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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2016年01月31日

その「誰か」が、この世界に一人でも存在するのなら、

昨日は、茨城大学学生地域参画プロジェクト
「現場から学ぶ茨城学~食で開こう地域のトビラ」
の最終回「干し芋フェス」でした。

大学1年生主体のチームが作り上げたイベント。
5回目でようやく参加することができました。
いや、ホント、すげーって。
かっこいいって。

「食」を通じて、地域と学生をつなぐ、
学生同士をつなぐ。
そんなコンセプトが具現化された素晴らしい企画でした。

以下写真

ひたちなか市出身シンガーソングライターlisaさんのオープニングライブ


lisaさんの同級生、響さんからの紹介


代表渋谷さんからの「食プロ」概要説明


1人目のゲストは、JA水戸組合長の八木岡さん


2人目のゲストは、干し芋農家の安さん


3人目のゲストは、カタリバいばらき準備室の鬼澤さん


トークライブの後のワークショップの説明をする豊大さん


干し芋や手作りのスイーツを食べながら交流

ここまで写真。

いやあ、考えられた設計になっています。
すごいです。

オープニングで盛り上げて、
トークライブで話を聞いて、
気軽なテーマ(今回はチャート式の占いでした)
でグループ分けをして、交流するというスタイル

初めて参加の人にも、
すぐに仲良くなれるような設計になっています。
食べながら交流するというのもすごいですね。

参加した学生によると、
「干し芋が食べたかった」人や
「新しい人に出会ったり、なんでもやってみたかった」人
など、さまざま。
これが「食」を通じたイベントの魅力だなあと。

一番すごかったのは、
休憩時間に説明された地域活動情報誌。
学生も参加できるゴミ拾いなどのイベントを
カレンダー形式で紹介するもの。
これは、なんとか継続していけるといいなあと。

まさに「開こう地域のトビラ」でした。
「機会提供」が詰まっていました。

トークライブも
たくさんのことを学びました。

~~~ここからメモ(自分の気づきをプラス)

八木岡さん
・茨城県は全国で1~3位の農産物が30種類もある
・天候のちょっとした変化で野菜の価格は跳ね上がる

・食育への取り組み
・味に感動してもらう
・来てくれた子どもたちを「お客さん」にしないでみんなでつくり上げる。
・食に興味をもってもらう

・直売所:PRだけではなくファンになってもらう。本物の味を届ける
・TPP:外国との価格競合問題ではない。「食」の問題。
・おいしいものを安心・安全に届ける

安さん
・ひたちなかのサツマイモ:デンプン含有量が多い=土がいい
・上手に加熱すると甘くなる

・「べにはるか革命」がここ数年起こっている
・たまゆたか:かむと唾液と混じってじわじわ甘みが来る 
⇒べにはるか:かむとドンと甘みが来る:食レポに向いている⇒広告向き

・寒くなると甘くなる:おいしくなるギリギリのところで貯蔵する。その手前でとめる
・さつまいもをふかすタイミング・温度:時間が早すぎたり高すぎるとデンプンがうまく糖に変わらない
・かわかす:天日乾燥は雨や気温により難しい。温度・湿度管理。

・昔は北関東でしかつくっていなかったが、今では宮崎・熊本も参入。
・つくれば売れるが、このままでいいのか?
・友産友消の時代:農業体験で友達になる⇒買い続けてくれる

鬼澤さん
・相手が自分のことを語りたくなるように語りかける授業
・地域の疑似体験。地域=多様な価値観を学校の中に。
・視野が広がった。自分に自信が持てた、という感想

・ちょっとグレている子も、「話を聞くこと」できっかけにならないか。
・自分、自分のチカラを信じる気持ち(自己肯定感)をはぐくむ
・対話の力×場のチカラ=カタリバ

・高校生の心に火を灯す:主体的行動のきっかけをつくる⇒ナナメの関係
・友達には人間関係の悩みを話せないし、先生や親には進路の悩みを話せない。⇒ナナメの関係
・タテでもヨコでもなく、少しだけ年上、ナナメの関係をつくる。

・半学半教:対話⇒対話とは、自分が学ぶこと
・カタリバではマネージャーも学生の3層構造になっている。
・未来はつくれる。自分の人生は自分でつくれる

~~~ここまでメモ

交流会では、聞いた話をもとに、
参加した大学生が安さんのところに
農業体験について話を聞きに行くシーンが見られました。

なんというか、感動したなあ。
いい「場」と「空間」だったなあと。
あれを公民館で作れるのだからすごい。
音楽の使い方も絶妙だった。
すげーって。

僕の仕事観を揺さぶられた「干し芋フェス」となりました。
思い出したのは、この本。


僕たちはこれからなにをつくっていくのだろう
(箭内道彦 宣伝会議)

広告とは?
を問いかけてくる熱い文章に胸が熱くなる。
この中の一節を思い出しちゃいました。

▽▽▽ここから引用

時代が変わり、人が変わり商品が変わり、
であれば広告も変わっていかなければならない。
これからそれがどう変わってゆくのかは、
当然僕には予測不可能。そしてあなたにも。

でもだから広告は面白い。
広告は時代を牽引するんじゃなく、
少しだけ遅れながらそれに追いつき続けようとする生物。

つねに自らの姿を変えながらの後出しジャンケン。
予測しても永遠に追いつけないのが時代。
流されながらも必死でついていこうとする
僕らの焦りの日々がきっと十年後も続いているはず。
この世界と僕らの命がもし仮にあるならば。

だからあなたにもあなたの「広告ど真ん中」がある。
君にも。

願わくば、命を懸けてほしい。
広告は、それに値して余り有る仕事だから。本当に。

広告は、誰かを救い、誰かを勇気づけ、誰かを幸せにする。
「誰か」という言葉の曖昧は好きではないが、
その「誰か」が、この世界に一人でも存在するのなら、
僕たちは今日も徹夜だ。人生のすべてを継ぎ注ぐ。

△△△ここまで引用

「広告」を「すべての仕事」に置き換えても、
きっとおんなじなのだろうと思う。
それを人は「誇り」というのかもしれない。

「干し芋フェス」
僕はあらためて仕事観を問い直された気がします。
渋谷さん、食プロのみなさん、ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:27Comments(0)学び

