プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2020年03月08日

僕は何のためにこの船に乗ったんだっけ?

3月5日6日、全国公営塾ネットワーク会議。
コロナウイルス騒ぎのため、オンライン開催。
zoomににらめっこしながらの会議は
初体験だったけど、時間はあっという間に過ぎた。

1日目のグループセッション

【M高校】
・「地域みらい留学」で初年度17名入学希望
・「地域みらい留学フェスタ」で募集して、メールでフォローアップ
⇒学校見学と現地見学ツアーを開催。
・現地ツアーはクイズなどエンタメ性:楽しそうな雰囲気を出すこと
・まずは先生方のニーズ把握して学校の負担にならないように。

【Y高校】
・定期テスト後の「KPTA面談」
・3つのグループに分けて、指導する。
・会議を工夫する(月曜日の進捗報告、月に1度の問題解決会議)
⇒ブレスト、議論、対処、検証
・スタディサプリを活用した反転授業

【ポスターセッション(黎明学舎)】
・親との関係性
1 公営塾の活動内容、目的について知ってもらう(ニュースレター等)
2 本人との対話時間をさらに強化していく。(KPTAふりかえり等)
3 学校との関係(保健室、カウンセラー、ソーシャルワーカー等)

【講演(N高 園さん)】
・汎用性に寄せるか、特殊性に寄せるか
★ネット時代のコラボレーションスキルの育成

・高校(と地域)の境界線があいまいになっていく
・コーディネート:「越境」+「コーチング(ふりかえり)」

・コーディネーターが第3者であるほど言いやすい
・高校卒業の先に何があるのか?を学校が定義しなければならない。
「学び方」は、あり方、生き方の問題。美しく学ぶこと。

【分科会(教育目標について)】
・2022年学習指導要領の改訂:「探究的学び」が前提となる。
★探究だけではなく教科も社会との接続を考えないといけない。
大学入試という直線的なゴールに向かっていけばいいという時代の終わり。
⇒すなわち、学習到達度が単一の指標で測れないことを意味する。
⇒だとすれば、今やっている学び、これからやろうとしている学びが目標に向かっているのか?常に検証する必要がある。
⇒仮説としての目標設定だから短いスパンで見直しが必要。
⇒だからと言って、目標を立てなくてよいわけではない。目標を立てなければ、たくさん湧いてくるアイデアや地域からの要望に対して取捨選択できない。

【分科会2(N高と地域全日制)】
・「個別最適化」というキーワードに対して、N高の総拘束時間は300時間。全日制高校の拘束時間は10倍の3000時間。
・「やりたいことがある」人にはN高に最適。
★「個別最適化」時代に、全日制高校(あるいは地域)の役割は?

★「存在承認」をどのように得ていくか。
「やりたいことがある」と「主体性がある」って違うのではないか?やりたいことは特にないけど、「他者や構成する場に貢献するスタイル」の主体性っていうのがあると思う。さらに言えば「手段として学ぶ」っていうのと「機会として学ぶ」の違いか。

★ふりかえりを「評価」の場ではなく「承認」の場にすること。
「評価」と離れたところで「ふりかえり」ができるかどうか。「評価」を前提としたふりかえりでは、ふりかえりができない。だからこそ、第3者としての(評価者ではない)コーディネーターが必要。「評価」と「ふりかえり」を切り離せるかどうか、は、質の高いふりかえりにとって重要。主体性があり行動できる2割ではなく、才能も自信もない8割の子がどうやって生きていくか?を場のチカラでデザインできるかどうか?存在承認を得つつ、アイデンティティをチームや場や地域に求められるか。

【アクション】
・「個別最適化」ができることをアピールする(中学校の説明会等)
・「こういう人に合ってます」をアピールする(ワークショップスキル・マインドを学べるなど)

・「地域みらい留学」:ブースでの楽しさ演出→連絡先をとる
⇒メールでのフォロー
⇒学校見学と現地見学ツアーの企画をする。
⇒エンタメ性の高い説明・ツアーをつくる。

・「楽しそうであること」が伝わるパンフレット、ウェブ

★「公営塾まつり」的なオープンデイのイベント検討。(ひとはこ古本市とか)
・大学希望者みたいなコミュニティで集まって相互刺激をあたえる。
・「音楽」など言語・数字以外のコミュニケーションを強化する。

・面談にワークシート導入する
・大学進学、就職・専門学校など、「個別最適化できる」ことをアピールする。

・親との関係づくり:ニュースレター、本人との面談、学校との関係を強化する。
・N高とのコラボレーションが可能か検討する。

・コーディネート:「越境」と「ふりかえり」:評価を離れた商人の場をつくる

・教育目標の設定のとき、意識すること
なぜ、目標を立てるのか?⇒取捨選択できるため。
学校卒業のその先に何があるのか?
短いスパンで見直す前提で設定する。

・C目標(必達スキル、あいさつなど)⇒B目標(3年間で身につける力)⇒A目標(将来そんな人材になってほしい)というのができていること。

・地域にある全日制の意義についてまとめる

・「存在承認」について、「評価」「承認」「ふりかえり」をキーワードにあらためてまとめる。

~~~ここまでまとめ

次のアクションにつながる2日間のインプット。

今後のアクションとして

1 公営塾としてのスタイルと生徒、学校、地域とのコミュニケーションデザイン
2 教育目標などビジョンの策定のスタイル、決める内容の決定
3 そもそもの地域全日制高校ができること(N高との違い)を問い直す

このあたりをやっていこうと思う。

気づいたこととして大きかったのは、
・「楽しそうである」と、右脳に訴える告知方法をもっと考えること。
・「学び方」と「あり方、生き方」が直結しているということ。
・コーディネートとは「越境」+「ふりかえり」。ふりかえるためには「評価しない」第3者が必要。
・教育目標を何のために立てるのか?⇒先のわからない時代に向けて、仮説を設定し、事業を取捨選択するため。
・地域にある全日制はなぜ必要なのか?⇒「個別最適化」には場としての地域が必要なんだ。

いい問いをもらいまくる2日間でした。

事務局のみなさま、全国のみなさま、
素晴らしい学びをありがとうございました。

会議後、北千住・ブックスナックで
「ちいさなゆうびんせん」のお披露目。
2年半越しの絵本の第2弾の完成。



げんさく にしだたくじ
ぶんとえ たかやりょうこ

素敵な作品ができました。

この本が問いかけるメッセージは、
「僕はなんのためにこの船に乗ったんだっけ?」

そんな問いに迫るような2日間のネットワーク会議だったし、
ブックスナックでたくさんの人に見てもらえてよかったです。

吉満さん、すてきな発表の場をありがとうございます。
藤原(弟)さん、今年中にあらためて印刷相談に行きますので待っててください。



  

Posted by ニシダタクジ at 14:58Comments(0)日記

2020年02月25日

差別化や資源化ではなく

SCHシンポジウム2日目@東北芸術工科大学

昨日のすさまじいインプットの嵐をなんとかアウトプットして迎えた二日目。



晴れた空。(芸工大からの眺めです)

2日目。
とんでもない衝撃が待っていました。
長野県教育委員会事務局 高校改革推進参与:内堀繁利さん。
放つ一言一言に、実践者の重みと思いがあった。

僕は今まで、何をして、何を考えてきたのだろうか?

・他の高校と、どうやって「差別化」するか。
・ネットN高と違って、「全日制」で、かつ「地方」で、何ができるか。
・まちの資源や課題をどうやって「教育資源化」するか。

そんな浅い問いたちを一蹴してくれた講演だった。

そもそも、何のために高校教育はあるんだっけ?
だれの幸せを願って、あなたはここにいるんですか?
あなたがそこにいる意味はなんですか?

胸の奥底にある、そんな問いを掘り出されるような、えぐりだされるような、そんな時間。

~~~以下メモ

長野県教育委員会高校改革~夢に挑戦する学び~
https://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/koko/gakko/saihen/joho/manabinokaikaku.html

長野県は教育先進県と言われる。
そのベースにあるのは「学びと自治」

長野は長野市一帯の北信、松本市一帯の中信、上田市一帯の東信、飯田市一帯の南信
と4つの地方が大きく分かれていることもあり、教育のカタチもそれぞれの学校の自主性に任され、
・全人教育
・子ども中心主義
・子どもへの信頼に基づく教育
をキーワードに進められてきた。

そんな中で
白馬高校(デュアルシステム、高校生ホテルなどの事例)
上田高校(3つの探求、3つのフィールドワーク、3つの海外留学)
などの取り組みが生まれてきた。

教育委員会の役割
1 少し前を歩く
2一緒に歩く
3背中を押す
具体的であること、イメージが沸くこと。

全ての学校を特色化・魅力化していくこと。
学力のモノサシ以外で測ること。

新「でも」「しか」
ウチ「でも」やれるかも。真似してやってみる。
ウチに「しか」できない。やるしかない。

【探究の仕方を学ぶ】
問い・好きから始まる「課題設定」→情報収集→アクション(行動)→整理・分析→まとめ・表現→課題設定
※探究の質を上げるには「問い・好き」と「アクション(行動)」が不可欠。
★探究の質を高めれば生徒が変容する。

ただ活動しているだけではなく、それを深めること
アカデミック・エリートとストリート・エリート。
どっちも必要

★「テーマ」から「問い」へ★

・「社会課題」:最初は教師が示さないと始まらない
・「+α」:SDGs、理数(SSH)、地域(地元)等学校特有のテーマ
・「生徒自身の興味・関心」
の3つの真ん中に課題探究テーマを設定する
→行きつ戻りつ「テーマ」を具体的な問いに落とし込む中で生徒が自分と向かい核心を見出す。
★探究活動が主体性の発揮と共に進行すればそれはキャリア教育になる。

杉並区:特定の課題に対する調査H30より
https://www.city.suginami.tokyo.jp/seibi/1022531/1033738/1033745/index.html

主体性:
私たちは、自らの学習者としての経験を省察することで、主体性が発現する最も本質的な要素が個別に「選ぶ」ことにあり、自身で選んだ課題や方法で学びを深めるからこそ深く探究に「浸る」のだということを、いま一度思い起こさなければなりません。

★高校間連携、高大連携、地域との連携の推進
~1つの学校やこれまでの学びの概念を越える~
・高校間連携による、合同授業、公開講座、教員の相互授業、単位互換等の検討
・高大連携プラットフォーム(県教委・知事部局共同設置、県内大学参加)
・地域協働プラットフォームの構築(モデル校・再編統合校でスタート)
・地域協働連携室の設置(空間デザインの一環として)
・文部科学省・それ以外の中央省庁や企業とのタイアップ
⇒どこの高校にいっても、他の高校や地域の教育プログラムに参加できる、単位互換する。

★長野県の高校改革が目指すもの:学校・教育の意味や価値の転換と新たな学びの指標の設定を行う。
教員(指導者)主導の「教育」→生徒(学習者)主体の「学び」
学校に閉じた箱の中の「お勉強」→社会と一体的で、Actionを伴った、市民としての「学び」
集団を成立させるための同質的な個の育成→一人ひとりの存在やいのちから立ち上がる多様な自立した個の尊重
うまくいくこと、闘って勝つことの追求→チャレンジすること、失敗することと共に考え創ることの推奨
Equality (平等)の提供→Equity(公正)の提供
同調圧力により、いることがつらい場所→自己開示や対話により学びを深められる、楽しくて、行きたい場所
他者との比較による相対的・偏差値的評価→構築した自分軸に基づき自分の成長が実感できる指標
個が集団の使いなのではなく、集団が個の使いだ。

そして、内堀さんが上田高校高校生に向けたメッセージが熱い。

前例踏襲→「常識」を疑うこと、新しい発想、新しい価値の創造
時代・社会に適応する力+新しい時代や社会を創造する力を身に付け
「当事者意識」を育み、それを持ち続けてほしい。

・自分の人生を生きる当事者として
・学校を共に創る当事者として
・社会の一員(市民)としての当事者として
・新しい社会を創り次の時代につなぐ当事者として
一人ひとりが新しい時代や社会を創造する力と意思を持つことが大事。

特色化・魅力化は何のため?
偏差値とか点数以外の軸を作りたい。
★もうひとつの軸をつくる
ひとりひとりの生き方を大事にする。

思い当たることは全部やる
まずは子どもたちの変容を見せること。
エビデンスなしに好きなことを言わせない。
そして根気強く対話をすること。

2-8の法則。(ティッピングポイント)

「生徒一人ひとり(の学び)を本当に大切にする」の徹底追究

★生徒個々が自分のペースで行う生徒主体の「学び」
・Edtech、自立的学び等による個別最適で主体的な学び
・BYOD、ネット活用等による、いつでもどこでも学べる環境
・教員の役割は、ティーチャー(教授者)からファシリテーター(調整促進者)・伴走車へ。

★生徒の「リアル」から始まるワクワク感のある「学び」
・興味関心や身近な問題意識からスタートし、必要な知識を習得する逆方向の学び
・課題や発見に溢れ、学びと学ぶ意欲がリンクする、リアルな学び

★社会と一体的で、多様な人々と協同する「学び」
・学校、地域や社会などすべてが学びのフィールド、校内外のすべてが学びの協同者
・社会課題に向き合い、市民性を育成する「探究的な学び」「信州学」、PBL、STEAM

これらの土台に「多様性を受容し、失敗を許容する環境」がある。
(哲学)対話による内省、自己肯定感、学ぶ意欲の向上、同町圧力の排除

~~~

ここまで内堀さんの講演。
なんというか、気迫に圧倒された。
さすがSCHシンポジウム、プログラム企画者すげーなって。
このタイミングでこれか、って。

その話を受けて、
「学びの土壌に対して教育行政は何ができるか?」のフィッシュボール(金魚鉢)ワークショップへ。

【岡山県和気閑谷高校、香山真一校長】
1995オウム真理教事件→教育への疑問
偏差値上位の大学にこのまま送り込んでいいのか?

2007学力調査に参加しない犬山市の事例
→集団のために個人があるのではなく、個人を育てるために集団が必要である→協働することで個人を育てる

「自分の尺度で生きていく人をつくること」
「仲間(多様性)の中でどう力を育んでいくか。」

世界がそちらに向かっている→教育の方向性に対する信頼
先生方の純粋な部分を掘り起こす。
「学校」は慣性が強く働く:☓ビジョンなくても進んでしまう 〇変えてしまえば回っていく。
★先生方が若いこと。

ワザとして、
・先生方にひたすら情報を共有していく
・先生方から選択肢へのアドバイス聞いてみる

和気閑谷高校:子どもたちからどうやって学びを得るか?
全日制でもトガった子が自由に学べる仕組みが作れないか?

小国高校:生徒に動かされて先生が変わる
阿南高校:ノーサイン野球を授業でやったらいい。
★生徒のパワーで学校を動かしていく。

じゃんけんぽん理論(大槌・菅野さん)
NPO(グー)と学校(パー)の関係は
チョキの関係を持ってる第3者との関係によってよくなる。
地域のじゃんけん構造を理解し、そのボタンを押す。

行政=言葉がすごく大事
まち全体の中で教育がどう位置づけられているのか?
総合計画を読むこと(教育大綱→総合計画)
「政治」もやっていく。説得材料はエビデンスだけじゃなく人(生徒、大人、熱意)

大正大学・浦崎先生「タイムマシンに乗っているようだ」
浦崎レポート「住んではいけない」(笑)
高校を核にしてどんな地域をつくっていくか。そこに投資できるかどうか?

ひとりで全部できない
飛騨市学園構想:大人の探究活動の授業案。
探究:誰もゴールがわからない:正解のないゴールに向かっていく。
みんなで対話しながら進んでいくしかない。
行政が3.0のままでは成り立たない
★学校は探究的学びが必要だが行政も探究的学びが必要
「ああいう子を育てたいよね。」っていう共通認識

コミュニケーションデザイン=政治 ※決済できる人を連れていく⇒見てもらう。
コーディネーター=通訳は短期的には必要だが、長期的には対話の場で解決する。

【ランチタイム】
地域系部活動について
同世代からの刺激は大きい。
自分の好きなことを学べる環境(好きを深める)=自分たちがまちの中に起こすプロジェクト

「自分の学校生活を自分でデザインする、したい人」
〇〇デザイン同好会(仮)でスタートする。
※中学校にもポスターを貼る

成功や失敗を評価するんじゃなくて、活動そのものを承認すること。

【ふりかえり】
・「学びの土壌」をつくる=学びの生態系をつくる
・生徒も先生も学校も行政も相互に作用しあっている。
・2日間の学び、「自校」「他校」とか「ネット」「全日制」とか2項対立ではない第3の道
・「計画・実行」と「とりあえずやってみる」の2つを使いこなせるようになること
・学力だけのモノサシじゃない、もうひとつのモノサシをつくる
・アカデミックエリートとストリートエリート。ストリートエリート+本(読書)がいいのではないか。
・学びの伴奏者、俯瞰者としての本
・「地域軸」「自分軸」だけではなく、+α(切り口)という3軸の真ん中に「探究」をつくること。
・「社会が学校を変えるのではなく、学校が社会を変えるのです」
・「対話」しながら前に進むこと、一段一段上がること。

