プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2017年07月25日

「本屋」という方法

松岡正剛さんが言っていた。
「日本という方法」
http://hero.niiblo.jp/e146329.html
(2011.12.15)

本屋という方法。

地下古本コーナーHAKKUTSU
暗やみ本屋ハックツ

っていうのは、
中学生高校生に本を読んでもらいたい
というのと、

地域の大人と中学生高校生を
つなぎたいっていうのと、

リアル本屋価値は「偶然性」にあるのではないかと
そういうのを全部ひっくるめた方法なのだろう。

そして何より、
「仕事は手紙」という価値観を体現したものなのだろうと思う。

そういう意味では、
OB訪問が付いた本を売る就活応援古本屋さん。

現役大学生の解説がついた参考書だったり。

もしくは大学の先輩の解説(テストの過去問)付きの
大学の教科書だったり。

「本の処方箋」みたいに、
リアルに相談できる1対1の関係をつくる
っていうのは面白いかもしれないなと。

そしてそれこそが
リアル店舗が必要な理由なのだろうと思う。

そういう場をつくる、
というのをミッションにしていけば、

全部並列でやるっていうのも、
需要者と供給者が重なっていって
面白いかもしれないね。
委託販売にすれば可能かも。

ひとりひとりへフォーカスする。
その人に預かった「手紙」を届ける。

それを
「本屋」という方法で実現すること。

たぶん、それかも。  

Posted by ニシダタクジ at 09:08Comments(0)思い

2017年06月21日

自信とは、「やったことがある」ということ

人は、他者評価という檻の中にいると、
チャレンジすることを忘れていく。

チャレンジするということは
失敗するということだからだ。

学校も、会社も、
「目的の遂行」や「効率的な運営」のために、
他者からの評価を前提としたシステムをつくっている。

そんなシステムに
子どもたちを放り込んでおきながら、

個人に対して、
「チャレンジしろ」と半ば強制するのは、
完全にダブルバインドだ。
(ダブルマインド:2つのレベルの相反するメッセージを言われること)

僕も、28歳まで、
他者評価の檻の中にいた。

まきどき村を始めていたのに、
すでに、中学校3年生に出会い、
NPO法人を立ち上げていたのに、

友達の結婚式の二次会に行って
「お前、いま、何やってんの?」
って言われるのが苦痛だった。

「畑やってる。」
「なにそれ。面白そうじゃん。相変わらず自由でいいね。」

三次会には行かず、
家に帰って、なぜか凹んでた。

「俺にも、土日休みの人生があったんじゃないか。」
って、大学4年生の時の「就職しない」っていう
選択を、少しだけ後悔してた。

それは28歳のとき、突然外れた。
自分にはこの人生しかなかった。
と思えるようになった。

あのとき、僕は他者評価の檻から脱出した。
「世間」という小さな藩から脱藩した。
しかし、それは、そんなに簡単ではないだろう。

他者評価の檻を脱出するために、
どこからアクションすればいいのか。

それは「やってみる」以外にない。

自分の感性を信じて、やってみること。
他者評価を気にせずにアクションすること。
そこからしか道は開けない。

堀江貴文さんが
自信とは、「やったことがある」ということだと
言っていたけど。

まさにそれだと。
自信がなくて始められないというのは
論理的に成り立たない。

だって、自信って、成功体験じゃなくて
やってことがあるってことだから。
はじめてみる以外に方法はないのだ。

そして重要なのは自分で、あるいはチームで
「ふりかえり」をすること。

このチャレンジの意義はなんだったのか?
自分たちで評価をすること。
すべての活動を学びに変換していくこと。

そうやってだんだんと
他者評価の檻から脱出する訓練をするのだ。

檻と言っても、
囚われているのは心だけなのだから
うまくいけば、どこかで外れる。

まずは学校を飛び出して、
何かプロジェクトに参加してみるのが
いいのではないか。

自信とはやったことがある、ということ。
「やってみる」から始まるから。  

Posted by ニシダタクジ at 05:34Comments(0)思い

2017年06月16日

「自分のやりたいことは何か?」ではなく「自分のお客は誰か?」

「生きる力」ってなんだ?

それが最初の問いだった。

2002年、不登校の中学3年生に出会ったことがきっかけで
NPO法人虹のおとを設立した。

テーマは教育をベースにしたまちづくり、
コンテンツは、遊びと学びの寺子屋、虹のひろばだった。

その前から僕は自宅で(一軒家20,000円だった)、
ミニ本屋+ミニ学習塾+ミニゲストハウスで、
旅行者が中学生に語るような場を作っていた。

ツイッターのプロフィールに書いているが、
僕の当時のミッションは、(今でもそんなに変わらない)
「15歳が自分と住んでいる地域を好きになり、
自分と社会の未来創造へ向けて歩き出している地域社会を実現します。」
だった。

虹のひろばで大学生を集め、運営をやってもらっていたのも、
そのあとに長期実践型インターンシップに取り組もうと思ったのも、
企業会員に会費を払ってもらいながら、
実は自社プロジェクト(学習塾や虹のひろば)
にインターン生を入れるため、というのも大きな理由だった。

中高生、大学生に地域活動拠点をつくりたい、と
ツルハシブックスをはじめ、地下に若者限定の古本屋をつくり、
「偶然」が起こるようにコミュニケーション・デザインした。

長期インターンシップを辞めた理由は、
長期実践型インターンシップは優秀な学生にしか
できないからである。

もっと商店街や粟島のような離島で
「自分に自信がない」
と言っているような大学生に、機会を提供したかった。

結果論ではあるが、
僕はずっと、「お客は誰か?」
という問いに向き合った来たのだろうと思う。

不登校の15歳中学生に出会った。
「自分に自信がない」と言い、動き出せない大学生に出会った。

何より、僕自身が
20代のころ、「自分のやりたいことは何か?」
という問いに苦しめられてきた。

「まきどき村」や「虹のおと」をやっているはずなのに、
「自分の本当にやりたいことが他にあるんじゃないか?」って
ずっと思っていた。

いま。
思うのは、それは最初の問いが違ったんだってこと。

「自分のやりたいことは何か?」
という問いは、無限にループするのだということ。
そしてそこに唯一の答えがあるような気がするのだ。

そうじゃなくて、

「自分のお客は誰か?」
という問いに、変えていくこと。

そして、仮説検証を繰り返すこと。
どうやって、そのお客を笑顔に、幸せにするかを
実践してみること。
だって、目の前にお客がいるんだから、ね。

そして、それはもしかしたら、
複数名いるかもしれない。
数学でいえば、複数解。

だから、いっぱいお客を設定し、
いっぱい何かを提供して、
振り返ってみるのがいいと思う。

実は、「インターンシップ」って
そういうことなのではないかと思う。

「自分に向いてる仕事」を探すのではなく、
「自分のお客」を探し、仮定し、サービスするのだと思う。

その問いを転換していくこと。

僕のミッションはそこにあるのかもしれないね。


ドラッカー先生、もう一度、読み直します。  

Posted by ニシダタクジ at 08:23Comments(0)思い

2017年06月14日

「第3の大人」になるかもしれない場所



6月10日(土)
暗やみ本屋ハックツ@新城劇場
オープン記念イベント。

サンクチュアリ出版の金子さんを
ゲストにトークイベント。

練馬・上石神井の暗やみ本屋ハックツの話から
「第3の大人」の話になる。

井口くん。
暗やみ本屋ハックツ2015年のオープン当初から
のスタッフ。25歳男。

常連の小学生にとっての
「第3の大人」としての井口くんがいる。

それは、
もう、「第3の大人」と
総称される人ではあるけれど、
それは具体的に井口くんだ。

たぶん。
そういうのが必要なのだろう。

最近、僕の周りの人が
(具体的には、新潟の池戸や大分に行ったちひろさん)

