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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2018年06月21日

「サードプレイス」とは、「目的外使用」ができる場所のこと

昨日は、奥出雲の「かがりや」
でのトークイベントでした。

その前に立ち寄った「さくら文庫」。
場を提供している上田さんに
話を伺う。

この場所は昼寝のための場所だと。
だから本を厳選してあります。
でも、私は読んだことがありません。

この本棚には、
つまらない本は置いてありません。
かといって読む必要はありません。

昼寝をするためには、
どんな本が並んでいたらいいのか。
そんな風に本が並んでいる。
つまり、本が「家具化」している。

そんなライブラリー。

鍵もかかっておらず、
自由につかってほしいのだという。

電気は通ってないので、
暗くなったらお帰りください。

そうそう、ここは「昼寝」をするための場所なのだから。

さくら文庫の正式名称は
「午睡亭 さくら文庫」
そう、昼寝をするためのライブラリー。

夜のトークセッション。
本を誰に届けたいのか?
ハックツとは何か?
っていう話。

暗やみで本に出会う「偶然性」。
「偶然性」が開く心「オープンマインド」
そして、本を買った人のその後は気にならないという
「機会提供の美学」。
最近キーワードの「予測不可能性」

そして、目的多様性、あるいは目的外使用。

そうそう。
さくら文庫で本を読むのは、
「目的外使用」なわけです。
昼寝のためのライブラリーだから。(笑)

そんな場所が増えたらいいのに。

っていうか。
「サードプレイス」ってそういうことができる場所のことじゃないか?
っていま思った。

つながった。

「サードプレイス」とは、「目的外使用」ができる場所のことではないか。
その目的外がたくさんあればあるほど、居心地のよい場所になるのではないか。
居心地のよさは「目的多様性」から来るのではないか。

海士町中央図書館って、だからいいんじゃないか。



「何かつらいことがあった時、よくこの図書館に行って、癒されていた。」
と、元海士町民の友人に聞いた。

それって、図書館だからいいんだなって。
離島のような閉鎖空間では、
「ひとりになれる場所」が少ない。

何か壁にぶつかったとき。
スナックでヤケ酒することができない。
真っ暗な海に向かって、叫ぶことができない。(あ、これはできるか)

図書館に行く。
そこでは、多様な本が迎えてくれる。
本も人も多様でいいのだ、ってメッセージを発しながら。

そして誰も「癒されに来た」とは思われない。
「図書館で本を読みに来たのだ」と周りには見せておく。

そんな空間があること。
海士町中央図書館があることで、
どれだけの人が救われているだろうか、と思った。

僕は、佐賀県武雄市の武雄市図書館の雰囲気が好きだ。
あそこは日本最高のスタバだと思っている。

「スタバのついた図書館」ではなく、
「図書館のついたスタバ」だ。

アリーナ席(僕は読んでいる)に
コーヒーを片手に座れば、
見下ろした下には、
左から絵本を読み聞かせている親子、
図書館の本を選んでいる人、
蔦屋の雑誌コーナーで立ち読みしている人、
スターバックスで友人と談笑している人、
DVDコーナーを探している人

そして後ろを振り返れば、
たくさんの高校生が勉強をしている。
その「目的多様性」に、
僕は居心地の良さを感じるのだ。

エンターテイメントの本質は「予測不可能性」であり、
居心地の良さの本質は「目的多様性」である。

そしてサードプレイスとは、
それらを2つとも満たす「場」なのかもしれない。

かつて本屋は、そして図書館は、いや喫茶店だって、
「目的多様性」や「(本来の)目的外の使用」、
そして何が起こるかわからない、誰に出会うかわからない
という「予測不可能性」が

が「場の魅力」と「居心地の良さ」を作ってきたのではないか。

「ツルハシブックス」や「ハックツ」とは、
それをラディカルに表現した場だったのではないか。

なんだか。
見えてきましたね。

島根のみなさん、ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 06:50Comments(0)学び

2018年06月11日

「価値」は見つけるのではなく、磨くもの

大学生向け新潟・中山間地の暮らし体験プログラム
「にいがたイナカレッジ」の説明会2DAYSに行ってきました。
(「インターン」って言葉を使わないで、なんて言ったらいいのか)

結論から言うと、
井上有紀さんと一緒に何かやるのは楽しいな、と。
あらためて思いました。

6月8日(金)は初めての試みの「イナカレッジバー@浅草」でした。






6月10日(日)は、高田馬場10°カフェで説明会。






8日は新潟コシヒカリ付きでした。
こういう説明会あってもいいなと。
定期的にやったらいいなと思いました。

今週は、
5日に「他者評価の檻から自分を脱出させる方法@茨城大学前」
6日に「若松ミライ会議@日立・コクリエ」
7日に「かえるライブラリーキカクカイギ@湯島・ヨソラ」
8日に「イナカレッジバー@浅草」
9日に「グリーンバードリーダー会議@代官山」
10日に「イナカレッジ説明会@高田馬場」でした。

1週間を通して、
「価値」について考えました。

音楽性の違い(18.6.6)
http://hero.niiblo.jp/e487534.html

「価値観の多様化」ではなくて「価値」そのものが流動化している(18.6.8)
http://hero.niiblo.jp/e487544.html

「評価」と「承認」と「共感」と「表現」
みたいなキーワード。

「自由」と引き換えに
「自分」(アイデンティティ)を失った。

で。
昨日。

「にいがたイナカレッジ」を
「インターン」という言葉じゃなくどう表現するか?
みたいな話から始まった。

イナカレッジと通常の企業インターンでは、
「価値」基準が異なるのだから、
「インターン」という同じ言葉で表現しては、
届かないのではないか。

昨日の参加者では
「東京以外の場所で暮らしたい」とか
そういうニーズがあることが分かった。

僕は、「評価」と「承認」の話をして、
「価値」について話していたのだけど。

自分にとっての「価値」は自分で決めること。
それが「価値観」であり、
他者評価の檻から脱出するには
そのコンパスを手に入れるしかない。

だから、価値の異なる場、というか、
価値が明確ではない場所に自分を置いて、
「価値」について感じ、考えることが大切。

田舎に行っても、1,2週間程度では、
「お客さん」だからもてなされてしまう

ってある大学生が言っていたけど、
ああ、そうなんだな。
もてなされていては、
そこに「暮らし」はあるようでないのだなと。

金曜日にイナカレッジのプロデューサー、阿部巧さんが
言っていた言葉を思い出した。

「コンサルは立場を固定する。その立場の落差がお金になっているからだ。
でもイナカレッジの大学生は、
何者かわからないあいまいな状態でムラに入っていき生活を共にする。
そうすると大学生なのか地元の人なのか、
よく分からなくなってくる。そこからしか生まれてこないものがある。」

「価値」とはいったい何だろうか?
という問いが詰まっている。

立場の違い、知識、技術の差異によって
ビジネスを生み出すことが価値だろうか?
「先生、このムラはどうしたらいいのでしょうか?」
と教えを乞い、その通りにやってみるのが価値なのだろうか?

イナカレッジの「価値」は
地域の人と一緒に何かをつくっていくこと。
そもそもの「価値」を考え、その「価値」を生み出していくこと。

そういう関係性からくる学びが、
地域にとっても大学生にとっても価値ある学びになるのではないか、
と思う。

「4週間というプログラム期間が長い」
と多忙な大学生には言われる。

そういえば、2年前、
コメタクから大学に復帰した井上有紀さんも
イナカレッジプログラム@川口・木沢に参画した。
彼女こそ、典型的な多忙な大学生だっただろう。

そんな彼女が昨日言っていたこと。

おばあちゃんは今日もダイコンの種をいつ播くかって話をしていた。
昨日もそんな話をしていたのに。

そんな中に、「豊かさ」があるんじゃないか、
って感じられるようになるのは、2週間くらい経ってからだという。

田舎の「暮らし」と一体化する。
五感を開放し、体を使って感じる。

その先に、見えてくる「価値」があるのではないか。

他者評価の檻から脱出するために、
自分なりの「価値」を持つこと。
それはすぐには言葉にならないかもしれない。

でも、新潟の山奥で、
五感を開放し、まずは感じること。
それを受け止めること。
ふりかえること。

その繰り返しによって、
「価値」に気づく。

その価値は、発見するものではないのかもしれないと
昨日の参加者の大学生の話を聞いていて思った。

「価値」は磨くものなのかもしれない、と。

自分の中にすでにある「価値」を磨いていくこと。
そのためには、五感を解き放つ必要があって、
そして、暮らしの中にある「価値」を感じながら、
自分なりに考えていくこと。

その先に、人生があるのではないか。

だから、4週間のイナカレッジプログラムが
大学生でやっておいたほうがいいのかもしれない。

「異文化」に飛び込む。
「異」とは、「価値」が異なるということ。
そして地域と共に「価値」をつくっていくこと。

海外旅行1か月バックパックに
匹敵するような何かがそこにあるような気がします。

その「何か」はあなたが見つけてください。
自分の中にある「価値」を磨いてください。

イナカレッジプログラム2018年夏、
エントリーをお待ちしています。

https://inacollege.jp/  

Posted by ニシダタクジ at 10:24Comments(0)学び

2018年06月08日

「価値観の多様化」ではなくて「価値」そのものが流動化している











話題のスポット、墨田区「喫茶ランドリー」に行ってきました。
洗濯しながら時間を過ごすところ。
パソコンいじっている人多かった。
ジンジャーエール400円。場所代って感じで潔い。
おかわりは200円。
この400円をどう捉えるか?

「価値は何か?」
という問い。

かつてドラッカーは、
経営者への5つの質問として、

1 ミッションは何か
2 顧客は誰か
3 顧客にとって価値は何か
4 成果は何か
5 計画は何か
と挙げた。

一方近代工業社会は、徹底した「効率化」を求めた。
「効率化」こそが利潤の源泉だった。
だから、従業員レベルには、「なるべく考えないこと」が推奨された。

上記の質問であれば、
4と5に集中することで「効率化」された。

ところがいま、工業社会が成熟し、
もはや「効率化」では価値が生めなくなった。

就職活動においても、
「自分で考え、行動できる人」が求められるようになった。
「価値観の多様化」と叫ばれるようになった。

水曜日、毎月恒例の若松ミライ会議。
「価値」について大学生と話していた。

最後の感想で出てきたこと。
・今まで学ぶ立場だったのが家庭教師して教える立場に
なると、自分の「価値」が変わる
・今までと違うコミュニティに「越境」すると、
自らの「価値」が変わる

そうか!
って衝撃が走った。

「価値観の多様化」ではなくて、「価値」が流動化しているんだなって。
いや、そもそも、「価値」とは流動的なものだったんだなって。

それを、国家が、為政者が、システムが、
「価値の固定化」を行ったのだ。
「富国強兵」「経済成長」の名の下に。

テレビや新聞などのマスメディアは
「価値の固定化装置」として機能した。

「欧米に、追いつけ、追い越せ。」
「ほしがりません。勝つまでは。」
みたいな。
「価値」を固定化し、目標を共有しないことには、
戦争や経済戦争で一丸となって戦えない。