~~~ここまでメモおこし

そしてふりかえりのシェア。



ここでも小国高校の生徒たちが炸裂した。

・先生を操り人形にする
・新人(転勤)教員研修として「あなたの番です」→「あなたも変です」研修をやる

ラストは、
「カリキュラムを変えたい」と言っていた。さすがにウケた。

SCHシンポジウム5年間の歩み。
5年間には想像も付かなかった世界が目の前にある、と浦崎先生は言っていた。
高校改革のプレイヤーが高校生自身になっている世界がそこにあった。

芸工大コミュニティデザイン学科の岡崎学科長も、
今回のテーマ「高校生も大人も変態できる学びの土壌づくりとは?」に言及。

実行委員の学生が言っていたという。
「先生、サナギって中で何度もドロドロに溶けちゃうんですよ」

そっか。
変態ってそういうことか。
今ある形を残したまま、変わることはできない。
いったん今のアイデンティティを捨てないといけないのかもしれない。

SCHシンポジウム初参加。
衝撃ばかりの2日間だった。
特に2日目の内堀さんの話に。

「他校との差別化をどう図っていくか?」
という問いにひたすら向かっていた僕は、ガツンとやられた。

そうじゃないだろ、もっと先を、未来を、そしてひとりひとりの生徒たちを見ろよ、と。
ごめんなさいって思った。

もっと先を、未来を見て、そこに向かっていくこと。
あらゆる周りの人たちと「対話」を重ねていくこと。
周りの人たちと協働し、未来をつくっていくこと。

いいものを見せてもらった。
残された時間はあまりないけど、ここから登っていくしかない。
まだ見えない雲の上に、さらに高い頂上があるのだろうけど。  

Posted by ニシダタクジ at 13:07Comments(0)日記

2020年02月24日

対話的アプローチから始まる「土づくり」と高校魅力化

SCHシンポジウム1日目@東北芸術工科大学。

芸工大コミュニティデザイン学科発の高校×地域の一大イベントに初参加。

大槌高校のビジョンづくりの話に度肝を抜かれ、
その後の懇親会でチームカタリバのすごさを実感した。

オープニングを飾った
小国高校の「ワークショップマインド」について考えさせられ、


大崎海星の取釜さんがやってきたこととか、
まちづくりと高校魅力化の関係とか。
教育学っていうよりは経営学っぽいこと。

激しいインプットの嵐に2日目に行けなそうなので、
ここにアウトプットしておきます。

~~~ここからメモ
オープニングキーワード「変態」

どんな高校生に「変態」してほしいか?
・「価値」を自ら決められる
・新たな「価値」を他者と協働して創り出せる

卵から幼虫、さなぎ、成虫へ。
脱皮を繰り返して変態していくこと。

幼虫がさなぎになるために
適切な環境(土壌)が必要
人間が変態するにも
「学びの土壌」が必要

【大正大学浦崎先生】
自分らしく地域とかかわっていける高校
感じて、問いを立て、意味を味わうこと
問いには「感じること=感性」が必要
「感性」=「個性」

マイプロ→「ジブンゴト」化できるか。
普通科は普通か?
藩校改革の時代。平安貴族から鎌倉武士の時代。
大船渡高校の国公立推薦合格者数。

探究と教科との連携。
全ての高校生にマイプロを。
誰がいつアプローチしたら誰にどこまで届くのか?

教育を自動車に例えると
学力低下→パワーダウン
その自動車を一生懸命押していないか?
自動車を自走している状態にしないと。
燃料は知的欲求

【小国高校】
「全国高等学校小規模校サミット」から
生徒が、先生が、地域が変わった。
全国から18校60名が参加。
やったことがない→やってみるへ

モチベーションが上がったのは
「人とのかかわり」があったとき。
20の役割を個性に合わせて分担した。

ファシリテート研修で学んだこと
・Yes,and
・名前を呼ぶ
・話の量を均等にする
・自分から意見を出す

1 雰囲気づくり
2 やっている様子の観察
3 一緒にやってみる

安心・安全の土壌⇔対話の土壌
「Yes,and」というコミュニケーションから。

指導者から支援者へ
試行錯誤は楽しいこと、かつ「探究」そのもの。
提案!「ゼロからやろう」を見つけて仲間とやってみよう

★楽しくなきゃ学びじゃない

★保健室の相談内容が変化した
自信の無さ→プロジェクト相談へ
★前年度を踏襲しない

やってみた→実感した→ふりかえった→問いが生まれた→分析した

「小国高校だからこそできる」
コンプレックスが誇りに変わる瞬間

【阿部剛志さん】
「学びの土壌とは何か、なぜ必要か?」
https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2019/11/seiken_191122_3.pdf

「何を、どのように学ぶか」より
「誰と、どのような環境で学ぶか」が重要

生徒にとっての学びの環境
「家庭」・自宅の環境・親の資本(経済、社会)
「学校」・校訓伝統・友人の意欲・教職員の資本(社会)
「地域」とは?

高校生はなぜ「変態」できたか。
・周りの雰囲気
・大人に出会えたこと

地域に必要なこと=学びの土壌←率先垂範

挑戦の連鎖を生む「安心・安全の土壌」←大人の主体性
協働を生む「多様性の土壌」←大人の協働性
問う・問われる「対話の土壌」←大人の探究性
地域や社会に「開かれた土壌」←大人の社会性

土壌上位×課題探究なしのほうが
土壌下位・課題探究ありをはるかに上回り
地域学習なしでも大人の橋渡しありで
地域学習ありで大人の橋渡しなしと同じほどの成長が見込まれる。

まとめ
・「何を学ぶか?」と同等に、「誰と学ぶか?」や「どのような環境で学ぶか?」が生徒にとって非常に重要
・授業や課外活動などという方法を通して、大人が生徒にどう関われるか?どういった学習環境を用意できるか?が重要
・学習活動と学びの土壌を合わせて考えると、生徒の能力認識や行動実績の結果を理解する手掛かりになるかも?

「授業づくり」(何を学べるか、どのように学べるか:明示的なカリキュラム)と
「土壌づくり」(誰と学べるか、どのような環境で学べるか:隠れたカリキュラム)を同時に進めないといけない。
土壌づくりは「Yes,and」から、つまりまちづくり、コミュニティデザインと同じ。
よい土づくりができているところは10年以上ブレずにやっている。

質問:具体的場所は必要ないのか?
答え:場とは「人の存在」「機会」「雰囲気」だからそれが作れるなら具体的場所は不要

コアチームは3~5名でつくる、始めていくこと
活動と学びの土壌づくりをぐるぐるして、変態するアウトプットを出す。

~~~ここまで午前

午後のスタートに2日間で探究したいことは?という問い。
僕は、大崎海星の授業→公営塾→部活と地域プロジェクト
みたいな設計とそのアプローチについて、と書いた。

【午後の部① 津和野高校】



ふるさと納税のページ
https://www.furusato-tax.jp/gcf/627

テーマはコンソーシアムづくりについて。
スーパー事務長、藤原さん素敵だった。
あれは生徒たちも寄っていくよなあと。

津和野は人口7,400名
高校1
中学校2
小学校4
出生数 40
と阿賀町とほぼ同規模。

2013年の155名をボトムにV字回復している。
探究活動によって、
慶応大学、東大、立教などAO推薦での合格実績がすごい。

コンソーシアムの現状
共通の目標「探究的な学びを実現する」

なぜコンソーシアムをつくるのか?
→コンソーシアムは目的じゃない
→なぜあなたの地域でコンソーシアムが必要なのか?
→コンソーシアムは手段であり、作ることが目的じゃない。
→津和野が抱える課題を解決する手段としてのコンソーシアム。

津和野:コンソーシアムという一般財団法人設立。
町から300万円

高校魅力化の成果
・課題解決できる人材の育成:部活動、マイプロ、総合学習、地域活動参加
・多様な進路選択への支援:町営塾の推薦入試支援、難関大への進学者増
・新たな人の還流への期待:全国から入学者の増加、関係人口の増加、知名度の向上

魅力化の課題
・継続・持続性:人材の確保、留保難、属人的コーディネーター依存(他者との関係性・繋がり)
・連携する仕組み:町内の企業・団体が抱える資源・課題と高校の資源・課題間が未接続、高校の活動が限定的
・長期的視点・ビジョン:高校魅力化と町の未来の接続、定住政策や市民の社会参画、生涯教育や福祉・子育てへのリンク

次に行くには、共通した未来を描き、持続可能にする仕組みが必要。

事例:センセイオフィス
スイスの家具メーカーと協働し、職員室のレイアウトや家具を刷新した新職員室
①高校の教員といつでも対話できる雰囲気がすでにあった。
②働き方について一緒に考えるチーム編成・さらなる対話
③環境や空間が変われば、人の気持ちやコミュニケーションが変わることを共感

・環境を変化させたことによって、対話やコミュニケーションが加速する
・個人の中に新たな視点が働き方やハード面への理想が生まれる

今後のコンソーシアム:数年かけて耕していく。

生徒主体の幅広い活動も増加
・総合的な学習の時間内で行なってきたプロジェクト型学習
・生徒主体で始まったマイプロジェクト
・地域系部活動・グローカルラボの地域活動

生徒や町なかから生まれた様々な活動
それぞれに役割があり、補い合ったり、協働することもできる。

お互いがつながり、機能を持つことで新たな視点や見えてこなかった課題を
発見できるそれに対して探究を行なっていく。
コンソーシアムが学びの土壌の質を高め、まち全体が学びの場になる。

連携の場所、交流の場所をつくる:小さなプロジェクトを回す
⇒バームクーヘンの少しでも内側へ。

~コンソーシアムでできることはまだまだ模索段階であり、変態する~

地元の人達が、高校が、町が、どんな子どもを育てたいのか
そのためにどんな町でありたいか、
それをずっと長く続けるために、いま何をすべきか、
子どもたちが笑顔でのびのびと育つ町ってどんな町だろうか
みんなが笑顔で楽しく暮らせていけるにはどうすればいいか。

一部の決まった人たちが一部の決まった場所で一部の決まった形で考えるだけでは
それを為すことはできない。閉じられた世界でなく開かれた世界にこそ魅力的な教育や
町づくりがあるのだろうと、そうした気づきの先にこの地域・教育の魅力化の流れがあるのだろうと思っています。
(津和野高校事務長 藤原健司)

↑かっこいい
校長じゃなくて事務長っていうのが熱いですよね。

事務長は1年目。自分が使える人だと思ってもらえるか?ということを考え、
まずは寮のお風呂の改修をうまいことやる。
「あの手この手」で、って「政治」のことですよね。
「政治」が得意なやつは政治をやればいいんだ。

それも対立しないで、一緒にやるということ。
やったらこんないいことあるよ、ほかのところにもってかれてもいいの?
みたいなコミュニケーションデザイン
ツルハシブックスで目指した「2段階支援」が理想なのかも。

【午後の部② 飯野高校 梅北先生】



探究の時間の探究:生徒も先生も変態
宮崎県えびの市
H21:90名/120名定員
H26:70名/120名定員
飯野高校は何のための高校だろう?
高校教育は何のため?

他地域の先進事例を見に行った
探究によって学校、地域が変化している
→飯野高校も探究を軸に。

「違和感」勉強だけじゃないんじゃないか。

パーソナリティ特性(溝上慎一先生)
http://smizok.net/education/PDF/PDFa00034(personality5).pdf
社会適応できる→勉強だけではない。

学校と社会を分けるのではなく、学校を社会の中に入れてしまう。

飯野高校の探究プロセス
テーマ設定・(企画)→フィールドワーク・調査分析・(企画)→実践→リフレクション→最初に戻る

実践型課題解決活動
「教員が主体的に」+「チームとしてやる」
※コンテンツを入れるだけでNG

「一緒に学ぶ」:教師自身の幅も広がる
なぜ地域?なぜ探究?
「シフトチェンジ」が起こる。子どもたちの表情が変わる。

「つなぐ」→「出す」→「ふりかえる」
★「認める」:ひたすらに認める。

えびの未来カフェ→大人たちが認めてくれる場所
「承認」されること。

社会現象を自分が変えられるかもしれない。
探究コース50%(総合20.0%、生活文化38.1%、全体37.8%)

他校を見に行ってやってみる:いつのまにかオリジナルに変化している。

3年C組の生徒
「飯野高校は何でもチャレンジできる学校です。先生がチャレンジを受け止めてくれる」

魅力化コアチーム会議:年5回

グローカル学習サミット:主催者は勝手にふりかえっている
★ふりかえりの文化を作ること:ふりかえるものだって体が思っている

探究と進路:ふりかえりによって。何をどう感じたか?

これから:
・教育課程のさらなる工夫
・探究的な学びの評価の在り方
・探究的な学びの蓄積の在り方
・地域支援者(協力・伴走者)への配慮と協働の在り方
・地域をフィールドにした持続可能な探究的学びの在り方
・探究的な学びの広報・発信の在り方

【午後の部③ 大槌高校のビジョンづくり】



1 大槌高校魅力化構想
2 探究「三陸みらい探究」(文科省事業)
3 コーディネーターの配置(カタリバ)

魅力化ってなんだ?
どうすれば魅力化できるか?
魅力ある学校はどんな学校?
我々はどこにむかっているか?
→ゴールが見えない→ビジョンが必要

ビジョン:魅力化構想骨子を半年かけてつくる。

ステップ1 育てたい力&人物像(生徒・教員・地域の意見集約)
ステップ2 そういった人材を育てる大槌の風土(大槌の魅力あるリソースは何か)
ステップ3 魅力化構想コンセプト(全国募集を意識したキャッチフレーズ)
ステップ4 めざす学校の姿(どのような学校をつくりたいか)

コンセプト作成の観点
・地域がその目標に向かって協力したいと思える(この地域だからこそという側面)
・町内の生徒が進学したいと思える
・全国の生徒が進学したいと思える

「大海を航る 大槌(ハンマー)を持とう」
・自立:意志がある→自らの志を深め、物事を探究する意欲を持ち、主体的に行動できる人
・協働:仲間と共にある→世代や地域、言語が異なる人との交流を通して、違いを超えて共創することができる人
・創造:逆境から創り出す→しなやかな心を持ち、新しい価値を創ることができる人

・海:地域→高校生が地域から受容されていると感じ、地域と積極的に関わろうとすることを応援する地域性
・空:希望→異なる他者との対話を通して、願いや志をより鮮明にし、高校生自身の生き方を見直す機会
・山:多様性→異なる個が尊重され、多様な価値観を持つことが許容される地域性
・風:挑戦→他社の挑戦に協力し、それぞれの挑戦が肯定・応援され、失敗が許容される地域性

学校の目指す姿
1 生徒一人ひとりの目標が応援され、それぞれがもつ強み(大槌)を見つけられる学校
2 未来社会に生きる力をつける学校
3 多様な価値観で多様な個性を支える学校
4 地域が学びを育て、学びが地域を育てる学校

★生徒と教員と地域のあいだにビジョンをつくること。

5月:魅力化全校集会(生徒)
5月:教職員魅力化検討会(教員)
7月:魅力化構想懇談会(地域:生徒含む)
9月:第2回全校集会:なりたい人物像を問う
9月:第2回教職員魅力化検討会
10月:全校集会で投票
11月:教員と地域で再検討



大きく「自分」「他者」「未来」に関することが出てきた。
「自分」:何事にも一生懸命な人、ポジティブ
「他者」:思いやりがある人
「未来」:向上心がある人、行動力がある人
→計画へ