2016年01月29日

「?」が「!」に変わるとき

旅する図書館@SENJUPLACE


自分にとって本とは?本屋とは?
そんなテーマ。
SENJUPLACEは、センジュ出版が
手がける6畳のブックカフェ。
http://senju-pub.com/

2時間だけの図書館空間「旅する図書館」。
そんな「場」のミラクルを楽しめる時間となりました。

~~~ここからメモ

・なんかいいよね、禁止する。
・つくり手として、どういいのか?表現する

・本屋:目的に正面から向き合わない良さがある。
・向き合わない:そらしてくれる。そらす時も大事。

・本で読んだのと同じ場面を見た!「窓際のトットちゃん」
話を聞いてくれた。好きなことはいくらでも話せる。

・介護と不登校は似ている。
できないことが増えていく。それを受けとめられるか。

・ダイアログ療法
・ダヴィンチ:本を通じて人を紹介する。

・本のおかげで、これまで長いこと?だったことが!に変わった。
・センジュ出版のコンセプトは静けさとユーモア
・「静けさ」=内省、瞑想。「ユーモア」=笑い合い、シェアする

・本は将棋でいえば定石ですから。

・本も人も同じだ。
・人も蔵書のひとつ。
・本ではなく、本を通じて人に会える。それを本でシェアする。

~~~ここまでメモ

センジュ出版吉満さんと、
旅する図書館岡島さんが影響を受けた本。
6次元のナカムラクニオさんの
人が集まる「つなぎ場」のつくり方

僕も読んだなあ。
って検索してみたら
2013年12月に読んでました。
http://hero.niiblo.jp/e320709.html
(20代の宿題:2013年12月21日)

ブログを読み直すと、
今回の旅する図書館@SENJUPLACEの解説を見ているよう。

~~~ここから引用


場づくりにおいて大切なことは
「もしかして次に来た時には、
もうここはないんじゃないか」と感じさせるような
「一期一会の空間」をつくることだと思っています。

それこそが、どこでも買えない価値のあることなんだと、
みんなすでに気が付いているのではないでしょうか?


都市に必要な狭楽しい場づくりの3条件

1 茶屋的な情報交換の場
2 縁側的な縁結びの場
3 ちゃぶ台的な語りの場

~~~ここまで引用

うわ~!
そうそう。
そういうこと。

なんか、そんな時間でした。
僕にとってはまさに「?」が「!」に
変わる瞬間でした。

つないでくださって馬場さん、本当にありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:14Comments(0)

2016年01月28日

キャリアドリフトのゴールは、「お客に出会う」ということ

世の中には「キャリアデザイン」の
ほかにもさまざまなキャリア理論がある。
10以上はある。

しかしながら、日本で主に採用されている
「キャリアデザイン」は、目標設定達成型のキャリアスタイルである。

「キャリアデザイン」は
目標を決め、達成していくという
キャリアプロセスを踏んでいく。

この理論が機能するには、
前提条件が必要である。

1 最終目標に設定した仕事がずっと無くならない。
2 キャリアは「積み重ね」られていく。
3 効率化・合理性が機能する。

いま、何のために、これをやっているのか?
を問い続け、あらたに目標を再設定しなおす。
そんなことが必要である。

世間的な例でいけば、
プロスポーツ選手のように、
幼いころから、そのスポーツ一筋で
世界を目指して訓練するというのがそれに当てはまる。

一方でスティーブジョブズが言っているように、

「将来をあらかじめ見据えて、
点と点をつなぎあわせることなどできません。

できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。
だから、我々はいまやっていることが
いずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。」

というような考え方は、
クランボルツ博士の「計画された偶発性理論」、
いわゆる「キャリアドリフト」と呼ばれます。

ここで浮かぶ不安は、「キャリアドリフト」では、
後からつながるかもしれないけど、
本当につながっているのか?」と不安になることです。

僕は、キャリアドリフトのゴールは、
「お客に出会うこと」だと思っています。
ゴールといっても達成ではないのですが。

仕事の本質は、顧客を幸せにすることです。

その顧客とは誰か?
自分にとっての顧客とは誰なのか?
考えることです。

そのためには
数多くの「顧客候補者」に出会うことです。
あるいはそれは、
過去の自分自身なのかもしれません。

もしかしたら、
医者になりたいと志した少年は
幼いころ病弱で、優しいお医者さんに救われたかもしれない。

もしかしたら
いま国連で働いているお兄さんは、
幼いころテレビで見た紛争地域の子どもたちの映像に、
強く心を痛めたのかもしれない。

そうした過去の自分や自分の強烈な体験により何とかしたい
と思った人が、顧客として設定されます。

顧客さえ設定されてしまえば、
あとは彼らを幸せにする方法を考え、
それが金銭的価値を生み出せる仕事であれば
その仕事をしていくということです。

お客が設定された時点で
次の問いのステージに行きます。

どうやってそのお客を幸せにするか?

ドラッカー博士の言葉を借りれば、
「顧客にとっての価値は何か?」です。

僕の場合は、
悩める中高生にとって、学校の大人だけではない
地域の大人との出会いが生まれる場が価値があると
直感したのは2002年。

そこから9年の時を経て、
2011年にツルハシブックスをスタートするわけですから、

「価値」がなんとなく見えても、
何度も試行錯誤を繰り返していく、
「仮説」を立てて、実行してみる、そして振り返る。
つまりドリフトしていくということです。

そうやってだんだんと
自分なりに顧客を幸せにするための仮説が
見えてくる。

もちろん。
顧客は、変わっていくこともあるでしょう。

しかしそのときも同じプロセスを踏んでいくだけです。

行動し、顧客に出会う。
顧客にとっての価値を考え、実行してみる。

それを繰り返すことで、
天職という仕事に近づいていくのではないかと僕は思います。

天職という職業があるのではなく、
仕事の中には天職だと思える瞬間があるのだと
僕は思っています。  

Posted by ニシダタクジ at 06:09Comments(0)就職

2016年01月27日

未来は「対話」の中にある。



http://www.hakkutsu.info/

「暗やみ本屋ハックツ」とはなんだろうか?
と考えてみると、2つの活動が思い浮かぶ。
「まわしよみ新聞」と「まちライブラリー」だ



http://www.mawashiyomishinbun.info/
「まわしよみ新聞」は、
新聞を「ニュース・メディア」、つまり伝えるメディアから
「コミュニケーション・メディア」に変えた。
変えた、というか拓いた。



http://opu.is-library.jp/
「まちライブラリー」は、
図書館を「本を借りる場所」から、
「参加できる図書館」、つまり「コミュニケーション・メディア」に拓いた。

