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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2020年01月21日

「地域の良さを伝えていないから子どもたちは出て行ってしまう」は本当か?



コミュニティスクール立ち上げに向け準備委員会開催。
昨日の議論メモ。

リアルな声とその対応について
・「少人数なのできめ細やかな指導ができる」はメリットではない。手をかけすぎて自立できないのではないか不安

たしかに一理ある。
きめ細やかな指導というより、探究などでのフォローができる、あるいは協働探究者としての先生を見せていくこと。

・小中学校の狭い人間関係が継続されるから外の高校へやりたい。

これもわかる。小中学校の狭い人間関係から脱したい。僕だってそうだった。
これには「地域」との人間関係がたくさんできます。

たとえば、FAQで、
「Q:中学校時代の人間関係が維持され、狭い世界を生きることになるのでは?」
「A:本校は地域に開かれており、地域の人と協働しながらプロジェクトを作っていくことで、教室以外で多世代との人間関係を構築することが可能です。」
って書くとか。同世代だけの人間関係でいいのか?っていう問いが必要。

・小学校の「総合的学習」ではかなり時間をとってやっているが中学校で切れてしまう。

高校1年次に同じ題材で「探究プロセス」を回すことができないか。
「未来フォーラム」で発表した阿賀町の小学生の「総合的学習」の発表は、
地域資源を最大限に生かし、地域住民を巻き込み、雪椿でお茶を作ったりしていた。
あのプロジェクトの延長上に高校でも何かできないだろうか。

そんなことを考えた。
どんな生徒を育てたいか?
については、まだこれから議論していくところであるが、みなさんのを聞いていて思ったこと。

「地域の良さを知らないから外へ出ていく。だから、小中高のときに、地域の良さを伝えなければいけない。」

っていうのは、もっともらしいけども、実際は、その視点で行けば、「もっと良いもの」が街中や東京にあるから(ありそうな気がするから)、やっぱり出て行ってしまうと思う。

「若者が残らないのは地域に雇用がないからだ」

っていうのも、同様にもっともらしいけれども、実際08年にDeNAが新潟市にカスタマーセンターを作って雇用創出したけど、それを理由に東京に出ていくのを辞めた人っているのだろうか。

しかもそれって、仕事=雇われることという「サラリーマンシップ」を前提にしているので、そういうマインドの人ではなくて、地域の当事者となり自ら創っていけるような人材に残ってほしいのではないか?

「ナリワイをつくる」(伊藤広志 東京書籍)に書いてあるけど、地方にはそもそも「雇われる」仕事はあまり存在せずに、ほとんどの人が(下級武士)を含めて季節ごとに様々な仕事をする百姓だった。役人か、上級武士か、豪商か、そのあたりが専業として仕事をしていた。

だから育てていくべきは、次の時代を生き抜いていく百姓マインドを持った若者なのではないか。
自ら価値を決め、自らの人生を創っていく人。そのプロセスの中で他者と協働しなければつくれない仕事やコミュニティがあるから、そこを協働していける人。そんな人の集まりに、地域の未来があると思う。

問うべきは
「どうすれば残ってくれるか?」
じゃなくて
「どんな人に残ってほしいか?」
ではないか。

関係人口も同じだ。
「どうやったら関係人口が増えるか?」
っていう問いの前に、
「その地域にはどんな関係人口が必要なのか?」
「どんな人に関係人口になってもらいたいのか?」
っていうのを決めないと。

そもそも「良さを伝える」って不可能じゃないか。
価値観そのものが揺らいでいるのだから。
良さは本人によって、見出してもらわないことには、「良さ」とはならない。

もっと言えば、「良さ」っていう概念がそもそも比較するということ。
だから、外に出てみないと地元の良さがわからないっていうのもその通りで。
そういう意味では、小中学生は比較対象がないのだから「良さを伝える」っていうのは原理的に不可能なのではないか。

こんな話の中で、育てたい人材像の僕の現時点の案。
要素はこんな感じかな、と。

激動する世の中においても、目の前にある地域資源や周りの人と協働する中で価値を自ら定め、地域と自らの未来を創っていくことができる探究型思考・行動ができる人材

そんな人材と一緒に地域の未来をつくりたいし、自分自身もそんな人材になりたい。

そんな風に共感できる目標がつくれたらいいなあと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 08:40Comments(0)日記

2020年01月19日

「暮らし」とは、分けないこと



昨日は、新潟市×イナカレッジのトビラプロジェクトの発表会でした。
われらが「内野おうちのごはん」プロジェクトも発表しました。

その前の11時~
同じトビラプロジェクトのまきどき村チームがやっているインタビュー展の会場で
唐澤さんと風間さんとトークイベントがありました。

題して、「新しい時代へ向かう、私たちのコミュニティのつくりかた」
大きく出ました。笑

一週間を切った告知にも関わらず、15名を超える入場があって、立ち見が出てました。

トークのハイライトは唐澤さんが地元のじいちゃんに言われた
「まきどき村ってパッとしないよね。でもそれがいい。」

「パッとしない」ってなんだろう?
あるいは「パッとする」ってなんだろう?
っていう問い。

~~~以下トークでのメモ

トビラプロジェクトの大学生に「まきどき村の目的は?」
って聞かれて誰も答えられない。
目的や目標を持って、どこかに向かっていくわけではないから。
「存在価値」とか「有用性」ではなくて、ただ「営み」の中にある。
それがまきどき村の価値なのだと。

TANEMAKI2にも書いてあったけど、システムは自らを維持するため構成員に「有用であれ」そして「交換可能であれ」と迫る。
それって、人の幸せのためにシステムがあるのではなく、システムを維持するために人があるのではないか?

「パッとする」っていうのは、例えばソトコトに掲載されたり、地域外の人がめっちゃ集まっていたり、商品の売り上げが上がっていたり、SNSのフォロワーがたくさんいたり。「数値化」されそうな何かがあること。

「パッとしない」っていうのは、分かりにくいっていうこと。
考えてみれば、まきどき村の活動は、すごく曖昧だ。朝ごはんイベントと田んぼづくりと、日常とイベントが陸続きになっている。
でも、「暮らし」ってそういうことだろう。

「参加」の度合いにグラデーションがあり、それを許容できること。
遅刻歓迎、畑作業も朝ごはんも参加自由、農作業もそうだけど、手伝ってくれるととても助かる。
そんなあいまいさ。それを「ゆるさ」と呼ぶのか。

「パッとしない」は分かりにくい、ということ。
分かりにくい、っていうのは分けられないということ。
お客さんとスタッフを分けないこと。
「暮らし」とは、分けないことなのではないか。

~~~ここまでまきどきトークメモ

これが実にタイムリーに、
「内野おうちのごはんプロジェクト」ともリンクしてくる。

~~~以下、トビラプロジェクト発表会からのメモ

「働き方」を内包した「暮らし方」全体を考えるということ。
たぶん、移住定住とかってそういう発想が必要だし、暮らしは、1家族だけでは完結しないのだから、地域とのかかわりと、地域だけに閉じないように「まきどき村」のような外部との定期的接点・窓口も必要なのかもしれない。

「入口」であり「窓口」のような場所。それを必要としている。
たぶんそれがシステムとしての「大家さん」だ。
かつてツルハシブックスはそういう場所だったのかもしれない。

「内野おうちのごはんプロジェクト」
めっちゃ考察してたな。ふりかえり力がすごい。
「お母さん」タイプと「大家さん」タイプ。それはすごい発見。

「観察する」っていうのが大事だなと。
仮説を立てる前に、まずは地域に入って観察する。そこからだ。

純粋にプレゼンの面白さで言えば、
「葛藤があったかどうか」っていうのはとっても大切だなと。
大学生だからこそ感じる何かを聞きたいな、と。

居場所っていうのは、場所のことではなく、人(の集合)だったり、機能だったりするということ。

アンケートを取りながらも、アンケートって、ツール(手段)だよね、って思えること。
だから、そういう人が何名いて、何パーセントでした、みたいなことじゃなくて、リアルな声として、こういう人がいた、という事実が大事。

~~~ここまで「内野おうちのごはんプロジェクト」のメモ

トビラプロジェクトってなんだったのか?
生み出した価値ってなんだろう?
そんな問い。

「プロジェクトを遂行する人」を育てるんじゃなくて、自分にとっての「暮らし」を主体的に考えられる人をつくっていくこと。
そういう人を増やさないと、新潟市に住む人がいくら増えたって、豊かにはならないんじゃないのか?

今回のトビラプロジェクトで、受け入れ先と運営者にとっての最も大きな問いは、
「プロジェクト(のゴール)をどこまで設定・設計するのか?」という問い。
「価値」についてもっとブレイクダウンして議論したほうがいい。

イナカレッジが「暮らすことを大切にしたい。」って言った時に、
大切なのは「観察する」こと、そして「飛び込む」「中の人になる」ということ。
プロジェクト設計はそこから始める、くらいでいいのかもしれない。
「テーマ」があって、プロジェクトが決まってない、みたいな。

「観察する」っていうのは同時に「感じること」でもある。

きれいなプレゼンや目に見える成果物じゃなくて、
「感じたこと」をできるだけ言語化して、
「価値はなんだっけ?」みたいな問いをお互いにぶつけ合い、
その場、チームでしか生み出せない「何か」を見てみたい。

今回、2つのプロジェクトの発表と、唐澤さんとのトークを通じて、

「暮らし」っていうのは分けないことだと思った。

「まきどき村」は、暮らしそのものの中にある「朝ごはん」
を歴史ある古民家と、集落の人たちとの接点の中につくっていくもので、
「朝ごはん」であるからこそ、参加者と受け入れ側を分けない、というか
参加の度合いのグラデーションが個人に委ねられるデザインになっている。

それは、「営み」の中に入るということ。

それはおうちのごはんプロジェクトの「ごはん会」と「お茶会」の違いでもある。
彼女たちは、その場に行き、地域の人と自らのスタンスの違いを感じ、言語化してみせた。
そしてプロジェクトの目的・意義自体を問い直すというプロセスを踏んだ。
そこには大きな葛藤があった。

その中で出てきたアウトプット。「お母さん」と「大家さん」。
それは自ら(や参加学生)と地域の人を観察し、感じ続けた成果だったように思う。
今回、僕の最大の収穫は「システムとしての大家さん」が可能なのではないか?ということ。
それを作っていくことは楽しい。

「暮らし」をデザインする。

そんな問いこそが、トビラプロジェクトのベースにあるものなのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 08:01Comments(0)日記

2020年01月12日

夢が感染する学校

グローカルリーダーズサミット2日目。
あ、もしかしたら1日目かも。

押方校長の「夢感染」の話から始まる。
「夢」はウイルスのように感染する。
影響し合って、みんなが動き出す。
たしかにそんな風になってるなあ、飯野高校は。

先輩の姿を見て後輩が追いかける。
しかもそれは自発的だ。
うちの生徒こんなことやってたんだ、と新聞で知る。

「やってみる」へのハードルめちゃめちゃ低い。
バスで移動する、ってなったら、
わたしがバスガイドの代わりをしようって。
それはすごいことだと思った。

オープニングから、
自分のチームの面白い人を紹介していく高校生。

その中で紹介されたひとり、
飯南高校の1年生佐々木隆之介くん
お茶が名産なので、
そのお茶の良さを伝えるため、緑茶ラテアートを作っている。
https://tabi.chunichi.co.jp/odekake/190912odekake_1.html

それが飯南高校美術部の活動。
美術部っていうのがいい。

そのあとに「AI時代に大切なこと」をテーマに
ワールドカフェ方式のディスカッションをしていたのですが、
彼が来てくれた時のテーマが「感動」

ラテアートは
目の前のお客さんのために一生懸命に書く。
しかもそれは、無くなってしまう。
写真は撮られるかもしれないけど。

ああ。
そこに芸術性があるのではないか。


お正月に読んだバンクシーのような世界観があるのではないか。

一回性が高いこと、つまり再現性が低いこと。
そこに「感動」があるのではないか。
エンターテイメントとは、
「予測不可能性」とともに、「一回性」が高いということ。

ラテアートっていうのはそういうことだし、
その1杯は、自分自身のために描かれている、
しかもライブで、だ。

そういう意味では、
旅先の本屋(古本屋)で本を買う気持ちにさせるっていうのは
そういうことなのかもしれないと思った。
ああ、この本屋で本を買った、というのを残したい、みたいな。

今回の一番の出会いはそこでした。
そして何より、それこそが「創造的な遊び」だなあと。
探究っていうのは、「総合的な学習」ではなくて、
「創造的な遊び」の時間なのではないか、と。

AI時代になって、
仕事はアートに近づいていくと思う。
感性と志が必要になってくる。
それを「探求」するのが「探究の時間」なのではないかと。

以下メモ

★大崎海星高校「みりょくゆうびん局」

2018同好会
2019部活動に昇格

・県外での説明会/みらい留学フェスタなど
工夫したこと:大きな名札をつくる。
↑これ、意外にめちゃめちゃ大切。手作り感でるし。

・学校見学ツアー
みらい留学フェスタにきて、興味を持ってくれた中学生が島にきてくれるときに2日間ツアーを行う。
そのツアーはみりょくゆうびん局が企画実行する。
2日目は町内各地をまわったり、オリジナルハンバーガーをつくったりする。大崎上島学の体験もある。
寮生活のリアルを見せることが大切。
「生き物」「交流」「創る・発信」「校内」の4つのチームがあって、昼休みや放課後にミーティングしている。
11月にお邪魔した時にはランチミーティングを見せてもらった。

★兵庫県立生野高校「播但線プロジェクト」
「バンタリスト」「バンタる」の言葉をつくり、播但線を活性化する。
電車って高校生にとっては日常だから、リアルに社会とつながれる場所になる。
彼女らもお菓子食べながら「バンタリスト」を生んだように
高校生は「言葉」を生み出す力はあるように思う。
キャッチコピーの教室とかやったらいいのかも。

午後からは、大人の勉強会。


浦崎先生のプレゼンに釘付け。
日本が経済的に後れを取っているのは、バブルが崩壊したからではなく、
新しい社会に対応できていないから。
知識が瞬時に賞味期限切れとなるsociety4.0時代に、「学校」は何ができるのか?

