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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2020年11月28日

「効率化」以外の解決策はないのか?

とある高校でのフォーラムに参加。
いや、文科省プロジェクトってちゃんとやらないといけないんだなあ、と。

テーマは
探究学習と総合型選抜、それに伴う「変容の可視化」について。

「総合型選抜」「学校推薦選抜」が
国公立大学にも広がってきていて、
実際に志願者も増えているところで、どうしようかと。
2年前から全職員が志望理由書などの指導をしている。

特に活動報告書をどう表現したらいいのか?
大学のアドミッションポリシーに応じて書いていく
⇒1年生から取り組んでいく必要がある。

志望理由書
⇒学力の3要素を意識して書く
⇒授業をそのように設計する必要がある
「課題研究」をどうまとめるのか?アウトプットするのか?

大学側として
「知識集約型」教育が求められる。
=知識を総動員して課題解決に向かう

就職活動:どの大学で学んだか?⇒大学で何を学んできたか?
大学入試:どの高校で学んだか?⇒高校で何を学んできたか?

※大学がもっているカラー(強み)と本人の志向性があっているか?が大切
アドミッションポリシーを読み込むこと

新潟大学創生学部:後期日程をやめ、
前期+総合型選抜に。

後期合格者の方が偏差値高いが意欲が低い
⇒滑り止めで合格しているから

大学の教育内容に興味関心をもって入ってくることが大切
⇒総合型選抜にシフトする

志望理由書に先生の手が入っているのは見れば分かる。
⇒いかに面接で自分の言葉で語れるか?を見る。
⇒普段から自分を見つめ直すこと
⇒言語化をベースにした基礎学力も必要

大学もマッチング(結婚)になっていく。
志望理由書=ラブレター

変容とエビデンス。
どんな困難があり、どう乗り越えたのか?
⇒ふりかえりの重要性

新潟大学創生学部
フィールドスタディーズ(1年第2クォーター)
4weekの課題探究型授業

毎週のふりかえり
⇒次週にむけて何をしたいのか、成果
⇒自ら探究サイクルを回せるかどうか。
⇒最終レポート:課題の整理⇒今後の大学生活でどうする?

変容の可視化について。
チームで回しているときのやるやつとやらないやつの不公平感
役割分担:タスク化するリスク

ルーブリックづくりワークショップ
※視点が1つ。企画の相手側の視点がない。⇒どう広げるか?
⇒リアルな話を聞いて当事者意識を高めるとともに視点を手に入れる

文系⇒話がデカくなる。SDGsがどうか?みたいな
⇒それ、調査なのか?みたいになる。リアリティがない。
本を読むこと。
総合型選抜:「主体性」というキーワード
「高校時代に主体的に取り組んだ活動」

主体性⇐好奇心⇐面白がる、疑問を持つ
やってみる⇒ふりかえる⇒主体性
自分のbefore⇒afterを語れるように。

~~~

ワークショップで出た中で面白かったのは、

「これをやっても世界を1ミリも変えない探究」
みたいなお題でワークするのも面白いなと。

課題を解決しない探究っていうのを1度回してみることだ。
「やってみた」⇒「ふりかえってみた」⇒「印象に残ったこと、感じたこと」⇒「次のやってみる」
っていうのを1度、回してみることだ。

そうすると、振り返りを経て、
自分が少し変わっていくのが実感できる、かもしれない。

世界は1ミリも変わっていないけど、
自分が(自分の世界の見方)が変わっている可能性は十分にある。

今回のテーマは「変容の可視化」だったけれど、
その前に「変容」の体感、「変容」の快感を味わうこと。
やってみる、ふりかえってみる、のサイクルを回してみることが
まずは出発点なのかなあと思った。

あと、全体として感じたのは、
「効率化」っていう宿命がある現場はつらいな、っていうこと。

生徒が何名も「総合型選抜」を目指してきて、
それを個別対応するっていうのは、想像を絶するハードさだなと。

それをどのように個人に依存せずに
仕組みとして、継続する取り組みとして、つくっていけるか?
っていう問い。

それはめちゃめちゃ大変だなあと。

小さい高校で、地域の人の力を借りながら、
ひとりひとりに寄り添い、ともに学べるような、
そんな高校じゃないと、
「総合型選抜」のような進路実現はなかなか大変なのではないかな、
というのが率直な感想です。

「効率化」以外の選択肢はないのか?と。  

Posted by ニシダタクジ at 07:59Comments(0)学び日記

2020年11月27日

チームになるとは、「問い」を共有すること


「問いのデザイン~創造的対話のファシリテーション」(安斎勇樹・塩瀬隆之 学芸出版社)

みなさまから半年遅れて読み始めました。
いつもそんな感じです。
第3章まできました。
いやあ、めちゃ本質的で楽しい。

ということで、忘れないようにメモ

~~~ここからメモ

アイデアの進化の歴史とは、問いの進化の歴史である。

導かれる「答え」を大きく変えたければ、まず「問い」を変えることが必要なのです。

「認識」と「関係性」の固定化の病い。

問いかける側と問いかけられる側に優劣や上下関係がなく、問いの前に対等な関係性が構築できていたことが、参加者の思考や感情を刺激することができたのかもしれません。

問いは集団に共有されたとき、主体的なコミュニケーションを誘発する性質をもっています。

問いに対峙した個人は、頭のなかで自分なりの意見を考えたり、新しいアイデアを思いついたり、あるいは新しい疑問やモヤモヤが生まれているかもしれません。そうした個人の思考の「種」は、同じ問いに対峙していたとしても、1人1人異なるはずです。その思考や感情の種が「場」に共有されたとき、コミュニケーションは駆動されます。

「教える-教わる」という関係が固定化されたままの場合、多くの問いは教わる側から始まりますが、2人のどちらからも問いが生まれるようになると、その関係性は変化し始めたと考えられます。

「問う」という行為は創造的対話を通して「答え」に辿り着くことがゴールではありません。創造的対話を通して認識と関係性が新たに編み直されたからこそ、現実を捉える別のまなざしが生まれ、新たな「問い」がそこから立ち現れる。そのようにしてデザインされた問いは、また新たな問いを生み出すのです。

問いの基本性質(P39)
1 問いの設定によって、導かれる答えは変わり得る
2 問いは思考と感情を刺激する
3 問いは、集団のコミュニケーションを誘発する
4 対話を通して問いに向き合う過程で個人の認識は内省される
5 対話を通して問いに向き合う過程で集団の関係性は再構築される
6 問いは、創造的対話のトリガーとなる
7 問いは、創造的対話を通して、新たな別の問いを生み出す

問いの基本サイクル(P41)
1 問いの生成と共有
2 思考と感情の刺激
3 創造的対話の促進
4 認識と関係性の変化
5 解の発見・洞察

質問・発問・問いの違い
質問:情報を引き出すトリガー
発問:考えさせるためのトリガー
問い:創造的対話を引き出すトリガー

「課題のデザイン」:問題の本質をとらえ、得べき課題を定める
「プロセスのデザイン」:問いを投げかけ、創造的対話を促進する

課題設定の罠(P58)
自己本位、自己目的化、ネガティブ・他責・優等生・壮大

問題を捉える思考法(P65)
素朴思考、天邪鬼思考、道具思考、構造化思考、哲学的思考

課題を定義する手順(P79)
要件の確認、目標の精緻化、阻害要因の検討、目標の再設定、課題の定義

目標の精緻化ポイント(P81)
1 期間によって、短期目標、中期目標、長期目標にブレイクダウンする
2 優先順位をつけて、段階的に整理したり(松竹梅・ABC、複雑な目標を分割する
3 目標の性質によって、成果目標・プロセス目標・ビジョンの3種類に整理する

目標の阻害要因(P93)
1 そもそも対話の機会がない
2 当事者の固定観念が強固である
3 意見が分かれ合意が形成できない
4 目標が自分ごとになっていない
5 知識や創造性が不足している

リフレーミングのテクニック(P98)
1 利他的に考える
2 大義を問い直す
3 前向きにとらえる
4 規格外にはみ出す
5 小さく分割する
6 動詞に言い換える
7 言葉を定義する
8 主体を変える
9 時間尺度を変える
10 第三の道を探る

課題の定義(P105)
1 効果性
2 社会的意義
3 内発的動機

~~~ここまでメモ

リフレーミングのテクニック、おもしろいなと。
特に次の3つ
4 規格外にはみ出す
理想の学校教育とは?⇒国を滅ぼす最悪の授業を考えてみることで理想の学校教育を考える

6 動詞に言い換える
万歩計をリデザインする⇒歩行を「はかる」をリデザインする

8 主体を変える
この会社の10年後のあり方を考える⇒この会社で働く私たちの10年後のあり方を考える

うーむ、これは面白いぞと。
これ、学校現場が直面している課題そのものだなあと。
なんとなく思っている「問題」からチームが共通認識できる「課題」へ。
その「課題」を手に入れるための「問い」。

それには、リフレーミング(枠組みを組み直すこと)が大切なのだと
「地域との連携」「地域に開かれた教育課程」ってそういうことですよね。
それは地域側も同じだ。
「学校との連携」「小中学生、高校生と一緒にやるまちづくり」

その両者のあいだに、というか全体としての「場」に、
「問いのデザイン」が必要なのだなあと。

チームになる1歩は、「問い」を共有することから始まる。

いい本だなあ。  

Posted by ニシダタクジ at 09:43Comments(0)

2020年11月25日

「面白がる」というフィクションで「存在」を確認する

にいがたイナカレッジ「はたらくくらすラボ」第4回
ゲストは2017年度に休学して小千谷市で
田舎インターンをした工藤京平さんでした。

いやあ。
めちゃめちゃ面白かったなあ。

タイトルは「幸せっていちいち楽しんでみること」
なのだけど、まさにそんな感じ。

~~~以下メモ

・自分は何がしたいの?
・これはなんの役に立つのだろう?
・どこかにつながっていなければいけない
・やりたいこと、なりたいもの?
「なんも動けねえ~。」から始まった。

イナカレッジ参加のキーワード
「就活」「田舎」「何かをやらないといけない気がした」

「ただ居る」ことができた1年間。
悩みが解消されたわけじゃない。
毎朝1日が始まるのが嬉しかった。

「居る」という感覚
でも何かが足りなかった。
⇒インターンへ。

「興味ないでしょ?」
⇒興味ないことに情熱注げません。

「何かに真剣になるのが怖かった」
無理やりに情熱を傾けてみたら、
「興味」は湧いてくるものではなく、湧かせるものだとわかった。
★フィクションの力
★「これって面白がれる余地があるかもしれない。」と面白がってみる。いちいち楽しむ。

★情熱を傾けた対象を通して周りを見渡してみる
思考の対象にとりさわれれること(國分功一郎「暇と退屈の倫理学」)

「自分のもの」の変化
ものを受け取れる範囲が広がるとそのプロセスが楽しい
変化のプロセスに自分が居る、在る、幸福感
★田舎はいちいち楽しみやすい。センスオブワンダー

誰かからおすそわけをもらう。
誰かと一緒に食べる。
自然と~~できる。

★「やりたいことの探索」から「いちいち楽しむ」へ

毎日書く⇒常に面白いことを探す⇒それが楽しくなる
「書く」から世界を見渡している。

「変化」「創造」のエッジに「存在」があるのでは?

