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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2019年04月18日

ありえたかもしれない、もうひとつの近代


「NHK100分de名著 スピノザ『エチカ』」

2回目の読了。
読めば読むほどすごい。

そして、冒頭の見出し、
「ありえたかもしれない、もうひとうの近代」
というキャッチコピーが2回目にして、しっくりとくる。

西洋的近代とは、
二元論であり、わかりやすさであり、目標逆算型システムであり、、、

っていうのが
スタンダードで、それが時代にあっていないんじゃないか?
っていう話はたくさん出ているのだけど、
そもそもそのシステムっていうのはどこから始まったんだっけ?

っていうので、
当然、産業革命以来の社会システムの変化を挙げるのだけど。
そのシステムを作り上げた要因として、「デカルト的哲学」があったのだなあと。
その哲学が社会状況と見事に符合して、現在の社会の価値観、哲学、倫理ができていったのだなあと。

~~~ここから本文より引用

私たちがいま国家だと思っている、領域があって主権がある国家という形態は、17世紀半ばになって出てきたものです。

いわゆる近代科学もこの時期に出てくる。たとえばニュートンは17世紀後半に活躍した人です。その科学の支えであった近代哲学も同じ時期に現れました。17世紀は本当に現代というものを決定づけた重要な時代なのです。

私はその意味でこの世紀を、思想的なインフラを整備した時代と呼んでいます。たとえばデカルトは近代哲学の、ホッブスは近代政治思想のインフラを作った人です。そのインフラの上に、続く18世紀の思想が荘厳なアーキテクチャー、つまり建築物を築いていきます。たとえばカントの哲学やルソーの政治思想をそれにあたるものと考えることができるでしょう。

そうすると、17世紀はある意味で転換点であり、ある一つの思想的方向性が選択された時代だったと考えることができます。歴史に「もしも」はありえませんが、別の方向が選択されていた可能性もあったのではないかと考えることはできます。私の考えでは、スピノザはこの可能性を示す哲学なのです。それは「ありえたかもしれない、もうひとつの近代」に他なりません。

~~~ここまで本文より引用

このあと、「真理」についてのデカルトとスピノザの比較があります。

「デカルトの真理観の特徴は、真理を、公的に人を説得するものとして位置づけているところです。真理は公的な精査に耐えうるものでなければならないわけです。私は考えている、考えているならば、その考えている私は存在している。と言われれば反論できない。」

「スピノザの考える真理は他人を説得するようなものではありません。そこでは真理と真理に向き合う人の関係だけが問題になっています。だから、真理が真理自身の規範であると言われるのです。いわば、真理に向き合えば、真理が真理であることは分かるということです。」

これさ、哲学は何のために、誰のためにあるのか?
っていう問いになっているな、と。

デカルトは誰をも説得することができる公的な真理を重んじました。実際はそこで目指されていたのはデカルト本人を説得することであったわけですが。それに対しスピノザの場合は、自分と真理の関係だけが問題にされています。自分がどうやって真理に触れ、どうやってそれを獲得し、どうやってその真理自身から真理性を告げ知らされるか、それを問題にしているのです。だから自分が獲得した真理で人を説得するとか反論を封じるとか、そういうことは全く気にしていないわけです。

「哲学」って生きるとは何か?という究極の問いに対する仮説にすぎないだと僕は思うのだけど、デカルトは、他者を説得するとか納得させるとか、何かのための哲学になっちゃってるんじゃないかと。これこそが、まさに近代社会との分岐点でしょ。近代工業社会にはデカルトのほうがめちゃめちゃマッチするのだけどね。

そして、この後、この本は(僕の中の)クライマックスへ向かう。

~~~ここから引用

私たちの考え方は強く近代科学に規定されています。私たちの思考のOSは近代科学的です。ですから、そのOSはスピノザ哲学をうまく走らせることはできないかもしれません。

これこそが私が「はじめに」で述べた、「頭の中でスピノザ哲学を作動させるためには、思考のOS自体を入れ替えなければならない」ということの意味に他なりません。

近代科学はデカルト的な方向で発展しました。その発展は貴重です。私たちは日々、その恩恵に与って生きています。そしてまた、公的に証明したり、エヴィデンスを提示することもとても大切です。それを否定するのは馬鹿げています。しかし、そのことを踏まえた上で、同時に、スピノザ哲学が善悪、本質、自由、そして能動をあのように定義した理由を考えていただきたいのです。

近代科学はとても大切です。ただ、それが扱える範囲はとても限られています。

フーコーの「主体の解釈学」。かつて真理は体験の対象であり、それにアクセスするためには主体の変容が必要とされていた。ある真理に到達するためには、主体が変容を遂げ、いわばレベルアップしなければならない。そのレベルアップを経てはじめてその真理に到達できる。

この考え方が変わったのは17世紀であり、フーコーはその転換点を「デカルト的契機」と呼んでいます。デカルト以降、真理は主体の変容を必要としない、単なる認識の対象になってしまったというのです。

フーコーはしかし、17世紀には一人例外がいて、それがスピノザだと言っています。スピノザには、真理の獲得のためには主体の変容が必要だという考え方が残っているというわけです。これは実に鋭い指摘です。

~~~ここまで引用

スピノザ、すげーなって。
僕が大学時代からいろいろ感じて、学んだことが
ダイジェストで説明されてくる感じ。

「場のチカラ」とか「チューニング」とか「リアルメディア」とか
めちゃめちゃスピノザ的だなあと思った。
そして、火曜日に小田原で後藤タツヤと話して、
熱海でとっくんと話して、さらにそれが確信を増した。

「機会提供」そのものの価値。
それを本屋の棚を通じて表現すること。

教育の最大の矛盾は、目的・目標をもって始めなければいけないこと。
そして評価を前提をしなければいけないこと。
でも、エンターテイメントの本質は予測不可能性にある、ということ

それはまさに近代(工業)社会と僕を含めた若者が感じている違和感の
ギャップそのものであるのだけど。

でもさ。
スピノザ的に言えば、本質は自分らしくありたいとする力(コナトゥス)であって、
人によって、真理は異なるだろうし、その真理の獲得のためには自らの変容が必要なわけですよ。

ってことはさ。
「機会提供」こそが、人を育てるんじゃないの?って。

その人がその「機会」によって、どうなるかっていうのは、
あまり重要じゃないというか、
むしろ、その機会提供によって、自らがどうなるか?
っていう問いのほうが大切なんじゃないのか?

「挑戦するな、実験しよう」

にいがたイナカレッジの連載で掲げたコピーの意味が、スピノザを読んだ今ならわかる。

去年の夏にこはるんが言ってた
「イナカレッジは自分を知るプログラムです」の意味が、今ならわかる。

そして僕が本屋をたくさん作ろうとしていることの意味も。

機会を提供したい。本棚で表現したいのは、なぜなのか?

実験するために。
実験し、自分なりの「真理」にたどりつくために。
そのたどり着く過程で、自らを変容させるために。

いや、ために、じゃないんだよ。

生きることそのものが、そのプロセスの中にただ、ある。
根源的欲求として、ただ存在するのだ。

本棚に刺さっている1冊の本。
1冊の本から実験の旅が始まる。

そんな本棚をつくりたいと心から思う。

あなたもそんな本棚をつくるひとりになりませんか?  