今回の僕としてのポイントは、探究の課題設定のところ。
浦崎先生のスライドを写経。

課題設定8か条
1 自分が心底「これをやりたい!」と思える(ジブンゴト)
2 自分の特技や持ち味を活かし、これを伸ばして成長でき、自分の個性が社会で役立っているイメージが持てる(進路展望)
3 学校の諸科目と「より広く・より深く」つながっている。(学ぶモチベーションの向上)
4 仮説「~すると、~になるはず」があり、これを検証できる(探究プロセスが含まれる)
5 地元(個人・地域)に具体的なニーズがあり、快く支援が受けられる(多様な人々の共感的な参加を期待できればベスト)
6 先生や地元の方々が連絡・調整・経費面で負担感を覚えない(実現性)
7 評論家的な提案に終わらず、知恵を絞り、汗を流すことで、課題解決に貢献できる。(提案・計画は「仮説」、行動して「検証」)
8 決められた期間内に「一話完結」できる。(壮大な計画の尻切れトンボはダメ)

キーワードとして、
「カリキュラムマネジメントと個別最適化」
「地域課題解決と個別最適化」
というのが挙げられた。

たぶんここ。
各科目へつながっていくようなプロジェクト。
地域の課題解決につながっていくプロジェクト。
でもその出発点には個人の問い。
当事者性の高い問いがあってはじめて前へ進む。
昨日の子育て応援プロジェクトNOGIKUもまさにそうだ。

そこへ行くには最初は先生やコーディネーターの支援が必要なんだと。

浦崎先生が
学習行動を自動車の走行を例に出して
説明していたのが素晴らしく面白かった。

学習=走ること。
4サイクルエンジンを回すこと。
学力低下=パワーダウンだと。

そこで「学力向上」が叫ばれ、
教師は一生懸命車を押した。

押された車はどうなったか。
D(ドライブ)からN(ニュートラル)へと
ギアを変えてしまった。
つまり、思考停止。
何も考えずに知識を詰め込む子が増えた。

もういちどDへとギアを入れないといけない。
そして走行に必要な燃料を投入しないといけない、

かつて昭和の時代は、燃料として高収入というインセンティブがあった。
もはやその燃料は枯渇している。

「探究」の4サイクルエンジン
課題設定→情報収集→整理分析→まとめ表現

それを回すには、燃料をふたたび知的欲求にするしかない。
「知りたい学びたい実現したい。」をエネルギー源にしていくこと。

先生の「負担感」の問題。
地域に開かれた教育課程は必須。むしろ減らすなら教育課程外の部活動。
「産みの苦しみ」はもちろんあるけどね。

「学校」と「地域」お互いが困っていることを一気に解決するところにプロジェクトを作れないか。
なるほど、「探究」っていうのは、デザインプロジェクトなんだ。

自分ごとになる入口。
まずは地域に出て活動して「楽しい」と感じること。
地元が意外に楽しい、と思えること。

中学までにやってきた「ふるさと教育」をもう一度やってみること。
これ、ありだな。
高校1年次はまずこれかもしれない。
そのやり方を探究の4サイクルエンジンでやってみる。

~~~ここまで浦崎先生の講座と僕のメモ

昨日見た飯野高校の発表。青天井に上がる当事者意識とモチベーション。
それはひとえに、「知的欲求」をエネルギー源としているからだ。
そして、それをサポートする教員チームもそこから学んでいるからだ。

冒頭のあいさつで校長が言っていた「夢感染」する学校がここにあった。

今回、ラテアートをつくる三重県立飯南高校美術部佐々木くんとの出会いで
あらためて気づかされたことは「一回性」の価値だ。

「教育」にも歴史があり、歴史の分経験があり、メソッドがあるのだけど、
1つ1つの探究プロジェクトは、一回性の高いものとなる。

その時、その生徒の心の動きを大切にする
いま、この瞬間の地域の状況を大切にする
地域の人たちが抱えている課題も大切にする
学校で学んでいる教科との連携・連動も大切にする

「子育て応援プロジェクト」はこれからも探究活動として後輩や別の様々な地域でも行われるだろう。
でも、ふたりがやった、二人が感じたそのプロジェクトは、二度とない。

「学び」もアートに寄っていくだろう。
そして「学び」の前で人はフラットになる。

僕がつくりたいのは、たぶん、そんな「場」なのだろうと
なんとなく思えた宮崎遠征でした。  

Posted by ニシダタクジ at 08:59Comments(0)日記

2020年01月11日

「その人」は世界を変える人かもしれない



宮崎県立飯野高校のグローカル学習成果発表会。
冒頭の押方校長のあいさつから激アツ。

あなたの隣にいる「その人」は世界を変える人かもしれない。
「その人」はあなたかもしれない。

うわー。って
そんな気持ちで、目の前の生徒に接してたら、
隣人に、同僚に接していたら、いい場になるのだろうなと思った。





ローカルJR線「吉都線」に観光列車を走らせるプロジェクト。

ニュースを総なめにした企画。
観光列車からのえびのツアーで
酒造めぐりとかライブとかを企画して電車+バスツアー。
旅行業者との折衝、市役所との調整、プレスリリースと、ぜんぶ高校生がやるんだなあ、と。
まさに「プロジェクト」「ベースド」「ラーニング」だなと。

課題は
・交通:吉都線の大雨からの復活できるか?
・内容:人が集められるのか?
・お金:20万円どうするか?
いやあ、これがガチのプロジェクトだなあ。
こんなのやってたら大学の推薦入試うかりますよ、みたいな。







今回一番びっくりしたのは、チームNOGIKU(野菊)の2人のプレゼン。
もうそれは、NPO立ち上げのストーリーかと思いました。

子どもの虐待のニュースを見て心を痛め、まずはその実態を調査、だれが虐待をしているのか?なぜ、虐待が起こるのか?を取材とアンケート。

母親の「育児ストレス」が原因となっていることを知る。
1 ストレス発散の場がない
2 いろんな情報がありすぎて不安になる
3 産婦人科がなく相談場所が少ない。

そこで、子育て応援イベントを行う。

お母さんはアロママッサージ。
そのあいだ子供は高校生が預かる。
おひるね、おすわりアートかわいかったし、それで子どものさらなるかわいさに気づく。
なるほど、これはソーシャル・デザインプロジェクトだ。

ネクストアクションとしてカフェを開催したりする。

講演会に参加したり市外のさまざまな子育て施設を見に行ったり、、、
いやあ、これは、NPO設立の動機を聞いているようなプレゼンでした。

ポスターセッションには
SDGsの視点っていう項目もあり。


驚いたのは県教委の先生の講評。
これが熱いの。

手づくり感。みんなが「参加」していること。
学びは世界を豊かにするもの。机上の空論であってはならない。
今、飯野高校で学べてラッキーだ、と。
「飯野プライド」を持って、卒業してください。

シビれた。
そうそう。

「飯野プライド」

隠岐島前の岩本さんもテレビで言っていたけど、
誇らしさと感謝をもって卒業してもらえるような学校をつくる。
それは、先生だけではなく、生徒も、地域も一丸となってつくるということ。
それが飯野高校にはあったなあと。

あと、今回いちばん学んだのはチームNOGIKUのプレゼン。

「当事者意識」って地域の当事者に出会うことによって、青天井に上がっていくんだって。

小さなニュースに心を痛めたっていう出発点から、地域の人に話を聞けば聞くほど当事者意識が上がっていく。それと同時にモチベーションも上がっていく。

そしてそれが地域のモチベーションまで上げていく。
探究ってそういうことか、と。
「探究」はそういうことまでつながっているんだなって。

「探究」がつくりだすもの。
それを見てみたいなと僕は心底思った。

ラストに、もういちど、押方校長の言葉を。

あなたの隣にいる「その人」は世界を変える人かもしれない。

「その人」はあなたかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 07:17Comments(0)日記

2019年12月24日

「高校魅力化」が問いかけるもの


山倉あゆみさんを招いて勉強会。

前から活動には注目したけど、
ちゃんと整理して話を聞くのは初めて。

昨日の新潟市のイベントでも
どんどん先に行っている感じに、
追いついていかなきゃって思った。

~~~以下講演メモ

パティシエとしてのキャリアスタート。
2000年代のカフェブームだったが、誰もお菓子作れる人がいなかった
→お店に合ったオーダーメイドスイーツの企画制作卸を中心にメニュー開発とイベント企画運営

「自分はパティシエだと思ってた。ところが自分は自分だった。」
朝、昼、晩と3つの仕事を同時に回してた。

2010年ケータリング&フードデザインラボ「DAIDOCO」を設立。
空間を食空間に変える。

★歴代ミッション
⇒後から考えてそういうミッションだったなとわかる。

2012年水と土の芸術祭:「食の仕事」を問題解決プロジェクトにする

青果氷店:「旬」の味を表現する
https://twitter.com/daidoco7c

古民家再生「KOKAJIYA」
https://kokajiya.com/

メディアに出るときも、こちらで編集していく
野菜のイラスト

西蒲区・巻・岩室エリア
ファームフラッグ:にしかんファーマーズ
http://farm-flag.com/topics/115/
★地域の旗を揚げる。
★地域の人はどうやったらカッコよく見せるか?
★カッコイイって言われるとやる気が出てくる。

・泊食分離
・交付金採択
・グリーンツーリズム
・移住希望者増加

にいがた郷土料理ワンダーランド
http://daidoco.net/niigatalocal/
★「食」の奥深さ

そら野テラス
http://sola-terra.jp/
空と野のおすそわけ。
10代から80代までの加工チームが惣菜をつくって売る。
★電線がない、この風景を守りたい

はちみつ草野
http://mitsukusa.com/about/
★「はちみつには使命があります」
★あなたにも使命があるんじゃないか?って問いかけてくる。

★「彼らをプロデュースすることで誰が幸せになるのか?」
★「誇りの空洞化」そのものに挑んでいるんだ。

三条スパイス研究所「にほんのくらしにスパイスを」
http://spicelabo.net/
ウコンをめちゃめちゃ研究してるおじいちゃんにフォーカスする「研究報告」
http://spicelabo.net/topics/
「スマートウェルネス」という出発点
朝市ごはん。
放課後の子供たちが「何かやることない?」って集まってくる。

★妄想プレスリリースをつくる

ただただすごいなと。
スパイス研究所ってネーミングの妙じゃないんだ。(ごめんなさい)
研究めっちゃしてるって。

山倉さんのプロダクトすべてに問いがある
しかもそれは切れ味がすごい問い。

あなたにも使命があるんじゃないか?
あなたにとってスパイスってなんだ?
新潟そのものの豊かさってなんだ?

そんな問いがあって、
事業を実践していくことで、
地域の「誇り」そのものが生まれていくような、
そんなプロジェクトばかりで、圧倒された。
そのプロセスを僕も体感したいと思った。

~~~ここから後半のディスカッションメモ

★足元100mのことを語れない人は世界に通用しない

地域の人との「関わりしろ」をつくる:温泉は最適
日常を見せること→「引退するとやることがない。」
地域系部活動、民泊(体験)、地域メディア

下田村「村長の家」
https://note.com/_cozucozu/n/n91f3137842c2

軸足を「進学」から「地域活動」に移す。
★地域で探究活動をすることで進学実績につながる。

「勉強」「学び」と「生活」「暮らし」のあいだに
「学び」プロジェクトを作っていくこと。
暮らしをどうデザインするか?

1番最初のパワーワードを見つける。
中学生にも届ける。

飛騨ジモト大学
http://www.hida-jimoto-daigaku.jp/

★大人が暮らしを見せていく
地域の人とのコミュニケーションが探究の種になる。

・暮らしがイメージできること
・中学生が魅力的に思えること

★同じ船に乗り、目的地を共有すること

~~~以上ディスカッションから。

今後の取り組み

「高校」「町(役場)」「地域の大人」「魅力化」の
やることのリスト化をする。
地域の人ともコミュニケーションして
刺さる言葉(パワーワード)を見つける。

「自分がどれだけワクワクできるか?」
「全体像が把握できる俯瞰図をつくる」
これをまずやっていこうと。

「高校魅力化」と「地域づくり」「観光振興」「生涯学習の推進」「健康増進」
すべて一体だと思った。
そしてそれはこの町でしかできないと思った。
この町でやる意味と意義と役割があると思った。

僕たちはこのプロジェクトを通して、世の中に何を問いかけるのだろう?
そんな問いが生まれた。

冬至を過ぎ、新しい1年が始まった。

この町に足を踏み入れるだけで、
中学生が魅力だと感じてしまうような、
地元の人たちの生きるモチベーションが上がるような、
地域と自らの誇りを取り戻していけるような、

そんなプロジェクトをつくる。  

Posted by ニシダタクジ at 08:20Comments(0)日記

2019年12月22日

「学びの生態系」をつくる

新潟日報の1面に登場しました。
うれしい。





記事は「むかごジェラート」の完成と、
12月21日、28日、1月5日に行われる温泉カフェのことでした。
(全日13:00~18:00 場所:津川温泉清川高原保養センター)

ということで、21日温泉カフェ本番。
真冬の温泉でかき氷販売です。





まずは杉崎さんからかき氷のレクチャー。

本人たちも「レガッタ大会より作業効率が上がった」と言っていたように、黙々とかき氷をつくります。



辻さんもコーヒー焙煎に挑戦!