学校もそうだ。
固定化された「価値」に見合う人材を輩出することが
学校の使命だった。

ところが、価値は本来流動していて、
固定化されてきた「価値」、
つまり、「情報処理能力が高いほうがいい」
という「価値」が揺らいできた。
(「イノベーション」を起こすには?のような問いが出てきた)

「イノベーション人材を教育で生み出せるのか?」
というジレンマがある。

「イノベーション」とは、
既存の枠組みではない「価値」を創出すること
だとしたら、

「イノベーションが価値である」という共通認識のもとに
開発されたプログラムからは、
イノベーション人材は輩出しえない。
という矛盾につき当たるのではないかと思う。

そして、
「就活」の違和感の源泉がそこにもあるのだろうと思う。

固定化された価値を「強化」するための学校システムから、
価値が流動化しつつある経済社会システムへの移行が、
ジレンマに満ちているのではないかと思う。

価値は流動化している。
いや、価値は本来、流動的なものなのだ。

それを体感できる場に身を置くこと。

学校社会だけじゃなくて、地域社会。
東京だけじゃなくて、地方。
日本だけじゃなくて、世界。

流動化する「価値」の中で、
自分自身の価値を考え、問いかけ、仮説を立て、
実践してみること。
そして、自分で「価値」を感じること。
その繰り返ししかない。

それは団体やチームでも同じだ。

設立の時に設定した「価値」
今年の団体・チームにとっての「価値」で
あるかどうかは分からない。
確認しなければならない。

それは社会によっても、
そこに集うメンバーによっても変わる。
いや、ひとつひとつの事業、もっと言えばイベントによっても変わる。
だから、それを確認しなきゃいけないんだよ。

この事業の「価値」は何なのか?「顧客」は誰なのか?
そんな問いがあるミーティングをしないといけない。

このイベントの集客目標は200名です。
マッチング目標は30名です。
そのためには、まずリストを2000名分集めます。
アプローチは、メールが何通で、SNSは毎日更新します。

みたいなミーティングだけをやっていないだろうか。

流動化する「価値」をつかむため、
ひとりひとりが感じている「価値」を共有すること。
事業によって生み出された「価値」を認識すること。

「仕事」はいつも、その先にあるのではないか、と僕は思う。

「価値」を考え続け、その「価値」を生み出すために
プロジェクトをつくり、自らの「価値観」を
プロジェクトやチームメイトとの関係性の中から
流動的に形成していくこと。

たぶん、これが必要になってくるのだろうな。
そういうミーティングをつくっていくような仕事したいなと思った。

大学生が「やりたいことがわからない」と悩むのは、なぜだろう?

それは、「自分のやりたいことを決める」ということは
自分の「価値」をいったん固定するということとイコールだから、
価値が流動化する社会において、それをやっていいのだろうか?
と不安になるからではないだろうか。

「価値」は常に流動している。
その「やりたいこと」は仮決定に過ぎないのだ。

「価値」を決めすぎず、「行動」を決める。
「行動」しながら、「価値」を問い続ける。
「やりたいこと」は仮説にすぎない。

そんな感じで進んでいけばいいのではないかなと思いました。

若松ミライ会議、僕のほうが学びになっています。
ありがとうございます。  

Posted by ニシダタクジ at 08:31Comments(0)学び

2018年06月06日

音楽性の違い

「他者評価の檻から自分を脱出させる方法」@茨大前


なんか、やっぱり
タイトルが刺さる人には刺さるみたいですね。

要点から行くと、
~~~ここからメモ

・「評価」じゃなく「承認」が必要なんじゃないか。
・「親和的承認」⇒「集団的承認」⇒「一般的承認」のステップのうち
「親和的承認」、つまり存在承認の機会があまりにも減っている。
・「家族」「地域」の役割が低下したことが大きい

・職業的自由や地域的自由が少ないとき、
「承認」の機会は逆に大きくなる。
・本当に必要なのは「承認」なのではないか。
・「学校教育」は「承認」欲求を「評価」欲求にすり替える装置で
戦争と経済戦争での成功体験がある。

・「評価」は他者によって与えられ、見えやすいが、
「承認」は(特に親和的承認)は自分自身が感じるしかないから見えづらい。

・「音楽性の違い」。目指すべき音楽が違う。
・「チューニング」ではなく「音合わせ」。
・オーケストラを吹きたい人がいれば、
それを吹けばいい。ジャズを吹きたいなら吹けばいい。

・かつて会社は、ひとつのオーケストラのようだった。
目指すべき音楽があり、信頼する指揮者の元、
それぞれが自分のパートを全うし、ひとつの音楽を作り出していた。
「作品」と呼べるようなプロダクトやサービスがそこにはあった。
オーケストラの目指したい音楽が無くなり、
あるいはその音楽の共有が難しくなったのに、
「仕事だから」という理由で楽器を弾き、
吹き続ける奏者に「美しさ」はあるだろうか、それは「芸術家」と呼べるのか。

・俺はジャズで観客と一緒に音楽をつくりたい。
俺はロックでもっと深いところを世の中に問いかけたい。
だから、このオーケストラは抜けるぜ。
そんな感じで会社やめてるんじゃないかな。

・大きいホールで何十人ものチームメイトと何千人の観客と空間を共有し、
一体化したオーケストラの一員になりたい音楽家もいれば、
小さなカフェで3人の奏者とジャズを奏でたい音楽家もいる。

~~~ここまでメモ

こんな感じ。
「音楽性の違い」。

これ、めっちゃいいキーワードだなと。
若い人の気持ちを代弁している気がする。

会社って、そういうところだったんだ。
大きい会社はオーケストラを。
小さい会社はジャズを。

お客さんに届ける。
そういう仕事をしていたんじゃないか。
「芸術家」が「生活のために」音楽を奏でるようになっていいのか?
そんな問い。

それと、
「承認」の関係についてあらためて考えさせられた。  

Posted by ニシダタクジ at 11:51Comments(0)学び

2018年05月26日

行きたくなるミーティングのつくり方

昨年4月。
新城劇場のミーティングで降りてきた
「チューニング」という言葉。

http://hero.niiblo.jp/e484726.html
いまこの瞬間と、その先にある未来に共感していること(17.5.9)

その中に書いてる、プロジェクトで重要なこと

1 「人」:誰と一緒にやるか。
2 「コンセプト」:そのプロジェクトはだれを幸せにするか。
3 「未来予想図」:その幸せにするプロセスをぐるぐる回していくと何が起こるのか。

そうそう。
特に1の「人」が大切なのだ。
と思う。

そして「人」、つまりチームメンバー
のことを知ることが大切。
「行きたくなるミーティングのつくり方」
というお題で、大学生と対話する機会があった。

まずは長めのチューニング。

・名前
・出身/ご当地自慢
・最近あったよかったこと
(ルーツと価値観を知る、感じる)

の後に、4人1組で
「そもそも、なんでこの活動に参加したのか?」
ていう「きっかけ」と「参加動機」をグループで語る。
そしてそれをみんなで発表。

でもって、僕の活動紹介。
少し質疑応答。

そのあと、
イベント振り返りの手法。

「予想した」「予想しなかった」
「よかったこと」「悪かったこと」
マトリクス

による振り返りで、
「予測不可能性」について考える。
つながるカレーの話をする。

モチベーションをドライブするのは、
よかったことで始まり、よかったことで終わる
ふりかえり。

何より、「予想しなかったよかったこと」
の中に、そのイベントの「価値」が詰まっている。

そしてそれは個人個人が聞いた(あるいは感じた)
パーソナルな具体的な話だ。
数値化できないやつだ。
それをシェアせずに終わってしまってはいけない。

「今日来てくれたお客さんにこんなうれしいことを言われた」
「今日実際に自分がスタッフやってみて、こんな気づき、学びがあった」

それこそが価値だ。
特に非営利活動の場合、
売り上げの達成や動員数などの数だけでない価値を、
その「振り返り」によって考えなきゃいけない。

そして、振り返りに居合わせた人同士が
それぞれの振り返りによって、何かを学ぶこと。
それこそがモチベーションを上げていく。

エンターテイメントの本質は「予測不可能性」だと僕は思うけど、

もっとも「予測不可能性」の高いエンターテイメントは、
「学び」であると僕は思っている。

だって、それ学んだら、
自分が変わっちゃうのかもしれないのだ。
未来が変わっちゃうのかもしれないのだ。

だから人は学ぶ。
その学びのために活動がある。
活動を振り返る。そして学ぶ。
その繰り返し。

そんな振り返りについての話をしてから、
種明かしと、今日のミーティングに出てどうだったか?
っていうふりかえりを行った。

それをワークショップ用語では、
「チェックアウト」と呼ぶのだそうだ。

さらに言えば、
僕が「チューニング」と呼んでいるやつは、
「チェックイン」と「アイスブレイク」というのだそうだ。
そういえば、僕は体系的に
ワークショップを学んだことはないかもしれない。

でも。
ふと気が付いた。

僕は、「人」つまりミーティングに集まる「個人」に
フォーカスしているからだ。

プロジェクトをつくるとき、
「お客はだれか?」アプローチと
「価値はなにか?」アプローチがあると思うけど、
僕は、人が好き、っていうのもあるのだろうけど、

不登校の中学3年生という「顧客」に出会ってから、
彼を幸せにするためにどうしたらいいのか?
ってずっと思考してきた。

だから、僕にとって、
ワークショップは、プロジェクトを成功させるためや
地域を元気にするために、だけでなく、
参加した個人をエンパワーメントするためにある。

そして、特に大学生と接していて思うのは、
「自分に自信がない」「やりたことがわからない」という課題
がかなり大きいなと思うからだ。

このミーティングのあとの食事会で
メンバーの大学2年生が問いかけた2つのこと。

・「生きる意味」「生きる目的」って何か?
・将来を考えたうえで「持続可能」であることは絶対に重要なのは明らかなのだが、
社会を生きる上でファストフードやファストファッションを使っている自分たちはなんなのか?

まさに、自らのアイデンティティというか
存在承認というか、社会の矛盾というか、
そういうのから発せられる問い。

僕はそういうところにも
「承認」のプロセスが大切だと思っているし、
そういう場としてもミーティングが使えたらいいなと思う。

「チューニング」とは、「音合わせ」であり、
こいつ、今日、どんな音が出ているのかな?
って感じることだ。

「ふりかえり」も同じでこいつどう感じたのだろう?
自分はどう感じたのだろう?
って感じること。

そうやって継続していくと、
それが「承認」の機会にもなっているのではないかと思う。

そう。
「チェックイン」「アイスブレイク」「チェックアウト」は
「場」の状態と、「場」と「個人」の関係を表す言葉で、
「チューニング」は「個人」にフォーカスした言葉だ。

「場」をつくるのはそこを構成する個人であるから、
そして僕は個人のほうに関心があるから、
そういう言葉を使っているのかもしれない。

なるほどな。

いつも僕は顧客ファースト(何かの標語みたい)で来ていたんだなと
あらためて思い出した。

いい気づきをいただきました。
ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:36Comments(0)学び

2018年05月14日

主客一致と学びあいのデザイン

チャレンジコミュニティプロジェクトの
集合研修(ギャザリング)。
今回は株式会社えぽっくの
副業・兼業の事業構築のため、
そちらの分科会へ。

1日目の全体会と合わせてまとめます。

☆1日目全体会メモ

コーディネーター自らが
チャレンジすることなしに、
「お前、チャレンジしろよ」と
いうことはできない。

ひとりの成功事例ではなく、
「土壌がつくられていくこと」が大切。

「土を耕す」ことは見えにくい。

チャレコミを通じて、ETIC.は、地域から
「地域愛」と、「地域愛を持つ大人のカッコよさ」を学んできた

地域のほうが人が育つ。
それは地域だと学生は「ひとり」として見られるから。
東京だと人は「数字」でしかない。
それは売上という「評価」でしか測られないという意味に直結しているのかも。
「承認」されないのだよ、それでは。

違和感の正体を知ること。
言語化できること。感覚としてわかること。

そのためには、感性を磨くこと。
「違和感」を「ワクワク感」感じられること。

「チャレンジ」「挑戦」という言葉への違和感。
「みんながチャレンジしなくちゃいけない」という中での
チャレンジは、そもそもチャレンジなのか?