〇〇たれ(例:ふたば未来高校「時代の変革者たれ」)ではなく、
〇〇を持とうは、生徒自身がかかわり、対話から生まれた感がある。
上からではなく、下から、協働してつくっている。

~~~ここまで午後の部

ふりかえりでは小国高校のみなさんと同グループに。
小国高校の強さは、「ワークショップマインド」にあると思った。

芸工大コミュニティデザイン学科と協力し、
1年生のときから「Yes,and」「一緒にやる」というマインドがついている。

「前例踏襲しない」という力強いメッセージ。
これって進路とかキャリア教育的にはどうなのかな?って思って質問し、対話。

「目標を決めてそこに向かって進む」というのと、
「とりあえずやってみて、ふりかえる」というのは
まったくアプローチが違うし、それこそが「探究」と「進路」の隔たりなのかも、と思った。

対話していて思ったのは。
「それは同時に起こっていいいんだ」っていうこと。

「目標を決めてやる」と「とりあえずやる」は
両方あっていいし、自分の中でプロジェクトごとに違うアプローチをしてもいいし、
もしかしたらチームの中でも違ってもいいのかもしれないと思った。
昨日も思ったけど、2者対立構造にしないことなのかも、と。

あらためて「高校魅力化」と「地域」について、
考えさせられまくった1日だった。

いちばん印象に残ったのは大槌高校のビジョンづくり。

そしてその土台にある8年間の歩み。
この1年ずっと不思議に思ってきたこと。
それは「カタリバの手がける高校魅力化はどうしてそこまでていねいなのか?」っていう問い。
今回はそれに対してひとつの仮説が生まれたし、その仮説はきっと私たちの地域と高校に当てはまるように思う。

地域に対しても、先生に対しても、探究の授業でも、そこには対話があって、対話があるから相互信頼が生まれる。
すべてに対話的アプローチをしていること。

カタリバはいわば、高校生とのコミュニケーションのプロというか探究第一人者だ。
そのカタリバだからこそ、対話を重ね、関係性をつくり、歩みを進めてきた。
それがまさに有機農業のような「土づくり」、つまり「学びの土壌」づくりにつながっている。

小国高校の事例は、「ワークショップマインド」の大切さを思い出させてくれた。
大切なのは、ワークショップスキルではなくて、ワークショップマインドなんだ。
Yes,andであり、一緒にやるってことであり、とりあえずやるってことでもある。

そして、津和野高校の藤原事務長、最高でした。
おじさん版「モモ」だと思った。笑

あんな大人が町に何人もあふれていたら、
高校生が1日1日を楽しく、またエキサイティングに過ごせるのだろうなと思った。

高校魅力化が僕にとってとてもエキサイティングなのは、
「高校魅力化」が教育学だし経営学だしキャリア教育でもあるし、教科学習でもあるし、総合的探究でもあるから、なのかもしれないなと。

今日はホント、これは経営学だな、と思いました。

あ、土づくりは農学でもありますね。
農学部出身でよかったです。笑  

Posted by ニシダタクジ at 07:03Comments(0)日記

2020年02月23日

人と向き合わず目標に向かう

山形といえば。

僕にとってのリノベーションの教科書「郁文堂書店」。
ここに行かなければならない。

2017年9月25日
http://hero.niiblo.jp/e485890.html

2018年1月14日
http://hero.niiblo.jp/e486766.html
に続き3度目。

今日は、スタッフに入る予定の
芸工大の学生が用事があったようで、
原田伸子さんがひとりでお店にいた。

歩いてきたら、シャッターが閉まっていたので、
大丈夫か?と思ったら、左側だけ開いていた。



ひとりたたずむ原田さん


ちょっと待ってね。と言われ出てきたのが
お茶と山形名物「青菜漬」


さらに隣で渋谷まんじゅうを買ってきてくれた伸子さん。


僕、孫みたいにごちそうになってばかりでいいのでしょうか。


最後に記念撮影をして、
郁文堂書店を手掛けた追沼さんにオススメされたお店「Day&Coffee」へ。
そこに向かう途中、
山形第一小学校跡地を利用した「山形まなび館」を見つける。

へえ。
なんかよさそう。
ということで入ったら、入ったすぐそこにブックカフェ「Day&Books」が。
なんか聞いたことある名前だな、と入ると、なんとびっくり追沼さん本人が!
もってるなあ、おれ。(笑)

原田さんから預かった
「渋谷まんじゅう」を追沼さんに渡し、今日のミッションを果たす。(笑)





2冊本を購入し、「Day&Coffee」を目指す。
あ、こちらには北嶋さんが!
郁文堂書店チームとの再会がうれしい。









北嶋さんのいれてくれたコーヒーはなんだかとても優しかった。

「リノベーションの本質とはなんなのか?」
僕は郁文堂書店チームに教えてもらった。

~~~以下2018年1月のブログより

それまでの僕は、「リノベーション」って、古い建物の雰囲気を生かしつつ、いまの時代に合わせて新しくつくりかえることだと思っていた。

そうじゃなかった。

リノベーションとは、その土地や場所に息づく継ぎたい何か、をどのように継いでいくかの方法論として改築や新しく何かをつくることなんだって思った。郁文堂書店プロジェクトが継ぎたいもの、残したいものは「郁文堂サロン」と呼ばれていた文化だった。

~~~

今日も、そんな時間と空間を味わうことができた。
3か所の「作品」を見られてとてもうれしかった。

そして、SCH前夜祭、の前のワークショップへ。



第6回SCHシンポジウム開催応援イベント in 山形
『地域・教育魅力化攻略ガイド(仮)』作成に向けた、課題共有&解決ワークショップ
〜みんなの暗黙知を、魅力化を深化させる形式知へ〜

20名くらいの参加者がテーマに合わせて、話し合いをした。
僕は大崎海星・石井先生と佐渡中等・宮崎先生とみらいずワークスの角野さんと
教育目標とカリキュラムについてがメインのグループに。

キーワードは、
・教員の関係性、同僚性をどう高め、深めていくか
・教員とのコミュニケーション・デザインをどうするか
・探究や地域プロジェクトをどうやって協働して進めていくか
・教育目標(育てたい生徒像)をどうやって設定するか
・教育目標の達成度合いをどのように測るのか
このあたりでしょうか。

~~~以下メモ

奥尻高校町立化に関する論文
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/75779/1/010_AA11562857_18.pdf

SECIモデル「形式知から暗黙知へ」
http://www.osamuhasegawa.com/seci%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB/

熱海高校:コンソーシアム熱海が育成する資質・能力
https://mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/10/18/1422061_03.pdf

カート・フィッシャー「ダイナミックスキル」理論
http://yuendo59.blogspot.com/2015/03/2015318.html

「あるある課題」を抽出して「そうか課題はこれか!」
という気持ちになる率を高めること

「持続性」「勇気」「カリキュラム」「コーディネーター育成」「認知」「価値見える化」「課題設定」「体制」
などから、自分が響くキーワードでグループをつくる。
自分たちはカリキュラムグループへ。

昨日の取釜さんの話にあったように、
持続可能なものにするために大崎海星は
2人担当制を採用している。
教員は授業の空き時間に学校に来てくれると助かる。

やり方について3択などにして持っていき、具体的に質問すること。

「教育目標」に向かっていること。

目指す資質・能力とは?
「地域に貢献できる生徒」だとしたら、
それにはどんな力が必要なのか?
を因数分解していくこと。

それを先生だけじゃなく地域の大人も一緒になってつくること。
熱海高校:すでに地域で活躍している大人は高校生の時にどんなことをしていたか?

その目標を
「中学3年生でもわかる」言葉にすること
=自分でも評価できる

★目標と評価はセット。
しかもその評価を他者からではなく、自己評価できるということ。
10段階のルーブリック、など。
話を目を見て聞くことができる→インタビューしたものをまとめて他人に伝えられる

★3段階の「育てたい生徒像」
3 その上でこうなったら理想的だなあ(発展)
2 これを身につけるためにカリキュラムがある(標準)
1 挨拶・傾聴など、まずはこれができないと(必達)

土台となる能力とその上に積み重なる能力。

「コミュニケーション力」
・傾聴力
・語彙力
・好奇心
・自己理解

さらに
「傾聴力」とは
・目を見る
・メモをとる
・うなづく

などなど、すべての力はそれを「構成する能力」と
さらにその「上位能力」になる。

個々の能力は点で、それが合わさって面となり、
さらにそれが立体化して「スキル」となる。
カート・フィッシャー「ダイナミックスキル理論」

教員・コーディネーター(公営塾講師)・地域の人
など立場の異なる3者でチームをつくり、1年ごとにゴールを設定する。
(そのゴールは教育目標に向かっている)
そして、コミュニケーションの回数を重ねる

★向き合わない:二者で向き合わないこと
ゴールに向かうこと。

★ルーブリック評価のポイント
人によって目指すルーブリックポイントが違う
その中から3つを選ぶ、みたいな。

「あの子がこうなるんだ!」
というのを見せる。

~~~以上メモ

これから教育目標づくり、カリキュラム・課外活動の設計をする上で有意義な時間となった。
大崎海星高校モデルに学ぶところも大きかった。

ふりかえりでも書いたこと3つ。
・中3でも分かる言葉、自己評価できる目標の作り方、ルーブリック評価について。
・まち独自の育てたい生徒像を設定すること。
・まずやるべきこと、身につけてほしいこと、こうなったらいいなあの3段階ある。
これが大きな気づきだった。

そして運用していくところでは、
やはり「向き合わないこと」が大切だろうと思った。

「やる気のある先生」と「やる気のない先生」とか
「やる気のない先生」と「熱意ある地域の人」みたいな
対立構造にしないこと。

そのためにもまずみんなが参画して目標を設定し、
あそこに向かっているということと。

先生、地域の人、だけではなく、第3の大人、つまり
コーディネーター(公営塾スタッフ等)
の3者でプロジェクトを推進していくことが大切なのではないかと思った。
人と向き合わず、人と比べず、自らの設定した共感できる目標に向かっていくこと。
そのためのパートナーとして隣の人がいる。

そんな場づくりができること。

たぶんそれかな。  

Posted by ニシダタクジ at 07:29Comments(0)日記

2020年02月22日

気が付くと地域と自らの人生の当事者になっている

SCH開催応援イベントin新潟「地域×教育は社会に何をもたらすのか?」に参加してきました。

第1回SCHシンポジウムが東北芸術工科大学で行われたのが2015年。「高校生」「地域」「学び」そんなキーワードで孤軍奮闘してきた山本一輝さんが新潟で開催したプレイベント。



会場の熱気もすごかったけど、主催者・ゲストの熱量もハンパない。
佐渡中等教育学校の宮崎芳史先生と広島・大崎海星高校のコーディネーター取釜宏行さん。





いまこれを書いているこの瞬間も胸の奥がジーンと熱い。
そして自分がこれをできるのか、そして、やらなきゃ、何年でできる?まず何からやる?というなんとも言えない感情が沸き起こる。

イベントのラストに山本さんから出された問い。
will can must
これからやりたいこと、できること、しなければいけないこと。
それをシェアしてイベントが終わった。

学びとして一番大きかったのは、大崎海星高校のプロジェクトデザインというか、仕組みのところ。

「授業」(大崎上島学)→「公営塾」(塾での各種プログラム)「部活動」(みりゅくゆうびん局)という流れ。
授業だけの子が50%
授業+公営塾の子が30%
授業+公営塾+部活動のもっとも主体的な子は20%
であるという。

そのほかに「地域プロジェクト」というのが走っている。この設計は応用できると思った。

~~~以下メモ

山本さん

新・社会人基礎力
https://humidasu.com/%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%A0/%E7%9F%A5%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%82%8B%EF%BC%9F%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E3%81%AB%E3%81%A8%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%82%82%E9%87%8D%E8%A6%81%E3%81%AA%E3%80%8C%E6%96%B0%E3%83%BB%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%BA%BA/

溝上慎一先生「教育論」
http://smizok.net/education/

課題解決をキーワードにした「総合的学習」から自分軸との社会との接点大切にした「総合的探究」へ。

地域との「豊かな人間関係」と共に「成功体験」を積むことで地域に愛着を持ってもらう。

新庄・最上「ジモト大学」
https://t.co/29uCi4romB?amp=1

宮崎さん
「わたしたち嫌われているんです」という出発点

ビジネスプランづくりのワークシートは高校生でもできるし、楽しいかも。

1 主体性の尊重 WANTを掘り起こす。
2 必要なことは自分たちで用意する。
3 常にビジョンを追い続ける。

「学生だからできないということはないと学んだ」
これも熱いコトバだったなあ。佐渡中等のSフェス。
イノベーションを起こす場づくりをしたい、と志望理由書に。
「何もない、つまらない」というのは自分が動いていないから。
0から1をつくる。

佐渡中等かふぇ#はっしゅたぐも素晴らしかったなあ。
佐渡のカフェを紹介するカフェというコンセプト。

アイデアをカタチにするために、消しゴムハンコ、キャンドルづくり、ラテアートまで次々にスキルアップしていく。そういうの理想的だなあと。

リフレクションとシステム思考
https://nomad-journal.jp/archives/6400

佐渡中等「プリンフェス」チーム。好きなもので佐渡を盛り上げたい。
ポジティブアプローチとギャップアプローチ。好きなことをやり通してよかった。ニーズに応えられているということ。
0→1の楽しさすべて自分たちがやらないといけない→地域の応援が支えになった。

好きなことから始めて探究のスパイラルを回す。探究によって広げていく。
リフレクションで進化できる。
好きなことやってると元気になるからサイクルを回すエネルギーになり、学び続ける力に。

大崎海星取釜さん

大崎海星取釜さんのモチベーション・ピラミッドの話が一番の学びだった。50パーセントの生徒とは授業でしか関われない。半分は公営塾で、さらにその中の40パーセント、つまり全体の20パーセントが主体的に活動する「みりょくゆうびん局」カギはキーワードで参加できる地域プロジェクトだな、と。

最初から主体性を持って自ら動くのは2パーセントだけ。
98パーセントはやらされて始まる。でも、そこからなんだ。

5年間の変化:
・学校パンフレットに地域の人が出てくるようになったこと。

・主体的に動く先生の数:1→3→3→5→8→27名に。
島の仕事図鑑はたったひとりの先生が作った。インタビューと言いながら質問用紙を上から聞くだけだった。やらされていたのだ。

1回目から3回目まくらいまではやらされている。しかし段々とインタビューに慣れ、上手になっていく。モチベーションも上がる。それを見て先生は衝撃を受ける。「何かできることないか?」と聞いてくる。

なりたい職業や目標としてのロールモデルではなくて、学びのロールモデルをいくつも見せて、しかも実践していくこと。

1 生徒の変化
主体的生徒の増加 2%→5%
先生主体→生徒主体

2 先生の変化
協働→共創へ
受動→能動へ
研修に私費で参加

3 地域の変化
教育の島へ

大崎海星取釜さん語録。
「未来に対する強烈な当事者意識」
「気づいた人がやらないといけない」
「コーディネーターはグレーなところに落ちたものを全部拾う」
そして「圧倒的な勝手な使命感」
熱いっす。

「持続可能なものにすること」
何をするにも2人で担当すること。関係性がだんだん良くなる。

「これやりましょう」ではなく、すみませんが、送迎お願いできますか?とお願いする。
継続していくと向こうから何かやることありませんか?と聞いてくる。コミュニケーションデザインだなあ。

「どんな生徒を育てたいですか?」って先生に聞けば、社会に通用する生徒、とか返ってくる→聞いていないだけ。目の前のひとりを誘うこと。

「高校時代にやった一番悪いことって何ですか?」ていうキラー質問。

教科横断プロセス
1 先生ひとりが他教科とのつながりも意識する
2 異なる教科の先生が一緒に授業する
3 他教科と一緒にテストをつくる。

~~~ここまでメモ

佐渡中等教育学校宮崎先生の熱の入ったプレゼンが印象的だった。
そして、参加生徒が「自分」から出発していることが素敵だなあと思った。

Sフェスやかふぇはっしゅたぐ、プリンフェス、おっちゃん祭・・・
好きを原動力にして探究のループを回していくことで
遠心力のなかで「地域」とか「地域の人」と一緒になる。
リフレクションをていねいにやることで価値に気づく。

取釜さんの言葉にも熱くなった。

「未来に対する強烈な当事者意識」
「気づいた人がやらないといけない」
「コーディネーターはグレーなところに落ちたものを全部拾う」
そして「圧倒的な勝手な使命感」

これらは実は教員やコーディネーターだけではなく、
高校生自身にも当てはまると思った。

当事者意識、気づいた人、グレーなものを拾う、そして勝手な使命感。
自分の「好き」から出発したプロジェクトによって、徐々にそれらが高まってくる。

気が付くと自分が地域と自らの人生の当事者になっている。
おそらくはその先に、その人なりの幸せのカタチが見えてくる、と。
それが「探究」という取り組みなのだろうと思った。

山本さんの5年間の学びと思いが
次なるステージの扉を開けた夜になった。

山形に向かう電車の中で、読んでいるこの本。



僕のWHYはなんだろう?と
問いかけられる。

吉田松陰の野山獄エピソードという出発点を思い出す。

みんな学びたいし、学び合いたいのだ。
その先に未来があるから。

学び合うことで自分と地域の未来を創りたいし、未来を創ることはふるさとを創ることでもある。
自らのアイデンティティもそこから創られる。

僕のWHYはそんなところにあるとあらためて思った。

次のステージへの船出。
まだまだこれからだ。
そのバトン、確かに受け取りました。

  

Posted by ニシダタクジ at 12:36Comments(0)日記

2020年02月17日

10年後に最高の形で、この学校があるとしたら





「にしかん未来カンファレンス」の第1部にいってきました。いい問いをもらってきました。
にしかんをエリアとしてコンセプトとマニュフェストを決め、リブランディングする。
そのブランドに合った商品を開発する。全体として未来へのメッセージを発信する。

あらゆる商品はメディアとしての機能を持っていく。
本だけではなく、商品そのものがメッセージを運ぶものになる。

そんな実感がありました。

~~~以下メモ

カンバセーション→ダイアログへ
おしゃべり→会話→対話→会議→議論

対話:認識の違い(ブレ)を顕在化させるコミュニケーション。
違いをうけとめ、楽しむこと。

対話:まとめなくてもいい 3つの×
× テーマがない
× 上下関係、仕切りがある
× 勝敗がある

対話の効果
1 創発が起こる 多様性、創造性
2 チームワークが強化される
3 先入観に気づく
4 「共認的現実」をつくる
→社会構成主義「未来は私たちが使う言葉で描かれる」認識した、合意した事実に向かっていく。

対話のポイント
1 まず受けとめる
2 いつもの自分を保留する
3 ネガティブを活かす
4 自分の中に芽生える変化に気づく
5 明日のヒントを探すつもりで



にしかんローカルマニュフェスト:言葉から「人」が見えてくる
「くらし」:暮らしのありかた
「環境」:負荷を減らす
「経済発展」:ビジネスをつくる
を軸に方向性と思いの共有・未来への展望
を行い、マニュフェストとしてまとめ、発表した。