「好奇心」は才能か?
⇒「存在」への問いの切実さが「好奇心」のトビラを開く。

人生は自分を知る旅だなあと。

★「変化の可能性の中にいる」という心地よさ。変化するのが楽しい。

「達成感」⇔「変化」
成し遂げることではない。
答えがあるか、ないか。

生産と制作。
継承すべきものに出会った喜び。
「つないでいかなきゃ」という義務感ではなく、営みの中にあること。

達成感⇔内発的動機付け(個人のワクワク)
「評価のパラダイム」に載せられたマイプロの危うさ。

~~~ここまでメモ

「ただ居る」
「面白がる」
「対象を通して世界を見渡す」
「変化の可能性の中にいる」

キーワードたくさんあって、
ドキドキしながらゲストの話を聞いたし、
その後の対話でも、思考がぐるぐるした。

思考をまとめるとこんな感じかな。

1 好奇心や主体性は磨くことができる
「面白がる」習慣によって、「好奇心」は磨くことができる。
「好奇心」を磨いた結果、内発的動機が磨かれ、「主体性」につながる。
これは高校生からでも、中学生からでも、小学生からでもやったほうがいい。

2 「存在」の切実さが好奇心のトビラを開く。
「ただ居る」ということを許される「田舎」という場と
切実に「存在」の課題を抱えている大学生が出会う
「地域という場」は、いちいち楽しめる対象がある。
⇒それって、自然とか、農とか、営み?なのかな

3 もうひとつの「自分」を切り離す。
「対象を通して世界を見渡す」っていうのはそういうこと、なのかもしれない。
自分が面白がった(興味を持った)対象そのものから世界を見渡してみる。

4 変化の可能性にあふれた「場」に身を委ねる。
「変化の可能性」の中に「存在」がある。
そしてそれは、「自分」という単位で世界を捉えないこと、なのかもしれない。

もしかしたら、「面白がる」ことで、
人は自分の存在を確認できる、のかもしれない。

もしかすると、
アイデンティティ(自分らしさ、個性)が必要なのではなく、
自分が「存在」する(「存在」していいんだと感じる)場が
必要なのかもしれない。


  

Posted by ニシダタクジ at 08:17Comments(0)学びイベント日記

2020年11月24日

「一回性」と「シェア」と「神話」

オンライン劇場ツルハシブックス

5月からやっている
ツルハシブックスの劇場部分だけを
取り出したオンラインイベント。
毎回のゲストに問いをたくさんもらう。

昨日は第1部~3部まで、問いに溢れた時間。
自分が東京在住の20代会社員だったら刺さりまくっているなと。

~~~ここからメモ

タイトルつけるなら「軽やかな移住」

第1部はゲスト島根県益田市の大庭周さんと僕のトーク

移住1年目。24歳。
静岡県出身で東京での会社員を経て益田へ。
仕事ではユタラボ(豊かな暮らしラボラトリー)で
高校の探究の授業や下記の「益田のひと」のインタビューなどを行う。
https://masudanohito.jp/

主に社会教育ジャンルで活躍する大庭さんには、もうひとつの顔が。
「オトナ楽団」:」大人がもっと益田の暮らしを楽しんでもいいんじゃないか。

ということで開いたのが「昼カレー会」。

近所の人たちに呼び掛けて、道路でカレーを食べる。
写真を見ると、ホントに道路にはみ出してゴザ敷いているので大丈夫か、と思うのだけど
道路はこの先行き止まりになっているので知っている車しか来ないのだそう。

その他にも島根県立大の学生と
「フォトウォーク」なるものを開催。
町の至る所にある名所をそれぞれの切り口で切り取る。
写真を撮るだけじゃない。

「このまちでしかできないこと(もの)がきっとある」みたいな感覚。

「ずっといるわけじゃない」
「住んでみた、移住してみた、やってみた」
「関係人口と移住のあいだ」
「ライトな移住」
「24歳じゃないとできない」

大庭さんの一言一言が突き刺さる。
クランボルツ博士の「計画された偶発性理論」を
彷彿とさせるような「場」を生み出すひと。

そっか。
計画された偶発性理論はキャリアだけではなく、
「場」の理論でもあるんだ。

このまちで、いま、自分がいないとできない
こと、もの、イベント、企画。
それが二度とない「一回性」の高い「場」を生み出す。
「舞台」としてこのまちを認識できるか。

後半、さらに突き刺さる一言が。
「20代の1年1年は重い。若さを武器にしたい。24歳じゃないとできないことを」

なんか。
東京在住でもやもやしている20代会社員の方に伝えたいメッセージに詰まった第1部でした。

その勢いをそのままに、
第2部は「イケト×井上有紀」のシェアハウストーク。
これも問いがありましたね。

タイトルつけるなら「人間らしい暮らし」

1人で完結する暮らし/誰かと会う理由が必要
ご飯を作っていたら誰かが帰ってきて一緒にご飯を食べる。

暮らしをシェアする、ということ/所有感がない
人生も自分のものじゃなくなる。/楽になる
★そもそも人生は自分のものではない。
「人生」をシェアしよう/その時に自分と同じ「場」にいる誰かとつくる「人生」

「相手がいると、選択肢が狭まる」
⇒人生が無限だったら、自分の答えを探し続けてもいい。
⇒人生は有限だから周りに影響され、翻弄されてもいい。

自分らしい暮らし⇔人間らしい暮らし。
「人間らしい」とは何か?⇒共同体、人と人のあいだ。

ともにある存在。
自然=偶然。
偶然から生まれる創造性。

「人生は自分のものじゃない。」
名言でしたね。

第3部 対話の部屋
大学生はなぜ農、まちづくりを目指すのか。

アイデンティティ問題の対処法として
「継承者であること」がひとつ、方法になるのではないかと。

せいたろうくんが解説する一言一言に、
なるほど、とうなった。
「バックグラウンドにストーリー性があると信頼できる。」

たしかに。
「なぜやるか?」「どのようなストーリーでここに至るのか?」
っていうのがないと、なかなか応援できないもんね。

それって、自分に置き換えてみたら
まさに「存在」の話なのではないか。

いや、そもそも。
「国家」でさえも「神話」を必要としているんだ。
国家のアイデンティティは「神話」を語ることだし、
地域のアイデンティティは「祭り」と「言い伝え」をつないでいくことだ。

ひとりひとりの「存在」にも、神話が必要なのではないか。
もちろん、それはフィクションだ。

僕が吉田松陰先生から直接教えを受けたわけでもないし、
萩にゆかりのある生まれでもない。
宮澤賢治先生も岡倉天心先生も同じだ。

でもその継承者であるというフィクションをつくり、
そのストーリーに人生を委ねていく。
「存在」というのは実はそういうところで感じられるのかもしれない。

大切なのは「自分で決める」ことなんだと、ひやまりょうが言った。
社会的にどう評価されるか?でプロジェクトをスタートしてはいけないと。
最初から「人の役に立つ」みたいな要素を考えていいのか?と。

答えのない問いに挑むには「発見」のパラダイムが必要で、
答えのある問いに対しては「達成」のパラダイムが有効だ。

そして、答えのない問いに挑むには、
もしかしたら「神話」が必要なのかもしれない。
なぜ、そこに挑むのか、だ。

~~~ここまでふりかえりメモ

ぜんぶつながってるな、と。
「場」の話だなと。
まあ、それは僕の編集なのだけど。

大庭さんの「軽やかな移住」は、
そこに「一回性」の高い「場」を生み出した。

このまちで、いま、自分(たち)にしかやれないこと。
これは、「場」の構成要素である「誰と、いつ、どこで」に対応している。
カレー会も、フォトウォークも一期一会の瞬間を生み出している。

イケト×井上有紀のシェアハウスの話がつづく。
「人生は自分のものではない」という感覚。

シェアハウスは、「家」をシェアしているのではなく。
日常でありながらも「偶然性」の高い「場」をシェアしているんだなと。
暮らし、人生そのものを「シェア」している、
というか「シェアしている感覚」をシェアしているのかもしれない。

ラストの対話の部屋の「神話」の話も、
少し抽象化(メタ化)した「場」の話だったように思う。

「場」には神話(物語)が必要なんだ、と。
特にゴールが明確(確実)じゃない「場」には。
ひとりひとりの人も「場」であるとすれば、

その場に立つための神話(物語)が必要で、
それはフィクションなのだけど、そのフィクションを自分で選んでいる、
っていうことが大切なのではないかと。

今回のオンライン劇場は、非常にタイムリーでした。
出演&参加していただいた皆様、ありがとうございます。


  

Posted by ニシダタクジ at 07:57Comments(0)イベント日記

2020年11月22日

未来は達成するものでも、つくるものではなく、発見するもの。

The best way to predict the future is to invent it.
「未来を予測する最良の方法は、自ら未来を発明することだ」

(アラン・ケイ 「パーソナル・コンピュータ」の父と呼ばれる)

昨日は、阿賀津川中学校PTA主催の「おとな未来フォーラム」でした。大人向けのワークショップの進行は、昨年の「まちづくり会議」以来でしたので、ドキドキしました。



いつも思うのですが、ワークショップをしていて、一番美しい景色は
最後の振り返りを書いている瞬間のあの空気感。
あの空気感にどう到達するか、っていうのがとても大切だなと。

昨日のプログラムふりかえりを。

~~~ここからプログラムメモ

【開会⇒自己紹介】
・ニックネーム(好きな野菜、食べ物)
・中学校時代の思い出
・24時間以内にあったよかったこと。

今月からニックネームを「好きな野菜」にしてみているのだけど、
大人のほうが効果高いですね。
特に教育とか硬いテーマのときはいいかも。

つづいて、校長先生から
【阿賀津川中の現在の話】
保護者の知らない生徒の実態とこれからの阿賀津川中学校

学力や高校進学、精神データ、身体データなどなど
実態が見てくれています。

自分のことが好きか
生まれてきてよかったか
自分のことを大切に思ってくれる人がいるか
大切に思ってくれている人は誰か
の質問データ。
★総合とか地域プロジェクトで「その他」の部分を増やしていくことが成果指標になるかもしれません。
コミュニティ・スクールの開始に向けて、
「阿賀学」(総合的な学習の時間)を中核に据えた学校経営

【キーワード・トーク】
校長先生の話や、いま思っていることを
付箋に書き出し、指名しながら話すワーク
★これ、思いのほか盛り上がりました。いつもやってもいいかも。

【休憩から講師の話】
・新大生「やりたいことがわからない、自分に自信がない」
・目標設定型キャリア教育でいいのか?
・予測不可能な時代は「目標設定⇒達成」の価値が低下する。
・「達成」から「発見」へ。「個人」から「場」へ。
・まなびサイクルを回す
・この地域で「学びを創造」したんだ。

★つかみの新大生の話はもっとリアルに言ったほうがいいかも
★つながりがスムーズじゃない。
★「場」の説明が不足している。

【ふりかえり】
・印象に残ったこと
・感じたこと、発見したこと
・やってみようと思ったこと
⇒ふりかえりシェア⇒3名に発言

【アンケート】
・「裏面もあります」表記が必要

~~~ここまで内容メモ

「発見」っていうキーワードが心に残った。

たしかに、予測不可能な時代になった。
10年先のことは誰もわからない。
しかし、未来がないわけじゃない。

「達成」のパラダイムだけでは進んでいけないということ。
「個人」が「達成・成長」する仕組みだけでは、学ぶ意欲が湧かないということ。

「場」が「発見・創造」すること。その体感。
そこに「未来」があるとと僕は思う。
つまり、「未来」はまず、発見することから始まる。

その「発見」は、残念ながらフィクションだ。
だって、「未来」は、予測不可能なのだから。

僕たちにできることは、「場」をつくることだ。
その「場」の構成要素として、「地域(資源・課題)」と「地域の大人」がいる。

地域も、地域の大人も、「場」に溶けて、「場」と一体化し、主体となり、その主体が「発見・創造」するんだ。

「学び合い」と「見つけ合い」。
個人が「達成・成長」する学びと場が「発見・創造」する学び。
その動的平衡。それをバランスしながら進んでいくこと。
それが、この町ならできる。

「未来」とはひとりひとりの手の中にあるフィクションだから。

つかむしかない。  

Posted by ニシダタクジ at 07:34Comments(0)学び

2020年11月21日

探究的に遊ぶ

「違和感をキャッチし、ふりかえりにより言語化する。」
もはや趣味のような日常になってしまった。
オンラインイベントからの振り返り。

木曜日はにいがたイナカレッジのスピンオフ企画
「まちづくりとアイデンティティ」で大学生と対話。
金曜日は探究学習コミュニティの第5回浦崎先生。

イナカレッジの前半トーク「意味について」
が思いのほか盛り上がった。

