職人のような顔になっていった。
・かき氷が思っていたより売れた
・愛されている環境を実感した。
・一緒にやれた楽しかった。また一緒にやりたい。(杉崎さん)

でラストに感想まわしました。

・高校生とまちの人とのつながりが見えて、阿賀町に来てよかったと思った。
・シロップづくりがんばった。おいしいと言ってくれてうれしかった。
・売り上げが落ちついてきて、このまま終わっちゃうのかなと思ったら最後に奇跡が起きた。
・小4以来のモノを売る活動をした。売る側になってみて、人の心が知りたくなった。人の気持ちがわからない。
・かき氷を作れてよかった。かぼちゃを塗り忘れたりしたけど、先輩とのコンビが楽しかった。
・「また来てね」とまちの人に言われた
・それぞれが集中するところに集中してチームができた
・晴れてよかった。シロップづくりでは後輩が来てくれて助かった。

僕としては、かき氷という題材を通して、
チームとしての一体感というか場のチカラみたいなやつを体感できた機会となった。

ラストのおじさんだって、
場のチカラの成果だと思うし、
残り6杯で目標達成っていうホワイトボードのたまものだし。

何より、黎明学舎にとって、
かき氷屋台が、リアルメディアとして機能したんだなあと思った。
もっと活動紹介とかをしてもいいのかもしれない。

僕自身としては、
「人生は経営である。ただし個人戦ではない」
っていうところが体感できるような機会になったような気がして、

まずは1歩踏み出しました、という感じです。
「ふるさと創りびと」というコンセプトで、
地域の方とコラボしたスモールビジネスをいろいろと
考え、実践していきたいなと思います。  

Posted by ニシダタクジ at 08:20Comments(0)学び日記

2019年08月31日

「ともに学ぶ」ためのチューニング・コミュニケーション

僕、西田卓司は、

現代美術家でジャンルはリレーショナル・アートで、
主なアウトプットは本屋さんや本のある空間で、
得意なのは、フラットな関係性をつくるコミュニケーションのデザインで、

基本信条は
吉田松陰先生の野山獄エピソードから学んだ「学びあいで希望は生まれる」っていう学びあいの場づくりと
宮沢賢治先生の農民芸術概論綱要の「誰もが芸術家であれ」っていう創作への意志と
岡倉天心先生の茶の本による「まあ、茶でも飲もうじゃないか?」っていう対話のデザイン。
の真ん中のプロジェクトを作っていくこと、なのだろう。

アートと、デザインと、ビジネスのあいだ。
そのあいだをゆらゆらと漂っている船のようなプロジェクトをつくっていくこと。
中途半端だとか言われながらも、そんな問いを放っていきたい。

時にはヘリに乗って、そんな海の様子を
上から眺めてみるような、そんな本を提供したい。

っていう自己紹介文の練習。
28日はイナカレッジ研修のふりかえり。

いくつかのチームで起こっている
大学生同士のコミュニケーションの問題。

ミーティングがうまくいかない。
すれ違う意思。

「コミュニケーション・デザイン」
の話を、プロジェクトが始まった段階で
力を入れてやらないといけないのかもしれない。

「今までしゃべったことのないタイプの人なので、言葉が通じない」
それって、「スクール・カースト」とか、
「陰キャ」とか「陽キャ」とかの話なのかも、って思った。


「桐島、部活やめるってよ」(朝井リョウ)

に描かれた世界。
この本を読んだときに、
うわー、こんなつらい世界を高校生(特に女子)は生きてるのか、と。

同質性集団だからこそ起こる序列化、そしてグループ化。
そしてそれがいじめにつながっていく。
いや、同質性集団だから、ではないのだ。

いじめが起こらない方法を聞いたことがある。
クラスが1つの目標(たとえば合唱コンクールで優勝するとか文化祭で1番を取るとか)
に向かっているときに、いじめは起こらないのだという。

そうか。
やっぱり「向き合わない」ってことが大切なのだと思った。

イナカレッジもそうなのかも、と。
3人が向き合いすぎているんだ。

お互いを理解しようとしてはいけないのかもしれない。

昨日、イナカレッジ井上さんと話していて気付いたこと。
コミュニケーションは、人間関係をよくするためにあるのではなくて、
「ともに学ぶ」っていうためにあるんだということ。

去年、感じたこと。
アウトプットを出すのは、個人のチカラでも、チームの力でもなく、
場のチカラであるっていうこと。

そのために場のチカラを高める必要があること。
場のチカラを高めるために「チューニング」っていう方法があること。

たとえば、柏崎矢田集落チームは、
毎朝、朝ごはんの時に、「昨日あったよかったこと」を話し出す子がいて、
それにつられて、みんながそれを話すのだという。
あ、それって「チューニング」だよねって。

ワークショップ用語で、「アイスブレイク」と呼ばれているものに、
少しだけ違和感があった。

「最近あったよかったこと」
これは、アイスブレイクの定番だと言われている。

それは、どんなネタよりも「準備ができない」からだ。
人は「準備できない」つまり「予測不可能」なことが起こった時に心が開く。

そして、「よかったこと」はその人がよかったと感じることなので、
そこにその人の価値観が現れることになる。
さらに、それは否定されることが決してない。
だって、その人がよかったと思ったことを言っているだけだから。

だから、心が開く、
だから、場が安心空間になる。
本当は毎日やってもいいくらいだ。
たぶんそれをもっとも短い時間でできるのが「最近あったよかったこと」なのだと思う。

僕がそれを「アイスブレイク」ではなく「チューニング」と呼ぶのは、
「ひとり」にフォーカスしているからだ。
この人は今日、どんな音が出ているのかなあ?って
そこに関心を持つことというか、感じることが必要だからだ。

ミーティングも同じなのかもしれない。
「場のチカラがアウトプットする」
という前提で考えると、

「KJ法」という付箋を使ったワークショップ手法は、
書いた人と意見を「分離する」という効果がある。
つまり、発言者の立場や地位や影響力に
左右されずに、付箋や、それによる場にアウトプットを委ねるということ。

たぶん、イナカレッジのプロジェクトも同じなのかもしれない。
必要なのは、「チューニング」だ。

その前提として、「ともに学ぶ」ひとりひとりが集まったのだと、

そしてそれは「場」から学ぶのだと。
「場」にそれぞれが感じること、思うことを
付箋を通して、出していくのだ。
そして付箋をひとりひとりから分離して、
「場のチカラ」でアウトプットをするんだ。

そもそも、その人を理解する必要なんてないんだ。
それは即興演奏をするジャズバンドと同じだ。
曲の途中だけど、客席から突然入ってくるサックスのお兄ちゃんがいたとして、
その人が演奏する「音」に合わせて、自分たちも音を出すんだ。

そのときに
「そもそもサックスってどんな楽器なんだっけ?」
みたいなことを考えない。

あるいは、そのお兄ちゃんの過去はどんなことがあって、
いまは普段の仕事は何をしている人で、なんでサックス始めたんだっけ?
みたいなことって聞かないでしょ。

相手を理解しようとしないで、相手が出す「音」に関心を向ける。
3人の「音」を合わせて、音楽(場)をつくる。

その音楽(場)から、自らが学ぶ。
新しい「音楽」を生み出す。
そうやってプロジェクトを前に進めていく。
そのために、付箋を使ったKJ法があるのかもしれない。

「ともに学ぶ」そして、「新しいものを生み出す」ために、
コミュニケーションがあり、ミーティングがある。
そのためには、チューニングというコミュニケーションが必要なのだ。

あー、研修もう一回やらせてください、ごめんなさい。  

Posted by ニシダタクジ at 08:06Comments(0)学び

2019年08月25日

人生は経営である。ただし個人戦ではない。


株式会社えぽっくのチーム「ひきだし」の事前研修でした。

朝8時からお昼ごはんのカレー作り。
辛口は食べられないっていう大学生が
発生したので急きょ甘口のルーを追加。
9時半から研修スタート。

まずはヒキダシのポーズ練習から。(笑)
体を一緒に動かすって大事だな、と。
からの自己紹介(名前、出身、参加のきっかけ、最近会ったよかったこと)

そして代表若松さんによる
ひきだし研修の概要説明と
参加意図(動機)の確認。

今回は教育学部の大学生が何人かいて、
印象的な参加動機があった。

「将来に迷っている。教員になるか民間で働くか。
いずれにしても企業のことを知ることが大事。」

ああ。
その通りだなと。

教員になったとしても、企業で働く、
とくに地方の中小企業で働くことのイメージができているか。
どんな思いで働いているのかっていうイメージをもっているかどうかって重要だよなと。
教員志望の人向けのチラシ(ウェブ)を作ってもいいのかもしれない。

あるいは直線的に教師に向かっていくことへの違和感とか。
そういうのもあるよね、と。

その後、だったら企業はどうしてこのインターンを受け入れるのか?
という視点の移動。

・企業を知ってほしいから
・若者の感性を知りたいから

そうそう。
この問い、めちゃめちゃ大切だなあと。
企業の立場に立ってみる、ということ。

数ある「インターンシップ」に大学生も参加しているだろうけど、
そういう視点の移動があるかどうか。

ということで僕のパート。

まずはライフチャートを書いて、8分間インタビューのあと、
ペアになった人の他己紹介2分。
これがなかなか難易度が高い。

2分というハードル。
まあこれはやってみて、でいいのかもな。

・フォーカス
・ワンフレーズ
・ストーリー
・結論ファースト
みたいなキーワードで、説明する。

まあ何度もやってみればいいと思う。

そして講座。

今回のテーマは「経営」。
ひきだしがインタビューするのは、中小企業の経営者。

じゃあ、経営者って何?
そもそも「経営」って何?

教育学部の学生がいるから、
「学級経営」ってなんだっけ?
みたいな。

先生は学級は経営するけど、自分の人生は経営しなくていいの?
って。

「ひとりひとりの人生も経営である」とする。

ひきだしという5日間のプログラムへの投資価値は?
何をリターンで得るのか?
みたいな話。

ドラッカーの5つの質問と田坂広志の仕事の5つの報酬
を説明

1 マネーリターン お金
2 ナレッジリターン 知識
3 リレーションリターン 関係
4 ブランドリターン 評判
5 グロースリターン 成長

このプロジェクト中の目標を決める、というより、
5つの報酬の意識を高めることのほうが重要なのかなと思った。

そして何より、ドラッカーの
2 お客はだれか?
3 お客にとって価値は何か?

という2つの質問に答えていくこと。
そして場のチカラ。

1 だれと
2 いつ
3 どこで
4 なぜ
5 誰のために
6 なにを
7 どのように

これを高めていくことでよいアウトプットが出る。
そして場に溶けていくこと。
場の構成員(原材料)になって溶け出すこと。

ラストに「魔法をかける編集」
いましか、あなたにしか、このチームにしか
書けない記事に価値がある。
届けたい相手に届けられるようになる。

っていうような話。
大学生の感想。

・慣れていないからこそ生み出せる価値があるのだと思った
・価値というのは自分の中からも出てくる。過去にお客がいる。
・過去を知ることの重要性
・何者なのだろう?って

ということで
最後に自分が最近感じている違和感をお話しした。

「適応」は必要だけど、そんなに強く生きられないんじゃないかって。
個人戦じゃなくて、場のチカラが価値が生む経験をしてみること。
それが僕が「ひきだし」に込めた思い。

東京へ移動中に水戸駅の川又書店で購入したこれ。

「ニュータイプの時代」(山口周)

