プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2015年09月30日

「偶然」と「つながり」と「はじめること」

10代に向けて、本を贈る。

そのときに、何かひとつだけ
伝えたいとしたら。

それはなんだろうか?
という問い。

自分が生きてきた中で
体現していることってなんだろうか?

糸井重里事務所の「はたらきたい。」ではないけど、
あなたが大切にしてきたことはなんですか?

と問われたら。

20代の最初の問いは「豊かさとは何か?」だった。

ブータン王国や
自然農実践者が表現する「豊かさ」に
衝撃を受けた。

畑でサツマイモを育てたこと
まきどき村で地域のじいちゃんたちの誇りに触れたこと。
豊かさとは、「つながっていること」だと思った。

そんなときに中3の平井くんに出会って、
中高生と地域の大人との「つながり」を作らなきゃって思った。

しかし、方法論がわからなかった僕は、
とりあえずやってみた。

途中で辞めてしまったことは
数えきれないほどある。
おそらく僕の印象はあまりよくないだろう。
何かをはじめてみるけど、長続きしない。

「継続は力なり」
という言葉は真実だと思う。
イチローや他のスポーツ選手、
経営者のみんながそれを実証している。

しかし。
あまりにも、それを重要視していると、
「はじめること」が怖くなってしまう。

何かを「はじめること」
何かを「途中で辞めること」
とほぼ同義語であるからだ。
そうでなければ、人間無限に何かをやっていることになってしまう。

僕のいつものパターンは
「名刺をつくる」から始まる。
肩書を考えて、名刺をつくり、それを配ることによって
「偶然」がやってきて、「つながり」が生まれる。

吉田松陰になる、と決めて作った名刺は
「吉田松陰プロジェクト 代表 西田卓司」だ。
ひとまず、団体名をつくり、代表を名乗る。(ひとりなのだけど)

平井くんに出会って、NPOを作った。
最初にやったのは子どもの遊び場づくり。
山形で取り組まれていた「だがしや楽校」をモデルにした。

その後にETIC.の広石さんに誘われて、
大学生の実践型のインターンシップ事業に取り組む。
そこで新潟大学の学生だった星野くんや大阪の中村さんに出会って、
この人と一緒にやれたらいいなあと思い、事業立ち上げ。

3年半たって、
やっぱりなにか違うんだよなあと悩んだ末に
本屋さんツルハシブックスを開業した。

「偶然」をいかにつかみ、
「つながり」を感じて生きるか?
そして何よりも「はじめること」
これを10代に届けることが現時点での僕の使命だと思う。

大学では、キャリアドリフトの視点からそれを説明・実践し、
本屋では、「偶然」を生む機会を提供していく。
そしてそれらを学びのコミュニティとしてデザインしていくこと。

そんな旅をつづけていこうと思う。

さあ。
今日は北茨城で岡倉天心の生涯に触れ、
人生を見つめてこようと思います。  

Posted by ニシダタクジ at 06:20Comments(0)日記

2015年09月29日

ツルハシブックスというアートプロジェクト

ツルハシブックスが
アートプロジェクトだったとしたら、
アーティストは僕じゃなくて、今井あゆみだろうと思う。

構想したのは、2010年。
場所は、高崎イオンの1F。
地域に開かれた塾。
中高生が地域の大人と触れ合える塾をやりたかった。

はずだった。

あれから5年が過ぎて。
できた。
でも、それは塾じゃなかった。
きっとそういう感じ。

今月末で、今井さんがツルハシブックスを旅立つ。

なんだろう。
不思議な感じだ。

「おめでとう」も「おつかれさま」という言葉も浮かばない。
「ありがとう」はもちろんあるけど。

「ああ、着いちゃったんだな。」
っていうかそういう感じ。

そうそう。
僕がいつも「こういう感じで」って言ったことを、
「いい」とか「悪い」とか「もっとこうしたほうがいい」とか
最初に言ってくれたのが今井さんだった。
そして僕がイメージしたもの以上をアウトプットしてきた。

ツルハシブックスがツルハシブックスであり続けたのは今井あゆみのおかげだ。

この前の18日の朝モス&夜イロハニ堂の振り返りは忘れられないシーンとなった。
感性を信じられるようになる。それがツルハシブックスの最大の価値なのだろうと思った。

乗った船は、いつの日か、港に着く。
しかしそれはゴールではなく、乗り換えの港に着いた、ということ。
ツルハシブックスという船にたまたま乗り合わせた人たちが
志願して乗組員となり、よい船を作ろうとする。

寄港地に何度もよりながら、乗客を乗せ、再び旅に出る。
店内でのひとときは、もしかしたら、小さな船旅なのかもしれない。

2010年~2011年に宮澤くんや中村さんと考えたコンセプトは「港」、そして「工房」だった。
「ウチノ・コラボレーション・ラボラトリー」。
そして「カフェコポコポ(collaboration port)」「ツルハシブックス」計画通りではまったくなかったけれど、
今井さんと高崎のイオンで抹茶ソフトを食べながら構想した世界がいま、目の前に広がっている。

たくさんの大人や中学生高校生が集まり、
大したことない話をして、帰っていく。

ときには、熱く。
ときには、涼しく。
本のことを語ることもある。

そうやって「きっかけ」を得て、
みな、次の旅へと旅立っていく。

キャリアドリフト。
そのひとつのゴールは、自らの感性を信じられるようになること。

ツルハシブックスという船は、そういう場所でありたいと、あり続けたいと、あらためて思った。

劇場だったツルハシブックスを再定義すると、
「感性を信じられるようになる」という船旅を提供する船旅行型の劇場。

なのだろうと思う。
やっぱアートプロジェクトだ。

今井さん、素敵なお店と、僕のアイデアにツッコミを
入れる思考の機会をいつもありがとう。また、何か一緒につくりましょうね。

PS おまけ。ツルハシブックスがツルハシブックスになるまで4コマ。(笑)
  