「地域活性化とか賑わい創出とかじゃないんじゃないの?」

って言っているのと
タイミングを同じくする。

自分の暮らしや目の前にいるひとり。

それを大切にしていきたいと
仕事をつくり、また活動をしている。

「暗やみ本屋ハックツ」は、
10代が第3の大人に出会うかもしれない場所であり、
自分自身が、「第3の大人」になってしまうかもしれない場所。

大切な本にメッセージを付けて、
暗やみの本屋に託す。
懐中電灯を持ち、10代がそれを探す。

その先にもしかしたら、
それは本を寄贈してくれた人だけではなく、
ハックツした前後にスタッフと話をすることによって、
または10代自身がスタッフをすることによって、
第3の大人に出会えるのかもしれない。


暗やみ本屋ハックツ@上石神井の中高生スタッフ

そんな場をつくっているのだろうと思う。

実は、中高生にとって必要なのは
「第3の場所」ではなく、「第3の大人」ではないのか。

いや、「第3の大人」のいる場所を後から振り返って、
人は「第3の場所」だったと思うのではないか。

そしてその「第3の大人」は自分自身かもしれない。
という学びの場を、あるいは何らかの力を、
「暗やみ本屋ハックツ」での出会いが
提供してくれるのかもしれない。

だからスタッフは世間的にはいわゆる休日を
費やして、暗やみ本屋に立つのかもしれない。

今週末6月17日(土)11:00~17:00
西武新宿線上石神井駅近くのカフェで
暗やみ本屋ハックツやっています。

寄贈本を手に持って、
見学に行きませんか?
僕も一緒に行きます。

連絡いただければ駅まで
迎えに行きます。  

Posted by ニシダタクジ at 05:47Comments(0)思い

2017年05月16日

「地域」で活動し、「顧客」を探す

企業が欲しがる人材とは、どんな人材だろうか。

よく言われるのが、
「自分で考え、自分で動ける人」
いわゆる自律型人材である。

まあ、これは前提として。

なによりも、価値を生み出せる人、だろうと思う。
では、価値を生み出せる人はどんな人だろうか?

ドラッカーサイクルが回せる人でなないだろうか。

1 ミッション(使命)は何か?
2 顧客はだれか?
3 顧客にとって価値は何か?
4 成果は何か?
5 計画は何か?

このドラッカーの5つの質問をぐるぐると回せる人こそが
価値を生み出せる人だと思う。
ではどうやって、それを回せる人になるのか。
「やってみる」以外にない。

試作版をつくること。
リリースしてみること。
フィードバックをもらうこと。
改良版をつくり、リリースすること。
そんな中で、5つの質問に答えていくのだ。

「やってみる」人になるためには、
「固定的知能観」(人の能力は生まれつきで変化しない)

「成長的知能観」(やればやるほど自分は成長できる)
へとシフトしていくこと。

「挑戦するのに自信は要らない」
http://hero.niiblo.jp/e262963.html
(2013.5.11)

「自信がない」は後天的に獲得した資質である。
http://hero.niiblo.jp/e459844.html
(2014.12.29)

そして、
「やってみる」を個人戦ではなく、チーム戦で始めてみること。
その中で「場のチカラ」を体感していくこと。
そんな中で、
地域というフィールドで顧客を探し、ドラッカーサイクルを回していく。

2-6-2の法則というのがある。
(パレートの法則)

2割の優秀な人と
6割の普通の人と
2割の下位の人
に自然と分かれていくのだと。

上の2割は放っておいても、
自ら課題を見つけ、行動していくだろう。
真ん中の6割をどうするか。
きっかけをどうつくるか。

「友だちに誘われた」
「授業で紹介があった」

6割への多様な機会提供をどうするか?
そこが大きな課題であると思う。
そこに「偶然」や「運命」のチカラが
必要になってくる気がする。

そんな機会をどのように設計するか。
そこがとても大切なのだと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 08:12Comments(0)思い

2017年05月12日

人生を「経営」するための地域活動

経営の神様、ドラッカーが聞く。

あなたの組織の
1 ミッション(使命)は何か?
2 顧客はだれか?
3 顧客にとって価値は何か?
4 成果は何か?
5 計画は何か?
これがなければ組織を経営するのは困難であるという。

もし、ひとりひとりの人生が、
「経営」であるとするならば、同様に、
ぼくたちは、この5つの質問に答えなければならない。

そしておそらくは、工業社会(近代社会)とは、
上の3つの質問をすっ飛ばしても
「経営」のようなものが可能であった、
非常に珍しい時代だと言っていいのではないか。

ミッションは「生活を豊かにすること」
顧客は「これから豊かになろうとする人たち」
顧客にとっての価値は「生活を便利・快適にするもの」
であり、成果とはほとんど「効率化」と呼べるようなものであった。

だから、組織は、
個別に「成果」つまり「目標」を設定し、
そこに向かって「計画」を立て、実行した。

その際にもっとも重宝されるのは、
「目標を立て、達成できる人」であることは間違いないだろう。

そして、そのような「経営」のようなものは、
ひとりひとりの個人の人生の経営についても
当てはまったのではないか。

それが、「キャリアデザイン」、つまり、
目標設定達成型キャリア、
いわゆるPDCA型キャリアであるのではないだろうか。

そして、小中学校、高校、もしかしたら大学でも行われている
「キャリア教育」は、なりたい「職業」をゴールとした、
キャリアデザイン=目標設定達成型キャリア形成
であるのではないか。

しかし、いま。
その前提が大きく崩れているのだ。

「2011年にアメリカの小学校に入学した生徒の65%は、
大学卒業時に今は存在していない仕事に就くだろう。」という、
デューク大学デビッドソン博士のニューヨークタイムズ紙へのコメント
を引用するまでもなく、「仕事」「職業」は大きく変わり始めている。

だとしたら、何をすればいいのか。
それは、冒頭の5つの質問に戻ることであると思う。

たとえば、
スタンフォード大学のクランボルツ博士のいう
「キャリアドリフト」:計画された偶発性理論
(偶然を起こして、偶然をつかむ)