これ、ほんと、読んだほうがいいわ。
大学生こそ読んだほうがいい。
時代は大きく変わっている。
「正解を出す力」に、もはや用はないのだ。

必要なのは、問いを、課題を発見する力。
そのために経験をすること。
多くの人に出会うこと。

そしてお客に出会うこと、見つけること。
そこから自分の人生経営が始まっていく。  

Posted by ニシダタクジ at 05:56Comments(0)学び

2019年08月13日

「ひとり」に出会うこと

9月から始まるプロジェクトの準備ミーティング。



その前に新川漁港の夕日。

大学生と一人暮らしのお年寄りのシェアハウス。
それを「食」をキーワードにしてつなげていくプロジェクト。

僕自身がプロジェクトの先にあるゴールを考えすぎてしまっていることに気がつく。

目の前のひとりと話をすること。
目の前のひとりに関心を持つこと。

そこからしか始まらないし、その方法でしか到達できない。

それは、「ひとり」に出会うこと。
ドラッカー風に言えば、「お客」に出会うことだ。

地域の人への調査。
「どんな食事のシーンなのか?」
それをまず、聞き出すこと。

その先に、ご飯を一緒に食べたり、
それが発展してシェアハウスになったりする。

でも、大切なことは、
「この人と一緒にご飯を食べたい」
「この人と一緒にシェアハウスつくりたい」
と思える「ひとり」に出会うことだ。

「キャリアデザイン」という思想は、
「価値」(特に数値化できる経済的価値)
に重きを置きすぎた。

「やりたいことは何か?」
「自分に向いてる仕事は何か?」
とか
「好きなことを仕事にする。」
とか。

プロジェクトの生まれ方には2通りあると思っている。
「価値」アプローチと「顧客」アプローチだ。

キャリアデザインは、
「価値」とは何か?を問い、そこで目標設定し、
そこに向かって進んでいくようなキャリア設計だ。

クランボルツ博士のいう、
「計画された偶発性理論=いわゆるキャリアドリフト(川流れ型キャリア)」
は、
「顧客は誰か?」という問いをコンパスに、
目の前にくる激流に対峙し、流れに乗っていくようなキャリア設計(設計と呼べないかもしれないが)だ。

その第1歩。
それは、「ひとり」に出会うこと。

ああ、この人のためにがんばりたい。
あるいは
この人と一緒に何かしたい。

感性をひらいて、その人を感じることだ。

そんな風に思った。
コーディネーターの有紀ちゃんすげーな、と。あらためて。

そんなタイミングで購入した1冊の本。


「アート・スピリット」(ロバート・ヘンライ 国書刊行会)

アメリカの伝説の美術教師、ロバートヘンライが語る。
もうね、前書きからシビれるんですよ。

~~~ちょっとだけ引用

ある人の内部に芸術家の魂が息づいているとき、創作のジャンルにかかわらず、その人はおのずと創意にあふれ、探究心をもち、大胆に自己表現しようとするはずだ。そして他人に興味をもつだろう。周囲に混乱をもたらし、悩ませ、啓蒙し、よりよい理解に向かって道を切り開く。

芸術家であるには、画家や彫刻家になる必要はない。どんな素材でも作品はできる。外の世界ではなく、作品そのもののなかに価値を見出せばよいのだ。

自分の正直な感情を大切にし、見過ごさないこと。

われわれがここにいるのは、誰かがすでになしとげたことをなぞるためではない。

芸術を学ぶ者は最初から巨匠であるべきだ。つまり、自分らしくあるという点で誰よりも抜きんでていなければならない。いま現在、自分らしさを保っていられれば、将来かならず巨匠になれるだろう。

~~~ここまで引用

うわーって。
宮澤賢治先生の「農民芸術概論綱要」(1926)のような
心揺さぶられるメッセージ。

つくりたいのは、こういう世界だし、こういうキャリア形成の方法だと思った。

誰もが芸術家であれ。

自分であれ。

そんな思いがあふれてくるような「ひとり」との出会い、
そこから始まるプロジェクトをまたひとつ始めたいと思った。

2009年、大学生アーティスト北川拓未が始め、
いまでは恒例行事となった、「新川ほたる」の光がまた綺麗だった。

  

Posted by ニシダタクジ at 08:27Comments(0)学び

2019年08月03日

「機会」としての「学び」をつくる



黎明学舎で、7月30日、8月1日と
中学2年生の職場体験の受け入れ。

8月2日、昨日は栃木県立図書館で、
高校生図書委員向けの
「読書コンシェルジュ」研修の最終日の
講座を担当しました。

講師紹介が、
「西田卓司さんは、現代美術家として・・・」
と始まる初の体験。
ああ、俺もついに現代美術家になったんだな、と。(笑)

冒頭で、
「デザイン」とは課題を解決することで
「アート」とは問いを投げかけることの説明。

前半、中盤、後半の3つに分けて、

前半は、ツルハシブックスやかえるライブラリー、
地下古本コーナーHAKKUTSUのビデオ紹介
を行い、感想シェア。

中盤は、暗やみ本屋ハックツについての紹介、
フローの紹介、この時にふりかえりのこと、
「予想しなかったよかったこと」の話をしました。

後半は、茅ケ崎市美術館と、明秀学園日立高等学校で行った
「ハックツ展示バージョン」が生んだ新たな価値の説明と、
「スターバックスはコーヒーを売っているのではない」
のつかみからのドラッカーの5つの質問、
「顧客はだれか?」「顧客にとって価値は何か?」
の説明を行いました。

全体を通して、やはり、僕がいまテーマにしている、
「機会」としての「学び」というテーマに収束していったのかもしれません。

学校教育ではない、社会教育の目的ってなんだっけ?
みたいなテーマにもつながるような話になったのではないかなと。

ということで、
僕が高校生図書委員に向けてお話しするという機会、
あるいは中学2年生に職場体験で黎明学舎の説明をするという機会から学んだ
「予想しなかったよかったこと」

高校生にも、中学生にも、
「機会」としての「学び」の話はかなり響くんだなと思いました。

みんな目的に向かっていくっていうのしかない教育への
違和感を持っているのではないかなと。

高校生に書いてもらった付箋を読み直していると、
・「誰に」「何を」提供するのか?っていうドラッカーの質問
・当日のふりかえりで「予想しなかったよかったこと」を話す
・直感で決める重要性
・「偶然」という「機会」を届けることは価値がある

☆これ、回収を前提に書いてもらっていないので、
リアルな感想がかけていいかも、と思いました。

「機会」としての「学び」。
たぶんそこに集約されていくのだろうなと思いました。

思い返せば、
2004年秋に教員になろうと思って、玉川大学の通信に編入し、
中学校社会の教員免許を目指していたとき、
2005年夏はスクーリングで町田に通っていました。
(サンクチュアリ出版の寮的なところに寝泊まりさせてもらった)

「教育の原理」っていう熱い授業があって、
何のために教育はあるのか?
って授業が終わってからも夜までずっと考えてました。

その時に直感したこと。
「あ、ぼくのポジションは学校じゃないじゃないか」

それは、直感でした。
それがなぜなのか言語化できていませんでした。

そして2007年の5月、2週間の教育実習に行きました。

いちばん驚いたのは、
教室にいるときと部活動をしているときの
音楽部と美術部の生徒の顔の違いでした。

それが決定的になったのは、
体育大会で運動部の生徒が全員不在だったときです。
教室にいる音楽部美術部の生徒たちが、
部活にいるときのような生き生きとした顔をしているのです。

ああ、こんな顔するんやって。
教室でもできるんやって。

あのとき。あの瞬間。
僕は学校の外に、そんな顔ができる場所をつくろうって思いました。

その直感と、「教育の原理」の授業での違和感の意味が、
14年の時を経て、いまなら少しだけ説明ができます。

「機会」としての「学び」をつくる。

たぶんそれです。

目的・目標を持って学ぶ。
これは、学校が始まった時からの原則です。
そもそも学校とは、
何かの目的のために作られた制度だからです。

2005年に
「遊びと学びの寺子屋 虹のひろば」を始めてから、
大学生の地域企業や商店街でのインターンシップを設計し、
ツルハシブックスで本屋という空間をつくり、
茨城大学では大学生の地域活動をフォローしてきました。

それは「機会」を提供することでした。

高校生も感想に書いてくれましたが、
「暗やみ本屋ハックツ」は「偶然」という「機会」を
提供する象徴のような活動です。

「機会」から学ぶ。
だからこそ、ふりかえりをデザインしなければならない。
まず、直感で動き、機会を得ること。

そんな「機会」を、これからも創っていくこと。
そして僕自身が機会から学んでいくこと。

そんなことを創っていきたいと思います。
よろしくお願いします。  

Posted by ニシダタクジ at 08:42Comments(0)学び

2019年07月24日

「計画できない」という前提で、直感と好奇心で動き続ける



法政大学長岡研究室にお邪魔してきました。
いま参画している「阿賀黎明高校魅力化プロジェクト」
のコンセプトを考えていて、長岡先生の取り組みと
親和性が高いなあと思ったからです。

もともと、塩尻で出会ったエミリーが長岡ゼミ生で
この春卒業したのだけど、カフェゼミに誘ってもらって、
そのカフェゼミのゲストが慶応大学の「つながるカレー」の
加藤先生で、「予測不可能性」の大切さを気づかせてもらった場でした。

ということで、
長岡研究室訪問メモ。

~~~ここからメモ

長岡ゼミの基本方針:「直感」と「好奇心」で動き続ける

好奇心:興味を広げる(⇔知識を深める・技術を高める)
直感:試行錯誤で学ぶ(⇔正解を教わる/受け入れる)

漢方薬⇒長期的な変化(⇔迅速な修正)
    &個別対応(⇔プログラム対応)

垂直的発達(積み上げ)⇔水平的発達

「越境」⇔「学習」(目的に向かう)
「経営学」⇔「教育工学」

「経営学」がささいな問題に厳密に回答するようになり、役に立たなくなった。

2004年パルサミーノ・レポート
https://tech.nikkeibp.co.jp/it/free/NC/TOKU2/20041228/1/
「工業的な新しいことは必ず追いつかれる」
「アメリカはイノベーションし続けないといけない」

経営学総論(2011)

プレイヤーは「企業」と「政府」と「家計」
仕組みは「交換(市場)」と「再分配(税金)」
それらを支える学問が「経営学」「経済学」「家政学」

営利性原理の脱構築:「再分配」⇔「交換」⇔「互酬」
企業とは「営利性原理」に基づく活動「利潤最大化」と「自己責任」
最小の費用(効率)で最大の成果(成長)を得ようとする合理性が求められる。

交換:等価かつ同時
互酬:仲間内だけを助ける

資本主義の基本概念モデル

(所有権の移動)
取引⇒交換:市場/企業&家計
徴収⇒再分配:国家/政府
贈与⇒互酬:共同体(コミュニティ)

「ワークシフト」(リンダ・グラットン)

精神的ゆとりの欠如
人間的つながりの欠如
経済的な格差(貧困)

協力する社会←競争する社会:「強さ」よりも「優しさ」や「思いやり」
社会の利益←個人の利益:私とみんなの幸せを考える「共」の意識
自立する個人←集団に頼る個人:所属や肩書きに頼らない幅広い「人脈」

第1のシフト:「教えられて、やらされる勉強」から
「新しいことを主体的に学び続ける」へ。
第2のシフト:「閉ざされた世界の中での孤独な競争」から
「開かれた世界の人々のネットワーク」へ
第3のシフト:「金銭欲・自己顕示欲・独占欲」から
「楽しいからやる、分かち合う歓び」へ

ワークシフト時代を生き抜くために必要な「仲間」とは、
精神的な安らぎをもたらす仲間
プロジェクトを共に進める仲間
世界を広げてくれる仲間

ソーシャルデザインの視点
「公」「共」「私」
パブリック、コモン、プライベート

未来にある世界とは?
先行きが見えない世界⇒想定外を生き抜く力
多様な価値観が交差する社会⇒葛藤と向き合い、乗り越える力

「釜石の奇跡」
・マニュアルに頼らない
・ミスを恐れず最善を尽くす
・指示を待たずに率先する

「直感」⇔「計画」

大学生の現状:
人の評価が気になる。
間違えることを恐れる。

「評価されない」前提ですすめる。
プロジェクトのゴールを作らない。
キレイな物語(目的地から再構成する)ではなく
プロセスを記述できるか?

トライ&エラーで学ぼう
(直感)⇔計画
直感で動くと間違える。
計画して動くと動けなくなる。

直感で動いたことをふりかえる「越境」学習

イノベーティブなプロジェクトほど失敗が許される。
イノベーティブじゃないプロジェクトほど計画を綿密に立てる。

プロジェクトごとの評価をしない。
3年間の自らの成長を見る。

「計画できない」という前提

~~~ここまでメモ

いちばん感じたのは、
「評価」ではなく、「ふりかえり」であるということ。
直感で動けば、間違いしかないということ。

時代がシフトするように、
考え方もそちらへシフトしないといけない。

あとは、「教育学」は「経営学」より20~30年遅れているということ。

たしかに、「人を育てる」という意味では、
経営学は絶えずトライ&エラーを繰り返してきたと言えるだろう。

その経営学が
「これからは合理性じゃないんじゃないすか?」
って15年も20年も前から言っているのに、
いまだに教育現場では目標を立てて達成するっていうのを
やっていて大丈夫なのか?と

「機会」を得て学び、それを振り返って学びに変えていく。

そんな「学び」の出発点、いや人生の出発点に立つのは、
大学生からでは遅すぎるくらいだ。早ければ早いほどいい。

Good Luck!  