世の中が
「フラット」で「双方向」なコミュニケーションの場を求めている。

それは、なぜか。
それは決して、コミュニケーションがなくて寂しいから
だけではなく、
未来の種はそこにしかないからだと僕は思っている。

「目的最適化が唯一の答えではない」
(20代の宿題2012.9.19)
http://hero.niiblo.jp/e199120.html

「なぜ、ヨソモノ、ワカモノ、バカモノなのか?」
(20代の宿題2012.9.28)
http://hero.niiblo.jp/e200969.html

森田英一さんが語っているように
「対話」からしか、未来は生まれない。
と僕は思っている。

そしてそれは、
社会の未来だけではなく、個人の未来も同じだ。
未来の構成員はひとりひとりであるからだ。

そうだとすると、
中学生高校生大学生時代に必要なのは、
勉強だけではなく、「対話」の場だ。

「まちづくり」とは「まちの未来づくり」であると思うが、
同じように、
自分自身の未来づくりのためにも、
「ヨソモノ、ワカモノ、バカモノ」が必要だ。

まあ、ワカモノは、それ以下の世代はいないだろうから、
ワカモノをオジサン・オバサン・トシヨリに言い換えるのがいいだろう。

「ヨソモノ」
学校や塾といったいつもいるコミュニティ外の人と対話すること。
「オジサン・オバサン・トシヨリ」
文字通り、ちょっと上の世代や親世代以上と対話すること。
「バカモノ」
ちょっとこの人変わっているなあと思う大人・アーティストと対話をすること。

これらの人との「対話」から
拓かれていく自分自身の未来があると僕は思う。

きっと。
暗やみ本屋ハックツは、
「まわしよみ新聞」や「まちライブラリー」と同じように、
古本屋を「コミュニケーション・メディア」に拓いたのだろうと思う。

それは、中学生高校生こそが、
そのような「未来をつくる」対話の場を
切実に必要としている、と直感しているからだ。

未来は、自分や世の中のどこかではなくて、これからする「対話」の中にある。

それは
人との対話であり、
本との対話であり、
経済社会との対話である。

未来が生まれる「場」をつくり続けていくこと。
そこに本屋の使命があると思う。

ツルハシブックスはそろそろ、経済社会との対話を始めていこうかな。  

Posted by ニシダタクジ at 05:52Comments(0)日記

2016年01月26日

ガルパンは集客ツールではなくコミュニケーション・ツール

「茨城学」22日の講義は大洗町だった。
県内ナンバーワンの観光客数を誇る観光のまち、大洗。
その状況は東日本大震災で一変する。
海水浴客数が激減し、まちは打撃を受ける。

観光のまちは
宿泊者の食材提供やクリーニングなど
すべて町内の仕事に還元されてくる。

そこに飛び込んできたのが
大洗を舞台にした人気アニメ
「ガールズ&パンツァー」(通称:ガルパン)だ。

アニメを見た人が
いわゆる「聖地巡礼」にやってくる。

しかし、ガルパンは
東京圏だけでの放映であり、
まちの人たちは見たことがない。

役所は、この好機を、
まちおこしではなく、まちあそびの機会に、
と様々なことを行った。

キャラクターの等身大パネルを商店街の店先に置く。
ただ置くだけではない。

「大洗のことを知らない人ばかりきますから」
商店主に話しかけることを薦めた。
そしてキャラクターの基礎知識を伝えた。
そこで観光客との対話を生んだ。

行政主導ではなく、
まちの人が主導していくように仕掛けた。

そしてもうひとつ。
こういう話ならよくある「経済効果」
というのを大洗町では測定していないのだという。

それは「結局、数字かよ」
っていうような気にさせないためだという。

このような取り組みによって、
商店街に少しずつやる気と笑顔が戻ってきたのだという。

集客ツールではなく、コミュニケーション・ツール。
お客を数字ではなく、人として見る。

当たり前のことでありながら、
行政マンとしての矜持を感じさせてくれた
素敵な時間となりました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:05Comments(0)学び

2016年01月25日

余白をつくることでアップデートし続ける

水戸芸術館で十日町ブンシツ祭り。
ランチをごちそうになり、
青木淳さんの講演会を聞いてきました。

~~~以下キーワード

・アップデートし続ける
・つくる人と使う人が違う
・ワークショップには「ワークショップしたい人」しか来ない

・建物を日常的に使うのはだれか?
・サイレントマジョリティの意見が聞けない
・意見はないけど、こんなふうになったらいい

・ワークショップではなくヒアリング
・ブンシツ:空き家を借りて事務所をつくる
・通りから丸見え

・設計を現地で施工はだんだんとアップデートしていく

まちなかで
・だんだんつくる⇒入ってくる人がいる
・会議する場所としてよい:役場のブンシツとしても機能

・公共空間は余白が必要
・余白:目的のない場のこと:いろんなことができる

・ブンシツはカフェ・食堂・避難所になる
・まちのなかに余白をつくる