「チャレンジの連鎖」ではなくて、「学びの連鎖」

チャレンジに失敗はあるけど、
学びには失敗がない。
そもそも失敗こそが学びの種だ。

コーディネートスキルは属人的であるからこそ、
学びのコミュニティをつくっていくことが必要で、
そこでは、教える側と学ぶ側の区別はなく、
「主客一致」が起こっている。

★2日目分科会「兼業・副業」メモ



事例紹介
・スキルシフト
https://www.skill-shift.com/
・サンカク
https://sankak.jp/

共感によってマッチングする。

岐阜G-net「シェアプロ」の事例紹介

共感と熱意でマッチングする。
パラレルキャリアの一歩目。
期間:3か月

プロボノ(個人的なスキルを生かして参画)
⇔シェアプロ(個人的な熱意と共感で参画)

「学びたい」というモチベーションドライブさせていく。

経営革新/人材育成
というテーマでプロジェクトを組む

受け入れ企業は、ミーティングの効率化や
数字を追いかけていく姿勢を実感し、学ぶ
社員は、経営課題に対して、自分が意見してもいいのだと学ぶ

大手企業側は、地方中小企業へのリスペクトが生まれる。
社員がそれだけ経営に対する情報を知っていることに驚く。

ポイント
1 事業開発の実践
2 他流試合の現場
3 3か月の期間限定

中小企業の経営と大企業社員のモチベーションの親和性が高い。
地方企業のV字経営を大企業のリソースを通してやる。

大企業社員の感想
「中小企業こそ社会価値を意識し、体現している」
「事業に社会性があり、共感が得られる」

「企業研修型」と「一般公募型」の設計の差。

受け入れ企業のポイント
・仮説、共感ポイントがあること
・参画人材にやる気と経験がある分、導入企業の「本気度」が
敏感にモチベーションに反映されやすい

学生  経験はないが時間はある
社会人 時間はないが経験はある

・コーディネートは学生インターンより手間がかかる

ベストサポート(フォローアップ)
⇒ココの途中をどう設計するか。
ベストシナリオ(起こしたい変化)

シェアプロ:専門性を担保しているわけではない。
プロボノとの違い

対等な事業パートナーとして人材を入れる。
意欲と経験値で勝負。
スキルではなくスタンスで勝負。

20代後半~30代後半
3か月のうちに集まるのは5日
初回は合宿
毎週60分~90分のウェブミーティング

大ナゴヤ大学のような
若手「学びたい」人材のストック

学生インターンシップとの相性はプロジェクトによる
インターンに適したプロジェクトと
シェアプロに適したプロジェクトがある。

★午後 兼業副業のプロジェクトをつくってみよう

事例紹介
株式会社ナオライ
http://naorai.co/

CEOの三宅さんの親族は酒蔵を経営している。
そんな中、日本酒の蔵元は、ビジネス継続が厳しい状況下にあり、
それをなんとかしたいと起業。

現在は第1号案件として、
広島の三角島で無農薬栽培したレモンを使用し、
広島の酒造「三宅本店」で醸した
スパークリングレモン酒、「MIKADO LEMON」
を展開している。

三宅さん自らミカン栽培も、
ホテルなどへの販路開拓などを行う。

以下メモ

「時をためて人と社会を醸す」

その地にしかないDNAをくりぬき
唯一無二のものをつくる

「MIKADO LEMON」は
「シャンパン市場に売れる日本酒」を目指す。

酒蔵×離島

1906年の日本醸造協会の発足と
「きょうかい酵母」の頒布開始。
各蔵にあった酵母を使用しないようになる。

大企業×地域プロジェクトでアイデンティティ
を生み出す。

「どこがお金になるのか?」
=(ニーズはどこにあるのか?)

「価値を生み出すのはどこか?」
=(世の中インパクトはどこにあるのか?)

