プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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オーナーへメッセージ

2018年01月15日

「ベクトル感」を感じる

福島・白河
コミュニティ・カフェ EMANON

NO NAME
「名もなき」
を逆にして、EMANON
エマノン。

素敵なセンスだなあ。

昨日は
オーナーの青砥和希さんと
青砥さんの妹でシェフの青砥侑紀さんに
ロングインタビューをしてきました。



青砥兄妹と。


青砥侑紀さん。

おもしろい。
11月に初めて会った時から、
この人、すごいなって直感して、
「インタビューに来ます」って言ったので
それを果たしに来ました。

侑紀さんは大学を休学中で
2年前のエマノンのオープンした直後から参画。

子どもの頃は絵を描いていて、
マンガ家やイラストレーターに
なりたかったのだという。

ところが、中2の時に
妹が同じように絵を描くようになって
そのほうが上手に見えたので、
やめようと。
で、料理の方向へ。

子どものころから、
母の仕事の帰りが遅いことが多かったので
家族の食事を小学校6年生の頃からつくっていたという。

そんな侑紀さんがお菓子作りをしようと思ったのは、
妹がつくるクッキーがあまりにも
おいしくなかったので、
「そんなわけねーだろ。ちょっと作らせろ。」
ってレシピを見ながら作ったのが最初だった。

人に食べてもらうなら
クオリティの高いものをつくる。

これはきっと侑紀さんの美学なのだろう。

バレンタインデーのいわゆる「友チョコ」として、
チョコを溶かして固めただけのお菓子を配っている
学校の友達の感覚が理解できなかったという。

そう言えば、和希さんも、似たようなところがある。

カフェをできるだけDIYでつくる、
ということにしたけど、
ベースになるようなところは、
プロにお願いした。

和希さんが言うには、
「みんなでやる」っていってよくないものが
出来上がるくらいなら、プロフェッショナルに頼んだほうがいい。

「みんなでやる」ことそのものに
重きを置きすぎない。

兄妹の美学が少し似ているなと思った。

高校に進学した侑紀さんが、
部活代わりにやっていたこと。

それは
「女子高生×白河ラーメン 制服食べ歩きスタンプラリー」
だった。(仮 笑)

バスと徒歩を駆使して、
ラーメンマップに掲載されている全ての
ラーメン店に行くという謎の行動。

もうひとつが「プリン研究家」
お菓子屋やコンビニで発売されている
プリンを全種類食べつくす、というもの。
毎週火曜日の新商品の発売時には、
すべてのコンビニをハシゴする日々だった。

すごい。
徹底的にやる人だったのだ。

そんな日々侑紀さんが手に入れたもの。
それはなんと「家」だった。

白河で住む場所を探していたとき、
行きつけの蕎麦屋(女子高生が行きつけってすごい)
のマスターが、ココの3F、使っていいよ
って言ってくれた。

いまもその場所に住みながら、
エマノンに通っている。

高校3年のとき、料理の道に進むことを決意し、
料理の専門学校へ進学。

ところが、思っていたのと違い、つまらなかったのだという。
4月にはもう、何しに来たんだろうって思っていたのだという。
そんな侑紀さんに天気が訪れる。

フラッと目に入った
世田谷の家の近くのフランス料理店。
店に掲げられた青いユリの紋章にも惹かれた。

料理も見た目も味も素晴らしくよかった。
思わず、会計の時に言ってしまった。

「あの、ここでバイトしたいんですけど」
コワモテのシェフが答えた。
「わかった。明日から来い」
そこから始まる血のにじむような日々。

10年以上、店をひとりで切り盛りするシェフは
厳しかった。毎日のように怒鳴られていた。
黙っていると怖いので、毎日、
話すことを考え、メモしていったのだという。

3月、侑紀さんは専門学校をやめ、
店に集中することになる。
学校よりも店での日々を選んだのだった。

朝7時に来て、併設のパン屋さんのパンをつくり、
昼の仕込みをして、ランチ、
夜の仕込みをして、夜の営業。
家に帰るのは深夜1時くらいだった。

でも、やめなかった。
ひたすら続けた。
何かがあると思ったからだった。

侑紀さんは言った
「1度も同じまかないを食べたことがない。」

すごいな。
それ。やめるまで、
600日くらいは食べてるはずなのに、
一度も同じものを食べていない。

意外にシェフはツンデレで、
「お前にしかこの肉は食べさせないんだから」
とか言ってくるんだって。不器用だなあ。笑。

やめてから、受験勉強をして、大学生になったが、
1年目でどうも暮らしが合わずに、もやもやしていたところに、
兄に声をかけられ、2年間エマノンのシェフをしている。

エマノンにいると
本当に面白い人たちに会えるのだという。

エマノンは、2015年11月に動き出した。
最初は単なる空き家があるだけだった。

白河駅前に高校生も立ち寄れるような拠点を
つくりたいと考えた青砥和希さんは、
1枚のチラシをつくった。
それを高校の正門前で手配りした。

「はじめまして。これからはじめます」
的なチラシ。

第1回目のミーティングは
予定地を見せたあとに、市役所でミーティング。
15名くらいの高校生が集まった。

「困っていることを教えてほしい」と
高校生に聞いた。

クリップボードを使って、こういう感じで、遊び心をくすぐる。


そのときは、内装について、ではなく、
運営方針について、この方向性でいいのか、
を確認するための調査的な意味合いが強かった。

「工事手伝ってくれる人募集」で
高校生がやってきた。
「なんか面白そう」が動機だった。

2015年12月26日のオープニングパーティーにはたくさんの人が来たけど、
まだ全然工事は終わってなかった。

2016年3月4日に正式オープン。

高校生は会員登録すると
「自習室」的に使うことができる。

これは、無料で来てほしいという和希さんの思いと、
ある程度の緊張感を保つためにした仕組みだった。

登録のときに、
名前、連絡先などを記載してもらうし、
カードにも名前が書いてあり、
カードを毎回確認することで、
お店側は名前がわかるし、迷惑行為の防止になる。

靴を脱いで上がるスタイルは、
オイルを塗ったら、靴で上がるのが
もったいなくなったのと、
2Fも使ってもらいたかったので、
その流れをよくするためだった。


高校生向けのライター講座を行い、
フリーペーパーを発行した。

その時にはもう、初期のメンバーは、
誰かしらイベントにいるようになっていたので、
人を集めるのが楽になっていたという。

そっか。
もはや部活みたいになっていたんだな。

とまあ、エマノン兄妹のストーリーはこんな感じ。

今回、僕が聞いていて、出てきたキーワードは、
「ベクトル感」だった。

みんなでテーブルをつくるときは、
若手だが本物の家具職人を呼んだ。

まだ20代なので、
会社の中で自分の好きなようにはやれないが、
こういう場所での経験が生きてくる。

侑紀さんだってそうだ
「自分の店」という意味では初めてのことだ。
「やったことがない」
それが始める理由なんだ。

そして、ここからは僕の仮説なのだけど、
高校生にとって大切なのは、

「ベクトル感を感じること」
なのではないかと思う。

「ベクトル感」とは、
この人は、この方向に向かっているんだな
と感じること。

家具職人の若手職人にも
侑紀さんにも、それがあった。
もちろん、和希さんにも。

エマノンとは、
そういう「名もなき」若者が、
それぞれの方向へのベクトルを持ちながら、
実験的に何かをやってみる、という場所なのだ。

そしてそれが高校生にとって心地よい学びがあるのではないか。

あらためて、
「目標」の意義について考えさせられた。

学校で行われているキャリア教育は、
「到達点」を見せようとしていないだろうか?
「目標」を持たせるために。

「目標」は本当に必要なのだろうか?
方向性、つまり「ベクトル感」だけがあればいいのではないか。

「ようこそ先輩」に出てくるような
超一流のプロフェッショナルは、
到達点としてのスキルと、
これから進んでいくベクトル感を
両方持っている人なんじゃないか。
だから子どもは惹きつけられるのではないか。

目標より、
到達点より、
方向性、
ベクトル感を共感し、場を共有すること。

そういう場が高校生に必要なんじゃないのか?