~~~ここからメモ

不便に意味を持たせることができるか?
意味=価値?
価値観の共鳴
背景を知ること。

大衆食堂の歴史観
ひとり叙々苑で自分を客観視する女子高生
もうひとりの自分との対話?
自分に対するギャップ萌え

まちづくり⇔継承者になること
違和感(アウェー感)を楽しむ
演じてみる=アカウント切り替えてみる

人から見た時に「意味」が発生する
対話によって意味が生まれる
感情の言語化

魅力的な地域:魅力ある人がたくさんいる地域。
観光をやりたいじゃなくて観光対象になりたい。
存在の承認が得られる地域。

~~~ここまで木曜日のメモ

ヒントたくさんあったなあと。
演じる探究こと、複数アカウント切り替え型探究。
目標達成しても自信はつかない。

女子高生ひとり叙々苑で
それを客観的に見て楽しむっていうのも面白かった。
みんな普通に複数の自分を生きているんだ。
そのそれぞれを自分からも他者からも承認できたらいい。

ということで、金曜日の探究学習コミュニティは
お悩み相談会でした。

僕は
1 探究サイクルを小さくどうやって回すか?と
2 言語化の壁をどう超えるか?
で聞いてみました。

「ふりかえり」というエンターテイメント(16.6.15)
http://hero.niiblo.jp/e480121.html

大学にいるときに「サービスラーニング協議会」で
いろいろ学んだなあと。
その最大のメッセージが「ふりかえりの文化」をつくるだった。

あらてめて読み直して。

ふりかえりの3つの視点
「自分視点」:自分が感じたこと、考えたことをふりかえる。
「構造視点」:関係性から構造的にふりかえる。
「未来視点」:時間軸で過去と未来の視点からふりかえる。

なるほど。
自分軸と、関係軸と、時間軸ね。
面白い。
前に書いたブログにもあるけど。

究極のエンターテイメントは「学び」であると思う。
新しいことを知る。何かができるようになる。過去の点と点がつながる。
その学びをもっとも得られる機会、それが「ふりかえり」ということになるのかもしれない。
「機会」を感知し、「行動」が起こり、「ふりかえり」で学ぶ。
おそらくはこの繰り返しによって、人は学び、感性と価値観を磨いていくのだろう。

これ、今の「探究」どうする?って話にもぜんぜん同じこと言えるなあと。
「ふりかえりのエンターテイメント化」こそが探究学習の課題だろうと思う。

ということで、昨日のメモ(後半、バテて聞けてませんでした)

~~~ここからメモ

「言語化」
・日々を振り返って言語化する⇒フィードバックする
・習慣化する。楽しくできるといい。

「遊び」の延長上に探究する。
インタビューしあう⇒録音する⇒文字化
しゃべらせるとすごいこと言っている⇒文字化する

言語化能力が低い
⇒ふりかえりに時間がかかる
活動時間<ふりかえりの時間にするくらいで。

インタビューシート(フレームワーク)でやってみる。
答えがわからないまま終わってもいい。

「自分で考えた企画が実現した」⇒すごい自信につながる

学校と地域の責任の所在について
「やらされているかどうか?」がポイント

「学校が主」で、「地域は協力している」では、
責任の所在が「学校」になってしまう⇒土日は活動できない

「探究」:やらずにおれないことに取り組む。
(自らの在り方生き方と一体的で不可分の課題)

学校の責任(役割)/地域の責任(役割)
事前指導・ふりかえり/実践

地域側が高校生を必要としているから一緒にやるんだ、というスタンス
「地域が学校に協力している」ではダメ。
現場にひたること。

部活動/探究
指導/フラット

探究のスタートは高校1年でいいのか?
いつから始めるのか?
「好奇心」⇒「没頭」⇒「ふりかえり」みたいなサイクルはどこで回す?
小中学校でやるのがいい。
⇒市町村教委が「高校魅力化プロジェクト」をやる理由

「探究の先(エッジ)にふるさとができていく」

~~~ここまでメモ

僕が今回、もっとも違和感を感じたのは、
「本気の探究」というワード。
「本気」ってなんだろうね。
さらに、総合型選抜には「本気で探究」みたいな流れ。

いや、それはそうなんだけどさ。
高大接続改革ってそういうことなのだろうけどさ。

なんだろうな。「意志」っていうか。
そういうのが違和感なのか。
「本気」っていう言葉から来る「一体感」みたいなのがいやなのか。

「場」の居心地の良さは「ベクトル多様性」から来る、っていうことからなのか。

「遊び」とか「没頭」には「意志」はないんじゃないか、とか。

一方で、「一体感」は嫌だけど、「全体性」の希求みたいなやつはあって、
それは両立するのか、とか。

「○○のために」っていう目的志向は、教育の宿命なのか、とか。

「個人」じゃなくて「場」としてやれないのか、とか。

学校っていうのはそもそも「場」であるし、その「場」のチカラを高めることをしなければ、
ネットの高校には勝負にならないし。

地域こそが「場」であるし。

「評価」⇐「達成」⇐「指導(教授)」(授業、部活動のパラダイム)
「創造」⇐「発見」⇐「実験」(探究のパラダイム)

とかとか。

いろいろ思ったのだけど。
一番ピンと来たのは、探究は遊びの延長上にあるってことかな。
大人も子どもも、探究的に遊べばいいんだと。
そういうマイプロ、アワプロしていけばいいんだよねって。

それには「環境」と「場」が必要で。
それをうまく作っているのがこの前見学に行った
益田市の事例なのではないかなあと。

さて。
本日は「おとな未来フォーラム」で、地域の中学生の保護者のみなさんと探究してきます。  

Posted by ニシダタクジ at 08:19Comments(0)学び日記

2020年11月18日

「場」に委ね、「学び」を待つ

山形県立小国高校

2月のSCHシンポジウム@東北芸術工科大学で
もっとも心が揺さぶられたのは、
島根県立津和野高校のフジハラ事務長と
山形県立小国高校の生徒たちとの出会いでした。

この2人は今年中に現場に行こう、と思っていたので、ようやく叶いました。
※小国までは車で2時間弱だったので、実は長岡より少し近い。笑

見学させてもらったのは、
小規模校サミット2020(11月14日に開催)のふりかえりセッション。

全校生徒67名が体育館に机を並べて振り返りました。
サミットで作った「オンラインサークル」の異なるメンバーで活動を振り返り。
(オンラインサークル:スポーツ、コロナ対策、旅行など、お題を決めて話し合うチーム)

~~~以下ふりかえり進行について

1チーム4~5名で
メインファシリテーターとサブファシリがそれぞれ
チームに1名ずついる状態(メインファシリには1年生も2名いる)

ふりかえりの目的:
サミットの成果や感想、気づきを共有し、自他の成長を実感できるとともに、達成感と挑戦する気持ちを高める。

サミットの目的:
全国の小規模高校の生徒が交流し親睦を深めると共に、各校・地域が抱える課題について意見交換し将来それぞれの地域で活躍する資質や能力、協働意識を育成する

サミットの目標:
・自分に自信を持ってもらう
・また参加したいと思ってもらえるサミットにする
・小規模校の良さを改めて知ってもらう

サミットのグランドルール:Orange
O:open 心を開こう
r:repeat 聞いたことを繰り返そう
a:aggressive 積極的に
n:nice reaction 良い反応をしよう
g:gesture ジェスチャーをしよう
e:enjoy 楽しもう

●オープニング
・今日の目標の確認
1 サミットの成果や感想、気づきを共有する
2 自他の成長を実感する
3 達成感と挑戦する気持ちを高める。
●チェックイン:ふりかえりムービー(音楽付き)
●グランドルール説明
●サミット振り返り説明 A4 4分割「サークル名、活動内容、サークルの魅力、仲間にしたい・協力してほしい人」⇒個人で書く⇒発表(朝早く起きた人から)⇒1人2分で説明⇒発表者にいいね!の付箋を書いて渡す⇒全体共有(3名)
(休憩)
●サミットの感想・気付きの共有説明⇒付箋にサミットの感想・気付きを記入(できるだけ多く)⇒1人ずつ付箋を模造紙に貼りながら発表・説明⇒チームファシリテーターがグルーピングしてまとめる。(プロッキーで図解)⇒3チームからチームまとめの発表
●自他の成長の意識化説明⇒A4(すでに印刷済み)に「自分へのグッジョブ、みんなへのグッジョブ、あの人へのグッジョブ、今回のサミットでの自分の変容」を記入⇒共有はせずにチームファシリが集めて提出
●メインファシリ(進行)から感想⇒片付け方法確認⇒記念撮影⇒終了

~~~

このあと、コアメンバーは、放課後、集まって、振り返りをする。
当日ムービーを見て、感想・思いを一人一言回す。(ムービー撮影)
で締めて(花笠シメ)で終わり、コアメンバーは解散

~~~以下、感想メモ

オンラインサークルのテーマは
「地域」×「高校生」×「興味あること」

「小規模校サミット」は、部活動、サークルではなく、「プロジェクト」であること
「プロジェクト」のメリット:
・1年単位で終わりがあるから、自分の時間を計算できる
・短期間であり先輩-後輩みたいなのを感じにくい?
・締め切りがある分、ベクトルを共有しやすい

「ファシリテーション講座」で先輩を見て憧れる

ファシリテーター:絵、イラストをかける人が興味を持ってくれる。
⇒美術部、デザイン系の子の活躍の場にもなっている。

「気づき・感想」という問いの難しさ。
・14日⇒17日で3日経っているだけで忘れている。
・個人の言語化能力の差(つかれた、楽しかった、友達できた・・・)
・ニックネームの効果やチャットの使い方みたいなところに言及してたチームも。


「印象に残ったこと」のほうがいいような気がするけど、それを出すには当日振り返らないといけない。
当日中に、「印象に残ったこと」「予想しなかった良かったこと」くらいは振り返ったほうがいいか。
そのメモを元に数日後に時間とって振り返りやるとか。


個人の学び⇒場の学びには。なっていた。

出たふせんをすぐにグルーピングしていいのか?
付箋の中身を聞くこと、掘り下げることをもってやれるのでは?
詳しく聞く⇒ふせんを増やす、みたいなタームも必要?

・自己紹介とかリアクションとかへの感想
・名札を紹介する時間が取れなかった
⇒コミュニケーションへの関心の高さ

もともとは岩手県立花泉高校からの交流会の誘い
⇒せっかくなら全国サミットやっちゃうか?みたいな。

「生徒を人足扱いするのをやめよう。」
手伝わなきゃいけない、感謝されない、そういうのやめよう
地域の団体にボランティア欲しいなら「プレゼンに来い」って言う。
どんな役割があり、どんな学びがあるのか、を説明してもらわないと。
単位もらわなくてもやりますっていう生徒を送らないと。

振り返り⇒輪になって一人一言⇒動画に残す⇒来年度募集へ

1年生は無茶ぶりで成長する
成功体験、達成感?