Posted by ニシダタクジ at 09:45Comments(0)日記

2019年02月22日

「ただいま」って言える場所

茨城大学iopラボ「場づくりラボ」スピンオフ
場づくり公務員と行くWagtail見学ツアーでした。







水戸市南町にあるコワーキングスペースWagtail。
ビジター500円で4時間というコワーキングスペース

http://www.wagtailmito.jp/

会員になると、イベントスペースも無料で使えるという
これ、近くにあったらいいなあと思える。

いちばんよかったのはハードが立体的だったこと。
もともと洋服屋さんだったところなので
フロアの仕切りがオープンになっていて、アイデアが浮かびそう。

そんな見学ツアーのあとで小泉さんのお話。

~~~以下メモ

創業・副業支援:社会保険料を1.5倍払ってね。
ワグテイル:公設(水戸市)民営(公社)

場にいない「場づくり」の難しさ

企業創業支援っていうマジの人だけに特化しない
やりたいけど、どうしようかなあという人に使ってもらう

畑をやる部活:ローカルならでは。
飲み会以外のコミュニケーションのデザイン。

「地域」と「行政」を結ぶ価値

場づくりは、結ぶこと
公務員=ジェネラリストが求められる。

最近は中途採用が増えている。
中途専門職員:公募しなくていい。

唯一の価値:なくなった。
「価値はなんだっけ?」と考え始めている。

水戸だけではおさまりきれない。
価値の考え方を再構築する。

働くと住むをもっと自由に。
好きなまちで仕事をしたい。
拠点=ただいまって言える場所。

~~~ここまでメモ

小泉さんのお話、おもしろかったなあ。
公務員っていう立場とか、自分のおかれている環境とかを
デザインしているなあと思った。

ワグテイルの仕組みも
公設民営っていうことでのイベントの自由度が
上がったりして、仕組みとして面白いなあと思った。

僕も「本屋のつくり方講座」をやろうと思います。
ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:22Comments(0)日記

2019年02月09日

「伴奏型支援」

2月7日(木)@新潟県庁
「地域づくり支援者サミット」に出席してきました。

大正大学「地域実習」でご一緒した
柏崎まちづくりネットあいさの水戸部さんに注目していて、
そのプレゼンが聞きたかったので。

1 新潟空港でバス停までダッシュ 12:50
2 新潟駅で南口から万代口へダッシュ 13:25
3 新潟県庁で西回廊講堂へダッシュ13:45

で、なんとか水戸部さんのプレゼン2分前に会場入り。
受付してなくてすみません。





すごい人数でした。
まあ、3分の2は自治体の人でしたけど。
登壇者はフレッシュな人たちだったなあと。

柏崎の水戸部さん
糸魚川の屋村さん
川口の砂川さん
新鮮だったなあと。

たぶん、こっち系のイベントには
ヒーローズファーム始めてから行っていないから
10年以上ぶりになるのではないかな。
しばらく行かないうちに、自分が若手じゃなくなってた。(笑)

一番の感想は、特に上の3人みたいに
現場で体当たりでやってきた人たちの生の声って
めちゃめちゃ響くなあと。

実践者の声はリアリティが違うなと。
3人のお話を中心にメモ。

~~~ここからメモ

まちのプレイヤーを増やす。
キーワードは「欠落」と「有意味性」。

「欠落を抱えている人」を探す。
それをどう「欠落を補う人」に変えるか?

欠落を補う「有意味性」
「あなたはなぜそれをやらなければならないのか?」に対する答え。

有意味性とはなにか?
・過去に欠落や喜怒哀楽、得意不得意を見つけ、自己開示する
・なぜか?には理由があり、理由である原体験は模倣できない
そこから導かれる答えはあなたにしかないストーリーになる。
そこに有意味性を見つけること。

まちにプレイヤーが少ないこと

まち・社会とふれる機会が少ないこと

まちでの生き方の選択肢が少ないこと

⇒まちにふれて自分の生き方をふれる機会が必要

学校教育のインプットと社会で求められるアウトプットのギャップ
「協調性」「空気を読む力」⇒「独自性」「当たり前を疑う力」
「まんべんなく能力を伸ばすバランス型人材」⇒「特徴や個性のある特化型人材」
大きなギャップがある。

「チェンジメーカー」柏崎の中学生から大学生までの次代の担い手にソーシャルアントレプレナーシップを持ってもらうための教育プログラムを提供することで、柏崎の未来を担う起業家の発掘を目指すローカルプロジェクト。

「民間メンター」:地域の起業家の伴走型支援、
「社会とお金」:地域課題解決を事業化する方法、
「起業家精神」:感じたこと、考えたことから自主的・主体的に行動すること

↑ここまで柏崎まちづくりネットあいさの水戸部さんのプレゼンメモ。
めちゃめちゃ共感しました。
そういう「場」を地域でいかに作れるか、っていうこと。

そして、なんといっても、昨日の地域づくり支援者サミットの主演は、屋村さんでした。
面白かったし、プレゼンかっこよかった。
旦那さんの「スライド10枚以上残して終わる人なかなかいませんよ」
っていうコメントもさらによかった。笑

ということで、屋村さんプレゼンメモ

「波と母船」(糸魚川市木浦地域)
2018年春、長者温泉ゆとり館を引き継ぐ。

致しません。
地域起こし
地域活性化

そこに地域住民への思いやりはある?
若者に「あなたたちの地域は何もない」と言われたら悲しい。
「そのままの知恵、暮らし」を宝ものにするだけ。

地域・残し
「変えたほうがいい」と思っているものはありません。
「見方、見る方向が変わっているだけ」です。

今あるその暮らしを学んで、磨いて輝かせて
私たち世代から次世代に残してつないでいくだけ。
それがこの地域を「のこす」ことにつながると考えています。

★ここ、ホントそれ、って。
「地域」ってなに?

いままでの「地域づくり」は、
実体のない「地域」を支援してきたのではないか。
地域って、ひとりうひとりの暮らしの集合体だろうと。
ひとりひとりをリスペクトしているのかっていう問いに詰まってた。

「地域を置いてきぼりにしない」を学ぶ。
地域への説明の大切さ。

あとは、相談→解決の流れを繰り返す、という。
ブリコラージュの精神にあふれた、地域づくりのお手本のような事例だったなと。
相談して、地域の誰かが、いっちょやってやるか、
って立ち上がって、解決していった。すげーな。

プロセス(経過、順番)デザイン
進め方は慎重に。
誰の為に?何の為に?どうしてやるの?そこに愛はあるか?

・地域への思いやりがあって私たちの活動がある
・地域の思いを丁寧にくみ取ることをおろそかにしない
・進める順番、配慮、気付きを10個くらい考える
・地域でコトを動かすには「良いこと」「悪いこと」の判断ではなく筋の通し方で始まるか始まらないかが決まっていく。

★これ、リアル。実践から出てくる言葉で重い。
プレイヤーやったことないのに、中間支援ができるのか?っていう問いになってる。

「ぼちぼちたけだ」砂川さんのデザインも素敵だった。

・紙ベースで手書き。難しい漢字は使わない。
・コンビニでコピーできる「白黒A3サイズ」
・発行日を決めない。ネタが集まり次第発行
・なるべく手渡し
・ニヤリと笑えるネタや書き方を工夫。
・捨てられないように裏側はイラストマップ
・批判しない 傷つけない マイナスオーラ出さない
・集落情報だけでなく、地域や代表の関係性の情報も載せる。

7世帯の竹田集落に配る新聞「ぼちぼちたけだ」
7部だけすればいいという。
(増刷はコンビニですぐにできる)

いいなあ、この力の抜け具合。

~~~

現場のリアル。
それが詰まった、すてきな報告会だった。

それを踏まえて役所はどうするのか?
中間支援団体どうするのか?