そして、たくさんの人が買いに来てくれました!





かき氷は合計41杯の販売。
その他、むかごごはんやコーヒーを合わせて
売上合計は23,300円でした。
(むかごジェラートは別会計のため集計せず)

ふりかえりで出た「予想しなかったよかったこと」

・温泉で暖まった後ということもあり、冬にかき氷が好評だった。
・営業中に士気が下がらなかった。
・新聞見て電話してきてくれた人がいた。
・おばあちゃんがみかんくれた。
・facebook見てきてくれた人がいた。
・全員が仕事していた。
・コーヒー焙煎が楽しかった
・コミュニケーションすると買ってくれる
・しゃべるためにコーヒーを買ってくれたおじいちゃんがいた。
・コーヒーの香りもいい感じだった。
・実際にお客さんと話してみて、いいアイディア、意見をもらえた。

来週28日に向けて。

・休憩時間を設定する
・レジの場所を決める。
・お客さんともっと話したほうがいい。
・休憩室で休んでいる人に話をしにいく。
・ピーク時(14時くらい)の設定をする。夕方は減速した。
・テーブルに高校生1人ずつつけてみては?
・そろいのTシャツを着るとか?
をやっていきたいと思います。

~~~以上温泉かき氷ふりかえり

あらためて阿賀町の「資源」に気づいた1日となりました。
つくりたいのは「学びの生態系」。

まちの多様な人が複雑に関係して、
ともに「学び」の場、空間、環境をつくっていくような、
「機会から学ぶ」を体現するような、そんな生態系。

観光振興も、まちづくりも、生涯学習の推進も、
みんな一緒になってしまえばいいと思う。
その核に、高校生(中学生)はなりうると思う。
そしてそれが高校生(中学生)自身の探究的学びのスタートになるんじゃないか、と。

教師も、講師も、生徒も、大人も、子供も、
そんな区別が必要ないような、「学びの生態系」をつくる。

「人間も一本の織り糸に過ぎない」
若かりし頃、環境問題を学んでいたとき、衝撃を受けた言葉。
「自分もこの町の一本の織り糸にすぎない」
と思えるような機会をたくさん生んでいこう。

レガッタ、くるみ、むかご、雪椿、
れふぇり、目黒農園、久太郎、
そして見守り、応援してくれる地域のみなさん。

ともに学び、ともに創ろう。  

Posted by ニシダタクジ at 08:32Comments(0)日記

2019年12月09日

「判断」の余白をつくる

栃木・那須にある非電化工房に行ってきました。
行きの電車の中で読んでいたのはこの本。


「野性の復興」(川喜田二郎 祥伝社)

こちらのW型の問題解決図式。
これが面白かった。

P109のこの図

「ひと仕事」とは、このように動くのだと。

それは「実行」「実践」ではなく、「執行」に過ぎないのではないか?
と川喜田さんは問いかける。

何が違うのか?
そこに「判断」「決断」がないからである。「判断」することのなければ、実行、実践とは呼べず、単なる「執行」である。
これは厳しい一言だなあと。

A 探検 →B 野外観察 →C データをして語らしめる
→D 評価・決断・構想計画→E 具体策・手順化
→F 実施 →G吟味検証→H 結果を味わう
というW型で起こっていくのだと。

ああ、そうか。
「仕事」にモチベーションが上がらないのは、
F以降、むしろFのみのことしかやらせてもらってないからだ。

あ、それって「学習」も同じだ。
学校の授業にはFしかないんだ。
授業案もぜんぶ先生がつくっているから。

そして、非電化工房見学会へ。


予算50万円で建てた非電化カフェ。

中に入るとこんな感じ。




~~~ここから見学会メモ

「非電化工房」見学会に参加。
感想がうまくまとまりそうにないけど、一言で言えば、ジーンと来ちゃったなあ。静かな感動というか、そういうやつ。
高校~大学の僕のトピックは環境問題だった。その頃に出会っていたら、1年修行したかった。
環境問題は技術でなく、価値観の画一化と思考停止の問題だと思った。

生きる力。食べるもの、住む家、エネルギーを自分で何とかすること。
+生活に必要な資金を稼ぐこと。
特に住む家を自分で建てられるというときの安心感。50万円で家は建つ。

テスト弟子入りのポイント
1 体力
2 性格
3 志

杉皮の遮光性とか、もみ殻の断熱性とか、すげえなと。自給できるじゃんって。

「非電化」というのは、「電気を使わない」ということではなくて、「電気に依存しない」ということ。
「お金やエネルギーに依存しない」ということ。「生きていける」という実感。

「現代の縄文人」っていうか、そういう感じ。
テクノロジーさえも自然資源とするような。

「保温調理器」とか「圧力鍋」とか。
エネルギーを与え続ける必要はなくて、温度を保てばいいのだと。

白金カイロ「ひとりキャンペーン」。
いいなあ、藤村先生の遊び心。

土塗りワークショップの一番の利点は仲良くなること。

「非電化工房じゃないとできないワークショップ」
同じワークショップは2度とやらないという発明家の意地。
でも、あまりにもそれだと大変なので、やっぱり2,3回はやろうかという余白。笑。
その余裕が魅力だ。「しなければならない」「こうでなければならない」は一つもないのだから。

女2人で2日で1万円で井戸を掘るWS
http://hidenka.net/seminar/ws2018/ws5.htm
いきたい。

もはや上水道は維持できない。
だとすると、井戸を掘るしかないよね。
出るまで掘る。1人ではやらないこと。みんなでやること。

「発明家」とは何か?
困っている人がいたら何か発明して解決する人のこと。

汚い水が原因で子どもが毎日死んでいる。なぜそれを放っておくのか?という憤りから始まった井戸掘り。
お金を使わないで井戸を掘る方法はないか?女の人は子どものためなら動く。だから、女2人で、ってタイトルなのか。

ワークショップで簡単に水が出るのはあまりよくない。井戸掘りの技術そのものがすごいのではなくて、出るまでやっても1万円しかかからないこと。みんなでやれること。出るまでやり続けることができる、という価値。

「お金があることでチャレンジできる」のではなく、「お金がなくてもチャレンジできる」へ
出るまで掘れば井戸から水は出る。やればできる。

「非電化工房」全体の横たわる遊び心がすごいな、と。日々実験してる。

「時間が止められるか?」という問い。
「空間が狭くなるほど時間は長くなる」理論。面白かったな。

クレーの絵と谷川俊太郎の詩で感動できないはずがない。
→感動できないのは時間に追われているからだ。
→時間を止められる場所をつくれないか。
→ツリーハウス。

猪熊弦一郎×ホンマタカシも感動できないはずがない。
「時間の流れを変えられないか?」という問い。

「非電化」っていうのは技術じゃなくて思想や文化、なのだなあと。
そこに若い人が吸い込まれていくのはよくわかる。
それでいて思考停止させない余白だらけの空間がある。
常に判断、し続ける。

非日常空間をつくるには、太陽(光)を見せないこと。

「窓」とはいったい何か?
採光や風を通すという機能以外の何か、もっと大事なものが入ってくるのではないか?
それは未来や希望なのかもしれない。
想像力。

「機能」よりも大切なものがあるんじゃないか?という問い。

~~~ここまでメモ

どこまでも遊び心にあふれた発明家、藤村靖之さん。
「非電化」とは、「電気を使わない」ことではなく、「電気に依存しない」こと。

そして、「非電化工房」っていうのは、
巨大な実験場で、日常生活そのものを「自らつくる」という
プロセスそのものを楽しんでいるところ。
発明家の意地、誇りから始まった井戸掘りプロジェクト。
家を自ら作ることで得られる、圧倒的な安心感。

「時間を止めることができるか?」
「窓」ってそもそもなんだろう?
と実践を通して問われる哲学的な対話の時間。
ここには、川喜田さんの言う「仕事」が、たしかにある。

それは、探検(実験)し、野外観察し、評価と決断をして、
次の策を考えるという問題解決図式の本質がある。

「仕事」から「判断」を奪えば、それは「仕事」ではなく「執行」になる。(川喜田二郎「野性の復興」より)

この言葉は重い。
多くの人たちが「仕事」と呼んでいるものは、実は「執行」に過ぎないのではないか。
それは組織の問題でもあり、規模の問題でもあり、個人の問題でもある。

「学び」もきっとそうだ。
「授業」がそもそも「執行」に過ぎないのではないか?

そこに「判断」があるのか?
「構想計画」があるのか?

「課題が与えられ、解決策を提案する」
「観察」も「判断」も「執行」もない。
そんな授業でどんな力をつけようとするのか?

「判断」の余白をつくること。
そこに「主体性」と呼ばれるような何かが生まれるのだと思う。
それは「好奇心」だったり「探究心」だったりするのだろうけど。

たぶん、そこが一番大切なところだと。  

Posted by ニシダタクジ at 10:20Comments(0)日記

2019年11月18日

高校生がまちに魔法をかける

高校生による高校説明会@村松高校

村松高校
新津高校
阿賀黎明高校
新津工業高校
新津南高校
五泉高校
の6校がプレゼン。(発表順)


阿賀黎明高校は3番目。
自分たちの書いた原稿で主に行事紹介を行った。

こんな風にすればよかった。は、
・「個別最適化」を伝えるには個にフォーカスしたムービー
・「安心」を伝えるには黎明学舎のお兄さんお姉さん
・「黎明で探究」的な活動紹介、かな。

以下、他校の発表を聞いたりしてのふりかえりメモ

~~~

パターンとしては、
学校の特徴→学校案内(授業、行事など)→部活紹介
が多い。

半分くらいの高校は、
配布資料の各校の「学校案内」読めばわかるでしょ
みたいな説明をしていた。
それは別に高校生がしなくてもいいのではないか。

高校生が説明する意味。
それをもっと考えたほうがいいと思った。

主語は学校なのか?
ひとりひとりの生徒なのか?
でプレゼンは全然違ってくる。

聞きにきてる中学生(3年生だけではなかったようだ)も親も真剣そのものだった。

「就職希望する人はインターンシップとかキャリア教育が充実しているから来い」
「進学を希望する人には特進クラスがあって0限から授業があります」
みたいなターゲットに特化したメッセージも必要。

ある高校は最後に、いじめ対策のことを言ってた。
たしかにそれも心配。
動画で1日の流れを朝から放課後までおいかけた高校もあり。

なぜ今、私は3年間をその高校に投資しなければならないのか?
そこに行くと、自分の子どもは将来幸せになれる可能性は高まるのか?
この2つの問いに答えられるプレゼンを。

進路(進学)の実績を数字で語ることに意味があるのか?
→もっとひとりひとりの生徒にフォーカスしてみてもいいのではないか。

圧巻だったのは、
地域唯一の総合学科を持つ隣町の高校のプレゼン。
もうびっくりした。

まず冒頭から
「進学型総合学科」を名乗り(コンセプトの明確化)、
数英の習熟度別クラスを説明。ここまではよくある。

その次に
1 英語を特に頑張りたい生徒は、週13時間を英語に費やすことができる。
2 工学部を目指している生徒は、週17時間を数学と理科にすることができる。
3 就職を希望する生徒は、資格などに特化してカリキュラムを組むことができる
と3つの事例を紹介。

つまりこれはウチの高校に来ると「個別最適化」できますよ
というメッセージだ。

そのあとに、なんとクイズ。
創立の時代は明治か大正か昭和か?
双方向のコミュニケーションはなかったけど、
観客を楽しませようとしていた。

つまり、この高校のプレゼンテーションは、
「まず楽しくて、がんばれば進学もできますよ」
というメッセージを発していた。

学校紹介プレゼンのあと、
生徒が取り組んだプロジェクトの発表。

隣町はニット生産で有名なまちだが、
「ニットフェス」のイベントに合わせて、
さまざまな企画を立案、実行したプロセスの紹介があった。

ニットを使ったノベルティグッズを自分たちで制作し
イベントをPRする。

高校生プロジェクトとしてフォトコンテストを企画。
ハッシュタグを付けて投稿する方式でフォトコンテストを行った。
来場者は平年の2倍になったという。
アンケートを分析、対策している。

来年はバスツアーを企画。
ニットを完成させる合間に、まちのおいしいランチやスイーツが
食べられる女性向けのツアー。

その集客方法として、フォトコンテスト応募者にDMを送る
とかいうマーケティング方法を披露。
それは純粋にスゲーって思った。
フォトコンテストをインスタ上でやる意味、みたいなの。
あとはプレスリリースをする、とかも言ってた。