~~~ここまでキーワードメモ

なんか1年半前の
四万十の迫田さんと慶応大学の坂倉さんの
講演会を思い出すようなお話でした。

余白をつくる。
そこに参加の余地が生まれる。
「場」としてアップデートし続ける。

きっとそういうこと。
参加できる場。

そういう意味では、ツルハシブックスからコメタクへの
流れは、まさにそうなっている。

コメタクがそもそも、余白を体現している。

余白をつくり、参加してもらう。
それによって「場」は変化し続ける。

きっとそういうのが毎日を楽しくするのだろうな。

「コメタク」で日々を楽しくしたいね。  

Posted by ニシダタクジ at 05:55Comments(0)学び

2016年01月24日

平成に野山獄を再現する



朝活@上野公園スタバ
29歳のときに読んだ(当時は前・後巻だった)
原点、「小説・吉田松陰」を


早稲田の02cafeの10代向け寄贈本イベントの
後に古本屋散歩をしていたら見つけてしまった。
早稲田の古本屋街、すごくいいですね。

10代向け読書会って、
共感がすごいな、と。

その本を読んでなくても、
10代のときの話とか、
なぜ、その本を選んだのか、
というところに共感ポイントがあるのだなと。

「ハックツ」は、
コミュニティづくりや、コミュニケーション・デザインとして、
非常に優れたツールなのかもしれませんね。

そしてそもそも。
練馬の「暗やみ本屋ハックツ」とは、
「平成の野山獄」なのかもしれない、と。

黒船に乗ってアメリカに行こうとして
捕まってしまった吉田松陰は死罪を許されて
萩の野山獄に入れられます。

そこには、世間から厄介者扱いされた
囚人たちが一生出られない獄生活を送っていました。

そこで、松陰は驚くべき行動に出るのです。

俳句をやり取りしている2人に声をかけ、
獄内で句会をはじめるのです。

俳句をつくる、
ということは、自分と向き合うことです。

野山獄における生き方を発見することです。

松陰は言います。(まあ、小説なので実際語ったかどうか別にして)

「牢生活は暗いものです。
その暗い牢生活を、とにかく楽しいものにするためには、
なんでもやってみることが大事です。ぜひやりましょう。」

もしかしたら、現代社会とは、
巨大な野山獄なのかもしれません。
すべての組織や、経済社会さえも
野山獄なのかもしれません。

一定期間、あるいは一生出ることができない
獄の中で、どのように「希望」を生み出していくのか。

この野山獄のエピソードは、
学びあいこそが希望を生んでいくのだと教えてくれます。

僕がこの本を読んだのは2004年の春先でした。

すぐに山口・萩市に行き、
野山獄跡の前と松陰先生の墓の前で
手を合わせました。

「学びあいの仕組みで希望の灯を灯す」

あの日、出発した志が、
今のツルハシブックスや暗やみ本屋ハックツ、
そしてコメタクにつながっているのだと思います。

平成に野山獄を再現する。
これ、オンリーワンかもしれませんね。

一緒につくりませんか?  

Posted by ニシダタクジ at 08:58Comments(0)

2016年01月22日

気づかれずに世界をちょっとずつ変える

気づかれずに世界をちょっとずつ変えていく。
きっとそういうのがしたいのだろう。

だから、本屋を、古本屋を、そして米屋を
しているのだと思う。
アートとデザインとビジネスのあいだに
そんな場をつくろうとしているのだろう。

そこに「美しさ」を感じる人たちが
集まってきているのだろう。

新しい本屋さんには、
これをど真ん中においていこうかな。


「せかいでいちばんつよい国」(デビッドマッキー なかがわちひろ 光村教育図書)

世界を征服した王様と小さな国の話。
気づかれないうちに「文化」の力で、
その国を変えていってしまっている。

世界とはひとりひとりのこと。

そもそも「世界を変える」のは目的ではなく、
「世界」を構成する私たちひとりひとりが
生き生きと暮らせること、が大事だ。

そのための、ささやかな1冊の本と
そのための、小さな場をつくっていくこと。
日々の暮らしにちょっとした輝きをつくること。
そうやって世界はちょっとずつ変わっていくのだろう。

大きな課題に取り組みたくもなる。
でも。
僕たちには持ち場がある。
すごい少数のお客にしかサービスできない。

「ハックツ」は、
家賃がかからないのであれば、
全国どこでも可能な仕組みになっていこうとしている。
中学生・高校生の居場所づくりとして、画期的だと思う。

世界を、ちょっとずつ変えていく。
そのプロセスでの日々の「学び」が自分をちょっとずつ変えていく。

きっとそういうことを「美しい」と感じるのだろう。  

Posted by ニシダタクジ at 06:39Comments(0)思い

2016年01月21日

港町のような本屋

ツルハシブックスとは何か?
なぜ、若者が集うのか。
店員サムライが19人も集まるのか。
なぜ、本屋なのか。
何を目指しているのか?

言語化しなければならない。
僕の役割はそこにある。

平成の松下村塾。
(ホントは野山獄だけど。)

平成の野山獄。
獄のような世の中に学びあいという希望の灯を灯す。
これちょっと熱すぎるかな。

ツルハシブックスオープン当初、
2Fにはカフェがあった。

カフェCopoCopo。
Collaboration Port
の略称だ。
人とまち、人と人がコラボレーションする港。

「港」
ドラクエ世代だった僕の感性も手伝って、
お店のコンセプトとなった。

そしていま。
ふたたび「港」に戻っていくような気がする。

今度は、
ヘリポートを備えた港だ。

「日常」を飛び出て、
小さなボートで、「問い」の大海原へと漕ぎ出す人。

あるいは、
ヘリコプターに乗って、もっと広い視野で世の中を俯瞰してみる人

もしくは、
小さな、あるいは大きな非日常の旅を終えて、
再び現実社会という陸地に、歩みを進める人。

その港町には安らげるカフェがあり、
つかの間の休息をとることができる。

また、ドラクエでいう「ルイーダの酒場」のように、
旅を共にする仲間に出会うことができる。

ツルハシブックスとは、
きっとそういう「港」のような場所なのだろう。

多くの大学生が抱えている漠然とした不安。
その多くは将来不安であると思う。

「将来不安」の要因は、
・未来がどこに進むかわからない。(未来不安)
・自分に力があるのかわからない。(自信不安)
・何を大切にしたらよいかわからない。(価値観不安)
のようなものであるのだろう。

親世代からは、
「安定していることが大事だ」
という価値観を伝えられている。

しかしそれは
「未来がどこに進むかわかっている」時代の
価値観であると僕は思う。

未来がある程度予測できる時代において、
安定していることはすごく大切だ。

しかし。
その時代こそが「特殊な時代」だったと言えるだろう。

未来が予測可能であった。
それは、
・製造業が産業の中心であり、計画的に生産できた
・人口が増え続け、購買する人たちが国内にいた
・会社はシステムとして、終身雇用・年功序列をつくりあげた。
この前提のもとにのみ、未来は(といっても4,50年の話だが)予測可能になる。