Day1:7名:ふりかえりと現在地の可視化・共有、やってきたことと違う点
参加できなかった事業者インタビュー
Day2:14名:未来の共有と可視化

アンケート:10年前と今での思いの変化は?
個人の体験の共有と意見交換をした。
時間軸/位置・場所軸でマッピングした。

東京での展示会:商品ストーリーではなく地域ストーリーを追いかけた。
「技術」「政治」「人々の価値観」「環境」「地域経済」「地域文化」でジャンル分け。

「にしかんの好ましい未来は~~~です。
そのために私は○○○にチャレンジします」
を紙に書いて発表する。

キーワードを10個にまとめる。

10個のキーワードが達成されている場合に
人物像を入れ、ストーリーを付けた。
こういう人が住んでいる、働いている未来。

にしかんの未来をともに続ける10の言葉として宣言
→ローカルマニュフェスト
→商品のベースとなるコンセプトになる。
→にしかんニュープロダクトマップ:背景としてのローカルマニュフェスト



地域の人が自分たちで言葉にしていくこと。
→SDGsよりずっとリアル。

「危機をどう希望にできるのか?」
対話と共感のベースになる言葉が生まれる。
事業者の言葉:共通の課題認識としての言葉。

にしかん図鑑「にしかんをふかんする」
20歳のカメラマンが撮った写真。

ローカリストカレッジ
「くらしファースト」ニヤニヤできる暮らし。

1 地域の見方が変わった。理由があるということ
2 買い物が変わった。地元、ストーリーがあるもの
3 地域をにぎやかにすることへの考え方が変わった
4 視野が広がり、自分の故郷にも興味を持つ
5 未来を支える1人としての学びの可能性に気付いた

「にしかんらしさ」誇りをどこに持つか?
まだ気づいていないか、まだ存在していないか。
「地域の個性の構成員になる。」

~~~ここまでメモ

発表のあとに対話の時間があり、
「笹祝」の笹口さんが同グループで
「これを話していて共感するのは大人だけなので、
中学生高校生にとっては直感的な、シンボル的な何か」が必要だと言っていた。

印象に残ったのは、
「ローカルマニュフェスト」って、地域版SDGsだっていうこと。
それをベースに、暮らしを、商品を、そして仕事をつくっていくこと。

SDGsって一般的な課題を追いかけているから、
どこかリアルと少し乖離している。

ローカルSDGsっていうのをつくること。
そして、重要なのは、そこから具体的な「人」が立ち上がってくること。

この地域社会が実現したら、
こんな人がこの場所で暮らしている、働いているというのが見えること。
そんな未来の「人」のために今できること。
そんな視点。

現在地から出発するのではなく。

問いを変えていこうと思った。

「10年後に最高の形で、この学校(地域)があるとしたら?」

そこでは、日々、生徒はどんな日常を送っていて、どんな学びを得ているのだろう?
そして、どんな生徒を輩出しているだろう?
さらに、それを包む地域の人は、どんなアクションをしていて、どんな顔をしているだろうか?
どんな仕事、働き方をしているだろうか?
そんなゴールをつくっていくこと。

大切にしたいものを、自分たちで決めること。
その決定に参画したからこそ、自分たちが向かっていける。
「ローカルマニュフェスト」っていうのは、
「参画社会」のひとつのカタチなのだと思った。  

Posted by ニシダタクジ at 06:21Comments(0)日記

2020年02月11日

自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題

文部科学省がH30年に告示した高等学校学習指導要領の
総合的探究の時間の解説文には以下のようにある。

教師の指導も受けながら課題を設定・解決していく小・中学校とは異なり,高等学校では,生徒自身が自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題を自ら発見し,解決していくことが期待されている。

この「自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題」とは、どのような課題だろうか?
今まで、そんな問いの中にいた。



昨日はマイプロジェクトアワード2019関東サミット。
関東地方(新潟含む)の高校生たちが自分たちの取り組んできたプロジェクトを発表し、全国大会出場を賭ける「学びの祭典」だ。

冒頭の今村亮さんのコメントから。

「どんな未来をつくりたいか?」
答えのない未来に立ち向かってきた「君だけのドラマを語れ」マイプロ関東サミット。
マイプロの「マイ」1人1人の想いから始まっているということ。
「学びの祭典」としてのサミット。
選ばれるということは「学びのロールモデル」になるということ。

プロジェクトの良し悪しではない。どれだけの学びを得てきたのか?が問われる。
1 オーナーシップ:主体性
2 コ・クリエーション:協働性
3 ラーニング:探究性
が評価基準

プレゼンテーションの始まる前に「この場所には味方しかいない」と確認すること。やさしさ。
10分プレゼン5分質疑。プレゼンはPDFで行う。

「学校部門」(授業等)と「個人部門」(それ以外)があり、
学校部門から5プロジェクト、個人部門から3プロジェクトが
全国サミットへの切符を手にする。

午前中に全体プレゼン(予選)があり、
そこから選ばれたものが各ブロックに分かれて
代表プレゼン(決勝)を行う。

その審査中に、
高校生はリフレクション(ふりかえり)の時間があり、
関係者向けには「マイプロ・探究勉強会」が裏で走る。



~~~以下勉強会メモ

society5.0
サイバー空間とフィジカル(現実)空間を高度に融合させたシステムにより
経済成長と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会

高校教育の変化(マイプロ・探究)→大学入試変化AO・総合型選抜→未来予測(society5.0)

「主体的な問いと実践的学び」が学力の新しい当たり前になる。

「学びのロールモデル」と
「実践していく方法論の学びあい」

自分の解釈を横に置いておいて、高校生に耳を傾けてみると見えてくる何か。

かえつ有明高校
https://www.ariake.kaetsu.ac.jp/
まずはやってみよう
プロジェクトチーム10名でまずは合宿し、腹の中を見せ合った

30年後にどんな学校になっていたら遊びに行きたいか?

10年後は?

1年後は?

明日は?
っていうバックキャスティング。
そこからはフロー状態になった。

弱みをさらけ出せる関係性。学ぶ前の前提として「存在してもいいんだよ」っていう意識こそが「学校」が存在してる意味なんじゃないか?

1人の個人として守られているホーム。頼り頼られている関係
「進路指導」の前に「存在承認」

桜美林大学の高大連携プロジェクト「ディスカバ」
https://discova.jp/

・outputの機会がない→大学生用の自己分析ツールを出願書類にする
・inputが足りない→サマープログラム
AO入試を10%→30%にする
取りたい人材を取り、入学後にコアメンバーとして活躍してもらう。
対話を重ねて経験を武器にする

~~~ここまで 勉強会メモ

僕が聞いた部屋で全国のきっぷを手にしたのは
東京都文京区「b-lab」のフリーペーパー「CHACHACHA」プロジェクト。

25000部を発行する高校生の挑戦を応援するマガジン。
CHACHACHAとはchance-challenge-changeの頭文字
彼女自身がそれを体現するようなプロジェクト発表だった。

高校を中退し通信制高校に在籍しながら
b-labを利用していた。
そんなとき、スタッフに「人が足りないから入らないか?」
と言われたフリーペーパーの制作プロジェクト。

大手出版社に著作権の許可を取ったり、
いろんな場所に電話をしたり、
大人のルールをやってみることで、彼女はどんどん変わっていった。

そして素敵な人との出会い。
「土下座してだもいいからやりたいってことをやる。
恥ずかしいからやらないっていうのはもったいない。」
そんな言葉に刺激を受ける。

そして彼女は「他人っておもしろいな」と思ったという。
そしてフリーペーパーを通して、それを伝えたいのだと。

淡々とした口調でしゃべる彼女は等身大で、
だからこその成長度というか、ああ、このプロジェクトがあってよかったなあと思えた。

そしてもうひとう。
全国には残らなかったけど、印象に残っているのは、
山梨県富士吉田市の高校生が発表した
「高校生に織物の魅力を届ける~通学路を照らすギラギラバッグ~」プロジェクト。

彼女は父親が地域を元気にするような仕事で、
母親が名産である織物のPRをするような仕事をしていた。
そのため幼いころから地域イベントや織物の企画などに参加していたのだという。

織物の工場見学にいったとき、職人さんたちに話を聞いたら、

・後継者不足が心配
・職人は誇りをもって取り組んでいること
を実感した。織物の魅力と熱意を届けたいと。

もうひとつ彼女が気にしていたのは、
同級生たちの地元への思いだった。
卒業すれば東京の大学に進学するのが当たり前の進学校。
そこに富士吉田の出身だという誇りは感じられなかった。

そこで彼女は、
工場見学で存在を知ったB反(刺繍のズレなどがあり、出荷できないもの)
を使用したバックをつくることにした。

同級生を観察すると、
長い上り坂の通学路重いリュックを持って歩いていた。

丈夫でかわいいバッグをつくったら、
使ってもらえないか?
と友達のためにB反を利用したトートバックを制作することになる。

そこで立ちはだかる進学校の葛藤。
先生方は勉強こそが大切だという。
同級生も懸命に勉強している。

私はどうしたらいいんだろう?

それでも彼女は地域の人たちの応援もあり、
バッグをつくり、友達に渡して使ってもらったりした。
そんな活動をしていたら、彼女は地元に残りたくなり、
今春からは地元大学に進学するのだという。

いまも、彼女がつくったバッグは友人たちに使われ、
学校の中に地元を感じるのだという。

これか、って思った。
「自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題」とはこのことだろう、と。
これは、彼女にしかできないプロジェクトだ。
そしてこれからも、大学生として活動に取り組むだろう。

マイプロ関東サミットを聞いていて、やはり首都圏の高校のほうが
プロジェクトによる「学び」が深いように思った。
それはきっと、場の設計・設定とサポートする人たちの問いかけによるのだろうと。

しかし、題材という点においては、
東京では「一般的な(SDGsにあるような)社会課題を自分なりに切り取る」ことが主になってしまうが
山梨県のような地方はオリジナルな題材に出会う機会が多いように思う。
あとはそれをどのようにフォローするか?っていう大人の存在、場の設計が重要になってくる。

学習指導要領がいう、
「自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題」を見つけること。

それは、「キャリア教育」と呼ばれる何かが言ってきた、
やりたいことを見つける、とか、自分に向いている仕事を探す、とかいうことよりもはるかに重要なのだろう。

その課題に出会うということ。
そのために、地域や大人との「経験」が必要で他者や自分との「対話」が必要になる。

京都・綾部で「半農半X研究所」を立ち上げた塩見直紀さんは、
「使命多様性」の時代が来ている、と言っていた。

「自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題」とは、
その「使命」のことだと思った。

ひとりひとりにその「課題」があり「使命」があり、
それをひとりの力ではなく、周りの力を借りながら、
果たしていく、ということ
そのプロセスの中にこそ学びがある。

織物プロジェクトの高校生のプロジェクトは、こう締めくくらられた。

スライドには「人に頼ってもいいんだ」の文字。

そしてコメント。
「お世話になった人への感謝を忘れずに、
そして、人に頼ることを恐れずに、これからも進んでいきたい。」

「人に頼ることを恐れずに」か。
いい言葉だな、と。

閉会式。
全国サミットへの切符を手にした8プロジェクトの発表。



グッと来た。
躍動する生命がそこに確かにあった。

「自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題」に
チャレンジする高校生の姿に、問いかけられる。

あなたの使命はなんですか?  

Posted by ニシダタクジ at 07:00Comments(0)日記

2020年02月07日

「キャリア」から「ライフ」へ。

飯野高校梅北先生からつながった
糸魚川市のKさんとの対話のまとめ。

まずはコンソーシアムの話。
コンソーシアムは機能ベースで考えるべき。
1年1年、ミッションを更新していくこと。
これはその通りだなと思った。
機能しないコンソーシアムに意味はないから。

キーワードは「一回性」
http://hero.niiblo.jp/e490190.html

あらゆる仕事がアートに近づいてくる。
アートとサイエンスとクラフトのあいだに
プロジェクトができていく。
それは教育も「学び」も一緒だ。

だからこそ、飯南高校の美術部の
ラテアートが素晴らしいのだと。

Kさんと話していて、衝撃だったのはコンソーシアムの話を含めて3つ。

2つ目が「キャリア教育」への違和感。
文部科学省がキャリア教育と言い出して久しいのだが
それはいわゆる「キャリアデザイン」的な手法がとられている。
キャリアの目標を決めて、そこに向かって努力するというもの。

それを温存したまま
「探究」へシフトすることなどできるのだろうか、という問い。

「キャリア教育」はあまりにも「ワーク」に偏重している。
それに対して「探究」は「ライフ」全体の問題だと。

昨日の発表会で唯一違和感があったのは、
燕市×働き方、燕市×産業の2チームの質問項目について
仕事の内容や労働時間、やりがいなどの基本項目。

それって、仕事はマネーワークであり、仕事=雇用されること
にフォーカスしすぎているんじゃないかと。

そうではなくて、
自分のライフをどうつくっていくか?
暮らしをどうデザインしていくか?
人生をどう経営していくか?
のほうが大切なのではないかと。

「キャリア」を含んだ「ライフ」という
考え方から始めないといけないのではないか。
むしろライフの延長上にワークがあるのだと。

Kさんが言っていたように、
これまでのキャリア教育は「唯一解」があるように教えてきたが、
これからは「納得解」、それも「現時点では」という注釈がつく納得解であり仮説
から入っていくのではないか。
そんな風に、「ライフ」から入るキャリア教育。

それを「探究の時間」で「探究する」ということ。
それが「探究」の意味・意義なのではないかと。

ラストに衝撃だったのは、
「県立高校にこだわる必要があるのか?」っていう問い。

東京の通信制高校と組んで地域カリキュラムをつくってもいいし、
さらに企業と組んで、新しい学びをつくってもいいし。

「キャリア」から「ライフ」へ。

阿賀町はそんな学びが可能なのではないか?

「ふるさと創りびと」がつくるもの。

1 「暮らす」をつくる
2 「はたらく」をつくる
3 「まち」をつくる

そんなコンセプトが可能なのではないかと思った。
アートとサイエンスとクラフトのあいだ。

そこに新しい「学び」をつくる。  

Posted by ニシダタクジ at 07:58Comments(0)日記

2020年02月07日

「知りたい」のスイッチを入れる

新潟県立分水高校1年生が総合的探究の時間で行った
「高校生地域再編集プロジェクト」の成果発表会@燕市役所
を聞きに行ってきました。



1年生全員が6つのチームに分かれて活動
燕市×文化:オープニングライブ
燕市×自然:鉛筆づくり
燕市×働き方:動画で働き方紹介
燕市×食:お店とコラボ商品企画
燕市×産業:インスタグラムを活用した発信
燕市×歴史:大河津分水が題材の大河ドラマ上映

株式会社MGNETまちづくり事業部の協力のもと、
各チームに若手社員(他の会社の方も)がサポートについた。



いきなりすごいなと思ったのは次第とアンケート用紙。
このサイズで渡されるとアンケートを書かざるを得ないなと
A4で渡されると、書かないし、このクリップボードに挟まれているから
机を設置しなくていいので、椅子だけにできる。これはいい。

まず「再編集」というキーワードから。
知っているようで知らないこと。
インプットとアウトプット。
「地域を知る」ことで終わるのではなく、「地域を知りたい」というマインドになっているか、が成果。



MGNETの武田さんからのメッセージが心に響いた。

「教わる」と「知る」の違い。
「大人が伝えたいこと」≠「高校生に伝わること」。
押し付けるのではなく楽しい時間にする。

みんなが「へー」って感じたことを整理して相手に伝えること。
伝える方法は問わない。

「燕をよく知る大人」ではなく、「燕をそんなに知らない大人」と一緒に学んでいく。
記憶に残ること。当たり前の景色に変化を。

~~~ここまでメモ

インプットして、編集し、アウトプットする。それを何度もやること。
「知りたい」のスイッチをONにする。
探究のテーマを見つける前にやらなければいけないことだなあと思った。

印象に残ったのは、どのチームも楽しそうに発表していたこと。



「食」チームは燕名物の鶏レモン和えとぽっぽ焼きをクレープに
入れる商品開発を行う。



「歴史」チームは大作(長編)の大河ドラマをつくる。

「自然」チームは、枯れ枝を鉛筆に加工し、インテリアを作った。
特に「自然」チームでは、問いが深まっていったように思う。

燕市×自然
燕市のものづくりに着目。
ものづくりは人生を豊かにするもの、自然はアート。
2つを組み合わせて何か作れないか?