Posted by ニシダタクジ at 06:19Comments(0)

2015年09月28日

本が手紙だった頃


SANCTUARY(高橋歩・磯尾克行 サンクチュアリ出版)

僕がサンクチュアリ出版の営業になる
きっかけをくれた1冊。
「この本を売りたい」って心から思った。
久しぶりに古本屋さんで見つけ、思わず購入。

やっぱりラストの「空」の歌は泣けるよね。
いまだに越後線の車内で読みながら小針駅停車中に
涙していたことを思い出す。

こんな仲間たちと仕事がしたいなあって
心底思った。

そういう意味では、
ちゃんとそこに向かって歩いて来たのかもしれないなあと
思った。

そして、この本を読み直して、
改めて原点に返る。

倒産寸前のサンクチュアリ出版を救ったのは、
「辞めることから始めよう」(笠原真澄著)だった。

仕事を辞めようか悩んでいた
高橋さんの彼女に贈る1冊の本。

必死でPR活動をした発売後、
しばらくすると全国の読者から、手紙が届いた。

「この本と出逢えて、心からHAPPYです。
こんなに素敵な本を出版してくれてありがとう」

そう。
「手紙」が届くということ。

きっとそれが出版という仕事の醍醐味なんだろうなって。
1人に向けて思いを込めて書かれた手紙が、
複数の人に届く。

しかしそれは、複数の人向けに書かれたものではなくて
やっぱりあくまでひとりの人に向けて書かれた手紙なのだろうなと。

かつて本は手紙だった。
いや、きっとこれからも。

「手紙」じゃなくても、「マーケティング」
というような方法で売れた時代が
少しだけあったのだろうと僕は思う。

「手紙」のような仕事をしなくちゃね。

キミに逢えたこと 感じあえたこと
すべてが僕の力になる
言葉はいらない 翼を広げて
時代の風になろう

(SANCTUARY本文中の「空」より)  

Posted by ニシダタクジ at 06:20Comments(0)日記

2015年09月27日

場は無くなるけど、魂は残る

虎ノ門のリトルトーキョーラストナイト。
行けなかったのだけど、わずか2年での
移転には、衝撃を受けた。

きっと、これからの
スタイルなのだろうと思った。

思い入れのある人にとっては、
その場所がずっと続いてほしいと思う。

たとえば、
母校が廃校になるという寂しさ。
なんだか心にぽっかりと穴が開いたような、
そんな気分にさせられる。

しかし。
もしかしたら、これからは、
誰かが場を作るのではなくて、
ひとりひとりが場の構成員であると同時に、
場をつくるメンバーになる時代が到来しているのではないか、
と感じた。

虎ノ門リトルトーキョーという「場」は無くなるが、
リトルトーキョーという「魂」は残る。
それは、その場に、ではなく、
ひとりひとりの中に残る。

実はそれのほうが価値があるのではないか。

もちろん長年続けることの
素晴らしさはもちろんあると思う。
しかしながら、
続けることそのものに価値があるわけではないと同時に思う。

どれだけの人に「手紙」を届けたか?
それによって仕事の価値は決まると僕は思っている。

そういう意味では、
誰かに提供された「場」を享受するだけでなく、
自らが「場」の構成員として、あるいは「場」の創造者として、
なっていく時代をいま、僕たちは生きている。

「場」をつくること。
それは固定の店舗を持つ必要は必ずしもない。

ひとりひとりの中の「魂」の声を聴き、
自分の魂が喜ぶ空間をつくっていけばいい。

そう考えると、僕はやっぱり古本屋をやるべきだなあとあらためて思う。  

Posted by ニシダタクジ at 08:35Comments(0)学び

2015年09月26日

古本屋さん、はじめます

新しい古本屋さん、はじめます。

http://takuji.niiblo.jp/e29222.html
「日本一小さな書店、はじめます」
(2009年8月19日のブログ)

ということで、
ツルハシブックスが本屋をオープンしたのは、
2011年の3月20日だけど

その1年半前の
2009年に僕は名刺をつくって、
日本一小さな本屋を開業している。


店舗面積0.02坪 店舗購入費用1575円
という高コストパフォーマンスな店。

屋号は
「本屋には新しい人生が転がっている」(本コロ)
扱う書籍は
「ホスピタルクラウン」(大棟耕介 サンクチュアリ出版)のみ。

この原点に返って、
新しい古本屋さんを始めようと思います。

コンテンツは、
「本の処方箋」による働き方・生き方本のセレクトをメインに、

悩める20代社会人・大学生に
「これまでの先人の知恵」と「これからの時代の行方」
を占いながら、自分自身はどうあるか?
という問いが生まれるような古本屋さんをつくります。

ときに「ゆっくり、いそげ」(影山知明 大和書房)のような
新刊激オシ書籍が入ったときは、
ツルハシブックスから販売したいと思います。

ということで、
日本一小さな本屋は日本一小さな古本屋として、
小さなトランクひとつで再びスタートしようと思います。

よろしくお願いします。  

Posted by ニシダタクジ at 04:38Comments(0)日記

2015年09月25日

言語化できない感性を信じること


「すべての仕事は肯定から始まる」(丸山俊一 大和書房)