先生からのメッセージに差が。
1 自分の思ったことを言う。(わたしはこう思った、みたいな)
2 教訓を言う(辛いときにこそ頑張る、とか仲間がいる、的な)

ラストのA先生のメッセージ、よかったな。
みなさんから学ぶことがたくさんあった。
質問されてもすぐには答えなかった。
「誰に、どうなってほしい?」と聞き返した。
悩んで、考えて、いまここにいる。

その後の対話の時間でもN先生が言っていた
「先生はすぐ先生になっちゃう」っていうのも象徴的だった。
「先生」っていうのは、評価者であり、導く人だ。
「先生」が安易に活動から得られる教訓(学び)を語っていいのだろうか?と思った。

それは、その通りなのだろうけど。
その教訓こそ、生徒が自ら、いや場のチカラによって、辿り着かなければ、身に付かないのではないか。

総合型選抜(AO)や推薦入試の志望理由書に書かれるであろう
「活動を通しての自分なりの学び・教訓」は、ふりかえりによって得られた方が
リアルだからこそ心に響くだろう。

サミット前の小国高校の話も聞いた。

僕的に言えばやっぱり「存在の承認」が大事だ、と。
サミットによって、たくさんの人からのフィードバックがもらえること。
友達でも先生でもない人、つまりナナメの関係の人からのフィードバックをもらうこと。

そして、話を聞いてもらえること。
小国高校では、校長先生が生徒1人1人と面談しているし、
ふだんからよく1対1で話をしているのだという。
そっか、校長先生は先生だけど、評価者じゃないのか。
もはや、「ひとり保健室」じゃないか、校長。(笑)

全体として思うのは、生徒1人1人へのリスペクトがあったなあと。
地域団体のボランティアの募集の時の「高校生は人足じゃない」っていうのもそれを象徴していて。
「高校にプレゼンに来て、募集して」っていう対応は、地域団体をも育てると思った。
高校生にどんな役割を持ってもらい、どんな学びがあるんですか?って。

「進学校はシンプルなんです。勉強させて、成績上げて、偏差値の高い大学に行かせる。それだけです。でもこの高校の生徒の進路は様々なので、ゴールがひとりひとり違うし、かつそのゴールも明確じゃないんです。」

そこにこそ地域の出番がある、と僕は思った。

1人1人をリスペクトし、「場」を信じて、「場」に委ね、
フラットな関係性の中でそこにいる大人も含め、ともに学ぶ。
結論や教訓を言って「学び」を奪わない。「学び」を待つ。
ひとりひとりにとって、価値のある「学び」は異なるのだから。
フィードバックする。フィードバックし合う。

そんな場をつくれないだろうか。
最後に、体育館の床でフィードバックシートを書く小国高校の先生たちの様子を。



フィードバックを真剣に書きたくなるような場、僕たちもつくりますね。
心揺さぶられる現場と実践を見せていただきました。ありがとうございます。  

Posted by ニシダタクジ at 07:20Comments(0)学び日記

2020年11月16日

「学び続ける」から「まなびはつづく」へ

人生100年時代において、「学び続ける」ことが必要である。
いや、ホントそう。そう思います。

「学び続ける」、言い換えるとアップデートされ続ける人に
ならないといけない。

そんな「学び続ける」人をどうやってつくるのか?という問い。
多くの人が考えている。

一方で僕としては、
学びの主体を「個人」から「場」へとシフトさせたい。
そこには、「学び合い」ならぬ「見つけ合い」が起こる。

「気づき・学び」ではなく「印象に残ったこと」をシェアし、
「なぜその人はそれが印象に残ったのか?」を「場」で考える。
「場」が学びを創造する。

そんなことができないか?
っていう問い。

そして、そこにこそ「存在」がある。
つまり、自らの「存在」を承認できる。
大げさに言えば「生きてていいんだ」と感じられる。

そんな仮説。
それは「場」と未来(創造)にフォーカスして、
「存在」を承認するための手法だ。

一方で、朝から畑作業をして朝ごはんを食べる活動「まきどき村」の
魅力はどこにあるのだろうか。

自己肯定は「営み」の中に内蔵されている(18.12.8)
http://hero.niiblo.jp/e488524.html

営みと「天の恵み」という贈与と返礼(18.12.14)
http://hero.niiblo.jp/e488552.html

それは「営み」の中にあること、ではないか、
というのが、2年前の学びだった。

「営み」の中にあること。
それを言い換えれば、「継承者」である、ということ、「つなぎ手」であるということだ。

それは、内田樹さん風に言えば、「贈与を受けた者」であり、
僕の言い方をすれば、「手紙を預かった者」だ。

「継承者」であるという自覚が、自らの「存在」を承認してくれる。
そういうことってあるんじゃないか、と。

このブログのタイトルは、「20代の宿題」と言うのだけど、
最初名付けた時の想いは、
29歳までに見つけないといけないことがあるんじゃないか?
ということ。

僕自身は29歳の時に
「小説 吉田松陰」(童門冬二 小学館文庫)に出会い、
野山獄を学び場にしてしまったエピソードに心を撃ち抜かれ、

「これじゃん、オレのやりたいことって」
みたいなインスピレーションで、すぐに山口・萩へと旅立ち、
松陰先生の墓前に、「学び合いで希望が生まれる」を実現します、と誓った。

ミッションに出会う、
コンセプトに出会う。

「やりたいことを見つける」っていうのは、実はそういうことか、と。

それが、スピノザに出会ってから揺らいでいる

ありえたかもしれない、もうひとつの近代(19.4.18)
http://hero.niiblo.jp/e489179.html

意志なんて神話に過ぎない、とスピノザは語る。

「やりたいことは何か?」「何になりたいのか?」への違和感(18.8.20)
http://hero.niiblo.jp/e487965.html

ギリシア世界には、「意志」は存在しないし、
それに伴って「未来」も存在しない。
過去からつづく流れの中で、状態(状況)としての今がある。

現在、多くの人が抱えている「存在」への不安の秘密はそこにあるのではないか。
新型コロナウイルスによって「予測可能な未来」は破壊された。
だとしたら、自分の「存在」はどこにあるのだろうか?

ひとつの方法は、「継承者になる」ということではないかと。

僕は29歳のあの日(完全に思い込みなのだが)、
吉田松陰先生の思想「学び合えば希望は生まれる」の
継承者となった。(現在、旧会津藩に住んでいるので、声を潜めて言いますが)

そこに、自らの「存在」の意味が発生したのではないか。

受け取ったこの「手紙」を誰かに渡さなければならない。
受け取ったこの贈与を、誰かに返礼しなければならない。
「継承者」となる、というのは、そういうことだ。

近代社会成立以降、僕たちは「自由」と引き換えにたくさんのものを失ってきた。

身分制度と役割の固定化
イエ制度と継承者である自覚
地域コミュニティと祭りなどでの一体感
日本型雇用と社内コミュニティ

ひとつひとつが今のアイデンティティ不安に影響しているのではないか。

好きなことを仕事にしたほうがいい、やりたいことは何か?
みたいな「自由」こそが、人の「存在」を揺るがせているのではないか。
ひとりひとりを「交換可能」にしているんじゃないか。

「つながりが大切」「コミュニティを再構築せよ」と人は言うけれど。
ヨコのつながりだけではなく、「営み」のようなタテのつながりを感じられるようにすること。

継承者、つなぎ手であると同時に、創造者であること。

その創造を生むのは、
自分とまわりの人たちと、環境とタイミング(時)
(誰といつどこで)をチューニングした「場」であること。

そんな場に身を委ねることで、
「存在」を感じられるような仕組みをつくりたい。

つなぎ手として生きる。
かつて、会津若松城にモノを運ぶ中継地点として栄えた河港がある、この町で。

まなびはつづく・・・

  

Posted by ニシダタクジ at 08:28Comments(0)学び日記

2020年11月14日

何のための教育魅力化か?

最上学びの土壌づくりオンライン。
11月10日のゲストは、岐阜県飛騨市で活躍する関口祐太さん。
いやあ、哲学ある人ってかっこいいなと。

というわけで、いつものメモです。

~~~ここからメモ

大人自身のあり方が問われている
人生や社会課題に対してどうするのか?

Q1 何のための教育魅力化か?
(どうして教育をより良くしたいのか?)
1 地域の豊かな暮らしを守るため
2 子どもたちの未来をより良くするため
3 自分の人生を豊かにするため

Q2 教育の中心課題は何か?
「分断」学校と社会、中学と高校・・・

Q3 課題解決のために重要なことは?
対話し、理想を描き、協働して、行動すること

それは体重が乗っかる課題なのか?
課題に対して主体的であり続けられるか?

課題に向かう時に大切にしている考え方

1 森を歩く
・関係する人々はどんな日々を送っているのか(情報収集できているか?)

2 声を聞く
・どんなことを目指しているのか(目的や目標を知っているか?)
・どんなことを大切にしているのか(価値観を知っているか?)
・今何に困っているのか(困りを聞けているか?)

3 妄想する
・本当はどうなったらいいと思うのか(共有したい未来を考えられているか?)
・どんな未来は避けたいと思うか(どんな未来が来ることは避けたいか?)

4 手札を知る
・既に上手くいっていることは何か(出来てることに気がつけているか?)
・既にどんな資源があるか?(人や文化、団体、活動、施設など)(町の資源についてどれだけ知れているか?)

5 道を描く
・何をしたら良さそうか(いくつか行動のイメージができているか?)
・やってみる(実際行動できているか?)

沖畑教育長が日々感じていた課題感
・「学び」は、「もっとやりたい」「おもしろい」であるはず。
・誰もが目を輝かせて向かう学びは、探究することだろう
・やる気を途切れさせず、みんなでつないでいくことが大切
・一人一人の興味関心に寄り添うのは現実的ではない
・多くの方に関わって頂く仕組みができれば可能かもしれない
・仕組み作りは大変な労力が必要。思いながらできずにいた。
子どもたちの学びを地域一体となって支える体制⇒飛騨市学園構想

★「支援マインド」と「協働マインド」
応援するよではなくて、一緒にやろうってなれるか?

新カリキュラム「何ができるようになるか」「何を学ぶか」「どのように学ぶか」

「学びの土壌づくり」が重要
かっこいい大人との出会い格差
大人の姿勢そのものが学習意欲を高める
⇒大人自身のあり方がすべて。

大人の存在が学習意欲を高める鍵を握っている
学習意欲とのつながり。
1 勉強の面白さを教えてくれた大人の数
2 将来目標にしている大人の数
3 尊敬できる大人の数
4 相談できる大人の数
5 友人の数
6 親友の数
7 所属しているグループの数
8 異性の友人の数
9 近所であいさつしたり、会話をする大人の数
10 日常的に連絡をとる家族・親戚の数

教育長が議会質問に「わからない」と答えた。
一緒に考えていこう、と。

子どもたちを飛騨市に縛り付けない
飛騨市学園構想の5大課題

1 周知
学園構想の意義や意味、背景やビジョンを関係者にもっと知ってもらう
2 大人のアップデート
大人自身の課題解決力・探究心をいかに高めるか⇒社会教育の充実
3 分断の融和
社会と学校の分断をどう緩やかにし、社会とつながりながら学びが作れるか
⇒学校地域協働活動本部の設置、コーディネーターの育成、活動の周知
4 時間の創出
地域も学校も時間をいかにして生むか
⇒DXの促進、学校へのICT支援員の配備
5 学びの質的転換
どんな知識を渡すかではなく、どんな資質能力を育成するかのマインドチェンジ
⇒教員の学びづくり

コーディネーター:中立的に聞ける人が必要
⇒ぶっちゃけた話ができる人

大人と子どもの境目。
創造せずにはいられない人が子ども。
アドラーの共同体感覚
情報として地域を知るのではなく肌感覚で感じること。
答えのない問いに向かっている大人の姿を見せる。

大人のアップデート
★大人の課題解決力・探究心をいかに高められるか?

1 都市の人口規模と中高生の学習意欲、困難なことへの挑戦意欲、将来の展望などに差があり。人口規模が小さくなればなるほど、多くの項目で低下する。

2 子どもたちの課題解決力育成において大人がどんな状態かが大きく影響する

3 学習意欲を高めるにはかっこいい大人との出会いが重要である。

高校と地域との協働において、高校生も大人も成長(変態)していくために
明示的なカリキュラム(学校での学び):授業づくり:何をどのように学べるか
隠れたカリキュラム(社会での学び):土壌づくり:誰とどのような環境で学べるか
★「地域」と「授業」のあいだでカリキュラムマネジメントする。

海士町での聞き取り調査から実際に得られた生徒の成長(変態)の背景・要因
・色々な人が行動しているのを間近で見て感化された。
・日常生活の中で多くの人と触れ合う機会があった。
・自分は自分で良くて、他人の夢や行動と同じようにしなくても良いと言ってくれたスタッフの人
・本気なら全力で応援してくれる大人・地域の人がいる
・色々なことをしている人をみてチャレンジすることへのハードルが低くなった
・先生との面談で夢を実現するためにどうすれば良いか明確になった。
・OBが島に連れ出してくれたり、地域の人に合わせてくれたり、手伝いの楽しさを経験させてくれる。

~~~ここまでメモ

印象に残るワードがたくさんあった。

★「支援マインド」と「協働マインド」
★大人の課題解決力・探究心をいかに高められるか?
★「地域」と「授業」のあいだでカリキュラムマネジメントする。

ステキな視点だなあと。

あとは冒頭の問い。
何のための教育魅力化か?
中心的課題は何か?
その課題をどうやって解決するのか?