誰のためにつくるのか?
→入学式のプレゼントに使えるような。
枝がまがっているので、芯は先にしか入っていない。

たしかに、実用物としてみると、
この鉛筆は「使えない」ものなのかもしれないけど、
贈り物として、祈りを込めたものとしては、魅力的なのではないかと思った。

そして、ここをサポートした方が
ひたすらに「なんで?」と聞き続けたのだそうだ。
問いかける大人、素敵だなあ。

今回のまとめ。

1 「再編集」というキーワード
インプットしたものを編集し、アウトプットする。
それを繰り返すことで、地域が見えてくる。

2 サポートしたのは若手社会人で地元出身の人ではない。
地域のことを教えてくれる「先生」としての存在ではなく、
一緒に学ぶパートナーとしての存在。

3 「知りたい」のスイッチを入れる。
「探究のテーマをどう見つけるか?」と問いがちだけど、
まずは「知りたい」と思えるかどうか、からしか始まらないなと。

MGNETさんのデザインに、学ぶところが多い発表会でした。
ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 06:24Comments(0)日記

2020年01月31日

OSとしてのカマコン

ながおか市民協働センターイベント
「本当に地域を盛り上げるための地域資本主義の始め方」
に出てきました。



初めてのカヤック柳澤さん!
うれしい。
長岡まで言ってよかったなと思いました。

第2部のU-style松浦さん、いわむろや小倉さん、池田組池田さんの事例紹介と
パネルディスカッションはここ5年くらいで一番おもしろかったなと。
司会の唐澤さんがすごい切り口で切り込んでいくのが楽しかった。

ということで。
おもに第1部の講演メモ。

~~~ここからメモ

鎌倉資本主義。OSとしてのカマコン。
文字で見るよりずっと臨場感があったなあ。
そこに思想や未来が詰まってる。
http://kamacon.com

「ビジネスネームを決める」ってよかったな。
会社での役割は、その人のひとつのロールに過ぎなく、全てではない、という思想。

法人=人工的な生き物をつくるということ。
「言葉から世界は生まれる」

カヤック信条「失敗するなら最速で。」
どんな失敗をしましたか?と査定で聞かれる。

面白いものは概して旬が短い。古典的なものは残っていくけど。

「知らない人と出会えるかもしれない」それが場、イベントの価値。

「右脳と左脳のバランスが良いものが流行る」
直感と理屈、インパクトと説明

報酬制度が組織を決める。通常は「上司」か「みんな」か「神様」が給与を査定する。それを全部やる。
ベース給はみんなで決め(360度評価)、賞与は上司が決め、サイコロ給は神様が決める。

「まち全体がオフィス」という発想。まちの社員食堂をみんなで運営・利用する。
⇒働く人たち同士が仲良くなる。

「面白法人」
1 まずは自分たちが面白がろう。
2 周囲からも面白い人と言われよう。
3 誰かの人生を面白くしよう。

「つくる人を増やす」という経営理念。
自分がつくる人になるということ。主体的に関わっていくこと。
選べる会社ロゴ。3本目のオールは自分で決められる。
地味なようで奥が深い。

なるべくルールを作らないようにする。
自分たちで作れなくなるから。

ブレストの意味と価値。
これが今日いちばん面白かったかな。
創造的なアイデアを出すための方法。
ブレストこそがカヤックをカヤックたらしめていた!

ブレストのルールは2つ。
1 仲間のアイデアに乗っかる。
2 とにかくたくさんのアイデアを出す。
「否定しない」よりもこの2つ。否定することで数が出せるとしたらそれはOK。
効能は自分ごと化され、つくる人になる、面白がる人になる。

カマコン=ブレスト
1 アイデアプレゼン
2 ブレスト
3 発表
4 プロジェクト立案
5 実行
自分ゴト化させるにはブレストは最強。
アイデアを出す部活的な感覚。

仕事だけじゃなく、居住と家族を大切にしたら人生が3倍楽しくなった。

面白がるために物理的にこだわったこと。
1 誰とするか 類友
2 どこでするか 鎌倉
3 何をするか 売上、利益
社員の90パーセントがクリエイター。鎌倉住宅手当39000円/月

資本主義の限界
1 GDPの指標の問題
そもそも伸びないし、成長と幸せが比例しない。新たな指標が必要。
2 地球環境の問題
3 富の格差の問題

指標を新たにつくる。
1 地域経済資本 何をするか(生産性)
2 地域社会資本 誰とするか(人とのつながり)
3 地域環境資本 どこでするか(自然・文化)
これらを合わせて地域資本主義。

「まちのコイン」
金融資本主義は格差を拡大し続ける。モノサシそのものを仮想通貨で測ること。
人とつながることでコインがもらえたり使えたりする。使えば使うほど仲良くなるコイン。
人と人がつながったり仲良くなったりするために使われる。
ハイタッチしたり話を聞いたり。そんな企画を一緒に考えることができる。
まちのコインが多く流通している→つながりが増えつつあるまち。

U-style松浦さんの「潟マルシェ」
エシカル&クラフトライフマーケットと呼んだら、人が増えた。
暮らしを豊かにする選択。自分で暮らしをつくること。
シンボルとしてのとやの潟。場を媒体とする地域の編集の場。
地域というコミュニティがあるのではなく、様々なコミュニティが重層的に重なり合っているのが地域。

にしかんマニフェスト
https://www.niigatawestcoast.com/nishikan/about/manifesto/

建築と不動産を編集するかきがわ不動産
https://www.kakigawa.com/concept/

誰とするか、どこでするか。
それって暮らしづくりでもある。
そもそも、まちづくりは暮らしづくり、か。
その通りだなあ。
仕事づくりの前に暮らしづくりを、したいよね。

暮らしをどうする?
って自分ゴトですよね?

カマコンは部活。必ずしもアウトプットしなくてもいい。いざとなったら集まれる関係。
だからOSなんだな。いろんなアプリを動かせる。

戦略というのは絞ること。絞るほうがスピードが速くなるから、結果競争に勝利する。

「食」と「禅」と「まちづくりデザイン」。
鎌倉のアイデンティティ。
わが町で大学つくったら何学部と何学部と何学部になりますか?

~~~ここまで講演&パネルトークメモ

まとめ。

いちばんはカマコンで行われる「ブレスト」の奥深さ。
単なるアイデア出しのテクニックではない。

ブレストのルールは2つ。
1 仲間のアイデアに乗っかる。
2 とにかくたくさんのアイデアを出す。

「否定しない」よりもこの2つ。否定することで数が出せるとしたらそれはOK。
効能は自分ごと化され、つくる人になる、面白がる人になる。

なるほど、と。

「乗っかる」ことを繰り返し続けていると誰のアイデアか分からなくなり、一体化してくる。
背景にある考えを想像するようになる。「乗っかる」って、創造的なツッコミのことかもしれない。

「乗っかる」って言葉でいうほど簡単じゃない。
観察して、背景を読んで、場と一体化していかないと、乗っかれない。乗っかり続けられない。

ブレストをやり続けると、楽しく働けるようになる。
ブレストをやり続けると、組織やまちに文句言わなくなる。
それは「ジブンゴト化される」から。

ジブンゴトっていうよりは、場と一体化してきて、自分が「鎌倉」になっちゃうんだろうな。
そういう「場」がカマコンにはできているんだと思った。
「OSとしてのカマコン」っていうのがすごい深い気がする。

ふたつめは、「暮らし」づくり。

仕事だけじゃなく、居住と家族を大切にしたら人生が3倍楽しくなった。

1 誰とするか:類友
2 どこでするか:鎌倉
3 何をするか:売上、利益

イナカレッジの研修プログラムの時も思ったけど、
1と2って大事だよね。
誰と、どこで、って「暮らし」のことなんじゃないか、って思った。

「まちづくり」じゃなくて、「暮らし」づくりなんだなと。
大学生は、「仕事づくり」の前に「暮らし」づくりをしたいんじゃないかと。
「働き方」よりも「暮らし方」を考えたいのでないかと。

みっつめは、少ししか話は出てこなかったけど「まちの大学」の話。
https://daigaku.machino.co/

フード学部、ボディ&マインド学部、アイデア学部
の3つが予定されている。
これって、鎌倉のアイデンティティだなと。

「食」「禅」そして「アイデア」。
歴史的なものと新しいもの。
左脳的なものと右脳的なもの。
それを象徴するような「カマコン」

ブレストは、言葉のように見えて、身体的な要素がとても大きい。
まさに脳と身体、左脳と右脳の真ん中でアイデアが生み出す感じ。

「ツルハシブックス」が閉店して、
テーマコミュニティを続けていくことは難しいと思った。

コミュニティは、性質として無意識のうちに閉じていくからだ。
新しいものが入ってこなかったり、入りづらくなったり、
新しいものが出ていかないと、コミュニティが閉じていき、
結果、そのコミュニティはゆるやかに死んでいく。

最近読み直した
「残酷な世界を生き延びるたったひとつの方法」(橘玲 幻冬舎)
の中に、「伽藍」と「バザール」の話が出てくる。
「伽藍(がらん)」とは、お寺の建物の壁という意味で、閉鎖空間を、
「バザール」とは、オープンな市場、つまり開放空間のことだ。

その2つでは生き延びるための戦略が明確に異なるという。
開かれた「バザール」では市場においてよい評判がフィードバックされ、信頼を得ることで、商売繁盛となる。
悪い評判がついてしまったとしたら、次の市場を目指し、その市場を退場することができる。
反対に閉じた空間である「伽藍」では、一生そこから出られないから、
「悪い評判を付けない」ことが最大の戦略となる。

これまでの「学校」や「企業」、「地方の小さな町」などのコミュニティは、「伽藍」そのものだった。
だから、「目立たないようにして、やり過ごす」ことがもっとも賢い選択だった。

その「伽藍」を変えることなく、
子どもたちや若手社員、役場職員に「失敗を恐れずに挑戦しろ」
っていうのは、あまりにも酷だ。

しかし、いま。
「伽藍」はすでに崩壊しつつあるし、崩壊させなければいけない。
開かれた「バザール」ができつつあり、作らなければいけない。
地域の大人や町外・県外の人に開かれた学校、
修学旅行や外国人観光客がたくさんくる開かれた観光地。

そこで、新しいものを生んでいく。
歴史的なものと新しいもの。
左脳的なものと右脳的なもの。
土の人と風の人。

それらが一体となって、新しいものをつくっていく。
集まる場所、帰ってこれる場所だけではなく、始まる場所、巣立って行ける場所になる。

そしてそれこそがわが町のアイデンティティになっていく。

そんな未来を展望できた長岡の1日でした。
柳澤さん、登壇者のみなさん。
企画・運営してくださった協働センターのみなさん、ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 09:43Comments(0)日記

2020年01月21日

「地域の良さを伝えていないから子どもたちは出て行ってしまう」は本当か?



コミュニティスクール立ち上げに向け準備委員会開催。
昨日の議論メモ。

リアルな声とその対応について
・「少人数なのできめ細やかな指導ができる」はメリットではない。手をかけすぎて自立できないのではないか不安

たしかに一理ある。
きめ細やかな指導というより、探究などでのフォローができる、あるいは協働探究者としての先生を見せていくこと。

・小中学校の狭い人間関係が継続されるから外の高校へやりたい。

これもわかる。小中学校の狭い人間関係から脱したい。僕だってそうだった。
これには「地域」との人間関係がたくさんできます。

たとえば、FAQで、
「Q:中学校時代の人間関係が維持され、狭い世界を生きることになるのでは?」
「A:本校は地域に開かれており、地域の人と協働しながらプロジェクトを作っていくことで、教室以外で多世代との人間関係を構築することが可能です。」
って書くとか。同世代だけの人間関係でいいのか?っていう問いが必要。

・小学校の「総合的学習」ではかなり時間をとってやっているが中学校で切れてしまう。

高校1年次に同じ題材で「探究プロセス」を回すことができないか。
「未来フォーラム」で発表した阿賀町の小学生の「総合的学習」の発表は、
地域資源を最大限に生かし、地域住民を巻き込み、雪椿でお茶を作ったりしていた。
あのプロジェクトの延長上に高校でも何かできないだろうか。

そんなことを考えた。
どんな生徒を育てたいか?
については、まだこれから議論していくところであるが、みなさんのを聞いていて思ったこと。

「地域の良さを知らないから外へ出ていく。だから、小中高のときに、地域の良さを伝えなければいけない。」

っていうのは、もっともらしいけども、実際は、その視点で行けば、「もっと良いもの」が街中や東京にあるから(ありそうな気がするから)、やっぱり出て行ってしまうと思う。

「若者が残らないのは地域に雇用がないからだ」

っていうのも、同様にもっともらしいけれども、実際08年にDeNAが新潟市にカスタマーセンターを作って雇用創出したけど、それを理由に東京に出ていくのを辞めた人っているのだろうか。

しかもそれって、仕事=雇われることという「サラリーマンシップ」を前提にしているので、そういうマインドの人ではなくて、地域の当事者となり自ら創っていけるような人材に残ってほしいのではないか?

「ナリワイをつくる」(伊藤広志 東京書籍)に書いてあるけど、地方にはそもそも「雇われる」仕事はあまり存在せずに、ほとんどの人が(下級武士)を含めて季節ごとに様々な仕事をする百姓だった。役人か、上級武士か、豪商か、そのあたりが専業として仕事をしていた。

だから育てていくべきは、次の時代を生き抜いていく百姓マインドを持った若者なのではないか。
自ら価値を決め、自らの人生を創っていく人。そのプロセスの中で他者と協働しなければつくれない仕事やコミュニティがあるから、そこを協働していける人。そんな人の集まりに、地域の未来があると思う。

問うべきは
「どうすれば残ってくれるか?」
じゃなくて
「どんな人に残ってほしいか?」
ではないか。

関係人口も同じだ。
「どうやったら関係人口が増えるか?」
っていう問いの前に、
「その地域にはどんな関係人口が必要なのか?」
「どんな人に関係人口になってもらいたいのか?」
っていうのを決めないと。

そもそも「良さを伝える」って不可能じゃないか。
価値観そのものが揺らいでいるのだから。
良さは本人によって、見出してもらわないことには、「良さ」とはならない。

もっと言えば、「良さ」っていう概念がそもそも比較するということ。
だから、外に出てみないと地元の良さがわからないっていうのもその通りで。
そういう意味では、小中学生は比較対象がないのだから「良さを伝える」っていうのは原理的に不可能なのではないか。

こんな話の中で、育てたい人材像の僕の現時点の案。
要素はこんな感じかな、と。

激動する世の中においても、目の前にある地域資源や周りの人と協働する中で価値を自ら定め、地域と自らの未来を創っていくことができる探究型思考・行動ができる人材

そんな人材と一緒に地域の未来をつくりたいし、自分自身もそんな人材になりたい。

そんな風に共感できる目標がつくれたらいいなあと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 08:40Comments(0)日記

2020年01月19日

「暮らし」とは、分けないこと



昨日は、新潟市×イナカレッジのトビラプロジェクトの発表会でした。
われらが「内野おうちのごはん」プロジェクトも発表しました。

その前の11時~
同じトビラプロジェクトのまきどき村チームがやっているインタビュー展の会場で
唐澤さんと風間さんとトークイベントがありました。

題して、「新しい時代へ向かう、私たちのコミュニティのつくりかた」
大きく出ました。笑

一週間を切った告知にも関わらず、15名を超える入場があって、立ち見が出てました。

トークのハイライトは唐澤さんが地元のじいちゃんに言われた
「まきどき村ってパッとしないよね。でもそれがいい。」

「パッとしない」ってなんだろう?
あるいは「パッとする」ってなんだろう?
っていう問い。

~~~以下トークでのメモ

トビラプロジェクトの大学生に「まきどき村の目的は?」
って聞かれて誰も答えられない。
目的や目標を持って、どこかに向かっていくわけではないから。
「存在価値」とか「有用性」ではなくて、ただ「営み」の中にある。
それがまきどき村の価値なのだと。

TANEMAKI2にも書いてあったけど、システムは自らを維持するため構成員に「有用であれ」そして「交換可能であれ」と迫る。
それって、人の幸せのためにシステムがあるのではなく、システムを維持するために人があるのではないか?

「パッとする」っていうのは、例えばソトコトに掲載されたり、地域外の人がめっちゃ集まっていたり、商品の売り上げが上がっていたり、SNSのフォロワーがたくさんいたり。「数値化」されそうな何かがあること。

「パッとしない」っていうのは、分かりにくいっていうこと。
考えてみれば、まきどき村の活動は、すごく曖昧だ。朝ごはんイベントと田んぼづくりと、日常とイベントが陸続きになっている。
でも、「暮らし」ってそういうことだろう。

「参加」の度合いにグラデーションがあり、それを許容できること。
遅刻歓迎、畑作業も朝ごはんも参加自由、農作業もそうだけど、手伝ってくれるととても助かる。
そんなあいまいさ。それを「ゆるさ」と呼ぶのか。

「パッとしない」は分かりにくい、ということ。
分かりにくい、っていうのは分けられないということ。
お客さんとスタッフを分けないこと。
「暮らし」とは、分けないことなのではないか。

~~~ここまでまきどきトークメモ

これが実にタイムリーに、
「内野おうちのごはんプロジェクト」ともリンクしてくる。

~~~以下、トビラプロジェクト発表会からのメモ

「働き方」を内包した「暮らし方」全体を考えるということ。
たぶん、移住定住とかってそういう発想が必要だし、暮らしは、1家族だけでは完結しないのだから、地域とのかかわりと、地域だけに閉じないように「まきどき村」のような外部との定期的接点・窓口も必要なのかもしれない。

「入口」であり「窓口」のような場所。それを必要としている。
たぶんそれがシステムとしての「大家さん」だ。
かつてツルハシブックスはそういう場所だったのかもしれない。

「内野おうちのごはんプロジェクト」
めっちゃ考察してたな。ふりかえり力がすごい。
「お母さん」タイプと「大家さん」タイプ。それはすごい発見。

「観察する」っていうのが大事だなと。
仮説を立てる前に、まずは地域に入って観察する。そこからだ。

純粋にプレゼンの面白さで言えば、
「葛藤があったかどうか」っていうのはとっても大切だなと。
大学生だからこそ感じる何かを聞きたいな、と。

居場所っていうのは、場所のことではなく、人(の集合)だったり、機能だったりするということ。

アンケートを取りながらも、アンケートって、ツール(手段)だよね、って思えること。
だから、そういう人が何名いて、何パーセントでした、みたいなことじゃなくて、リアルな声として、こういう人がいた、という事実が大事。

~~~ここまで「内野おうちのごはんプロジェクト」のメモ

トビラプロジェクトってなんだったのか?
生み出した価値ってなんだろう?
そんな問い。

「プロジェクトを遂行する人」を育てるんじゃなくて、自分にとっての「暮らし」を主体的に考えられる人をつくっていくこと。
そういう人を増やさないと、新潟市に住む人がいくら増えたって、豊かにはならないんじゃないのか?