ほんと、大学生の経営学部の2年次のゼミのプレゼンかなと思った
PDCAとか、SWOT分析とか、STP設定とか、
誰か先生が教えてるんだろうなっていうマーケティング用語が
随所に出てきたのはかわいかった。
まあでも、「ビジネスごっこ」だとしてもすげーなと。

~~~ここまでメモ

高校生はそんなことまでできるんだ!
っていうのはたしかに思ったし、
会場にいた多くの中学生やその親は、

「個別最適化」してくれて、
「コミュニケーション」しようとする先輩がいて、
「地域の団体・企業と一緒に青天井にチャレンジできる」
っていうのは、伝わったのだろうと。

しかし。
最後のプロジェクトに関して、
ひとつだけ指摘すれば、
これはある程度設定・設計されたプロジェクトだ。

1 誰と
2 いつ
3 どこで
4 なぜ
5 誰のために
6 何を
7 どのように

の中で、4 なぜ の要素は、地域サイドから出てきている。
もちろん地域の課題をジブンゴトにする、という観点からすれば
それはそれでいいのかもしれないけど。

成果の測り方も、数字そのものだ。
来客が何人伸びた、フォトコンテストの参加人数は何人、だ。

もうひとつの別の「価値」があるのではないか?
そして、それを問うことこそ、高校時代に必要なのではないか?

地域課題解決(デザイン)と自らが心から感じた問い(アート)の
真ん中にプロジェクトが作っていけないだろうか?

数値化できる「学校化」された価値ではなくて、
自らが価値だと認識する価値へと向かっていけないだろうか?

「探究」するっていうのは、そういうことなのではないか。

さまざまな「機会」を得ることで「対話」が生まれ、
「実験」したくなる題材が見つかる。
そのサイクルの中で、

「おおお!これは。」
と感嘆符なしでは語れない出来事が生まれる。
あとはその題材を探究・探求していくこと。
たぶんそういうことなのだろうと

百姓3.0
自らの仕事の価値は自らが決める。

そんな人材が育っていくための題材が、
この町にはあふれているのだけど、まだ眠っているだけだ。

今回の学びの最大のところは、
高校生がまちに魔法をかける、ということ。
高校生ががんばっていると、まちの人は応援したくなる。

高校生が編集し、発信すると、
その面白さに、みんながワクワクする。

そんな魔法の中に、
いつしかプロジェクトをやる高校生自身が入ってしまう。

それが、「夢中になる」っていうことなのではないかって思った。
夢中になる瞬間を、もっともっと作っていきたい。  

Posted by ニシダタクジ at 07:53Comments(0)日記

2019年11月16日

アートとデザインのあいだ

長岡で大正大学浦崎先生の講演があるので電車で移動。
電車内読書はこの本。

学校の「当たり前」をやめた。(工藤勇一 時事通信社)

すごい。
改革がすごいというより、問いを立てる力というか、
常識を疑う力がすごい。

以下、ビビっときた語録

学校という存在自体も手段の一つにすぎず、目的ではありません。

「関心・意欲・態度」は、目に見えない尺度だけに、評価するのが難しいものです。
そのため、宿題の提出量や授業中の挙手回数などをカウントし、それを評価に活用していることは珍しくありません。

そもそも学力をある時点で切り取って評価することに、意味があるのでしょうか。

担任制はなんのためにあるのか?

これまでの学校教育では、「規律」や「団結」が尊ばれ、私自身も、チームが一丸となって何か達成するといったストーリーに感動してきました。

人が社会で生きていくスタイルそのものがアクティブラーニングだからです。

社会でよりよく生きていけるようにするという目的に対し、寺子屋が最適な手段だった

~~~

と、こんな感じ。「そもそも、何のためにあるのか?」
ってすごい根本的な思想だけど。

からの大正大学浦崎先生の講義「地元回帰の人材育成」。



講義のあとのアリバイ作り写真。(笑)
講義に興奮して赤くなってます。
いや、ホントに行ってよかったなと。

事例として出てきた飯野高校。
生徒たちが主体的にガンガンと地域で活動していて、
先生たちは新聞を見てそれを知る、みたいな。

「観光列車を走らせたい」って思ったら
本当に実現させてしまう先輩を見て、後輩は奮起する、みたいな。

恋愛のように、夢中になる地域での活動。
たしかに、部活や遊び、恋愛を超えるワクワクは
地域で作れると僕も思う。

~~~以下メモ

なぜ「地域で探究」なのか?
社会に出たときに求められる力:よりよい提案・アイデア・プランを生み出す力
=仮説:AをするとBという結果が出るはずだ
仮説が正しければ結果を出せるが、仮説が間違っていれば結果は出せない。
⇒より正しい仮説を生み出す力」が必要

1 思いつきレベルの提案:実効性なし
2 妥当性がある提案:仮説(前提条件)の吟味を行う⇒実効性あり
情報収集・整理分析・まとめ・表現
3 実践して仮説を検証:解決プランの実践⇒解決プランの修正
⇒現場(地域)での実践が必要

これからの新卒採用

・社会人基礎力と学歴(偏差値)は相関しない(高校卒業時までに決まる)
・社会人基礎力は出身高校による差が大きい
・社会人基礎力を育成する力の高い高校の卒業者を採用したほうがいい

地域が稼ぐ力/地域で稼ぐ力
→仮説形成能力がつく:地域が検証の現場になる
地元企業が採用したい若者像
→地域と豊かに関わってきた高校生が有望
・元気で提案力がある
・人柄や能力を熟知している
・幅広い年齢層と関われる
地元に回帰する可能性
→大人との一体感がカギ
採用の視点が激変する可能性
→高校に焦点、地域連携に誠実なほど有利

Society5.0
狩猟→農業→工業→情報→AI

人間には容易だがAIには困難なこと
1 現場で「感じる」こと
2 問いを立てること
3 意味を味わうこと
→探究(自問自答)によって

・課題発見(問い)には、現場(地域)で感じることが必要
・感性には個性→探究テーマは高い個別性

習得すべき知識量も以前よりさらに増加
→「与えた知識しか頭に入らない」:指示待ち人間を量産
→「放っておいても自ら吸収する力」が必要:探究する態度・能力の育成

Society5.0
人間にしかできないこと「探究」
Society4.0
「知識」は瞬時に賞味期限切れになる
・「知恵を生み出す」力が必要
・「三人寄れば文殊の知恵」
・「徹底的に個性を伸ばす」ことが必要

「対話」の重要性(三人寄れば文殊の知恵)
主体的・対話的で深い学び
お互い思い切りとがっているほうがよいものがでる。

若者が帰属意識を持つ集団・場所
1 親近感・一体感をもてる人がいる
2 自分をそこで表現できた
3 自分がそこで成長できた
若者は自分に無関心な地域には戻ってこない。
信頼を寄せる大人から誘われれば喜んで参加し、一緒に挑戦し、表現・成長できる。

Society5.0時代の教育
一人ひとりの感性・興味関心に応じた探究。
公正に「個別最適化」された学びが必要。

「個別最適化」された学び:問いに当事者性がある
地域課題解決(地域素材×探究能力)
その真ん中にふるさと教育(担い手育成)をつくっていく。

1 何を理解しているか、何ができるか
2 理解していること・できることをどう使うか
3 どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか

高校生が地域の多様な大人とともに、地域の課題発見・解決にあたる
⇒関わり合いを通して、大人も地域も揃って変容する。

行政プロセスと学校のプロセス:
「教授」から「探究」へ。

「教授」:一方向、正解を持っている
・対話性が乏しく全体最適案・深い理解ができない
・委員(生徒)の当事者性や創造性は高まらない

「探究」:委員(生徒)からの問いを誘発する
・自分たちで考える
・対話性が高く、納得感の高い解に至る
・委員(生徒)の当事者性や創造性が高まる。

~~~以上メモ

「地域の課題解決」と「問いの当事者性」の真ん中に
探究をつくっていくこと。
ここは非常にその通りだと思った。

僕は少し表現が違う。
アートとデザインのあいだ。
「課題解決」って、むずかしいし、マイナスをプラスにするようなエネルギーが必要

だから「デザイン」なんだ。
縦割り社会で予算が削られていたら、
課題をそれぞれ単独で解決することはさらに難しい。

「まちの保育園」で、高齢の方が幼児の見守りをする、など。
課題と課題を組み合わせると、一方の課題は一方に対して資源だったりする。
そういうことだ。

もうひとつは「アート」、自分の当事者性のある課題、テーマ。
「表現したいこと」に出会うこと。

それには、地域が必要。
「お客に出会うこと」が必要なのだと思う。
「この人のために頑張りたい」と思える何か。

デザインは社会を出発点にして、アートは主観を出発点にしている。
そのあいだ。そこに探究テーマをもってくること。

なんか、見えてきたよ、なんとなく。  

Posted by ニシダタクジ at 08:28Comments(0)日記

2019年11月09日

あなたは何芸人なのか?

ギャップ萌え人材。
みんなが〇〇芸人になったほうがいい時代。

生きづらさの本質は、
世の中がひとつの価値観で支配されてしまったからだと思う。
上野千鶴子さんの言う「学校化社会」である。

「近代」という「旧パラダイム」(17.4.30)
http://hero.niiblo.jp/e484636.html

上野さんは言う。

近代とは、「いま」を大事にしてこなかった時代です。逆にそれを、現在志向とか刹那主義といっておとしめさえしてきた。そして、将来のためにいまを営々と刻苦勉強し、「がんばる」ことを子どもたちにも要求してきました。「そんなことで将来どうするの」「大人になったらどうするの」と、つねに子どもは「将来」から脅迫され、いまを楽しむことを許されませんでした。現在を奪われた存在、それが近代の子どもたちだったのです。

偏差値の呪縛から自分を解放し、自分が気持ちいいと思えることを自分で探りあてながら、将来のためではなく現在をせいいっぱい楽しく生きる。私からのメッセージはこれに尽きるでしょう。

それだよな、と。

そして、坂口恭平さんは「独立国家のつくり方」の中で、
「放課後社会」を定義する。

自由とはタテの世界を行き来すること(13.1.19)
http://hero.niiblo.jp/e229119.html

この本の中で例えられているのは、「学校社会」と「放課後社会」というふたつの世界(レイヤー)

学校社会の中での評価基準は「勉強ができる」が最高で、「スポーツができる」だったり「音楽ができる」という評価ポイントがある。それは学校の先生によって測られる。

放課後社会は、もっと自由だ。人が2人以上集まったら、そこに放課後社会が形成され、そこには独自の価値観がある。

この本の中には放課後の土井くんという工作のものすごい得意な子が出てきて、それは放課後社会で著者の圧倒的リスペクトを受けていた。しかし彼の学校社会での評価はあまり高くはなかった。

坂口さんは言う。
放課後社会は無数にあり、しかもそれは匿名化されていないリアルな世界だ。

~~~ここまでブログから引用

そう。
「放課後社会」を自らつくっていくこと。それが必要なのだと思う。
「勉強」でも「部活」でもない、第3の道。いや、第3の道は無数にあるのだけど。
それは、たぶん、ひとりひとりが生きるために必要なのだ。
その第3の道を探究していく方法のひとつが大学進学なのだと僕は思う。
それに気づくこと。

今日は、橘玲さんの「人生は攻略できる」から、なぜそれが必要なのか考えたいと思う。


~~~以下メモ

働き方には大きく3つある。クリエイター、スペシャリスト、バックオフィスだ。

クリエイター:「クリエイティブ(創造的)」な仕事をする人
スペシャリスト:「スペシャル(専門)」を持っている人
バックオフィス:事務系の仕事

クリエイター、スペシャリスト、バックオフィスの1番の違いは、会社に属しているか、属していないか。
クリエイターは会社員ではない。バックオフィスは、全員がどこかの組織に属している。
スペシャリストはこの中間で、組織に属さずに仕事をするひともいれば、どこかの組織に属している人もいる。

組織に属していないクリエイターとスペシャリストは、「フリーエージェント」とか「インディペンデント・ワーカー」と呼ばれる。

「外資系」の企業では組織の中でスペシャリストとバックオフィスがはっきりと分かれている。
それに対して日本の企業ではバックオフィスの仕事は主に非正規という「身分」の労働者が行っているが、
正規の「身分」正社員のなかにもバックオフィスの仕事をしている人がいて渾然一体となっている。
「同一労働同一賃金」とは、正社員と非正規社員の身分差別をなくし、雇用形態にかかわらず同じ仕事なら同じ待遇にすることだ。

【「拡張可能な仕事」と「拡張できない仕事」】

映画はクリエイター、演劇はスペシャリストの世界だ。これは、その仕事が「拡張」できるかどうかで決まる。

映画は複製可能だから、さまざまなメディアによって世界中に広がっていく。
しかし、バックオフィスは時給計算の仕事だから、収入は時給と労働時間で決まり拡張性はまったくない。
時給1000円の仕事を8時間やれば8000円で、それ以上にもそれ以下にもならない。

演劇はたしかにクリエイティブな仕事だけど、その収入は
劇場の規模、料金、公演回数によって決まる。
大評判になれば連日満員だろうが、それ以上は利益が増えないから
富を拡張するには広い劇場に移るか、公演回数を増やすしかない。
このように考えると医師や弁護士、会計士などの仕事も拡張性がない。