みたいな会議だったのだけど。

メモにも書いたけど、屋村さんの言っていたことって
実際の現場飛び込んで、右往左往したからこそ
リアリティがあって、そうそう、そうそうって思えるのであって、

大学の先生や、コーディネーターや地域づくりの重鎮が
「筋を通すことが大事です」とか言われても、
そんなに響かないんだろうな。
「ひとり」や「ひとりひとり」にフォーカスしている重みがあるなあと感じた。

しばらく行かないうちに時代は変わったんだ。

地域づくりしたい。

コーディネーター養成講座に出て、

地域づくりワークショップを開催して、

付箋にアイデアだして、

「それいいね」と思うけど誰もやらない。

そんな時代の終わりを感じた。
(僕がそっちの業界に行かなかった理由です)

プレイヤーが飛び込んで、
地域とコミュニケーションしながら、
一緒に作っていくこと。

その「一緒につくる」の部分に、
「自分は支援者だ」と思っている人は入っていけない。
「支援・被支援の時代」の終わりを感じた。

誰が「つくる」のか?
支援者か、被支援者か?
その問いが存在している地域では
「つくる」ことは起こらないと思った。

もっと、今を、ライブに生きること。
ひとりひとりの人生に、暮らしに、フォーカスすること。

そしてやってみること。
相談すること。
発信すること。

そうやって、結果、つくられていく地域。
地域づくりは目的ではなく、結果なんだなと。

そんな方法論を、
「伴奏型支援」と名付けられないだろうか。

こういうレポートタイプのブログは、
ツイッターでメモを起こして、
そのあとからそれを眺めながら記事を書いていくのだけど、

パソコンやスマホでメモを打っていると
「誤変換」されることがたまにある。

水戸部さんのプレゼンに出てくる、
「伴走型支援」と打とうとして、
「伴奏型支援」に変換された。

えっ。
いいじゃん。伴奏型支援。
ジャズのような、即興音楽のような、
そういう「場」を地域に作っていく人。

もちろん自分自身もひとつの楽器になり、
そこに加わっているという。

それって、
どっちが支援されているんですか?みたいな。

そういう「場」をつくっていくような
地域づくりが始まっていく、
そんな予感のしたフォーラムでした。

楽しかった。  

Posted by ニシダタクジ at 06:39Comments(0)日記

2019年02月04日

「自己開示する」と「自己開示させられる」のあいだ

「続・ゆっくり、いそげの朝」@胡桃堂喫茶店(2019.2.3)





※新潟内野・「ウチノ食堂藤蔵」内の「APARTMENT BOOKS」でも販売しています。

新年に「続・ゆっくり、いそげ」を読んでから
心地よい敗北感(この場合の敗北ってなんでしょうね。言語化やコンセプト化への敗北感なのか)
に浸っている中でも何かムズムズとしていたところ、
影山知明さんにお誘いいただき、国分寺・胡桃堂喫茶店での
「続・ゆっくり、いそげの朝」で対談してきました。

テーマは「場」ということだったのですが。

面白かったのは、
影山さんがいう場の力(影山さんは漢字表記)は、
「空間」×「関係性」×「記憶」

っていうことで、
だんだんと積み重なっていくものという感覚だったのに対して
僕が昨年考えたのは。

1 誰とやるか
2 いつやるか
3 どこでやるか

っていう比較的インスタントというか、
その瞬間の場のチカラ(カタカナ表記)について
考えているのだなあと。

影山さんの言葉を借りれば、
僕は「場」へのインプットに力点を置いていて
影山さんは「場」からのアウトプットを大事にしている。

それは、
「土になりたい」「土でありたい」
という言葉にも表されているけど、

植物を育てるように、
種を蒔き、水をあげ、コンディションを整えて、
目を出してくれるのを待つ、というもの。

それが「続・ゆっくり、いそげ」のテーマである
△を▽に。だ。

文字にすればリザルト・パラダイムからプロセス・パラダイムへ
人を手段化するのではなく、ひとりひとりの人から始まる経済、世の中。
僕のワークショップの時の肩書は、チューニング・ファシリテーター。

影山さんは、そのようなファシリテーションがあまりしっくりこない、という。
無理やり「自己開示させられている」のはないか、と思うからだという。

なるほど!
と思った。

たしかに、「自己開示させられている」と不快(大げさに言えば)
に思った人が何人かいた場合、
その場の雰囲気は、なんかおかしなものになるのではないか。
その通りだなあと思った。

そして、
「自己開示する」と「自己開示させられる」のあいだ
そこには無数のグラデーションがあるのではないかと思った。

ある1冊の本を思い出した。
「中動態の世界」(國分功一郎 医学書院)。



http://hero.niiblo.jp/e487965.html
(「やりたいことは何か?」「何になりたいのか?」への違和感 18.8.20)

一部だけ抜粋すると

~~~
能動と受動を対立させる言語は、行為にかかわる複数の要素にとっての共有財産とでも言うべきこの過程を、もっぱら私の行為として、すなわち、私に帰属させるものとして記述する。出来事を私有化すると言ってもよい。

「する」か「される」かで考える言語、能動態と受動態を対立させる言語は、ただ、「この行為は誰のものか」と問う。

出来事を描写する言語から、行為を行為者へと帰属させる言語への移行。

意志とは行動や技術をある主体に所属させるのを可能にしている装置。

私は姿を現す。つまり、私は現れ、私の姿が現される。そのことについて現在の言語は、「お前の意志は?」と尋問してくるのだ。それは言わば、尋問する言語である。
~~~

「自己開示する」と「自己開示される」
の差は、実はあいまいなものだと思った。

影山さんが「続・ゆっくり、いそげ」の中で一貫して言っている
「リザルト・パラダイム」に組み込まれ、人が手段化されることへの違和感。
それは、「させられる」ことへの違和感、なのかもしれない。

~~~
P197
サポートする側としても、支援「させられる」のではなく、
自己決定に基づいて支援「する」のであれば、
それはギブし合う(支援し合う)関係となる。
~~~

それにはめちゃめちゃ同意できるし、その通りだと思うのだけど、
「させられる」と「する」の差は、紙一重なのではないか、と思うのだ。

同じ行為であっても、「セクハラ・パワハラ」に該当するかどうかは、
当人たちがそれをどのように捉えるか、にかかっているように、
発言や行動などの事実のみで、それを判断することはできない。

「支援させられる」のか、「支援する」のか、
「自己開示させられる」のか、「自己開示する」のか、
っていうのも、非常に線引きが難しいところだと思う。

たとえば、
「自己開示させられている」と認識した上で、
あえて、ここはそういう場だから、そういう場づくりに向けて、
「自己開示する自分を演じよう」と思ったとき、
それは「自己開示している」のか、「自己開示させられている」のか。

おそらくは、本屋である、ということは、
そのあいだをつくろうとしているのではないかと思っている。

たとえば、「本の処方箋」。
あなたの悩みを聞いて、本を3冊、処方します。
問診票を書いてもらい、話を聞く。
聞いている僕がびっくりするようなリアルな悩みを話してくれる。
それはマクロでみれば、「自己開示させられている」
自己開示をさせる手法として、見ることもできる。

しかし、ミクロで見れば、
その「場」には、自ら「自己開示する」あるいは「自己開示してしまう」
ような何かが存在している。
ひとつめに、僕が初対面の本屋のおじさんであること。
ふたつめに、本を処方したくらいでは、その悩みは到底解決しないということ。
この2つが、自己開示を促すことになる。

もしくは、
本屋さんの店内で、飲み会をしている。(営業時間中)