今回のトビラプロジェクトで、受け入れ先と運営者にとっての最も大きな問いは、
「プロジェクト(のゴール)をどこまで設定・設計するのか?」という問い。
「価値」についてもっとブレイクダウンして議論したほうがいい。

イナカレッジが「暮らすことを大切にしたい。」って言った時に、
大切なのは「観察する」こと、そして「飛び込む」「中の人になる」ということ。
プロジェクト設計はそこから始める、くらいでいいのかもしれない。
「テーマ」があって、プロジェクトが決まってない、みたいな。

「観察する」っていうのは同時に「感じること」でもある。

きれいなプレゼンや目に見える成果物じゃなくて、
「感じたこと」をできるだけ言語化して、
「価値はなんだっけ?」みたいな問いをお互いにぶつけ合い、
その場、チームでしか生み出せない「何か」を見てみたい。

今回、2つのプロジェクトの発表と、唐澤さんとのトークを通じて、

「暮らし」っていうのは分けないことだと思った。

「まきどき村」は、暮らしそのものの中にある「朝ごはん」
を歴史ある古民家と、集落の人たちとの接点の中につくっていくもので、
「朝ごはん」であるからこそ、参加者と受け入れ側を分けない、というか
参加の度合いのグラデーションが個人に委ねられるデザインになっている。

それは、「営み」の中に入るということ。

それはおうちのごはんプロジェクトの「ごはん会」と「お茶会」の違いでもある。
彼女たちは、その場に行き、地域の人と自らのスタンスの違いを感じ、言語化してみせた。
そしてプロジェクトの目的・意義自体を問い直すというプロセスを踏んだ。
そこには大きな葛藤があった。

その中で出てきたアウトプット。「お母さん」と「大家さん」。
それは自ら(や参加学生)と地域の人を観察し、感じ続けた成果だったように思う。
今回、僕の最大の収穫は「システムとしての大家さん」が可能なのではないか?ということ。
それを作っていくことは楽しい。

「暮らし」をデザインする。

そんな問いこそが、トビラプロジェクトのベースにあるものなのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 08:01Comments(0)日記

2020年01月12日

夢が感染する学校

グローカルリーダーズサミット2日目。
あ、もしかしたら1日目かも。

押方校長の「夢感染」の話から始まる。
「夢」はウイルスのように感染する。
影響し合って、みんなが動き出す。
たしかにそんな風になってるなあ、飯野高校は。

先輩の姿を見て後輩が追いかける。
しかもそれは自発的だ。
うちの生徒こんなことやってたんだ、と新聞で知る。

「やってみる」へのハードルめちゃめちゃ低い。
バスで移動する、ってなったら、
わたしがバスガイドの代わりをしようって。
それはすごいことだと思った。

オープニングから、
自分のチームの面白い人を紹介していく高校生。

その中で紹介されたひとり、
飯南高校の1年生佐々木隆之介くん
お茶が名産なので、
そのお茶の良さを伝えるため、緑茶ラテアートを作っている。
https://tabi.chunichi.co.jp/odekake/190912odekake_1.html

それが飯南高校美術部の活動。
美術部っていうのがいい。

そのあとに「AI時代に大切なこと」をテーマに
ワールドカフェ方式のディスカッションをしていたのですが、
彼が来てくれた時のテーマが「感動」

ラテアートは
目の前のお客さんのために一生懸命に書く。
しかもそれは、無くなってしまう。
写真は撮られるかもしれないけど。

ああ。
そこに芸術性があるのではないか。


お正月に読んだバンクシーのような世界観があるのではないか。

一回性が高いこと、つまり再現性が低いこと。
そこに「感動」があるのではないか。
エンターテイメントとは、
「予測不可能性」とともに、「一回性」が高いということ。

ラテアートっていうのはそういうことだし、
その1杯は、自分自身のために描かれている、
しかもライブで、だ。

そういう意味では、
旅先の本屋(古本屋)で本を買う気持ちにさせるっていうのは
そういうことなのかもしれないと思った。
ああ、この本屋で本を買った、というのを残したい、みたいな。

今回の一番の出会いはそこでした。
そして何より、それこそが「創造的な遊び」だなあと。
探究っていうのは、「総合的な学習」ではなくて、
「創造的な遊び」の時間なのではないか、と。

AI時代になって、
仕事はアートに近づいていくと思う。
感性と志が必要になってくる。
それを「探求」するのが「探究の時間」なのではないかと。

以下メモ

★大崎海星高校「みりょくゆうびん局」

2018同好会
2019部活動に昇格

・県外での説明会/みらい留学フェスタなど
工夫したこと:大きな名札をつくる。
↑これ、意外にめちゃめちゃ大切。手作り感でるし。

・学校見学ツアー
みらい留学フェスタにきて、興味を持ってくれた中学生が島にきてくれるときに2日間ツアーを行う。
そのツアーはみりょくゆうびん局が企画実行する。
2日目は町内各地をまわったり、オリジナルハンバーガーをつくったりする。大崎上島学の体験もある。
寮生活のリアルを見せることが大切。
「生き物」「交流」「創る・発信」「校内」の4つのチームがあって、昼休みや放課後にミーティングしている。
11月にお邪魔した時にはランチミーティングを見せてもらった。

★兵庫県立生野高校「播但線プロジェクト」
「バンタリスト」「バンタる」の言葉をつくり、播但線を活性化する。
電車って高校生にとっては日常だから、リアルに社会とつながれる場所になる。
彼女らもお菓子食べながら「バンタリスト」を生んだように
高校生は「言葉」を生み出す力はあるように思う。
キャッチコピーの教室とかやったらいいのかも。

午後からは、大人の勉強会。


浦崎先生のプレゼンに釘付け。
日本が経済的に後れを取っているのは、バブルが崩壊したからではなく、
新しい社会に対応できていないから。
知識が瞬時に賞味期限切れとなるsociety4.0時代に、「学校」は何ができるのか?

今回の僕としてのポイントは、探究の課題設定のところ。
浦崎先生のスライドを写経。

課題設定8か条
1 自分が心底「これをやりたい!」と思える(ジブンゴト)
2 自分の特技や持ち味を活かし、これを伸ばして成長でき、自分の個性が社会で役立っているイメージが持てる(進路展望)
3 学校の諸科目と「より広く・より深く」つながっている。(学ぶモチベーションの向上)
4 仮説「~すると、~になるはず」があり、これを検証できる(探究プロセスが含まれる)
5 地元(個人・地域)に具体的なニーズがあり、快く支援が受けられる(多様な人々の共感的な参加を期待できればベスト)
6 先生や地元の方々が連絡・調整・経費面で負担感を覚えない(実現性)
7 評論家的な提案に終わらず、知恵を絞り、汗を流すことで、課題解決に貢献できる。(提案・計画は「仮説」、行動して「検証」)
8 決められた期間内に「一話完結」できる。(壮大な計画の尻切れトンボはダメ)

キーワードとして、
「カリキュラムマネジメントと個別最適化」
「地域課題解決と個別最適化」
というのが挙げられた。

たぶんここ。
各科目へつながっていくようなプロジェクト。
地域の課題解決につながっていくプロジェクト。
でもその出発点には個人の問い。
当事者性の高い問いがあってはじめて前へ進む。
昨日の子育て応援プロジェクトNOGIKUもまさにそうだ。

そこへ行くには最初は先生やコーディネーターの支援が必要なんだと。

浦崎先生が
学習行動を自動車の走行を例に出して
説明していたのが素晴らしく面白かった。

学習=走ること。
4サイクルエンジンを回すこと。
学力低下=パワーダウンだと。

そこで「学力向上」が叫ばれ、
教師は一生懸命車を押した。

押された車はどうなったか。
D(ドライブ)からN(ニュートラル)へと
ギアを変えてしまった。
つまり、思考停止。
何も考えずに知識を詰め込む子が増えた。

もういちどDへとギアを入れないといけない。
そして走行に必要な燃料を投入しないといけない、

かつて昭和の時代は、燃料として高収入というインセンティブがあった。
もはやその燃料は枯渇している。

「探究」の4サイクルエンジン
課題設定→情報収集→整理分析→まとめ表現

それを回すには、燃料をふたたび知的欲求にするしかない。
「知りたい学びたい実現したい。」をエネルギー源にしていくこと。

先生の「負担感」の問題。
地域に開かれた教育課程は必須。むしろ減らすなら教育課程外の部活動。
「産みの苦しみ」はもちろんあるけどね。

「学校」と「地域」お互いが困っていることを一気に解決するところにプロジェクトを作れないか。
なるほど、「探究」っていうのは、デザインプロジェクトなんだ。

自分ごとになる入口。
まずは地域に出て活動して「楽しい」と感じること。
地元が意外に楽しい、と思えること。

中学までにやってきた「ふるさと教育」をもう一度やってみること。
これ、ありだな。
高校1年次はまずこれかもしれない。
そのやり方を探究の4サイクルエンジンでやってみる。

~~~ここまで浦崎先生の講座と僕のメモ

昨日見た飯野高校の発表。青天井に上がる当事者意識とモチベーション。
それはひとえに、「知的欲求」をエネルギー源としているからだ。
そして、それをサポートする教員チームもそこから学んでいるからだ。

冒頭のあいさつで校長が言っていた「夢感染」する学校がここにあった。

今回、ラテアートをつくる三重県立飯南高校美術部佐々木くんとの出会いで
あらためて気づかされたことは「一回性」の価値だ。

「教育」にも歴史があり、歴史の分経験があり、メソッドがあるのだけど、
1つ1つの探究プロジェクトは、一回性の高いものとなる。

その時、その生徒の心の動きを大切にする
いま、この瞬間の地域の状況を大切にする
地域の人たちが抱えている課題も大切にする
学校で学んでいる教科との連携・連動も大切にする

「子育て応援プロジェクト」はこれからも探究活動として後輩や別の様々な地域でも行われるだろう。
でも、ふたりがやった、二人が感じたそのプロジェクトは、二度とない。

「学び」もアートに寄っていくだろう。
そして「学び」の前で人はフラットになる。

僕がつくりたいのは、たぶん、そんな「場」なのだろうと
なんとなく思えた宮崎遠征でした。  

Posted by ニシダタクジ at 08:59Comments(0)日記

2020年01月11日

「その人」は世界を変える人かもしれない



宮崎県立飯野高校のグローカル学習成果発表会。
冒頭の押方校長のあいさつから激アツ。

あなたの隣にいる「その人」は世界を変える人かもしれない。
「その人」はあなたかもしれない。

うわー。って
そんな気持ちで、目の前の生徒に接してたら、
隣人に、同僚に接していたら、いい場になるのだろうなと思った。





ローカルJR線「吉都線」に観光列車を走らせるプロジェクト。

ニュースを総なめにした企画。
観光列車からのえびのツアーで
酒造めぐりとかライブとかを企画して電車+バスツアー。
旅行業者との折衝、市役所との調整、プレスリリースと、ぜんぶ高校生がやるんだなあ、と。
まさに「プロジェクト」「ベースド」「ラーニング」だなと。

課題は
・交通:吉都線の大雨からの復活できるか?
・内容:人が集められるのか?
・お金:20万円どうするか?
いやあ、これがガチのプロジェクトだなあ。
こんなのやってたら大学の推薦入試うかりますよ、みたいな。







今回一番びっくりしたのは、チームNOGIKU(野菊)の2人のプレゼン。
もうそれは、NPO立ち上げのストーリーかと思いました。

子どもの虐待のニュースを見て心を痛め、まずはその実態を調査、だれが虐待をしているのか?なぜ、虐待が起こるのか?を取材とアンケート。

母親の「育児ストレス」が原因となっていることを知る。
1 ストレス発散の場がない
2 いろんな情報がありすぎて不安になる
3 産婦人科がなく相談場所が少ない。

そこで、子育て応援イベントを行う。

お母さんはアロママッサージ。
そのあいだ子供は高校生が預かる。
おひるね、おすわりアートかわいかったし、それで子どものさらなるかわいさに気づく。
なるほど、これはソーシャル・デザインプロジェクトだ。

ネクストアクションとしてカフェを開催したりする。

講演会に参加したり市外のさまざまな子育て施設を見に行ったり、、、
いやあ、これは、NPO設立の動機を聞いているようなプレゼンでした。

ポスターセッションには
SDGsの視点っていう項目もあり。


驚いたのは県教委の先生の講評。
これが熱いの。

手づくり感。みんなが「参加」していること。
学びは世界を豊かにするもの。机上の空論であってはならない。
今、飯野高校で学べてラッキーだ、と。
「飯野プライド」を持って、卒業してください。

シビれた。
そうそう。

「飯野プライド」

隠岐島前の岩本さんもテレビで言っていたけど、
誇らしさと感謝をもって卒業してもらえるような学校をつくる。
それは、先生だけではなく、生徒も、地域も一丸となってつくるということ。
それが飯野高校にはあったなあと。

あと、今回いちばん学んだのはチームNOGIKUのプレゼン。

「当事者意識」って地域の当事者に出会うことによって、青天井に上がっていくんだって。

小さなニュースに心を痛めたっていう出発点から、地域の人に話を聞けば聞くほど当事者意識が上がっていく。それと同時にモチベーションも上がっていく。

そしてそれが地域のモチベーションまで上げていく。
探究ってそういうことか、と。
「探究」はそういうことまでつながっているんだなって。

「探究」がつくりだすもの。
それを見てみたいなと僕は心底思った。

ラストに、もういちど、押方校長の言葉を。

あなたの隣にいる「その人」は世界を変える人かもしれない。

「その人」はあなたかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 07:17Comments(0)日記

2019年12月24日

「高校魅力化」が問いかけるもの


山倉あゆみさんを招いて勉強会。

前から活動には注目したけど、
ちゃんと整理して話を聞くのは初めて。

昨日の新潟市のイベントでも
どんどん先に行っている感じに、
追いついていかなきゃって思った。

~~~以下講演メモ

パティシエとしてのキャリアスタート。
2000年代のカフェブームだったが、誰もお菓子作れる人がいなかった
→お店に合ったオーダーメイドスイーツの企画制作卸を中心にメニュー開発とイベント企画運営

「自分はパティシエだと思ってた。ところが自分は自分だった。」
朝、昼、晩と3つの仕事を同時に回してた。

2010年ケータリング&フードデザインラボ「DAIDOCO」を設立。
空間を食空間に変える。

★歴代ミッション
⇒後から考えてそういうミッションだったなとわかる。

2012年水と土の芸術祭:「食の仕事」を問題解決プロジェクトにする

青果氷店:「旬」の味を表現する
https://twitter.com/daidoco7c

古民家再生「KOKAJIYA」
https://kokajiya.com/

メディアに出るときも、こちらで編集していく
野菜のイラスト

西蒲区・巻・岩室エリア
ファームフラッグ:にしかんファーマーズ
http://farm-flag.com/topics/115/
★地域の旗を揚げる。
★地域の人はどうやったらカッコよく見せるか?
★カッコイイって言われるとやる気が出てくる。

・泊食分離
・交付金採択
・グリーンツーリズム
・移住希望者増加

にいがた郷土料理ワンダーランド
http://daidoco.net/niigatalocal/
★「食」の奥深さ

そら野テラス
http://sola-terra.jp/
空と野のおすそわけ。
10代から80代までの加工チームが惣菜をつくって売る。
★電線がない、この風景を守りたい

はちみつ草野
http://mitsukusa.com/about/
★「はちみつには使命があります」
★あなたにも使命があるんじゃないか?って問いかけてくる。

★「彼らをプロデュースすることで誰が幸せになるのか?」
★「誇りの空洞化」そのものに挑んでいるんだ。

三条スパイス研究所「にほんのくらしにスパイスを」
http://spicelabo.net/
ウコンをめちゃめちゃ研究してるおじいちゃんにフォーカスする「研究報告」
http://spicelabo.net/topics/
「スマートウェルネス」という出発点
朝市ごはん。
放課後の子供たちが「何かやることない?」って集まってくる。

★妄想プレスリリースをつくる

ただただすごいなと。
スパイス研究所ってネーミングの妙じゃないんだ。(ごめんなさい)
研究めっちゃしてるって。

山倉さんのプロダクトすべてに問いがある
しかもそれは切れ味がすごい問い。

あなたにも使命があるんじゃないか?
あなたにとってスパイスってなんだ?
新潟そのものの豊かさってなんだ?