Posted by ニシダタクジ at 09:39Comments(0)学び

2019年07月06日

「手段」としての学びから「機会」としての学びへ

「挑戦」という言葉に対する違和感。
それは前からあったのだけど。

かつて僕は、
「地域に挑戦の連鎖を」とかって言っていたんだけどね。

「地域」「挑戦」というキーワードに
20代がヒットしなくなっているという現実も肌で感じる。

「ありえたかもしれない、もうひとつの近代」(19.4.18)
http://hero.niiblo.jp/e489179.html


スピノザ「エチカ」の解説をする
国分功一郎さんの言葉。
「思考のOSを入れ替える。」

近代社会で培われてきた思考。
それは一言でいえば、「目的・目標は何か?」
「どうやってそれを最短距離・時間で達成するか?」
という思考だった。

それはおそらく、国民国家というシステムと工業社会の宿命だったのだろう。
それを支えたのがデカルト的哲学だったと國分先生は解説する。

だとしたら、
工業社会から次の社会へとシフトしている中で、
国民国家という仕組みそのものがグローバル企業の登場などによって
揺らいでいる中で、
「思考のOSを入れ替える」必要があるのではないか。

西洋的近代とは、
二元論であり、わかりやすさであり、目標逆算型システムであり、、、

しかし、スピノザは、
本質は自分自身がらしくあろうとする力「コナトゥス」のことであり、

「自由であるとは能動的であることであり、能動的であることはとは自らが原因であるような行為を作り出すことであり、そのような行為とは自らの力が表現されている行為を言います。ですから、どうすれば自らの力がうまく表現される行為をつくり出せるのかが、自由であるために一番大切なことになります。」(100分de名著 スピノザ「エチカ」より)

もうひとつブログ読み直し

「やりたいことは何か?」「何になりたいのか?」への違和感(18.8.20)
http://hero.niiblo.jp/e487965.html

「やりたいことは何か?」「何になりたいのか?」この二つはまさに「意志」と「未来」を問う質問なのではないか。

あたりまえだけど、「言葉」と「世界」は相互に作用している。「言葉」が「世界」を規定し、「世界」が「言葉」を規定している。

だから、「やりたいことは何か?」と問われれば、「やりたいことは何だろう?」と考え、それに答えようとしてしまう。

でもさ、そもそも、「意志」や「未来」が存在しないとしたら。能動態と受動態の対立の世界に生きていなかったとしたら。

~~~ここまでブログから引用

もし、「意志」も「未来」も存在しないとしたら。
そんな仮定。

アホらしいと思うだろうか。
僕はそこにこそ、「挑戦」という言葉への違和感の原因がある、と思っている。

(戦争に強かった)国民国家と(世界を貨幣経済という色に染めてしまった)工業社会は、「学校」という効率的な人材育成システムを生み出した。それによって、「いま」は将来という目的のための手段となった。たぶん、その思想の転換が必要だったのだろう。

そして、「意志」という概念も合わせて導入された。
目的・目標を決めて、「挑戦」する個人が素晴らしい、とされた。

いま、ぼくたちの生活は、「手段」にあふれている。
いや、「手段」にあふれてなければならない、とさえ思っているのではないか。

〇〇のために勉強する。
〇〇のために資格を取る。
インスタ映えする写真を撮るためにタピオカミルクティーを買う。(ちょっと違うか)

「学校」は、その特質上、「手段」しか提供できない。
教育目標があり、それを達成することがそもそもの設置の意義だからだ。

この前の「意味」と「意義」の話じゃないけど、
「意義」と「意味」
http://hero.niiblo.jp/e489514.html (19.7.2)
で言えば、「意義」だらけの空間だ。

僕は2005年に玉川大学の通信教育課程に編入し、中学社会の教員免許取得を目指した。
2007年に新潟県内の中学校に教育実習に2週間いった。
僕のポジションは学校ではないんじゃないか。
って思った。

2011年、僕は本屋になった。
地下に古本コーナーHAKKUTSUを作り、暗やみで本を探せるようにした。
ハックツのコンセプトは「偶然」であり、ツルハシブックスのコンセプトは「劇場」である。
一言でいえば、「機会」提供である。

ハックツは数々のメディアに掲載されたが、そのたびに答えられなかった質問がある。
「本をハックツした子どもたちに、どうなってほしいですか?」

どうなってほしくもない。
僕の役割は本を提供した時点で、すでに終わっているのだ。
ただ、機会を提供することには価値がある、と僕は思っているのだ。

いま。
2019年現在。

「手段」としての学びから「機会」としての学びへのシフトが起こっている、
と僕は思っている。

2020年の大学入試改革を含む
文部科学省「高大接続システム改革」で説明されている、学力の3要素は
①知識・技能の確実な習得(狭義の学力)
②(①を基に)思考力、判断力、表現力
③主体性を持ち、多様な人々と協働し学修する態度(主体性、多様性、協働性)
であり、それらは、「探究」学習によって可能になると言っている。

では「探究」はどのように駆動するのだろうか?

「機会」提供からこそ始まるのではないか。

人は「機会」を目前にして、心が反応する。
「共感」や「違和感」、様々な感情が起こる。
特にその「違和感」こそが、「探究」の出発点になるのではないか。

では、だれが機会を提供するのだろうか。

それは学校外の機関、多くの場合つまり地域(民間企業・NPOなどを含む)
だろうと思う。

「機会」の提供。
それによってどう心が動いたのか?動かなかったのか?

そういう意味で言えば、
「目標達成」も「機会」のひとつだ。

大切なのは、達成したかしなかったか、ではなくて、
達成しようとしているあいだに心がどのように動いたか。
どんな「違和感」を感じたのか。

その「機会」をつかみ、自分なりに仮説を立てることから
「探究」が始まっていくのだろうと思う。
ひとたび「探究」が始まってしまえば、あとは自走していく。
内発的動機付けによって駆動していく。

なんらかの成果、結果が出る。
それを外から見ている人は「挑戦」だと思う。

でも、本人は挑戦なんてしていない。
機会から得た違和感を好奇心から探究したかったのだ。

「挑戦しろ」という人は、
意志という神話を信じているかのように見える。
「意志なんて存在しない。」
僕はスピノザの考え方を支持する。

「挑戦」しなくていい。
厳しい言い方をすれば、「意志」の弱さのせいにするな。
「環境」を抜け出し、「機会」をつかみ、「違和感」をキャッチする。

そこから湧き上がる好奇心を大切に、「探究」を始めよう。
そこにこそ、本当の「遊び」が待っている。  

Posted by ニシダタクジ at 09:04Comments(0)学び

2019年07月03日

人生も熱中して遊ぶべきだ



「地域みらい留学」フェスタ 東京会場に行ってきました。
すごい熱気。

「地域みらい留学」とは、
都道府県の枠を越えて、地域の学校に入学し、充実した高校3年間をおくること。
公式ウェブより
https://c-mirai.jp/about.html

ということで、東京会場(渋谷)にも、
北海道から沖縄までのたくさんの高校が
カリキュラムの特徴や寮制度、公営塾の魅力などを
説明するイベントでした。

僕がいちばん印象に残っているのは、
広島県立大崎海星高校。



手作り感あふれるブースで、
高校生がたくさんいて、とにかく活気がありました。



ポストの着ぐるみ?を着ていた高校生は
「みりょくゆうびんきょく」というサークル的な活動の生徒たち。
その一環で東京にPRに来ているということでした。

楽しそうだったので、
きっと、説明をきいた中学生は「一度、見学いってみようかな」と
思った人も多かったのではないでしょうか。

大崎海星は、デザインもすごくて、
総合学習も
1年:羅針盤学=自分を知る
2年:潮目学=社会を知る
3年:航界学=マイプロジェクト
みたいな。

「時代の航界士になろう」っていいコンセプトだなあと。

ということで、イベントメモを以下に。

~~~ここからメモ

オリエンテーション
「どこで」「誰と」「何を」学ぶか?

「どこで」:地域という実社会で学ぶ。手触りのある実物未来社会の箱庭で学ぶ
「誰と」:多様な人々と学ぶ。地域の子ども、都会からきた子ども、外国から来た子ども、地域で挑戦する人、都会から来た大人と学ぶ
「何を」:社会の縮図体験としての3年間を過ごす。自ら見つけたテーマに対し、自ら動き、失敗し、支援から学ぶ
未来の社会をつくる意志ある若者を育む「地域みらい留学」

津和野高校の取り組み
新しい進路実現
・探究や実践の場が溢れている。
・問題意識の醸成や学問分野への接続が容易にできる。
・個別化したサポートができる環境である。
多様な人による多様な寄りそいのカタチがある。

「私の島は・・・」と語るばあちゃんの衝撃。

いろんな人に会えるっていうか、かかわる大人の数と種類が多いっていうか、当事者に会えるんだね、地方では。思いを持った大人、本気な大人に。もちろん、東京にもいるんだろうけど、出会えないんすよ、高校生っていう同質性集団の中では。

なりたい職業じゃなくて、どうありたいか?
→人によりそう暮らし、働き方がしたい
→鍼灸の専門学校へ。

細川さんは、ネットで「公立高校 寮」で検索して地域みらい留学にたどり着いているんだよね。
だとしたらトガッたコンセプトでウェブつくるって大事だな、と。

「どこの高校がいいのか?」
から
「どんな高校生活をしたいのか?」
っていう問いへ。

いろんな考えの人、特にタイプの違う人に話を聞けるかどうか。
⇒同質性集団から抜け出せるかどうか?

白馬高校のプレゼン。
こんな人におすすめ
・白馬でやりたいことがある
・多様な価値基準を受け入れられる
・人と協働することが好き
・新しいことにチャレンジできる

反対に、3つの誤解
1 白馬にいけば変われる⇒本人が変わらないと
2 個人の希望を優先できる⇒全日制の公立高校
3 平日でもスキーやスノボいける⇒いけない

メッセージ
1 何を学びたいのか?
2 広く学ぶ覚悟はありますか?
3 白馬で生活する覚悟はありますか?

少人数であるから多様な人に出会い、話をすることができる。地方こそ多様。

高校は生徒に正解を提示してあげることはできない。
「経験」という機会を提供することしかできない。

「職員室」は「センセイオフィス」へ。

隠岐島前高校のプレゼンもシンプルでよかった。

主体的に課題を見つけ、他者と協働して、解決まで粘りづよく取り組むこと。
それができるなら、どこの高校でも同じ。

気づく→考える→話し合う→実践する・巻き込む→ふりかえる。

「困った」って言ってくるまで助けない。
何もしゃべらないチームがあってもすぐに助けない。
困ったときに困ったと言えること。

答えのない課題は現場にあふれている。現場が近いという価値。

「正解」を探す力はネットやAIに敵わない。

「問い」を立てる力を育むこと。
どうしたら解決できるんだろう
何が本当の原因なんだろう
誰が困っているんだろう
私たちにできることは何だろう

10は1000よりはるかに小さいが、10分の1は1000分の1よりはるかに大きい。

1番の学びは寮生活の中にある。暮らしの中っていうことか。

挑戦のカタチは何通りあってもいい。
ひたすら寮で靴を揃えていくという挑戦もある。

「社会課題を解決する!」よりも、
(具体的な)誰かの課題を(当事者として)解決する!
ってことが大事だ。

ダイヤモンドはダイヤモンドでしか磨けないように人は出逢う人によって磨かれる。

高校時代に地域の高校へ進学することが新しい選択肢になる。
日本の課題に触れること。多様な人につながること。
地域がまるごと教育資源になる。

プロジェクトにとって大切なのは、真正性、つまりリアルであるということ。
地方にはリアルが詰まっている。

県外生徒がもたらしたもの。

低意欲の生徒襲来→意欲格差→挑戦格差
そこからじわじわとよくなっていく。
自地域肯定感が自己肯定感につながっていく。
誇りが必要なんだよね。生きていくには。

県外生徒募集をきっかけに教育の魅力化について大人自らが探求すること。
「高校魅力化」それこそが社会インパクトを生み出すと信じて覚悟を決めた人たちの集まりだった。
覚悟のようなものが必要。結局、誰がやるんだ?っていう。

高校存続プロジェクトから高校魅力化プロジェクトへ。
存続を目指しても存続しない。魅力がないと行かない。
高校魅力化って問いなんだと。自らが探求し続けないといけない。

キーコンセプトを決めること。
大崎海星の航界人、みたいな。
それをこういう地域の素材を使って学ぶことができます、と紹介すること。

魅力は地域の中にすでにある。
それを引き出していくプロセスにも魅力が生まれる。
キーコンセプトを人々との多様なプロセスによってつくっていく。

そして常にキーコンセプトを刷新し続けること。

課題は地域の現場にあるがソリューションは世界中にある。

都会では学べないことがウチの地域では学べます。
一緒に探求しよう、と言える人がどれだけいるか?