とある中学2年生女子がお姉ちゃんの塾の送り迎えの合間に、
お父さんと一緒に立ち寄ったら、なんか、飲み会してる。
「部活なにやってるの?」と聞かれる。
「実は、部活やめてやることがないんです。」と答える。
「屋台をやってみたら?」と言われて、友達をお菓子の屋台をやってみる。
(ツルハシブックスで実際に起こった話)




つまり、「する」と「される」のあいだは非常にあいまいなんだということ。

僕はそれが「場」なのだろうと思う。

「続・ゆっくり、いそげ」の中で影山さんは場が力を持つときの
5つの条件を紹介していて、
4つ目に「主客同一の要素があること」
が出てくるのだけど、

僕としては、
「主客同一」というより、西田幾多郎風に
「主客未分」な状態なのだと思う。

そして、「主客未分」とは、
「する」と「される」の境目があいまいな状態なのではないかと思う。

「支援する」と「支援される」があいまいな状態。
そういう場こそが場のチカラを発揮するのではないかと思う。
昨日の話で言えば、「参加」と「ケア」が同時に起こるということ。
本屋さんっていう空間は、それが作りやすいのではないかと思った。
今回のトークでの一番の問いはここでした。

「問いを得られる場」「問いをつかめる場」って大切だなあとあらためて。

「続・ゆっくり、いそげ」のラストに、こう書いてある。

~~~
システムをつくるには、それをつくるための原初的な問いがいる。
現代はそれが「生産性の高い社会をつくるには」なのであり、
その問いに答えようとしていると考えれば、
今の経済も政治も教育も、ある意味よくできていると言える。
~~~

新しいシステムをつくるには、「問い」がいる。

1999年、24歳の時に始めた「まきどき村」は、
僕の中の「豊かさってなんだ?」っていう問いへのアウトプットだし。
ツルハシブックスの地下古本コーナーHAKKUTSUだって、
「15歳と地域の多様な大人に出会わせるには?」という問いから始まっている。

昨日もトーク終了後に、たくさんの人が
会場にそのまま残ってランチやお茶を楽しみながら、
延長戦として話していた。

投げ込まれた問い、あるいは自分の中で生まれた問いを
そのまま自分の中だけで消化できず、みんなでシェアしていたのかもしれない。

そういう問いから、システムは生まれていくし
「システム」っていう言い方が大袈裟ならば、
仕組みやプロジェクトが生まれていく。

そういう「場」を僕はつくりたいし、
それが「本屋」だったら素敵だなあと思う。

そうやって生まれてくる「問い」に対して、
人はフラットになれると思う。

今回影山さんと話して僕が確認したのは、
・僕が「いま」にフォーカスしているということ。
・僕が主客未分、あるいは「する」「される」という概念があいまいであることを望んでいること。

「本屋のような劇場」
を目指していたのは、おそらくはそういうことなのだろうと思った。

影山さん、今田さん、参加されたみなさん、
素敵な「場」をありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:39Comments(0)

2019年01月22日

場をつくることは、未来を分からなくする方法

中目黒蔦屋朝活からの武蔵新城へ。



石井さんに久しぶりに会ってきました。

その後、新潟・粟島のゲストハウス「おむすびのいえ」の
花ちゃんと、新城が誇る名店「自慢亭」へ行き、タンワンメン。


おいしそうに食べるなあ、花ちゃん。(笑)

その後、定休日の「book & cafe stand shinjo gekijo」へ。
マネージャーの真希ちゃんと3人で話をしてました。



2時間半があっという間に過ぎていったのだけど、
一番印象的だったのは、花ちゃんの一言。

「場をつくるっていうことは未来を分からなくするってことだよね。」

ゲストハウスやっていると、いろんな人が来る。
その出会いによって、人生が動く。
だから、ずっとゲストハウスをやっているか?
って聞かれても、わからないとしか答えられない。

場をつくる、場を持つ。
っていうのはそういうことなんだ。

そっか。
そうだよね。
「場」っていうのはそういうものなんだよね。

ってすごく納得した。
そういう場が「一期一会」の空気をつくり、
(おそらくゲストハウスの最大の魅力はそこにある)
そういうのを大切にしたい人が集まり、人生が動いていくんだよね。
それは、カフェでも本屋でも同じだと思った。

夜は、「イナカレッジ・ラボ」。
いま、湯島天神のすぐ下に、ラボをつくる構想中で、
日曜日に小さな本屋をやり、
昨日はイナカレッジ・ラボというイベント。







新潟・飯塚商店の米を食べてからワークショップ。
今回も前回に引き続き、キーワード・カフェを行った。

時間が足りない。
という声が続出。
いい時間となった。

「キーワードカフェ」のいいところは、

感性でキーワードを選んで、
そのあとで理由をつけていく、

そして何より、みんなが、それ、なんで?

っていうように「問いから始まる」
からではないかなあと思った。

昨年秋に茨城大学で「場づくりラボ」をやったときに、若松さんが
「西田さんのワークショップはもやもやして終わる。スッキリしない。」
って言われたけど、

それって、「問いが残る」っていうことなのではないかな。

「問い」って言っても、
それが言語化されていないかもしれないのだけど。

ああ、そうか。
言語化されていない問いがある時の状況を
「もやもやする」っていうのか。

確かにそうだよね。
「違和感」とかってまさにそう。

それをもらうんだ。
ワークショップっていう「場」によって、

それはもちろんひとりの「人」の発言や
発言を聞いた中で自分の中から立ち上がってくる感情なのだろうけど。

「場をつくる」とか「場に参加する」「場の構成員になる」っていうのは、
そういう問いをキャッチして、もやもやするっていうことなのかもしれない。

そこから自分の内部で、
問いが始まっちゃっているから、
それによって、未来が変わっていくのだろう。

花ちゃんが言ってた、
「場をつくることは、未来を分からなくする方法」
ってそういうことなのかもしれない。

言語化できてない未来の種を手に入れる方法。

それが「場」なのかもしれないなと思った。

本屋やライブラリーという「場」もきっと、
そういう種を手に入れる「場」になっていく。  

Posted by ニシダタクジ at 07:56Comments(0)

2018年10月19日

雪国の誇りをコンテナ輸送する

今朝は坂戸山に登りました、
雲海、きれいでした~。







昨日は大正大学「地域実習」31日目。

一般社団法人「ゆきぐに利雪振興会」の高橋悟さんに
お話を伺う。



まずは高橋さんの熱の入った講義から。

~~~以下メモ

消雪パイプが新潟の暮らしを劇的に変えた。
除雪→融雪になった
長野・北海道では地表に出た瞬間に凍ってしまう。
チェーンがスタッドレスでもいけるようになり、
スキー場に人があふれた。
観光産業の発達などにより出稼ぎに出なくてもよくなった。
一方で地下水のくみ上げによる地盤沈下などの問題もある。

これまでの雪との歴史
酷雪→克雪→利雪→楽雪
  消パイ・スキー場
※昔は出稼ぎ・機織りをしていた  

利雪:雪をお金にする発想力が必要

酒蔵の使うお酒:雪解け水:溶けた雪
コシヒカリをつくる:雪解け水

雪室:入れるとおいしくなるのは雪国の人は知っていた。
にんじん・だいこんなどの根菜類は甘みが増す
→なぜ甘くなるのかわからなかった。

八海醸造の雪室:自然循環型
自然循環でお酒を貯蔵している。
最初に投資はかかるけど、ランニングコストは安い

お米を貯蔵するのは
機械システム型で空気だけを冷やす。
(湿度が高いとダメ)

「雪は恵みである。」

ゆきぐに利雪振興会
東京オリンピックの競技へ雪を生かすことを目指す。
今年はお台場のビーチバレー会場へ。
トラックではなくJRのコンテナを使って輸送する。

断熱シートではなく、
ウッドチップで覆う。

断熱シート:6,7年で劣化
ウッドチップ:3年で腐食する
→腐食したウッドチップ:ドックランに最適?

これまでは雪を解かすのにエネルギーつかってた

これからは雪からエネルギーをもらおう

自然エネルギー:電気を起こすだけじゃない
雪の冷たさで冷やすこともエネルギー