幸運にも、(いや不幸にも、と言ったほうがいいか)
大学生の親世代は、その時代しか生きていない。
だからそれが「常識」となっている。

しかし。
以上3つの前提は明らかに崩れ落ちている。
だからこそ、大学生たちは3つの不安を抱えているのだ。

「将来不安」を解消する方法、
いや、解消することは不可能であるから、
「将来不安」と付き合っていく方法として、
僕が考えるのは、

「やってみる」
そして
「ふりかえる」
そして「先人に学ぶ」
これ以外にないと思う。

とりあえずやってみる。そして振り返る。
この繰り返しの中で、スキルと感性を磨き、
自分は何を大切にしていくのか、つまり価値観を磨いていく。
先人に学ぶことで、世界観と歴史観を培っていく。

未来を予測することはできない。
パソコンの父、アラン・ケイが言ったように、
「未来を予測する最良の方法は、自ら未来を発明することだ」
とそんな時代を生きている。

いや、今が特別なのではなく、
いつも、そんな時代を生きてきたのだ。
人類の歴史上、そんな時代ばっかりだったのだ。

「やってみる」そして「ふりかえる」のためにできること。

それは、人に会うことであり、本を読むことであり、旅に出ることだと思う。
その入り口をツルハシブックスは作っているのではないか。

ツルハシブックスが本屋である理由。

それは、
本がヒントやきっかけを与えてくれるからであり、
本が人をつなぐからであり、
「本屋」という空間が居場所として魅力的であるからである。

そんな港町のような本屋を、つくっていくプロセス。
つくり続けていくプロセスこそが、
実は店員サムライたちにとって、最高の学びの場であり、
共感できる仲間との共演の場であるのではないか。

だからこそ、
ツルハシブックスには人が集い、
店員たちが輝いているのではないだろうか。

そんな港町のような本屋をこれからもつくっていこう。
  

Posted by ニシダタクジ at 07:36Comments(0)思い

2016年01月20日

問いの海へ漕ぎ出す

「美術館の役割は価値観の確認と更新」

水戸芸術館の森山さんと
話していて、そんな言葉が出た。

問う、ということ。
問いの中に自分を置くということ。
それは、人に対して、開いているということ。

「大人になる」とは、
きっとそのプロセスの中にあること。

僕たちは、
「大人でなければならない」のではなくて、
「大人になり続けなければならない」
のではないか。

価値観を確認・更新しなければならないのではないか。

すべてのワークショップの中に
「あなたは何者なのか?」という問いが含まれている。

「少しずつ自由になるために」
森山さんが最初に参加したワークショップのタイトルだった。
問いを得て、問いの中に自分を置く。

そういえば昨日の「Change」でもプレゼンターの渡辺さんが言っていた。

「自分の頭で考えて実行できる人の連鎖がうまれ続ける仕組みをつくりたい」

そうそう。
考えて、実行して、振り返る
そうやって人生はつくられていく。

答えのある問いではなく、答えのない問いこそが未来だと思う。
キャリアの始まりは、答えのない問いを考えることだと。

いまこそ、
問いの海へ漕ぎ出そう。

そのための、地図や、コンパスや、オールとなるような
本を、本屋として紹介していきたい。  

Posted by ニシダタクジ at 07:16Comments(0)学び

2016年01月19日

答えのない問いかけをする

答えのない問いをする。

それがキャリア教育の出発点になるのだろうと思う。
キャリアに答えがないからだ。

答えのある問いではなく、
答えのない問いこそが未来だ。

「死生観」を考える
どう生きるか?において、
「死生観」「歴史観」「世界観」
が必要だと田坂広志先生も言っていた。

この中でもっとも育みにくいのが死生観であると思う。
人はいつか死ぬ。
それは明日かもしれない。

そうなって初めて、
どう生きるか?を考えることになる。

そんな時間が必要なのかもしれない。

哲学がなければ生きられない時代に、
僕たちは生きている。

いや。
実はそれは当たり前の時代であって、
だからこそ世の中には宗教が存在したのだ。

幸運にも、というか、不幸にも、というか
哲学なくても生きられない時代を、
この70年生きてきた。
もしかしたら150年かもしれない。

いや、それは、「日本株式会社」としては、
ひとつの宗教だったのかもしれない。
欧米に追い付け、追い越せ。
戦後の復興を果たす。

そういった共通の目標、あるいは思想は
宗教と同様に作用したと思われる。

いま。
その共通の目標は、もはやない。
つまり、通常に戻った。

ひとりひとりが自らどう生きるか?を問わなければならない。

「哲学」をひとりひとりが始めなければ生きられない。

そんな時代。
それは、つらい時代ではなく、
希望の時代の始まりだと思う。

希望は、考えることから生まれる。

答えのない問いにこそ、未来が広がっている。  

Posted by ニシダタクジ at 07:38Comments(0)学び

2016年01月18日

結果ではなく、結果から何を学ぶか

とある大学のプロジェクト型科目の報告会。

プレゼンテーション方式ではなく、
ポスターセッション方式が採用されていて、
参加した学生の話を直接聞くことができる。

国際理解のために、
留学生のためのガイドブックをつくったところ。

「最愛の1冊」というテーマで、
子どもと絵本の接点をつくったチーム。

プロスポーツ支援のために、
クラウドファンディングにチャレンジしたチーム。

自ら考え、実行する。
そんな姿に感銘を受けた。

以下、講評でのメモ

~~~ここからメモ

・課題の明確化と共有、そこに向かっていけたか。
・パネルのわかりやすさ=プロジェクト理解
・プロジェクトの目的がはっきりしていると論理的に説明ができる。
・事実を客観的に見る=過程が伝わってくる。

・PBLは看護:専門教育で始まっている
⇒教えることが明確
⇒教養になったらどうなるか?
⇒サボったやつは伸びない。

・人生の1ラウンドを終える
・成長はひとりひとりの中にしかない

・PBLは社会の仕事をつくる、ということを一足先にしている
・チームでつくる⇒チームで振り返る⇒個人で振り返る
・「起業したい」と思えるくらいのプロジェクトがつくれるか?

・「このグループに入りたい」⇒投票した
・ポスターセッション:共感者を集める行為

・やってみる⇒ふりかえる⇒結論OR仮説

・課題に取り組んで結果が出る。そこから何を学ぶか
・自己評価のチカラ。何を得たのか。

~~~ここまでメモ

なるほど。
たしかに人生に似ている。

「やってみる」
「ふりかえる」
「仮説を再構築する」
「やってみる」

人生はきっとその繰り返しだ。

プロジェクトには結果が出る。
その結果に喜んだり悲しんだり悔しんだり
することもいいだろう。

しかし、その結果から何を学ぶか。
その積み重ね。
それだけが人生を拓いていくのだとあらためて感じた。

このプロジェクトで
何を得たか?
何を学んだか?