第12章
「12歳の自分をを思い出せ。」
いいね。
12章で12歳というセンスがいい。

この章にも、
うーん、と、うなるキーワードが溢れている。

~~~ここから一部引用

・人間、願った「形」通りにはならないけれども、
イメージしたその「中身」のように、
人生は転がっているのではないか、と。

・たとえばどこかの会社に入社できるとか、そういう外形的なものではありません。
望んでいるある状況、ある意識の状態と表現したらいいのでしょうか?
なんとなくこうなるんだろうなと思っていると
それに向かって意識レベルではなく無意識のレベルまで
素直に望んでいることであれば、自覚しないでも
さまざまな準備がなされていく、という感覚です。

・本当に生産的なものは、むしろ徹底的な浪費からしか
生まれないものです。

・本当に大事なことはそれを体験している瞬間には見えていないのかもしれません

・一見矛盾しそうな要素、可能性を自分の中で常に殺さないで置いておけるか?

~~~ここまで一部引用。

先週のツルハシブックスミーティングは、
そんなことを感じるいい時間だった。

ツルハシブックスとは、なんだろうか?
そんな問いがあらためて目の前にある。

お客さんにとっては、どんな場なのだろう?
店番をするサムライたちにとっては、どんな場なのだろう。

今井さんが言った。
「言語化できない何かに向かっていたのだけど、
結果として、ちゃんとそこに向かってきたのだなあと。」

5年前。
スタートした時には言語化できないイメージだけがあった。

あれから5年。
当初思い描いていた学習塾を起点とした
地域のつながりをつくる、というようなものではないけど、
いつのまにか、中学生高校生が集い、穏やかに過ごすような場所ができていた。

そういえば、今井さんは大学卒業時にも
「こどもに関わること」と「建築(ものづくり)にかかわること」
を同時に行える仕事がないか?という問いを持っていた。

不安ながらも自らの感性を信じてきた。
問い続け、表現し続けてきた。

信じる根拠なんて何もなかったけど、
ただ、それを繰り返してきた。

少しずつ結果が出て、
自らの感性を信じられるようになった。

「自信」とは、
自らのスキル(技術)を信じられることではなく、
自らの感性を信じられることなのではないか、と思った。

ツルハシブックスとは、
「感性を磨き」「感性を信じられるようになる」ための空間なのではないか。

まずは、
安心空間をつくり、自らの感性を開く。

そこから、いろんな人に出会い、いろんなものを感じ、
いろんな経験をして、感性を磨いていく場。

もちろんそこには答えがなく、
ただひとつ、ゴールがあるとしたら、
卒業するタイミングが来る。

いつか、一緒に乗ってきた列車が、
終着駅、次の乗換駅に着いてしまったかのような、
感覚になる。

そうして、人は
次の列車に乗り換えて、
感性を磨く旅を続けていくのではないか?

そう思うと、
27歳のとき、不登校の中学生に出会って、
「彼らに地域の大人と出会う場をつくりたい」
と心から思ったこと。

29歳のとき、小説吉田松陰を読んで、
「たとえ獄中にあっても学びあいの場づくりで希望を生むことができる」
と確信し、萩へ向かい、松陰先生の墓前で誓ったこと。

そのときは、
それがどういうものなのか?
「形」は見えていなかったけど、
「イメージ」だけはなんとなくあった。

この本のひとことひとことが
僕の人生を投影しているようで、
非常に心を打たれました。

僕にとって顧客とは、人生を不安に思う中学生高校生大学生であり、
手法は、彼らと地域の大人を「学びあい」の場づくりによってつなげることであり、
それによって伝えたいメッセージは「言語化できない感性を信じ、行動すること」

現時点では、きっとそういうことだ。
ツルハシブックスも、ハックツも、そこに向かっている。

さあ。
次はどの列車に乗り込もうかな。  

Posted by ニシダタクジ at 06:38Comments(0)

2015年09月24日

これまでの日本とこれからの日本を売る



世田谷・松陰神社。
でお守りを更新し、
その後小伝馬町「伝馬町獄跡」⇒南千住回向院⇒小塚原処刑場
と大和魂回収ツアーにいってきました。

夜。
ひらめきました。

本屋と米屋。

言語化できないあの直感。
少しずつ見えてきたように思います。

「これまでの日本」と
「これからの日本」を売る。

これが本屋と米屋に共通する使命なのではないか。
そして米屋と本屋が重なったとき、
それが何倍もの相乗効果となって、
世の中に、いや、ひとりひとりにインパクトを与えるのではないか。

from japan to the next ・・・

このnextの後 には、
もちろん「japan」「stage」も入るのだけど、
ひとりひとりのnext も入ってくるのだよね。

「next takuji」も入ってくるわけ。

そんな米屋と本屋を、
「学びあいの場のデザイン」でつくっていこうと思った、
連休最終日の大和魂回収ツアーでした。  

Posted by ニシダタクジ at 06:58Comments(0)アイデア

2015年09月23日

「認めてもらう」ために就活をしているわけではありません

立川駅の
ペーパーウォールエキュート立川。


「すべての仕事は肯定からはじまる」(丸山俊一 大和書房)

いいですね。
久しぶりに新刊の本屋さんで、
出会った本にビビっと惹かれて
感性で買ったように気がします。

第2章が「仕事は自己実現なのか?」
というタイムリーなテーマ。
キーワードだらけです。

冒頭の
「認めてもらう」ために就活をしているわけではありません。

そうそう。
承認欲求を満たされない
若者たちが陥りがちなところだと思います。

詳しくは本書を読んでほしいのですが、
結論だけ。

~~~ここから引用

「自分探し」のために就活があるのではありません。
仕事に就いてから、むしろ、真の意味での「自分探し」本番が始まるのです。
そしてそれは、他者とのかかわりのなかで生まれてくる可能性なのです。

~~~ここまで引用

いいなあ。
そうそう。
こういう本、大学生の時に読んでおくといいよなあと。

もっとじっくり読んで、また紹介します。  

Posted by ニシダタクジ at 07:47Comments(0)

2015年09月22日

食べものとキャリア教育

教育工学会全国大会の
ワークショップ「キャリア教育」分科会に
参加してきました。

キャリア教育を
いかに学部教育に入れ込んでいくか?
どう組み込んでいったらいいのか?