クリエイティブな仕事をしていても、クリエイターは拡張可能で、スペシャリストは拡張不可能だ。

クリエイターとスペシャリストを合わせて「クリエイティブクラス」として、
バックオフィスは仕事の手順がマニュアル化されているからクリエイティブなものはほとんどない。
いちばんの特徴は「責任がない」ことだ。スペシャリストは時給も高いが責任も大きい。
もうひとつの特徴はマニュアル通りに仕事ができさえすれば、高齢者や障がい者でも、外国人でも、
働き手は誰でもかまわないことだ。バックオフィスの会社は、社会から差別され排除されているひとに
仕事を提供するというとても大事な役割を果たしている。

機械は、マニュアル化された仕事がとても得意だ。
18世紀までは糸を編んで布をつくる作業は人間にしかできなかったが、1779年にイギリスの発明家が紡績機をつくって機械化に成功した。それ以来、科学技術はさまざまな作業をマニュアル化してきて、もちろんAIもその延長上にある。
だからこそ、バックオフィスの仕事は雲行きはだいぶあやしい。

ただし、時給で給与が払われる仕事の中にもAIでは代替できないものがある。代表的なのは看護や介護などの仕事で、そこでは患者や顧客への共感力が重要になる。共感力については男性より女性のほうが高いことがさまざまな研究で明らかになっている。アメリカでは男性と徐英の平均収入が逆転してしまった。

【「サラリーマン」は日本にしかいない絶滅危惧種】

仕事と会社が一致しているのはバックオフィスだけ。
海外ではすべてのスペシャリストが「自分はなにを専門ンししているのか」を真っ先に伝える。
「サラリーマン」は会社と一体化したスペシャリストだが、このような働き方は海外ではかなり前になくなっている。

【伽藍とバザール】

伽藍というのは、お寺のお堂とか協会の聖堂のように、壁に囲まれた閉鎖的な場所
それに対してバザールは誰でも自由に商品を売り買いできる開放的な空間をいう。
そして伽藍かバザールかによって、同じひとでも行動の仕方が変わる。

バザールの特徴は、参入も退出も自由なことだ。商売に失敗して、「なんだあいつ口ばっかでぜんぜんダメじゃないか」といわれたら、さっさと店を畳んで別の場所で出直せばいい。その代わりバザールには誰でも商売を始められるわけだから、ライバルはものすごく多い。ふつうに商品を売っているだけではどんどんジリ貧になるばかりだ。これがゲームの基本ルールだとすると、どういう戦略がいちばん有効だろうか?

それは「失敗を恐れず、ライバルに差をつけようとするような大胆なことに挑戦して、一発当てる」だ。もちろん運よく成功するよりも挑戦に失敗することのほうがずっと多いだろう。でもそんなことを気にする必要はない。バザールでは、悪評はいつでもリセットできるのだから。

これを言い換えると、バザールの必勝戦略は「よい評判をたくさん集めること」になる。だからこれを「ポジティブゲーム」と呼ぼう。

これに対して伽藍の特徴は、参入が制限されていて、よほどのことがないと退出できないことだ。このような閉鎖空間だとちょっとした悪口が消えないままずっとつづくことになる。

その代わり、新しいライバルが現れることはないのだから、競争率はものすごく低い。どこにでもある商品をふつうに売っているだけで、とりあえずお客さんが来て商売が成り立つ。

これがゲームの基本ルールだとすると、どういう戦略が最適だろうか。それは、「失敗するようなリスクを取らず、目立つことは一切しない」だ。なぜなら、いちどついた悪い評判は二度と消えないのだから。

このように伽藍の必勝戦略は「悪い評判(失敗)」をできるだけなくすことになる。こちらは「ネガティブゲーム」だ。

ここで強調しておきたいのは、ポジティブになるかネガティブになるかは、そのひとの個性とはまったく関係ないということだ。ふだんはポジティブなひとでも、伽藍に放り込まれればネガティブゲームをするようになる。同様にいつもはネガティブな人も、バザールではポジティブになる。なぜならそれが、生き延びるための唯一の方法だから。

伽藍の世界の典型は学校だ。1年生のときについた悪い評判は、よほどのことがないかぎり学年が変わってもついてまわる。
いじめへの対処が難しいのは、生徒たちが伽藍のなかでネガティブゲームをしているからだ。
日本社会ではいたるところで伽藍ができていく。そして日本人は伽藍でのふるまい方(ネガティブゲーム)がとても上手だ。

~~~ここまで引用

なるほど。
めちゃめちゃ鋭い。

いろいろ考えることがあるのだけど
今日は大学入試というバザールについて。

大学入試そのものがバザールになった。
推薦・AO入試という巨大な市場において、自分という商品の魅力をアピールしなければいけなくなった。

就職活動も同じだ。
学生、企業が双方とも自らの魅力を語り、ビジョンを共有し、入社できれば幸せだ。
ところが、高校も大学も、伽藍の世界だ。
そこではネガティブゲームがいまだに展開されている。

世界は必然的な流れとしてバザールに向かっている。
それはグローバル競争社会と呼ばれているのかもしれない。

自らがスペシャリスト、クリエイティブクラスになるために、
バザールに対応した戦略、つまり「ポジティブゲーム」、つまり

「失敗を恐れず、ライバルに差をつけようとするような大胆なことに挑戦して、一発当てる」

だから、人が目をつけていないところを見つけ、ひたすらに掘っていくこと。
それが〇〇芸人への道だ。

それが、大学の研究分野にマッチしていたり、
研究分野でがんばれそうだとなったら、
大学はあなたという人に入学してほしいと思うだろう。

それがバザールとしての大学入試対策になるだろう。
さて、高校生のみんな、「ギャップ萌え」を探しにいこうか。

ギャップの種は、地域にめちゃめちゃ転がっているぜ。
たぶんだけど。  

Posted by ニシダタクジ at 07:54Comments(0)日記

2019年10月24日

「大学での研究」というプロジェクト設計ができるか?







21日月曜日は、推薦・AO入試対策研修@金沢でした。
カギとなる「志望理由書」の書き方について。
「7つの観点」とか、エッセンスに詰まった研修でした。
このブログは、まとめというよりメモ起こしです。

そもそも大学って何だっけ?から始まりました。そういうの好き。
大学は教育と研究をやる機関で、研究とは、まだ分かってないことの答えを見つけるための活動のこと。
大学の学びとは、研究を通して学ぶということ。課題を設定し、自ら突きつめて明らかにすること。
そんなところから始まった研修。

~~~以下メモ

学生とは?
「研究=自ら物事を突き詰めて明らかにする」ために
自分で学ぶべき課題やテーマを発見・決定し、
その課題を解決するために、自分で動ける人が求められる。

だから、推薦・AO入試で評価されること。
=「学生」として求められる力を持つ高校生を選ぶ入学試験。

A基礎学力(基本的な学習能力)
B人物像(主体性)
☆自ら教授や授業、研究会、ゼミを選ぶことができる。
C大学で学ぶときに必要な力(周囲を巻き込む力・リーダーシップ・プレゼン力・コミュニケーション能力など)
☆研究会、ゼミを活性化することができる
D明確な問題意識(問題発見能力)
☆自ら課題・テーマを発見できる
一般入試と異なり、学力以外の観点も評価されます⇒総合的な評価で決まる。

入試方式
1 評定平均・学力
2 志望理由(志望理由書、自己推薦書、エントリーシート)
3 面接・プレゼンテーション
4 小論文
5 グループディスカッション

「志望理由書」→大学は何を見たいのか?
⇒大学に入学しても意欲的に勉強してくれるかどうか。大学を辞めないか。
必要なものは明確な問題意識・志望理由と、その内容を伝えるコツ!

合格しやすいテーマがあるわけではなく、
そのテーマや問題意識に取り組む必然性が
自身(今までの活動)にあるかどうか。

そのうえで評価されるテーマは
1 だれが書きそうなテーマでも、大人が知らないくらいまで深く言及している
2 誰も思いつかないテーマ設定か
3 価値観から一貫した熱い思い

※活動実績に注意。とにかく経験を積むのではなくて、
大切なことはどのような壁に対して、何を価値観や理念として、何を考えて、どのように行動したのか。

志望理由書が書けるということと、プロジェクトが設計できるというのはかなり近いなと。
そういえば、研究も就職もプロジェクトだもんね。

1 キャリアアンカー型(職業前提型)
2 問題発見・解決型
3 野心実現・創造型

【7つの観点】
1 経験(活動実績)
2 気づき・価値観
3 実現したい野望・問題意識
4 社会的意義
5 取り組むべき課題・実現方法(解決策)
6 志望大学が最適である理由
7 将来の夢・志

★プロジェクト・行動を貫く価値観が重要

価値観・信念が思考を生み、思考が行動を生む。
その集合体を個性という。
行動から逆算して思考と価値観・信条を引き出すこと。
それが振り返りに必要な要素。

テレビ「プロフェッショナル」で挿入される一言のような価値観・信条を見つけること、引き出すこと。
勉強だけでは、それは引き出せないよね。

価値観っていうのと問題意識っていうのも近いかも。
価値観の構成要素に問題意識があるのか。
「何に違和感を感じるか?」っていうことか。

活動だけを繰り返してもそれを振り返り、思考から価値観へとメタ化していかないと、いつまで経っても志望理由書は書けない。
大学生で言えばエントリーシートが書けない。
アクティブラーニングを批判した「活動あって、成果なし」の言葉は重いよ。
そういうのを作ってきたのかもなあ。

誰に対して、誰が、何を、なぜ、どのようにするのか。
それと活動実績を接続して書くこと。

「問題意識」:そのテーマに自分が取り組む必然性があるかどうか、つまり内発的動機があるかどうか?と客観的に問題だと説明できるか?つまりデータ、数値、権威の意見があるか、つまりその問題は本当に存在するのか?
を説明できる志望理由書。

「内発的動機」と「客観的事実」
why、for whomとwhat、howの真ん中につなぎてとして、who、when、whereがあり、プロジェクトはできるのかもしれない。

「社会的意義」:投資価値があるか、ということ。社会がその問題の追求と解決を求めているのか?その理由は何か?
解決されない場合の未来と解決された場合の未来を描く。

課題とは、問題(テーマ)の中で、手が出せて解決できるもののこと。
ロジック分析とかロジックツリーって高校生のうちにやってみてもいいよなあ。
whyを繰り返す、ということ。仮説とは、原因と結果のセット。
問題には必ず原因がある、今起こっている理由、未だに解決できない理由、
根本的な理由、問題の原因がわかれば有効な解決策や学ぶべき学問を考えることができる。

志望理由書の概要:
Who(誰に対して、誰が)、what(何をする)、why(なぜするのか)、how(どうやってするのか)の要素を入れて、30秒で説明できるもの。
☆アテンションゲット(はっとさせる、びっくりさせる、読んだ瞬間「何が起こるのか」「もっと読みたい」と思わせる短い文章。
「メロスは激怒した。必ず、かの邪知暴虐の王を除かねばならぬと決意した」

その大学である理由「オープンキャンパスが楽しかった」はNG

~~~ここまでAO推薦入試の話。

めっちゃ楽しい。
阿賀町でやってる「まちづくり会議」のフォーマットと
志望理由書のフォーマットがめちゃめちゃ似ていてビックリした。

推薦・AO入試って、個人の能力の有無、高低じゃなくて、研究者としての大学生になる
ためにプロジェクトを設計できるかっていうのが問われているんだと。

ひとまず、今回のブログはこちらで。
また考察いろいろ考えます。  

Posted by ニシダタクジ at 10:13Comments(0)日記

2019年09月27日

プロジェクトの解像度を上げる

まちづくり会議2日目。
空振りした感がある。

今回のプログラム

前回のプロジェクトキーワード出しから、
・具体的な顧客と顧客価値の設定
・まちの現実の把握
プランと現実の接続

を経て、キーワード未来日記を書いて、マッチング。
もうちょっと未来日記を掘り下げる時間があってもよかった。
未来日記が書いた状態でシェアするとか。

参加者のひとりに聞けば、
結局最後のマッチングは
プロジェクトキーワードで起こっていたのだという。
そして、阿賀町の現状を強調しすぎたか。
「まちづくり」の主語は、「自分たち」というプレイヤーだ。

双葉みらい高校のときは、それを高校生観点から考えたけど、
http://hero.niiblo.jp/e489819.html
チーム「自分たち」に「地域」というプレイヤーを含めていく(19.9.21)

未来日記ワークシートだったら、
ど真ん中に「誰のためにやるか?」(顧客はだれか?)
っていう問いをもってもよかった。

「未来日記をつくる」にもっとフォーカスしてもよかった。

未来日記のポイントは、顧客を主人公にする、ということ。
その顧客は自分自身であってもいいのだけど、
プロジェクトが実現している未来に登場する人がいい。

「高校生のための場をつくりたい」っていうのだったら、
5年後、その場ができているとしたときの、
高校生自身の日記をかかなければいけない。
今日も、「場」に行って、友達としゃべった、とか、
自分たちでくるみのプロジェクトに挑戦している、とか。
そういう感じ。
もう一度、黎明学舎でやってみようかな。

「まち」とか「地域」とかを主語にしない。

主語は具体的なお客である誰か、そして、プロジェクトを実行する自分たち。
プロジェクトの解像度を上げないと、未来日記は書けない。
でもそういう未来を描けるからこそ、プロジェクトが進む。

「もうトシだし、農業しんどくなってきたからやめよっかな」って思っていた
おばあちゃんが、農産物直売所をプチリニューアルして、
食べてくれる人たちや子どもたちと交流が始まって、
いっちょ頑張るか、って新たなモチベーションが湧いてくる、とか。

そういう話が書けないといけない。

それ、誰がやるのか?っていうのと、
それで、だれが幸せになるのか?っていうのと、
両方がないとプロジェクトは動かない。

ワークシートをそういうのを書けるように改善していく必要がある。
昨日の最初に江川さんが見せた図のようにしていく。

主人公が左下にいて、
右上の未来に向かって、
プロジェクトをつくっていく。

左上には背景(現状・課題)・資源(使えそうなもの)があって。

みたいな。
そんなワークシートに改善すれば、もっと解像度が上がるのかもしれない。

さてさて。
実験実験。

参加者の皆様、お付き合いありがとうございます。  

Posted by ニシダタクジ at 07:22Comments(0)アイデア日記

2019年09月23日

「承認欲求」の自覚と学びあいのデザイン

ひろのアートキャンプ。
91名の方に本をハックツしてもらいました!
ふたば未来高校で活動しているカタリバのスタッフ内海さん加藤さんも、
「結のはじまり」の古谷さんも来てくれました。

ふたば未来高校の見学と発表会と
周りの方々のお話から、いろいろ感じたことをつぶやいているのだけど、
そのまとめ。