まもなく年度末。
振り返りのシーズンを迎える。  

Posted by ニシダタクジ at 07:47Comments(0)学び

2016年01月15日

「ダサかっこいい」日常に「とりあえずやってみる」が生まれる

「おしゃれ」か「ダサかっこいい」か。
あるいは「ダサかわいい」か。

コメタクやツルハシブックスの
アイデンティティはそこにあるのかもしれない。

コメタク風に言えば、
「好き」と「隙」。

決して「おしゃれ」ではない。
「おしゃれ」方向に行きたいのであれば、
ふさわしい街がある。

新潟でいえば、上古町。
今は沼垂テラス、あたりか。
やっぱり新潟市の中央区のほうがおしゃれ感ある。
全国でいえば、表参道とか代官山とか。

「静かなる革命へのブループリント」
でのチームラボ・猪子さんの言葉

「実験的な試みをしている人たちは、
お金を稼げるか稼げないかの瀬戸際にいるわけで、
都心と郊外のエッジに集まるという構造が見てとれます。」

という
渋谷から代官山、中目黒、そして三軒茶屋と
面白い人たちが推移していったことを語る。

そういう意味では、
「内野」って面白いまちだなあと思う。
新潟市民からしても田舎だ。

そこには、「ダサかっこいい」と「ダサかわいい」
が存在している。

そしてツルハシブックスとコメタクも
まさにそういう存在。
イロハニ堂も洗練されたおしゃれというより、
アットホームな感じ。

そのメリットは何か。
1つ1つにクオリティやブランドを求めなくてもいい。
ということ。

たとえば、中学生がやる屋台に、
いちいち、プロのお菓子屋がレクチャーして、
すごいクオリティの高いものをつくって、
3,400円とかで売るのではなくて、

100円でいいから、自分のつくったクッキーを売ってみる
ということ。
そう、やってみなよ、って言える。

そういう意味ではツルハシのサムライたちだって
みんな本屋としては素人の集まりなのだから、
「自分たちもやってるから、君もやってみなよ」って
気軽に言えるところではないか。

つまり、
チャレンジが生まれる。

いやチャレンジという大げさなものではなくて、
「とりあえずやってみる」が生まれる。

そんな「日常」をつくっていく。
それが、価値なのではないか。

「おしゃれ」という洗練されたものとは違い、
「ダサかっこいい」からこそ対話が生まれ、
ともに創っていくことができる。

つくりたいのは、
最先端の流行ではなくて、
地を這うような日常の暮らしの豊かさ。

お客は、流行に敏感な20代女子ではなく、

「流行?へ~、いまこれ流行っているんだ?」
といってしまうくらいの地域のおばあちゃんだったり、
子どもたちだったりに囲まれたい、
中学生高校生大学生、そして20代社会人。

ダサかっこいい場だからこそ、
安心空間が生まれ、対話が起こり、そこから「とりあえずやってみる」
が始まっていく。

僕たちは、これから何を、つくっていくのだろう
という箭内道彦さんの問い。

いまなら、少しだけ答えられる。

流行じゃなく、文化を。
おしゃれではなく、暮らしを、日常を。

そんなことを創っていきたい。



九州のみなさん。
日本の宝を新潟でしばらくお預かりしています。
ありがとうございます。  

Posted by ニシダタクジ at 06:43Comments(0)学び

2016年01月14日

あなたの本がハックツされました

練馬にある「暗やみ本屋ハックツ」。

毎月第1土曜日にオープンしている
10代限定の古本屋さん。
置いてあるのはすべて地域の人から寄贈された本。

僕も数冊の本が
ハックツに眠っている。

新潟の「地下古本コーナーHAKKUTSU」
から進化したのが、
ハックツされるとメールが届く、というもの。




今回ハックツされたのが
高橋歩さんの「夢は逃げない 逃げるのは いつも自分だ」
素敵な言葉集です。

セカオワが「プレゼント」を歌うのもいいけど、
生身の大人として、
中学生高校生に手紙を届ける本屋もいいよね、と。

そこから始まる何かがあると思っています。

暗やみ本屋ハックツへの寄贈本はこちらから。
http://www.hakkutsu.info/  

Posted by ニシダタクジ at 07:17Comments(0)日記

2016年01月13日

自信をつけるには

理系の学生は教員の技術力を見ている
文系の学生は教員の人間力を見ている
そこで尊敬するに値するかどうか、判断している。

とある先生の言葉。

そして、人間力がいちばん試されるのは、なんと、
麻雀の舞台だったという。

なるほど。
そうなのか。
いつまでも人間力を磨かないとな。

新年のキーワードは2つ。
自信を持つ、持たせる。
そして
社会に対して希望を持つ。

そこで自分自身のスタンスをあらためて
明らかにしておく。

「自信がない」は後天的に獲得した資質である。
http://hero.niiblo.jp/e459844.html
(2014.12.29「20代の宿題」より)

ここから出発していこうと思う。

「自信がない」のがデフォルト(初期状態)ではなく、
もともと自信はあったのに、
「自信がない」を上書きしているだけだ。
そうでなければ、自転車に乗れないはずだ。

「やればできる」わけではないけど、
「やればできる」かもしれない。
だから、やってみるしかない。

その地平に立てるかどうか?