そんな熱い問いをもらったインタビューになりました。

ひとまず、現場からは以上です。

最後に、侑紀さんがつくった自然薯のティラミスを。




  

Posted by ニシダタクジ at 08:40Comments(0)

2018年01月14日

「主人公になる」本屋という場をつくる

山形市・郁文堂書店でイベント





本の処方箋もやりました。


そしてオーナーの原田さんの
手作りの漬物と煮卵。
日本酒飲みたくなった。(笑)







僕は昨年9月、東北ツアー中に郁文堂に立ち寄り、
原田さんに会うことができた。

そして今回、
郁文堂書店プロジェクトをすすめてきた
追沼さん、芳賀さんに会いにやってきたのだった。

郁文堂書店復活プロジェクト。
それはかつての「郁文堂サロン(本屋サロン)」の復活だった。
山形市七日町、山形市の中心部に位置するこの場所は、
役所も近くにあり、たくさんの人たちが交わる交差点だった。

そんな中にあった、郁文堂書店。
現オーナーの原田伸子さんに聞くと、
そこは昔、サロンのようだったという。
サロン、それは情報交換の場。
「生きた」情報が飛び交う場だった。

東北芸術工科大学の当時3年生だった追沼さんと芳賀さんは
この物件に出会った。
斉藤茂吉や司馬遼太郎、井上ひさしも訪れたこの場所は、
すでに閉じてから10年以上の月日が流れていた。

山形ビエンナーレに合わせて、
1日だけのイベントを開催。
100名以上の来場者が集まり、
そこから郁文堂は再生へと歩き始める。

クラウドファンディングで資金を調達し、
「知識の本棚」などを開設した。

僕が9月に行って、
一番びっくりしたのは、
原田さんがそこにいたことだった。

「商売はよ、ここ、ハートだがんな」(2017.9.25)
http://hero.niiblo.jp/e485890.html

原田さんは
その場にいた全員分のお茶を入れ、
おしぼりを出してくれた。
そして、漬物も。

「何十年も前から、そうやってやってきた」
って笑った。

衝撃だった。
それまでの僕は、
「リノベーション」って、古い建物の雰囲気を生かしつつ、
いまの時代に合わせて新しくつくりかえることだと思っていた。

そうじゃない。

リノベーションは、その土地や場所に息づく継ぎたい何か、を
どのように継いでいくかの方法論として改築や新しく何かをつくること
なんだって思った。

郁文堂書店プロジェクトが継ぎたいもの、残したいものは
「郁文堂サロン」と呼ばれていた文化だった。

昨日、原田さんが言っていた。

「ここにくれば、誰かに会える」
と言って人は来たのだという。

えっ。それって、2014年2月のソトコトで
ツルハシブックス店員だった野島萌子が言った言葉だ。

そっか。
本屋っていうのは、そういう空間なんだ。

偶然性というか、予測不可能性というか、
そういうのを求めて、人は本屋に足を運んだんだ。
本との出会い、だけではなく、
それと同じくらいの人との出会いが
郁文堂サロンにはあったのだ。

ツルハシブックスのキャッチコピーは、
「気がついたら私も、本屋という舞台の、共演者になっていました」だ。
(少し長い)

郁文堂サロンもきっとそんな機能だったのだと思うとうれしくなってきた。

そして、電車の中で読んできたこの本とリンクしてるなあって。

「コト消費の嘘」(川上徹也 角川新書)

おととい、水戸で川上さんのトークイベントがあり、購入。



この本がめちゃめちゃ問いに詰まっていて、
ドキドキしながら読み進めたら、
昨日の山形行きの電車の中で読み終わってしまった。

柴咲コウさん風に言えば、
「頷きながら、一気に読みました」となる。
(某映画化されたミリオンセラー小説のマネ)

モノではなく、コトを。
外国人観光客に、コト消費を。
それ、本当に継続した売り上げにつながってますか?
って。

コト消費ではなく、
コトとモノがつながったコトモノ消費へ
もっと言えば、人にフォーカスした「モノガタリ消費」へ

川上さんって、「ストーリーブランディング」を売っているというより、
「あなたの物語はなんですか?」っていう問いを売っているんだなって。
素敵な仕事だ。

川上さんによれば、ストーリーブランディングの手順は以下の通りだ。
1 ヒストリーを聞き出す。(会社・個人)
2 ビジョンとキャラクター設定を考える
3 川上コピー(旗印)を決める
4 三本の矢(志・独自化・エピソード)
5 川中・川下の言葉やアイデアを出す
6 川上コピーを発表する
7 社内浸透と社外アピール

ここでポイントは3の「川上コピー(旗印)」を決めるということころ。

川上さんは、
「過去」と「未来」を融合して旗印を掲げ物語の主人公になる。
と説明する。

過去のストーリーと未来のビジョン、そしてキャラ設定。

会社も、個人も、商品も、「主人公」化するということ。
ここが本書の大きなポイントだと思った。

このあと本書では、台湾の宮原眼科というお菓子屋さんの事例が
出てくるが、これが圧倒的にすごい。
建物、お客さん、従業員、商品、最後に企業を
主人公にしながら、お菓子を売っている。

これは、昨日の郁文堂書店にも当てはまる。
建物や、原田さんや、原田さんがつくってきた
郁文堂サロンの物語が人を惹きつけている。

そして、この文にシビれた。

「物語の主人公になって商売をする」と一度決めたら、ゴールはありません。
あなたのお店が主人公であり続けるには、
常に「未来のビジョン」に向かって進んでいく姿を、
観客(顧客・見込み客・消費者)に見せ続ける必要があるからです。

いいな、そうそう。
そんな商売をしていかないとね。
お客と高めあえるようなお店をつくること。
それが商売の醍醐味だよなあって思った。

そして、昨日もイベント前にやっていた、
本の処方箋でも、人生に悩む人たちが集まってきていた。

「ここに来れば誰かに会える」
それがサロンの役割だったのではないか。

そして、その「出会い」が起こったとき、
人生が動き始める。

それは、その人が人生の「主人公」へと
変わった瞬間なのではないのか。

本来、人は、人生の主人公だ。
日々を過ごしていると、それを忘れてしまう。

本屋での本との出会い、人との出会いが、
人生を少し動かす。

いや、気がつかないうちに、
人生が動いている。

たぶん、本屋が提供する「機会」は、
そういう機会なのだろう。

気がついたら、人生が動いていた。
気がついたら、共演者になっていた。
それは、その人が人生の主人公になる瞬間、

山形・郁文堂書店が売っているもの、
僕がツルハシブックスで売りたいものは、
そんな瞬間なのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 08:52Comments(0)イベント

2018年01月10日

「哲学」のある人、「哲学」のある場所

「哲学」のある人って
かっこいいなって思った。
そんな人にたくさん出会った。

津屋崎、暮らしの問屋の古橋さん。
暮らしに「問い」を投げかけること。
そんな場づくりがコメタクと似ているなと感じた。

西戸崎、ナツメ書店。
平日朝7時から9時と14時から21時オープン
っていうのが気になって、いってみた。
「朝7時から、文化的な何かを感じる暮らしっていいんじゃないかなと」