これは僕的には、「顧客に出会う」という
キャリア・アプローチなのではないか。と思う。

参考:
キャリアドリフトのゴールは、「お客に出会う」ということ
http://hero.niiblo.jp/e476591.html
(2016.1.28)

「顧客は誰か?」を仮説検証する。
http://hero.niiblo.jp/e474544.html
(2015.11.17)

このあいだのインターンの話で書いた
「投資」と「お買いもの」のように、
もし、人生が「経営」であるとすれば、

ドラッカー先生を師と仰げば、
この5つの質問に答えなければならないだろう。

人生における
1 ミッションとは何か
は、おそらくは一生モノの問いであろうと思うし、
その時々で変わってくるのかもしれないが、

大切なのは、「顧客」に出会うことと
「顧客にとっての価値」を
目指し、考え、実行すること。
うまいこと言えば、志向し、思考し、試行すること。(笑)

で、その顧客はどこにいるのか?
と言えば、

僕としては、それぞれの人の
「過去」あるいは「経験」の中にしかいないと
思っている。

僕自身は、
2002年の不登校の中学校3年生との出会いや
ツルハシブックスでの
「やりたいことがわからない」「自信がない」
と悩みを相談する大学生との出会いが
「顧客」について明確にしてくれた。

そこで、顧客にとっての価値は何か?
を考え、実行したことが、

こどもたちの遊び場「虹のひろば」であり、
大学生の長期インターンシップ「起業家留学」であり、
ツルハシブックスそのものであり、
商店街で行った「うちのまち なじみのお店 ものがたり」であり、
中小企業の社長との夜景企画会議であるのだろうと思う。

そう。
経験の中に顧客はいて、
その「顧客」に出会うことが、
キャリアドリフト的なキャリア形成ではひとつのゴールである。

しかしそれはゴールであるとともに、
スタートラインだ。

顧客に出会えれば、
あとは価値を考え、
成果目標を設定し、計画を立てる。

あとは、いわゆるPDCAが必要になっていくのだろう。

なによりも大切なのは、
その「顧客」、あるいは「顧客にとっての価値」
に同意していること、共感していること。

だからこそ、磨かなければならない。
感性とか、スキルとか。

そのために、大学時代にもっとも有効なのが、
僕はインターンではなく、地域活動であると思う。

インターンで学べるのは主に、
PDCAのサイクルで仕事が動いていくこと。

しかし、「地域活動」をしながら、
この5つの質問を行うことにより、
それは自分自身の「経営」への問いになる。

何より、様々な人との出会いがある。
いい人も悪い人もいるだろう。
そんな中で失敗し、感性を磨きながら、
顧客に出会う。

そこから自分自身のドラッカーサイクルを回していくこと。
そうやって、人生は「経営」されていくもんなんじゃないかなあと僕は思う。

だからこそ、
大学生は地域に出て、活動することが大切だし、
それをちゃんと個人個人でも振り返ること。

そんな仕組みをつくる。
それがいまの僕のミッションかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 05:40Comments(0)思い

2017年05月11日

「やってみる」と「ふりかえる」

「やってみる」と「ふりかえる」
これを繰り返すことで未来は創られていく。
組織でも個人でも同じだ。

「やってみる」ことが大切だし
「ふりかえる」ことはもっと大切だ。

この習慣を、つける機会があまりにも少ない。
「自信がない」から「やってみる」が始められない。

その先にどうなるか分からないから
(目的・効果がわからないから)
「やってみる」にいたらない。

そして、「ふりかえる」に関しては
ある程度のスキルと慣れが必要になってくる気がする。

これを
大学1年次、いや、本当は
「固定的知能観」に侵されてしまう、
中学1年のときに、始められたらいい。  

Posted by ニシダタクジ at 08:24Comments(0)思い

2017年04月20日

「心を開く」から始まる

5年後10年後の自分を想像する。
キャリアの目標を立てる。

それって、
なんか、ピンと来ない。

目標を立てて頑張れる人もいるのだろうけど。
そういう人をビジョン型という

ほとんどの人はコンセプト型で
糸井重里風に言えば、
「あなたが大切にしてきたことはなんですか?」
(「はたらきたい」ほぼ日の就職論より)
を大切にしている。

だとしたら、
キャリアにおいて大切なのは、何よりも
「自分の感性に自信を持つ」っていうことではないか。

「一生食べていけるだけの力をつける」
っていうときの力ってなんだろう。

たとえば営業力、物を売る力っていうのは、
生涯にわたってその人を助けてくれるだろう。
あるいはPDCAを回す力。計画実行能力。
これも仕事をする上で不可欠だろう。

でも、その前提として、
「感性に自信を持つ」っていうのが大切なように思う。

だから、インターンとかスキルアップとか
資格講座とか行く前に、
「感性を磨く」ことって大切だなあと思う。

芸術に触れたり、本を読んだり。
あるいは、誘いに乗って様々な活動に参加してみる、とか。

そうやって、
だんだんと感性が育っていくのだろう。

それより以前に、
僕は、「自分の存在を許す」という
ステップが必要なように思う。

自己肯定感っていうのとは、
ちょっと違うんだよな、ニュアンスが。

この世に存在していていいのだ、
という圧倒的実感が足りない。

それはひとえに子どもの時に育つ環境にも原因がある。
それが核家族だったり、学校社会だったりすると、
よっぽど親や先生に恵まれない限り、
言い方が悪いけどそこには「条件付きの愛」しかない。

そうすると、
存在そのものを許していないのだ。

新潟の粟島でのプログラムで、
大学生が劇的に変わるのを何度も見てきた。

それは歩いていると島の人が話しかけてくれるから。
島の人にとっては、若いだけで価値がある。
よそ者が島を歩いているだけで気になる。

それが、存在を許すことにつながっていくのではないか、
という仮説だ。

そしてその前に、
何よりその学生自身が心を開かなければならない

その際に、
「船に乗る」というアクティビティはかなり有効なのだと感じている。

僕が思うのは、
キャリアを考える・行動する前に、
3つのステップが必要で、

・感性に自信を持つ

・なにかやってみる

・自分の存在を許す

・心を開く

きっとそういうところから僕はやりたいのだと思う。

ミーティングの時に、
カタルタとかアイスブレイクで名前を言った後に、最近あったよかったことを言う
って、もしかしたら簡易的にそういうことをやっているのかもしれないな。

くりかえし、くりかえし。
タマネギの皮を剥くように、
だんだんと感性に自信が持てるようになってくる。

  