自信がないから、自信をつけるためのチャレンジする、のではなく、
気がついたらチャレンジしていた。
そんな風に場を設計できるかどうか。

その立ち位置から出発しよう。

志を持って、目の前にいるお客に、声をかけていこう。  

Posted by ニシダタクジ at 06:38Comments(0)日記

2016年01月12日

なぜ、これがアートなの?

水戸芸術館で1998年に行われた
「なぜ、これがアートなの?」展。

アメリア・アレナスの
同名の書籍の出版を機に行われた。

これは面白いなあ。
現代アート入門。

こういうのを触れているかいないかで
人生は変わるだろうなあと。

その記録集
「なぜ、これがアートなの?」


「すべてのドアは、入り口である~現代アートに親しむための6つのアクセス」
(原田マハ×高橋瑞木 洋伝社)
水戸芸術館で買おうと思っていたので、この本も購入。

現代アートとは何か?

これは僕が昨年のアエラ新春号を見て、
「リレーショナル・アート」というジャンルを知り、

9月に現代美術家の北澤潤さんに出会って、
やっぱり「ツルハシブックス」や「ハックツ」って
現代アートかもなあと。

北澤さんには、
「アートとは、当たり前だと思っていることに問いを灯すこと」
だと教えられ、
ハックツはまさにそうだなあと。

いや、ツルハシブックスの存在そのものが
壮大な問いなのではないか、と思う。

ビジネスとアートとデザインのあいだ。
そこに本屋をつくっているのではないかと。

なぜ、ツルハシブックスがアートなのか、
説明できるようになりたいと思い、
今から読みます。  

Posted by ニシダタクジ at 07:31Comments(0)学び

2016年01月11日

これからの成人式

本日、1月11日。
成人の日。

その日を前に昨日、成人式が各地で行われた。
(飲み会があるから翌日も休みの日に設定?)

毎年ニュースになる成人式での新成人の振る舞い。
水戸市の成人式でも警察官20人が駆けつける騒ぎになったという。

そもそも、成人式の意味、意義とはなんだろうか?

もはや、飲酒解禁の儀式でしかない。

あるいは、市場にとっては、和服や美容院、
あるいは同窓会をするための宴会場や居酒屋は、
有数のビジネスチャンスなのかもしれない。
クリスマスとバレンタインデーをつなぐ、稼ぎ時なのかもしれない。

成人式に出て、(それが要因で)
「大人になった」と自覚する新成人が全国で何人いるのだろうか。
もしかしたら、新成人代表スピーチをする人はそのくらいあるのかもしれないが。

年齢が20歳に達しただけで、
「成人する=大人になる」はずがない、と心の中でみんなが思っている。

そもそも、成人式とはいつから始まったのか、
というと、1946年に埼玉県の蕨で行われた青年祭を起源に、
1948年に施行された祝日法により1月15日が成人の日となって
各地ではじまったものだという。
ということは、わずかに70年。
もう、いいんじゃないか、と思う。

その代わり、「これからの成人式」を
ツルハシブックスと僕は売ろうと思う。

昨日は北茨城市五浦に岡倉天心先生に会いにいってきた。






明治時代の富国強兵・殖産興業の西欧化一辺倒の流れの中で、
彼が表現したかった世界観とはいったいなんだろうか?

世界とどう対話するか?
宇宙とどう対話するか?
自らの人生とどう対話するか?

そんな問いが生まれた。


岡倉天心が釣り船に揺られながら感じているのは、
「永遠性」と「絶え間ない変化」という宇宙の本質であったという。

彼が茨城県五浦で、表現したかったもの、
世界に伝えたかったこととは、いったいなんだろうか?

そしていま、自分は、
どう自らを表現し、どう生きていくのか?

そんなふうに思った。

このことは、大学生が心の中で思っている「問い」
に近いのではないか。

五浦に岡倉天心に会いに行くということは、
「これからの成人式」になりうるのではないか、
と僕は思っている。

成人式とは、1日限りのものではなく、
根源的な問いが始まるということ。

「幸せとはなにか?」
「豊かさとはなにか?」
「自分の役割とは何か?」

そんな問いが始まり、
そこに一定の答えが出ること。

それが「成人式」ではないかと思う。

つまり、成人式とはその日1日のこと、あるいは式典のことではなく、
成人式期間という問いを考える期間のことをこれからは指していくのではないか。

ツルハシブックスは、そして僕は、
「これからの成人式」を売る人になる
というミッションがあるのではないかと。

「これからの成人式」とは、
「成人式期間」の入り口を作る、ということ。

それはもしかしたら、
「本を読む」ことからもしれないし、
「人に会う」ことからもしれないし、
「旅に出る」ことかもしれない。

あるいは、
「何かをやってみて、失敗しながら実現していく」
というプロセスなのかもしれない。

そんな風に、その人が
「成人式期間」に突入するきっかけをつくる、
そんなことを始められるのではないかと。

そして、この「成人式期間」は、
実は20歳だけではなくて、

「本当の豊かさとはなんだろうか?」
とか
「本当の自分の役割ってなんだろうか?」
という問いにいたったら、何歳からでも、
(僕もいま、そんな状況にあるが)

ふたたび「成人式」が始まるのではないかと思っている。
ツルハシブックスは、そんな存在になりたいなあと思う。

成人式期間に突入するのような
問いが生まれる機会をこれからもつくっていこうと思う。

岡倉天心先生が波に揺られながら感じていた
「永遠性」と「絶え間ない変化」
それは宇宙そのものだし、人生そのものだと感じた。

茨城県北茨城市五浦。

聖地、誕生。

なんだかうれしい1日になりました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:20Comments(0)アイデア

2016年01月10日

書き初めしていきませんか?

「書き初め」
なんだか、なつかしい響き。
昨日は、暗やみ本屋ハックツの営業日でした。

昨日から、ブックスタマの裏手にある
地域集会所の部屋を借りられることになり、
そちらをもうひとつの拠点として、
利用しています。

昨日の企画が「書き初め」。




中学生スタッフのちゆきちゃんをはじめ、
楽しんで書いていきました。

そして、ハックツにきたお客さんにも、
「書き初め、していきませんか?」
と聞くと、ほとんどの子はしていきました。

書き初めって
なんだかいいですよね。
1年の抱負を書く、みたいで。

日本人っぽいなあと。
(これ、教育の賜物でしょうか?)