~~~ここからつぶやき

「学ぶ」とは、価値を問い続ける、ということ。

「承認欲求」の存在に気づくこと。
「地域」とか「探究」とかいう前に、そういう授業をやったほうがいいのかもしれない。

ふりかえり方法は3つ
「メタ化して学びにフォーカスすること」
「深掘りして個人の感情にフォーカスすること」
「地域にとっての価値にフォーカスすること」

答えを持っている大人からは、もう何も学べない時代に入ったのではないか。

承認を得られるのはプロジェクトの結果が出たときではなく、思ったことが言え、それを受け止めてもらった時。

親和的承認を得るためには評価を受けることではなく、愛を受けること。
向かい合うことではなく、同じ方向を見つめること。

ティーチングでもコーチングでもなく、チューニングという方法。

承認欲求が満たされないのは、第1に家庭環境と地域コミュニティの弱体化、第2に学校教育により承認欲求が評価欲求にズラされていること、第3に質的にではなく、量的な分かりやすさを志向する資本主義社会のため。

ふるさと創りびと。
で創造という同じ方向を見つめること。
自分たちが思う価値に向かって進むこと。
他者からの評価を超えて自ら評価すること。
それは同時に承認欲求を満たすのではないか。

なぜ、自分はこのプロジェクトを始めたのか?
それは事後的に分かる。
決して事前には全部分からない。
そのなぜ?に出会うためにプロジェクトがあると言ってもいい。
その予測不可能性がプロジェクトをやる意味なのだと思う。

~~~ここまでつぶやき

少し近づいた、そんな感じがした。
「答えを持っている大人」がそれを教える、
みたいなスタイルで、学びはもう成立しないんじゃないか。

高校生と同じ位置に立ち、
彼らの発する音に耳を集中させ、
共に価値を生んでいくような、
そんな時間をつくっていくこと。

「価値」はあらかじめ決まっていない、ということ。
地域や大人や先生からの「評価」は、価値ではあるけど、
価値のすべてではないということ。

「価値」はいま、この瞬間に生まれていて、
常に流動していること。

そのスタートラインに立つ前に、
あるいは、立ってからも、自らの承認欲求の存在に気づくこと。
「承認」欲求を「他者からの評価」欲求にすり替えないこと。

自ら価値を設計・設定すること。
価値をこの瞬間、一緒に探っていける大人とプロジェクトを組むこと。

「地域」で「探究」ってそういうことなんじゃないか。
答えのない時代に突入しているんですよね。

高校生がプロジェクトで何を学んだか?じゃない。
その活動のプロセスで、大人は何を感じたのか?
どんな価値を見出したのか?
関係者全員で、その価値を探し、見つけ、つかんでいくこと。

そんな設計をしなきゃいけない。

だから、チューニングなのかもしれない。
「場のチカラ」なのかもしれない。
ティーチングでもコーチングでもないチューニング。

みんなの音を合わせて、
ひとつの曲を生んでいくような、そんな設計。

それをデザインしたいと強く思った。  

Posted by ニシダタクジ at 07:08Comments(0)日記

2019年09月21日

チーム「自分たち」に「地域」というプレイヤーを含めていく


ふたば未来学園高等学校


NPOカタリバが関わる「ふたば未来ラボ」にお邪魔しました。


全面黒板で場所の説明


スタッフ紹介。「好きなこと」とか書くの大事。


高校生も運営に参画するカフェふぅ


高校生が淹れたウィンナーコーヒー320円

っていうことで、楽しんできました。

なんというか、学校の中なのに
「第3の場」っていう感じ。

カフェとして使っている大人も高校生もいれば、
21日の発表会のためのミーティングをしている高校生もいれば、
大学生スタッフと談笑している高校生もいれば。

カフェ自体は
一般社団法人たんぽぽ(校長が代表理事)が運営。

カタリバのコミュニケーションデザインとしては、
やっぱりプロフィールと顔写真を載せて、名札をしているところが
徹底しているなと思った。
ニックネームも書いてあるし。
スタッフは毎月更新してもいいのかもしれない。

ふたば未来は総合高校なので、いろんなコースを選び、
授業で地元産品を利用したお菓子づくりを行っているという。

そしてカフェチームはカフェをやってみたい
っていう生徒が授業後の16:00~18:00で運営。(火・木は17:00~)

そうやって「自分」と「地域」の重なるところに
「プロジェクト」をつくっていけたらいいなと思った。

「地域」ってそういうためにあるんじゃないか。

「地域」や「まち」を主語にして語らない。
「自分たち」を主語にして語る。
しかしその「たち」の中に、「地域」や「まち」が含まれているような、
そんなプロジェクトをつくっていけないだろうか。

「自分」にフォーカスしすぎなんだ。

自分のやりたいことは?
自分の強みは?
本当の自分はどこに?

そんな問いを忘れてしまうような
プロジェクトに出会うこと。
それには「地域」が必要なのではないか。

分断。

個人は分断された。
地域も分断された。
おそらくそれは社会の要請だった。

「最後の市場」がそこにあったのではないか。

参考:家電を売るために「夢を持て」?
http://hero.niiblo.jp/e346221.html

人々は自分にフォーカスするようになった。
自分にフォーカスすると、他者と比べるようになる。

・これが足りない。
・ここが劣っている。
・いつまでたってもこれができない。

そこに市場が生まれた。
「夢」「キャリア」「資格」「進学」「美容」「健康」。

作り出された「ニーズ」。
コンプレックスを解消するために消費を重ねる。

自分らしい人生を生きるために。
女性を美しくするために。
80過ぎて人に迷惑をかけないように。

そんな自分へのフォーカスをズラすことができないだろうか?
自分にフォーカスするから比較が始まり、コンプレックスが生まれるのだ。

「地域」を取り戻す。
いや、地域よりも小さい範囲の「自分たち」を取り戻すこと。

「自分たち」はこの瞬間、この顧客にとってのこの価値を追いかけていく。
そこに没頭していくこと。
「自分」ではなく、プロジェクトの先にフォーカスしていくこと。

そしてそのうち、チーム「自分たち」の中に、「地域」というプレイヤーを含めていくこと。
それが、アイデンティティ・クライシス時代を生きていくひとつの方法論なのではないか。

チーム「自分たち」への出発点として、
双葉みらい学園の中にある未来ラボやカフェのような、
「機会」と「場」が機能していけばいいなと思った。  

Posted by ニシダタクジ at 06:21Comments(0)日記

2019年09月14日

戻ってもいいと思える場所

川田さん研修2日目。

~~~研修メモ

公営塾:「様々な体験」「地域の大人」「大学生」「社会人」「様々な知識/情報」のハブになる。

1 地元意識の変化:「地域」ではなく「人」
阿賀町のためにはがんばれないが、集落のためだったらがんばれる。
「阿賀町のため」にを「誰かのために」に替えていく。
主語を「地域」ではなく「人」にしなきゃいけない。
⇒接点をつくる=「人」に会う必要がある。

短期的効果
・帰る場所が増える
・関係者が増える
⇒精神的につながっている人が阿賀町にいる。
⇒「公営塾プロジェクト」は高校生・出身者とふるさとをつなげる「人との接点」をつくる

長期的効果
「思いもしないことばかり起こる人生だったし、今もそうだけど、私は阿賀町に縁があったことをすごく誇りに思います。大人になって色々な世界を知ってどこへでも飛び出していけるだろうけど、私は阿賀町に戻ってくるために生きるつもりで勉強を頑張ります。戻ってもいいと思える場所を見つけられたことが宝物です。」(卒業生の言葉)

ふるさととつながりながら、社会に対して武器を身につける。

学力の3要素ピラミッド「知識・技能」⇒「思考力・判断力・表現力」⇒「主体性・多様性・協働性」

地域課題・素材の学習活用+地域との接点
⇒地元意識の変化、思考/表現力の向上、進路実現の材料

「大人の姿勢」:ポジティブ or ネガティブ

・身近な人を見ていると仕事をすることが本当につらそうなので、
そういうことになるのを避けるために、ゆっくり仕事を考えたい
⇒親がネガティブな発信をしている。

子どもの変化から大人の変化へ
大人の変化から地域の変化へ

地元意識の変化⇒「地域」ではなく「人」⇒大人の変化が町の活気へ⇒地域学習の可能性

現在⇒未来:求められる学力が変わる。
知識から正解を素早く出すこと
⇒知識を土台に
・解決すべき課題を発見する力
・協働により課題解決の道すじを切り拓く力
⇒学力の3要素ピラミッド

源泉:学び続ける意志

「学習意欲の変化」
要因:環境とキャリア意識

人を変えるのは?(ライザップ方式)
×決意
○環境:「時間配分」「付き合う人を変える」

勉強のライザップになる。
時間ベースで勉強時間を記録していくこと
120分/日やれば⇒結果が出る。

変化の心理モデル
「学習の絶対量が増える」→小さな結果が出る→結果に対する感情が生まれる→チャレンジ精神が生まれる→「やればできた」(挑戦意欲・低)→挑戦回数が増える→未知なことと戦う武器が増える→「やればできる」(挑戦意欲・高)→テスト/進路/目標に当事者意識が伴い自主的に思考行動する→自走する

⇒授業がその場でわかるようになる
⇒自己肯定感が醸成される。自信/承認/優越感/自己表現
⇒学習意欲

環境が変わる
→小さな結果が出る
→自己肯定感が育まれる
→学習意欲が変化する

キャリア:職業を選ぶこと?
「職業」で選ぶ⇒「価値観」で選ぶ

知識+体験→価値観→今/将来

映像による追体験(情熱大陸・7ルール・プロフェッショナル)

幸福感=価値観
→判断基準:人の笑顔
→環境要因:観光系の接客業
ホテル?

ロールモデル
→コミュニケーションがうまい、外国語で会話ができる、知識が豊富
職業イメージ:ビジネスホテル=× 高級ホテル/旅館=○

理想の自分像のイメージ化
→「高級旅館の女将さん」「外国人に日本流のおもてなしを」「人の笑顔のための仕事をし、人の笑顔で幸せをいただく」

「ロールモデルになるには?」
1 コミュニケーションがうまい→生徒会
2 外国語で会話ができる→英語
3 知識が豊富→国語/日本史
→納得して勉強を開始する→勉強時間が増える→観光が学べる外国語学部へ進学
→観光/日本文化/外国語の勉強/接客業のバイト
→ロールモデルに近づく
→目的意識ある4年間の大学生活
→主体的な学びの姿勢・故郷の観光面で貢献

1「未来の自分/なりたい自分」と2「今の自分」と
3GAPの把握

4危機感からのGAP対策5授業姿勢 5目的意識の変化(受動→能動)
6行動の変化→結果の変化7理想の自分の実現
キャリア意識が変わる→今の時間に意味を見出す→目的意識が生まれる→学習意欲が変化する

~~~ここまで研修メモ

この2日間の最大の価値は、
地域活動と学習意欲
キャリア意識と学習意欲
の接続のイメージができたことかな。

1期目の信頼関係づくりと営業するときの武器を手に入れること。
それを踏まえて2期目はPBLや地域との関わりのきっかけをつくる。
そして「教育留学」「生徒数の増加」へとつなげていくこと。

川田さんのビジョンでは未来フォーラムの有料化など、
「教育資源」と「観光資源」のミックスによる教育のまちとしてのブランド化、
までがストーリーで書いてあったのだけど、そんなこともできるなあと。

研修後、ランチ中に、「幸福感=価値観」の話を聞いたけど、
それには「判断基準」と「環境要因」があって、
たとえば、「お風呂が気持ちいい」っていったときに、
それには「リラックス」っていう判断基準があって、
リラックスできるのならお風呂じゃない方法でもいいのか?
っていう問いができたりする。

この前のかき氷の振り返りでも、
リーダーの3年生の志向性は
リーダーシップではなく、チームワークだった。

そんなことが地域活動の振り返りによって芽が出てくるのだなあと。
たぶん、キャリア意識のほうも、プロフェッショナルなどの動画を見ての
感情の動きをキャッチしてそれを深掘りしていくことで、
本人の志向性が見えてくるのだと思う。

学習意欲をどう上げるか?
これは公営塾にとっての最大のテーマである。

それを地域活動やキャリア意識からつなげて考えること。
コーチングを活用していくこと。

たぶん、そっからだな。と。

「ふるさと」とは、
全力で創造的行為を行い、そのうちいくつかを達成した場所のこと。
その一つに、(学校の)学習があること。
たぶんそこが「黎明学舎」の使命だろうと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 09:08Comments(0)日記

2019年09月13日

地域活動を学びのモチベーションにつなげる

「黎明学舎」前塾長の川田さんが来てくれて2日間の研修。
1日目は現状と課題の確認。

~~~以下メモ

・親との関係について
勉強しているのか?不安⇒学習時間の見える化をする
⇒ニュースレターの発行(月謝袋にいれる)と学習時間、コメントの記入

「教科指導」
「学ぶ力」

信頼関係構築⇒計画サポート⇒遂行サポート

双方向性と存在の承認

ゲーミフィケーション:4つのタイプ


引用:雲の上に音符あり。
http://cloudscore.blog.jp/archives/10329753.html

コーチング:


引用:ArayZ アレイズ
https://arayz.com/columns/coaching_201811/

年間計画⇔週刊計画
必達目標と努力目標

問題≠課題:「課題」を明確にすること

★コーチングの時間、人、ツールを決めること。
・2人でやる面談もあり

ゴールに納得していること。
⇒ギャップの共有

「原体験」と「追体験」
知識+体験⇒価値観の形成⇒ゴールの設定

ロールモデル
↑(ギャップ)⇒危機感からのギャップ対策⇒目的意識⇒行動の変化、結果の変化⇒理想の自分
今の自分

問いかけ。
×足りないものは何か?
○何を武器にして近づけると思う?