そんな議論がされていました。

~~~以下メモ

・インターンシップと大学の授業の関係
1 失敗に満ちている⇔授業にはあまりない。
2 インターンシップから授業へ。学んだことを見つめなおす。
3 授業からインターンシップへ。授業を現場で試す。

・振り返りを短期スパンで行うことを重視。
・リーダーシップのサイクルを体感する。
・どんな形でグループに貢献するか?
・リーダーシップだけではなくフォロワーシップも学べる。
・先輩がプロジェクトの意義を語る。
・学生スタッフが中心となって授業運営をする。
・課題の設定をていねいに行う。4週間くらいかける。
・同じシラバスで違う大学で行う⇒発表する。

~~~ここまでメモ

そして、ワークショップに進みました。
自分がキャリア教育の担当になったら。

ここで一緒になった、
福岡で留学生のキャリア教育を担当されている方の
話が面白かった。

留学生は、
のんびりしていて、なかなか気持ちが就活に向かわないので、
どうしたら、それを高められるか?というお題。

その原因は、
外国では、転職は普通なので、新卒で
頑張らなくてもいいという文化なのだという。

それって面白いかもしれないなあと。
外国人と日本人の就職観って違うんだ。

それ、1年生の時とかに交流しても面白いかもなあと。

あとは
「やりたいこと」ではなくて、
「求められている」から就職するんだ
という基本的な考え方。


「ホワイト企業」(高橋俊介 PHP新書)にも書いてあったけど、
日本では規範的仕事観というべき仕事観があり、
働くことそのものに価値があるというマインドで働いてきたが、

経済的に豊かになることによって、
「功利的仕事観」というような、
なんのために働くのか?
というようなことを問うようになった。

それがあまりにも行き過ぎると、
「やりたいことがないから仕事をしなくてもいい」
ということになってしまうと高橋さんは言います。

あるいは、「やりたいことがわからない」
と言って過度に悩むことになります。

そんなことをまずは実感する授業、あるいは課外活動が
できるのではないか?
比較文化キャリア論的な感じですね。
そんなことをワークしました。

すると、やはり根底にあるのは、
農耕(稲作)と狩猟の文化の違いなのかもしれないと。

「生き方」と「働き方」はセットであり、
「食べ方」と「生き方」もまたセットです。

どうやって食べてきたか?

日本人は2000年もの間、
稲作を中心として食べてきました。

稲作のキーワードは、
定住、前年どおりです。
何しろ、稲は連作が可能で、
素晴らしい栄養価を持ち、保存が効きます。
多くの人がこれによって文字通り「食べる」ことができたでしょう。

狩猟のキーワードは、
移動、新たな試行です。
獲物を求めて、自分たちが移動していき、
狩りの方法も新しいことをどんどん試してみることが大切です。

稲作では、新しいチャレンジは大きなリスクです。
前年どおりにやれば、一定量の収穫は見込める。
にもかかわらず、新しい方法でチャレンジすることは
「奇跡のリンゴ」の例でもそうですが、ものすごいリスクです。

そんな文化的背景を
ご飯を食べながら語り合うっていうのは
なかなかいいんじゃないかなと思います。

「視野を広げる」
というのは、「いろんな職業がある」ということではなく、
坂口恭平的に、世の中を複層化してみることと、
時代の時を超えて、2000年前とか江戸時代とかに
タイムスリップしたり、とか、
国境を越えて、いろんな国の働き方に触れるとか、

そういったことなのだろうと思う。

意外に面白いかもしれないな、比較文化的キャリアデザイン論。  

Posted by ニシダタクジ at 08:12Comments(0)学び

2015年09月17日

子どもにとってはすべての空間がラボ


「じぶんの学びの見つけ方」(フィルムアート社編)

いい本売ってるなあ、上田のnabo.
センスが良すぎます。
もっともワクワクする古本屋さんのひとつです。

nabo.では今週末
「Loppis Ueda」というイベントが開催されます。
http://loppisueda.jp/

連休中の予定がまだ決まっていない方は是非上田へ。
僕も来年は参画・出店したいなあと思っています。

さて、この本。
「じぶんの学びの見つけ方」。

読み始めたばかりなのですが、タイムリーです。
いま、僕が読むべき本でした。

冒頭のCANVAS理事長の石戸奈々子さんと
宇宙飛行士の山崎直子さんとの対談。
これがめっちゃ面白い。

~~~以下、キーワード抜粋

・小さいときって遊びと学びって一体
・遊ぶ中で学び、学ぶ中で遊ぶ
・子どもにとってすべての空間がラボ
・本当は人にとって学ぶことは生きることは同じこと
・いつのまにか学びと遊びが分かれた
・学びは苦痛が伴い、楽しさが失われていく

・どんなことに対峙しても学び続ける力
・学び続けられる伸びしろがあるか

・自分でどうしようもないことはやっぱりどうしようもなくて、
じゃあ自分でできることは何だろうか?と置き換え、
そこに思考を集中させていくと、だんだんと「これはできる」
ということが見えてきて、それを積み重ねるしかない。

・考えて、考えて、考えて、歩いていくうちに、
また見える景色も変わってきて、道も続いていくと思います。

・もしかしたら思い描く道とは、少し違うかもしれないけれど、
歩いている過程でまたそこに新たに道ができているのだし、
それはそれで進んでいったら、どこかで合流するかもしれない道ですよね。

・おもしろそうだと思えるほう、わくわくするほう
・どちらかといえばチャレンジするほうで選ぶ

・私たち大人は、子どもに対して、学ぶ動機を提供し、
学び続ける環境を用意し、あとは見守ることが大切。