Posted by ニシダタクジ at 08:19Comments(0)思い

2017年02月01日

その本屋に来ることで好きになる

ヴィレッジヴァンガードの初期のイメージは
「立体BRUTUS」だったという。

そのストライクゾーン。
そんなふうに作ると、楽しいのだろうな。

もし、
これから本屋さんをやるとしたら、

あるいは、
米屋本屋であるとしたら、
そこに来た人にどうなってもらいたいか。

まちを好きになる。
みせを好きになる。
ひとを好きになる。

そして、人生が楽しくなる。

そんなプロセス。
それがいいかも。

それが本屋や米屋で始まったらいいなと思う。

よく、恋愛するには、
まず自分を好きにならなきゃいけないっていうけど、
それってそんなに簡単じゃないよね。

それってやっぱり
承認プロセスを登っていくことなのかもしれない。

1 親和的承認
2 集団的承認
3 一般的承認

「認められたいの正体~承認不安の時代」(山竹伸二 講談社現代新書)より

このプロセスをあがっていった先に
自信というか、自分を好きになるが待っているような気がする。

でも。
「まず好きになる」っていう方法があるんじゃないかと思う。

恋愛じゃなくて、
住んでいるまちだったり、
旅行でいったまちだったり、

そのまちをまず好きになること。
その店を好きになることから
はじまっていく。

その空間を好きになれば、
その空間を構成する人も好きになるのではないか。

そういうまちや店や人を好きな自分が
いることで、だんだんと好きになれるのかもしれない。

そんな本屋や米屋ができるんじゃないか。

まちを好きになる。
みせを好きになる。
ひとを好きになる。

そして自分の人生を好きになる。

そんなプロセスが始まる店を、
本屋を、本のある空間をつくりたいと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 08:11Comments(0)思い

2016年08月16日

世の中に「やってみる」を増やす



8月15日(月)伊那市にカリカリ(仮)が仮オープンした。(笑)
11月にはプレオープン予定だ。

お店をオープンしたのは
信州大学農学部2年生の千晶さん。
ツルハシブックス店員侍だった葉月さんを姉に持つ。

出会ったのは昨年8月のアルプスブックキャンプ。
その後、まつもと空き家プロジェクトで空き家を改装して
「ロッピキ」をオープンさせた。

この春先に突然メッセージで、
「ツルハシブックスを伊那につくってもいいですか?」
と来た。

よくわからないけど、ぜひやりましょう、と返信したら、
わずか半年後に、仮オープン。
これから内装費用と家賃を集めるための
クラウドファンディングやイベントを行う。

ツルハシブックスとは、いったい何か。
そのミッションの僕なりの言語化をしてみようと思った。

ツルハシブックスに来るお客さんは大学生・20代が多い。
「本の処方箋」をやっているときもあるけど、
時に、悩み相談にのることがある。

そんな若者の
三大悩みは、
「承認(存在)不安」
「自信がない」
「やりたいことがわからない」
である。

3つとも持っている若者も多いので、
この3つは関連していると僕は考えている。

この悩みを読み解く3冊が
「認められたいの正体」(山竹伸二 講談社現代新書)
http://hero.niiblo.jp/e470668.html

「やればできる!の研究」(キャロル・S・ドゥエック 草思社)
http://hero.niiblo.jp/e262963.html

「評価経済社会」(岡田斗司夫 ダイヤモンド社)
http://hero.niiblo.jp/e479716.html

まず、現状で起こっている3つの悩みの原因と対処法を考えてみる。

「承認(存在)不安」は、
核家族化や地域のつながりの希薄化など、
ありのままの自分の承認機会の減少が
その根本原因としてあるのだろうと思う。

昔であれば祖父母や地域のおっちゃんおばちゃんが
果たしてくれた承認機会を得ることなく、子どもは成長していく。

これには、家庭環境がかなり大きく影響しているが
参加・参画型の「祭り」のある地域で育った子は、
「承認(存在)不安」は小さいように感じる。

そして、学校ではどうか。
学校では、「承認(存在)不安」に対しては、
一般的に「褒める」という手法が使われている
ところが、これはほとんど機能していない。

「褒める」という行為は、アドラーも言っているが、
「あなたより私は優位にある」という証明にしかならず、
褒める、つまり他者から承認を求めるようになってしまう。

大切なのは、自分で自分を承認してやることであるが、
それには、存在に対する圧倒的な承認が必要となる。

そこで注目したいのが、「高齢者地域」への滞在である。
たとえば、新潟県の佐渡島の北に浮かぶ小さな島、粟島。

海水浴シーズンではない9月などに島に行くと、
その辺を歩いているだけで、
「どこから来たんだ?今日は何するんだ?」
と話しかけてくる。

この「関心を持ってもらう」というのが、
すごく重要であると思う。
気づかずに承認欲求が満たされていくのである。

次に、「自信がない」という課題であるが、
この原因は、やはり学校生活における
他者との比較による自己不能感(自分には能力がない)

という刷り込みを、学校が、あるいは本人自らが
自分にしてしまったことだろうと思う。

これに対して現在の学校では、
「小さな挑戦を繰り返し、達成することによって自信をつける」
とある。
心理学者アルバート・バンデューラの「自己効力感」理論である。

しかし、話を聞いていると、
そもそも、自信の無い(といっている)子は、
最初の小さな挑戦のドミノが倒れないのである。

「やればできる!の研究」のドゥエック博士によれば、
これはマインドセットの問題で、

「自分の能力は生まれつき固定されている」(固定的知能観)

「自分の能力はやればやるほど開花していく」(成長的知能観)

の問題であると説明し、チャレンジするのに自信は要らないと説く。

だから、「自信がない」に対する対処法は、
あとから振り返った時に、
「実は小さなチャレンジだったんだ」と気づくような
挑戦の設計を行うことだと思う。

最後に、「やりたいことがわからない」への対応。

このとき、ありがちなのが、
「なんでも好きなことをやってみたらいい」
という謎のアドバイスだ。

しかし、「頭痛である」という課題に対し、
「頭痛薬(鎮痛薬)を飲んだらいい」というアドバイスくらい、
何の解決にもなっていない。

頭痛の原因が学校や家庭でのストレスかもしれないし、
寝不足かもしれない。
その原因を探らなければならない。

そして「やりたいことがわからない」の解決策は、
つい、「やりたいことが見つかっている」ことのような気がするけど
実は、本当の課題は「やりたいことがわからなくてつらい」
ということであり、解決策は「やりたいことはわからないけどつらくない」
ということかもしれない。

この場合の対処法は、
「やってみる」を増やすことだ。
そして、そのときに、個人戦じゃなく団体戦、チーム戦にすること。

誰かの手伝いをやってみる。
少しだけ役割を果たしてみる。
それを振り返った時に、自分も小さな役割を果たせたと思えること。
実現可能なんだという小さな自信を手に入れること。