「パラレルキャリア」(副業・複業)という文脈と
「デュアルライフ」(ライフスタイル)という文脈。
「デュアルライフ」型はミッション共感が重要。

日本酒を売るという
「ゲームを変えないといけない」

ビジネスの流れ
経営相談⇒戦略立案⇒戦術検討⇒実行

学生インターンはどちらかというと
右(下流)のほうを担当してもらったが、
副業案件は左側もいけるのではないか。

~~~ここまでメモ

学びの多い2日間となりました。

1日目の全体会で感じた
「挑戦」っていう言葉への違和感も、
その後のワールドカフェで能登の奈美さんと話したことで
解消された。

「挑戦」という言葉が学生に響かないのは、
「挑戦」が唯一解ではなくなり、
学生が納得解を探すため、個に向かっているから。
もはや「自分経営」の視点がないと、生き延びることができない。

「自分経営」の視点を得るために有効な方法の一つが
「実践型インターン」である。そこには地域の社長がいる。
地域の社長は自らの会社を経営しているだけじゃなく、
地域を経営し、当然自分自身も経営しているのだ。

うんうん。納得。
「実践型インターンは挑戦じゃなくて、自分を知るプロセスなんだ」

2日目がめちゃめちゃよかった。
「シェアプロ」やってるG-netも、
「ナオライ」の三宅さんの話も、
心を打ち抜かれるような衝撃があった。

田坂広志さんが問う
「いかに生きるか」っていうのに対して、

事業を通じて、
世の中に表現しているのが素敵だなあと思った。

また、本業じゃなかったとしてもそこに参画したいと思う
20代・30代に向けて、そのような機会をつくるのは
価値があるなあと感じた。

G-net「シェアプロ」のキーワードである
「共感と熱意」っていう言葉に表されているように、

地域企業の経営陣と大企業の若手社員が
ひとつのプロジェクトを通じて、「共に学ぶ」関係性となる。

その相互作用が企業を、そして人材を
成長させていく原動力となる。

株式会社ナオライの
日本酒の酒蔵×地域っていう切り口も、
学びの場づくりとしても、非常に魅力的だなあと思った。

副業プロジェクトづくりグループワークで熊本・フミダスの濱本さんが言っていた
「酒づくりじゃなくて、地域文化づくりプロジェクトだ」
っていう一言にもシビれた。

日本酒の蔵元の再興、商品づくりを通して、
地域文化を再考し、魅力を見つめなおし、
商品づくりを通して誇りを持てるようになる。

日本人として、地域人としてのルーツを
探るようなプロジェクトだ。

「いかに生きるか?」という問いから始まる
「自分は何者なのか?」という問い。

それを考えるプロセスにも、
ナオライの地域プロジェクトは魅力的だなあと思った。

僕が感じたのは、大企業の全国転勤族の独身社員が
そのようなプロジェクトに向いているのではないか、ということ。

そういえば、
ツルハシブックスにも、何人か、そんな人がお客さんで来ていたっけ。
あとは朝活コミュニティにも何人かいたなあ。

彼ら、彼女らを見ていると、
「学びたい」というモチベーションが高い。
そして、もう二度と来ないかもしれない
「新潟」という地域に対して知りたいという欲求が強い。

もちろんもうひとつ「仲間がほしい」というニーズ。

「仲間」というのも、
単なる酒飲んで騒ぐ人たちではなくて、
「共に学べる仲間」。

昨日のブログで言えば、
「問いが近い仲間」
http://hero.niiblo.jp/e487412.html
(18.5.13 問い続けている人)

そんな人たちと一緒にやるプロジェクトは、
本業とか副業とかいうカテゴリーを超えて、
「生きる」のに必要なのではないだろうか。

そんな人たちにどうやってリーチするのか?
っていう課題。

「ツルハシブックス」は、
そんなプラットフォームになり得たと思う。
いや、おそらく「店員サムライ」たちにとっては、
そういう場だっただろうと思う。

僕のミッションは
「学びあいの仕組みづくりで希望の灯を灯す」なのだけど、

今回の兼業・副業のテーマでプロジェクトを検討する中で
あらためて、学びあいのプラットフォームの重要性を
知ることができたし、そこに対しての本屋という場の持つ可能性を感じた。

だから、全国の
チャレコミ的な場に、本屋プラットフォームを
つくっていくのは、僕のミッションになるかもしれないと思った。

1日目の全体会で一番印象に残ったこと。

コーディネートが属人的スキルだからこそ、
コミュニティをつくるのだ、ということ。

そこには、「教える人」は存在しない。
「ともに学ぶ人」がいるだけだ。

「シェアプロ」は都市の大企業社員と地方中小企業の経営者が
フラットに学びあえる場だし、

「ナオライ」がやろうとしていることも、
その先には、地域の人たちと、共に地域について考え、
地域の未来を創っていく場が見える。

「チャレコミ」っていうのは、そんなふうに、

「主客一致した学びあいのデザイン」
なのだなあと思った。

5年ぶりのチャレコミギャザリングは僕にとって
新たな1歩目となりそうです。

ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:48Comments(0)学び

2018年05月13日

問い続けている人

5月11日、12日と、NPO法人ETIC.が主催する
「チャレンジコミュニティプロジェクト」の
集合研修「ギャザリング」に5年ぶりに参加してきました。

午後からだったので午前中は、
いろいろ動きまず。

まずは「メトロ都区内1日パス」で自由を獲得。


まずは、いつもの「大和魂」回収へ。
吉田松陰先生終焉の地、小伝馬町十思公園で手を合わせる。

その後、中目黒・蔦屋書店へ。
すごい素敵なカフェでした。
梅田もそうだけど、
僕、蔦屋書店っていうカフェ好きです。

あの空間が302円(ドリップコーヒーショートサイズ)
で買えるのは信じられないなと思います。
朝7時、中目黒は、僕の定番になりそうです。

★元組織コンサルにいたYさんとの朝活メモ

「研修」は利益率がいいけど、
クライアントのモチベーションが高くない。
⇒やりがいがない。

クライアントワークはお客さんをモチベーションの
源泉にするしかないが、それが難しい
このままでは何者にもならないと思い、転職

大学生世代の就活における親とのコンフリクト
「勝ち組」「負け組」思想からくる、
大企業志向(知っている会社志向)

中小企業は、「新聞に載っている会社」っていうので
かなり親としては安心する
⇒うちと一緒にやると新聞に出れます、っていう営業ができる

「挑戦」じゃないんじゃないか。

就活応援カフェって面白いかもなあ、と。
新宿のスタバとかで。地方出身就活女子限定。

1人でいても違和感のない場所をつくる。
⇒話しかけてもいいカフェをつくる

会社名じゃなくて、個人名で就活する

コワーキングスペースが
個人事業主や社長が使う場所だとすると、

その前段階のスキルアップ、副業のタネさがし、
仲間をつくりたいニーズがあるんじゃないか。

★ここまでメモ

なるほど。
たしかに、コワーキングスペースとか
そんなに仕事仕事していない現場もあるといいなあと思う。

そして、中目黒から虎ノ門へ移動して、
「会いにいける玄洋さん」へ。
熱海で本屋をやる村松徳馬くんと参戦。



いやあ、とっくんスゲーわって。
衝撃受けまくりの玄洋さんのヒアリングでした。
なんかもうシビれた。

☆以下とっくんメモ

高校1年生のときに、1年で勉強をやりきって、
本を読みまくった(1年で400冊以上)

結果、2年の春に高校を中退。
(高橋歩さんの本に影響を受ける。
いつ死ぬかわからないなら、高校やめる、みたいな)

その後、札幌からフィリピンへ語学留学。
(海外での飛び級での大学進学をイメージしていた)

フィリピンでの衝撃。
「英語できたって意味なくねーか?」

グローバル人材、つまり、世界の人たちと
何かつくっていける人になるには、
もっと日本を知らないといけない。

海外じゃなくて、日本でやりたい。
好きだった「熱海」でやりたい。

「熱海」の魅力は、
透明感のある雑多なまちであること。
「気」がいい、だから熱海に住みたい。

実店舗を持てば、みんなが来てくれる。
試しにつくってみるか。

今自分が売れるものは本。
だから本屋。

☆ここまでメモ

なんか、かっこいいな、これは。
問い続けてる。

というか、僕の好きな人って
問い続けている人なんだなあって。

大切なのは英語という「スキル」そのものではなくて、
「学び」なんだよな。

これはおれがやらなくてもいいのでは?
っていう問い。

限られた時間を何に投資するのか?
っていう問い。

それは美しいのか?
っていう根源的問い。

そんなのを問い続けている人が
僕は好きなんだなあと思いました。

チャレコミギャザリングの話は次のブログに書くとして、
夜、ハックツの宮本と話していたのが、

評価と承認と表現と共感
っていうところ。

「評価」の呪縛を自覚し、
「承認」へとシフトするとき、

そこには表現の場が必要で、
そこに共感を感じる仲間がいるとき、
小さな承認を感じることができる。
そんなデザインが必要なのではないか。

たしかに、そうだな。

自己肯定を生む表現活動のデザイン。

もしかしたら
東京の「暗やみ本屋ハックツ」っていうのはそういう活動
なのかもしれないなと。

いや、それは、もしかしたら、
「まきどき村」もそうだし、ツルハシブックスのサムライの制度も
そうだし、これからやっていく、兼業・副業のプロジェクトも
そのひとつなのかもしれないなと思います。

大切なのは、問い続けること。

答えのない時代を生きていくために、
問い続けること。

問い続ける仲間に出会うこと。

仲間と問いを共有すること。

そんな「場」を
人は切実に必要としているのではないか。
そんな風に思えた5月11日でした。

「問い」仲間のみなさま、ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:36Comments(0)学び

2018年04月20日

「教育の奇跡」のある場

鹿児島2DAYS。

1日目の4月18日は、ハマツプロデュース。
桜島のようなそばを食べて、
(つゆが激甘でびっくりした)
霧島市の「ひより保育園」の白水くんを訪ね、
桜島の見えるところで写真を撮り、イベント会場へ。







そしたら、やっぱ、これ。
屋根付きで雨の時も、灰の時も安心。
うん。たしかに安心。
(灰の時、けっこうあるんだろうなあ)



で、
イベント会場のGOJYOゼミへ。

https://lapsia.net/gojyuzemi/

「郷中教育には2つの特徴があります。
一つ目は「教師なき教育」。上が下に教える。
教える側はリーダーシップと責任感が身につき、
教わる側は憧れて努力をするという相乗効果が生まれます。

2つ目が「詮議」。答えがない問題について話し合う、
今でいうワークショップのようなものです。」
(GOJYUゼミwebより)

きましたね!
吉田松陰門下生の僕と通じるものがあります。
ともに学ぼう、です。
畠中さん、会場提供ありがとうございます!

イベントはこんな感じ。









質疑応答がめっちゃ盛り上がったな、と。
なんか集まる人がスゲーって。

「西田さん来るから」
っていう理由で人を集められるハマツがすごい。

なんか、鹿児島での僕の人気を冷静に考えると、
さくら(コメタク吉野さくら)とハマツのブランド力の
上に乗っかってる気がするんだよね。

「2人がわざわざ呼びたい」っていうくらいだから、
「きっとすごい人に違いない。」
みんなが思い込むんだよね。

で、実際にイベントをやると、
質問や感想がめちゃ本質的で、
ぐさぐさと突き刺さる。

それにインスパイアされて、
僕も自分が掘られていくような感じがして、
すごくいい時間になった。

キーワードとなったのは、
やはり「評価」と「承認」だ。

学校教育は
「承認欲求」を巧みに
「他者評価欲求」へとすり替えてくる。

「承認」とは、フラットに認めてもらうことだ。

そこにあるのは「共感」であり、「仲間感」だ。
「評価」とは、上位者に、あるいは集団、社会に認めてもらうことだ。

そういう意味では、
「認められたいの正体」(山竹伸二 講談社現代新書)で言う、

1 親和的承認:ありのままの自分を承認される



2 集団的承認:集団の中で役割を果たすことで承認される
3 一般的承認:社会一般が認めるいいことをすることで承認される

にあいだには、「評価」(他者からの評価)という
ニュアンスの違いがあるのかもしれない。

1 親和的承認とは、いわゆる存在承認。
「自分がそこに存在していてもいいんだ」
というニュアンスが含まれる。

しかし、2 集団的承認と3 一般的承認には、
他者からの「評価」という要素が入ってくる余地がある。

そしてそれを、
学校教育は、社会の効率化、
そして学校教育自体の効率化のために、

「承認欲求」を「他者評価欲求」へとすり替え、
「評価を得るために頑張る」子どもたちを育て、輩出してきた。

だからこそ。
大学生が自らに問うべきは、
自分がほしいの本当に(他者)評価なのだろうか?
ということ。

そして、それを求めているのは、なぜなのか?
と問いかけなければならない。

今回のイベントのテーマは、
「他者評価の檻から自分を脱出させる方法」
だったのだけど。

最後にこんな質問が。
「脱出するとき、自分は檻の中にいるのか、外にいるのか?」

うわ。
それそれ。
それですよ。今回のポイント。

「檻から(自分が)脱出する方法」でなくて
「檻から自分を脱出させる方法」なんですよ。
その時に、自分は檻の外と中の両方にいる。

まず精神的に檻から脱出をして、
次に身体的に自分を脱出させる。

檻の中に入っている自分を、
上から俯瞰して眺めてみる。

そのために本を読んだり、人にあったり、
新しいものを見に行く旅をしたり、
インターンシップをしたりすることが
必要なのだろうと思う。

そのプラットフォームとなるような本屋さん(ライブラリー)
をつくりたいのだ、と締めくくった。

二次会の「大安」では、
鹿児島大学の近くに本屋をつくっちゃおう
っていう談義でめちゃ盛り上がった。
僕はちょっと見えたので面白いなと思った。

鹿児島は今夜も熱かった。
「教育の奇跡」がまた起こった。

「あのハマツがわざわざ呼ぶんだから、
すごい人に違いない。」

と思い込んだ人たちとのセッションによって、
僕のインプット以上のアウトプットがそこに出てくる。
それを「教育の奇跡」と呼ぶ。


「地域プロデュースはじめの一歩」(山納洋 河出書房新社)

を飛行機の中で読みながら来たのだけど、
その中のワンフレーズを思い出した。

「あそこは今行かないとヤバい。」
と思われるような場所をつくること。

そう。
それが場づくりの極意だと思った。

それはイベントであっても、本屋であっても同じだ。

今鹿児島のあの本屋行かないとヤバい。
あの本屋の今日のイベント行かないとヤバい。

そう思わせるような本屋が、イベントが、
今日も「教育の奇跡」を生み出していく。

あの場所に行くと、何か生まれる。何か始まる。
あのイベント行くと、人生を変える出会いがある。

そんな場をこれからもつくっていこう。
ハマツ、ホントに素敵な機会をありがとうございました。

志、また新たになりました。

またくるね!  

Posted by ニシダタクジ at 08:22Comments(0)学び

2018年04月18日

あなたは、なに係なんですか?

昨日は日立市大みかの「コクリエ」にて
「コクリエドリンクススピンオフ~
パラレルプロジェクトを企画しよう」

でした。
「パラレルプロジェクト」とは、
若松佑樹さんの株式会社えぽっくが
進めているプロジェクトで

20代~30代の若手社会人が
地域企業と一緒に仕事をつくるプロセスを
経験できるものです。

今回題材となったのは
常陸太田市にある里山ホテル。

事例発表をしてくれたのは
藤岡みのりさん。



藤岡さんは
三重県出身で茨城県農学部に進学。
大学在学中に食農教育プロジェクトの立ち上げなどを行う。
卒論のテーマは「園芸療法」についてだった。

就職活動の時に、
まわりを見ていると公務員だったり大企業だったりの
いわゆる「安定志向」の人たちを見ていて、

「安定って何?」
という問いが生まれた。

そして、安定とは、大企業に入ることではなく、
どこでも生きていける力をつけることだと思うようになる。

「理念を事業化している企業」というテーマで
企業探しをするのだけどうまくいかず。

その後、4年生の8月から長期インターンをしていた
里山ホテルに入社する。

それは、こんな理念に共感したからだった。
「里山ホテル ときわ路は、里山にある自然の恵みを編集して
常陸太田から世界へ里山の魅力を伝えるライフスタイルホテルです。」
参考:
http://satoyama-hotel.com/whats/

そこで、当時の代表から素敵な質問をもらう。
「あなたはなに係なんですか?」

契約している有機農家さんにいったとき、
「野菜が胸を張っているように感じた」と
藤岡さんは言った。

それを私はとどけたいんだ、と
「とどける係」になった。

この春、就職してから3年が経った。
はたして自分は、「生きていける力」を身につけたのだろうか?
そして何をとどけてきたのだろうか?
そんな問いの中にいる。

・・・ここまでプレゼン内容

そんなプレゼンを受けて、
実際に、とどける係になったつもりで、

「誰に」「何を」届けたいのか?
というワークショップを行った。

その「誰に」や「何を」は、
単なるアイデア出しではなく、
自分の過去を掘り下げた時の
強烈な体験をベースにして考えること。







そんなテーマでワークショップを行い、発表してもらった。







出てきたプレゼンテーションに
心を動かされていた。

自分の実家が肉牛を育てていて、
それを初めて生まれてから出荷までの3年間を
体験した話をベースに、
長期の体験プログラムを考えたチームや、

中学時代に心を開く場がなくて苦しかった経験をもとに、
それを屋外での演劇ワークショップのプログラムに落とし込んで、
宿泊者同士のつながりをつくることを企画したチームなど、
心動かされるプレゼンだった。

こんな風に新規プランを考え、
実行するまでを「パラレルプロジェクト」として
取り組めると面白いなと思った。

「顧客は、過去にしかいない」
と僕は思っているし、

その「過去」を積み重ねるために、
何かをやってみることが大切で、
やってみるだけではなく、
それを振り返ることはもっと大切で。

小さなプロジェクトチームに入って、
結果が出るまでやってみる、という経験が
藤岡さんのいう
「どこでも生きていける力」につながっていくと思った。

「パラレルプロジェクト」は、
若手社会人にとっても、学生にとっても、
小さな、しかし真剣なプロジェクトを立ち上げ、
それを実行するためのプラットフォームになるだろうと思った。

そして、最後の締めで言おうと思っていたこと。
(言うの忘れた。)

今回のワークショップでは
みんなに「とどける係」をやってもらったけど、

プロジェクトにおいても
人生においても、
「あなたは、なに係なんですか?」
っていう問いが大切だなあと思った。

僕はなに係なんだろう?  

Posted by ニシダタクジ at 08:18Comments(0)学び

2018年03月30日

「問いを共有する」というチームづくり

鳥取から萩を目指す。

移動中に、ブログを更新し、facebookへ
シェアしていると、

僕にとって、学びの場づくりの同志、
濱ちゃんが島根県益田市へ
転居したとの情報をキャッチ。

えっ。
いま、益田に向かっているし。
ということで、運命的な再会。
大阪にいるときには会えなかったので、
3年近くぶりかなあ。

http://hero.niiblo.jp/e463632.html
「正しさ」より「対話」を(15.2.22)

http://hero.niiblo.jp/e466292.html
宣言すれば学校はできる(15.4.5)

http://hero.niiblo.jp/e466522.html
自立してはいけない(15.4.10)

ブログ検索で「濱ちゃん」って打つと
たくさんのブログがヒットする。
3年前、大きな衝撃を受けたことがわかる。

久しぶりの再会。
益田で食べるのは、
もちろん「ローメン」だ。(笑)


益田駅に程近い「豊味軒」


ローメン発見


これがローメンだ!


そして濱ちゃん

オランダ3か月修行の話をしてくれたし、
僕は水戸留学3年間の話をしていた。

そう。
子どもにとって「価値」は何か?
問い続けること。
それが学校の先生にずっと課せられ続ける課題である。

そしてその問いを共有すること。
それが学校がチームになるということであると思う。

「問いを共有すること」
それが出発点になる。

そんなランチを終えて、
いざ、萩・松陰神社へ。








いい感じの桜が咲いていた。

そして、吉田松陰先生の墓参り。


管理者のおじさんの掃除のタイミングにぶつかる。
門下生がこの墓を建てたのだと
自分たちはそれを伝えるためその17名の説明書きを
つけたのだと熱く説明してくれた。
そして、街中まで車に乗せてくれた。
いまでも、街の人の誇りになっているなあと。

伝説のゲストハウスrucoでひと休みした後、野山獄へ。
(ウチノ食堂の野呂くんが来たって言ってた。津屋崎に続きここにも!笑)









やっぱりここが僕にとっての聖地だ。
2004年春。

「小説・吉田松陰」(童門冬二 集英社文庫)
の野山獄エピソードに驚愕した。

「学びあいの仕組み作りによって、
たとえ獄中であっても希望を生むことができる」

「これだ!」と思った僕は、新潟から萩を目指した。

4月の頭。
朝、墓参りの帰り道、松陰神社の脇の道で、
ランドセルを背負った小学生の集団登校に出くわした。

その小学生たちに誓ったのだった。
「安心して大きくなっていい。
君たちが中学生高校生になるころには、
学びあいの場をつくり、希望は次々に生まれているだろう。

あれから14年が過ぎた。
萩にはまた桜が咲いていた。

松陰神社内、「至誠館」には、
留魂録が展示されている。

その中の四季の部分に胸が熱くなる
(深谷さんに借りた「松下村塾」を読みながら来ました)