~~~ここまでキーワード抜粋

いいですね。
素敵です。
僕にとってのキャリア観や学習観にぴったり来ます。

学ぶことは生きること。

僕はきっと、
そんな環境と機会を作っていきたいのだなあと。

それが僕にとっての未来を創るということであり、
希望とはそういうことなのだなあと。

ハックツもツルハシブックスもまきどき村も
そんなコミュニティになっていくのだろうと思います。

そういう大きな意味では、
2004年にひとりで立ち上げた
「吉田松陰プロジェクト」が
ようやく言語化されてきたのかもしれませんね。

直感を信じる。
迷ったらわくわくする道を行く。
そして学び続けること。

この繰り返しでキャリアは創られていくのではないだろうか。  

Posted by ニシダタクジ at 08:10Comments(0)学び

2015年09月16日

「ボラ活」というコミュニケーション・デザイン



京都駅前にある「学生PLACE+」にお邪魔して、
話を伺ってきました。

コーディネーターの森川さん、
ありがとうございました。

印象的だったのは、
最近の学生の印象。

「成長しなきゃ」
という強迫にさらされているかのよう。

1つのことにコミットできない。
いろいろなことに手を出したがる。

だから、面白そうなワークショップのチラシを
見ても、直前まで申し込まない。
「もっと面白い、(あるいは成長できる)イベントがあるかもしれない」
と思って、申し込みを躊躇する。

それって、
何か脅迫されているなあと思う。
あるいは、
自分の直感を信じられていないかどうか。

あるいはもしかしたら、
「地域と一緒に活動する」動機づけは、
自分が成長できるから、
あるいは端的に言えば就活に役立つから、
なのかもしれない。

京都PLACE+が始めた活動で興味深いのが
「ボラ活」である。

これはもう、ストレートメッセージ。
「就活のための経験としてボラ活」
という、先ほどのマインドを逆手にとった事業。

25時間のボランティアを
地域のNPO・市民団体・ボランティア団体
でやって修了証を出す。

でました。
「修了証」
いかにも就活に役立ちそうですね(笑)。

そうやって、学生を集める。
(定員を超える申し込みがあるという)

しかし実は、
それは「きっかけ」にすぎない。

ボラ活の本質的なところは、
まさに社会人基礎ともいうべき、
コミュニケーション基礎を学ぶこと。
違う世代の人たちと話をすること。

そして、細かなひとりひとりへのケア。
まずは、あいさつや電話の掛け方から
ひとつずつやっていく。
連絡が滞った人には、電話を掛ける。

ボラ活の誕生には、
「ボランティア募集」という情報を見ても、
「学生が気軽にやってもいいのか?」
と躊躇してしまうという人に出会った、というのもある。

だったら、最初から期間限定にしてやってみる。
ということでボラ活が誕生。

冒頭に書いた
「成長しなきゃいけない症候群」にも
対応している。

何よりも、
「自信がない」と思っている学生には、
おばちゃんたちでやっているボランティア団体のような
ゆったりとした流れをもった包容力があるところに
行ったほうがいい。

何も大したことはしていないのに
「来てくれてありがとう」とか
「若い子がいるといいわあ」とか
言われる。

そのことで、自分の存在を認められるように
なるのかもしれない。

いいなあ。
いい仕事。

「修了証」というのは紙に過ぎない。
そこでどんなことを学んだのか?
それを語れるようになること。
そこに意味がある。

「ボラ活」という
コミュニケーションデザインで、
ひとりひとりの小さな自信が芽生えてくる。  

Posted by ニシダタクジ at 06:42Comments(0)学び

2015年09月15日

日本人が定住したのは最近の話だ


「まわしよみ新聞」の陸奥さんと大阪散歩。

名言だったのが、
「日本人が定住したのは最近の話だ」

いいなあ。
そうそう。

日本人が定住したのは
わずかこの2000年だけだ。
そういうスケール感がいい。

もうひとつ、
串カツが流行ったのは、
「二度づけ禁止」というキャッチコピー(?)が
できてから。

さらにもうひとつ。

「10代」というのは、代名詞であって、
10代の若者という人はいないのだから、
そこにどうやって本を選ぶのか?