地域みらい留学を新しいキャリア教育の営みにしていく。
偏差値じゃない価値、自分軸で決める価値で自分の枠と地域の枠を超えていく。
地域の子どもにも外を見せることができる。

他者、つまり多様な大人と、多様なプロジェクトを行うことの意義。
プロジェクトの中で、一緒に活動した誰かが「オマエには才能がある」って言う瞬間をつくること。テクニックではなく、リアルで。
その一瞬で、生きていくモチベーションは数倍になる。そしてそれは早ければ早いほど効果が高い。

隠岐島前高校の豊田さんのプレゼン。

プロジェクトをデザインする際に重要な要素
・Authenticity(真正性、信頼性)
つまり、リアルであること。

超人口減少、超少子高齢化、財政難
日本の重要課題の最前線
しかも「人、物、金がない」
ここでの挑戦が日本の未来を切り開く。

「教育魅力化を阻む免疫のようなもの」
・学校教育を考える際の「地域文脈」へのアレルギー
→「教育文脈」と「地域文脈の2項対立構造
・新しい学びのあり方(新学力観)へのアレルギー
→「従来の教育観」から「新しい教育観」への転換
・多忙化へのアレルギー
→「業務改革・働き方改革」と「教育改革」は車の両輪
・異文化、異質なものを受け入れることへのアレルギー
→自分たちを肯定してくれない人たち、よくわからない人たち

自分たちにとっての学校や地域にとってのいい教育を
関係者の中で対話しながら探究・実践しつづけること。

・県外生徒募集に高校が関わるのは大変
※その先に何があるのかはあとの話
・教員が疲弊するのではないか
・自校は特徴がないのではないか
・外に開いたところでやる価値はあるのだろうか

〇多様性がもたらすもの
・新しい価値観との出会い
→最初は戸惑地
・自身や自地域のよさの言語化
→自己肯定感、自地域肯定感
・視点、視座が増える

自分とは違った環境で育った友人がいる
隠岐島前高校63%
島根県内 41%
島根県外 28%

~~~ここまでメモ

とまあ、こんな感じ。

結論的には「地域みらい留学」には
・特徴的なカリキュラム
・寮の支援体制
・公営塾の充実
の3つが必要なのだなと。

高知県の嶺北高校や広島県の大崎海星高校のように
初年度から生徒を集まられる高校があるということ。

キーコンセプトを明確にして
そこに向かって上記の3つを組み立てていくこと。
そういうことが必要なのだと実感した。

そしてもうひとつ、
いいタイミングで手にしていた本。


「仕事なんか生きがいにするな~生きる意味を再び考える」
(泉谷閑示 幻冬舎新書)

この本の終盤を読んだら、
なぜ、僕がここにいるのか、少しわかった気がした。

詳しくはまた別のブログに書くこととして、
今日は一番ヒットした一節を書き出す。

「芸術家は人生についての考え方を世界に教えている。金だけが大事だと信じている人は自分を欺いている。芸術家が教えているのは、小さな子供が無心で遊ぶように、人生も熱中して遊ぶべきだということである。ただし、それは成熟した遊びである。人の頭脳を駆使した遊びである。それが芸術であり、革新である。」(ロバート・ヘンライ)

たぶん。
高校魅力化とか、
地域と協働とか
マイプロジェクトとかって
結局ここに集約されていくのではないかな。

「人生も熱中して遊ぶべきだ」

伝えたいメッセージってそういうことなのだと思う。
最高の遊びとしての学びを、高校時代に経験しておくこと。
それって、めちゃめちゃ大きいと、僕は思うんですよ。  

Posted by ニシダタクジ at 14:52Comments(0)学び

2019年06月21日

「問い」=「切り口」+「ミッション」

6月18日早朝のラジオ深夜便。
睡眠のことを研究している
生物学者の柳沢先生のコメントが
タイムリーだった。

ラストの2つのメッセージ。

よい問いを見つけることはよい解き方を見つけることより難しい。

真実は仮説より奇なり。

生物(自然界)の法則と
実際社会で起こっていることって
リンクしているよなあと思うのだけど、
この2つはまさにそうだなあ、と。

学校教育は、
解き方ばかりを教えてきたのではないか。

目指すゴールがあった。
その前提として「効率化」という絶対的価値があった。
「工業社会」とは、おそらくはそういう世界だったのだろうと。

もちろん、今でも「効率化」は価値でないことはないのだけど、
「効率化」だけでは価値を産めなくなっているというのが事実だ。

柳沢先生は、研究者にとって一番重要なのは、
自分が面白いと思う問いを立てるということ。

そういえば、内田樹さんが、
フランス文学の世界が面白くなくなったのは
「どのような研究をしたら評価されて、大学教員・研究者への道が開けるか?」
という視点で、研究領域を選んでいるからだと言っていた。

「問い」っていうのは、「切り口」(テーマ)と「ミッション(使命)」を合わせたもの、
ではないか。

没頭できる問いに出会うこと。そんな問いを生み出すこと。

僕の場合は、
2002年の中学3年生シンタロウとの出会いだった。

「15歳が自分と住んでいる地域を好きになり、自分と社会の未来創造へ向けて歩き出している地域社会を実現します。」

これは今でもツイッターのプロフィールに書いている言葉だけど、
こういう解き方のわからない問いを立ててみるってことですよね。

「どうやって?」

って聞かれちゃうやつ。
いいんです。
だからそれを「探求」するんですよ。

思えば、2002年にその問いに出会って、
「シンタロウはなぜ心を開いたのか?」っていうサブの問いが出てきて、
それを追いかけて本屋になったのかもしれない。

サルトル風に言えば、
「実存は本質に先立つ」って感じなのだけど。

「問い」を立て、未来に向かって自らを「投企」し、
それを振り返って検証し、次の仮説をつくる。

「問い」というのは「切り口(テーマ)」と「使命(ミッション)・目的」
の合わせ技である。

だからこそ、「探求」のモチベーションが維持される。

切り口(テーマ)に必要なのは、
ワクワクというか、「面白さ」そのもの。
「好奇心」。

ミッション(使命)に必要なのは、
強烈な体験、違和感・共感、そこから来る衝動、勘違い。

それらはひとりひとり異なる。
過去の記憶が突然蘇ってくることもある。
僕だったら、高校生のときに通ってた、たこ焼き屋のおばちゃんの物語のように。

たぶんその問いを持って、生きていくということ。

そして、柳沢先生の言うように、
「真実は、仮説より奇なり」と
仮説(問い)に依存しすぎずに、
フラットに世の中の現象を見て、仮説を再構築していくこと。

その繰り返し。
そこには終わりがない。

たぶんそれが「探究する」ってことなんだと思う。

そういう意味では、
「高校魅力化プロジェクト」っていう題材は、
ものすごく多くの切り口(テーマ)で切ることができる。

「教育」「地域」「観光」「マーケティング」「まちづくり」
「小商い」「キャリア」「動画つくりたい」「リノベ・DIYしたい」

などなど。
さまざまな切り口で切ることができる。
その切り口(テーマ)に、仮説を立てる。
それを実証、検証していくのだ。

「インターン」ってそういうことなのかもしれない。

そして、さまざまな切り口で切った人たちが
同じ場所、同じ時間を共有することで、
ブレイクスルーというか「創造」が生まれるのではないか。

イナカレッジで、
観光学部の学生が言っていた
「地域の宝さがし」

っていう「宝」は、もしかしたら
その仮説の先にあるのかもしれない。

「教育」の魔法。

それはあらゆるものを「(教育)資源」に
変えてしまうという魔法。

すべての地域資源は、地域課題を含めて、教育資源になり得る。

それは子どもたちだけじゃなくて、大人たちにとっても同じだ。
学びのための題材でしかない。

「高校魅力化プロジェクト」をさまざまな切り口(テーマ)で切っていく。
フィールドワークを通じて「共感・違和感・衝動」を経て、問いが生まれる。
それを探求し続けることで「創造」が生まれる。

「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせである」と
ジェームス・W・ヤングは言ったが、

「創造」っていうのは、
そうやって起こるのではないか。

ひとつの題材をいろんな角度から切り、光を照射し、
関係性を構築しながら対話し、「共感・違和感・衝動」を
エネルギーに問いを立て、検証していく。

それが同時に起こる「場」。
そこに「創造」があるのではないか、っていう仮説。

現代美術家(リレーショナル・アート)
としての次の作品がだんだんと見えてきました。

  

Posted by ニシダタクジ at 08:08Comments(0)学び

2019年06月10日

参加・参画社会への「シェア」


「シェアライフ」(石山アンジュ クロスメディアパブリッシング)
の話を聞いて、熱くなった日曜の昼。

せっかくなのでまとめておきます。
高校生にこそ聞いてほしい話だった。
未来の話。

~~~ここからメモ

英語を学ぶのは、グローバル人材になるためじゃなく、シェアの時代に生きるため。

個人の意思<会社・組織の意思への違和感。本当の幸せって何?問いをあたためた。
シェアリングエコノミーは、定義がない。たとえば江戸時代の長屋暮らしのこと。

東洋の思想からくるシェア。ニューエコノミーとしてのシェア。
「世界中の1000人とお醤油の貸し借りができるようになった。」

TABICA:みんなの当たり前が誰かの旅になる。
https://tabica.jp/

近所で、会って、助け合い
https://www.any-times.com/

持っているあらゆるものをシェアすることができる。シェアすることでコミュニケーションが生まれる。

個人が供給者になれる。⇒個人の社会参画革命

組織から個人へ。つながりの希薄化、孤独、貨幣価値に支配される価値観

「教える」をライフスタイルに。教育に正解はない。テクノロジーの助けによってあらゆるものが教育資源になる。

つながりシェア保育園
http://seiwagakuen.ed.jp/tyo/

あるものを組み合わせる。ブリコラージュ。
地縁・血縁・所属組織でつながる⇒消費・趣味・価値観でつながる

「シェアで居場所ができる」居場所っていうのが場所のことじゃなくなる。

シェアは「信頼」で成り立つ。

「信頼」の移り変わり
1ローカルな信頼
2制度に預ける信頼
3テクノロジーによる信頼

ピアツーピアでの「信頼」の構築。それは食べログみたいに「数字」なのか?っていう疑問。
レビューを含め、信頼の構築シーンにも自ら「参加」すること。

日本のシェア=共助と共創
人・企業・行政がともに創造する社会
「シェア」っていうのは壁を超えるためのツール。参加・参画社会へのもっとも簡単なテイクオフ

教育シェア宣言:秋田県
https://unleashmag.com/2017/10/03/edu-share/

教育をシェアするという社会実験
https://unleashmag.com/2017/09/22/social-experiment-edu-share/

~~~ここまでメモ

「シェア」

気軽に使っていたけど、
大きな大きな「ワールドシフト」
がその先にあるように感じた。

参加型社会。
最大のケアは、「参加」ではないか?

って去年の今頃は思っていたけど。

参加へのもっとも簡単な方法が
「シェア」なんじゃないかって思った。

コミュニケーションツールとしても最強だなと。

個人として、つながりのある個人として、
シェアの時代を生きていくというリアル。
それをものすごく感じた時間となった。

「シェア」へのシフトは止まらないだろう。

それはおそらくは
それ以前のシェアじゃない時代のほうが
もはや特殊だったのだ。

資源が無限にあり、
モノは無限にあふれて、
それを消費する人たちも次から次への生まれて、
経済を回していく。

ふと思ったのだけど、
「経済を回す」っていうのは、
「使い捨てをする」っていう事とはまったく違うニュアンスがある。

回すのだ。
シェアするのだ。

ということは、
経済が「経世済民」という本来の意味で使われるとするならば、
あきらかに「シェア」のほうが理にかなっている。

それにしても、僕がいちばんヒットしたのは、
参加・参画社会への「シェア」だった。

「シェア」することで、人は「参加」できる。
そのコミュニケーションの入り口に「シェア」がなるんだ。
そこに可能性を感じた。

そしてそれは、
田舎であればあるほどインパクトがあるのだろうと思った。
田舎こそ、テクノロジーを活用したシェアをやっていこうと。

その先を見てみたい。
そんなふうに思ったお話でした。

これから本読みます。  

Posted by ニシダタクジ at 19:20Comments(0)学び

2019年06月07日

高校生×地域が必要な理由

みらいずworksへ行ってきました。
角野仁美さんとお話。
問いが近い人と話すのは楽しい。