~~~ここまでメモ







講義のあと、
実際に雪を貯蔵している山へ見に行く。

高橋さん、いい顔してるなあと。

高橋さんが東京に運んでいるのは、
単なる雪ではなく、
「雪国の誇り」そのものなのだろうなあと思った。

自分たちが育った、また暮らしている南魚沼の
誇りそのものを、全国に発信していく。

雪室や利雪プロジェクトは、郷土の誇りを生んでいると思いました。

そこへの共感が南魚沼のファンをまたつくっていくのだろうと思いました。  

Posted by ニシダタクジ at 06:46Comments(0)

2018年10月07日

なぜ本屋なのか?

「本屋である」ということ
http://hero.niiblo.jp/e487816.html
(18.7.24)

8月下旬に某ケーブルテレビのインタビューを受けた時。
そんな問いを問われた。

「西田さんはなぜ、本屋なのか?」
つまり、なぜ本屋という方法をとるのか?

http://hero.niiblo.jp/e485430.html
「本屋」という方法
(17.7.25)

http://hero.niiblo.jp/e455612.html
滞在時間を増やすとリピーターになる
(14.11.2)

とまあ、
なぜ本屋なのか?
っていう問いは終わりのない旅なのだけど。

今回の東京・茨城出張で感じたこと。



10月4日朝:佐藤孝治さんと「燕湯」→「つなぎ道」インタビュー
10月4日夜:NPO・NGO勉強会「草莽の集い」ゲスト
10月5日夜:茨城大学iOPラボ「場づくりラボ」開催
10月6日朝:上野公園スタバ朝活「とやまゆか学」
などなどから。

「目的を持って始めないこと」
「課題を解決しないこと」

これがとても大切なのだなあと思った。

そしてそれが表現できるのは、
本屋という空間が大切なのだと。

まずは「場」に参加してもらうこと。
心を開いてもらって、話を聞き出すこと。
気がついたら行動を起こしてしまっていたこと。
機会の提供であって、結果は気にしないこと。

たぶんそういうの。
そういうのがやりたいのだよ。

それが一番実現するのが本屋という方法なのだろうなと思った。

それは、キャリアデザインへの違和感。
「やりたいことがわからない」という悩みへの違和感。
「夢」や「目標」を問いかける学校社会への違和感。

そういう違和感を自分なりに表現したもの。

それがまきどき村という畑であり、
ツルハシブックスという本屋であり、
暗やみ本屋ハックツというプロジェクトなのだろう。

犯人が最初から分かっている推理小説を、
誰も読み始めたいとは思わないだろう。

最初は言語化できなかった違和感を追いかけて追いかけて、
いま、ここに来ました。

安西先生、おれ、本屋がしたいです。  

Posted by ニシダタクジ at 09:35Comments(0)

2018年10月04日

人間も一本の織り糸に過ぎない

大正大学「地域実習」15日目。
十日町DAY3.
まずは博物館で火焔式土器のお話から。

僕、恥ずかしながら、
縄文式土器は全部火焔式土器だと思ってました。
ほんとすみません。

「火焔式土器」は
火焔の文様をした縄文時代の土器のこと。
ちなみにこの文様は、共同体の範囲の大きさを
示し、火焔式土器の文様は
比較的狭い分布域となっていて、
東北や関東の多くの土器と違い、
ほかの地域とまじりあっていないのが特徴で

雪が多かったので移動がしづらかったのではと言われている。
そして、火焔式土器はほかとはまじりあわずに突如消えてしまう。

そもそも土器が縦長になっているのは、
吊るせないので、横から火を当てたからである。

文様をつけるというのは、
仲間同士であるという印で、
共同体の一員であることを示している。

火焔式土器は、
岡本太郎氏によって見いだされ、有名になった。

現在でもヨーロッパをはじめ、
世界各国の美術館で展示されている。

その後、「つねるぺ」こと
野沢恒雄さんの話を聞く。

縄文人からのメッセージとして、
シアトル酋長のメッセージを久しぶりに聞く。

13000年もの間、
戦争も環境破壊もなかった縄文人の暮らし。

「すべての生命は一つの織物である。
それを織ったのは人間ではない。
人間も一本の織り糸に過ぎない。」

そうそう。
そうだったよな、って思い出させてくれた。

その後、野沢さん魂の

「縄文の踊り」を鑑賞。

ランチは、ラードごはん。

油すげー




午後からは、10月1日にオープンしたばかりのシェアアトリエ「ASTO」へ
代表の滝沢梢さんに話を聞く。


あー、ここで本屋さんやりたいわ。

着物産業の材料やとしてひいおじいちゃんが創業した滝沢家。
梢さんは四代目にあたる。

社員寮だった二階の場所を
シェアアトリエ&コワーキングスペースに改装。

きっかけは十日町のビジネスプランコンテストだった。
それに応募するために書類を書いていたら
どんどんやりたくなっていったという。

着物産業は最盛期は600億の経済規模があったが、
現在は30億までしぼんでいるという。
その中で当然道具・材料屋さんも厳しくなっている現状がある。

そんな中で、
着物の染めや織りの技術を生かした
あたらしいモノづくりやアートを生み出していきたいと
シェアアトリエをつくった。

なるほどな~。
こういうののベースに本屋さんがあってもいいかもって思った。
それこそかえるライブラリーの仕組みはいいのではないかなあと。

あと、すごいのはこの場所が十日町高校の目の前なんですよ。
そういう場所に本屋があったら楽しいなあと思った。

魚沼中条の縄文パワーと
ASTOのアートの力に出会って、
僕も十日町に住みたくなりました。

僕も1本の織り糸として何ができるかな。  

Posted by ニシダタクジ at 10:29Comments(0)