~~~
以下引用
http://www.yoshida-shoin.com/torajirou/ryukonroku.html
より

一、今日、私が死を目前にして、平穏な心境でいるのは、
春夏秋冬の四季の循環という事を考えたからである。
つまり、農事で言うと、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬にそれを貯蔵する。
秋、冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び、酒をつくり、甘酒をつくって、
村々に歓声が満ち溢れるのだ。この収穫期を迎えて、
その年の労働が終わったのを悲しむ者がいるというのを聞いた事がない。

私は三十歳で生を終わろうとしている。

未だ一つも事を成し遂げることなく、このままで死ぬというのは、
これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、
実をつけなかったことに似ているから、惜しむべきことなのかもしれない。

だが、私自身について考えれば、やはり花咲き実りを迎えたときなのであろう。
なぜなら、人の寿命には定まりがない。
農事が四季を巡って営まれるようなものではないのだ。

人間にもそれに相応しい春夏秋冬があると言えるだろう。
十歳にして死ぬものには、その十歳の中に自ずから四季がある。
二十歳には自ずから二十歳の四季が、
三十歳には自ずから三十歳の四季が、五十、百歳にも自ずから四季がある。

十歳をもって短いというのは、夏蝉を長生の霊木にしようと願うことだ。
百歳をもって長いというのは、霊椿を蝉にしようとするような事で、いずれも天寿に達することにはならない。

私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。
それが単なる籾殻なのか、成熟した栗の実なのかは私の知るところではない。

もし同志の諸君の中に、私のささやかな真心を憐れみ、
それを受け継いでやろうという人がいるなら、それはまかれた種子が絶えずに、
穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになるであろう。

同志諸君よ、このことをよく考えて欲しい。
(参考文献:古川薫著「吉田松陰 留魂録」)

~~~ここまで引用

四季のように人生を生き、そして死ぬ。
吉田松陰先生の死生観があらわされた一節だ。
死を覚悟した松陰先生が
門下生たちに伝えたかったメッセージ。

そういえば、
「至誠館」っていうのは、「死生観」と同じ音だ。

生きるっていうのは本来は、
誠を尽くすということなのだろうな。

あらためて、
松下村塾の基本スタイル「共に学ぼう」について考えた。

それは、
「問いを共有する」ということなのではないか。

それはもしかしたら「いかに生きるか」かという問いなのかもしれないし、
「価値は何か?」ということなのかもしれない。

それは決して
「幕府を倒し、外国に対抗しうる日本をつくる」
という目標だけではななかったのだろう。

松下村塾というチームには、
問いが共有されていた。

問いの共有、
それこそがパートナーシップの
出発点だと思った。
まさに「共に学ぼう」だ。

目標の共有では、
役割分担を生むだけだ。

問いの共有こそが、
互いにリスペクトし、パートナーシップを組み、
それぞれの力を発揮して、前に進んでいく力になるのではないか。

チームづくり、学びの場づくりにもっとも必要なのは、
それなのではないか。

松陰先生は問いかけた。
そして行動した。
いかに生きるか。
日本にとって何が価値か。

その「問いの共有」
こそが松下村塾を最強の学びの場にしたのではないか。

現代社会において、それをどう再現するのか。
ひとつの仮説は、それは本屋というプラットフォームによって
可能になるのかもしれないということだ。

「問いを共有」するための本、そして人。
地域資源を活用したプロジェクト。
地域企業と行うプロジェクト型のインターンシップ。

その入口に、本屋はなり得るのではないか。
僕がやりたいのは、そんな本屋だ。

14年も経ってしまいましたが、
またそんな場づくりにチャレンジします。

松陰先生、熱い風をありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:16Comments(0)学び

2018年03月23日

ノーファシリテーション!~「まわしよみ新聞」の魅力

開発者の陸奥賢さん直伝!
茨城新聞でまわしよみ新聞!
@コミュニティスペースcocoon@常陸多賀
でした。


こんな感じ。


18歳の高校生からおじさんまでが集まりました。


陸奥さん直伝中


かっこいいムツサトシ/観光家・コモンズデザイナー


陸奥さんが書いたまわしよみ新聞の見本

まわしよみ新聞について詳しくはこちらから
http://www.mawashiyomishinbun.info/

作り方はこちらから。
http://www.mawashiyomishinbun.info/manual/

今回は、陸奥さんが茨城県に来られるということで、
僕も直伝されにいってきました。

準備するもの:新聞、はさみ、四つ切画用紙、のり、プロッキー(色ペン)

1 新聞(茨城新聞1か月分)を用意する
2 新聞を読み、「気になる」「おもろい」「なんだこれ」を切り抜く
3 1人1記事ずつ、記事の概要となぜその記事を選んだのか語る、そして雑談する
4 4つ切り画用紙に張り付けて、コメントを書き込む。

できあがった新聞を見て、
陸奥さんもいっていたけど、
「あたたかみがある」って。

そうそう。たしかに、色とりどりのコメントを読んでいる
だけで楽しくなってくる。

あと、最後に編集して1枚の新聞にするときに
編集力とパラレル思考が鍛えられるなと

今回主催した
「ローカル・パラレルキャリア・ラボ」的にも
なかなかありだなと。

「まわりよみ新聞」は
総合コミュニケーションツールになっているなと
あらためて思う。

そしてすごいなあと思ったのは、
ワークショップでありながら、
「ノーテーマで、ノーファシリテーション」であるということ。

通常のワークショップには、テーマがあり、
ファシリテーター(役)が配置されることが多い。

ところが、
まわしよみ新聞は、全員が同じだけ新聞を読み、
1人1人順番に1記事ずつプレゼンしていくことによって
1人が同じだけしゃべれる。

そしてこれは陸奥さんが解説してくれたんだけど、
後半の編集して、1つの新聞をつくるというのは、
同じ作業(手を動かす)を同時に行うという
ノンバーバル(非言語)コミュニケーションが
行われているのだ。

これ、やっぱすごいことだなと。

短時間で「チューニング」するツールとしては、
とってもいい時間になるなと思う。

25日に青森・八戸で「デーリー東北新聞社」さんと
やってみるのだけど、これは何度もやっていくと、
とてもいいチームができていくような気がする。

何よりも、
僕が「キャリアドリフト」文脈で言っている、
(今回のパラレルキャリアプロジェクトもそう)

「オープンマインド」(心を開く)
「価値観をチューニングする」
「偶然をつかむ」

が「まわしよみ新聞」には
要素として含まれているんだなと。

これを教育現場などでやったら、
子どもたちは気づかずに、
「キャリアドリフト」という手法を体験することに
なっているのかもしれない。

そういう意味では、
まわしよみ新聞のインパクトはとても大きいなと思った。

地域のまちづくりのミーティングみたいなやつとか、
まずは「まわしよみ新聞」でチューニングしたほうがいいと思う。

大学生の地域づくりの入り口としても
めちゃめちゃいいなと。

おそるべきはノーファシリテーション。
つまり、誰も場をホールドしなくてもできるということ。

そんな自由な空間から、生まれてくる何かがある、
そんな風に強く思った夜だった。  

Posted by ニシダタクジ at 07:53Comments(0)学び

2018年03月08日

「信念」よりも「迷い」があるほうが価値


Tsukuba Place Labの「Lab対談 vol.11 場を編み、場を育む」
に行ってきました。

藤本遼さん、江本珠理さんを招いての
堀下さんのトーク炸裂。
みんな1990年生まれ。
時代の最先端だわ~、とシビれてました。