~~~以下メモ

昭和の学び VS 令和の学び

ネットが普及したことによって
知識伝達 速
知識の価値低下 速
持っている知識⇒知識生産力(課題解決力・価値創造力)
若い時だけの学習⇒一生・生涯学習社会
依存・受け身・丸暗記⇒自立・能動型の学びへ

「三人寄れば文殊の知恵」⇒対話
主体的対話的で深い学び

似た者どうしの集団から知恵は生まれない
お互い思いきり尖っているほうがベター

高校改革と地域魅力化の統合
1 高校のための地域:教育活動のために地域資源を活用する
2 地域のための高校:地域活動のために高校生を消費する
⇒3 人づくりと地域づくりの統合
高校生・教師・地域の大人が関わりあい、高校生・教師・大人がそろって変容する。

高大接続システム改革
アドミッションポリシーに明記すべき三要素
1 知識・技能
・何を理解しているか、何をできるか
2 思考力・判断力・表現力
・理解していること・できることをどう使うか
3 (唯一解のない問題に)主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度
・どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか

「主体性・多様性・協働性」「ふりかえり」を含む。

高校改革と地域魅力化を統合する道

「地域を残す」
→若者に「地元で生きていける力」をつける
→若者に「どこでも生きていける力」をつける
(その結果、地元でも・・・)
→次世代の能力を最大限に高める
→身近な地域で最大限の体験を積ませる
→世界(地域)に当事者性をもてるようにする
→若者の興味が地域とつながる支援をする
→若者が大人に信頼感を持てるようにする
→大人が若者に誠実に関わる

昭和(工業社会)の教育 VS 令和(ネット社会)の教育

定型作業に需要⇒価値創造に需要
人も規格品が有利⇒尖った人が有利
生徒は学校に従属⇒学校が個性を開花
管理強制⇒伴走
人や社会から遮断⇒人や社会と繋げる
学校で完結可能⇒学校で完結不可能

平成は世界の潮流に逆行して衰退した。

「コンソーシアム」設立の必要性

1 学校教育への支援
高校の教育課程に対する地域資源の供給
地域資源供給源としての「コンソーシアム」

★学校の特性
〇思考プロセスの指導力を持つ教師がいる
△多種多様な関心には対応が難しい

★地域の特性
〇小規模なら個別多様な関心に対応できる
△場は提供できるが思考法の指導は難しい

⇒学校で共通の題材で思考法を鍛えた上で
個の関心に応じた課題に地域で取り組む

2 社会教育への支援
高校生が学ぶ受け皿としてのコンソーシアム

令和の教育⇒芸術作品
・大人も若者も地域で一緒に挑戦する
・若者(高校生)ひとりひとりの「学びたい」「やってみたい」「成長したい」を教師・地域の大人が伴走しながら応援する。

「まち・ひと・しごと創生基本方針2018」より

◎地方創生に資する高等学校改革の推進

・高等学校は、地域人材の育成において極めて重要な役割を担うとともに、高等学校段階で地域の産業や文化等への理解を深めることは、その後の地元定着やUターン等にも資する。

・このため、高等学校が、地元市町村・企業等と連携しながら、高校生に地域課題の解決策等を通じた探究的な学びを提供するカリキュラムの構築等を行う取組を推進するとともに、進路決定後の期間を利用したインターンシップの充実等を通じて地元の魅力に触れられる取組等を推進し、地元に根ざした人材の育成を強化する。

・また、これらの取組を充実させるためには、高等学校と地元市町村等の地域の関係者の間で継続的に緊密な連携を行い、地域一丸となって取り組んでいくことが必要である。そのため、地域の関係者により構築するコンソーシアムの設置など、高等学校を活用した地方創生を進めるための地域の基盤構築について、事例等の紹介も行いながら推進する

◎浦崎先生の提言

高校生が「社会に参画する態度や能力」を高めていくために必要な「地域との関わり」は、地方の高校生のみならず、都市部の高校生にとっても必要な学習活動と言える。しかし、数年のスパンで考えれば、都市部の高校が社会の要請に対して十分な規模やスピードで変革を遂げる期待は持てない。すなわち、国の未来を切り拓いていく態度や能力を備えた次世代を育成するうえで、当面、地方の小規模校がもつ優位性は揺るがないと考えられる。

近年、「大学教育は学生の社会人基礎力を高める教育力を十分に備えていない」という調査結果が示された。この知見は「社会人基礎力が高校生時代にまでに決まることを意味し、企業等にとって、「偏差値の高い大学の出身者よりも社会人基礎力を確実に高める高校の出身者を採用したほうが有利である可能性を示唆し、新卒採用事情を一変させる潜在性を備えている。

ここで、社会人基礎力の向上度は、地域で大人と豊かな関わりをもつ経験を重ねた高校生のほうが大きいと考えられることから、「地元からの支援が手厚い小規模な高校ほど、国の経済再興に必須の教育機関として、経済界からの評価が高まる」将来も予見される。

また、当面、都市部の大規模な高校を変革する労力に比べて、都市部の中学生を地方の小規模な高校へ移転する労力のほうが圧倒的に小さいのは明らかである。よって、地方の小規模な高校に対する改革支援や、都市部の中学生を地方の小規模な高校へと誘う事業は、従来の「高校や地方自治体の存続」という文脈を超え、「国の将来を切り拓いていく次世代を、より速やかに、より大規模に育成していく上で、国策として推進する価値がある。と考えられる。

「社会人基礎力は大学入学後にはほぼ変わらない」(大学生白書2018 溝上慎一・京都大学)

従来の新卒採用
【前提】
社会人基礎力と学歴(偏差値)は相関する
【傾向】
社会人基礎力は出身高校による差はない
【仕組み】
偏差値の高い学生を採用したほうが有利

これからの新卒採用
【前提】
社会人基礎力と学歴(偏差値)は相関しない
【実態・可能性】
社会人基礎力は出身高校による差が大きい
【ありうる仕組み】
社会人基礎力を育成する力の高い高校の卒業生を採用したほういい

ありうる未来
【動向】
社会人基礎力をしっかり育成できる高校が
地方の小規模校を中心に増えている
【就職に対する優位性】
地方の地域連携に熱心な高校のほうが有利
【起こしうる流れ】
企業等が出身高校に注目して採用する
就職のためあえて地方の高校に進学させる

地域・高校魅力化コンソーシアムの設置

改革しない普通科高校が淘汰される危機

一人ひとりが個性・持ち味を最大限に開花するためには
学びの個別化が必要で、
「探究」:一人ひとりの興味や関心に対応
「教科」:一人ひとりのペースやプロセスに対応「N高等学校」など

「自分自身の成長」を実現できない高校へ
時間や金銭をかけて通学し、一日ガマンして過ごす価値は何か?
に答えられるか?

変革が困難⇒変革が容易

都市部⇒周辺部
危機感なし⇒危機感あり
感覚や情報が古い⇒感覚や情報が新しい
内向き・閉鎖的⇒外向き・開放的
全員一律指向⇒個別最適化指向
高校も地域も大規模⇒高校も地域も小規模

AI時代に必要な力

人間には容易だがAIには困難なこと
1 現場で「感じる」こと
2 問いを立てること
3 意味を味わうこと
⇒そのために「対話」が必要

若者を輩出する高校・地域の共通点
「どんな地域にするためにどんな人物を育てていけばよいのか」
「そのために、どのように役割を果たし合っていけばいいのか。」
に焦点を当てて徹底的に対話し、ゴールとストーリーのイメージを共有できている。

★次世代の成長度は大人の対話度を超えない。

高大接続改革
・大学には文科省から「選抜改革圧力」
・大学は高校の改革状況に応じて理由書等に充てる配点や定員を拡大
・高校の地域協働は後戻りしない段階
⇒従来型の学習だけでは合格は難しくなる
合格しても10年下の世代に職を奪われる

なぜ、「地域で探究」なのか?

★社会に出たときに求められる力
・よりよいアイデア・プランを生み出す力
・仮説:(Aをする)と(Bという結果が出る)はずだ。

仮説が正しければ、結果を出せるが、
仮説が間違っていれば、結果は出せない。

⇒より正しい仮説を生み出す力が必要

★より正しい仮説を生み出すためには?
・見立てにつながるヒント(気づき)を得る。
・自分の見立てが本当に正しいかどうか、事実に照らして検証する。
⇒現場で情報を収集することが必要
⇒地域に出て学ぶことが必要

「仮説が成立するか否かは、「前提条件が成立」するか否かによって決まる。
⇒各々の前提条件が成立しているかどうかを検証(=事実に照らして確認)することが重要
⇒現場で情報を収集して、仮説や前提条件を検証・修正することが重要・・・地域で学ぶ意味。

地域課題研究をどこまで究めるか?

1 思いつきレベルの提案
地域課題の講話・見学等
解決プラン(仮説)を形成(思いつき)
(思考プロセスに再現性・応用性なし)
⇒解決プラン(仮説)の提案(実効性なし)

2 妥当性がある提案
地域課題の講話・見学等
解決プラン(仮説)を形成
・前提条件の洗い出し
・仮説(前提条件)の吟味
探究プロセス:課題設定・情報収集・整理・分析・まとめ・表現
⇒解決プラン(仮説)の提案(実効性あり)

3 実践して仮説を検証

2⇒解決プランの実践(仮説の検証)
⇒解決プラン(仮説)の修正
一連の思考経緯を発表

「高校・大学・地域」連携事業
飛騨市・吉城高校での調査

採用等に関する地元企業への調査
・元気で提案力のある若手がほしい
・人柄や能力がよく分かった人物を採用したい
・多様な年齢層の社員と関われる力がほしい
★吉城高生の地域活動がさらに活発化すると
飛騨市(岐阜県)の企業が抱えている人材の育成や
採用に関する以下の問題が一体的に解決する可能性が高まる。

1吉城高生と地域行事等を活用して人間関係を上手に形成し、思いを共有することにより、
2大学等へ進学した後に「帰郷して貢献したくなる気持ち」が自然に高まるようにし
3帰省時に交流を重ねて、インターンシップ等へとつなげ、
4その延長線上で採用が実現する仕組みをみんなでつくっていけないか?