2018年10月03日

光を観る観光

大正大学「地域実習」14日目。



十日町市の株式会社 HOME away from HOME Niigata
(通称 Home Home https://homehome.jp/
の井比晃さん。

結婚情報誌の広告を売っていた会社員時代に、
魚沼十日町担当になった。

十日町の結婚するカップルは、
十日町ではなく周辺市町村で結婚式をするような傾向にあったという。

「十日町の結婚を盛り上げないと」と必死に考えていた
井比さんは、いつのまにか十日町そのものを盛り上げないと、
というふうになっていた。

そこに出会いがあり、
「地域おこし協力隊」という制度を知り、移住。
3年間の協力隊として勤務し、旅行会社を設立した。

~~~以下メモ

会社の特徴:お客さんを新潟に呼ぶだけの旅行業
顧客の半分は外国人観光客

事務所として使っている家:タダでもらった。
2年間かけて整備した。

まちのひとに話を聞いたら
1 新しい仕事が始まる場所
2 仕事の拠点となる場所
がほしいのだという。そんなふうに意見を集約してつくった。

せっかくやるなら自分たちでやる。
木を切るところから始めた→家具づくり
エアコン・水回り以外は素人が公示した。

「地域おこし」:まずお金の話をすること。
行政・市民活動・NPO
⇒お金を稼ごうと思っていない。

株式会社である理由
→もうけないといけないから

大地の芸術祭:54万人が来場した:本当なのか?
実数は測られてない。
1人1作品で1カウントされている。

実際の経済効果(いくらお金が落ちたか?)
をどのように測るか?

宿泊業のお客さんは9割が外国人
そのうち6割が中国、韓国、台湾その他アジア系

「大地の芸術祭」を目指してくる。
作家さんがアジアの人が多いから。
中国客はマナーがいい。

海外のエージェント:日本の有名観光地以外の地方がわからない
⇒地方の旅行会社のビジネスチャンス

イギリスの代理店:どうやったらその地域の観光が盛り上がるか、考えている
→大手(JTBとか)に頼むと地方はもうからないことを知っているし
→地方旅行会社はガイドブックに載っていないツアーができる。

例:人気ツアー
・地元のおばちゃんと一緒にご飯をつくろう
・棚田をベストなタイミングで見て、じいちゃんに解説してもらって、糠炊きのご飯を糠漬けをお供に食べるツアー
⇒大手にはできない。

自分で会社をやること、発信すること
→たまにすごい人が来る。
→「おかえり、ただいま」の関係をつくる

東京:関係性が低い。1時間歩いても知り合いに会わない。
田舎:関係性が高い。そこらじゅうに知り合いがいる。

2011年3月11日:帰宅難民になった⇒東京アカンかもって思って協力隊に来た。

大雪で1week封鎖される→マスコミが取材にいったら、
「大丈夫ですか?」「なにかあったん?」:地方のほうが生き延びることができる。

「働き方」よりも「生き方」「暮らし方」を大切にしたい。
「働き方」から「暮らし方」を設計するのでなく、
「暮らし方」から「働き方」を考える。
例:住む場所から先に決める。

地域おこし協力隊:モラトリアム(猶予期間):大学に行くようなもの

「雪を活かす」
東南アジア観光客は雪で喜ぶ:スキーやスノボをしない。
雪遊びがしたい。
たとえば平日のスキー場を貸し切りにして、
雪遊びを存分にするとか

「課題を挙げる」
「遊びに来る」よりも「学びに来る。」
雪国の暮らしを解説すること。
背景、歴史、知恵、日常の生活を語ること
課題を語ること。
「学び」こそが最強のエンターテイメント。

世界遺産的観光開発ではなく、
何度も来てもらうビジネスを

そもそも「観光」とは、
城主が領民の暮らしぶりを見せたところから始まる
それを体験を含めて見てもらうこと。

関係人口:かかわり続ける人を増やす。

~~~以上メモ

面白い人いるなあって。
「働き方」より「生き方」「暮らし方」
ってホントそうだななって。
そういうシフト起こっているよなって。

そして井比さんの面白いところは、

観光の名の通り、
地域の光にスポットを当てて、
それを最大限に活用しようというところ。

まさに「顧客」と「価値」を
考えながらツアーを作っていくところ。

そもそも観光は
城主が訪問者の他の城主に自分の領民たちの
生活・暮らしぶりを見せて、
「どうだ、おれの国づくりは」っていうのを
見せるところから始まったのだという。

わ~。
そうだよな、それそれ、って。

上に書いてあるような棚田ツアーとかって
やるほう(語るおじいちゃん)も
めっちゃ楽しいだろうなあって。

まずはツウの外国人に売り、
その後、日本人にも広まりそうだなあと。

いやあ、僕もそんな旅行つくり、したいなあ。  

Posted by ニシダタクジ at 19:22Comments(0)

2018年09月30日

ものづくりがやりたくて、この会社に入ったんだ

大正大学「地域実習」10日目
株式会社竹内電設の竹内一公社長より。
昼休みに見た柏崎の海も。





AKK(明るい柏崎計画)と
株式会社AKKプラス(AKKの事業団体)
の説明を受けた。

~~~以下メモ

地域の経済が成り立たないと、
自分たちも成り立たない。

竹内電設:電気設備業
ブルボン本社やテック長沢の
電気設備工事を担当
「お客様の生産性に貢献する」

AKKプラス
防災、観光、エネルギーをテーマに事業開発。

防災無線:60億円事業
⇒柏崎で作れないか?

柏崎:部品産業のまち:ラジオまで持っていけるのか。
付加価値をつけるにはラジオまで開発したい。

通信大手7社へ営業をかける
→ほとんどが門前払い
たった1社話を聞いてくれた。

「技術屋は誰かのために何かをつくりたいんだ」
「ものづくりがやりたくて、私はこの会社に入ったんだ。それを思い出させてくれた」

1 被災経験に基づいた本当に必要な情報を届ける「いのちつなぐラジオ」
2 製造業の集積を活かした革新的な地方創世の試み
AKKプラス:みんなで雇用をつくる

「地消地産」(地方で消費するものは地方でつくろう)
わくわくする方法でお金をもうけること。

~~~以上メモ

届く人には届くんだなあと。
AKKプラスが開発したラジオが
防災ラジオとして採用されることを
強く願う。

素敵な物語がうまれつつあります。  

Posted by ニシダタクジ at 19:52Comments(0)

2018年09月29日

工場は嘘つかないですから

大正大学「地域実習」10日目。

製造業のまち、柏崎。
伸びてる会社「テック長沢」さんへ。
いわゆる「まちの鉄工所」
代表取締役の長澤智信さん。

ていねいにも「柏崎の工業について」から
レクチャーしていただいた。

~~~以下メモ

明治前期:石油産業が盛ん
日本石油(現エネオス)創業の地。
精油所がたくさんできた。

明治中期:新潟鉄工所開業

昭和初期:理化学研究所柏崎工場
化学工業を開始。
リケン(ピストン製造)、リコー(コピー)、
協和発酵(医薬品)などが生まれる。
軍事産業に使われていく。

鉄道も石油を運ぶために早く敷かれた。
しかし、石油はすぐに枯渇していく。
⇒金属加工業へ転換
製造業のまち、機械金属系

テック長沢
部品・組み立てに強い
金属部品の総合メーカー
工場は24時間稼働

自動車部品(おもにガソリン車)をつくっている。
電気自動車:普及はまだ先。
1 電気を安定供給できる国は珍しい
2 電池の機能がまだ乏しい

新興国(中国など)は
電気自動車を開発する
トヨタにはガソリン車ではかなわないから

テレビCMしない
知っている会社=CMしてる会社=B to Cビジネスの会社

テレビCMしても自動車は売れるけど、
自動車部品は売れない。
⇒業界向けの展示会・商談会に出ている。

オモテに出てくる:華やかな仕事よりも
そうじゃない仕事のほうが多い。

鍛造(たたく)、鋳造(型に流し込む)、切削(除去)加工(きる)
を込み合わせてコストを下げる。

テック長沢の強み

1 異形ワークの中ロット(月間1,000~5,000)量産切削加工
  クランプ治具(モノを固定する)の設計製作を100%内製

2 世界最新鋭の工作機械と伝統の加工技術の融合
⇒いい機械つかってもいい人がいないといいものできない。

3 社員が若い/環境づくり
  ・失敗おめでとう
  ・答えは一つじゃない
  ・得意をいかそう
「失敗しない方法が1つだけある。それは何もしないことだ」

4 多様な人財による人間力
  ・働きやすい職場
  ・女性の比率高い(30%は女性社員)

5 下請けではないパートナー戦略
  ×お客様は神様
  ○お客様はモノづくりのパートナー
  ★品質、納期、価格

2007年リーマンショックで仕事が95%減少した。
⇒社員を減らさず、勉強会をした
現在、伸びまくり。
設備投資と人材育成が必要なので倍々ゲームでは伸びないが、
前年比130%を達成。

社員旅行を毎年やっている(自由参加)
→お互いの信頼関係構築のため

柏崎で感じるデメリット
・経験人材の不足
・市場が小さい
・物流に費用が掛かる

柏崎で感じるメリット
・労働力の確保が比較的容易
・生活コストが安い
・敷地が安い
・行政からの支援
・まちぐるみの一体感
・頑張る人がわかりやすい

「のっかる先がない」
のっかりたい人には生きづらい
⇒やりたいことがある人は応援してもらえる

地方で雇用を生み出すこと
⇒住むことができるということ
ものづくりは人を幸せにする道具

製造業と観光業だけがよさからお金を稼ぐことができる。

「工場を見てください」
「工場は嘘つかないですから」
「従業員の顔、5S、リアルで感じてみてください」

会社:条件じゃないはず。感じてほしい。

唯一の技術なんてもものはない。
適正な価格で売ること