~~~ここからメモ

藤本さんの原点。
小2の図工の授業で先生から
「これは人の顔の色じゃない。やり直し」
と言われた時の憤り。

正しさは何によって正当化されるのか?
という問いが生まれた。
1つの方向に収斂されていくのなら
少数派はどうやって生きていくのか。
小さき声は無視されるのか。

1問いかけ
2編集・組み合わせ
3遊び
4余白

問いかけることで主体性が生まれる。
問うことで皆が当事者になる。

ゴールを達成するより
プロセスを楽しむほうが価値があるんじゃないか。

完璧を求めない。
ひとりで背負わない。
委ねること。

完璧じゃないことを見せること。
委ねると想定外が起こる。それを楽しむこと。

余白=委ねるデザイン

イベントでも顧客にどう思いを伝えるか?
を考えつくすから人が集まる。
人を集めることそのものは価値ではない。

ワークショップ型で作り上げていくイベントは、
企画書で書いたよりも面白くなる。
ワークショップでアイデアが出て、
企画が次々生まれていくから。

主体性の演出、それはそのままプロセスまるごと価値にすることだ。

ひとりでできるなら関われない。
できないことがあるから協働できる。
かかわる中でお互いが変わっていく。

~~~ここまでメモ

なんというかね。
「ワークショップマインド」というか、
「参加のデザイン」というか、
そういうのを見せてもらったなあと。

藤本さんのプロジェクトには、

1問いかけ
2編集・組み合わせ
3遊び
4余白

これが全部あるんだよね。
いちばん面白いと言っていた、
「ミーツ・ザ・福祉」
http://meetsthefukushi.strikingly.com/

の話とか特にそうだったなと。

行政が定期的にやっていた
いわゆる「福祉まつり」的なやつを
事業提案して、ワークショップスタイルに
するのだけど、

その時のプレゼンも、
「この企画書に書いてあるより面白くなります。」
って言い切っているとか面白い。

いや、ワークショップってそういうことだよなと。
「出力が予想できない」ということ。
入力以上の出力が出るということ。

ひとりひとりの思いや悩みを引き出し、
「ミーツ・ザ・福祉」にそれぞれにとっての「価値」を
埋め込んでいく。

だからこそ。
かかわった人が、周りの人にオススメして、
たくさんの人が来場する。

行政がやっていた時の祭りは、「お客」も「価値」も不在だ。
(いるのかもしれないけど、少なくともチラシには明記されていない)

イベントひとつとっても、「価値」を埋め込んでいく。
「この人に来てほしい」という人に声をかける。
そうやって、イベント自身が
どんな「価値」を生んだのか、振り返る。
そうやって、自分自身の価値をつくっていくのだろうなと。

ていねいに、価値を紡いでいくことで、
真の意味で「人と人がつながる」っていうことになっていくんだなと思った。

そして、昨日の一番のハイライトは、
おかみこと江本珠理さんが言っていた、

おかみの旅。

おかみになる前に、自腹で旅をしていた時のこと。

ゲストハウスでおかみをやることを話しながら
こういうのいいと思うんですが、どう思いますか?
と対話を続けていた。

むしろそれが「参加のデザイン」だったのかも。
自分のやっていることを信じきれなくてもいい。
それを素直に出せばいい。

信念が人を集める時代は終わったのだ。
「迷い」こそが人を参加者、当事者にする。


「ファンベース」(佐藤尚之 ちくま新書)
を今読んでいるのだけど、

顧客をファンにし、
信頼を得ていくための最初の部分って

「正直であること」
なのかもしれないなと。

http://hero.niiblo.jp/e484384.html
「市場の倫理、統治の倫理」(18.3.27)

一番大切なのは、
信念を持つこと。
目標を明確にすること。

ではないのだ。

正直であること。
不安を抱えていると認めること。

お客さんと向き合うのではなく、
横に座って、どう思いますか?と
話しかけること。

これからの価値は、
「パートナーシップ」を結ぶこと
「ワークショップマインド」を持ちながら、
当事者意識を高め、
インプットをはるかに凌ぐアウトプットを出していくこと。

ひとりひとりが自ら問い、考え、
自分の役を演じること。
そのプロセスそのものを楽しむこと。

そんな社会をつくっていくため必要なのは、

「信念を持つこと」ではなくて
「迷いがあること」、そしてそれを語ること
なのではないだろうか。

とても素敵な気づきをもらいました。
ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:05Comments(0)学び

2017年12月02日

世界一のタオル屋

矢沢永吉。
日本を代表するロックミュージシャン。

矢沢永吉の
キャッシュポイントはどこか。

そんな話。
学校は「お金」のことを教えてくれない。
なぜなら、みんなが素人だから。



キングコング西野さんの講演を聞き、
「革命のファンファーレ」を読みました。
おもしろかった。

一番シビれたのが冒頭の矢沢の話。

ヤザワ=世界一のタオル屋説

矢沢永吉はライブのたびにオリジナルタオルをつくり、
そのタオルをライブのとあるタイミングで、全員で宙に放り投げる。

そこで、投げ捨てるから、
その瞬間に消耗品になり、
3000円のタオルが10000枚また売れる。

そこがキャッシュポイントとなって、
質の高いライブをつくることができる。

その結果、CDを(数多く)売れなくてもよい。
→売れ線の曲を作らなくてもよい。
→矢沢はロックンローラーであり続けられる。

そこで、衝撃的な一言。
「天才になるには、本業でお金をとっちゃだめだ。」

うわー。マジか。
それ、新しいな。
要は、お金をとる場所をズラす。」ってこと

そのズラすっていう感覚が面白かった。
たとえば、西野さんの書いた「えんとつ町のプペル」は、

原画展を各地で開催してもらい、
その出口で絵本を売っている。

つまり、
「えんとつ町のプペル」を「おみやげ化」するんだと。

それは、西野さんの長年のリサーチの結果。
せっかく作ったのだから、売りたいと。

いいもの作っても売れるわけじゃない。
つくってもお客に届かなかったらつくったことにカウントされない。
お客さんに届くまでの導線をデザインする。
つくるだけつくって終わりではダメ。

クリエイティブにおける育児放棄をしないこと。
つくることはお客さんまで導線をデザインすること。
買う側から考えてみる。
人は何を買って何を買っていないのか?

「作品」は買わなくなっている。
「生活に必要なもの」は買っている。

しかし、売れている「作品」がある。
それは何か?たとえば、演劇パンフレット。
そう、売れている作品は「おみやげ」として売れている。

「おみやげ」は「思い出」を思い出す装置=生きるために必要なもの

ディズニーランドの出口に、巨大なおみやげ屋さんが
鎮座しているように、
自分の作品がおみやげになるとしたら、その前に体験が必要。
作品がおみやげになるような体験。
絵本の原画を無料で貸し出して原画展をやってもらうことで、絵本がおみやげになる。
各地で開催され続けることで売り上げがとまることのない仕組みを作った。

絵本を売っているのは本屋ではなく、展示場。
体験をデザインすること。
展示場が楽しかったからお土産として本を買う。
体験の出口としておみやげ=本を売る。

なるほどな~。

これ、聞いていて、いと本と編み出した、
著者でもないのに本にサインする本屋っていうのを思い出した。
http://hero.niiblo.jp/e274363.html
本こそ「あなたから買いたい」(2013.7.21)

この日以来、
僕は、著者でもないのに、
購入された日付を書き、そこに一言添えて、
本を売ってきた。

ああ、あれって、ツルハシブックスという体験のお土産だったんだと
あらためて思い出した。

昨日も岐阜のさかだちブックスでの
トークライブ後、

「本の処方箋」を少しやったのだけど、
トークライブで、サインの話したら、
サイン入れてくれっていう人が続出して、
サインを書いていた。

ああ。
これか。

「おみやげ化する」ってこういうことか。と

やってたんだね。
少しだけ。
それを言語化できてなかったってこと。

たぶんこれからの僕のテーマは2つだ。

ひとつは、矢沢永吉バリに、
本屋のキャッシュポイントをズラすこと。

もうひとつは、
そうはいっても、本を売るために本屋をやっているのだから、
本がおみやげ化するような体験をお店の中でつくること。

暗やみ本屋ハックツも、
総合的にそういうことが提供できたらいいなと思った。

まだまだ、考えたいので、明日のブログに続きます。  

Posted by ニシダタクジ at 17:24Comments(0)学び

2017年11月23日

このまちに大切な人を呼びたいと思いますか?


MICHIKARA 官民協働フォーラムに行ってきました。

なんか、くやしかったです。
プレイヤーはどんどん前に進んでいるんだなって。
敗北感でいっぱいでした。

印象的だったキーワードを少し紹介。

渋谷区長の長谷部さんへの
フューチャーセッションズ野村さんのコメント。
「1つ1つのアイデアに、区長がすべてコメントしていてすごい」
って。

いい組織とは、トップがアイデアに興味がある組織。
結果だけに興味がある組織はいい組織とは言えない。

なるほど。
リクルートはそうやって、人を育成してきたのだなと。
あなたの組織のトップは、アイデアに興味があるか?
ってこと。

そして何より、今回もっとも響いたのは、
タイトルにもなっている岩手県釜石市の石井さんと日立製作所の話。

さまざまな取り組みをして、
全国的に注目されている釜石市。

そのKPI(重要目標達成指標)は、
「釜石に大切な人を呼びたいと思いますか?」
という住民アンケートだという。

なんということだろう。
「誇り」そのものがKPIだなんて。

日立製作所の写真プロボノを通じた
釜石市の取り組みの話も素敵だった。

CSR担当部長の増田さんの話。
まず、半年、ひたすら通った。
「釜石の現状を教えてください」
と副市長に話を聞いた

そのあいだ、多数の連携の話が
さまざまな企業から来たという。

半年後、副市長から、
「今夜どうですか?」と飲みに誘われた。
そこで初めて出た課題の話。
半年かかって築き上げた何か。

僕たちの「連携」は、
お見合いじゃなくて恋愛結婚ですから
なんて言っていたけど、ホントそうだなと。

ていねいなヒアリング、地域調査。
そこからどんなアウトプットを出していくか。
そこをやらなきゃ、本当に必要とされるものは
出ないのだろうな。

ミニワークショップは、話題の
あいそうな4人で組んで話をする。

自分たちの問いは、
「地域を好きになるような学びの場、仕組みづくりとは?」
官民協働でやりたいこと。
やっぱりこれかな、と。

それを僕は本屋を通してやりたいと改めて思った。
官民協働フォーラムが日常化しているような、そんな場所。

最後に、イノベーションが起こる方法として、
以下のまとめがあった。

・顧客の声を異常なくらい聞く
・原体験を起点に
・熱狂的アーリーアダプターを10人探す

そういう意味では、
僕は、かなり聞いてきたほうだと思う。
起点にする原体験もある。
あとは熱狂的アーリーアダプターを10人。

そこかな。
大切な人を呼びたくなるまちを協働してつくっていく。

まだ、それがなぜ本屋なのか?
って明確に言えないけど、
僕は本屋がその拠点になりうると思う。

・フラットな関係性
・アイデアを聞く場所
・チームができる場

「集まる」場と「始まる」場としての本屋

うーん。
まだ興奮して、うまく書けないけど、
また明日、山田さんに聞いてみます。  

Posted by ニシダタクジ at 08:22Comments(0)学び

2017年11月13日

その「問い」であってます?

「学校化社会」では、
思考停止の罠がいろんなところに潜んでいる。

・偉い人がいる
・他者評価が前提となっている
・答えがある

「13歳のハローワーク」以来、
もっとも大きな問いは、

自分のやりたいことはなんだろう?

ツルハシブックスに立っているときも、
大学生の悩みの圧倒的1位は、

「やりたいことがわからない」
そして
「自分に自信がない」
だった。

「答え」が見つからないと悩む。
しかし、もしかしたら、それは問いが間違っているのかもしれない。


「なめらかなお金がめぐる社会。
あるいは、なぜあなたは小さな経済圏で生きるべきなのか、ということ。」
(家入一真 ディスカヴァー・トゥエンティワン)

読み始めました。
いきなり本質ついてくるなと。