その中から「やりたいこと」や「お客」(大切にしたい人、この人のために頑張りたいと思える人)
に出会えることから、人生は開けていくのだと思う。

その時に越えなければいけない壁が
「挑戦しろ。でも途中でやめるな」というダブルバインドと、
「効率化」という工業社会の呪縛だ。

「継続は力なり」や「石の上にも3年」
というのは、稲作や工業のときの話だ。

「評価経済社会」によれば、
すでに第3の革命が起こりつつある。

そのときに、価値を持つのは、
継続ではなく、はじめること、「やってみる」ことだ。

すでに産業社会は変わっている。

冷蔵庫やテレビ、自動車を売っていた時代から
ポータブルCDプレイヤー、ケータイやスマホに変わり、
いまや、ソフト系IT企業全盛の時代だ。

彼らのビジネスモデルは、
試作版をリリースして、使ってもらいながら改善してのちに有料化するか、
あるいはプラットフォームを提供して広告やアイテムなどの課金ポイントをつくるか、
というものだ。

そこで価値を持つのは、
「試作版」でもいいから創り、リリースする力である。
つまり、「やってみる」ということだ。

「継続は力なり」はある意味真実だろうが、
新しく何かを始めるということは、
何かを途中で辞めることと同時に起こる。

だから、途中で辞めることを恐れずに、
「やってみる」ことが大切だ。

「途中で辞める」ことに対して、世間の目は厳しい。

それは、ここ2000年間、「稲作」を生活の中心として
生きてきたからだろうと思う。

稲作は一度田んぼを作ってしまえば、
半永久的に米を生産することができる。

昨年と同じようにやれば、天候不順もときにはあるかもしれないが
ほぼ、昨年度同様に収穫がある。

そんな生活を続けてきたら、
「継続は力なり」を信じ切るのも無理はない。

しかし。
時代は動いている。

米は食べているかもしれないが、
稲作で生計を立てている人は、ごくわずかだ。

ツルハシブックスは、
世の中に「やってみる」を増やすことがミッションであるのかもしれない。

「気がついたら私も、本屋という舞台の 共演者になっていました」
というキャッチコピーの通り、

本屋という舞台で偶然に出会い、語り、
何かをやってみること。

屋台をしたり、音楽ライブに参加したり、
店員になってみたり。
そういう場なんだろうと思う。

そんな場所が、この国に、もっと増えたらいい。  

Posted by ニシダタクジ at 10:07Comments(0)思い

2016年07月27日

あなたのために、この店を始めたのだ

あなたのために、この店を始めたのだ

そう思える瞬間のために、
お店って始めるのだろうな。

手紙。

やっぱり手紙のようなものなのではないか。

コメタクも、ツルハシブックスも、

あなたに会えてよかった。
あなたに会うために、この店を始めたのだ。

と。
そう思える瞬間のために。

コメタクのみんなも、ツルハシの店員サムライたちも、
そんなお客さんの顔がきっと浮かぶのだろうな。

そう思える瞬間。

それは幸せな瞬間だと思う。  

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2016年06月30日

未来はカフェで生まれている

未来はカフェで生まれている。

きっとそうなんじゃないか。

だから人はカフェに行き、
人と話し、本を読むのではないか。

そんな場をつくりたいし、つくっていきたい。
そんな仕事を「作品」と呼ぶのだろう。



岡倉天心の生き様や書物からほとばしる
「teaism」

東洋と西洋、争ってないで、
まあ茶でも飲もうではないか。
そんな精神をどう体現するか?というプロジェクト。

こんな楽しい仕事があっていいのか。
と思えるようなワクワクする仕事。

今こそ、岡倉天心だと僕は思っている。
パラダイムシフトの時代に、
ひとりひとりが自らのコンパスを持たなければ
いけない時代に、僕たちはいま、茨城にいる。

この奇跡。

teaismとは、場のチカラのことだという。

五感を研ぎ澄まし、
主役であるお客様をおもてなしする。

ツルハシブックスの「劇団員」というコンセプトにも通じるなあと思った。

共演者たちとつくる時間と空間。
そのなかに未来が生まれている。

未来はカフェの中、カフェ的空間の中で
いま、この瞬間に生まれているのだなあと。

きっとこのプロジェクトは
「作品」と呼べるようなものに、きっとなる。  

Posted by ニシダタクジ at 07:35Comments(0)思い

2016年05月21日

平成の野山獄をつくる

平成の松下村塾をつくらないか?

って言われたらちょっとワクワクする。

ツルハシブックスも
暗やみ本屋ハックツも、
そういう構造になっている。

でも、本当は松下村塾ではなくて、
「野山獄」が原点なんだよね。

海外渡航の罪で
吉田松陰が入れられていた野山獄。

ここで、驚くべきことが起こる。
吉田松陰は、一生そこから出られない人たちを観察し、
俳句教室や書道教室の講師にしてしまう。

「俳句教室、やりませんか?」と
本人にも、周りの在牢人たちにも声をかけて、
俳句教室が行われた。

するとどうだろう。
彼らがキラキラと輝きだすのだという。

小説「吉田松陰」を読んでいて、
このエピソードに衝撃を受けた僕は、
すぐに萩に向かった。

野山獄跡地を見て、
吉田松陰先生の墓参りをするためだ。

2004年4月。
桜舞う季節に、僕は萩にきた。
野山獄のエピソードが僕に火を灯した。

「学びあいで希望は生まれる」
というヒントだった。

平成の野山獄。
それは今の世の中にある、
僕たちのチームのようなものだ。

経済至上主義という獄の中で、
希望を生み出そうともがいている僕たち。

その有効なひとつの方法が
「学びあいの場をつくる」だ。

おそらくはツルハシブックスも、
暗やみ本屋ハックツも、
まきどき村も、
そのようなものを目指してきたのかもしれない。

次は大阪。
またしても僕は、平成の野山獄をつくります。

あなたも共に学びませんか?  

Posted by ニシダタクジ at 07:45Comments(0)思い

2016年05月17日

「やってみる」が始まる場所

やるからには、続けなければならない。
やるからには、途中で投げ出してはいけない。

「石の上にも3年」神話。
それは本当なのか?

「人生は試作品じゃないのか?」説
を僕はそこに対抗してつくりたい。

「何かにチャレンジしたい。
でもこれまで始められなかった。」

土曜日にある大学生にそんなことを聞いた。
責任感が強い。

それは、
これまで受けてきた教育が影響しているだろう。

もちろん、続けることに価値はあるだろう。
プロフェッショナルと呼ばれる人たちは、
コツコツと経験と技術を積み上げて、
今の技を手に入れている。

しかし。
時代は大きく変わった。

設備に投資して、
計画的に生産して、大量に販売して、
という工業社会モデルは、もう成り立たない。

昨日最先端だった技術は、
すぐに追いつき、追い抜かれる。

工業社会からIT社会へ。
産業構造のシフト。

IT社会は、
仮説⇒試作⇒検証⇒商品化のサイクルが早い。
工場が不要だからだ。

仮説を立てたらすぐに試作版をリリースし、
ユーザーと一緒に検証し、商品を作り上げていく時代。

1つのヒット商品の裏には、
何千という消えていった試作
何十万という消えていったアイデアがあるのだろう。

産業社会は明らかにシフトしている。

それにもかかわらず、
若者が「石の上にも3年」呪縛に縛られているのはなぜか?
「ひとつのことを続けることに価値がある」
と思っているのはなぜか?