YCKプロジェクト(吉城高校)

YCKプロジェクトが成長の機会として
生徒・教師・家庭・地域から認められている。

よりよい未来につながる
学びを自ら作り出した経験

ふりかえりによる「成長過程の自覚・言語化」

ふりかえりの例
1 before after
Q何がきっかけでどのように変わったか?
「変わる前」と「変わった後」を対比しよう!

before
・大人は別世界の人で話すのは億劫
・自分に世界を変える力はない
・考えるのは無駄だし面倒くさい

勇気をもって自分の考えを発表したら、
大人の人たちがしっかり耳を傾けてくれて、
自分の考えが全体の企画に反映されて、とてもうれしかった。

after
・大人も同じ世界の人で普通に話せる
・自分は地域を変えられる
・アイデアを考えるのが楽しい

2 文章化
今回のプログラムに参加する前、私は、「大人は別世界の人」と思っていて、話すのはとても億劫でした。また、自分に地域を変える力はないと思い、地域をよくするアイデアを考えるのは無駄なことだし、面倒くさいと思っていました。

そんな自分が変わるきっかけとなったのは、2回目の企画会議でした。そのとき私は勇気を持って「スタンプラリーをする」という自分の考えを発表してみたのですが、大人の人達は私の提案にしっかり耳を傾けてくれて、しかも、私の考えは企画に反映されることになりました。「三寺まいり」の本番でも喜ばれ、とてもうれしかったです。

この体験を通して、私は、「大人も同じ世界の人」という感覚を持てるようになり、実際、普通に話せるようになりました。また「自分は地域を変えられる」という気持ちをもつことができ、以後、地域をよくするためのアイデアを考えるのが楽しくなりました。

問:科学基礎で学習する以下の内容についてツッコミを入れなさい
様々な物質の中には、ダイヤモンドのように「硬く、沸点や融点が高く、常温では固体のグループもあれば、ドライアイスのように「やわらかく、沸点や融点が低く、常温では液体や気体のグループもある。

ツッコミ例
「硬い物質の沸点や融点は必ず高いのか?」
「硬い(軟らかい)グループの共通点は何か?」
「なぜ「硬さ」や「沸点・融点」が違うのか?」

Q物質をつくる粒子どうしが引き合う結合の強さが異なると
物質の性質にどんな違いとなって現れるか?

・結合力が強い「共有結合」の物質は一般的に
1沸点・融点 2常温では固体が多く 3硬い という共有点がある。
2結合力が弱い「分子間力」ではその逆
3以上、結合の強弱は1沸点・融点の高低2三態3硬軟の差として現れる

「ふりかえり」によって見方が深まる例
物質の「沸点・融点」「常温での状態」「硬軟」の三者には
互いに関係などなく、各物質の特徴は暗記するしかない。


粒子を結合する力の強弱は、
1沸点・融点の高低2三態3硬軟の差として現れることがわかった。

「普通科目の学び方」を変えるかも

たとえば「よりよい仮説を生み出す力」は
・普通科目で習得する
「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」等と
かけ離れて存在するものではない。
・むしろ普通科目ならではの力を十分に習得した先にこそ存在する
⇒「各々の授業科目でつけるべき力は何か?」を高い視点から見て学んでいく必要がある。

昭和の教育:工業製品をつくる
学校で先生が教え、生徒は「教えてもらう」硬い組織に従属する規格化された者を量産
⇒保護者の関心は「わが子」だけ(地域に無関心)

令和の教育:芸術作品をつくる
・保護者、地域の大人も若者も地域で一緒に挑戦する
・若者(高校生)一人ひとりの「学びたい」「やってみたい」「成長したい」を
教師・地域の大人が伴走しながら応援する

大人の対話性 VS 生徒の価値創造力

★大人の対話姿勢なし
⇒学びの場が学校に閉じたまま&校内もバラバラ
⇒授業で興味喚起に時間を消費&教科間で相乗効果発揮できず

⇒探究(知識生産法)を授業に導入する余地なし
⇒知識注入以外に手立てなし→知識注入に躍起
⇒「待ってれば先生から知識が貰える」習慣定着
⇒&自ら対話的に知識を生み出す力は育たず
⇒貰った知識で大学に進学できても職場で生産性を発揮できず
⇒教え子は低賃金&長時間労働(教師も)
⇒生活に余裕なし→大人に対話姿勢なし→・・・

★大人の対話姿勢あり
⇒学びの場が生活・地域に拡張&教師が協調
⇒授業に余地拡大&教科間で相応効果発揮可能
⇒探究(知識生産法)を授業に導入する時間充足
⇒考えた帰結として知識を獲得できる授業が可能に
⇒探究的な学びが拡大
⇒生徒に「主体的に考える」習慣定着
&「自分達で対話的に知識を生み出す」力が向上
⇒大学入試時に知識量で負けていても追い越し可能
&職場でも生産性を発揮
⇒高賃金&短時間労働
⇒豊かで文化的な生活⇒大人に対話姿勢あり

立派な若者が群出する高校・地域の共通点

「どんな地域を実現するためにどんな人物を育てていけばいいのか」
「そのために、どのような役割を果たしあっていけばいいのか」
に焦点を当てて徹底的に対話し、ゴールとストーリーの
イメージを共有できている。
次世代の成長度は大人の対話度を越えない

「社会に開かれた教育課程」
「主体的・対話的で深い学び」
「探究活動」
「大学入学者選抜改革への対応」
「カリキュラム・マネジメント」
「人口減少対策」
⇒種々の問題に対しては一体的な対処が可能。

協働的・本質的に対処すれば多忙化は解消
バラバラで表層的に対処するから多忙化する。

H27.8.26 中教審教育課程企画特別部会

【新たな学校文化の形成】

予測できない未来に対応するためには、社会の変化に受け身で対応するのではなく、主体的に向き合って関わり合い、その過程を通して、一人一人が自らの可能性を最大限に発揮し、よりよい社会と幸福な人生を自ら創り出していくことが重要である。

H27年に高校と地域の協働が加速

・教育再生実行会議 第6次提言(H27.3.4)
「地方創生を実現する教育の在り方について」
・中教審に「学校地域協働部会」設置(H27.4.14)
・18歳選挙権衆議院通過(H27.6.4)
・中教審「高大接続システム改革会議」中間まとめ(H27.9.15)
「思考力・判断力・表現力」「協調性」
・中教審3答申(H27.12.21)
「地域と学校の連携・協働/チーム学校/教員養成」
・「次世代の学校・地域」創生プラン(H28.1.25)

益田市・「新・職場体験」
対話を重視したプログラム

平成は公助肥大:画一化の時代
⇒共助再生で共助×公助の実現を

明治~昭和の興隆
・「工場労働者」→人も「規格性追求」
学校と地域(多様性)にバランスあり
大規模校・40人一斉授業に合理性あり

平成の失速
・「知恵の創出」が必要になったが人は「規格性追求」
個性や持ち味の徹底的な開花が必要
学校依存→個性を伸ばせる場なし
大規模校・40人一斉授業は弊害

★高校が地域と連携する際の留意点
地域課題研究の「傾向」
研究のゴールが「思いつきレベルの提案」になっている
「地域への関心を高める」ことは一応可だが、
「地域への貢献能力を高める」ことは不可

⇒学校としてとるべき「対策」
「貢献能力の向上」を第一義に打ち出す。
次の課題に応用できる再現性を育成する。

可児高校地域医療IPE

参加前:日々の勉強は、本当に、自分の将来につながっているのだろうか?」
参加後:「現場の厳しさを感じて、覚悟が固まった。」
「現職の方の思いや優しさを知り、心が温まった。」
「現職の方や大学生の言動から、今の勉強が、将来につながっているとはっきり分かり、不安や迷いが解消した」

★教育に対する立場の相違
1 高校教育の充実 授業内
高校の教育課程に対する地域資源の供給
(社会に開かれた教育課程)
2 社会教育の充実 授業外
児童・生徒が地域で学ぶ受け皿の創出
(地域学校協働活動)
3 児童福祉の充実

★学校の立場 VS 地域の立場

高校(学校教育) 機関 行政(地域振興)

人づくり  意識  地域づくり
地域で学ぶ 学習への期待 地域を学ぶ
学校(地域は協力者) 企画・運営責任者 地域(学校は協力者)
授業時間内 使える時間 授業時間外
当然あり(職務) 教職員の関与 最低限(校長の裁量) 

マイプロジェクト・アワード

身近な地域の課題に当事者意識をもった高校生が発揮する底力を知る貴重な機会
⇒学校の「囲い込み指向」と相反
教育課程外で、興味・関心の多様性に対応できる受け皿の提示が必要
⇒コンソーシアムとセットでマイプロを語る必要

~~~ひとまずここまでメモ。

ボリュームすごいな。
ちょっとここから分析していきます。  

Posted by ニシダタクジ at 09:18Comments(0)学び

2019年04月21日

「理由」はまだ、ない。

茨城県日立市・
株式会社えぽっくの「旅する冊子」プロジェクト
https://a-port.asahi.com/projects/tabisuru_sassi/

作戦会議という名の
参加学生の振り返りをやっていました。

1週間の合宿をしながら4つの企業の取材をした
取材型インターン「チームひきだし」。


写真は北茨城市・まるみつ旅館にて。

ひきだしの特徴は、
・毎日企業を取材してワークショップをしながら紹介記事を作成する。
・あらかじめ取材する企業が決まっておらず、企業を知らないまま学生はエントリーする。

学生の参加動機もさまざま。
「いろんな企業を知りたい」っていう前向きな理由(?)から

「インターンって行ったことないな、そういえば」
っていうちょっと気軽な理由。

「1週間で完結するインターン」
っていう時間ない系の理由。

「1週間実家から離れて暮らせる」
とか自由なのか不純なのかわからない理由。

うんうん。
これ、おもしろいな。
マーケティングに使える。

実家から1週間はなれて暮らす!みたいな。
1週間で完結するインターンシップ!みたいな。

逆にインターンシップを、
「ボランティア」するくらいゆるくしちゃうっていうか、
入口のハードルを下げるいう効果もありますね。

で、おもしろかったのが、やってみてどうだったか?の話。

ビフォアアフターで言えば、アフターは
・行って初めてわかることが大きかった。
・企業が直前まで知らされないのがおもしろい。
・楽しかった。自分が思っていたインターンシップと違った。
・マナー講座とかも学べてよかった。
・社長インタビューは最終面接みたいなもの。

っていうこと。
これ、いわゆる「得られる経験」みたいなところに書いてあるところ。

新たな気づきは、
・気づかないうちに、ホワイトカラー(オフィスワーク)志向になっている自分に気づいた。
・地元企業で就職先があるのか知りたかった。
・企業がわからないからこそ、「どうしてこの企業に?」と聞かれない安心感がある。
・スピード感と熱意と経験
・言葉にして伝えるのはむずかしい

僕が着目したのは、ここ。

企業がわからないからこそ、「どうしてこの企業に?」と聞かれない安心感がある。

それかも!
それ、大きいかも、って思った。

「どこの企業に行くのかわかりませんが、4社の企業の取材をします」

って言われたほうが予測不可能性が高まるし、

一番は、
どうしてこの企業に見学に来たのですか?
って聞かれない。

行動には理由があると、僕たちは教わってきた。

しかし、その理由は、
行動する前には、きちんとわからないのではないか。

「なぜ、その行動をするのか?」

っていう問いに答えられるのは、やってみた後になってから
なのではないか?

就職活動中の大学生も言っていた。
「志望動機」が明確に答えられないと。

「志望動機は?」
「それは入社した後に分かります。いまはまだ分かりません。」

そんな面接ができる会社があったらいいのに。

「理由」はまだ、ない。
でも、事後になって理由はわかるのかもしれない。

人はまだ、自分を知らない。
だから、「やってみる」んだ。
実験してみるんだ。

ひとまずは心のセンサーが
「やってみようかな」をキャッチして、
理由はわからずにやってみるんだ。

そして、後から理由がついていく。

株式会社えぽっくの提供する
「チームひきだし」プロジェクトは、

明確な目的・目標を決めずに、ひとまずはじめてみる、という、
「オルタナティブ就活」そのものな感じがしました。

2019年度も行いたいので、みなさまからの応援よろしくお願いします!  

Posted by ニシダタクジ at 05:48Comments(0)学び

2019年03月09日

未来を見たい人のための本





3月4日、愛知県のとある高校で講義。
最近はワークショップスタイルのものしかやっていなかったので、
講演スタイルは久しぶり。
2000年代生まれの高校生に、
余白おじさんは通用するのかドキドキしてました。

予告で先生が
「コミュニケーションのプロが新潟から来ています」
みたいなことを言っていたのでドキっとする。

ああ、たしかにプロフィール読んで、
なんのプロなのか?って問われたらそうなりますかね。(笑)

2時間(50分×2)続きの授業の時間をもらいました。

前半
ハックツの紹介ビデオからのその企画に至った経緯としての家庭教師の話、
お客は誰か?価値は何か?っていう話。

現代美術家とは問いを投げかけること、
余白デザイナーというフラットな関係性をつくるコミュニケーションのデザインの話。

コミュニケーション力とは、会話のスキルやテクニックではなく、コミュニケーション・デザインが重要だという話。

そもそもどうしてコミュニケーション力を高めないといけないのか?

第二次、第三次産業の比率のシフトと
「日本でいちばん大切にしたい会社」の話。
第三次産業へのシフトによって働ける人の輪が縮小した

後半
後半はツルハシ黄金期のビデオを見た後で閉店に向かうストーリーを話す。

予測不可能性と挑戦するな実験しようのコンセプト。
自信とは、やったことがある、っていうこと。

これからやりたいことの話。

本屋の話。
カメラマンデビューの話。
絵本出版の話。

「あいたくて」の詩の朗読。

ラストメッセージは「自分の感性を信じてほしい。」ってこと。大人よりずっと上回ってるはず。
そして、感性を実行し、それを振り返ること。