僕はが取り組みたいのは、やっぱり「アイデンティティ」の課題だ。
「やりたいことが分からない」「自分に自信がない」という大学生。
アンジェラアキの「手紙」を聞いて、涙する15歳。
そんなんじゃないぜって。

教育魅力化は、
学校と地域が対話しながら、その地域独自の「新しい学び」を創っていくことだと思う。
その創造のエッジに、アイデンティティ、つまり「存在」があるという仮説。
言い換えれば「発見」になるのかもしれない。

アイデンティティ問題の原因の多くは、家族・地域社会のつながりの薄さだろうと思う。
だからこそ、つながりを取り戻していくんだ、みたいな意見もあると思う。

しかし、課題は同じパラダイムでは解決しない。
存在の承認を、つながりによって取り戻すことは難しいと僕は考えている。

存在の承認を、創造のエッジに求めていくこと。
フラットなコミュニケーションの「場」に求めていくこと。
自らを部分的に取り出し、そのそれぞれを「場」に溶かし、それを本体である自分が承認すること。
そんな方法で、アイデンティティは構築できるのではないか。

そのための「場」の構成要素として、
「地域」、そして「地域の大人」が必要になってくる。
その「場」はプロジェクトを生むだけではなく、
結果として大人も、まちをも創っていく。

そんな循環。生態系。
そんなのを僕は見てみたいのだよね。
森と川と温泉のあるこの町で。

  

Posted by ニシダタクジ at 09:48Comments(0)学び日記

2020年11月13日

ICTってそういうことか、って。

昨日は大辻さんによるICT活用シークレット講座でした。
めちゃめちゃ参考になったなあ。
来年度からの絵が描けそう。

ということでメモにまとめておきます。

~~~ここからメモ

×オンラインをいかに対面に近づけるか
○オンラインでしかできないことに特化しよう

・みんなでチャット・こっそりチャット
の2系統でコミュニケーションする
※こっそりチャットは教室ではできない。
インタラクション(双方向性)がカギ

「リテラシーとテクノロジーの交差点」に
ICT教材、システムを使うこと

1:Nではなく1:1のN倍にすること
「こっそりチャット」の専門スタッフをつける

基本の講義(10-15分)
⇒単元テスト(web)
⇒得点に応じてレベル別授業

点数別の振り分け⇒教室の塾では不可能
※単元別に弱いところの強化とか
※中学生の塾は3教科合計点でクラス分けされていた

ライブ授業においてもインタラクション(双方向)は無くさない
有料サービスとして⇒マーケティングツールとして

ICT活用は、可能性(できるできない)ではなく
必然性(やらないといけない)から導入すること

~~~以下、公教育とICT活用について

高校魅力化プロジェクト:高校がないと人口減が進む
「公営塾」「主体的に運営される寮」「探究学習プログラム」

課題先進地である地方⇒学び(探究)んも材料がたくさんある

探究の授業をICT化
「スクールタクト」:写真共有アプリ

海の高校と山の高校
相互にいいね!を付けられる
何とも思っていなかった日常風景にいいね、が付く。
写真での双方向コミュニケーション。

Smooth Space:視界が全部スクリーンになっている

課題:コメの消費量を増やしたい
島根・隠岐島前高校⇔宮崎・飯野高校

隠岐:米粉アイスクリームを企画
・米の消費量2,3キロ
・島では手に入れにくい(価格が高い)牛乳を大量に使う

飯野:肉巻きおにぎりを道の駅で販売
・地元の宮崎牛とのコラボ商品
・米・肉の消費量増加

⇒地域系部活でも他流試合を

ICT活用のキモ/「文具化」すること
教具的活用⇔文具的活用
必ず使う⇒使っても使わなくてもいい
学び方自体の個別最適化

文具として1人1台渡す。
セキュリティ高めすぎない。
コミュニケーションに活用することが必要。

※探究とICT活用
興味・関心に火がつけば、自発的に勉強するようになる
「探究」で火をつけて⇒「偏差値」を上げるモチベーションにする
※端末やICT教材をいくら与えてもモチベーションが本人になければやれない。

普通科の探究学習低レベルだと興味関心が喚起されない
⇒ICT教材を導入しても活用できない。

探究による学習意欲UP

ある「地域みらい留学生」の言葉

都市部で得られる情報はネットでも得られる。でも過疎地の情報はネットにはないし、日々感じる季節感、温かい人間関係は田舎でしか味わえない。地域課題解決に挑戦し成長する機会も田舎の方が多い。1人に与えられる役割が多く充実しているので、いろんなことを経験できると思う。

都心と地域で教育格差は広がっているのか?
○ICTによる豊かな関係構築
○高校生主導のネット企画群
○日々移ろう季節・自然や情緒
○体験に基づく問題解決能力
○地域の多様な人との関わり
★入試対応ICT学習コンテンツ

~~~ここまでメモ

見えましたね。
見えましたよ。

ICTってそういうことか、と。
田舎×ICTが最強だな、と。

今回の大辻さんの話聞いて、
「街中の高校で、勉強と部活して、予備校いって、帰りにマクドナルド寄って」
みたいな暮らししてて大丈夫?って本気で思った。

15歳から18歳までを単なる「消費者」として過ごしていて、
18歳、あるいは22歳になったら突然感性と企画力(課題発見・解決能力)
が付くのだろうか。

田舎で、まずは感性を開く。感じる。
疑問・違和感をキャッチする。
問いを立てる。仮説を立てる。
ICT活用して調べ、計画書・企画書を書く。
「場」に飛び出す。

「発見」する。
「発見」をシェアする。
ICTで他校とも他流試合ができる。

「学び」がある。
次の課題が見つかる。
次の「場」へ飛び出す。

その繰り返しの中で学びたいことができる。
進路希望ができる。
ICTで個別最適化された学びができる。
総合型選抜だけでなく、受験にも対応できる高校生になる。

そんなシナリオ。
これ、実現できるよ、って。
この町でならやれるわ、って。

ICTってそういうことか。

写真は昨年11月に嶺北高校にお邪魔した時のツーショット

  

Posted by ニシダタクジ at 07:20Comments(0)学び

2020年11月10日

「存在」は創造のエッジにある

「自分とは何か?」という永遠の課題。

課題発見⇒調査検証⇒整理分析⇒まとめ表現⇒課題発見
という探究サイクル。
「問い」⇒「実験」⇒「ふりかえり」⇒「発見」⇒「さらなる問い」
というように言い換えてもいいだろう。

問題は、最初のドミノを倒す、
つまり、最初の「課題発見」のフェーズだ。
学びの動機付け(=学びの意欲)と言ってもいいだろう。

「課題発見/問いを立てる」には、
「違和感の言語化」が必要で。
「違和感のキャッチ」には心を開いていることが必要で
「言語化」は普段から思ったことを言葉や文字にしていくことが必要で。
「違和感」を感じるためには
自分の「快・不快」を知ることと「他者との違い」を理解することが大切で。

っていうように、つながっている。

「主体性」という言葉はよく叫ばれるけれども、
「指導」によってそれを生むことは原理的に不可能で、
「対話」によって課題(問い)を発見することで生まれてくるのだと思う。

「好奇心」とは、面白がることと疑問を持つことで
それってスキル(技術)だよね、って友人が言っていた。
「場」においてそのスキルを磨いていくこと。
「主体性」さえ、見つけ合うことが可能なのではないかと僕は思っている。

かつて、ツルハシブックスで表現したかったのは「偶然性」という価値だし「機会提供」という美学だ。
三重県の飯南高校美術部のラテアートには、「一回性」の美学を感じた。
目の前の人のために一生に一度しかないラテアートを描く。
それは、お客さんとの協働作業だ。小さな劇場だ。

「場」にフォーカスすること。
誰と、いつ、どこでやるか?を大切にすること。
それは場の一回性を高めると同時に、
「全体性」を感じさせてくれる。
特に「どこで」の部分において。

ここで言う「全体性」とは、
いわゆる「営み」のことでもある。
自分が、脈々と受け継がれるタテのライン「営み」と
一体化しているような感覚のことだ。

「偶然性」と「一回性」と「全体性」。
その3つの交点に、「創造」が、あるいは「美」があるのではないか。

人は、「場」と共に、その創造のエッジに立つ。
もしかすると、そこに人の「存在(承認)」があるのかもしれない。

川喜田二郎がかつて言った、
「創造的行為を繰り返した場所を、人はふるさとだと認識する」

「ふるさと」があるかどうか。
それはアイデンティティ問題に直結していると僕は思う。

「存在(承認)」とは、「偶然性」と「一回性」と「全体性」の交点にある
個人が「場」と一体化した創造のエッジに生み出される何かの中に、
現れるものであるのかもしれない。

  

Posted by ニシダタクジ at 08:07Comments(0)学び日記

2020年11月08日

探究の森の子どもたち

昨日は、「学校見学&まなび体験会」の午前中に
「一生学び続ける力をつけるには?」と題して
「これからの学び座談会」を行いました。



講師は(株)prima pinguinoプロジェクトマネージャー跡見愛美さん。
中学生の保護者をはじめ、12名の参加者がありました。

~~~以下講演メモ

まずは動画。
https://www.youtube.com/watch?v=59d3UZTUFQ0
AIにより次々にオートメーション化される世の中に対して
「WIll Our Chiidren Be Ready?」と問いかける。
私たちの子どもたちは準備できていますか?と。

社会に出て必要な力とは?