そんな問いがあって、
事業を実践していくことで、
地域の「誇り」そのものが生まれていくような、
そんなプロジェクトばかりで、圧倒された。
そのプロセスを僕も体感したいと思った。

~~~ここから後半のディスカッションメモ

★足元100mのことを語れない人は世界に通用しない

地域の人との「関わりしろ」をつくる:温泉は最適
日常を見せること→「引退するとやることがない。」
地域系部活動、民泊(体験)、地域メディア

下田村「村長の家」
https://note.com/_cozucozu/n/n91f3137842c2

軸足を「進学」から「地域活動」に移す。
★地域で探究活動をすることで進学実績につながる。

「勉強」「学び」と「生活」「暮らし」のあいだに
「学び」プロジェクトを作っていくこと。
暮らしをどうデザインするか?

1番最初のパワーワードを見つける。
中学生にも届ける。

飛騨ジモト大学
http://www.hida-jimoto-daigaku.jp/

★大人が暮らしを見せていく
地域の人とのコミュニケーションが探究の種になる。

・暮らしがイメージできること
・中学生が魅力的に思えること

★同じ船に乗り、目的地を共有すること

~~~以上ディスカッションから。

今後の取り組み

「高校」「町(役場)」「地域の大人」「魅力化」の
やることのリスト化をする。
地域の人ともコミュニケーションして
刺さる言葉(パワーワード)を見つける。

「自分がどれだけワクワクできるか?」
「全体像が把握できる俯瞰図をつくる」
これをまずやっていこうと。

「高校魅力化」と「地域づくり」「観光振興」「生涯学習の推進」「健康増進」
すべて一体だと思った。
そしてそれはこの町でしかできないと思った。
この町でやる意味と意義と役割があると思った。

僕たちはこのプロジェクトを通して、世の中に何を問いかけるのだろう?
そんな問いが生まれた。

冬至を過ぎ、新しい1年が始まった。

この町に足を踏み入れるだけで、
中学生が魅力だと感じてしまうような、
地元の人たちの生きるモチベーションが上がるような、
地域と自らの誇りを取り戻していけるような、

そんなプロジェクトをつくる。  

Posted by ニシダタクジ at 08:20Comments(0)日記

2019年12月22日

「学びの生態系」をつくる

新潟日報の1面に登場しました。
うれしい。





記事は「むかごジェラート」の完成と、
12月21日、28日、1月5日に行われる温泉カフェのことでした。
(全日13:00~18:00 場所:津川温泉清川高原保養センター)

ということで、21日温泉カフェ本番。
真冬の温泉でかき氷販売です。





まずは杉崎さんからかき氷のレクチャー。

本人たちも「レガッタ大会より作業効率が上がった」と言っていたように、黙々とかき氷をつくります。



辻さんもコーヒー焙煎に挑戦!

そして、たくさんの人が買いに来てくれました!





かき氷は合計41杯の販売。
その他、むかごごはんやコーヒーを合わせて
売上合計は23,300円でした。
(むかごジェラートは別会計のため集計せず)

ふりかえりで出た「予想しなかったよかったこと」

・温泉で暖まった後ということもあり、冬にかき氷が好評だった。
・営業中に士気が下がらなかった。
・新聞見て電話してきてくれた人がいた。
・おばあちゃんがみかんくれた。
・facebook見てきてくれた人がいた。
・全員が仕事していた。
・コーヒー焙煎が楽しかった
・コミュニケーションすると買ってくれる
・しゃべるためにコーヒーを買ってくれたおじいちゃんがいた。
・コーヒーの香りもいい感じだった。
・実際にお客さんと話してみて、いいアイディア、意見をもらえた。

来週28日に向けて。

・休憩時間を設定する
・レジの場所を決める。
・お客さんともっと話したほうがいい。
・休憩室で休んでいる人に話をしにいく。
・ピーク時(14時くらい)の設定をする。夕方は減速した。
・テーブルに高校生1人ずつつけてみては?
・そろいのTシャツを着るとか?
をやっていきたいと思います。

~~~以上温泉かき氷ふりかえり

あらためて阿賀町の「資源」に気づいた1日となりました。
つくりたいのは「学びの生態系」。

まちの多様な人が複雑に関係して、
ともに「学び」の場、空間、環境をつくっていくような、
「機会から学ぶ」を体現するような、そんな生態系。

観光振興も、まちづくりも、生涯学習の推進も、
みんな一緒になってしまえばいいと思う。
その核に、高校生(中学生)はなりうると思う。
そしてそれが高校生(中学生)自身の探究的学びのスタートになるんじゃないか、と。

教師も、講師も、生徒も、大人も、子供も、
そんな区別が必要ないような、「学びの生態系」をつくる。

「人間も一本の織り糸に過ぎない」
若かりし頃、環境問題を学んでいたとき、衝撃を受けた言葉。
「自分もこの町の一本の織り糸にすぎない」
と思えるような機会をたくさん生んでいこう。

レガッタ、くるみ、むかご、雪椿、
れふぇり、目黒農園、久太郎、
そして見守り、応援してくれる地域のみなさん。

ともに学び、ともに創ろう。  

Posted by ニシダタクジ at 08:32Comments(0)日記

2019年12月09日

「判断」の余白をつくる

栃木・那須にある非電化工房に行ってきました。
行きの電車の中で読んでいたのはこの本。


「野性の復興」(川喜田二郎 祥伝社)

こちらのW型の問題解決図式。
これが面白かった。

P109のこの図

「ひと仕事」とは、このように動くのだと。

それは「実行」「実践」ではなく、「執行」に過ぎないのではないか?
と川喜田さんは問いかける。

何が違うのか?
そこに「判断」「決断」がないからである。「判断」することのなければ、実行、実践とは呼べず、単なる「執行」である。
これは厳しい一言だなあと。

A 探検 →B 野外観察 →C データをして語らしめる
→D 評価・決断・構想計画→E 具体策・手順化
→F 実施 →G吟味検証→H 結果を味わう
というW型で起こっていくのだと。

ああ、そうか。
「仕事」にモチベーションが上がらないのは、
F以降、むしろFのみのことしかやらせてもらってないからだ。

あ、それって「学習」も同じだ。
学校の授業にはFしかないんだ。
授業案もぜんぶ先生がつくっているから。

そして、非電化工房見学会へ。


予算50万円で建てた非電化カフェ。

中に入るとこんな感じ。




~~~ここから見学会メモ

「非電化工房」見学会に参加。
感想がうまくまとまりそうにないけど、一言で言えば、ジーンと来ちゃったなあ。静かな感動というか、そういうやつ。
高校~大学の僕のトピックは環境問題だった。その頃に出会っていたら、1年修行したかった。
環境問題は技術でなく、価値観の画一化と思考停止の問題だと思った。

生きる力。食べるもの、住む家、エネルギーを自分で何とかすること。
+生活に必要な資金を稼ぐこと。
特に住む家を自分で建てられるというときの安心感。50万円で家は建つ。

テスト弟子入りのポイント
1 体力
2 性格
3 志

杉皮の遮光性とか、もみ殻の断熱性とか、すげえなと。自給できるじゃんって。

「非電化」というのは、「電気を使わない」ということではなくて、「電気に依存しない」ということ。
「お金やエネルギーに依存しない」ということ。「生きていける」という実感。

「現代の縄文人」っていうか、そういう感じ。
テクノロジーさえも自然資源とするような。

「保温調理器」とか「圧力鍋」とか。
エネルギーを与え続ける必要はなくて、温度を保てばいいのだと。

白金カイロ「ひとりキャンペーン」。
いいなあ、藤村先生の遊び心。

土塗りワークショップの一番の利点は仲良くなること。

「非電化工房じゃないとできないワークショップ」
同じワークショップは2度とやらないという発明家の意地。
でも、あまりにもそれだと大変なので、やっぱり2,3回はやろうかという余白。笑。
その余裕が魅力だ。「しなければならない」「こうでなければならない」は一つもないのだから。

女2人で2日で1万円で井戸を掘るWS
http://hidenka.net/seminar/ws2018/ws5.htm
いきたい。

もはや上水道は維持できない。
だとすると、井戸を掘るしかないよね。
出るまで掘る。1人ではやらないこと。みんなでやること。

「発明家」とは何か?
困っている人がいたら何か発明して解決する人のこと。

汚い水が原因で子どもが毎日死んでいる。なぜそれを放っておくのか?という憤りから始まった井戸掘り。
お金を使わないで井戸を掘る方法はないか?女の人は子どものためなら動く。だから、女2人で、ってタイトルなのか。

ワークショップで簡単に水が出るのはあまりよくない。井戸掘りの技術そのものがすごいのではなくて、出るまでやっても1万円しかかからないこと。みんなでやれること。出るまでやり続けることができる、という価値。

「お金があることでチャレンジできる」のではなく、「お金がなくてもチャレンジできる」へ
出るまで掘れば井戸から水は出る。やればできる。

「非電化工房」全体の横たわる遊び心がすごいな、と。日々実験してる。

「時間が止められるか?」という問い。
「空間が狭くなるほど時間は長くなる」理論。面白かったな。

クレーの絵と谷川俊太郎の詩で感動できないはずがない。
→感動できないのは時間に追われているからだ。
→時間を止められる場所をつくれないか。
→ツリーハウス。

猪熊弦一郎×ホンマタカシも感動できないはずがない。
「時間の流れを変えられないか?」という問い。

「非電化」っていうのは技術じゃなくて思想や文化、なのだなあと。
そこに若い人が吸い込まれていくのはよくわかる。
それでいて思考停止させない余白だらけの空間がある。
常に判断、し続ける。

非日常空間をつくるには、太陽(光)を見せないこと。

「窓」とはいったい何か?
採光や風を通すという機能以外の何か、もっと大事なものが入ってくるのではないか?
それは未来や希望なのかもしれない。
想像力。

「機能」よりも大切なものがあるんじゃないか?という問い。

~~~ここまでメモ

どこまでも遊び心にあふれた発明家、藤村靖之さん。
「非電化」とは、「電気を使わない」ことではなく、「電気に依存しない」こと。

そして、「非電化工房」っていうのは、
巨大な実験場で、日常生活そのものを「自らつくる」という
プロセスそのものを楽しんでいるところ。
発明家の意地、誇りから始まった井戸掘りプロジェクト。
家を自ら作ることで得られる、圧倒的な安心感。

「時間を止めることができるか?」
「窓」ってそもそもなんだろう?
と実践を通して問われる哲学的な対話の時間。
ここには、川喜田さんの言う「仕事」が、たしかにある。

それは、探検(実験)し、野外観察し、評価と決断をして、
次の策を考えるという問題解決図式の本質がある。

「仕事」から「判断」を奪えば、それは「仕事」ではなく「執行」になる。(川喜田二郎「野性の復興」より)

この言葉は重い。
多くの人たちが「仕事」と呼んでいるものは、実は「執行」に過ぎないのではないか。
それは組織の問題でもあり、規模の問題でもあり、個人の問題でもある。

「学び」もきっとそうだ。
「授業」がそもそも「執行」に過ぎないのではないか?

そこに「判断」があるのか?
「構想計画」があるのか?

「課題が与えられ、解決策を提案する」
「観察」も「判断」も「執行」もない。
そんな授業でどんな力をつけようとするのか?

「判断」の余白をつくること。
そこに「主体性」と呼ばれるような何かが生まれるのだと思う。
それは「好奇心」だったり「探究心」だったりするのだろうけど。

たぶん、そこが一番大切なところだと。  

Posted by ニシダタクジ at 10:20Comments(0)日記

2019年11月18日

高校生がまちに魔法をかける

高校生による高校説明会@村松高校

村松高校
新津高校
阿賀黎明高校
新津工業高校
新津南高校
五泉高校
の6校がプレゼン。(発表順)


阿賀黎明高校は3番目。
自分たちの書いた原稿で主に行事紹介を行った。

こんな風にすればよかった。は、
・「個別最適化」を伝えるには個にフォーカスしたムービー
・「安心」を伝えるには黎明学舎のお兄さんお姉さん
・「黎明で探究」的な活動紹介、かな。

以下、他校の発表を聞いたりしてのふりかえりメモ

~~~

パターンとしては、
学校の特徴→学校案内(授業、行事など)→部活紹介
が多い。

半分くらいの高校は、
配布資料の各校の「学校案内」読めばわかるでしょ
みたいな説明をしていた。
それは別に高校生がしなくてもいいのではないか。

高校生が説明する意味。
それをもっと考えたほうがいいと思った。

主語は学校なのか?
ひとりひとりの生徒なのか?
でプレゼンは全然違ってくる。

聞きにきてる中学生(3年生だけではなかったようだ)も親も真剣そのものだった。

「就職希望する人はインターンシップとかキャリア教育が充実しているから来い」
「進学を希望する人には特進クラスがあって0限から授業があります」
みたいなターゲットに特化したメッセージも必要。

ある高校は最後に、いじめ対策のことを言ってた。
たしかにそれも心配。
動画で1日の流れを朝から放課後までおいかけた高校もあり。

なぜ今、私は3年間をその高校に投資しなければならないのか?
そこに行くと、自分の子どもは将来幸せになれる可能性は高まるのか?
この2つの問いに答えられるプレゼンを。

進路(進学)の実績を数字で語ることに意味があるのか?
→もっとひとりひとりの生徒にフォーカスしてみてもいいのではないか。

圧巻だったのは、
地域唯一の総合学科を持つ隣町の高校のプレゼン。
もうびっくりした。

まず冒頭から
「進学型総合学科」を名乗り(コンセプトの明確化)、
数英の習熟度別クラスを説明。ここまではよくある。

その次に
1 英語を特に頑張りたい生徒は、週13時間を英語に費やすことができる。
2 工学部を目指している生徒は、週17時間を数学と理科にすることができる。
3 就職を希望する生徒は、資格などに特化してカリキュラムを組むことができる
と3つの事例を紹介。

つまりこれはウチの高校に来ると「個別最適化」できますよ
というメッセージだ。

そのあとに、なんとクイズ。
創立の時代は明治か大正か昭和か?
双方向のコミュニケーションはなかったけど、
観客を楽しませようとしていた。

つまり、この高校のプレゼンテーションは、
「まず楽しくて、がんばれば進学もできますよ」
というメッセージを発していた。

学校紹介プレゼンのあと、
生徒が取り組んだプロジェクトの発表。

隣町はニット生産で有名なまちだが、
「ニットフェス」のイベントに合わせて、
さまざまな企画を立案、実行したプロセスの紹介があった。

ニットを使ったノベルティグッズを自分たちで制作し
イベントをPRする。

高校生プロジェクトとしてフォトコンテストを企画。
ハッシュタグを付けて投稿する方式でフォトコンテストを行った。
来場者は平年の2倍になったという。
アンケートを分析、対策している。

来年はバスツアーを企画。
ニットを完成させる合間に、まちのおいしいランチやスイーツが
食べられる女性向けのツアー。

その集客方法として、フォトコンテスト応募者にDMを送る
とかいうマーケティング方法を披露。
それは純粋にスゲーって思った。
フォトコンテストをインスタ上でやる意味、みたいなの。
あとはプレスリリースをする、とかも言ってた。

ほんと、大学生の経営学部の2年次のゼミのプレゼンかなと思った
PDCAとか、SWOT分析とか、STP設定とか、
誰か先生が教えてるんだろうなっていうマーケティング用語が
随所に出てきたのはかわいかった。
まあでも、「ビジネスごっこ」だとしてもすげーなと。

~~~ここまでメモ

高校生はそんなことまでできるんだ!
っていうのはたしかに思ったし、
会場にいた多くの中学生やその親は、

「個別最適化」してくれて、
「コミュニケーション」しようとする先輩がいて、
「地域の団体・企業と一緒に青天井にチャレンジできる」
っていうのは、伝わったのだろうと。

しかし。
最後のプロジェクトに関して、
ひとつだけ指摘すれば、
これはある程度設定・設計されたプロジェクトだ。

1 誰と
2 いつ
3 どこで
4 なぜ
5 誰のために
6 何を
7 どのように

の中で、4 なぜ の要素は、地域サイドから出てきている。
もちろん地域の課題をジブンゴトにする、という観点からすれば
それはそれでいいのかもしれないけど。

成果の測り方も、数字そのものだ。
来客が何人伸びた、フォトコンテストの参加人数は何人、だ。

もうひとつの別の「価値」があるのではないか?
そして、それを問うことこそ、高校時代に必要なのではないか?

地域課題解決(デザイン)と自らが心から感じた問い(アート)の
真ん中にプロジェクトが作っていけないだろうか?

数値化できる「学校化」された価値ではなくて、
自らが価値だと認識する価値へと向かっていけないだろうか?

「探究」するっていうのは、そういうことなのではないか。

さまざまな「機会」を得ることで「対話」が生まれ、
「実験」したくなる題材が見つかる。
そのサイクルの中で、

「おおお!これは。」
と感嘆符なしでは語れない出来事が生まれる。
あとはその題材を探究・探求していくこと。
たぶんそういうことなのだろうと

百姓3.0
自らの仕事の価値は自らが決める。

そんな人材が育っていくための題材が、
この町にはあふれているのだけど、まだ眠っているだけだ。

今回の学びの最大のところは、
高校生がまちに魔法をかける、ということ。
高校生ががんばっていると、まちの人は応援したくなる。

高校生が編集し、発信すると、
その面白さに、みんながワクワクする。

そんな魔法の中に、
いつしかプロジェクトをやる高校生自身が入ってしまう。

それが、「夢中になる」っていうことなのではないかって思った。
夢中になる瞬間を、もっともっと作っていきたい。  

Posted by ニシダタクジ at 07:53Comments(0)日記

2019年11月16日

アートとデザインのあいだ

長岡で大正大学浦崎先生の講演があるので電車で移動。
電車内読書はこの本。

学校の「当たり前」をやめた。(工藤勇一 時事通信社)

すごい。
改革がすごいというより、問いを立てる力というか、
常識を疑う力がすごい。

以下、ビビっときた語録

学校という存在自体も手段の一つにすぎず、目的ではありません。

「関心・意欲・態度」は、目に見えない尺度だけに、評価するのが難しいものです。
そのため、宿題の提出量や授業中の挙手回数などをカウントし、それを評価に活用していることは珍しくありません。

そもそも学力をある時点で切り取って評価することに、意味があるのでしょうか。

担任制はなんのためにあるのか?

これまでの学校教育では、「規律」や「団結」が尊ばれ、私自身も、チームが一丸となって何か達成するといったストーリーに感動してきました。

人が社会で生きていくスタイルそのものがアクティブラーニングだからです。

社会でよりよく生きていけるようにするという目的に対し、寺子屋が最適な手段だった