そこに具体的な誰か、
がいないと届かない。
これはきっと、
金曜日の金子さんの話にも通じる。

高校生にビラを配って初めて、
「彼らが手に取ってくれる本はどんな本だ?」
という問いが生まれる。
きっとそういうことだ。

さて、話は戻って、定住の話。


「食べる日本史」(樋口清之 朝日文庫)

福岡のLUMOで買った本がリンクしてくるのです。
いい流れ。

稲作。
田んぼをつくる。

それはとてもたいへんなこと。
地面を平らにし、
水の入りを確保し、
ずっと湛水していなければならない。

しかし。
米は、世界で最も多収穫性を持つ作物であり、
同じ面積の土地から小麦の2倍のでんぷんを収穫できる。

そしてさらに、保存性。
籾をつけたまま保存すれば、栄養価が半減するまでに
10年もかかり、食用となる可能性は数十年にも及ぶ。
こうして、先人たちは稲作を基本にすることにした。

しかし、稲作によって、
土地に縛られ、また、その保存性によって、
財力というか、支配者と被支配者を生み出していくのも事実である。

こうして、2000年のときをかけて
(もっと早くかもしれないけど)
「定住」は文化となった。

しかし。
それ以前の8000年は、
みな、移動して交流して生きてきたのである。

そしてもしかすると、
今がその境目であり、
定住から交流へと
動いていくときを生きているのかもしれない。

いいなあ、そういうスケールの話、おもしろいです。
陸奥さん、ありがとうございます。  

Posted by ニシダタクジ at 07:25Comments(0)日記

2015年09月12日

仕事とは、手紙の送り主になること

本を出版する、ということ。
出版社を運営する、ということ。

それは本質的に、
「手紙」の送り主になるということ。

サンクチュアリ出版副社長
金子仁哉の話を聞いていて、思った。

いや。
そもそも「仕事」とは本質的に「手紙」の送り主になること
なのではないか。

届けたい誰かに、向かって、
「手紙」を書く。

それをどうやって、届けたい相手に
読んでもらうのか?

読んでもらって、その人の人生が
どのようにハッピーになるのか?

そんなことを考えながら、
「手紙」を書く。

手紙を読んでもらう方法のことを
「マーケティング」といい、
読んでもらって、その人の人生が
どのようにハッピーになるのか、を
「コンテンツ」というのではないか。

暗やみ本屋ハックツは、
そんなことを思い出させてくれる本屋さんなのかもしれません。

10代だけではなく、
働くすべての人に届けたいプロジェクト、
になっていくような予感がした福岡の夜でした。  

Posted by ニシダタクジ at 07:32Comments(0)学び

2015年09月11日

正解はひとつ症候群


「ずるい考え方」(木村尚義 あさ出版)

ラテラルシンキング(水平思考)の本、
なんだけど、事例が面白いので読みやすい。
まだ序盤なのですが、つぶやき多数。

学校教育は、ロジカルシンキング(垂直思考=論理的思考)
でできていて、「複数の答えは存在しない」という前提で成り立っている。

そこで多くの人は
「正解はひとつ症候群」に陥ってしまうのだという。

いやあ、確かに。

ポイントは以下の3つ。

私たちは「常識」に頼り切って「自分で考えること」を放棄してしまう。

常識とは、圧倒的多数の人が正しいと考えている共通認識のこと。

ルールや常識は、すでにあるものをもとにしていますから、
新しいことを始めようとするときには、まったくあてにならないのです。

いいですね。
こういうの。

大学生のとき、いや高校生中学生のときに読みたい1冊です。  

Posted by ニシダタクジ at 08:34Comments(0)

2015年09月10日

約束の場所

思わずブックオフでCDを手に取ってしまった。
「約束の場所」(ケミストリー)

途中でもし死んでしまっても、
ひたむきに夢とむきあえば
きっと同じ未来を描く
誰かが受け継いでくれる

やっぱりここだよね。

2008年からスタートした
「起業家留学」第1期生の奥井さんが
プレゼンのときに使用したBGM。
あれでみんなシビれた。

やっぱり熱く生きるっていいよなあって。

みんな旅立っていってる。

約束の場所で会おう。
未来が待っている。  

Posted by ニシダタクジ at 07:14Comments(0)足跡

2015年09月09日

コミュニケーションデザインで当事者を増やす

ヨソモノ、ワカモノ、バカモノ。
まちづくりに必要な3つの要素。

ヨソモノとは、客観的視点を持ち、宝を発見してくれる発見者。
ワカモノとは、元気いっぱいに動いてくれる実働者。
バカモノとは、アイデアを思いつく発案者。

先週の地域若者チャレンジ大賞北信越ブロック予選の
「農家民宿こずえ」の事例は、
「バカモノになる」と覚悟した梢さんの元に来た
インターン大学生たちが「ヨソモノ+ワカモノ=ヨソワカモノ」
の役割を演じるということになるのだと思う。

人が動くのは理屈ではない。
感情のスイッチを入れること。
そしてそのスイッチは、
自分でしか押すことができない。

「若いモンががんばってるから、いっちょ応援してやろうか。」
となる瞬間をいかに作っていくか?
こういう積み重ねなのだと思う。

梢さんが描いた絵に向かって、
ヨソワカモノであるインターン生が地域で動く。

そうやって気がついたら、
だんだんと地域の人の共感が増え、当事者意識が上がり、
地域がだんだん元気になっていく。
このようなことは起こりうると思う。

新潟市のツルハシブックスやコメタクもおそらくは
同じことが起こっている。

今回はバカモノである私は、
その場から去っていくというコミュニケーションデザインを
したと自分では思っている。

ツルハシブックスはまだ地元から受け入れられたとは
言い難いのだけど、
スタート時点から若い女子3人でやっている「コメタク」は
商工会のみなさんをはじめ、地域にたくさんの協力者がいる。

「よそから来た若者が何かがんばっている。」

という景色は、人の心を動かす。
そしてそれがヨソワカモノの視点によって、
地域の良さが再発見でき、
明治大学小田切先生の言う誇りの再生につながっていくのだと思う。

そんなコミュニケーションデザインを、どう作るか?