経済産業省「人生100年時代の社会人基礎力」
https://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.html#:~:text=%E3%80%8C%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%BA%BA%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E5%8A%9B%E3%80%8D%E3%81%A8,%E5%B9%B4%E3%81%AB%E6%8F%90%E5%94%B1%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82

2006年に発表された社会人基礎力:
前に踏み出す力(アクション)考え抜く力(シンキング)チームで働く力(チームワーク)
をさらに12の能力要素に分解して定義した。(いわゆるコンピテンシー)

それを平成29年(2017年)にアップデートし、
その力をつけるための3つの視点として以下のものを上げた。

1 どう活躍するか(目的)
2 どのように学ぶか(統合)
3 何を学ぶか(学び)

これらをリフレクション(ふりかえり)しながら、1~3のバランスを図ることで
自らキャリアを切り開いていく上で必要だと位置づける。

そんな中で、「教育」が変わりつつある。

■小中高校:教育機関
すでにあることを教えてもらい(指導され)学んでいく場所。
「達成」のパラダイム

■大学:研究機関
答えがない、まだ分かっていないことの答えを見つける場所。
「発見」のパラダイム

高校⇒大学⇒社会の「学び」(教育)が一致していない
=このままの教育では社会に対応できない

学力の3要素
「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」・・・リテラシー
「主体性・協働性・多様性」・・・コンピテンシー

だけど、高校⇒大学の入試制度が「知識・技能」を測るだけでは、
教育は改革されない⇒大学入試改革へ

「大学入試改革」:
高大接続で問われる学力の3要素を多様な視点で評価する入試形態

思考コード
https://www.syutoken-mosi.co.jp/column/entry/entry000668.php

https://www.syutoken-mosi.co.jp/upload/images/siko_cp_.pdf

フランシスコザビエルの写真を見て、
「この人物の名前を答えなさい」とか、
「ザビエルがしたこととして正しい選択肢をすべて選び、年代の古い順にならべなさい。」とかは
これまでのセンター試験で問われた。

あれだけもめた「記述式」問題とは何かっていうと、
「ザビエルが日本に来た目的はなんですか?50字以内で書きなさい」とか
「キリスト教の本伝来は当時の日本にどのような影響を及ぼしたのか200字以内で説明しなさい」となってくる。

さらにC創造的思考となると
「もしあなたが、ザビエルのように知らない土地に行って、その土地の人々に何かを広めようとする場合、どのようなことをしますか、600字以内で答えなさい」とかっていう小論文の問題になる。

「知識・理解思考」から「論理的思考」さらに「創造的思考」という流れと
「単純関係」(単純)から「カテゴライズ」(複雑)そして「全体関係」(変容)と難化していく。

小論文ではさらに、「課題発見能力」と「課題解決能力」が問われる。
つまり、大学に入ったら、自力で研究サイクルを回していけるか?ということ。

最近は志望理由書が「なぜ、この大学を志望しますか?」という単純なものではなくなってきた。

志望理由書で問われているのは、
「学びの履歴(これまで学んだことや自分の強みとしてアピールできる点を具体的に記入してください)」と
「将来の計画(本学で何を学び将来にどうつなげるか、現在考えていることを具体的に記入してください)」
という2つになる。

経済産業省:多様な年代、人々と関わっているか?がどのように学ぶかにおいて大切
★自分の得手不得手を踏まえて、どのように社会と折り合っていくか?⇒キャリア教育そのもの

「総合学習」⇒「総合的探究の時間」へ
「問い」を見つけ、それに答えていくこと。
活動すると「問い」が生まれ、「問い」が変わる。
※同じ活動(例えばかき氷販売)をしていても浮かぶ問いが違う
(売りたい⇒マーケティング、ごみ⇒環境、体にいい⇒栄養、こども⇒保育・教育)

「問い」を見つけるには「違和感」をキャッチすること。その前に印象的だったことを言う。
さらにその前に思ったことを言う。

活動を通して「問い」を得ることで自分を知る。

探究学習サイクル
課題設定⇒情報収集⇒整理分析⇒まとめ・表現⇒課題設定
このサイクルを何度も回していくこと。

★ふりかえりが大切
経験学習サイクル(デービット・コルブ)
行動⇒振り返り⇒本質の気づき⇒将来の目標設定

経験の振り返り
×あるあるふりかえり(喜怒哀楽感想)
衝撃を受けました!心が現れました。強く感じた。ためになった。⇒なぜ?がない⇒ふりかえりできてない
○どう変わったか、何を学んだか、何が課題?、どんな努力⇒言葉にできて、自分なりの教訓・理論に落とし込めるか
語彙力と言語化する練習をふりかえりで行うこと。

~~~ここまで講演メモ

そのあと座談会へ

「問い」を立てることが大事だ。
しかし、問いを立てるには、違和感のキャッチと、それを言語化することの2つが必要になっていく。
思考コードの一番高度なところの評価はルーブリック評価になっていく。

親をどう変えるか?
⇒子どもにアプローチしていくしかない。
⇒自ら探究的に学ぶ子を見て親が変わる

小学生等初級段階においては、
「どうやったらモテるのか?」のような探究もあり。
観察から始まるのもいい。

強い動機付けは小さな問いから始まる。
好奇心は「面白がること」「疑問を持つこと」

つながりを知ることで
自分は点だと思っていたのが線になってきた。

~~~ここまで座談会メモ

「問いを立てる」から始まる「探究サイクル」。

その「問いを立てる」前の
「違和感」のキャッチと言語化、そして思ったことを言えるような「場」

それは「対話」の場づくりによって可能になるのかもしれない。
それは「問いを立てる」以前の課題である(と僕は思っている)承認欲求の課題に対しても有効なのではないか。

学びの主体を、いったん個人から場へとシフトする。

問いを見つけ合う。そのために違和感を見つけ合う。
「なんでそう思ったのか?」と問いかける。
それはもちろん大人のファシリテーター、コーディネーター、あるいは先生でもいいのかもしれない。

でも、それが「場」だとすると、
生徒同士が、心を開き、場に溶けだして、見つけ合うことのほうが価値があるのではないか。

地域の大人も、共に探究するパートナーとして、その場に存在するということ。

阿賀探究の森構想(仮)

そんな妄想が生まれた。
小学校高学年からの探究サイクルの回し方。

はじめは、自分を知るという世界の中で、
違和感をキャッチし、問いを立て、探究する。
たとえば、「モテるにはどうしたらいいか?」だ。
モテているヤツを観察し、要素分解し、まとめる。

一度、探究サイクルを回してしまえば、
あとはそれをまとめて終わらず、さらなる問いにつなげることだ。

スポーツできるヤツや面白いこと言うやつもモテるけど、
結局、頭のいいヤツがモテるらしい。そしたら、
「頭のいいヤツになるにはどうしたらいいか?」
と問いを立てることだ。

そうやって、サイクルを回して行くうちに、
いつしか問いに遠心力が働き、少し広くなる。

家族や友達、学校のこと、地域のことなどに問いが広がってくるのだ。
おばあちゃんが言っていた猿による畑の農作物被害はどうやったら防げるのだろうか?

そうなると、事象が複雑にかかわってくるので、
たくさんの人に話を聴く必要がある。
実践と対話の中で、さらなる問いが生まれ、
次の学びの「場」へと向かう。

その「場」や「サイクル」そのものを地域(の大人たち)が支えること、
いや、支えるのではなく、大人たちも探究するメンバーである(という意識をもつ)こと。

ああ、それが、5月に読んだ「先端教育」の
「雑木林」を見守るっていことか。

杉林を育てるのではなく、雑木林を見守る。(2020年5月14日)
http://hero.niiblo.jp/e490656.html

「見守る」というよりも、
みずからも雑木林の一部になるって感じかもなあと。


「未来をつくる言葉~わかりあえなさをつなぐために」(ドミニク・チェン 新潮社)
第7章にこんな一節がある。

~~~ここから引用

自然史は、遺伝子複製のエラーを許容することによって駆動されてきた。つまり生命はそれ自体が非生産的な現象として進化してきたのだ。自分の領域が侵犯されるという認知によって、「わたし」と「他者」を区別しようとする防衛本能が働くことは、身体の免疫系と同様の働きだといっていいだろう。生物学的にいえば、これは原初のレベルの自己同一性(アイデンティティ)である。しかし、連綿とつながる進化の鎖に注意を向ければ、種の系統発生という個体の寿命よりも長い時間軸の中で、より高次な自己同一性が発現してきた。

先に見た遺伝子の交配とは、個々にとっての自己、つまり究極的な「わたし」に、「他者」のものが混ざることで個がゆるやかに変容していくプロセスなのだ。短期的な個体発生の時間の上に、より長期的な系統発生の時間が重畳している。この二つのリアリティを架橋するための認識が必要とされていないだろうか。

~~~

「他者」と混ざりあい、自己が変容していくプロセスは、これまでの歴史そのものではなかったか、と問う。それは自然との関係性でも同じだ。常に変容し続ける自然に対し、種は遺伝子エラーを許容することによって生き延びてきた。

さらにこの章は「ぬか床」を引き合いに出しながら続く。

~~~ここからさらに引用

ぬか床と人間はひとつのホロビオントを形成していると言える。
ホロビオント:複数の異なる生物種が共生関係を結び、一個の不可分の全体を形成すること。(リン・マーギュラス 1991)

標準的なぬか床にの内部には100種類ほどの菌類が棲息しているが、この多様性こそがぬか床の成立条件だろう。なかでも、一般には悪臭の原因だとされるグラム陰性菌は、ぬか床の初期段階では抑制される必要があるが、最終的には彼らが「復活」しないと、ぬか床独特の豊かな風味が生まれない。

システムの構成要素を善と悪、効率と非効率で区分する思想からは、ぬか床の豊潤な発酵状態には到達できない。造礁サンゴやぬか床のように、複雑な要素が互いに排除し合うのではなく、絶妙なバランスの上で共生するシステムの姿から、人間の社会の在り方を考えることはできないだろうか。

~~~ここまでさらに引用

ここで言う、ぬか床のような、もしくはサンゴ礁や雑木林のような。
そんな共生関係のある学びの場が可能なのではないか?

名付けて
「阿賀探究の森構想」(仮)だ。

この町を舞台に、いくつもの探究サイクルが回っている。
その真ん中には、子どもたちがいる。
そして、それはひとりではないかもしれない。

町の大人たちもいつのまにか、そのサイクルに巻き込まれ、
サイクルの規模(対象範囲)がだんだん広くなっていく。
子どもはじきにそのサイクルを卒業し、次のサイクルへと歩みを進める。

大人達も刺激を受け、自ら探究サイクルを回す大人もいる。
そのサイクル全体を多方向から支える人たちがいる。
学校システムや行政システムがある。

まちと探究サイクルも「ホロビオント」(共生関係)を形成しながら、
まちそのものも元気になっていく。

気がついたら子どもは18歳になっていて、
自らつくった新しい問い、新しい探究サイクルに向かうべく、旅立っていく。
ある人は大学で、ある人は専門学校で、またある人は就職先で、サイクルを回す。

探究の森の子どもたち。

それは保育園児、小中学生、高校生だけのことじゃない。
この町で探究サイクルを回す人はみんな、子どもたちだ。

20年後、みんながハタチになったら、同窓会でもやろうかな。  

Posted by ニシダタクジ at 08:10Comments(0)学び日記

2020年11月04日

それは「本屋」かもしれない

放課後社会。
坂口恭平さんが「独立国家のつくりかた」(講談社現代新書)で
提唱した「学校社会」へプラスしたもうひとつのレイヤーとしての「場」。
それは、ツルハシブックスのような本屋であるのかもしれない。

「本」と「本屋」にまつわる人に出会う日。

~~~ここからメモ

「読書会」のやりかた

読むってどういうこと?
1 知らない
2 知っている
3 説明できる
4 使える
3~4までいきましょうと。

読書によって得られるスキル
1面白がる
2疑問を持つ
3人に伝える
1,2は「好奇心」の具体的表現

3つのうち、どれを頑張るか、事前に決める

好奇心を育むことはできるか?
⇒面白がっている人のそばにいること

先に発表する人を決めておく
⇒そのつもりで聞くことができる

疑問を持つ
⇒目の前に著者がいたら何を聞きますか?

ふりかえり
・印象に残ったこと
・明日に活かせること

親和的承認⇒集団的承認⇒一般的承認
「親和的承認を学校でつくれるか?」

目標⇒評価⇒達成感(個人で起こる)
発見⇒承認⇒変化(場でおこる)
対話=ゴール、正解はない。

かんたね会(テーマ別読書会)⇔こころの美容院
ミッション「本で生きる力を育てる」
読書会のおかげで人生が変わる
生きるために本が必要だった。⇒本が味方
「ぽつりの時間」ぽつりぽつり話す
センスオブワンダー、エンデの遺言

1 テーマ別読書会に参加
2 好きなテーマを見つける
3 自分にとっての生きる力を育てるもの、テーマを見つける
4 深掘りする

本を読むようになってから生きる力が湧いてきた。

課題が明確=ベクトルがひとつ⇒パワーはあるけど、居心地はよくない
課題はあいまい⇒ベクトル多様性⇒居心地はいいがパワーはない

自分と場の相互作用であり方をアップデートし続ける。

~~~メモ

「複数アカウント型探究」ってありえると思うし、
それを補完、実践する上で「本」「本屋」というものが
大切になってくると思った。

サードプレイスは
第1、第2の場と異なる価値観によって運営されている場だとすると、

本屋には、無数の価値観が(もちろん店主の価値観によりセレクトされているが)
背表紙から訴えてくる。

そういう言語と非言語のあいだにあるもの、
それが「本棚」であり「本屋」だ。

ゆたラボの檜垣さんの言う「グレーゾーン」(学校教育と社会教育の)
は、僕が言ってきた、「境界をあいまいにする」「余白をデザインする」
っていうのは、本棚、本屋でこそ、成立しやすいのではないか。