究極的には、
長い間稲作をベースにした社会であったことに
起因しているだろう。

稲作は特殊な農業だ。
初期投資はかかるが、
同じ土地でほぼ永久的に再生産が可能だ。

まさに「継続は力なり」だ。

その社会では、
「昨年と同じ」ことに大きな価値がある。
新しいことを始める、はリスクが大きい。
なぜならまったく採れなくなってしまうかもしれないからだ。

続けることと始めること(14.11.20)
http://hero.niiblo.jp/e457867.html

「自信がない」は後天的に獲得した資質である(14.12.29)
http://hero.niiblo.jp/e459844.html

キャリアドリフト時代におけるカフェ的空間の役割(16.2.26)
http://hero.niiblo.jp/e477315.html

時代は変わった。
工業社会に就職することは難しいし、
若者は稲作で生計を立ててないし、
狭い地域コミュニティに縛られてもいない。

それにもかかわらず「石の上にも3年」という
神話だけが生きている。

「やってみる」
「ふりかえる」
「改善する」
ふたたび「やってみる」。

人生は永遠の試作品だと思う。

何かを始めることは、
何かを途中でやめることだ。

自分の感性を信じて、スタートし、
自分の感性を信じて、途中でやめる。

そうやって、感性を磨いていくこと。
それを地域が受け止める。

そのコミュニケーションが、
これからの地域と、これからの若者の人生を
つくっていくと思う。

そんな「やってみる」が始まる場をつくりたい。  

Posted by ニシダタクジ at 06:09Comments(0)思い

2016年05月11日

宗教なき時代に、本屋ができること


「宗教なき時代を生きるために」(森岡正博 法蔵館 1996年刊)

20年前の1冊。
本体1942円。消費税が3%だった時代。
2000円の本を新刊で買うくらい、
大学生の僕は生き方がテーマだったんだなあと。

宗教なき時代をどう生きるのか?
オウム真理教のような新興宗教にハマらないためには
どうしたらいいのか?
また、何を信じて進んでいったらいいのか?

この本を読んだとき、
僕は農家めぐりの真っただ中で、
各地の農家さんに話を聞いていた。

いま思えばそれは、
「答え」を求める旅だった。

どんな農業をして、自分は生きていったらいいのか?
その問いはイコール、自分はどのように生きていったらいいのか?
という問いだった。

そして自然農に出会った。
耕さない、肥料・農薬をやらない、草・虫を敵としない。
を原則とした自然農。

徳島の沖津さんが放った一言。
「その草を残すべきか、刈るべきか、
畑に立つと自然とわかるようになる」

ああ。
僕はマニュアルを探していたのだ。
答えを求めていたんだ。

そんなことに気づかされて、僕の農家めぐりの旅は終わった。

自ら、生きていくしかない。
目の前のことに、本気、全力でぶつかってみるしかない。
それが生きることなんだ、と。
僕は自然農に教わった。

宗教なき時代、宗教なきこの国でどう生きるのか?

藤原和博さんは
著書「本を読む人だけが手にするもの」の中で、
こんなことを言っている。
(詳しくは、この日のブログで http://hero.niiblo.jp/e475503.html )

~~~ここから引用

宗教が機能している社会では、宗教が物語をつくり、幸福とは何かを教える。
でも、日本のように宗教が機能不全の国家では、自分で自分の宗教、
あるいはその代替物としての幸福論を持たなければならない。
だが、携帯メールはその場限りのつながりを与えてくれるだけで、幸福論の代わりにはならない。

だれもが、やがて決断せざるを得なくなるだろう。
自分の世界観と人生観を持ってどういうベクトルに向かって進んでいくのか。
つまり、何をテーマに掲げて生きていくのかということを決めなければならない。

誰かに託したり、自らを捨てて帰依することができる人はそれでいいと思う。
しかし、そうではない普通の人は、自分で本を読み、
自分で世界観を構築しなければ幸福論は築けない。

~~~ここまで引用

そうなのだ。

「だれもが、やがて決断せざるを得なくなるだろう。
自分の世界観と人生観を持って、どういうベクトルに向かって進んでいくのか。」

この前、「これからの本屋」の北田さんや一緒につくった花田さんと
イベント打ち合わせで話をしているうちに、
「本屋という祈り」という言葉を聞いた。

本屋は祈りだと。

ヴィレッジヴァンガード郡山アティで
「郡山にカフェをつくりたいんです。」
と祈りを込めてカフェのコーナーを作った店長。

本屋というのは祈る場所だ。

いや、宗教なきこの時代、この国で、
お店を持つ、ということは祈ることなのではないか。

こんな風になってほしい。
こんな人に出会ってほしい。

そんな祈りを込めて、今日も本屋の一日が始まります。  

Posted by ニシダタクジ at 07:14Comments(0)思い

2016年04月10日

暗やみ本屋ハックツというコミュニケーション・ツール

本日4月10日~17日茅ヶ崎市美術館で
「あなたが未来に託す想い」展を開催しています。



http://www.chigasaki-museum.jp/exhi/2016-0410-0417-omoiten/

会期:2016年4月10日~17日(11日は休館)
時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
観覧料:無料
場所:茅ヶ崎市美術館エントランスホール
主催:RIVENDEL、NPO法人ツルハシブックス、公益財団法人茅ヶ崎市文化・スポーツ振興財団
協力:NOMADIC CAFE、Okeba

4月22日には、茅ヶ崎REVENDELで
暗やみ本屋ハックツ@REVENDELが開催されます。

※こちらは10代限定のイベントです。
大人は同時開催の満月ワインバーへ。

昨年12月に並河進さんのトークイベントで
お邪魔しましたREVENDEL。
主宰する熊澤さんと意気投合してスタートした今回の企画。

実際は熊澤さんがほとんどやっていて、
僕は今日見に行くだけです。
ありがとうございます。
今回を機に、「現代美術家」の名刺をつくりました。

本当は、僕じゃなくて、
熊澤さんこそが現代美術家なんですけどね。

ハックツとは、
本を通して、地域の大人と中高生が
つながる企画。

今回の茅ヶ崎市美術館の企画で、
熊澤さんが、「この人素敵だなあ」という人を50人
セレクトして、本を集めた。

本当は22日のハックツで中高生に届けるつもりだったのだけど、
それだけだともったいないということで実現した今回の企画。

僕はこの企画に、シビれた。

熊澤さんは、
「暗やみ本屋ハックツ」そのものを「コミュニケーション・ツール」に
変えてしまった。

「10代に贈る本、未来へ託したい思いを表現する本を1冊、お願いします。
そしてそれは展示されたあと、暗やみに置かれ、若者のハックツを待ちます。」

こんな風に言われたら、
誰もが、ちょっと躊躇するのではないか?