その人の書く内容と文字そのものによって
その人のことがすごくわかるなあと。

ちなみに僕は
「グッドデザイン賞2016」をはじめ、
欲にまみれた書き初めをしましたとさ。

「書き初め」は、
コミュニケーション・デザインとして
非常に優れているなあと思いました。

世代を超えられる対話の場がそこにはありました。

企画してくれた原さん、ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:47Comments(0)イベント

2016年01月09日

「肩書き」から出発しない

「肩書き、要るかなあ?」

新しくつくる名刺の肩書きを考えていて、
友人から言われた一言。

衝撃。

肩書き、要らないのか。

これが実にタイムリーで、
昨年末から、「なにものでもない」が
テーマだったし、

それが
「成人式」の始まり、であるし。

自分自身もまた、
その「なにものでもない」
から始まるものにワクワクしている。

大学3年生のときに初めて作った名刺は
「代表」という肩書きだった。
有機農業研究会STEP。
大学の中で畑をやるサークル。

それ以来、
名刺の肩書きはひたすら変わっていった。

そう。
「肩書きからスタートする。」って思っていた。

「ライター」って名刺をつくれば、
書く仕事が来るし、
「デザイナー」って名刺をつくれば、
デザインの仕事が来るって思っていた。

でも、もう、いいのかもしれない。

なにものでもない。
それは、なにものでもなれるということ。
一緒につくっていくということ。

それは「劇団員」にニュアンスは近いのかもしれないけど。

「なにものでもない」という
今の気持ちを表しているのかも。

「肩書き」から出発しないプロジェクト、
始めてみようっと。  

Posted by ニシダタクジ at 05:53Comments(0)学び

2016年01月08日

「ぶれない」よりも「ぶれる」人間でありたい


「じぶんの学びの見つけ方」(フィルムアート社)

たしか、上田のnabo.で買ったような。
積読でたまに読むと、タイムリーな本に出会う法則。

78ページから始まる
夏葉社の島田潤一郎さんの「アマチュア」という学び。

素敵だなあ、島田さん。

島田さんは2009年、吉祥寺に
一人出版社「夏葉社」をつくり、「本屋図鑑」など
チャーミングな本をつくっている。

そんな島田さんの「アマチュア」という学び。

~~~以下一部引用

編集した経験がないまま、
思いきって夏葉社という出版社をはじめ、
今年2014年で5年目になります。

これまで11冊の本をつくりましたが、
ノウハウといったようなものはほとんどありません。
どんなに上手くいったとしても、
できるかぎりその経験を忘れようと意識しています。

なにかを知っている、
という意識でものづくりをするのは、
ぼくには危険なように映ります。

本当なら見えてくるはずの様々な可能性を、
自分の乏しい経験によって閉ざしてしまうような、
そんな気持ちがするのです。

ぼくがアマチュアだったからこそ、こんな不思議な本を
つくることができたのだと思います。

ゼロからできあがった本のほうが、
いいものに仕上がるように感じています。
(売上という点でもそうです)
そこには予定調和的な要素が少なく、
人の匂いを感じさせるようなあたたかみがあります。

そうではなく、自分の既知の範囲で、
あらたに学ばないでつくった本は、
大量生産型の商品に近いものになっていくように思います。

つねにその「なにも知らない」状態に自分を持っていくことで、
本づくりの可能性は全方位に開かれていくような気がします。

可能性は自分のなかにはない

読書はインプットではなく対話

若いころのように、いろんなものに
影響を受けることはなくなってきました。
それはよくいえば成熟ですが、悪くいえば老いです。

ここ数年、「ぶれない」という言葉が、
いつのまにか人を評価するときの最大の賛辞のひとつに
なっていますが、10年以上前は「ぶれる」「ぶれない」
の二項対立で人を評価することはありませんでした。

ぼくは考え方がどんどん変わるほうに、むしろ未来を感じます。

「ぶれない」でいようとすると、
話すことも、本を読むことも、やめてしまうような、そんな気がします。
身構えるような姿勢でものごとに接している態度は、
「学び」とまさに正反対だと思います。

~~~ここまで引用

なるほど。
読書は対話なんですね。

アマチュアであること。
なにものでもないこと。
ぶれつづけること。

きっとそういうことなのだろうな、「学び」って。
すごくいいなあと思います。

「ぶれる」「ぶれない」の話が
ここ10年、クローズアップされてきた要因のひとつに、

2002年の
「13歳のハローワーク」「世界で一つだけの花」ショック
が挙げられると思います。

ダブルミリオン(200万部&200万枚)のセールスを
記録した文字通り化け物のような1冊の本と1冊のCD。

これが不幸にも同時期に重なったこと、
あるいは時を同じくして、「キャリア教育」
という名の「職業適性教育」「早期夢確定教育」
が盛り上がってきたことが挙げられるのではないかと思っています。

世の中には、こんなにも職業がある、
だからあなたにも向いている仕事(天職)がきっとある。

あなたは世界でたった一つの花なんだ、
オンリーワンなんだ、そのままで素晴らしいのだ。

それぞれのメッセージは、
その通りなのかもしれないけど、
これといわゆる「職業適性教育」が合わさることで、

あなたにもオンリーワンの天職があり、
それを早期に発見することが、
キャリア形成の「唯一の」方法である。

という認識につながってしまったのではないか。

イチローや石川僚、本田圭佑の
小学校の時の作文を見せられ、
「早期に夢を決めて、そこに向かって
ひたむきに努力を続ければ、夢は叶う」
という教育を受け続ければ、
「ぶれない」ことに価値があるように思ってしまう。

しかし。
変化の激しいこの世の中の中で、
「ぶれない」ことはどれほどの価値を持つのだろう?

僕は、島田さんの言うように、
「アマチュア」であることを忘れず、
「ぶれない」よりも「ぶれる」人間でありたいと、
本を読み、人に会い、旅を続ける人間でありたいと思います。  

Posted by ニシダタクジ at 07:15Comments(0)