出会う「場」であり、託す「場」であり、創る「場」としての本のある空間。

そんなのが美しいなあと僕は感じている。  

Posted by ニシダタクジ at 07:20Comments(0)日記

2020年11月03日

学校のような劇場をつくる

エデュトリップ3日目
津和野高校魅力化を中心に。

~~~まずは全体像を統括コーディネーター中村さんから

津和野高校ホームページ
http://tsuwano.ed.jp/#HOME

「魅力化ってなんですか?」⇒新学習指導要領が目指す方向=魅力化(島根県では)
「魅力化」を学校だけでやるのか?⇒コーディネーターを配置し、橋渡しをする。

2013年~コーディネーターを配置
★「生徒を増やすことが目的じゃない」⇒どんな子どもを育てたいか?どんな魅力を作っていくか?コンセプト・ビジョンの共有

これまでの高校:「進学」か「部活」かの2軸
⇒田舎にネガティブな印象⇒都会に優秀な人材を送り出している高校
これからの高校:「問題意識」や「あり方」を考え、動き出す。
⇒故郷にポジティブな印象⇒都会でさらに力強く育つために送り出す。

1 地域の魅力:出会いとつながり
2 社会への関心:問題意識
3 価値創造:問題解決能力

個人(マイプロ):自分のテーマ・ペース・時間

部活動(グローカルラボ):チーム・団体でさらに探究

授業(ブリコラージュゼミ・トークフォークダンス):全員が参加・住民が先生・選択制

⇒出口支援:の経験値を使って、町営塾でAO・推薦など多様な進路選択を実現⇒見える成果

コーディネーターの役割:
自分1人では届かない部分もほんの少しの支援が可能性を広げる(ヴィゴッキーの最近接発達領域)⇒つなげることで可能性や選択肢を。⇒学校だけじゃなく地域につなげて学びの可能性を広げる

「つなげる」「橋渡し」をするコーディネーターの役割
1 「現場の課題感」「関係性」から
負担を取る役ではなく、質を深める役、可能性を広げる役
2 「見える化」「視覚化」する
情報を整理して共有する、全体感を持つ、データを取る
3 「コンセプト」「ビジョン」を作る
現場と行政、地域で、目指す方向性の共通認識、目標づくり
コンテンツのつながり⇒コンセプト・ビジョンのつながりがないと抽象化できない。
★持続的に進む仕組みまで設計する

「コンセプト・ビジョンづくり」のプロセス
コンテンツが多くなるだけなので抽象化しないといけない
現場との対話で先生にヒアリングしていくなかで言葉をつかまえる。

「個人の未来につながる学び」と「まちの未来につながる学び」の真ん中につくる
重なる部分⇒学校だけでは育てにくい⇒学校だけではなく地域全体でつくる

~~~続いて、津和野高校魅力化の話をコーディネーター山本さんから

ビジョン
1 最先端の教育レベルに挙げる
2 課題解決人材の育成
3 卒業生の関係人口化

学校:探究 T-プラン(ブリコラージュゼミ+トークフォークダンス)
部活:プロジェクト マイプロ、グローカルラボ
公営英語塾:HANKOH

正解がないし、提示できない。ウロウロできる。
「あなたの一歩に寄り添います」

ブリコラージュゼミ:1年次に年4回行う、毎回6~8講座から選択、地域の方に講師に立ってもらう
トークフォークダンス:1年次に1回行う、地域の方々を生徒と同数だけ集める
選択プロジェクト:2年次に半年かけて実施、自ら選んだテーマで個別ORグループでプロジェクトを行う。

ステップ1 刺激を得る、体験する、地域を知る
ステップ2 自ら考える、プロジェクトに取り組む、地域に出ていく
ステップ3 振り返る、成果をまとめる、進路実現に向けて動く、津和野と関わり続ける

さらなる変化
1 町内生が積極的にが集う・プロジェクトに関わる。中学生も!
2 ICTモデル校 1人1台 打ち合わせ/アンケート
3 卒業生の関係人口化 鈴木くん東大⇒津和野でインターンしてる

津和野高校魅力化の価値とは?
1 自然体で自分を深掘りする「探究」
2 「やりたい」と言われたら、地域・社会と接続し、寄り添う・伴走している
3 地域住民、有志団体、企業等が高校生等のチャレンジに前向きに。町内の高校生にまで波及している。
4 教員自らがチャレンジしようという雰囲気を持ち、変革を厭わず、ICTのモデル校としても活動
5 関係人口として関わりたい卒業生が数多くおり、すでに戻ってきて活動する者もいる。
⇒全国レベルのモデルになり得る。

~~~さらにHAN-KOH塾長(元津和野高校校長)より

津和野出身の有識者会議の要望を受け、英語塾になる。
H26年4月に開所、10月から中学生も受け入れ

講師3名+スタッフ2名で
高校内のHAN-KOH(中高生向け)と日原教室(中学生向け)

1F=高校生 2F=中学生が学んでいる
中学生と高校生の接点=ハロウィンパーティーなど

先生からすすめられて来る子(学力支援が必要な人)と
サードプレイス的に使用する人。

★町内の資源を使って授業をつくる:日曜大工=ブリコラージュ:津和野モデル
マイプロに伴走するのも町内の人のリソースを使ったらいいなと

マイプロに締め切りはない。終わり方を決めてない
★報告会では成果ではなく「自分の成長」を語る

★探究伴走者としてのコーディネーターと伝統校としての津和野
ニックネームで呼ぶ⇔「先生」を必ず付ける⇔事務長イズム
教員/指導的立場、評価する人
コーディネーター/話を聴く人、一緒に考える人

6割がAO・推薦で大学進学
勉強も部活も探究の1つですよね?
今年の3年生の進学希望はほぼ全員がAO受けてる
AOで入った子が大学入っても評価が高い
★3年間頑張った子がAO・推薦を受けられる。⇒簡単に受けさせない

~~~最後に役場で保小や小中のコーディネーターとの対話

「ツワトーク」:中学生を含む対話の場づくり⇒本音をなかなか言えない。
子どもの学びをつなげる⇒中学校にカギがある
子どもの学びに向かう力の芽が摘まれないこと

「自分を知る」
・問われる環境がない:自分について考えない
・本音を隠す
・津和野=逃げ場がない=コミュニティがひとつしかない

・自分の意見が言えるようになる
・自分の世界が広がる

~~~ここまでメモ

引っかかったのは「県外生に影響されて津和野の子もだんだんと自分を表現する、やりたいことを口に出すようになってきた」という一節。
県外生に影響された、とはいったいどういうことだろうか?

だって、チャレンジできない理由として大きいのは
津和野=コミュニティがひとつしかない=逃げ場がない
ことだったはずなのに、その原因を解消せずに、
「やりたいことやろうよ」って大合唱したら、急にできるようになる?

もちろん、人間は環境に影響されるし、
その環境の要因として最も大きいのは人間関係だとは思うのだけど・・・
と考えていて仮説が生まれた。

学校空間(探究の授業や地域部活だけかも)そのもののサードプレイス化。
つまり、1/3が県外、1/3が町外からの通いである津和野高校は、
狭い益田のコミュニティとは違う空間となっているのではないか。
だからこそ、心理的安全性があるのかもしれない。

もうひとつ引っかかったのは、
「中学生のやってみたい!をカタチにする」というところ。
それを、日々の学校での発言から先生と一緒に拾う、というところ。

中学生に「やってみたい」が言語化できるだろうか?
もちろん、できる人もいるとは思うのだけど。

やりたいこと(自分の意志)を知る前に、好きなこと(快・不快)を知ること。
他者を理解するためにもまずは他者のやりたいことではなく、快・不快を知ること。

「劇場」だ。
劇場のような「場」をつくることだ。

★自分の好きなこと(快・不快)⇒自分の学びたいこと(意思・意志)を
「場のチカラ」と「地域の大人」で「発見」する営みを「探究」の入り口に置くこと。

場のチカラを体感することで、
・見つけ合い・ふりかえり・場でやればできるじゃん
⇒場の構成員である実感が湧いて、それが承認につながっていくのではないか。

見つけた!という「快」と達成した!という充実感の違い。
学校(教科学習)という伽藍と「探究(地域)」というバザール(市場)
バザールの戦略は試行錯誤を繰り返すこと。(伽藍の戦略は失敗をしないこと)

プロジェクトに締め切りはない⇒「成果」ではなく「自分の成長」を語る
★発見ベースで発表フォーマットをつくるのもいいかも
「個人戦」から「場」へ⇒場にまきこまれる(友人がやっているから)
「自分を知る」=関係性、行動からだんだんとわかる。

★屋号(チーム名)で活動すること
⇒自分とは違うものとして取り組む

旅に出る前のテーマ。
学びの動機を「達成」から「発見」へ
学びの主体を「個人」から「場」へ
学びの成果を「評価」から「承認」へ

その方法論は、「学校のような劇場をつくる」だ。

「演じる」ことを前提に場を設計することだ。
「やりたいこと」の前に「快・不快」を大切にすることだ。
頭ではなく心でふりかえり、感情の揺れにフォーカスすることだ。
バザール(市場)として「探究」の舞台をつくることだ。

「高校生」というフィクションを生きろ
っていう感じかなあ。

学校を劇場に
そしてまち全体を劇場に
「一期一会」の瞬間を生み出す舞台をつくるんだ。

ああ、それなら、少しやったことあるな、と。
イメージができてきた4日間でした。

さいごに津和野高校を劇場化している
ドラえもん事務長との1枚を。

  

Posted by ニシダタクジ at 06:39Comments(0)学び日記

2020年11月02日

フラットなコミュニケーションと見つけ合える「場」をつくる

エデュトリップ2日目。
午前中は小中学生との「てつがく対話」から。





てつがく対話手法についてはこちらから
http://p4c-japan.com/

P4c
http://p4c-japan.com/wp-content/uploads/2014/11/f0519385ff19403b19b99ef4114fc19b.pdf

コミュニティボールづくり、面白かったなあ。
手を動かしながら、毛糸を巻いていき、
結束バンドでつなげて、切るとボールができる。

みんなでつくったあのボールを
話し手のサインとして使うことで
話を聴く(傾聴)デザインになるなあと。

中学3年生とペアになったのだけど、苦しかったなあ。
いわゆる「キャリア教育」への違和感っていうのか。

将来の設計をした上で高校を選べ、だとか。
1つに決めなきゃいけないということへの疑問だとか。
そういうのって答えがないからこそ、いろんな人と対話したほうがいいなあと。

~~~
お昼からは益田市社会教育課の取り組みについて話を聴く。
大畑課長、カッコよかったなあと。

「学校」「家庭」「地域」のあいだじゃなくて


「地域」が全部内包しているよね、って。


~~~大畑課長トークメモ

「ふるさと教育やっても帰ってこない」⇒益田には何もない51%

原因
1 職業観に特化したワークキャリア教育⇒自然と都会志向になる
⇒「仕事」「地域」「家庭」「趣味」いろんな輝き方がある
⇒全国1位の余暇時間に裏付けされた多様な足場、場を持てる環境
⇒ワークキャリアからライフキャリアの概念へ

2 ひと・もの・ことを知ることに特化したふるさと教育
気軽に話をできる大人の人数⇒42%がゼロ
/益田市には魅力的な大人が多い⇒そう思わない53%

地域の大人と子どもがつながれていない現実⇒対話でつなぎ未来をつくる
日々を前向きに生きている益田びととの「対話」を通して多様な価値観・生き方に触れる。

人づくり:達成度を測りづらい⇒アンケートをていねいにとる
深掘りをする、質問に答えることで行きつく。自己理解を引き出してくれた人
⇒対話が人づくりのベース

益田市の教育行政
総合戦略:未来の担い手育成事業
1 ワークキャリアからライフキャリアへ
2 「対話」による人のつながりづくり
3 益田市のロールモデルとの出逢いと地域活動づくり

中学校:地域の活動は各地の公民館で行う
小学校:再編せずに地域の拠点にする

新・職場体験
1 求人票の発行:中学生が事業所の「思い」「願い」に触れる最初の機会
2 中学生への面接:面接官(学校教育課・社会教育課・産業支援センター)
3 事業所研修会:「ねらいやノウハウの共有」「繋がり、情報交換」「プログラム創り」
4 体験時の「対話」:対話がもたらす効果