中高生に贈る1冊。
もしかしたら、その1冊が人生を変えてしまうかもしれない1冊。

それはそのまま、
その人の人生が問われる1冊になる。
そしてその時に始まる対話がある。

だから、僕は、この企画は、
大学生や中学生高校生が集めたらいいのではないか?
と思う。

展示の日を決めて、本を集める。
その前には、話を聞いてみたい大人をリストアップする。
そうやって手作りでつくるハックツ展とハックツ。

そんな可能性を見せてくれた、茅ヶ崎市美術館の企画です。
僕と熊澤さんは17時ころから茅ヶ崎市美術館にいます。  

Posted by ニシダタクジ at 06:18Comments(0)思い

2016年03月01日

ツールとしての「食」と「本」と「農」

コミュニケーション・プラットフォーム・オーガナイザー

もし、仮に、僕が大学時代から「一貫して何かをやってきた」
とするならば。

それは一言で言えば(長い一言だな)
きっとそういうことなのだろう。

これからはその中でも
「現代の松下村塾」(学びあいのプラットフォームづくり)
をたくさん創っていくことがミッションなのだろうと予感している。

暗やみ本屋ハックツや、
ツルハシブックスやコメタクは、
きっとそういうこと。

「可能性が無限大だ」
と感じることこそが希望だと思う。

僕が最初に取り組んだのは、農だった。
「自然農」の川口由一さんの生き様に感動し、
全国川口さんや自然農実践農家を訪ねてまわった。


「種をまく人」(ポールフライシュマン/あすなろ書房)

そんなときに出会った
京都・綾部の半農半X研究所の塩見さんから
贈られてきたこの本にピンと来た。

「農」は人と人をつなぐ。
「つながり」こそが幸せの源泉だと大学生当時に感じていた僕は、
農学部であること、畑を体験した感動などに運命を感じ、
1999年「まきどき村」を開始。

2000年ころからばあちゃんたちの朝市で朝ごはんを食べる
「人生最高の朝ごはん」が始まった。
2004年からは会場を囲炉裏のある佐藤家に移し、
現在も続いている。

「食」は、まきどき村を始めた当初に出会った
「粗食のすすめ」でおなじみの管理栄養士・幕内秀夫さんに
出会い、深い感銘を受けたことから
給食をパンからご飯に変えていく市民運動に参画した。

その影響もあって、
「人生最高の朝ごはん」が生まれた。
「食」は、しかも朝ごはんは、初対面の人を強力につなぐことが
わかったし、そこに一期一会の瞬間が誕生し続けることを実感した。

同時に僕はサンクチュアリ出版で
営業をしていて素敵な本屋さんに何軒も出会い、
本屋を志した。

2011年3月。
ツルハシブックスが誕生。
「本」をツールに、きっかけに
人と人がつながるプラットフォームができた。

2015年4月。
つながる米屋コメタクが誕生。

「本」からスタートして、
「食」そして「農」へとふたたび戻っていくというか、
3つを組み合わせた何かが生まれようとしている。

コミュニケーション・プラットフォーム。
おそらくはそこから何かが始まっていく。

論理的思考がずっと苦手だった。

いい年こいて
「ワクワクなんですよ。」
とか言って、友人の冷静なツッコミに答えられなかった。

しかし。
いま、「食」と「本」と「農」が
プラットフォームをつくっていくだろうと
「なんとなく」思う。(笑)

未知なる未来へ向かっていく人たちには、
もしかしたらその言語化できない何か、
その言語化が利用者それぞれに委ねられている何かに
実は価値があるのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 05:09Comments(0)思い

2016年02月18日

15の君へ

15歳が自分と住んでいる地域を好きになり、
自分と社会の未来創造へ歩き出している地域社会の実現。

僕が2002年のNPO法人虹のおと(現在のツルハシブックス)
設立の時に掲げたミッション。

2002年1月。
僕は不登校の中学校3年生、Hくんに出会った。
お母さんから家庭教師を頼まれたのだ。

最初はほとんど話をしない子で、
コミュニケーションがとれるか、不安だった。

仕事を辞めたばかりで、
プータローだった僕は、時間があったので
毎日、彼の勉強を見ていた。
不登校だった彼の勉強は遅れに遅れていた。

合宿をしよう、と提案した。
2泊3日の初日の朝。
彼が持ってきたリュックの中には、
プレステが入っていた。

一緒にご飯をつくった。
キムチ入りのすき焼きだった。

すき焼きを食べているあの瞬間。
僕は思った。

「これを仕事にしたい」と。

「これ」が何なのか、当時はわからなかった。
でも、最初は話をしなかった彼が、
だんだんと笑顔になっていく様子を見て、
不思議だなあと思った。

なぜなら、僕はプータローだったからだ。

まわりにたくさん立派な大人がいたはずなのに、
彼はプータローである僕に出会い、心を開いた。

「もしかしたら、学校と家庭だけじゃない、
地域の大人に出会う場や仕組みが必要なのではないか?」

最初に取り組んだのは、学習塾だった。
寺子屋「途輝(とき)」
中学生高校生4人が生徒だった。
新潟に旅行にくる友人たちに、講師になってもらい、話をしてもらった。
しかし、子どもの最大人数は4人。これでは広がらない。


次に取り組んだのは、小学生の遊び場。
「虹のひろば~遊びと学びの寺子屋」
小学生と地域のおじいちゃんおばあちゃんが遊ぶ、というもの。
これは子どもが集まった。
しかし、もうからなかった。

その次は、大学生の地域企業での研修。
「ヒーローズファーム」と団体名称を変え、事業を「起業家留学」と名付けた。
これは地域企業からも大学生からも喜ばれた。

でも、何かが違った。
「自信のある大学生」に自分が何かをしなくてもいいのではないかと思った。

そして、本屋になった。
自信のない大学生がフラッと立ち寄り、
悩みを相談できる場所にしようと思った。

地下室があいていたので、何かできないか、と思った。
一箱古本市での隣のおじちゃんが
100円で新しい本を大量に売っていた。
「みんな読まないだろうな」と思った。

僕は100円で読まない人に古本を売らなくてもいい。
100円の古本を読む人はだれか?
25歳くらいまでの若者だ。
いっそ立ち入り禁止にした。

こうして地下古本コーナー「HAKKUTSU」が誕生。
話題となった。

取材が来た。
質問された。
「どうして、このような古本コーナーをやろうと思ったのか?」

何度も聞かれて、
ようやく思い出した。

「そういえば、10年ほど前に不登校の中学生の家庭教師をしたとき、
地域の多様な大人に出会える仕組みをつくりたいと思っていました。」

スティーズジョブズみたいにカッコよくはないけれど、
10年の時を経て、ちゃんとつながった。

そして、もうひとつ。
出会うだけじゃなかった。
中学生高校生にとっての価値はもうひとつあった。
「共に悩み、共に考え、共に行動するちょっと上の先輩の存在」

2002年に「これ」を仕事にしたいと思った
「これ」とは共に悩むことだったのかもしれない。
そんな場をつくることだったのかもしれない。

いま、ぼくはもう、41歳になった。
40歳を境に、ともに悩むプレーヤーとしての一線を退き、
それを論理的に説明することを行っていこうと思い、
活動拠点を茨城に移した。

そしてもうひとつ。
大学生・20代と中高生との接点づくりの仕組みをつくっている。
そのひとつが上石神井のハックツ。

仕事とは、手紙のようなものだと思う。

誰かのために、何かを送る。
それが届いたとき、その仕事をしていてよかったと思える。
それを表現していく場をこれからもつくっていきたい。
あなたも一緒につくりませんか?  