そして、その後、
那珂川町のこととば那珂川の坂口さん。
いちばんビックリした。
感覚似てるって。

坂口さんのやってる塾の取り組みについて。
コミュニケーション・デザインが詰まっているなって。

何より、
あふれ出る、「哲学」あるなと。

坂口さんにかかれば、
学校の勉強そのものも、
「哲学」にそして「リベラルアーツ」に化けてしまう。

「数学とは何か?」
っていう問いを考える塾、すてきだなと。

数学に限らず、サイエンスの始まりは、
「わからないこと」に向き合った結果だっていうこと。

「わからないことをわかるようになった」
宇宙の法則を見つけた。
これはロマンだよね。

一方でアートは、
「わからないことをわからないままで表現していくこと」
あるいは仮説を提示していくこと。

「わからないこと」が出発点になっているという意味では、
アートとサイエンスは同源なんだな、って思った。

そんな風に世の中を見れば、
勉強ってもっとワクワクしてくるんじゃないかな。

法則性の発見だし、歴史の発見の連続だし。

坂口さんは子どもたちにたずねる
「それって本当に苦手なの?」
って。
先生が嫌いなだけじゃないの?って。

思えば、苦手科目とかっていう言葉は、
先入観を植え付けるよね。

「数学が苦手だから、文系です」とか
みんなあたりまえに言ってるけどさ。

中学レベルまでは、
一定レベルの「教養」なんだよね。

すべてが、
自由のための学問「リベラルアーツ」
になり得るんだよね。

そんな風に思って勉強と対峙したほうが、
日々とっても楽しいんじゃないかな。

「わかる」も「わからない」も
向き合って、抱きしめて、愛していければいいなと思った。

なんか、とってもいい出会いをいただきました。
ありがとうございます。  

Posted by ニシダタクジ at 08:17Comments(0)

2017年12月20日

人とストーリーと経営とアート

つくばプレイスラボにお邪魔したら鍋を
ごちそうになっちゃいました。
熊本の素晴らしい米焼酎も。





鍋はフードコーディネーターの
さおりさんが作ってくれるめちゃ美味い
鳥団子→豚肉→ネギ
という3回変わる鍋でした。感動。

締めはなんと。
スペシャルゲストの珠理ちゃんが
もってきてくれた「BAKE」のチーズタルト。
そして、
もとカフェ経営の堀下さんの淹れるコーヒー。

至福すぎるひとときでした。
ホント、ありがとうございました。

でもって、
今更ながら読み始めたのがこの本。


「ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件」(楠木健 東洋経済新報社)

前から読みたかったのだけど、
ようやく手に入りました。

まだ冒頭なのですが、
一部抜粋して。

~~~ここから抜粋

要するに、無意味と嘘の間に位置するのが論理なのです。
経営や戦略を相手にしている以上、法則成立は不可能です。
しかし、それでも論理はある、「論理化」は可能だという主張です。

戦略はサイエンスというよりもアートに近い。
優れた経営者は「アーティスト」です。
その会社のその事業の文脈に埋め込まれた
特殊解として戦略を構想します。
それが優れた戦略であるほど、
文脈にどっぷりと埋め込まれています。

サイエンスの本質が「人によらない」ことにあるとすれば、
戦略はサイエンスよりもアートに近い。

戦略は因果論理のシンセンス(綜合)であり、
それは「特定の文脈に埋め込まれた特殊解」
という本質を持っています。

優れた戦略立案の「普遍の法則」があるえないのは、
戦略がどこまでいっても特定の文脈に依存したシンセンスだからです。

~~~ここまで抜粋

昨日の堀下さんの顔が浮かんだ。
そして、あの場を構成したみんなの顔も浮かんだ。
たまたま、居合わせた「お客さん」として居た2人の顔も。

「コワーキング・スペース」
ってそういうことなのか、って。

あの日、居合わせた偶然から
出てくるアイデアや発想。
それをつなげるストーリー。
「場」とはなんだろうっていう問い。

ストーリー(論理)をつくるチカラ。
これが戦略にとって大切なんだなと。

まずは、ひとりひとりのWHYを掘っていくこと。
場の持つチカラを活かすこと。

まだまだもやもやしているけど、
心地よいもやもやです。  

Posted by ニシダタクジ at 07:45Comments(0)

2017年12月03日

「本屋」やめます

「内野の駅前で本屋をやってます。」

2011年3月。
ツルハシブックスがオープンしたことにより
僕は初めて、一般的な職業名を手に入れた。

ちょっと、うれしかったのだった。
「本屋をやってます。」
って言えることが。

それまでの僕は
まきどき村という畑をやりつつ、
中学生向けの学習塾をやってみたり、
家の中にミニ本棚をつくったり、
神社の境内で小学生の遊び場をつくったり、
サンクチュアリ出版の営業をしたり、

長期実践型インターンシップ「起業家留学」で
企業課金でプログラムをつくったり、研修したりしていた。

だから、
「西田さんって何やってんですか?」
ってよく聞かれたし、
「本業はなんですか?」
って聞かれた。
(この質問をしてしまう時点で、その人の思考はおじさん確定なのだけど。笑)

昨日は
まちライブラリーの礒井さんと
大阪でビブリオバトルを立ち上げた池内くんと秘密の会合@なんば
(公開してるけど)




むちゃくちゃ面白かった。
さすが、一緒に飲みたい5人のおじさんの筆頭にくる礒井さん。
何もお題が無かったのだけど、盛り上がりまくり。

まず、
大阪人の礒井さんは、

「あいつ、おもろい」

これが最大の褒め言葉だ。

昨日、礒井さんと話せてよかった。

本屋、やめようって思った。

いや、ツルハシブックスをやめるわけでも、
本を売ることをやめるわけでもないけど、

「本屋」という肩書から自由になろうって。

本屋とか、図書館とか、言った時点で、
言われたほうは既存の(というかその人の頭の中にある)
本屋、図書館像を思い浮かべてしまう。

それでは、クリエイティブな場にならない。

たしかに、そうだ。
「この人は何屋さんなんだろう?」
っていうお互いが知り合ったほうが、
ワクワクするようなアウトプットが出るような気がする。

うんうん。
本屋の西田、やめよう。

そういう意味では、
「ツルハシブックス 劇団員」っていう肩書も
悪くないなと思った。

劇団員???
みたいな。
それが良い問いとなるのかもな。

これがいちばん思ったこと。

あとは、いろんなメモ

・本屋とか図書館とか言ってる奴は辛気くさいからモテない。(笑)
・それはなぜかというと、内面に意識が向きすぎているから。
・アイドルは逆に外面に意識が向きすぎているから、カッコよくない。
・内面と外面のバランスをとること。

・オリンピックとか万博を最初にやるっていうのは、夢がある。
・目標設定で前例があるっていうのは、どんどんつまらなくなる。

・本屋で知的な飲み会。座って3000円。みたいな。
・女子大生と経営者の飲み会。学びたい人向け。笑。

そんな楽しい未来の話をしました。

というわけで、僕は「本屋」やめます。

現代美術家/余白デザイナーで、
ツルハシブックス劇団員です。  

Posted by ニシダタクジ at 08:30Comments(0)