~~~ここまでメモ

2018年11月しまね教育の日フォーラムで、
この「新・職場体験」のコンセプトに出会って、衝撃を受けた。

通常の「職場体験」に「対話」というエッセンスを入れた。
それだけで、「職場体験の場」は「学び合える」「見つけ合える」場になっているんだと。

そして、2019年3月、「益田ひとづくりフォーラム」でふたたび益田へ。
マルシェと同時開催されていた楽しそうなフォーラムに、衝撃を受けた。

そして今回は、西益田の実践のスライドショーに、泣けた。



~~~西益田コミュニティ「つろうて子育てプロジェクト」メモ

子どもも大人も「まちづくりの主体者」になろう

小学生~高校生が年間を通して地域で協働活動を行う⇒何度も川で出会う

・コミュニケーション能力
・自己肯定感
・ふるさとへの愛着
・本物の学びの価値

「ま」なびに向かう力
じぶんを「す」きになる力
「だ」れかとつながる力

In:地域の中でどっぷりと遊ぶ
About:地域の中でしっかりと学ぶ
For:地域のために行動する
With:輝く地域の大人と協働する

~~~メモ

おじいちゃんたちと子どもたちの輝く瞳に、泣けた。
あんな目するんだって。

大人が本気で子どもの「遊び場」を作り(大人の遊び)、楽しそうな背中を見せれば、子どもはそれがやりたくなって、次の企画を手伝うようになる。それが結果として子どもの学ぶ場になるという循環。

一緒にプロジェクトをやれば、大人自身の学ぶ場にもなる。

それだわ、僕が見たい世界は。
そして、僕が益田に惹かれた理由はそこにあったのではないかと。

「教育」という言葉そのものへの違和感。

Aという人がA´(もしくはB)という人に「成長する」
そのプロセスデザインや、右斜め上に向かう、そのベクトルを「教育」であると定義する。

でも実際地域で起こっているのは、
Aという人は動的な「場」(サイクル)に投げ込まれ、
ぐるぐると回っていくなかで「発見」を繰り返し、いつか外へはじきだされたときに
A´かBかC、もしくはDになっているのだ。

そのサイクルの中の一瞬を切り取ると、
あのスライドショーのような写真になるのかもしれない。
それは、そこに立ち会った人しか味わえない一期一会の「場」だ。

そうか、「個人」が「成長」するっていうことに興味が持てないのかもしれない。
「場」が「発見」することには大いに関心がある。
「成長」じゃなくて「変化」だし、その二つとも、目的ではなく結果だ。

その「場」のフィールドが「学び」(地域と共にある学び)っていうことなのか。
フラットなコミュニケーションと見つけ合える「場」をつくりたいんだ。

ひとつ、謎が解けた。

益田市教育委員会のみなさん、素晴らしい機会をありがとうございました。
最後に「ボス」こと大畑課長と1枚。

  

Posted by ニシダタクジ at 06:51Comments(0)学び日記

2020年11月01日

「達成」と「発見」のあいだと余白のデザイン





島根県益田市「ユタラボ」。
益田市に今年度オープンした拠点。
https://www.yutalab.com/

週3回は高校生にも開放しているので
今日も何人かの高校生が、
勉強したり、料理したり
探究活動のことで地域の人と話をしたり、ボードゲームで遊んだりしていました。

やっぱりこういう立体的な「場」っていいなと改めて。

今回の企画は「エデュトリップ」っていう「教育」をテーマにした
半分研修っぱい感じの3泊4日。

1日目プログラム
0 自己紹介⇒バス移動
1 チェックイン:質問カードを使用した4人・5人1組ワーク(男女バランス)
2 人生グラフを「教育観」軸で書き出した1人ワーク⇒ペアで紹介
3 ツアーの目的を2人1組でインタビューし合う(目標確認シート)
4 スタッフ馬場さんから説明
5 中学生高校生とボードゲームを活用したコミュニケーション
6 代表檜垣さんから説明
という感じでした。
ペアワークで目標を考えるのいいなと思いました。


~~~ということでメモ

一般社団法人 豊かな暮らしラボラトリー
・家族を大切にする・誇りをもって仕事をする・趣味に没頭する・伝統芸能を継承する・地域を盛り上げる・益田=「過疎」発祥の地・田舎には何もない⇒仕事と家だけじゃない。・ライフキャリアをデザインできるまち・あなたはどう生きるか?

「日本のフィンランド」:仕事、学校だけじゃない豊かな(余白)時間がある町、益田

ゆたラボ:
「対話」という手法を使い、自分自身のことを考えてもらう
学校教育と社会教育のグレーゾーンをつくっている

ポイント
1 ユタラボが授業設計に関わっている:学校と協議
2 リアルに触れる機会を増やす:PTAとも連携
3 授業時間外でもトライできる:ユタラボオフィスで

益田版カタリ場:
1対1の対話を通して「これまでの人生と、これからどうありたいか」自分自身の生き方について考えることで
自分の「心に火を灯す」授業です

キーワードその1
「本音」で話ができる時間
●1対1の対話:友達に聞かれない環境づくり
●ナナメの関係:友達でも親でもない利害関係のない人との対話
キーワードその2
語り合うテーマは「これまでの人生と、これからどうありたいか」
1 自己紹介
2 これまでの人生を紹介し合う
3 今の自分やこれからの自分について語り合う
4 これから頑張ることを言葉にする

自己紹介(小沢さん)⇒学び合い(上越教育大・西川研)
ちょっと分かる子に教えてもらったほうが分かる
⇒教師は場をつくる⇒1人も見捨てない(全員達成)

馬場さん:
生まれ育った環境で将来の可能性が変わるのはおかしくないか?
先生ではない立場で「教育」と「福祉」のあいだを。

1 みんなで子育てをする
学校・地域・ゆたラボ・行政・企業で子どもたちを育てる

2 あいだをつくる
「社会や地域への参画」(やりすぎと「使われる」)
「安心安全な居場所」(やりすぎると未来に向かえない)
「21世紀を生きる力」(やりすぎると苦しくなる人もいる)
偏りすぎない、手段にこだわらない、依存しないように

手段は大事じゃない:大事なのは自分がどういうスタンスで子どもの環境づくりを行っているか。

【ユタラボのライフキャリア教育】
1 ミライツクルプログラム
体験⇒対話⇒探究
地域の大人を講師に迎える体験プログラム
大人のトライを生んでいく

2 サードプレイスづくり
益田版b-lab
高校生がチャレンジできる場。

3 益田版カタリ場
高校生-地域の大人(ナナメの関係)
20代~40代を集めた

【檜垣さん】
「豊かな暮らしをすべての人に」
教育委員会の限界:大人も満足していない
子どもからシニア世代まで元気になるようなことを
スキル⇒気持ち
何もない⇒だからつくれる
自分が人生をあきらめないで気持ちを変えれば豊かになれる。

「学びに向かう力」を育てる
1 居場所づくり:サードプレイス(秘密基地)

2 ひとづくり
BtoB戦略(学校教育/企業活動)でやる
子ども・社会人・関係人口対象
⇒ゆたラボオフィス・公民館
⇒マイプロ・自治組織

1 「学校教育に入っている」:全員にアウトリーチできる状態
2 肩書き抜きに来れる場所=ユタラボオフィス
3 お金だけじゃない社会教育のフィールド

益田版カタリ場:すべての小中高でやっている。
・心に火を灯す・本音を知る・生き様に触れる・対話を通して・どんな大人になりたいのか?

大人×高校生⇒高校生×小学生⇒中学生×小学生
校長×地域の大人:世代を超えて本音の対話を。

1対1の対話=聞かれると発見がある
語られるだけでなく語りに行く連鎖
ワークキャリア⇒ライフキャリア
★「学校教育」と「社会教育」の境界を溶かす
★「モノサシがたくさんあるんだ」と知ってもらう

東京(消費社会):お金がないと幸せになれない
東京⇒益田へ「過疎」発祥の地

東京:インフルエンザかかったら孤独
益田:何人もうどんつくって持ってきた
★ないならつくるワクワク

人とのつながりの中で生きていける幸せ
お金では買えない幸せがある。

~~~ここまでメモ

人生グラフを書いてみて、僕があらためて思ったのは、
2008年のNHK合唱コンクール課題曲であるアンジェラアキの「手紙~拝啓15の君へ」だった。

あの歌を聞いた時の悲しみ。

テレビの画面上から、あるいはCDの音源から15歳に対して
「ひとりでつらいかもしれないけど、がんばれよ」としか言えない社会はおかしいと強く思った。
そんな地域に、国に、誰がしたんだと。

今思うと、それはいまだ個人戦を強いられている15歳に対する感情だったのかもしれない。
だから、「個人」から「場」へと僕は言っているのかも。

ユタラボの話を聞いていて、
昨年12月にお邪魔した福島県立ふたば未来学園中学校高等学校の長谷川さんの話を思い出していた。

学校教育と社会教育の潮目に浮かぶ船
http://hero.niiblo.jp/e490112.html

学校教育と社会教育のあいだ
檜垣さんは「グレーゾーン」と言っていて、長谷川さんは「潮目」と言っているような。
そして、境界を溶かしていくことだ、と。

そうそう。
30日の津和野高校でも、事務長がやっているのは、
「境界をあいまいにするコミュニケーションのデザイン」だと思う。

あと印象に残ったのは
馬場さんが言っていた

「社会や地域への参画」(やりすぎと「使われる」)
「安心安全な居場所」(やりすぎると未来に向かえない)
「21世紀を生きる力」(やりすぎると苦しくなる人もいる)
偏りすぎない、手段にこだわらない、依存しないように

このあいだに作っていくっていうスタンスを大事にしていること。

静的な「場」(居場所)と動的な「場」(プロジェクト)を複数個持つこと。
それぞれの「場」で「演じ分ける自分」を肯定できること。
特に動的な場=プロジェクトにおいては、
場と一体化できるまでチューニングすること。

たぶんぜんぶつながっているな。

「個」が「達成」して「成長」することに価値を置く「達成」パラダイムと
「場」が「発見」して「変化」することを楽しむ「発見」パラダイム。

「教科(学習)」の視点で言えば、学びの目的は「成長」であるのかもしれないけど、
「探究(学習)」の視点で言えば、学びは個々の「変化」を前提としている。

学びの主体を「場」に移行していくことで、
個人戦から「場」の一員としての自分になり、
アイデンティティの危機を超えていけるのではないか、と思っている。

最後におまけ。
夕食のとき、大阪のエノさんが隣の大学生に
「そんなんおもんない(面白くない)じゃないですか」
って言っていたのが印象的で。

昨日の最後のメモは卒論の題材に迷う大学生にエノさんが言った、
「おもろい」が大事よ。

だった。

「おもろい」が大事だ。

負けないこと投げ出さないこと逃げださないこと信じ抜くこと
よりもずっとずっとはるかに「おもろい」が大事だ。

その「おもろい」っていう要素のひとつに、
「予測不可能性」があるような気がする。

そしてその予測不可能性は、
「達成」のパラダイムと
「発見」のパラダイムのあいだと余白に
生まれてくる「何か」なのだと思っている。

「おもろい」おじさんにならなくちゃな。

  

Posted by ニシダタクジ at 07:29Comments(0)学び日記