英語が得意:外国人と接する仕事、たとえばホテルフロントとかになりたい。
⇒ホテルフロントになったら、何が必要になる?
「サムライってなに」とか「近所のお寺」のこととか聞かれる
⇒現代文と日本史も必要になるよね?

価値観と体験を結びつけること:追体験が必要

価値観・幸福感が
「判断基準」からくるのか?
「環境」からくるのか?
⇒自分の軸をつくっていく。

「感情」の解像度を上げていくこと。
⇒未来につながるまで深掘りしていく。

イベント後に対話の場を設定すること。
面談⇒作戦会議

「自分を知る」プロセスを入れることで、
地域活動を学びのモチベーションに変える。

~~~ここまでメモ

それそれ。
いまから取り組もうとしている
「学習指導からコーチングへ」と「地域活動からの学習への接続」
という2つの課題に対して、ヒントが多かった。

地域活動のふりかえりを
どのように本人たちにフィードバックするのか?
そのために、ふりかえりをひとりずつ真剣に聞く必要があるなと思った。
場合によっては、人を分担して見ていくことも考えないといけない。

多くの人は、「自分」を知らない。

まあ、「自分」を全部知る必要なんてない
というか、知ることは不可能だ。
その瞬間瞬間の分人を他者化して見ることなのかもしれない。
そうした集合体が自分なのだと。

その分人を深く掘り下げてみること。
それは他者の仕事、スタッフの役割なのかもしれない。
あるいは、それを生徒たちが相互にやれるようになったら素晴らしい。

いい感じ。
2日目は1期目3年の取り組みのふりかえりを
聞いて、今後の見通しを考えます。

よろしくお願いします!  

Posted by ニシダタクジ at 07:43Comments(0)日記

2019年09月12日

「予測不可能性」と「創造的脱力」

神奈川大学経営学部山岡ゼミの3年生のゼミ合宿が阿賀町に来てくれました。





黎明学舎の説明と、僕のヒストリーを話しました。





そして狐の嫁入り屋敷へ移動して観光協会の新發田さんから教育体験旅行の話を聞きました。
僕自身が聞きたかったことなので、めちゃめちゃ質問してしまった。

僕は、
まきどき村やツルハシブックスの取り組みのことなどを話した後に
黎明学舎のコンセプトである「ふるさと創りびと」の説明と、
この前のかき氷の新聞と、今後の見通しの話をしました。

大学生の感想で一番心に残ったのは、
「ふるさと」を創るのは、全力で行う創造的行為なのだけど、
それは「誰か」と一緒にやるからふるさとになるのではないか、と。

たしかに、そうだなと。
ともに創造的行為を行う誰かの存在。
それは決定的に必要なのだろうと思う。

~~~以下感想シートよりメモ

話を聞いて「ふるさと」をつくるという新しい発想を得ることができたなと感じました。私は地元を「ふるさと」と思ったことがなく、なんとなく「ふるさと」というものにあこがれを持っていたのですが、それを今後つくることも可能であるということが知れてよかったです。また、「創造的破壊」と「創造的脱力」というアプローチの仕方の種類を知り、創造的脱力のとりあえずやってみようという精神がとても魅力的であるなと思いました。最近はどうしても何かを始める際にはメリットのことを考えてしまい自分のやりたいことをとりあえずやるということができにくくなっているなかで改めて創造的脱力というものの重要性を感じました。私にはまだ明確な「やりたいこと」が見つけられていないのですが、大学生になって多様な人々と関わることの大切さを知ったので、今後も様々な人と関わっていき、そのなかで自分の「やりたいこと」を見つけていきたいなと自分をふりかえることができました。

阿賀黎明高校魅力化プロジェクトは、阿賀の自然、土地だからこそ出来ることを授業化し、クリエイティブな体験を通じて外から阿賀でその経験をすることで西田さんのように新潟・阿賀が自分のふるさとだと感じられる人を取り込むきっかけになると思いました。田舎の高校にあえて来ることは本当に少ないと思うので、阿賀の土地だからできることを強みに外から呼び込み、定着する機会を増やすことが大切だと思いました。自然のあるまち、人柄がやっぱりふるさとを感じる場にはあると思うので住民同士の触れ合いは大切だと改めて思いました。私の地元をふるさとだと感じるのは方言を含めて人柄が一番大きいと感じています。関東の人と比べると人柄が違うなと感じてしまうのでこの小さなまちこそこの強みがあると思いました。土地柄を生かした高校を作り人を呼び込んでほしいと思います。進学率とは逆になりますが、農学科みたいにして特色ある授業を沢山して土地を生かせればなと思いました。もしここでクリエイティブな体験が地域の温かい人とできれば、もし外へ一度出てもふるさとはここだと思ってくれると思います。お忙しい中、ありがとうございました。

・「人生は経営」「楽しさは予測不可能から」「店員ではなく劇団員だと思う」「創造的破壊と創造的脱力」にとても興味深いと感じた。

・「顧客はだれか?」「価値は何か?」や、ふるさとの定義についてグループメンバーで話し合うことができ、いろんな考え方を学ぶことができた。

・最初に西田さんの行っている活動を聞いた時に、変わった経歴をもった方だったのでどのようなお話を聞くことができるのか想像できなかった。しかし、こまでの西田さんのキャリアを重ねて、今の黎明学舎の取り組みにつながっていることがわかった。町がつくった公営塾がふるさとをつくるということにつながるのは面白いなと思った。今は自分が住む場所をふるさとだと思えなくても、これからの自身の行動やどういった活動に参加して、それらを一生懸命やるかでふるさとは自分でつくれるではないかということを今回のお話で気付かされた。学習塾がこのように脱力した環境で、生徒ものびのびと通い、勉強に集中できるのは、この場所にあるからだと思う。個人的に塾というものは受験のために通う場所というイメージが大きいので、こうした黎明学舎のように塾に自ら居る時間を求めて通えることがうらやましいなと感じた。勉強するだけの場所ではなく、空間をともに生徒に与えているのだと思った。それこそ、スターバックスのように顧客に第三の場所を提供することにつながるのではないか。そうしたことを無意識のうちに提供する場と成り得た黎明学舎がすごいと思った。このような学習塾なら毎日嫌だと思わず通うことができるのかなと思った。

・もっとも印象に残ったのはふるさとの話です。何かを全力で成し遂げたことがあればそこがふるさとであるという定義に納得しました。自分自身、ふるさとはあるという自覚はあります。地元の静岡では様々なことを成し遂げてきました。しかしその自覚もなくなってしまうのではないかと不安になりつつあります。地元では開発が進み、帰省するたびに町の景色が変わっています。それは自分が挑戦してきた場所の景観まで変化してしまいました。記憶や写真が残っていても、そこで過ごしてきた場所が一変してしまったら。そう考えるととても寂しくなります。私はふるさとが好きです。しかしそこが変わってしまったらそこをふるさとと心から感じることができるのでしょうか?時が経てば必然的にいろいろなものが変わります。それは仕方がないことだということも理解しています。何か1つでも変わらない何かがふるさとに残っていれば、嬉しいし、また戻りたくなるな、と感じました。少し脱線してしまいましたが、ふるさとがあると自分の居場所があるのだとあたたかい気持ちになれます。そのような場所を自分でつくっていけるように、他の人と一緒につくれるように行動していきたいです。黎明学舎の話をきいていて、ふるさと1つの要因の場所だと感じました。

・今日ツルハシブックスのお話を聞き、年代、世代、職業関係なく人々が集まることに驚きました。特に若い世代が自分で本を見つけ出すこと、見ず知らずの人と話をする環境はとても珍しいと感じたためです。最近はイヤホンをしている人が多く、店員が話しかけてこないようにしているお客さんをよく見ますが、ツルハシブックスでは店は舞台、劇場、店員は劇団員、お客さんを共演者として接していることで、人々が知らずに引いている線が無くせるのだと思います。黎明学舎のお話では、生徒が「自分から来る」ということに自分の高校生時代との違いを感じます。もし自分にも「行く場所」があれば、1日1日楽しみも生まれたであろうし、自然と勉強をするようにもなったのではないかと思いました。(自分を取り巻く環境がそれからの考え・生き方を変えるのだと改めて気づきました。)ふるさとのお話でも、私は神奈川生まれ(家族全員)福岡育ちなのですが、生まれた場所か親戚が多く住む神奈川と自分の記憶の大半を占める福岡のどちらがふるさとかを漠然と考えていました。今回、「ふるさと」の定義を聞き、これからも自分が残した経験次第でふるさとが見つかれば良いなと強く感じています。貴重なお知らせありがとうございました。

・人生の中でどこに目的を定めるのかは、自由に決めていいのだと感じました。物を売って、お金を稼ぐというだけでなく、自分が「おもしろい」と思うポイントに焦点をあてて、商売や人生を展開していく事も、とても魅力的に思えました。これからの人生の様々なシーンで大事な選択をしていくことが多くあると思いますが、頭で固く考えすぎずに裏道を探すように脱力的アプローチができるようになれれば今回のお話を聞いた収穫になると思います。その中で、予測できなかった良い点を様々なシーンで見つけていければ、自分自身おもしろく感じると思うし、より人間らしい生き方、働き方が実現できるのではないかと感じました。今回お話を伺って人生の考え方の引き出しが増えたような気がします。ありがとうございました。

~~~ここまでメモ

キーワードとしては
「予測不可能性」と「創造的脱力」が効いたみたいです。
やっぱそこかなあ。  

Posted by ニシダタクジ at 17:19Comments(0)日記

2019年09月11日

「機会としての学び」の前で人はフラットになる

茨城県日立市の株式会社えぽっくが提供する
企業取材型インターンシップ、チーム「ひきだし」。
9月8日は事後研修でした。



プログラムは以下。

前半
1 誕生日別チーム分け
2 チューニング(最近あったよかったこと)
3 「魔法をかける編集」と場のチカラについて
4 「印象に残ったこと」を付箋に書く
5 解像度を上げる⇒書き直し
6 3分発表⇒改善(1分発表2分ヒアリング)
7 ふりかえり
~~~

魔法をかける編集という意味では、
「印象に残ったこと」っていう入りが大切なのかも、って思った。

通常の気づきは、
「気づいたこと、学んだこと」をシェアするのだけど
それだと、先に脳が出来事を編集しちゃう。

つまり、「場」に何も出ないんだ。
まず、心を差し出すこと。
だから、印象に残ったことをまず出す。

出した後で、それはなぜ印象に残ったのか?
を場にいるみんなで考えるんだ。
そこで、場のチカラの要素である「誰と」「いつ」「どこで」が高まっていく。
学びは個人戦ではなく、団体戦だから。

そもそも学ぶためにやっているんじゃなくて、
何か生み出すためにやっているのだから。

「印象に残ったこと」を聞いて、
その時にキャッチした「共感」と「違和感」を
場に差し出していくんだ。
そこから生まれる何かを生むんだ、と。

~~~

このあと、若松さんによる記事の分担の説明があってから、
ふりかえり後半に突入

1 「よかった 悪かった」「予想できた 予想できなかった」2軸のマトリクスふりかえり
2 参加大学生の司会進行によるシェア(冊子に乗せる座談会の様子録音)
3 予測不可能性がエンターテイメントの本質であるという話⇒予想しなかった悪かったことを楽しめるか。
  通常は「1 予想できたよかったこと(目標達成)」「3 予想できなかった悪かったこと(反省会)」
4 「機会としての学び」と「手段としての学び」評価>目的になっていないか?
5 全体を通してのふりかえりの一言