2017年09月25日

商売はよ、ここ、ハートだがんな



山形市・郁文堂書店の原田伸子さん、81歳。
ソトコト2017年8月号の表紙を飾っている。

郁文堂書店のプロジェクトは
クラウドファンディングのサイトを通じて
知っていたので、一度行ってみたかった。

東北芸術工科大に進学した
「湯ミット」の川合くんと一緒に。
山形市内を歩くのは久しぶりだった。

いわゆる「エリア・リノベーション」
が進んでいる。
たくさんの古い建物が
手を入れられて、生まれ変わっていた。
ここ郁文堂書店もそのひとつ。

昨年のビエンナーレに合わせて、
東北芸術工科大学の大学生たちが
店を片付け、アート会場として使った。
その後、クラウドファンディングで
改装することになった。

改装の当事者たちには残念ながら
会えなかったのだけど、原田さんがそこにいた。

本屋のテーブル席では
読書会が行われていた。

僕と川合くんはいったん、元祖リノベーションと
言われる三沢旅館を改装したシェアハウス「ミサワクラス」
を見に行ってた。

そのとき、思い出した。
山形が誇る銘菓、ふうき豆の山田屋さんに
言って、ふうき豆を買いに行った。
読書会の人たちも食べられるし。

店にもどって、ふうき豆を見せると、
伸子さんはうれしそうな顔をした。
「みんなに食べてもらおう」と。

さっそく小皿を14枚もってきて、
僕と川合くんは盛り付けに専念。

そのあいだに、伸子さんは14枚のおしぼりを絞ってきた。
そしてお茶も14杯分入れ始めた。



そして、タイミングを見て、
読書会の人たちに差し入れ。
みんな、びっくりしてた。


僕たちは別テーブルで
川合くんと伸子さんと、話していた。



聞かせてくれた昔話。
昭和のころ、井上ひさしさんや司馬遼太郎さんも
やってきて、地方出版の本を買いに来たのだという。
ほかにも、営業の人たちが立ち寄っていった。

そんなとき、「お茶っこしようか」
と言って、お茶を出したのだという。

「あ、お茶っこって言えば」
と言って、奥に引っ込んだかと思うと
漬物を二つ、持ってきてくれた。

そして、みそ漬けのほうにグラニュー糖を
ふりかける。
「えっ!」と思ったけど、郷に入れば郷に従え。



おそるおそる、口にする。

こ、これは・・・

と美味しんぼ的な衝撃が・・・と思ったけど、
普通に味噌漬けで食べたほうがいいんじゃないかな、と。笑

でも、あったかい時間だった。
僕も自分の本屋さんの話を少しした。

この店でお茶を飲んで行ってもらう。
そんなことを伸子さんは何十年も続けてきたんだろうな。

電車の時間があって、
帰る時間になってしまった。

帰り際に、伸子さんが、僕の目を見て、言ってくれた。

「商売はよ、ここ、ハートだがんな」

なんだか、ジーンとして、泣きそうになった。

郁文堂書店のリノベーションは、
そんな精神はそのまま残しながら、
若者も入ってこれるような店づくり。
こういうのって大学生だからこそできるような気がした。

原田さん、
僕もハートの詰まった本屋になります。

「あなたは、なんのためにお店をやるの?」
そんな強烈な問いをもらった気がした。

  

Posted by ニシダタクジ at 08:11Comments(0)

2017年09月22日

歌っているようなランチ

秋田県大仙市。
「樫食堂」という小さな食堂がある。
テーブル席が3つだけ。

今週の営業は20日、21日のみ。
12時~14時





すてきなロケーション。
僕が大学生の時やりたかった農家レストラン
ってこういうやつだったのかもなあと。
そして、昼定食。900円。

なんていうか。
ビックリした。

「ミナを着て旅に出よう」(皆川明 文春文庫)の帯に書いてある
辻村深月さんの言葉を思い出した。

「ミナペルホネンの服は、服それ自体が内側から歌っているようだ。」

そうそう。
そういう感じ。
野菜が、料理が、歌っているようだった。
音楽が聞こえるようだった。

たぶんそれは、
西村佳哲さんが「自分をいかして生きる」(ちくま文庫)
で言っているような、

生き方やあり方レベルでの共感というか
そういうやつ。

新潟で言えば、ラーメン「いっとうや」
に出会って以来の衝撃。

それって、理屈じゃないなと。
カラダっていうか、身体性なんだな。
肌感覚なんだなと。

樫食堂の料理の野菜たちが
楽しそうで、うれしそうで、歌っているようで、
なんとも言えない感情が残ったランチになりました。

僕もそこにある本たちが歌っているような本屋になります。
ありがとう。

  

Posted by ニシダタクジ at 18:10Comments(0)

2017年08月08日

発酵人であるということ



その界隈で熱烈な支持を受ける「藤原印刷」(長野県松本市)
http://www.fujiwara-i.com/

アルプスブックキャンプで伊藤くんにご紹介いただいた
藤原印刷・弟こと藤原章次さんをたずねて、
神保町近くの藤原印刷に行ってきました。

なんていうか、もう、カッコよかったっす。
印刷屋さんってそこまでできるのかって。

本をつくる、っていうのは
作品をつくるってことなんだって。

紙一枚でこんなにも変わるんだって。
思いを込められるんだって。

「本をつくるってなんだよ??」
って強烈な問いをもらった。

印象に残った藤原さんの一言。

「それって、作品って言えるのかな。」

そうなんだよね。
藤原さんのつくる印刷物は、本であって、本ではない。
作品なんだよね。

だから、紙1枚を考え抜いて、
作り手と一緒に感じあって、紙を選び、印刷していくのだろう。
藤原印刷の「心刷」に少し触れた気がした。

そんなタイミングで読んでいたのがこの本。


「発酵文化人類学」(小倉ヒラク 木楽舎)

これがなんともタイムリーでシビれまくりました。
圧巻だったのは、藤原印刷に向かう電車の中で
読んでいて、思わずツイッター上で取り乱してしまった、
第5章「醸造芸術論~美と感性のコスモロジー」。

そう、それっす!
あまりにも今考えていることとのシンクロがすごかったので、
びっくりしました。

~~~以下一部引用

写真技術が誕生したことによって、
「客観的視覚表現」は写真家の領域となった。
すると画家がやるべきことは「主観的認知」を表現することになる。
これは言い換えれば「普遍性を捨てる」ということを意味する。

万人にとってのリアルではなく、自分という唯一無二の存在が
「その時、その場所で」感じた一度限りの身体感覚を、
同じく唯一無二の存在である他者の身体感覚に
伝達するという「感性のインタラクション」への挑戦だ。

この瞬間に芸術は「静的な真理」を追い求めるものから
「動的な感性」をインスパイアするものへとパラダイムシフトしたのであるよ。

つまり、ルノワールの絵を見るということは、
ルノワールが自然をどう認知しているのかという
「他人のセンスのありよう」を覗き込んでいるということになる。
そして同時に「他人のありよう」と「自分のありよう」の
ギャップを埋める努力こそが「アートに触れる喜び」なんだね。

つまり。時代や文化を超えて、自分と違う誰かとつながること。
自分と違うやり方で世界を見ている人とわかり合うということ。
他ならぬ自分にとっての「自然」を見つけること。
この瞬間に、自分の存在が肯定される。同時に外の世界とつながる。

ルノワールのいた19世紀のパリで浴びている木漏れ日は、
同時に自分が友人たちと過ごした代々木公園の木漏れ日でもある。
この時に、僕は時空を超えてルノワールと一緒にいる。
そよ風を感じながら、2人でナイスなワインを飲んでいるのさ。

僕にとって、お酒を飲むのと絵画を見るのは同じような喜びだ。
絵画では視覚に主眼が置かれるが、お酒では味覚や嗅覚に主眼が置かれる。
しかし「感性のインタラクション」という意味では一緒なのだね。

優れたワインや日本酒を飲むということは、それを醸した醸造家と
対話するといういうことだ。
醸造家がどのように土や水を見つめ、
どのように温度や風を感じ、どのように微生物たちと向き合い、
どのようなセンスで味と香りをデザインしたのか。

実際には目の前にいないのに、醸造家はそこにいる。