一方でそれは、
ヨソワカモノ自身にとっても、大きな収穫の場となる。

足で稼ぐ。
話を聞く。
地域の人に愛される。

それは、圧倒的な承認の場であり、
マーケット感覚を身につける場でもある。
そこから共感が生まれ、
地域愛が生まれ、地域のために何かしたいと思う。

その当事者意識こそ、
これからの世の中でビジネスを創っていく上で
不可欠のチカラなのだ。

地域(田舎)でのインターンは
おそらくはそういう意味があるのだろうと思う。

コミュニケーションデザインで当事者を増やす。

そこに向かっていくのではないだろうか。  

Posted by ニシダタクジ at 06:57Comments(0)学び

2015年09月08日

うまくいかないほうが学びのエンターテイメントとして価値がある

「第二の顧客」
という考え方がある。

主にNPO業界で使われてきた言葉だ。

世の中は、いや経済社会は「受益者負担の原則」
によって成り立っている。
つまり、モノやサービスを受け取る人が払う。
ということだ。

しかし。
たとえば、海外の子向けに学校を建てたい。
という意志を持った人がいる場合、

その子達からお金を受け取ることはできない。
そうすると校舎が立てられない。
国の補助金や民間の助成金なども期待できない。

そこで「第二の顧客」
という考え方が出てくる。

お金を払ってでも「支援をしたい人」がいるのではないか?

こうして、資金(寄付金)を集め、学校を建てる。
毎月の会費を払っている人には、
現地のレポートや子どもからの感謝の手紙が届く。
こうして、支援者は支援をし続ける。
これがNPO業界でいう「第二の顧客」モデル。

これはもはや寄付ではなく「等価交換」だと
僕は思っている。
「人の役に立ちたい」
というニーズに答えている。

土曜日のハックツのプレオープンと、
日曜日のニイダヤ水産からのコメタクミーティングで、
改めて思ったこと。

「第二の顧客」は
次のステージに進んでいく。

「第三の顧客」
それは簡単に言うと「参画」のステージ。
学びのエンターテイメントとして、活動を主体的に楽しむ。

人の根源的欲求。

「人の役に立ちたい」だけではなく、
「学びたい」「仲間がほしい」
に応えられるサービスを提供する。

それはきっとお金を出しても欲しいもの。

暗やみ本屋ハックツは、そんなコミュニティになった気がする。
「中学生高校生に本と地域をどう届けるか?」
という難問を目の前に、みんなが考える場になった。

そう。
うまくいかないほうが学びのエンターテイメントとしては
価値があるのだと気づいた。

なぜなら、それのほうが本人たちの学びが多いから。
それのほうが仲間になりやすいから。

そう考えると。
課題はそのまま資源だ。

その課題が困難であり、かつ「解決したい」と共感するものであるほど、
学びのエンターテイメントとして価値がある。

そこに
「第三の顧客」のコミュニティをつくっていくこと。
そのようなコミュニケーションデザインを行っていくこと。

もしかしたら。
「吉田松陰先生になる」
っていうのは、現代で言うと、そういうことなのかもしれません。

共に学ぼう。
って言えるコミュニティをつくること。

なんだか、視界が開けてきましたね。  

Posted by ニシダタクジ at 06:15Comments(0)学び

2015年09月06日

ハックツという学びのエンターテイメント



10代限定の
暗やみ本屋ハックツが東京・練馬・上石神井に
プレオープンしました。


鹿児島からも本が届きました。
ありがとうございます。

初日は9名の小中学生が本をハックツしました。

暗やみはこんな感じ。


10代限定。

と決めたことで、
お客さんを呼ぶハードルが上がりました。
しかし、
僕は、共感を呼ぶハードルが下がったように思います。

昨年「地下から始まる物語」をつくってくれた
NHKの丸山さんが
本のクオリティの高さに驚いていました。

昨日は11時~17時の営業の後、
「これからのハックツの話をしよう会議」

持ってきた寄贈本を紹介した後で、
これからのハックツの話をした。

水井さんの回数券発行のアイデア、面白かった。
大人が回数券を買って、行って来いって
言って渡すの。

それを地域のお店のおじちゃんとかが
やったら楽しいなあと思う。
その店オリジナルの懐中電灯を作るとか。

僕がいちばん熱かったのは、
高橋さんの
「君を待っていたよ」
と本が語りかけてくるような場所にしたい。

そうそう。
本が語りかけてくる。

かつて本屋さんは、
いや、いまでも素敵な本屋さんに行くと、
本が語りかけてきて、それを買ってしまう。

そんな感性をお客が失ったのか、
ていねいな仕事を本屋が失ったのかわからないけど、
本が語りかけてくる本屋さんは少なくなったと思う。

そういう意味では
ハックツは寄贈者から10代に向けた手紙。
本から出てくるオーラを
感じられるような場所に作っていきたい。

対象者を10代にしたことで、
集客はたいへんになった。

大学生や20代社会人であれば自分たちの
仲間を探せばいいが、
アプローチ方法が見えないからだ。
より地元に密着した活動が求められる。

しかし。
このハードルがあがったことで、
「学び」のコンテンツとしては魅力度を増した。
みんなで知恵を出し合わなければならないからだ。

昨日の朝。小伝馬町にいた。

吉田松陰先生終焉の地。
「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ぬとも 留め置まし 大和魂」
の石碑がある。