~~~以上メモ

人柄。
にじみ出る。



工場見学のラストに言っていたこと。

「工場を見てください」
「工場は嘘つかないですから」
「従業員の顔、5S、リアルで感じてみてください」

会社:条件じゃないはず。感じてほしい。

お客様はパートナー。
唯一の技術なんてもものはない。
適正な価格で売ること

これ。
これだよなあって。

現場。
感じること。
お客様はパートナー。
そんな会社と取引したいよねえ。

テック長沢。
就職先としてもオススメします。
まずは長澤さんに会ってほしいなあ。  

Posted by ニシダタクジ at 18:18Comments(0)

2018年09月28日

「機会」を「ご縁」に変える

公益財団法人 ブルボン吉田記念財団が運営する
「ドナルドキーンセンター柏崎」
http://www.donaldkeenecenter.jp/




ドナルドキーン先生の書斎の再現



午前中はセンターの概要と内部見学
午後は財団の理事、吉田眞理さんに話を伺う。
27日に話を伺ったブルボンCSR担当の小保方さんの話も合わせてメモ。

~~~以下メモ

東日本大震災のあと
「ともに生きたい、ともに死にたい」
と日本への帰化を表明。

「百代の過客」
新聞連載は司馬遼太郎の一言から始まる

司馬は「戦友」である。

安いからという理由で買った「源氏物語」(英訳)
に戦争からの逃避もあって惹きこまれていった。

「縁」を大切にする。
「縁」:戦争、地震、出会いすべて

自己肯定する。

~~~以上メモ

「ドナルドキーンセンター」は
キーン先生との3年間のご縁が実を結び、
新潟・柏崎の地に誕生した。

それって、吉田さんと
会社としてのブルボンそのものの歩みだったんじゃないかと思った。

▽▽▽以下ブルボン本社メモ





ブルボン:関東大震災の翌年から
ビスケットで創業。
⇒災害時でも食べられる、保存が効くから

経営理念:
利害相反する人を含めて集団の生存性を高める

他社と比べて商品・営業所・従業員数が圧倒的に多い。
雇用を生んでいる。

CSR‐CSV ヨーロッパでは常識。

CSR:企業の社会的責任
企業が「持続的発展」をしていくために
「事業活動を通して」
「新しい価値」を生み出し
社会から「信頼」されること

本業を通じた持続的な社会課題の解決

CSRを通じた
新規顧客開拓、社員活性化、地域経済の活性化ができる。

CSV:共通価値の創造:社会価値と経済価値の同時実現

利潤と道徳を調和させる:
日本的経営「論語と算盤」(渋沢栄一)「三方よし」(近江商人)


ESG投資、SDGs


社会価値↑ CSR      CSV
     コンプライアンス PPP(経済価値に軸足)

        経済価値→

ブルボンのCSV
社会の諸問題を自社の収益機会獲得機会としても捉え、
自社の強みを活かしたそれらの社会的課題の解決に貢献。

△△△以上ブルボン本社メモ

なんていうか。
人、地域を大切にする会社なんだなって思った。

いま、調べたのだけど、
ブルボンの従業員数は
同業他社に比べて圧倒的に多い。
売上高は5位経常利益率は6位なのに、だ。
https://gyokai-search.com/4-kashi-jyugyo.html

それだけの人を雇用して、
利益を確保するのはすごい経営努力なんだなあと。

「人」そして「ご縁」を大切にするからこそ、
ドナルドキーン先生とつながり、
「ドナルドキーンセンター柏崎」ができた。

あれがブルボンそのもの
吉田財団そのものなのだろうなと。

キーン先生の新聞連載タイトル「百代の過客」は
松尾芭蕉の
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。」
からきている。

また旅人なり。
みんなが旅人だとしたら。

今この瞬間の「ご縁」を大切にする。
それぞれの「旅」(人生)を自己肯定すること。
たぶん、そういうことなんだなあと。

「やりたいことは何か?」
「何になりたいのか?」

という問いではなくて、
「何を大切にしていきたいのか?」
「どうありたいのか?」

が必要なのではないか。
そして、あなたはなぜ旅に出たのか?と

松尾芭蕉は、
自らの旅への欲求を抑えきれずに
「奥の細道」へと旅立っていく。

キーン先生はおそらく。
日本文学にそんな「美」を見た。

三島由紀夫や川端康成をつづって、
「美」という言葉をつかう。

「美しく生きる。」

この答えのないテーマに挑む人たちと出会い、
それを研究した。

キーン先生もまた旅人だった。
いや、僕たちひとりひとりも旅人なんだ。

だから、目の前の「機会」を「ご縁」に変えること。

大地震や戦争さえも、
キーン先生にとっては「機会」に過ぎず、
それを「試練」ではなく「ご縁」へと変えていった。

そんなことを感じられる柏崎の
「ドナルドキーンセンター柏崎」。
人生に迷った人におすすめです。

あなたもまた旅人なり。  

Posted by ニシダタクジ at 08:12Comments(0)