~~~ここまで引用

この後、この本で一番膝を打った
読者モデル=読モの三角関係について、
話が進んでいく。

消費者⇔メーカーの直線関係の
上に点を置いて、三角関係をつくることが必要だと
小倉さんは言う。

それはファッション界における「読モ」
のようなものだと。

作り手の事情も理解しつつ、
受け手の代表としての文化の「たしなみかた」
を提案するスターであること。

この読モを育て行くこと。
それによって三角形ができて、
コミュニケーションが循環し始めるのだという。

読モがいることによって、
消費者は「消費」をやめ「愛で」を始める。

うんうん。
いいねいいね。

そして、この後が熱い。

▽▽▽ここから一部引用

作り手だけでなく、受け手もアーティストなんだってこと。
ほんとはね。

その「愛でかた」もまたアート作品だ。
絵画が画家と鑑賞者のインタラクティブアート
であるように、酒は醸造家と飲み手の
インタラクティブ・アートだ。

お気づきだろうか。

アートの本質とは、表現そのものではなく、
表現をめぐる関係性なのだ。

普遍性なんて無い。
あるのは「その瞬間、その場所で」
他ならぬ自分が感じる「一瞬のさざなみ」だけだ。

△△△ここまで一部引用

うん。
そうなんだよね。
まさにそう。

そこで、藤原さんの話に戻ってくると、
本ってやっぱり「作品」だっていうこと。

その本が生まれた場所。
それはどこだろうか。
印刷屋さんの現場だ。

そんな匂いが感じられるような
本を作っていくこと。

なぜ、みんなが
藤原印刷を熱烈に支持するのか。

それはたぶん、
本が、著者と読者の直線的関係ではなく、
円環的にぐるぐるしていくものになっていくからだ。

そのプレイヤーのひとつに
印刷屋があり、本屋がある。

明治大学の小田切徳美先生が
地域にとってもっとも深刻なのは、
「誇りの空洞化」であると言っていた。

その円環をぐるぐるまわしていくこと。
そのものに、作品と呼ばれるような本の誕生があり、
それがプレイヤーそれぞれの「誇り」を生んでいくのだろう。

そんな場を生んでいく。
「発酵人」のひとりに僕もなりたい。

藤原さん、小倉さん、
熱いインスパイアをありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:53Comments(0)

2017年05月28日

「違和感」を無かったことにしない。むしろ大切にする。



森村優佳さん。
なんだかカッコイイ北海道の友人。
吉野さくらちゃんのような空気感がある。

大学卒業後、個人事業主として、
いきなりフリーランスになり、
岩見沢の商店街にかかわり、
その後パン屋で全国を飛び回り、

この春からは北にある天塩町で、
商品づくりのプロデューサーをやっている。
面白い。

昨日は、
岩見沢駅で待ち合わせ、
滝川で暗やみ本屋ハックツを企画中の
久保さんと一緒にたこ焼き屋「たこいちろう」へ。


バーナーでチーズを炙るお父さん。

この店にはフラッと高校生がやってきて、
おやじさんと学校や家や友達にも
話せない悩みを話すのだという。
そして「名前、憶えてね」って言うらしい。

そうそう。
僕、こういう店やりたかったんですよ、本当は。

僕が高校の時にあった、
スナックを改装しないでたこ焼き屋さんにしていたお店。

「居場所」とは親和的承認の場のこと
http://hero.niiblo.jp/e294815.html
(13.11.1)

店内にはお客さん(高校生多)
の写真が貼ってあり、駄菓子屋にもなっていた。

そうそう。
これもコミュニケーション・デザイン
だなあと。
そしてたこ焼きも美味しいの!

なんだか素敵なお店を紹介してもらいました。
北海道に来たら顔出したいところ。

そして、森村さんとのトーク。
自分が感じた違和感に、正直だった人なんだなあと。

印象に残った一言。
「就活きもちわるい」。
それって結構多くの人が思っていた、思っているんじゃないかな。

昨日までチャラチャラしていたのに、
急にリクルートスーツ着て、
エントリーシートに半分嘘書いて、
会社に入ろうとする。

鴻上尚史さんが
「孤独と不安のレッスン」の中で言っていたけど。

まさに「ランドセル」と「リクルートスーツ」
はこれから入っていく世界に対して、
あるいはその価値観について、私は迎合します。
という宣言なのではないかと改めて思った。

森村さんの人生ヒストリーを聞いていると、
なんていうか、「学校教育の申し子」だなあって。

人と違っていること。
目標や夢が見つけられないことを
大きなコンプレックスとして、
自分はなんなのだろう?って

問い続けた結果、
いま天塩町でプロデューサーになっている。

彼女から学んだのは、違和感を大切にする。
それを無かったことにしないこと。

むしろ違和感を大切にして、行動を起こしていくこと。
悩み続け、動き続けること。

そんなことを
中学生や高校生になんらかの方法で
伝えられたらよいなあとものすごく思いました。

共通点は、僕自身も、アウトローのように見えて、
「やりたいこと、目標を見つけることが大切」という
学校教育の価値観にどっぷりとハマっていたのだなあと
いうことがあらためて思いました。

さて。
これをどうやって、中学生高校生大学生に伝えようかな。  

Posted by ニシダタクジ at 08:19Comments(0)

2017年03月09日

バットを振らせてくれ

イケダチカオ。
熊本のプロデューサー。

熱かった。
「バットを振らせてくれ」
という名言。

自分の感性を信じ、バットを振ってみること。
バッターボックスに立たせてもらうこと。

もちろん、当たるときも当たらない時もある。
それでも、バットを振ってみることが大切なんじゃないか。

クラウドファンディングっていうのは、
そういう機会なのかもしれない。

バットを振ってみる。
それから考える。

そういう文化を
つくっていくことにつながるのかもしれないと
思いました。

イケダチカオ。
ムツサトシ以来の一緒に飲みたいおっさん。(まだ超若いけど)

また会いたい。  

Posted by ニシダタクジ at 07:53Comments(0)

2017年02月20日

「東京」基準を疑う

敗北感って大事だと思う。

「何者でもない自分」を認め、
新たなスタートを切る上で。

僕も、大学2年から3年に上がるときに、
「農ゼミ」という
農学部系の学生が集まる全国大会に出て、
圧倒的な敗北を味わった。

あれが僕の人生にとっては、大きな大きな経験になった。
その直後に僕は「有機農業研究会・STEP」を設立し、
大学の校舎の裏に畑をつくったのだから。

しかし。
そこで陥りがちなのが、「比較」の罠であるかもしれない。

「すごい人」が同世代であるとき、
ついつい比べてしまう。

そういえば、人のことばかり言えず、僕だって、ごく最近、
カキモリの広瀬さんやクルミドコーヒーの影山さんに出会い、
勝手に苦しくなっていたっけ。
「同世代なのに、スゲーな」って勝手につらくなっていた。

その苦しさのひとつの要因として、
facebookなどのネットワークサービスが
あるだろうと思う。

離れていても、
ライバル(こう呼ぶのは正しくないかもしれないが)
たちの活躍ぶりが伝わってくる。

頻繁に連絡をとることができ、
アクティブな人であれば、地域を超えて、会いに来る。

「意識高い」系コミュニティに入り、
そこから振り落とされないように、
自分も何かしなきゃ、とあせる。

それって、他者比較なんじゃないか。

他者と比較して、自分はがんばっているのか?
と問うことは苦しい。
自分よりがんばってるであろう人はいるだろうし、
他者との比較上位にありたいから頑張るわけでもない。