~~~


ラストふりかえりを書いている図。

この振り返りの前に、えぽっく代表の若松さんから、衝撃の一言が。

「正直、ひきだしにどんな価値があるのかって、わからないんですよ」っていう一言だった。

これは、すごかったな、と。
場の空気が一気に変わった。
投げ込まれたいまのリアルな感情。

どんな価値があるのか?
それは事後的に決まるっていうか、いま、この瞬間に決まるんだよ、ひとりひとりの感想と場の空気で。
だからいま、価値を語ってくれ。
そんなメッセージ。

そうか。
若松さんはひきだしの主催者であるだけじゃなく、参加者だったんだと。

そして出てきたラスト感想のメモ

~~~ここからメモ

「偶然と必然」
たまたま「ひきだし」を知って参加させてもらった「偶然」。企業さんから話を聞いて、そのあと自分の考えができていく「必然」。若松さんが築き上げてきた人とのつながりを自分にできた「偶然」。偶然があったからこそ、インターン参加できる「必然」が生まれた。

参加の動機は、「働く」ってどういうことだろう、これからどうやって生きていったらいいんだろう?っていうのを知りたかった。企業・企業人から学びたかった。すべてに共通していたのは「人」だった。業界、業種にかかわらず、人というキーワードが出てきた。業種・業態に縛られないひきだしだったからこそ強く思えた。サービスについても、伝え方についても「人」が大切だった。会社に入るためには、それが大切。自分だけではやっていけないから周りを大切にしていかなきゃいけないし、自分を出さなきゃいけない。人の感情が大切になるので、そうやって会社を選んでいかなきゃいけない。

「予測不可能性」っておもしろいな、と。働くことの現場を知ることを目的として参加したが、振り返ってみて、私は一緒にやる人を選んでないし、就職しようと思って行ってない。3日間の中でいろんな価値観と一緒にやれたのがよかったし、社員さんから人生の価値観を学んだ。その社員さんにしても予測できた人はいないのだから、予測不可能性を大切にしていきたい。

「何者」わからない世界ばかりに行く取材。知らない世界をしることができた。関心を持つことができた。自分の個性についても自分を知ることができた。共感することとか感動することは自分の心をゆさぶる価値で、何に自分は価値を見出しているのか?を知るきっかけとなった。まだ大学2年生で進路に悩んでいる時期のインターンだったので、いろんな仕事があるだけじゃなくて、どうやって働く人がそこで生きているのかを知ることができたのが収穫だった。これから自分がどうやって生きていきたいのか?を感じ、考えることができた。

「どう生きる?」を問われたインターンだった。こうしたほうがいい、っていうのはあるけど、こうしなければいけないというのがなかった。すべて自分たちに選択肢が与えられて、どれを選ぶか、どんな考え方、どんな価値観を持って生きるかは自分で考えなきゃいけない。職業を考えるインターンではなくて、人生を考えるインターンだったなと。未来に何をしたいのか、どうありたいのかを考えていきたいと思った。

「もやもや」企業よりもそこで出会った人の同じ価値観、異なる価値観、生き方考え方に触れた。自分との同じと違いに気づいたことで自分を見つめなおした。チームで過ごす時間がいい意味でもやもやだった。チームとは、相手のことを考えるとは何か?を考える機会が多くて、自分自身のこれから、軸について考える機会となった。

「将来について考える大きな一歩」インターンシップへの参加は初めてだったし、知らない人と一緒に行動するとか寝泊りしたり、ひきだしという場自体が成長する場になった。感想とか意見を言う機会がすごく多いので、ほかの人の意見をたくさん聞けたのがすごく刺激になった。違う会社にいって、いろんな働き方を見て、感じて、将来についてよく考えるきっかけになった。

「どんな人と、なにをして、どんな思いに答えたいのか」自分に問いかける主体性を育てる貴重な機会となりました。感謝でいっぱいです」これからどうしていこうかと悩んでいた時に、働くってどういうことなんだろう?自分の力をどう社会に還元できるんだろう?っていうのを実際の会社で考える機会になった。人生観とか価値観を問い直す機会になった。感謝の気持ちでいっぱいです。

「課題」を見つける場になった。ひきだしはアットホームな雰囲気があっていいなと思った。普段は聞けない大変なことや実話が聞けるなと思った。気づいたのはアットホームな雰囲気を作るのは自分たちだと思った。個々の人じゃなくて全体でつくるんだなと、力はあったのに1日目がうまくいかなかったり、もし自分が周りが見えてれば、もっとよくチームを回せていい取材ができた。自分が思っている不安とかをまず開示しなきゃいけなかったり、そういうことを考えなきゃいけないと思った。いろんな課題が見つけられた場になった。

~~~ここまで感想メモ

自らの言葉で、感情で、語っていたのが印象的だった。

会場を提供いただいた(株)ユーゴーの採用担当・稲野辺さんが最後にコメントする。
「飲み屋で上司の愚痴を言ってるのは、『自分は会社を変えられない』と思っている人たちだ。
自分たちで会社は変えられる、と思っていれば、飲み屋の話は未来の話になっていく。」

ドキッとした。
僕の茨城時代を思い出した。(笑)

ユーゴーの稲野辺さんが昼ごはんの時に話していたけど、
採用活動していく上で、大学生とフラットに対話をしていくことを心がけているという。
自分たちが採用してやるわけでも、大学生が会社に入ってやるわけでもない、
ただ、お互いに、ユーゴーという場を選択するんだ。
そんなコミュニケーションスタイル。

僕自身も
フラットな関係性をつくるコミュニケーションのデザイン。
をテーマに活動してきたのだけど、
ひきだしもそういう場になっているのかもと思った。

何よりも、
「ひきだし」という活動そのものが問いになっていて、

主催者の若松さんも僕も、このひきだしから何が生まれるのか?
ってやってみないとわからないというか、価値を問い続けているんだなあと思った。

そんな、「機会としての学び」にあふれたひきだしプログラムでした。  

Posted by ニシダタクジ at 07:17Comments(0)日記

2019年09月02日

かき氷屋台@レガッタ大会



黎明学舎かき氷チームが挑みました
かき氷屋台@レガッタ大会でした。

1~3年生の混合チームで
朝8時から準備しました。

僕はレガッタ大会出場のため、
販売場所の段取りした後にレガッタ大会出場
ぜんぜんうまく漕げなかったのですが、
高校の先生たちのおかげでなんとか完走?しました。
敗者復活でも最下位だったので、来年はちゃんと練習したいなあ。


かき氷ですが、前日に準備したPOPづくりを
途中で書き足しつつ、販売していました。

オリジナルシロップ「かぼちゃミルク」と「梅ミルク」は
ともに600円という強気の値段設定。
(途中でハーフサイズ300円っていうのを投入した)

意外に興味を引いたのが「雪椿の抽出エキス」で作ったシロップでした。

結果発表
かぼちゃミルク 16(内ハーフ2)
梅ミルク 17(内ハーフ3)
かぼちゃと梅のハーフ&ハーフ 2
雪椿 26(内ハーフ8)
定番 47

合計108杯でした~。
目標達成~。パチパチパチ~。


閉会式の後のお客さんを狙って作った、
残り6杯で100杯達成のボード。

ラストスパートで一体感が生まれことがよかったのか、
ここで奇跡が起こります。

「あと何杯だ?俺が買うよ」というおじさん登場。
1万円札を取り出して、周りの人たちにかき氷を振る舞うという事態に。
で、集まってきたのが町長さんとか議員さんとか。

いやあ、すごい絵でした。
あれはやってみないと味わえないこと。

そして。ふりかえり。

印象に残っていること
・子どもが少なかった
・定番が売れた
・雪椿のインパクトが強く、食いつきがよかった。
・最後のおじさん

予想しなかったよかったこと。
・晴れてよかった
・最後の男前のおじさん

やっぱ最後のおじさんの感想が多い。

で、スタッフも振り返り。
・おじさんが全員優しかった。
・ほとんど高校生だけでやれてた
・やらされるのではなくて自分ごととしてできていた。
・江川くんがだんだん職人のような顔になっていった。
・かき氷が思っていたより売れた
・愛されている環境を実感した。
・一緒にやれた楽しかった。また一緒にやりたい。(杉崎さん)

でラストに感想まわしました。

・高校生とまちの人とのつながりが見えて、阿賀町に来てよかったと思った。
・シロップづくりがんばった。おいしいと言ってくれてうれしかった。
・売り上げが落ちついてきて、このまま終わっちゃうのかなと思ったら最後に奇跡が起きた。
・小4以来のモノを売る活動をした。売る側になってみて、人の心が知りたくなった。人の気持ちがわからない。
・かき氷を作れてよかった。かぼちゃを塗り忘れたりしたけど、先輩とのコンビが楽しかった。
・「また来てね」とまちの人に言われた
・それぞれが集中するところに集中してチームができた
・晴れてよかった。シロップづくりでは後輩が来てくれて助かった。

僕としては、かき氷という題材を通して、
チームとしての一体感というか場のチカラみたいなやつを体感できた機会となった。

ラストのおじさんだって、
場のチカラの成果だと思うし、
残り6杯で目標達成っていうホワイトボードのたまものだし。

何より、黎明学舎にとって、
かき氷屋台が、リアルメディアとして機能したんだなあと思った。
もっと活動紹介とかをしてもいいのかもしれない。

僕自身としては、
「人生は経営である。ただし個人戦ではない」
っていうところが体感できるような機会になったような気がして、

まずは1歩踏み出しました、という感じです。
「ふるさと創りびと」というコンセプトで、
地域の方とコラボしたスモールビジネスをいろいろと
考え、実践していきたいなと思います。  

Posted by ニシダタクジ at 08:20Comments(0)日記

2019年08月29日

イナカレッジ集合研修2019

イナカレッジ集合研修2019ふりかえり。
自分のためのふりかえり。

ひとまず、全体的な感想。

・そもそも何のために中間研修があり、その目的のために講座はどうあったほうがいいのか?

・伝えたい思いが先行しすぎて、ともに学ぶ場を作れなかった。

・コンテンツの詰め込み過ぎ。エッセンスが多すぎた。いちばん大切なことは何?

・体育館という空間のデザイン。話が飛んでしまう。一体感がありすぎる?

・モチベーショングラフからキーワード・トークにしたことで自己開示が減った?

ということで、内容の整理。

~~~ここから内容確認

・バースデーリングでチーム分け(3人1チーム)
・キーワード・トーク「イナカレッジをやってみて感じること)

講座
・「固定的知能観」「成長的知能観」の話
・「人生は経営である」って話
・どのように、だけでなく行き先となぜを決めること。
・ドラッカーの5つの質問
・田坂広志の仕事の5つの報酬
・場のチカラの7要素
・魔法をかける編集
・振り返りのポイント(予想しなかったよかったこと)

・各地域の活動紹介

~~~ここまで内容確認

~~~参加学生の感想

・行き先や目的を先に考えることは、私にとって難しいと感じた。
行き先を考えることは20歳の自分には怖くてためらってしまいます。

・これからの人生に向けてのものなのか、このインターンに向けてのものなのか。

・感じたことを人に話していくことがが大事だと思った。

・×自分にしかかけないこと⇒〇自分たちにしかかけないこと。

・キーワードトークで、みんなが共感してくれたのがうれしかった。

・その人その人の感性を知る重要性を学んだ

・すべての話がつながっているのか?

・「田舎」のイメージ通りの暮らしをしていたことに気づいた。
「暮らし」という大きな枠でもう一度考え直したい。

・誰のために、その誰が個別具体的な人であれば、あるほど面白いし、楽しい。

・「なにを」「どのように」よりも根本を考えることはやっぱり大事なんだと再認識できた。

~~~

なんだかうまくいっていないのは、どうしてなのだろう?と。
大学生は率直に書いてくれるからありがたい。

そうそう。
なぜ、この研修があるのか?
っていう目的から考えないといけないよね。

そして、懇親会、夜の部。
いくつかの地域で起こっている、学生同士のコミュニケーションのすれ違い。
そこにフォーカスしてもよかったなと。

イナカレッジのアウトプットのための講座と個人の人生のための講座が一緒になっていたな、と。

イナカレッジのアウトプットのためには、
・イナカレッジ=ともに学ぶ場
・「価値」って何?(価値は流動している)⇒3人でそれを暫定で決めること。
・「場のチカラ」の話
・「魔法をかける編集」の話
・そもそも「コミュニケーション・デザイン」の話(キーワード・トーク、ふりかえりの手法)
あたりでよかったのかもいしれない。

個人に向けての話はオプションにするとかね。

・成長的知能観と固定的知能観
・仕事の5つの報酬
・人生は経営である、ただし個人戦ではない。
・哲学入門「スピノザ」
・「やりたいことはわからない」のはなぜ苦しいのか?
・「何者」問題について。

このあたりを、事前にメニュー提示。(キーワード提示とか)
しておいて、別時間にやってみる、とかね。

場についての話は、
「体育館」のデメリットは、プレイヤーと見学者を分けにくい。
その結果か、単に広すぎるからか、一体感が出にくい。

角や端っこを使ってやるとか、視野を狭める必要があるのかも。

僕にとっては、不完全燃焼な、もやもやした機会となりました。
もう1回やらせてほしいっす。  

Posted by ニシダタクジ at 05:59Comments(0)日記