~~~以下一部引用

働き方論はテクニックにすぎない。
大切なのはどんな生き方をしたいかであり、
それは自分にとっての幸せはどこにあるのかを探るということだ。

地域活性化の本質とは、その土地での暮らしの集積であるべきで、
それを大切に育てて、発信して、人を魅了していくことにあると思う。

ここでしか食べられないもの
ここでしか見られない景色
ここでしか出会えない人たち
ここでしか味わえない時間の流れ方

地域の魅力とは、そういうところにあるわけで、
東京には負けないぞとか、東京にはないこんな良さがあるとか、
物差しとして東京を引き合いに出している段階で
じつは東京に負けていることを多くの人は忘れがちだ。

「地方創生」という言葉には、国のシステムありきで、
それぞれの土地の本来のあり方を型にはめ、
阻害していくイメージがある。
要は、言葉から「におい」を感じないのだ。

実際、成功例の本質を理解せず、
ただ単純に模倣するばかりの自治体が増え、
「地方創生のイメージ」がコピペされた町が増えている気がする。

人は希望を持つから絶望する
夢を持つから夢に敗れる
他人との比較ばかりをするから自信を失う
完璧を目指すから失敗を恐れ、最初の一歩を踏み出せない。
過度に欲しがるから、心の穴が埋まらない。

~~~以上一部引用

そうそう。
ほんと、そう。
こういう本を届けないとな、やっぱ。

って、偉そうなことを言っているけど、

僕自身が20代のとき、
「自分のやりたいことは何か?」
そんな問いというかむしろ呪縛のまっただ中にいた。

大学院在学中の24歳春に、「まきどき村」を発足。
いわゆる「就職」はしなかった。

イベント企画会社、地ビール製造会社、
知り合いのお店の店番、出版社の地方書店営業

などをしながら、
地元の肉屋のメンチカツとコロッケを食べながら、生きていた。

まわりから見れば、
「好きなことをして生きている」ように見えただろう。
いや、実際そうだったのだけど。

友人の結婚式に行くたびに、
「俺にも、土日休みの人生があったんじゃないか。」
とか思って、凹んでた。

それって、
常に、
「自分の本当にやりたいことは何か?」
みたいな問いの呪縛だったように思う。

やりたいことをやっているはずなのに、
どうもしっくりこない。

それは単に他者評価(収入含む)が得られないという理由だけではなく、
その問いの呪縛だったんじゃないか。

その呪縛は、28歳くらいの時に、いつのまにか消えていたし、

それはひとつに、27歳の冬の
不登校の中学3年生、シンタロウとの出会いがあったし、
29歳の春に、「小説・吉田松陰」(童門冬二 集英社文庫)


を読んだときに、

野山獄のエピソード
(獄中で、それぞれが自分の特技である
書道教室や俳句教室、本の解説を行い、
みるみる獄中の雰囲気が明るくなっていったという話)

に心が震えて、
「獄中でさえ、学びあいで希望の灯が燃える」

それなら、この獄中のような(言い過ぎ)世の中も
学びあいの仕組みをつくれば、
希望が生まれるのではないかと思った。

それで、すぐに山口県萩に飛び、
吉田松陰先生の墓前に、誓いを立てた。

僕にとってのWHYの出発点はあそこにあると思うし、
ツルハシブックスだけでなく、
ほかの地域でやっているプロジェクトの
思想の根っこはそこにある。

だから、結局、
「やりたいことは何か?」
という問いを問い続けるのではなくて、

やってみる。
ふりかえる。
本を読む。
旅に出る。
人に会う。

そうやって、なぜ、自分はこれをやっているのか?
っていう問いに向かうこと。

あるいは仲間たちと相互に
ヒアリングしたり振り返りをすること。

そうして、
なぜ?

というか、

なぜ?を構成する

「顧客は誰か?」
「顧客にとって価値は何か?」
という問いを回し続けること。

僕自身の顧客は、
・ふるさとのない自分自身(「まきどき村」)
・中学生・高校生(自宅での学習塾「寺子屋途輝)
・居場所が学校しかない小学生(遊び場づくり「虹のひろば」)
・就職を考える大学生と地域企業(インターン事業「起業家留学」)
・普通の大学生(ツルハシブックス)

と変化して、いまは、自分に自信の持てない
始めたくても、始められない、なんとなくもやもやしている
大学生や20代が顧客だ。

そこに向かって、サービスを提供していく。

「やりたいことは何か?」という問いは本当にあっているのか?
と問いかけたい。

そんな場所になるであろう、
日立の海のような本屋「うみまちブックス」プロジェクト、応援しています。
https://camp-fire.jp/projects/view/51775  

Posted by ニシダタクジ at 08:16Comments(0)学び

2017年10月20日

活動そのものより振り返り

地域活動そのものにも、
インターンシップそのものにも、
たいした価値はない。

それを「経験」と呼べるのは、
振り返りをしているからだと思う。

ふりかえりという「自己評価」
ができて初めて、それが学びになる。

そして自己評価によってのみ、
「自信」が生まれる。

http://hero.niiblo.jp/e485809.html
「ふりかえり」と「自己評価」(2017.9.12)

僕が本屋をやったのは、
昨日も書いたけど、「機会提供」のためだった。

作品的に言えば、「偶然」だった。
https://www.youtube.com/watch?v=bYq8iDb_ei4
(2015.12.10)

バスケ部を辞めたばかりの中学2年生に、
「屋台をやってみない?」と誘い、
本屋の中でお菓子屋さんをやってもらった。

就活どうしよう?って悩みはじめていた大学生に、
新潟の社長、面白い人ばかりだよ、って
「夜景企画会議」に誘ったりした。

それぞれ、僕は機会を提供していたのだけど、
「ふりかえり」をやっていただろうか。

僕が「ふりかえりの文化」を身につけたのは、
2007年にインターンシップ事業を一緒に立ち上げた
ナカムラさんのおかげだ。

あの、執拗なほどの(笑)
「西田さん、ふりかえりしましょう」
によって、身体的に身についたのだった。
(打ち上げの飲み会の後とかはマジかんべんしてくれって思ってた。)

10年経って、
ようやくその偉大さがわかる。
「ふりかえりの文化」の大切さがわかる。

「機会提供」と「ふりかえり」
そうやって「学び」をドライブしていく。
「学び」がドライブするから、本を読む。
行動したくなる。

そういう個人としての学びのスパイラルと、
チームとしての学びあいのトライブをつくっていくのだろうと思う。

トライブについては、こちら。
http://hero.niiblo.jp/e485916.html
(2017.9.29)

うんうん。
そのベースキャンプになるような本屋さんが
必要ですね。  

Posted by ニシダタクジ at 07:53Comments(0)学び

2017年10月16日

whyから始める

「アップルはwhyから始まっている。」

県北ビジネス創出支援事業@大子町
の2日目。

ビジネスプランを膨らませるワークを
行った。

今回の手法はプロアクションカフェ。
https://www.ourfutures.net/session_methods/proactioncafe
(ちなみにこのサイト、めちゃエッセンス詰まってる)

~~~以下メモ

アイデアに価値はない。
アクションあるのみ。
ファーストペンギンになれ。

1 想いの深掘り
2 課題の提案
3 次の一歩

プロアクションカフェ=
ワールドカフェ+オープンスペーステクノロジー

提案者は種を蒔く人。花を咲かせる人。
支援者はミツバチ。質の高い質問をする。

ROUND1 想いの深掘り
・想いを持つにいたった背景は?
・本当に大切なことは?
・その人のやりたいことの深い意味合いは?
・根っこの想いはなんだろう。

数分間の休憩時に提案者は整理する。ココがポイント。

ROUND2 課題の探索
・想いを実現する上で不足していることは?
・目に見えない壁はどこにあるんだろう?
・やりたいことを実現するためにどんな手助けが必要だろうか?
・聞き役が助けられることは何かないだろうか?

ROUND3 次の一歩
・次の一歩は何ですか?
・何があると追い風になるか?
・やりたいことに近づくのに最初の一歩は何がふさわしいだろうか。
・どんな最初の一歩が周囲の共感を得て応援したいと思ってもらえるものになるだろうか。

タイトル(24文字以内)
なぜ?why
何を?what
誰に?who
どこで?where
どのように?how
いつ?when
いくらで?how much

なぜ、なぜ?が大事なんだろう?
→共感することが大切。

アップルはwhyから始まっている。
whyが共感を生む。
共感がお金を生む。
共感するのはストーリー、コト。

クラウドファンディングはテストマーケティング。
得られるものは、資金と顔の見える応援者、認知度。

伝わるために必要なこと。
顧客視点が大事。
相手の立場に立って考えてみること。

WHYから始まるクラウドファンディング
WHY
HOW
WHAT
の順につくる。

~~~以上メモ

なるほどな~。
って。
WHYに人は共感するんだなあと。

僕が思ったのは、
WHYの背景には
具体的な人(WHO)がいるんじゃないか
ってこと。

前日のワークでの
根っこの思い、種火
みたいなやつは、自分自身の経験
なのだろうけど、

そこに他者が存在している場合は、
その人がWHO、いわゆる顧客に
なる可能性が高い。

あるいは過去の自分自身が
顧客になるのかもしれない。

フローレンスの駒崎さんだって、
お母さんが電話で話していた知人の女性の
エピソードがきっかけになっているからね。

そこを明確にしたほうが
WHYの共感性が高まるんじゃないかなあと。

ということで、
僕も自分自身のWHYを掘らなきゃ、って。

今は、
18歳の他者評価依存の解消っていうのは
結構ミッションとして大きいなと。
そういう人に何人も出会っているし、

数年前までの、
「自信がない大学生」っていうのより、
クリアに顧客像が見えてきている。

他者評価の外に出てみる。
自己評価のピラミッドを確立する。

「やってみる」と同時並行して、
自分の中で「自己評価」のシステムを
作り上げること。

きっとこれを本屋がやらなきゃいけないのだろうなと
思いました。

まずは、whyから始めてみよう。  

Posted by ニシダタクジ at 07:57Comments(0)学び

2017年10月15日

ツルハシが掘るもの

茨城県が主催する
県北地域ビジネス創出支援事業
講座の第2回、大子町でのフィールドワークと
ワークショップ1日目。

大子町は
茨城県有数の観光地。

名勝・袋田の滝


をはじめ、温泉や名物の食べ物など、
たくさんの魅力に詰まったまち。

プログラムは、
常陸大子駅前のまち歩き
りんご園でのりんご狩り
ロケ地としても使われる旧上岡小学校
そして袋田の滝、と展開。

これでオープンになった参加者たちは
インタビューワークへ。
という流れになった。




印象に残ったのは
仲野りんご園
http://www.apple-nakano.com/index.html

仲野のオトウさんの
トークも実直で素晴らしい。

なんと、年間(といってもシーズンは9月~11月)
2000人ものりんご狩り客が来るのだという。
そしてそのほとんどがリピーター。
家族で毎年、来てくれるのだという。

役場の人が言うには、
りんご園それぞれにファンがついているのだという。

それって、リンゴ売ってないな、って思った。
また仲野さんに1年に一度会いたくて、来るんだろうな。

ということは、来る人同士で
仲良くなったらもっといいだろうな。

僕だったら、たとえば、
アップルパイづくり体験とかを企画して、
1500円とかで手摘み手作りアップルパイを
つくるとかいう企画したいかも、って思った。

そして、そんな企画を本屋がしてもいいんだなと。
そんなふうに考えていました。

夜、宿に帰ってから、
講師のコクリ!プロジェクト三田さんの講座とインタビューワーク。

これも学び多い時間となりました。