たまに出会ったその瞬間に
「健全な敗北感」を感じ、明日からのモチベーションに
替えていくこと。

それだけでいいのだ。

「東京」基準で、
他者から評価されやすいわかりやすいチャレンジを
する必要などない。

「東京」って
アイデンティティの源泉が
自分と人的コミュニティ(同世代が多い)に依存しているのがつらいと思う。

だからつい、
他者との比較をしてしまい、
自分の位置を確認したくなる。

「地方」はそうじゃない。
住んでいるまち、まちの人たち。
歴史とか。営みとか。
やっているプロジェクトの言語化・数値化できない価値。

そんなのが複合的にある。

それって主観だから、
ほかのプロジェクトと比較することができない。

誰から見てもわかりやすい「チャレンジ」をする必要なんてない。
多様化する価値観を、自分なりに小さく表現していけばいい。

成功も、失敗も、
達成感も、敗北感も、
その日1日で捨て去り、目の前の今を、生きてゆけ。  

Posted by ニシダタクジ at 07:53Comments(0)

2017年02月18日

無力感という出発点

石井秀和さん。
武蔵新城プロジェクトでご一緒させてもらっている。
話をしてると、とってもいい人だなあと。
この人の周りに人が集まるのはわかるなあと。



昨日は本棚づくりの作業日でした。
終わった後、川合くんの湯ミットのリハーサル
行く予定でしたが、残念ながら金曜日は定休日。

その後、喫茶店でパフェを食べて、
そのあとで石井さんと話をしていた。

若者と接するときに、
一番大切なのって、無力感なのかもしれないなと。

人を導いたり、元気にしたりすることはできない。
すべての人を助けることはできない。
もちろんそうなってもらいたいという気持ちは
あって接しているのだけど。

そんな無力感を出発点にすると、
接するときにコミュニケーションしようとする。
いや、正確に言えば、
「コミュニケーションしかできない」のだ。

僕の出発点は、
2004年に新潟県で起きた中越地震のボランティアだった。

当時30歳。
子どもの居場所づくりというか
一緒に遊ぶボランティアを新潟大学の学生と行っていた。

あのときは、ただただ、無力だった。
無力感しかなかった。

水道もガスも止まっているという
避難生活の中で、親のストレスから離れて、
子どもと遊ぶ。
遊んでいるときは、楽しそうにしている子どもたち。

16時が近づく。
ボランティアセンターに戻る時間。

車に乗り込んで、センターに帰る僕たちを
小学生が途中まで追いかけてくる。
最後に手を振って別れる。

みな、黙り込む。
センターに着くまでのあいだ、誰も口を開かない。

ただ、無力だった。
そして、活動の効果に疑問を感じていた。

「こんな活動をして、何になるんだろう。」
「子どもたちは本当に喜んでいるのだろうか。」

そんな答えのない問いが浮かぶ。
でも、翌日、また川口に向かっている自分がいる。

あのボランティアで僕が感じていたのは
圧倒的な無力だった。
でも、それが僕の出発点になっている。

子どもはニーズを語らない。
ボランティアとは、差し出した半分のハートに
相手のハートを合わせていく行為。
そんな双方向のコミュニケーションが必要。

「一般的な正しさ」
なんて存在しないのだから。

目の前の人、ひとりずつの中に、
何があるのかをコミュニケーションしながら探り探り
接していくこと。
そこからしか始まらない。

若者はそれぞれ、自らの過去と未来を背負って生きている。

そのすべてを受け入れることはできない。
いい方向に進んでいくサポートもできない。

「いい方向」など、私たちにはわからないから。
私たちには、「機会」の提供しかできないのだから。

そんなコミュニケーションと機会提供の場を持つということ。
それが本屋をやるということ、なのではないかな。

昨日は、石井さんと、
無力感という出発点を思い出したよい夜でした。  

Posted by ニシダタクジ at 06:08Comments(0)

2016年11月04日

ツルハシブックスラスト3DAYS


新潟の朝。
今日は朝から登記など、いろいろ事務手続きをして、
午後からツルハシブックスにいます。

昨日は、なつかしいみなさんが
家に来てくれました。





2004年の中越地震のときに
一緒にボランティアをした当時新潟大学経済学部だった
ようちゃんとちーちゃん。
すっかりママになっていた!


1998年に山梨・キープ協会での学生向けの
「森の人づくり講座」で講師だった前澤さんご一家。
夫婦デュオの「亀工房」としてご活躍です。


2014年、当時中学校2年生だっためいちゃんは
お父さんと一緒にうっかりとツルハシブックスにやってきました。
鶴酒場の最中で飲み会状態でしたが、話の流れで、屋台をやることに。
あと、一箱古本市も一緒に出ましたね。

めいちゃんのおかげで、
お店をやってよかったな、と思いました。
素敵な1日をありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 09:42Comments(0)

2016年07月30日

日々、瞬間瞬間、自分が問われている



瀬戸大橋には、思い入れがある。
1988年4月の瀬戸大橋開通。

バブルの絶頂期に、
僕は中学生2年生だった。
ゼネコンの景気は特によかったから、
テレビコマーシャルはにぎやかだった。

そこで出会った大成建設のキャッチコピー

「地図に残る仕事」にシビれた。

いつか自分も、地図に残る仕事をしよう、
そう心に決めた。

それから10年後の1998年8月。
僕は徳島にいた。
自然農実践者の集い。

僕は何も実践していないのだけど、
こっそり参加した。

なんのために生きるのか。
自分にとって農とはなんなのか?
自分がやるべき農のカタチとは?
そんな問いを抱いて、瀬戸大橋を渡った。

沖津一陽さん。
実践者の集いの前日、徳島市で徳島自然農塾の
勉強会があった。

そのときのゲストが沖津さん。

「泊まるところは?」
「まだ決まってないです。」
「じゃあ、うち来るか?」

ということで、軽トラに乗せられて、
僕は沖津家に泊まることになった。
帰りは遅くなるから、とチェーン店のラーメン屋で
ラーメンを食べて帰った。

自然農とは、
「耕さない」
「草・虫を敵としない」
「肥料・農薬を必要としない」
という3原則からなっている。

しかしこれは、「ねばならない」ではない。

耕すことが必要だと感じれば耕せばいいし、
ちょっと米ぬかでも振ろうかなと思えば、やればいい。

その瞬間。
作物と畑の状態を見て、自分で判断し、
どうするかを決めるのである。

沖津さんが言った。

「その草を残すべきか、刈るべきか、畑に立つと
自然とわかるようになる」

あの言葉を聞いた瞬間。
僕の旅は終わった。

正確に言えば、
「答えを探す旅」は終わった。

答えなど存在しない。
畑に立ち、作物と、畑と、自然と対話し、
自ら判断し、全力でそれを遂行する。

それだけだ。
本当に、それだけなんだ。

あの日から僕の座右の銘は
「ダイコンがダイコンを全うするように、私は私を全うする。」
になった。

秋には一緒に稲刈りをやらせたもらった。

そんな沖津さんと、18年ぶりの再会。



緊張した。
でも、変わらぬ沖津さんがそこにいた。
沖津さんは今でも哲学者だった。

~~~以下メモ

日々、自分が問われている。
自然の営みを感じる。

人間も自然の一部である。
雑草も虫も活かし合う存在である。

理屈で納得してると反論が来る。
理屈じゃないところで納得する。
反論されない。知るか。

~~~以上メモ

90分。
メモにするとこれくらいしか起こせないけど、
いい空間だった。
わざわざ仕事の手を休めて相手をしてくれた。

なんとも言えないじわじわくる時間。

1998年のあの日。
僕の人生はようやく始まったんじゃないか。

もしかしたら、
「答えなどない」と実感した瞬間に、人生は始まるのではないか。

そして今は、僕は畑に立っていないけど、
自然を感じ、宇宙を感じ、対話し、共演者と活かしあう関係をつくり、
生きていくこと。

それだけ。
ただ、それだけなんだ。
シンプルなんだ。

日々、瞬間瞬間、自分が問われている。
わたしは、わたしを全うする。

沖津さん。
18年前の思いを、変わらぬ思いを、ありがとうございました。
まだまだ、これからです。

  