29歳のとき。
「小説 吉田松陰」を読んで、
これだ、と衝撃を受けた。

海外渡航の罪で投獄された野山獄において
松陰先生は、隣の囚人を講師に、
俳句教室や書道教室を次々に始める。
すると、一生獄から出られない彼らの目が輝きだすのだ。

吉田松陰先生のようになりたい。
と思った。

僕にとってそれは、
日本を動かすような人を何人も輩出する
「松下村塾」をつくることではなくて、

この野山獄のように、
学び合いの場のデザインで希望を生む。
ということ。

そういう意味では
暗やみ本屋ハックツは、
素敵な学びの場にこれからもなっていくのではないか。

松下村塾の精神でもある
「共に学ぼう」

そんな空間が地域に根付く本屋に誕生することが
僕のコミュニティデザインなのかもしれないな。

運営メンバーの宮本さん海津さん原さん井口くん。
ほんとにありがとう。

これからですね。  

Posted by ニシダタクジ at 07:10Comments(0)日記

2015年09月05日

本日暗やみ本屋ハックツプレオープン




いよいよ本日9月5日。
東京・練馬・上石神井駅南口の
ブックスタマ上石神井店内に、
暗やみ本屋ハックツがプレオープンします。

10代限定。
入場料100円で、
1冊だけ本を持って帰ることができます。

3月まではプレオープン期間なので
毎月第2土曜日のみの営業になります。
3月14日にキックオフしてから半年。

工事のときからだんだんメンバーが増え、
宮本さん、海津さん、原さん、井口くん
の4人を中心にいまは動かしています。
プレオープンまで来たのも4人のおかげです。

そして全国から集まった支援金と本。
たくさんの思いが詰まっています。

「10代」にこだわった今回。

10代にこそ読んでほしい本。
そして本を買うことで始まる地域との接点。
新しい世界との出会い。

本を通して手紙を届ける。
そんなハックツをつくっていきたいと思います。

あと半年。
地元中学生・高校生が集まる本屋を
つくっていきましょう。  

Posted by ニシダタクジ at 03:42Comments(0)日記

2015年09月04日

順列組み合わせとしての人間


「ニートの歩き方」(pha 技術評論社)

いつか読もうと思っていた本。
上田の「ことば屋」さんで発見しました。
さすが、ことば屋。

上田には、
「ことば屋」と「nabo.」という
2つの素晴らしい古本屋さんがあって、
どちらも行くと買ってしまいます。

この前も
ことば屋で2冊、nabo.で5冊購入。

本当は空間も素晴らしいので
ゆっくりお茶を飲みながら、
と行きたいところなのですが、
今回は時間なく、旅立ってしまいました。
その中の1冊。

すごいていねいに
「ニートの暮らし方」が書いてあります。

いいなあ。
こういうの。

「隅田川のエジソン」と並んで、
価値観をタテに広げてくれる本です。
こういうのを10代のうちに読んだほうがいいですね。
学校図書館に入れてほしい。
難しいかもしれないけど。

なんていうかこういう
「生き延び方」を書いてある本って素敵だなあと思います。

ひとつだけ引用

~~~ここか一部引用

著者は、「自己責任論」について、
おかしくないか?
厳しく問いかける。

「普通に頑張ればなんとかなる」のではなく、
人生は初期設定で大きく変わる。
「機会の平等」はこの国では現在、成立していない。

「学問のすすめ」で語られた、

「士農工商の身分はなくなったけど、
世の中には豊かな人と貧しい人がいる。
その差は学んでいるかどうかだ。」

というのが近代社会の精神となっている。

著者は「自己責任」は半分くらいで、
頑張った人は良い暮らしができるとしても、
頑張れない人が最底辺の暮らしに落ちたり
死んだりするべきじゃないと主張する。

頑張れない人や頑張りたくない人でも
健康で文化的な最低限度の生活は
保証されるべきだ。

社会とか国家ってそういうことのためにあるはずで
個人の結果をその人が全て負わなければいけないのなら
社会や国家などの共同体がある意味はないだろうと思う。

こうして、
ブログタイトルにある「順列組み合わせ」の話になる。

「僕自身が何かをやってうまくいったときにいつも思うのは、
この成功は別に自分がすごかったからではなく、
たまたまその場所に自分がいたからというだけにすぎない、
ということだ。そこでも自己責任の割合は半分くらいに感じている。」

「それがうまくいったのは、僕が運良く事故にもアクシデントにも合わずに
生きてこれて、ほかの国ではなく日本に生まれた、というような
自分にはどうしようもない原因のせいだったりする。」

「また僕がたまたまAという土地で育って
Bという知識を持っていて、
CやDやEという知り合いがいて、
Fという土地に住んでいて
Gという趣味を持っていたという、
その組み合わせが偶然うまくいったに過ぎないということをよく考える」

「それは単にAからGまでの要素の偶然の組み合わせだ。
その成功の理由は自分が優れているからではなく、
そこにいた人で、AからGまでをすべて持っていたのが
自分だけだったからにすぎない。
同じ要素をもっている他の人がいれば自分と交換可能なんだなと思う。」

「AからGを持っていれば、
自分じゃなくて他の人でもよかったけれど、
自分と同じ場所にいたほかの人は
AからFまでは揃っていたけど、最後の要素が
GじゃなくてKだったとかQだったとか、
そういう微妙な配列の違いによってそれぞれの人生が展開していく。
それは自分が頑張ったせいというよりも、単なる偶然の結果だと思う」

~~~ここまで一部引用

人生は順列組合せ。
そうかもしれないなあと思う。

人生で起こるすべての出来事は
この1つの要素に過ぎない。

こういうふうに考えて、
人生の経験ひとつひとつを
「要素化」するっていう思考は
役に立つかもしれない。

人生はそんなふうに組み合わせのアートなのだなあと。

視野を広げる本にまたひとつ出会いました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:43Comments(0)日記