Posted by ニシダタクジ at 06:49Comments(0)思い

2016年01月22日

気づかれずに世界をちょっとずつ変える

気づかれずに世界をちょっとずつ変えていく。
きっとそういうのがしたいのだろう。

だから、本屋を、古本屋を、そして米屋を
しているのだと思う。
アートとデザインとビジネスのあいだに
そんな場をつくろうとしているのだろう。

そこに「美しさ」を感じる人たちが
集まってきているのだろう。

新しい本屋さんには、
これをど真ん中においていこうかな。


「せかいでいちばんつよい国」(デビッドマッキー なかがわちひろ 光村教育図書)

世界を征服した王様と小さな国の話。
気づかれないうちに「文化」の力で、
その国を変えていってしまっている。

世界とはひとりひとりのこと。

そもそも「世界を変える」のは目的ではなく、
「世界」を構成する私たちひとりひとりが
生き生きと暮らせること、が大事だ。

そのための、ささやかな1冊の本と
そのための、小さな場をつくっていくこと。
日々の暮らしにちょっとした輝きをつくること。
そうやって世界はちょっとずつ変わっていくのだろう。

大きな課題に取り組みたくもなる。
でも。
僕たちには持ち場がある。
すごい少数のお客にしかサービスできない。

「ハックツ」は、
家賃がかからないのであれば、
全国どこでも可能な仕組みになっていこうとしている。
中学生・高校生の居場所づくりとして、画期的だと思う。

世界を、ちょっとずつ変えていく。
そのプロセスでの日々の「学び」が自分をちょっとずつ変えていく。

きっとそういうことを「美しい」と感じるのだろう。  

Posted by ニシダタクジ at 06:39Comments(0)思い

2016年01月21日

港町のような本屋

ツルハシブックスとは何か?
なぜ、若者が集うのか。
店員サムライが19人も集まるのか。
なぜ、本屋なのか。
何を目指しているのか?

言語化しなければならない。
僕の役割はそこにある。

平成の松下村塾。
(ホントは野山獄だけど。)

平成の野山獄。
獄のような世の中に学びあいという希望の灯を灯す。
これちょっと熱すぎるかな。

ツルハシブックスオープン当初、
2Fにはカフェがあった。

カフェCopoCopo。
Collaboration Port
の略称だ。
人とまち、人と人がコラボレーションする港。

「港」
ドラクエ世代だった僕の感性も手伝って、
お店のコンセプトとなった。

そしていま。
ふたたび「港」に戻っていくような気がする。

今度は、
ヘリポートを備えた港だ。

「日常」を飛び出て、
小さなボートで、「問い」の大海原へと漕ぎ出す人。

あるいは、
ヘリコプターに乗って、もっと広い視野で世の中を俯瞰してみる人

もしくは、
小さな、あるいは大きな非日常の旅を終えて、
再び現実社会という陸地に、歩みを進める人。

その港町には安らげるカフェがあり、
つかの間の休息をとることができる。

また、ドラクエでいう「ルイーダの酒場」のように、
旅を共にする仲間に出会うことができる。

ツルハシブックスとは、
きっとそういう「港」のような場所なのだろう。

多くの大学生が抱えている漠然とした不安。
その多くは将来不安であると思う。

「将来不安」の要因は、
・未来がどこに進むかわからない。(未来不安)
・自分に力があるのかわからない。(自信不安)
・何を大切にしたらよいかわからない。(価値観不安)
のようなものであるのだろう。

親世代からは、
「安定していることが大事だ」
という価値観を伝えられている。

しかしそれは
「未来がどこに進むかわかっている」時代の
価値観であると僕は思う。

未来がある程度予測できる時代において、
安定していることはすごく大切だ。

しかし。
その時代こそが「特殊な時代」だったと言えるだろう。

未来が予測可能であった。
それは、
・製造業が産業の中心であり、計画的に生産できた
・人口が増え続け、購買する人たちが国内にいた
・会社はシステムとして、終身雇用・年功序列をつくりあげた。
この前提のもとにのみ、未来は(といっても4,50年の話だが)予測可能になる。

幸運にも、(いや不幸にも、と言ったほうがいいか)
大学生の親世代は、その時代しか生きていない。
だからそれが「常識」となっている。

しかし。
以上3つの前提は明らかに崩れ落ちている。
だからこそ、大学生たちは3つの不安を抱えているのだ。

「将来不安」を解消する方法、
いや、解消することは不可能であるから、
「将来不安」と付き合っていく方法として、
僕が考えるのは、

「やってみる」
そして
「ふりかえる」
そして「先人に学ぶ」
これ以外にないと思う。

とりあえずやってみる。そして振り返る。
この繰り返しの中で、スキルと感性を磨き、
自分は何を大切にしていくのか、つまり価値観を磨いていく。
先人に学ぶことで、世界観と歴史観を培っていく。

未来を予測することはできない。
パソコンの父、アラン・ケイが言ったように、
「未来を予測する最良の方法は、自ら未来を発明することだ」
とそんな時代を生きている。

いや、今が特別なのではなく、
いつも、そんな時代を生きてきたのだ。
人類の歴史上、そんな時代ばっかりだったのだ。

「やってみる」そして「ふりかえる」のためにできること。

それは、人に会うことであり、本を読むことであり、旅に出ることだと思う。
その入り口をツルハシブックスは作っているのではないか。

ツルハシブックスが本屋である理由。

それは、
本がヒントやきっかけを与えてくれるからであり、
本が人をつなぐからであり、
「本屋」という空間が居場所として魅力的であるからである。

そんな港町のような本屋を、つくっていくプロセス。
つくり続けていくプロセスこそが、
実は店員サムライたちにとって、最高の学びの場であり、
共感できる仲間との共演の場であるのではないか。

だからこそ、
ツルハシブックスには人が集い、
店員たちが輝いているのではないだろうか。

そんな港町のような本屋をこれからもつくっていこう。
  

Posted by ニシダタクジ at 07:36Comments(0)思い