~~~とまあこんな感じ。

出てきた質問はコミュニケーションに関するもの多数。

・どうやったら友達ができますか?
・普段あまり話しませんが、せめて「おはよう」や「ありがとう」などのあいさつはしたいのですが、緊張して言えません。どうすればいいですか?
・話の話題が上手く決められない。どうすれば話題が出てくるでしょうか。
・話題に困ったときはどうしたらいいですか。
・コミュニケーションを上手にできるコツはありますか?
・コミュニケーションがとても苦手です。人と話したりすると言葉がつまります。どうしたらいいですか。
・人見知りを直す方法を教えてください。
・毎日のようにあう相手とのコミュニケーション方法について
・コミュニケーションで自分の意思を尊重することと他者の意思を理解することとどちらがより重要ですか?
・話すことが必要だと思わないので必要性を教えてください。
・相手に興味がない場合も必要ですか?
・相手のお気に召す話は人によりまずが、大抵これならダイジョウブとかありますか?
・年の離れた人や地位の離れた人とのコミュニケーションの方法
・コミュニケーションをするにあたって、いろんな気遣いをすると思うのですが、小さな子どもやお年寄りにはそれぞれどんな気遣いに気を付ければいいですか?
・なんで本屋さんなのにコミュニケーションするのか?

なるほど。
これ、僕が「回答」を答えるよりもみんなでこれを題材に話し合ったらいいかも。

「正解」じゃなくて、「仮説」と「実験」があるだけから。
そういうワークショップ型の授業をやりたいですね。

さらに、講演内容(と僕)に関する質問。
これ、答えていきます。

・閉店するとき、自分のやりたいことをみつけてあらたな自分の考えやアイデアでつぎやっていくことをきめていくのですか?
⇒「やりたいこと」というより、「お客」にフォーカスしているので、
「お客を幸せにする方法」としての「やりたいこと」は無限に出てくる。

・お店が閉店した場合、在庫や土地はどうなるのか?
⇒在庫は生産します。お店は賃貸だったので返します。
契約時に「原状復帰条項」を削除していたので、
閉店したときはそのまま返しました。

・一番困ったことは何か、どう解決したか?
⇒やはり運営費・改装費などの確保ですかね。
「寄付サムライ」などの制度を生み出して、
寄付によってカバーしました。

・なにをしている時がいちばん楽しいですか?
⇒新しいプロジェクトを考えているとき。わくわくしているとき。

・お金のやりくりは大丈夫か?
⇒あんまり大丈夫じゃないです。(笑)

・現代美術家とはなにか
⇒これは授業中に説明しましたが、
「問いを投げかける人」のことです。

・余白デザイナーというのは空間デザイナーと似ていますか?
⇒似ているかもしれませんね。
人がかかわれる余地というか余白を増やすという意味です。
空間的にも、精神的にも。

・働きたくないと思ってしまうのですが、どうしたらいいですか?
⇒いいですね~。
「やりたくないこと」を探すっていうのが、まずは大切みたいです。
働かないで稼ぐには?っていう問いを次にいきますか。
あるいは、なぜ、働きたくないんだろう?
っていうことかなあ。

~~~ここまで。
いちばん下のやつもみんなで話したいネタではあります。
上の質問には回答書を送ろうかなと思います。

そして、講義後の感想

▽▽▽ここから
見てて楽しそうに思える人だなと思う。

コミュニケーション「力」ではなく、コミュニケーション「デザイン」と聞いて、自分なりのコミュニケーションをすることが大事なんだなと思った。

デザインやアートにもいろんな解釈があって、こういうの新鮮だなあと思いました。コミュニケーションにも大事なやり方とかあって、「やってみよう」って思うことが多々ありました。とても奥深くて面白い2時間でした。ありがとうございました。応援してます!

コミュニケーションを必要と言わない人は初めてでした。お話聞けてよかったです。ありがとうございました。

たくさんコミュニケーションについて知れて、途中に言ってた言葉がいい言葉すぎてすごく心に響きました。一番最後の詩も感動しました。

コミュニケーションと言ってもただ言葉のコミュニケーションだけじゃないというのがより分かったと思います。大学へ上がるうえで不安な気持ちがあったけど、もう少し軽く考えても良いんじゃないかと感じました。

短い時間でしたが、「なるほど」「うんうん」といろいろと感じるものがありました。本屋さんもステキな場所で、もっと身近にたくさんあればいいのにと思いました。本屋さんじゃなくても、私自身が友達にとってあの本屋さんのような存在になれたらいいなと思います。人間関係で悩んだり、私ってなんだろう、って思うこともあるけど、それでも人が好きって言えるような人間になりたいです。

コミュニケーションをとる方法を少し変える(座る向きとか?)だけで変わってくることに驚きました。でも確かに変わってくるなあと思いました。

最後の詩、すごくよかったです。本屋もすごく行きたいと思いました。話もすごく良かったです。

不思議に思ったことは、すぐに声を出して発言したほうがいいとわかりました。失敗をおそれて挑戦しないよりも実験してみるほうがいいとわかった。よかったことなどの感想を書いたほうがいいと知りました。

本屋さんはコミュニケーションをつかわず本を買うというのがふつうですが、西田さんの本屋さんは本をハックツとかできるようにコミュニケーションを大事にしている本屋さんだと感じました。私が思ったのは本の発掘からコミュニケーションがとれているんだなあとビデオを見ているときに思いました。

ほかの本屋さんだとシーンとするような感じのイメージがあるのですが、西田さんの本屋さんはコミュニケーションを大事にしているん本屋さんだなあと思いました。閉店してしまったのは残念ですがビデオみていってみたかったと心の中で思っていました。

~~~ここまで感想

最後にいちばん、心に響いたもの

本屋さんのビデオを見てとても行ってみたいなと思いました。自分は小説が好きなのでとても気になりました。自分は生きることがいやになって死ぬことを考えた時がありました。なんで頑張って生きなくちゃいけないんだろうってすごく考えました。今でも考える時があります。そうなった時にヒントがもらえる本がすごくほしいです。かこを忘れたいです。未来を見たいです。それを教えてくれる本が欲しいと思いました。

ありがとうございます。
そんなに心を開いてもらって。

僕自身も、生きることが嫌になった時があります。
大学2年生、21歳のときでした。

僕は「環境」というキーワードで
1年浪人して、農学部に進学しました。

当時、深刻化している(と言われていた)
地球温暖化等の環境問題に対し、
自分が何かできることはないか?
と考えていました。

ところが。
学べば学ぶほど。
本を読めば読むほど。

そこには絶望しかありませんでした。

「20年遅かった。」
そんなふうに思っていました。

僕は大学に進学した意味を失った、
つまり「未来」を失ったのです。

なんのために生きているんだろう?
という問いへの回答を失った僕は、
日々を生きることがつらかったです。

そんなとき、
僕を救ってくれたのは1冊の本でした。
微生物技術を活用した農業に関する本。

これに賭けてみよう。

その農法で畑をやっている
新潟県内の農家さんに連絡をして、
会いに行き、話を聞きました。

大学の裏の空き地を勝手に開墾して、
畑サークル「有機農業研究会STEP」をつくりました。
サツマイモを育て、それにあまりに感動して、
みんなで畑をやりたいと思うようになりました。

1冊の本から、僕の人生は大きく動きました。

いま、書いていて思ったのですが、

僕がやりたい本屋は、そういう本屋なのかもしれません。
たまたま目の前に来た1冊の本に出会える本屋。

目的をもって、本を探しに行くのではなく、
ふと、本棚を目にして、手に取ったら、
その1冊から人生が動いていく。

そんな本屋のイメージが湧いてきました。
いい問いをありがとうございました。

さて。
そんなあなたに贈る1冊。

やっぱり
ポール・フライシュマンの「種をまく人」(あすなろ書房)
にします。



僕が「畑こそ人が集まる場になる」と直感した1冊。
京都の半農半X研究所の塩見直紀さんに贈ってもらった本。

舞台はアメリカ。
ゴミ捨て場になっていた空き地に
ベトナム人の少女が3粒のマメの種をまきました。
そして、毎日、様子を見にいきました。

それをアパートから見ていたおばさんは
「あの子は何か悪いもの(麻薬か拳銃か)を隠しているんじゃないか?」
と疑い、

少女がいない隙に、土を掘り起こします。
ところが、何も出てきません。
おばさんはハッと気づきます。
そこには芽が出たばかりのマメの種が3粒あったのです。

なんということをしてしまったのだ、
とおばさんは後悔し、
種を元に戻し、土をかぶせました。

そこからおばさんはマメのことが気になって仕方ありません。
日照りなのに少女が水やりに来ないとき、
自分がこっそり水をやったりしていました。

と。
こんな感じで物語が展開していきます。

ベトナム人の少女がまいた、3粒の種。
それはマメだけではなく、いろんなものが展開していく
「未来の種」だったのかもしれません。

そんなふうに、
いつ芽を出すか出さないか分からないけど、
いま、種をまいていくこと。
僕にとってはそんな気持ちになれる本です。

高校生とのライブは、
僕にとってはとても刺激的でした。

またいい問いをたくさんもらって、
僕自身もめちゃめちゃ学びと気づきがありました。
自己開示を引き出されました。

またお会いできたらうれしいです。
ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 11:14Comments(0)学び

2019年02月01日

「人を手段化しない」場のチカラ

2月3日の日曜日の胡桃堂喫茶店でのトークに向けて、
本の読みなおしと、過去ブログの整理。

健全な負債感を持つという豊かさ
http://hero.niiblo.jp/e472045.html
(15.8.24)

2700円のシュトーレンを買うということ
http://hero.niiblo.jp/e474894.html
(15.12.1)

第四次元の芸術
http://hero.niiblo.jp/e488654.html
(19.1.2)

「顧客」から入るか、「価値」から入るか
http://hero.niiblo.jp/e488667.html
(19.1.4)

「構想力」と「場のチカラ」
http://hero.niiblo.jp/e488729.html
(19.1.15)

このあたり。
もう一度読みつつ、本も読み返して行きます。

一番話したいのは
「支援の話法」だったり「場のチカラ」だったり、
「人を手段化しない」だったり、
「顧客」から入るか、「価値」から入るか、とかかなあ。

1人の「顧客」から入って、
それが多くの人にとっての価値になっていく
っていうのがビジネスの重要なことなのだろうけど。
まさに手紙を届けるっていうことなのだろうけど。

そこの継続とモチベーションとひとりひとりを大切にする、
と場のチカラみたいなやつがリンクしているように僕は思うのです。

そんな話をもやもやしたいなあ。  

Posted by ニシダタクジ at 09:47Comments(0)学び

2019年01月31日

クラウドファンディングそのものが「作品」になり得るのか

1月1日から30日間に渡ったクラウドファンディング
「バンド組もうぜ」みたいに「本屋やろうぜ」と言おう。
かえるライブラリー始めます。
が昨日の23:59に終了しました。

目標達成率は45%、参加(支援)した人は118名。
年代別では20代が46人30代が43人。
最終日のPV(ページビュー)は2710を記録。

たくさんのみなさんにシェア、応援、記事を書いてもらいました。
そして、今回のクラウドファンディングの目的は、
「本屋やろうぜ」って思ってくれる人を増やす、ということ。

なので、ツルハシブックスや暗やみ本屋ハックツなど、
本屋をやってみた人に寄稿してもらいました。

9名が寄稿してくれて、
だんだんと「場」が温まってくるのを感じました。

1月27日に投稿した
「ツイッター空間のような本屋」
https://camp-fire.jp/projects/117607/activities/72057#main

まさにそういう「場」が生まれていきました。

その前日、26日には、
ツルハシブックスの店員サムライを長期にわたってやってくれた
増川葉月さん、妹で長野の伊那市でカリカリブックス(仮)を立ち上げた増川千晶さん。