Posted by ニシダタクジ at 07:33Comments(0)

2016年07月05日

放浪書房が売っているもの



放浪書房@飯塚商店。

そうそう。
こういうやつ。
こういうのをやりたかったんだよね。

放浪書房がツルハシブックスに来たのは、
3年前。

新潟駅の近くでやっていた
放浪書房の情報をキャッチした
いとぽんが、
ツルハシブックスを紹介してくれた。

そして、2013年7月1日やってきました。
http://hero.niiblo.jp/e272062.html

楽しかった1日。
いっぱい本を買っちゃいました。

「これ、ツルハシブックスにも売ってますよ!?(笑)」
「いいんだよ。いま、放浪書房で買いたいんだよ。」

なんて会話しながら。

そして、
一番衝撃だったのは次の日。

もう、ツルハシブックスに放浪書房はいなかった。

喪失感。
圧倒的な喪失感。

「もう、放浪書房はいないんだ・・・」みたいな。

そのときに思ったんだ。

「放浪書房」は「一期一会」を売っているんだなあって。

六次元のナカムラクニオさんも言っていたけど、

~~~
場づくりにおいて大切なことは
「もしかして次に来た時には、
もうここはないんじゃないか」と感じさせるような
「一期一会の空間」をつくることだと思っています。

それこそが、どこでも買えない価値のあることなんだと、
みんなすでに気が付いているのではないでしょうか?
~~~

そうそう。
それだよね。
放浪書房がやっているのはまさにそれなんだよね。

そういう空間を
これからもつくっていきたいと思った
放浪書房@飯塚商店でした。

ありがとね~。  

Posted by ニシダタクジ at 08:16Comments(0)

2016年06月28日

だとしたら、西田くん、まだ手紙は届いてねえよ

「だとしたら、西田くん、まだ手紙は届いてねえよ。」

暗やみ本屋ハックツを一緒にやっている
金子さんからの一言。


(1年前の今日、暗やみ本屋ハックツ@ブックスタマ工事中の金子さんの勇姿)

サンクチュアリ出版営業時代は
彼の一言に救われてきた。

今も変わらぬ挑戦者としての
彼が目の前にいた。
すごい人と一緒にやっているんだな、と。

「すごい人」っていうのは、
世間的に評価が高い人のことではなくて、
目の前の瞬間に、自分を集中できる人のこと。

仕事であれ、食事であれ。
そこに注ぎ込める人のこと。

昨日の時間は楽しかった。
時間にして2時間。
お互いの近況とこれからのハックツや
ツルハシブックスの話なんかをした。

昨年9月。
ハックツオープン記念で福岡と大阪のツアーをした。
2人のトークセッション。

金子さんの手がけた話題作「遺書」の話に、
心ふるえた。

手紙だ。

と思った。
出版に限らず、すべての仕事は手紙なんだって思った。
売上げとは、本質的には、手紙が届いたことを示すしるしだと。

そんなことを改めて思い出していた。
ハックツは1周年。
そして大阪ハックツが動き出す。

そのタイミングで、冒頭の言葉。

「だとしたら、西田くん、手紙はまだ届いてねえよ。」

そうそう。
僕は売上げを上げてないからね。

そういう意味では、
僕は、まだ手紙を届けていないのかもしれない。

ひとりひとり、手紙の届け方があるような気もするし。
手紙を届ける相手がいるのだと思う。

金子さんのおかげで、
人生がリセットされました。
ありがとう。

まだまだ、僕の手紙は届いていない。  

Posted by ニシダタクジ at 08:44Comments(0)

2016年06月22日

ふりかえりの師匠

「ふりかえりの文化をつくる」

明治学院大学市川先生の一言が
僕の最近のテーマになった。

目指すのは「ふりかえりの魔術師」
どんな活動をしても、ふりかえりをすることで、
ああいい活動したなあと思えるような
ふりかえりをすること。

僕には、ふりかえりの師匠がいる。

ナカムラノリカズさん。

長期実践型インターンシップを新潟で
立ち上げるとき、彼の存在無くしては、
到底立ち上がらなかった。
(実際の立ち上げには僕はあまり何もしていない)

当時新潟大学経済学部の学生だった星野くんとその仲間たち
そのあとを引き継いだ瀬沼さんたちのおかげで新潟の
「起業家留学」は2008年サービスインした。

大阪のNPO法人JAEで
インターンシップコーディネーターをしていた
中村さんに出会ったのは2007年の春。

ETIC.が主催する研修会でのことだ。
憧れの田坂広志先生の講演があった。

シビれた。
心ふるえた。

ふと横を見ると、
な、泣いてる・・・
ナカムラノリカズさんが泣いていた。

「いい人いるじゃん」
みたいな。

星野くんに、「大阪にいい人いるから研修いってきたらいい」
と大阪に行ってもらった。
8月1日から4日間。

その研修の前日。
7月31日に僕はJAEに電話した。
「明日から星野がお世話になります」

「あー、西田さん。すんません。僕今日で辞めるんです。」

普通ならここで

「えええ!!!」
となるだろう。

しかし。
そのときの僕の感情は
「キターーー!!!」
だった。

織田裕二バリの「キターーー!!!」だった。(古い)

中村さんが新潟に来て、星野くんと3人、
一緒にインターン事業を立ち上げる絵が浮かんだ。

「お盆に佐渡を走らないか?」
とまずは8月に新潟に来てもらい、

「ビジョンセッションをしよう」
と9月には村上で合宿をした。

そして10月。
中村さんは新潟に移住。
巻のおんぼろ一軒家で事業立ち上げに向けて動き出す。

法人名称を「ヒーローズファーム」に改称し、
長期インターンシップ「起業家留学」をスタートさせる。

「起業家留学」は、僕にとって研修だった。

「代表」と呼ばれ、イザというときに熱いことを言う存在だった。
彼は僕をうまくプロデュースしてくれた。

そして何より、彼に教わったのは、
「ふりかえりの文化」だった。

口癖は「ふりかえりしましょうか?」
もともと教育に関心を持っていた彼の真骨頂だった。

感性で生きてきた僕は、ふりかえりが苦手だった。

いつ、いかなる場合でも、
イベントの打ち上げの飲み会が終わった後でも、
「ふりかえりしましょうか。」

東京の研修での懇親会で散々飲んだ後でも、
「ふりかえりしましょうか。」

いつしか、ふりかえりは全国の他団体からも認められる
ヒーローズファーム名物となった。

研修途中で「また、あいつら、ふりかえりやっているな」という
目で見られるのも悪くなかった。

僕は中村さんと過ごす時間で、
「ふりかえりの文化」を手に入れた。

「ふりかえりの文化」は、
僕のかけがえのない資産となった。
中村さんのおかげです。

いま。
「ふりかえりの魔術師」を目指して、
(決して貴公子ではない。笑)

日々経験とふりかえりを続けていこうと思う。
中村さん、ホントにありがとう。  

Posted by ニシダタクジ at 06:25Comments(0)