~~~ここからメモ

「種火」。
誰もが心の奥に持っている種火。
そこに気づいて、火を広げる。

ひとりひとりはgiftをもって生まれてくる。
ひとりひとりが本領発揮していく世の中をつくる。

1 ひとりひとりの可能性・ギフトを信じている。
2 境界を超えた共創によって世界に進化を。
3 100年後から見て、世界が変わったと言えるような社会実験を。

境界を超える。
越境する。

変革はS字カーブ。ある時から急激に変革は始まる。
ティッピングポイント。

コクリ!エコシステム
種火が生まれ続ける仕組み

ビジネスパートナーではなく、人としてつながる。
安心・安全な土壌で種火に気づき、育てる。
会う機会のない人に会えたという偶然性。
必ず実現するという思いをサポートする。

give&takeからgive&giveへ
協働から運命共同体へ
議題・課題からではなく人・想いから出発する。

1 根っこの思いを自覚する
2 境界を超えてつながる土壌
3 感性に従ってやってみる
安心・安全な土壌にワクワクの種火が蒔かれ、情熱と感性でやってみる。
3+1(ありたい未来という北極星)

関係の質モデル。
関係の質→思考の質→行動の質→結果の質→

根っこの思いを確認するストーリーテリング。
自分とつながり、仲間とつながる。
自分の根っこに気づく。
相手の根っこに気づく。
インタビューワーク。
インタビュー役はレベル2の傾聴を。語り役はイメージを思い浮かべながら語る。

1 自分の住んでいるまちを好きだなと思った時。
2 人生で誇りに思うこと。本領発揮したシーン
3 根っこの想いは何か?

インタビューワークのゴールは、想いの源泉に触れる。
というか、掘り当てること。
そうすれば、温泉が湧いてくるように、やればやるほど力が出てくる。

インタビューワークは、源泉探し。
源泉は原点。源泉のほうがいいな。
いま、源泉掛け流し中です、とか。
熱すぎて少し水でうめてます、みたいな。

~~~ここまでメモ

なんか、思い出した。

ツルハシブックスの正式名称は、
「ジブン発掘本屋 ツルハシブックス」

発掘するジブンっていうのは、
きっとその「源泉」みたいなものなのだろうなって。

ツルハシブックスは、
コクリ!プロジェクトを、場として
実現しようとしているのかもしれないなって。

会えない人に会える偶然性。
想いの源泉に気づく本や人とのつながり。
とにかくやってみるための屋台。
それを支える安心空間。

そう言えば、いろんな人に、

「ジブン発掘」ってなんですか?
とか
ツルハシブックスのツルハシってなんですか?
とか
どうしてツルハシなんですか?
とか

よく聞かれたけど、
「まきどき村のときにツルハシで畑耕していたんです。
その原点を忘れないように。」

って言っていたんだけど、
言っている僕自身もよく分かってなかった。

6年半の時を超えて、今なら答えられる。

ツルハシブックスのツルハシは、
自分を掘る、仲間の心を掘るための道具です。
それは本であるかもしれないし、
本屋で出会った人かもしれない。

本屋で行われるワークショップかもしれないし、
本屋で出会った人に誘われた畑の場かもしれない。

自分の源泉に気づくこと。
仲間の源泉に気づくこと。
掘って、掘って、たどり着くこと。

掘り当てた源泉を、
ちゃんと温泉まで引いていくこと。

宿を整備すること。
無料の足湯をつくって、コミュニケーションすること。
客からフィードバックをもらい、改善していくこと。
客と一緒にいい宿をつくっていくこと。

これからの仕事づくりは、
そんな「温泉宿づくり」、になるのかもしれない。

まずは、その「源泉」を見つけよう。

そのためのツルハシ、売っています。
そのためのツルハシ、お貸しします。
そのためのツルハシ、一緒に作りませんか?

ツルハシブックスはそんな本屋です。  

Posted by ニシダタクジ at 08:06Comments(0)学び

2017年10月10日

18歳を他者評価の檻から脱出させる

他者評価。

「近代」というシステムが
「効率化」のために生み出した
「評価」システム。

それは「学校」に根強く内包されている。

新潟大学の卒業生に話を聞いたのだけど、
18歳。
大学入学のとき。
劇的な変化が訪れるのだという。

突如として
「評価」してくれる「他者」を失うのだ。

高校まで、学校の先生や親の「求めるもの」を
察知して、それに「応えること」で
他者評価を獲得することに価値があると
思い込んでいたし、その社会に「適応」してきた。

結果、そこそこの偏差値の
地方国立大学に入学することができた。

そこで突如として
評価してくれる他者を失うのである。
不安になるだろうと思う。

特に大学受験で第1志望ではなかった場合は
敗北者として、他者評価を得られずに入学する。

そこで、不安になって、もっとレベル(偏差値)の高い
大学の大学院を受験しようとしたり、
TOEIC高得点や資格取得を目指したり、
公務員試験の勉強やハードなインターンをやったり、してしまう。
つまり、「他者評価を得られるような何か」をしてしまう。

しかし、18歳。大学1年生。ひとり暮らし。
それは「他者評価の檻」から脱出する大きなチャンスだ。

もしかしたらそれは「ラストチャンス」、かもしれない。

他者評価のピラミッドを内包した
自己評価のピラミッドに気づくこと。

「他者評価」は、
自分のミッション、自分の人生のための
部分的な価値にすぎないだと気づくこと。

そのためには、視野を広げること。
横ではなく、タテに、時空を超えて、広げること。

空から、地中から、未来から、過去から、
今の世の中を見てみること。

てっとり早いのは本を読むこと。(効率的です。笑)
そして、アクションすること。
旅に出ること、人に会うこと。

アルバイトすること。
インターンに行くこと。
就職すること。

すべては、
リベラルアーツ(人を自由にする学問=教養)
につながっている。

逆に言えば、
すべては、
リベラルアーツに過ぎないっていうこと。

「自由にする」ってどういうことかと思ったけど、
18歳の大学1年生にとっては、
「他者評価の檻を脱出する」自由、っていうことなんだと思う。

本を読む。
旅に出る。
人に会う。
インターンに行ってみる。
プロジェクトをやってみる。
就職してみる。

そして、ふりかえる。
自己評価する。
他者評価をもらうだけではなく、
自分なりの意味づけをつける。

やったこと。
考えたこと。
感じたこと/思ったこと。

この3つを重ねていく。
特に3つ目の「感じたこと/考えたこと」
ここを書くようにしていくこと。
それが檻からの脱出の力になる。

僕は、そんな本屋さんになろうと思う。
それは見た目「本屋さん」ではなないかもしれない。

「偶然性」を入り口にするために、
「本屋さん」というカタチにはこだわらない。

また、場所も、1か所ではなくて、
いろんな場所に同時に行っていき、
違う場所で出会った人たちが出会い、
学びあえるような、そんな空間をつくりたい。

そんなミッションのある本屋、やります。

18歳を他者評価の檻から脱出させる。

それは「させる」ものではなくて、
「自ら脱出する」ための、
ヘリコプターや潜水艦や、船づくりのための
材料や工具を貸し出すということなのだけど。

そして、
就職もリベラルアーツのひとつだという
価値観で就職に臨んでいけるような。
そんな「学び」をつくっていく。

人生は、
他者(就職した会社含む)との協働プロジェクトであり、
そこにあるのは「「パートナーシップ」であること。
そんな感覚を身に付けること。

「チューニング」と「ふりかえり」で
それを実現するような「場」を僕はつくります。

  

Posted by ニシダタクジ at 08:15Comments(0)学び

2017年09月11日

「就活」の違和感

「就職」はしたいけど
「就活」はしたくない。

「就活」しないで「就職」
する方法はないのだろうか?

そんな大学生は
きっと潜在的に多いのだろうと思う。

「就活」への違和感。

それは、自分をモノ化、あるいは数字化すること
とイコールであるのかもしれない。

企業に就職するとは、
交換可能な部品になるということ。

いや、そうじゃない企業もたくさんあるのだろうけど、
原則としては、企業が存続するために、
ひとりに依存しないシステムをつくることが大事だ。

しかし、仕事はチーム戦である。
誰とやるか、も大切だ。

もっとドライに、プロフェッショナルに、と言われても、
このチームでは、、、っていうことも起こってくるだろう。

それでも、
社長の描いている方向性に共感できるなら
やれるのかもしれないが。

「就活」の違和感。

なんというか、新卒というラベルを貼られて、
ベルトコンベアーで運ばれていって、選別されるような感じ。

A品、B品、規格外と選別されて、
めでたくA品として出荷されるようになり、

今度は、工場の中の人になって、
たくさんのベルトコンベアーからものすごい勢いで
お客さんという数字が運ばれてくる。

それをひと手間加工して、
またベルトコンベアーに載せる。

「もっとこうしたらよくなると思うのだけどな~」
と一瞬思った心の声を無視して、
ひたすらに商品を送り続ける。

そこでは、自分は「ひとり」という
数えられる名詞になっている。
それが「就職」の違和感なのかもしれない。

実際は工場ではなくて、デスクワークをして、
お客さんと打ち合わせをして
商品・サービスをつくっていくことも多いのだろうけど、
構造的にはあまり変わらない。

その点、カフェや個人が経営するちいさな古本屋さんは
目の前の「ひとり」に何ができるか、考え、
それを表現していくことができる。

大学生が抱えている
「就活」の違和感を受け止め、
そこから学びを深めていくような本屋さんをやりたい、
というか、必要でしょ、それ。
誰かがやらないと。  

Posted by ニシダタクジ at 08:17Comments(0)学び