その投稿を促したのは、
それまでに寄稿してくれた

暗やみ本屋ハックツの宮本さん、原さん、海津さん
ツルハシのお客さんだった笠原早希さん、
2015年の黄金期をつくった井上有紀さん
の原稿だったと思います。

今回のクラウドファンディングを
「本屋をやりたくなるようなメディア」にしたい
と思っていました。
そういう実験をやってみたいなと。

東京では会う人会う人に、
「かえるライブラリーの仕組みが分かりづらい。」と言われました。
ハックツの宮本さんのアドバイスを受けて本文を並び替えました。

たくさんの人が原稿を寄せてくれて、
それに対して僕が返信したり、
ウチノ食堂藤蔵というリアルな場で
「かえるライブラリー」について話したり、

そうやってだんだんクラウドファンディング上に
「場」ができていった。
そんな感じがします。

そして、1月27日夜。
「わたしも書いてもいいですか」と
野島さんからメッセージが来て、
28日朝、原稿を確認して、震えました。

1月28日10時16分更新
「19歳で焦っていた自分、24歳でうつ病になった自分へ」
https://camp-fire.jp/projects/117607/activities/72112#main

ここから、一気に何かが始まったような、
そんな実感があります。
つられて僕も自己開示してしまったり、
たくさんの人が共感シェアしてくれたり、
一気に広がったように思います。

クラウドファンディング上に「場」は作れる。
もっと言えば、クラウドファンディングそのものが「作品」になり得るのかもしれない。
そんなことを思った最終日でした。

「作品」とは、「創造」が起こること。
誰かの心が揺さぶられること。
心に刺さる問いが生まれること。

そして、手紙が届くこと。
手紙を届けること。
手紙が届くことを願って、文字を差し出すこと。

そんなことがクラウドファンディング上に起こっていたのではないかと僕は思います。

「かえるライブラリー」はそれをリアルの場でもやろうという取り組みです。

「なぜ、本屋なのか?」
「だれに届けたいのか?」
「自分は何者なのか?」

そんな問いを抱えながら、船出をしていきたいと思います。
寄稿してくれた方、支援していただいた方、シェアしていただいた方、読んでいただいた方
大きなチカラをありがとうございました。

これからです。  

Posted by ニシダタクジ at 11:32Comments(0)学びかえるライブラリー

2019年01月30日

「何者かにならなくてもいい」

2000年代の初め、「プロジェクトX」というテレビ番組があった。

子どものころ大好きだったラグビー青春学園ドラマ「スクールウォーズ」のモデル、
伏見工業高校ラグビー部、山口良治さんも題材となり、
僕はおそらく10回以上見て、セリフを暗唱できるようになった。
(ツッパリ生徒と泣き虫教師)

「あのシンゴが、弥栄のシンゴが、伏工を受ける、伏工入ったらどないすんねーん。っていうシンゴが、いま学校の教師をしてくれてる・・・号泣」みたいな。(笑)

いま、新潟市図書館で借りることができるので、
たまに家族で見ているのだけど、
やっぱ「プロジェクトX」めっちゃいいね。

何作も見ていて思ったのは、
伏見工業・山口先生のような、
1人のリーダーをメインに取り上げた番組は
極めて少ないということだった。

たしかに、プロジェクトリーダーはいたのだけど、
ほとんどは、名もなきサラリーマン、技術者を
メインに取り上げている。

そして、その人たちのことは、
いまの僕たちはほとんど何も知らない。

昨日見たのは、
「通勤ラッシュを退治せよ世界初・自動改札機誕生」。

日本初めての自動改札機の導入。
阪急・北千里駅。
開発したのは、立石電機(現オムロン)。
弱小メーカーだった。

そんなこと知らなかったけど、
まあ、テレビだからある程度大袈裟につくっているのだろうけど、
でも、いいんだよ。

困難に挑んだ、名もなきサラリーマンたちがいた。

それだけは、よく分かる。

今回の「かえるライブラリー」のクラウドファンディングで寄稿してもらった文。
この8つを眺めてみると、あるキーワードがたくさん出てくることに気付く。

宮本明里さん:
「何者かになるための戦い」を続けるのではなく、自分の感覚を大切に、「何者でもないわたし」を受け入れる。 そんな空間を「本屋」でなら実現できるのではないか。 そんな「本屋」で出会った「何者でもないわたし」と一緒に、新しいことを始めてみよう。
~大好きなバンドが、解散した~
https://camp-fire.jp/projects/117607/activities/70335#main

海津紗弥香さん:
他者より違う、人に褒められるような「何者か」になりたくて、「何者か」にならないといけないのではと、もがいているように見えました。
~何者かになりたいし、何者でもない自分も認めたい~
https://camp-fire.jp/projects/117607/activities/71278#main

増川葉月さん:
だから、大学生になって突然、大勢の自分と同じくらいの学力の人たちの中に入れられたとき、「わたしはだあれ?」という謎が生まれ、
現代よく聞く大学生の悩みでもある、「自分のやりたいことが分からない」という悩みがわたしの中にも存在していました。
~「問い」が始まる本屋~
https://camp-fire.jp/projects/117607/activities/72004#main

野島萌子さん:
ツルハシブックスで出会ったみんなになら会えるかもと思ったのを覚えています。不思議だけど、きっとそれは自分のことを「何者でもない人」として捉えてもらえると思ったから。「勉強ができる」野島、「活動的な」野島、「何事も諦めない」野島、ではなく、「何者でもない」野島として見てもらえそうな気がしたから。
~19歳で焦っていた自分、24歳でうつ病になった自分へ~
https://camp-fire.jp/projects/117607/activities/72112#main

そして僕自身も昨日、書いてた。
いつのまにか僕は、「ツルハシブックスの西田」になっていた。気持ち悪かった。初対面の人に、「あ、あの西田さんですか?」と言われた。
~何者でもない大人に出会える場、何者でもない自分でいられる場~
https://camp-fire.jp/projects/117607/activities/72205#main

「自分は何者か?」という問い。
「何者でもない自分」という不安。
それってどこから来るんだろうって思った。

この夏、「にいがたイナカレッジ」で思ったこと。
ひとりの個人としてプロジェクトに参加するのではなく、
場に溶けてしまえばいいって思った。
場のチカラこそがアウトプットを出すんだと思った。

「プロジェクトX」で表現されているのは、
「あきらめないこと」だったり、「リーダーシップ」だったり、
「チームワーク」だったりするのだけど、
僕がいま見れば、それは「場のチカラ」を高めたことによって
成果が出ているのではないか、と思った。
名もなきサラリーマンや技術者が、場に溶けていたのではないか。

おそらくは日本型の企業社会ってそういう社会だった。
仕事が終わっても上司と飲みに行き、
休みの日まで会社の人と一緒にレジャーを楽しんだ。
それは「場のチカラ」にとって重要だった。(結果論でもあるが)

「プロジェクトX」は2005年に放送を終了し、
2006年からは新番組「プロフェッショナル」が始まった。
プロジェクトではなく、「個人」に注目した。

2002年には、学習指導要領が改訂され、「生きる力」を重視するようになった。
いわゆる「ゆとり教育」である。
「総合的学習の時間」が始まり、先生たちの裁量に任された。
やれ、と言われるだけで何をやったらいいかわからない。
現場は混乱した。

「総合的学習の時間」とタイミングを同じくして始まったのが
いわゆる「キャリア教育」である。
(1999年の中教審答申に初めて登場)

そんな空気の中で世に出たのが、
「13歳のハローワーク」(村上龍 幻冬舎2003年12月発売)である。
その前の2003年3月にはSMAPの
「せかいに一つだけの花」が発売。紅白歌合戦のラストを飾った。

よく言われていることだが、
「13歳のハローワーク」には、「サラリーマン」という仕事が出てこない。
つまり、サラリーマンという大勢ではなく、
何らかの「プロフェッショナル」であれ、というメッセージを含んでいるようにも感じる。

いつの間にか、「キャリア教育」の名の下、全国の学校に「職場体験」、
あるいは「インターンシップ」が普及していくことになる。

この、職場体験の先進事例と言われる、
兵庫県の「トライやるウィーク」
(中学校2年生の5日間の職場体験)を調べていて、驚くことがあった。

1998年から始まったこの取り組みの5年目の検証に以下のようなまえがきが記されていた。

~~以下引用

兵庫県では、阪神・淡路大震災および須磨区における小学生殺傷事件以来、教育の基調を「教える」教育から「育む」教育へと大きく転換し「心の教育」の充実を図るため、体験を通して子どもたちが自ら体得する場や機会を提供し、児童生徒一人一人が自分の生き方を見つけるよう支援することを目的とした地域に学ぶ「トライやる・ウィーク」推進事業を平成10年度(1998年度)から全県下公立中学校2年生を対象に実施してきた。
 この事業は、学習の場を学校から地域社会へと移し、学校・家庭・地域社会の三者の密接な連携のもとに、生きる力の育成を図るものとして、兵庫県独自の取組として、文部科学白書にも取り上げられるなど、全国的にも高い評価を受けている。

~~~以上、平成15年(2003年)3月「トライやる・ウィーク」評価検証委員会 委員長 横山利弘(西暦は後付け)

・「教える」教育から「育む」教育へ。
・体験を通して、子どもたちが自ら体得する場や機会の提供
・児童生徒一人一人が自分の生き方を見つけるように支援すること
・学校・家庭・地域社会の三者の密接な連携のもとに、生きる力の育成

とあり、どこにも、職業観・就業観の醸成などというコンセプトは出てこない。
「職場」という題材を通して生きる力を育むための学びの機会の提供
がコンセプトである。

ところが、全国は「トライやるウィーク」をモデルに、
「キャリア教育」としての職場体験をするようになった。
目的は、職業観・就業観の醸成であり、端的に言えば、
「やりたいこと、なりたいものを見つける」ために行う職場体験である。

学級文庫には、「13歳のハローワーク」が置かれ、
カラオケでは「世界にひとつだけの花」が日本一歌われた。

そうやって子どもたちは呪われた。

プロフェッショナル、つまり何者かにならなければならない
という呪縛だ。

プロジェクトやチームワークにスポットを当てる「プロジェクトX」が放送を終え、
個人や技術にスポットを当てる「プロフェッショナル」にシフトしたのは、
時代の要請であるのかもしれない。

それでいったい誰が幸せになるのだろう?
って思う。

キャリア教育が突きつけるのは、
「プロフェッショナル」になるか、「奴隷」になるか
という究極の二択だ。

奴隷という言葉が乱暴すぎるなら、
「ゆっくり、いそげ」(影山知明・大和書房)の言葉を借りて、
操作者(オペレーター)と言おうか。
その職場に、「あなた」という「個人」はいない。
交換可能な「人材」としての自分がいるだけだ。

それは苦しい。

僕も2017年度は、そんな状況だった。
交換可能であることを前提に、
授業オペレーションのマニュアルを作っていた。

それだけが人生であると、とてもつらい。

ここ数年で出会った大学生を含む若者たちは、
僕の心が動くキーワードを持っていた。

・やりたいことがわからない
・自分に自信がない
・リーダーシップ・主体性がない
・「就職したい」けど「就活」したくない。
・「働きたい」より「暮らしたい」

その違和感のすべてを肯定したいと僕は思う。

・「場」のチカラを高める
・ひとりひとりを大切にする
・複数の自分を演じる

この3つを意識することで、
もっと楽に生きられると僕は思う。

やりたいことなんてなくても困らないし、
自信もリーダーシップも主体性も不要だし、
ただ、自分が溶け出せる「場」があればいい。

自分という「ひとり」を大切にしてほしいし、
それには「暮らし」という要素はめちゃめちゃ大切だし、
本当の自分なんて、一つじゃなくていいと思う。

「何者かにならなくてもいい」

もちろん、何者かになってもいいんだけどね。
それはあなたの一部の顔であって、
本当のあなたの全てではないことを、
僕たちは知っているから。

そんな手紙が届くような本屋を、ライブラリーを、
僕たちはつくりたい。

クラウドファンディング30日目。
素敵な思考の場と機会をありがとうございました。

最後まで、よろしくお願いします。

  

Posted by ニシダタクジ at 10:00Comments(0)学びかえるライブラリー