2016年03月20日

卒業という通過点に立つ



ツルハシブックス店員サムライ卒業式でした。
5名の店員サムライがひとりずつゲストを招いて
「私とツルハシブックス」の対談のあと、座談会。

増川葉月さん。
ツルハシブックス初年度に入学。
巻の駄菓子屋楽校で知り合う。

途中、留学をはさんで、
ツルハシブックス店員サムライ、野山塾など、
ツルハシブックスの礎を一緒につくってきた。

ラストの1年は、僕が不在の中で、
卒業論文をツルハシブックスの居場所論で
書いたり、中心的役割を担ってきた。

僕がこの1年で
いちばん覚えているのは、
彼女が近所の中学生から手紙をもらったこと。
しかも恋愛相談。
めっちゃいい店だな、ツルハシブックスって思った。

同時に、
ツルハシブックスという場所そのものが
無くなることを恐れるべきではないと思った。

ひとりひとりがツルハシブックスになれるのだと
そのときに強く感じた。

そして、「劇団員」とは、
まさにそういった思想の体現であるはずだと
あらためて実感した。

それにしても素晴らしい卒業式だった。
トークあり、歌あり。
そして、山田店長からのコメントあり。

山田店長の
「自分もたくさん学ばせてもらった」
の一言がよかった。

ツルハシブックスとは、
なんだかよくわからない、言語化できない
「ツルハシブックス」という理想に対して、
集う人たちが自ら師事し学んでいくという場所なのだろうと思った。

現代の松下村塾。

もしかしたらそれは、ツルハシブックスのような、
言語化できない、しかし何かを学んでいるような、
そんな空間のことを呼ぶのかもしれない。

何が学べるか保証されていない。
振り返って初めて、そんな学びがあった、と感じられる、
そんな空間なのかもしれない。

サムライのみんなは、卒業という通過点に立つ。
そしてツルハシブックスもまた、5名のサムライの卒業という通過点に立つ。

これからもひとりツルハシブックスとして、
ご活躍を楽しみにしています。  

Posted by ニシダタクジ at 06:59Comments(0)

2016年03月04日

「水」というコミュニケーション・ツール




ソトコトの指出編集長に会いに渋谷へ。
ミズベリングジャパンというイベントでした。
冒頭の6名のプレゼンタイムにだけ参加。

公共空間としての水辺をもう一度とらえなおすというイベント
プレゼン前半は二子玉川スマートブリッジ構想や福岡水上公園、
そして先進事例の水都大阪などのプレゼン。

プレゼン公判が
島原万丈さんの「水辺はセンシュアス」と
指出一正さんの「水辺とソトコト」でした。

~~~以下キーワードメモ

・ポートランドには橋がいっぱいかかっている
・二子玉川は橋があまりかかっていない
・「橋をつくりたい」
・社外合意してから社内合意する
・市民(ユーザー)にまず話して、ワクワクすることから

・ローカル・ハピネスを定義していくこと

・水辺は大阪のアイデンティティ
・水辺が経済状況の象徴だった
・オーナーとスポンサーの縦の関係だけじゃなく、
利用者とアイデアサポーターという横のつながりをつくること

・シェア型複合ホテルに川床をつくる
・川床:水辺を楽しむ文化=江戸時代からずっと
・地元の人と旅行者が気軽につながれる
・「水」というコミュニケーション・ツール

・sensuous city 「官能都市」センシュアス・シティ。
・人間的でやわらかなモノサシで住むところをとらえなおす
・水辺はセンシュアス
・均質化していく都市=「再開発」というフォーマット
・失われる都市の身体性

・これまで都市の魅力をどのように測ってきたか?
・住みよさランキング(東洋経済)住みたいまちランキング(SUUMO)
・建物や施設がより大きく新しい。1人当たりの・・・
・人気投票=知名度

・官能都市=動詞で評価する
・関係性と身体性
・関係性(共同体、匿名性、ロマンス、機会)
・身体性(おいしい、街を感じる、自然を感じる、歩ける)

・盛岡・金沢⇒身体性が高い
・幸福度とセンシュアス度は相関している
・水辺は都市をセンシュアスにする:セーヌ川
・水辺でどんな行動を起こさせるか?

・ソトコト2011年:ロハス⇒ソーシャルへ
・もう時代が変わったからお前が編集長やれ
・川が流れている:命がつながっているということ

・ソーシャル3条件
・関係人口を増やす
・未来をつくっていく手ごたえ
・自分ごととして楽しい

~~~ここまでキーワードメモ。

初めて聞いたのは「官能都市」。
HOMES総研の島原さん、面白かった。
http://www.homes.co.jp/souken/report/201509/
こちらからDLできます。

(以下、レポートより抜粋)

「アクティビティ、空間、建築 ― この順序で」と、
都市計画が考えるべき最優先事項にアクティビティを据えるヤン・ゲール は、
「人間の次元」を都市デザインの基本単位にすべきだと訴える。

人間の次元とは、人間の身体や感覚に則した空間尺度であり、
徒歩の移動を前提とし、歩行者の目線の高さを最も重要なスケールとする。

このヤン・ゲールの主張の根拠には、「街の最大の魅 力は人」という都市に対する理念がある。
だから「街は、人びとが歩き、立ち止まり、座り、眺め、聞き、話すのに適した条件 を備えていなければならない」、
そしてそこへの近接方法として「これらの基本的活動は、
人間の感覚器官や運動器官と密接に結びついている」と官能の重要性を強調する。

(ここまで抜粋)

なるほどな~。人間の次元ね。
これ、あらゆる空間づくりに言えるなあと。

その場所で何をするのか?
そこからどんな空間があったらいいのか?
そして、どんな建物があったらいいのか?
と考えていくこと。

当たり前のことなのだけど、忘れがちなこと。

コミュニケーション・ツールとしての「水」
の可能性を感じた時間でした。

「本屋」「カフェのあるゲストハウス」「水辺」
がこれからの地域と旅行者をつなぐ
日常と非日常をつなぐ
空間になっていくのかもしれないなあと。

それを組み合わせたら素敵だなあと。
新潟市内野にも川が流れてますなあと。  

Posted by ニシダタクジ at 08:25Comments(0)

2016年02月24日

就職をお見合いから恋愛に変えるインターン採用


カタリバいばらきのミーティングで
ふたたびユニキャスト&コクリエへ。

地域貢献型シェアハウス「コクリエ」
https://co-crea.jp/

三ツ堀社長のビジョンにふたたび胸が熱くなる。
20年、30年先を見ているのだなあと。

日立で行われている立志塾で
若手経営者たちと活動している。
経営者×大学生の取り組みをもっと増やしていきたい、と。

そのための「コクリエ」でもある。
「企業」と「シェアハウス」のシェアハウスだ。

その原点には、
茨城大学工学部時代の寮生活があった。
部屋についたら隣のやつが寝ていた、
なんてことは日常茶飯事だった。

そんな日常からいまでも
東京行くから飲もうか、と言っただけで
全国から仲間が集う。

インターネット時代になって、
全国どこでも回線があれば仕事ができる、
みたいなことが言われているけど、
そこには大切な視点が抜けている。

「仲間」の存在だ。
いい仲間がいないと、いいものは生み出せない。

まさに「コクリエ」の由来である
co-creationだ。

学生が「やりがい搾取」されるような
地域プロジェクトではなく、
地域に価値を生んでいく事業には
ちゃんとお金が回っていく仕組みをつくりたい、と三ツ堀さんは言う。

コクリエがそのためのプラットフォーム
になるのだと。

もうひとつ、
ユニキャストに特徴的なのが、
インターン採用だ。

現在も20名ほどのインターンがユニキャストで働いている。
その中から採用するのだという。
通常のナビサイトには登録しない。

これに関しても三ツ堀さんの考えは熱い。
ナビサイトに数百万数千万出すコストを考えるなら、
インターンを雇ったり手間をかけたりすることにコストをかけたい。
就職をお見合い結婚から恋愛結婚にするのだと。

それって、地域にとって価値があるな、と思った。

インターン生が会社にいるということ。
それは会社のある地域に若者が増えるということ。
そこから何かが生まれてくるかもしれない。

三ツ堀さんは文化創造の場をつくっているなあと。

経営者と大学生が一緒にプロジェクトをやる。
そんな仕組みが作れたら、すごく面白いと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 06:00Comments(0)