~~~

と、こんな感じ。「そもそも、何のためにあるのか?」
ってすごい根本的な思想だけど。

からの大正大学浦崎先生の講義「地元回帰の人材育成」。



講義のあとのアリバイ作り写真。(笑)
講義に興奮して赤くなってます。
いや、ホントに行ってよかったなと。

事例として出てきた飯野高校。
生徒たちが主体的にガンガンと地域で活動していて、
先生たちは新聞を見てそれを知る、みたいな。

「観光列車を走らせたい」って思ったら
本当に実現させてしまう先輩を見て、後輩は奮起する、みたいな。

恋愛のように、夢中になる地域での活動。
たしかに、部活や遊び、恋愛を超えるワクワクは
地域で作れると僕も思う。

~~~以下メモ

なぜ「地域で探究」なのか?
社会に出たときに求められる力:よりよい提案・アイデア・プランを生み出す力
=仮説:AをするとBという結果が出るはずだ
仮説が正しければ結果を出せるが、仮説が間違っていれば結果は出せない。
⇒より正しい仮説を生み出す力」が必要

1 思いつきレベルの提案:実効性なし
2 妥当性がある提案:仮説(前提条件)の吟味を行う⇒実効性あり
情報収集・整理分析・まとめ・表現
3 実践して仮説を検証:解決プランの実践⇒解決プランの修正
⇒現場(地域)での実践が必要

これからの新卒採用

・社会人基礎力と学歴(偏差値)は相関しない(高校卒業時までに決まる)
・社会人基礎力は出身高校による差が大きい
・社会人基礎力を育成する力の高い高校の卒業者を採用したほうがいい

地域が稼ぐ力/地域で稼ぐ力
→仮説形成能力がつく:地域が検証の現場になる
地元企業が採用したい若者像
→地域と豊かに関わってきた高校生が有望
・元気で提案力がある
・人柄や能力を熟知している
・幅広い年齢層と関われる
地元に回帰する可能性
→大人との一体感がカギ
採用の視点が激変する可能性
→高校に焦点、地域連携に誠実なほど有利

Society5.0
狩猟→農業→工業→情報→AI

人間には容易だがAIには困難なこと
1 現場で「感じる」こと
2 問いを立てること
3 意味を味わうこと
→探究(自問自答)によって

・課題発見(問い)には、現場(地域)で感じることが必要
・感性には個性→探究テーマは高い個別性

習得すべき知識量も以前よりさらに増加
→「与えた知識しか頭に入らない」:指示待ち人間を量産
→「放っておいても自ら吸収する力」が必要:探究する態度・能力の育成

Society5.0
人間にしかできないこと「探究」
Society4.0
「知識」は瞬時に賞味期限切れになる
・「知恵を生み出す」力が必要
・「三人寄れば文殊の知恵」
・「徹底的に個性を伸ばす」ことが必要

「対話」の重要性(三人寄れば文殊の知恵)
主体的・対話的で深い学び
お互い思い切りとがっているほうがよいものがでる。

若者が帰属意識を持つ集団・場所
1 親近感・一体感をもてる人がいる
2 自分をそこで表現できた
3 自分がそこで成長できた
若者は自分に無関心な地域には戻ってこない。
信頼を寄せる大人から誘われれば喜んで参加し、一緒に挑戦し、表現・成長できる。

Society5.0時代の教育
一人ひとりの感性・興味関心に応じた探究。
公正に「個別最適化」された学びが必要。

「個別最適化」された学び:問いに当事者性がある
地域課題解決(地域素材×探究能力)
その真ん中にふるさと教育(担い手育成)をつくっていく。

1 何を理解しているか、何ができるか
2 理解していること・できることをどう使うか
3 どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか

高校生が地域の多様な大人とともに、地域の課題発見・解決にあたる
⇒関わり合いを通して、大人も地域も揃って変容する。

行政プロセスと学校のプロセス:
「教授」から「探究」へ。

「教授」:一方向、正解を持っている
・対話性が乏しく全体最適案・深い理解ができない
・委員(生徒)の当事者性や創造性は高まらない

「探究」:委員(生徒)からの問いを誘発する
・自分たちで考える
・対話性が高く、納得感の高い解に至る
・委員(生徒)の当事者性や創造性が高まる。

~~~以上メモ

「地域の課題解決」と「問いの当事者性」の真ん中に
探究をつくっていくこと。
ここは非常にその通りだと思った。

僕は少し表現が違う。
アートとデザインのあいだ。
「課題解決」って、むずかしいし、マイナスをプラスにするようなエネルギーが必要

だから「デザイン」なんだ。
縦割り社会で予算が削られていたら、
課題をそれぞれ単独で解決することはさらに難しい。

「まちの保育園」で、高齢の方が幼児の見守りをする、など。
課題と課題を組み合わせると、一方の課題は一方に対して資源だったりする。
そういうことだ。

もうひとつは「アート」、自分の当事者性のある課題、テーマ。
「表現したいこと」に出会うこと。

それには、地域が必要。
「お客に出会うこと」が必要なのだと思う。
「この人のために頑張りたい」と思える何か。

デザインは社会を出発点にして、アートは主観を出発点にしている。
そのあいだ。そこに探究テーマをもってくること。

なんか、見えてきたよ、なんとなく。  

Posted by ニシダタクジ at 08:28Comments(0)日記

2019年11月09日

あなたは何芸人なのか?

ギャップ萌え人材。
みんなが〇〇芸人になったほうがいい時代。

生きづらさの本質は、
世の中がひとつの価値観で支配されてしまったからだと思う。
上野千鶴子さんの言う「学校化社会」である。

「近代」という「旧パラダイム」(17.4.30)
http://hero.niiblo.jp/e484636.html

上野さんは言う。

近代とは、「いま」を大事にしてこなかった時代です。逆にそれを、現在志向とか刹那主義といっておとしめさえしてきた。そして、将来のためにいまを営々と刻苦勉強し、「がんばる」ことを子どもたちにも要求してきました。「そんなことで将来どうするの」「大人になったらどうするの」と、つねに子どもは「将来」から脅迫され、いまを楽しむことを許されませんでした。現在を奪われた存在、それが近代の子どもたちだったのです。

偏差値の呪縛から自分を解放し、自分が気持ちいいと思えることを自分で探りあてながら、将来のためではなく現在をせいいっぱい楽しく生きる。私からのメッセージはこれに尽きるでしょう。

それだよな、と。

そして、坂口恭平さんは「独立国家のつくり方」の中で、
「放課後社会」を定義する。

自由とはタテの世界を行き来すること(13.1.19)
http://hero.niiblo.jp/e229119.html

この本の中で例えられているのは、「学校社会」と「放課後社会」というふたつの世界(レイヤー)

学校社会の中での評価基準は「勉強ができる」が最高で、「スポーツができる」だったり「音楽ができる」という評価ポイントがある。それは学校の先生によって測られる。

放課後社会は、もっと自由だ。人が2人以上集まったら、そこに放課後社会が形成され、そこには独自の価値観がある。

この本の中には放課後の土井くんという工作のものすごい得意な子が出てきて、それは放課後社会で著者の圧倒的リスペクトを受けていた。しかし彼の学校社会での評価はあまり高くはなかった。

坂口さんは言う。
放課後社会は無数にあり、しかもそれは匿名化されていないリアルな世界だ。

~~~ここまでブログから引用

そう。
「放課後社会」を自らつくっていくこと。それが必要なのだと思う。
「勉強」でも「部活」でもない、第3の道。いや、第3の道は無数にあるのだけど。
それは、たぶん、ひとりひとりが生きるために必要なのだ。
その第3の道を探究していく方法のひとつが大学進学なのだと僕は思う。
それに気づくこと。

今日は、橘玲さんの「人生は攻略できる」から、なぜそれが必要なのか考えたいと思う。


~~~以下メモ

働き方には大きく3つある。クリエイター、スペシャリスト、バックオフィスだ。

クリエイター:「クリエイティブ(創造的)」な仕事をする人
スペシャリスト:「スペシャル(専門)」を持っている人
バックオフィス:事務系の仕事

クリエイター、スペシャリスト、バックオフィスの1番の違いは、会社に属しているか、属していないか。
クリエイターは会社員ではない。バックオフィスは、全員がどこかの組織に属している。
スペシャリストはこの中間で、組織に属さずに仕事をするひともいれば、どこかの組織に属している人もいる。

組織に属していないクリエイターとスペシャリストは、「フリーエージェント」とか「インディペンデント・ワーカー」と呼ばれる。

「外資系」の企業では組織の中でスペシャリストとバックオフィスがはっきりと分かれている。
それに対して日本の企業ではバックオフィスの仕事は主に非正規という「身分」の労働者が行っているが、
正規の「身分」正社員のなかにもバックオフィスの仕事をしている人がいて渾然一体となっている。
「同一労働同一賃金」とは、正社員と非正規社員の身分差別をなくし、雇用形態にかかわらず同じ仕事なら同じ待遇にすることだ。

【「拡張可能な仕事」と「拡張できない仕事」】

映画はクリエイター、演劇はスペシャリストの世界だ。これは、その仕事が「拡張」できるかどうかで決まる。

映画は複製可能だから、さまざまなメディアによって世界中に広がっていく。
しかし、バックオフィスは時給計算の仕事だから、収入は時給と労働時間で決まり拡張性はまったくない。
時給1000円の仕事を8時間やれば8000円で、それ以上にもそれ以下にもならない。

演劇はたしかにクリエイティブな仕事だけど、その収入は
劇場の規模、料金、公演回数によって決まる。
大評判になれば連日満員だろうが、それ以上は利益が増えないから
富を拡張するには広い劇場に移るか、公演回数を増やすしかない。
このように考えると医師や弁護士、会計士などの仕事も拡張性がない。

クリエイティブな仕事をしていても、クリエイターは拡張可能で、スペシャリストは拡張不可能だ。

クリエイターとスペシャリストを合わせて「クリエイティブクラス」として、
バックオフィスは仕事の手順がマニュアル化されているからクリエイティブなものはほとんどない。
いちばんの特徴は「責任がない」ことだ。スペシャリストは時給も高いが責任も大きい。
もうひとつの特徴はマニュアル通りに仕事ができさえすれば、高齢者や障がい者でも、外国人でも、
働き手は誰でもかまわないことだ。バックオフィスの会社は、社会から差別され排除されているひとに
仕事を提供するというとても大事な役割を果たしている。

機械は、マニュアル化された仕事がとても得意だ。
18世紀までは糸を編んで布をつくる作業は人間にしかできなかったが、1779年にイギリスの発明家が紡績機をつくって機械化に成功した。それ以来、科学技術はさまざまな作業をマニュアル化してきて、もちろんAIもその延長上にある。
だからこそ、バックオフィスの仕事は雲行きはだいぶあやしい。

ただし、時給で給与が払われる仕事の中にもAIでは代替できないものがある。代表的なのは看護や介護などの仕事で、そこでは患者や顧客への共感力が重要になる。共感力については男性より女性のほうが高いことがさまざまな研究で明らかになっている。アメリカでは男性と徐英の平均収入が逆転してしまった。

【「サラリーマン」は日本にしかいない絶滅危惧種】

仕事と会社が一致しているのはバックオフィスだけ。
海外ではすべてのスペシャリストが「自分はなにを専門ンししているのか」を真っ先に伝える。
「サラリーマン」は会社と一体化したスペシャリストだが、このような働き方は海外ではかなり前になくなっている。

【伽藍とバザール】

伽藍というのは、お寺のお堂とか協会の聖堂のように、壁に囲まれた閉鎖的な場所
それに対してバザールは誰でも自由に商品を売り買いできる開放的な空間をいう。
そして伽藍かバザールかによって、同じひとでも行動の仕方が変わる。

バザールの特徴は、参入も退出も自由なことだ。商売に失敗して、「なんだあいつ口ばっかでぜんぜんダメじゃないか」といわれたら、さっさと店を畳んで別の場所で出直せばいい。その代わりバザールには誰でも商売を始められるわけだから、ライバルはものすごく多い。ふつうに商品を売っているだけではどんどんジリ貧になるばかりだ。これがゲームの基本ルールだとすると、どういう戦略がいちばん有効だろうか?

それは「失敗を恐れず、ライバルに差をつけようとするような大胆なことに挑戦して、一発当てる」だ。もちろん運よく成功するよりも挑戦に失敗することのほうがずっと多いだろう。でもそんなことを気にする必要はない。バザールでは、悪評はいつでもリセットできるのだから。

これを言い換えると、バザールの必勝戦略は「よい評判をたくさん集めること」になる。だからこれを「ポジティブゲーム」と呼ぼう。

これに対して伽藍の特徴は、参入が制限されていて、よほどのことがないと退出できないことだ。このような閉鎖空間だとちょっとした悪口が消えないままずっとつづくことになる。

その代わり、新しいライバルが現れることはないのだから、競争率はものすごく低い。どこにでもある商品をふつうに売っているだけで、とりあえずお客さんが来て商売が成り立つ。

これがゲームの基本ルールだとすると、どういう戦略が最適だろうか。それは、「失敗するようなリスクを取らず、目立つことは一切しない」だ。なぜなら、いちどついた悪い評判は二度と消えないのだから。

このように伽藍の必勝戦略は「悪い評判(失敗)」をできるだけなくすことになる。こちらは「ネガティブゲーム」だ。

ここで強調しておきたいのは、ポジティブになるかネガティブになるかは、そのひとの個性とはまったく関係ないということだ。ふだんはポジティブなひとでも、伽藍に放り込まれればネガティブゲームをするようになる。同様にいつもはネガティブな人も、バザールではポジティブになる。なぜならそれが、生き延びるための唯一の方法だから。

伽藍の世界の典型は学校だ。1年生のときについた悪い評判は、よほどのことがないかぎり学年が変わってもついてまわる。
いじめへの対処が難しいのは、生徒たちが伽藍のなかでネガティブゲームをしているからだ。
日本社会ではいたるところで伽藍ができていく。そして日本人は伽藍でのふるまい方(ネガティブゲーム)がとても上手だ。

~~~ここまで引用

なるほど。
めちゃめちゃ鋭い。

いろいろ考えることがあるのだけど
今日は大学入試というバザールについて。

大学入試そのものがバザールになった。
推薦・AO入試という巨大な市場において、自分という商品の魅力をアピールしなければいけなくなった。

就職活動も同じだ。
学生、企業が双方とも自らの魅力を語り、ビジョンを共有し、入社できれば幸せだ。
ところが、高校も大学も、伽藍の世界だ。
そこではネガティブゲームがいまだに展開されている。

世界は必然的な流れとしてバザールに向かっている。
それはグローバル競争社会と呼ばれているのかもしれない。

自らがスペシャリスト、クリエイティブクラスになるために、
バザールに対応した戦略、つまり「ポジティブゲーム」、つまり

「失敗を恐れず、ライバルに差をつけようとするような大胆なことに挑戦して、一発当てる」

だから、人が目をつけていないところを見つけ、ひたすらに掘っていくこと。
それが〇〇芸人への道だ。

それが、大学の研究分野にマッチしていたり、
研究分野でがんばれそうだとなったら、
大学はあなたという人に入学してほしいと思うだろう。

それがバザールとしての大学入試対策になるだろう。
さて、高校生のみんな、「ギャップ萌え」を探しにいこうか。

ギャップの種は、地域にめちゃめちゃ転がっているぜ。
たぶんだけど。  

Posted by ニシダタクジ at 07:54Comments(0)日記