2018年09月27日

過去の「違和感」を掘り下げる

大正大学「地域実習」8日目。
午後は株式会社with you
小林俊介さん

午前も思ったけど、
うわあ、すげー人いるなあって。
衝撃だよね、もう。

これを大学1年生で授業で聞けるって
すごいなと。

4000円/1H
払っている価値あるわ、と。

このプログラムを
一般の人に売ったほうがいいと思いましたよ。

ということで
with youの小林さん。



「inclusion&innovation」
と会社に掲げてある。

そのテーマにまい進している会社。

~~~以下メモ※表記は「障がい者」に統一してあります。

父が脱サラして会社を設立
特別支援などなかったので
障がいがあることが当たり前だった。

少年期の違和感/途中で彼らと離れ離れになること。

18~25歳:ただのクズ
自分の好きなことだけをやっていた
25歳の2010年1月1日の交通事故
無になって人生リセットした。

死ぬんだと思ったとき、この人生でいいのかと思った。
少年期の「違和感」を思い出した。
あいつらいなくなったのはなんだろう?
障がいと向き合うことを生涯の仕事にすると決意
福祉はひとつのツール

問題意識と違和感
1 まちなかで障がい者見かけない
2 シャレにならない低賃金
3 福祉業界はビジネスのセンスがほぼゼロ
4 企業の人たちは福祉バリアの中が見えていない。
5 働きたくても仕事がない障がい者と人手不足企業と高齢化地域

持っていたリソース
1 幼少期からのダイバシティ経験
2 父の30年以上にわたる障がい者雇用
3 事故でもらった未来意志

必要としたもの
1 「福祉」をやるための最低限の知識
2 「福祉」をやるための清廉潔白さ

(主婦+障がい者)×(製造業+就労支援)
⇒社会課題の解決
道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である(二宮尊徳)

会社の収入
1 訓練等給付金
2 製造業の仕事

ちりばめた工夫
1 法人格:株式会社でスタート。他会社とコミュニケーションとるため
2 スタッフ:主婦だけ。福祉未経験
3 制服:カジュアル。そのまま買い物いける
4 看板:カッコよくデザイン
5 自力通勤:公共交通によるインパクト
6 勤務時間:14時半まで。まちに出られるように
7 アウトプット:メディア戦略、プレスリリース
8 イベント:地方じゃ誰も見たことないことを

結果
・障がい者を取り巻く環境の変化
・地域や企業の「福祉」に対するイメージの変化
・若手の福祉人材の活性化

「地方で働き、地方で生きる、イキって生きる」
課題の数だけビジネスチャンスがあり、「個」が際立つほどに同志が増える
困難を乗り越えるたびに心が躍る
⇒地方で働く醍醐味

信念に基づいてやってきたことが
実はSDGsだった!
インクルージョン&イノベーション

障がい者によりそうのではなく、
よりそわなくてもいい社会をつくる
信念に背かずに、カッコよく。

障がい者は感動の対象ではない。
自分たちがいなくなることがゴール
柏崎では、そんなこと(障がい者雇用とか)当たり前だよね、っていう社会

できないからやらせないのではなく、
どうやったらできるか考える。
自分たちで考えてもらう

個人に戻れる場をもっておくこと。
いま身にまとっているものを全て脱いで語れる場所を持つこと。

~~~ここまでメモ

美学。
というか、美しさとは何か?
って考えさせられる。

そしてそれには、
自らの過去の「違和感」を掘り下げること
が大切だなあと思った。

自分の過去の感情の揺れを解読すること。
そこから始まるなあと。

「障がい者に寄り添うのではなく、
寄り添わなくてもいい社会をつくる」

「柏崎ではそんなこと(障がい者雇用とか)
当たり前だよねっていう社会をつくる」
自分自身が考えるカッコよさに向かっていく。

そんなことを感じた。

柏崎4人衆
あいさの水戸部さん
小清水の矢島さん
la Luce e L’ombraの西村さん
with youの小林さん

彼らに共通するのは「発信力」だ。
自分の言葉で語り、メディアに出て、
応援者、ファンを増やす。

そうやって未来に向かって行くエネルギーを感じる。

この4人に会って現場見て話を聞ける旅。
名付けて「柏崎変態ツアー。」
(僕が言ったんじゃないですよ。矢島さん水戸部さんが言ったんです)

これ、来たい人いっぱいいるんじゃないかなあ。

ツアコンやりたい。  

Posted by ニシダタクジ at 08:52Comments(0)

2018年09月27日

「実験室」で始めてみる

大正大学地域実習8日目。

午前は、夢の森公園のカフェ
「I’m home」で。


西村遼平さん:
有限会社la Luce e L’ombra
カフェ:I’m home(夢の森公園内)
ケータリング:Boratorio
を展開している。

いやあ、すげー人いるな、って思った。

会社に勤めながら
ケータリングのサービスを仲間4人とスタートして
半年先まで予約で埋まってて、
それで独立してカフェ始めました。

みたいな。
4行で書けちゃうけど、
ホントすげーって。

~~~以下メモ。

会社につとめながらケータリングしてた。
ケータリング:半年先まで予約で埋まってた。
告知:口コミのみ

高校卒業して眼科に就職した。
医療=接客業:体に不安をもっている人がくる=それを接客する

22歳:父の手術
→地元帰ってきて転職:飲食店のホール。
→料理を学びたかったのでキッチンに入りたかったが接客が良すぎてホールへ。
→ウェディングプランナーへ。

28歳:このままだとお店もてない!
「Boratorio(実験室) La Luce L’ambra」をスタート
→実験室が取れて、会社になった。

休業中・営業後の飲食店を使用:家賃タダ
→facebook告知:広告費タダ
全員が素人でやった。
・料理人×2
・接客のプロ目指したい
・デザイナー
・写真とる人

思いはあるけどやってない人
お店をやるけど無リスクでやってみないか?
お金は払わないけど(当初)、ほかに得るものはあるよ。
お金じゃなくて思いのあるやつが集まった。

告知2日で58席予約/24席
コース料理を3回転させた

ケータリングチーム
・ユニフォームつくった
・家賃払わない
・人件費+材料費だけ
→利益率高い

・リスクを少なく、利益を出していくこと。
「まちのために」:数字がついてこないとひとりごと
「思い」と「ビジネス」を両立させていく。

「地産地消」:簡単じゃない。
トマトソースは夏しか出せない。
今あるもの=旬のものしか使えない

「今売りたい野菜、旬の野菜なんですか?」
→全部ください
→それからメニューを考える
主婦が冷蔵庫見ておかずつくる感覚
この食材で何ができるか?

「食べる人」「つくる人」「料理する人」が
みんなハッピーになる。

「地産地消」が目的となっていないか?
ゆがんだ地域愛:直売所で野菜買ってます、みたいな。
「地産地消」を目的にしない。
それをやることで「外」に売れるようになる。

B級グルメ:その場所に来たからついでに食べる
A級グルメ:それを目的に来る
地元に支持されていないものを外に出せるのか?

「めんどくさがらずにめんどくさいことをやるか?」
効率よくやらないこと

ぐるっとまわって自分の利益になる。
ケータリングサービス:料金表・メニュー表がない
→ウェディングプランナー経験が生きてくる

お金じゃなくて思いが真ん中にある。

【大学生へのメッセージ】
・悩んだり苦しんだほうがいい
⇒気づきは早いほうがいい、始めるのも早いほうがいい

座っているだけで4000円/1H払っている
眠いならやめたほうがいい。
させられているならあらためたほうがいい。

成長したい人:採用しない 会社は生産しなきゃいけない
成長→成熟

器の大きさ:時間かけてる長さじゃない
→出来事・瞬間に広がる

感じること:危機感・違和感を持てば、
何者かになれる

0を1にする力
とりあえずOKすること。
とりあえずやります。
「実験室」で始めてみる。

勘違い=重要

しっかり遊んだ
遊び=本気だった
どれだけうまくやるか?向上心を持った
⇒趣味の領域を超えてる、と言われた。
⇒言語化してきた

後天的天才:目の前のよさを言語化できること。
遊びで培われた。
人がお金をつかう理由を言語化する。
・特別感、非日常感
・自分をよりよくしていける

好きになる没頭できる。
トップを取ることができる

~~~以上メモ

柏崎80年代生まれ4人衆。
「あいさ」の水戸部さん
小清水の矢島さん
with youの小林さん
そして西村さん。

4人を分析して西村さんが言っていたのが、

どうやってそこに到達するか?のアプローチの違い。
なぎ倒していく:水戸部さん、小林さん
よけていく:矢島さん、西村さん

なるほど。
僕はよけていくほうかな、と。

あと、印象に残ったのは、
「実験室」で始めること。

「Boratorio(実験室)」と名付けて、
始めてしまうこと。

そこで試行錯誤、スキルを向上して、
次に進んでいくこと。
そうやって道は拓けていくんだな、と。

あとは「天才」の定義。
西村さんは「後天的天才」と言っていたけど、
目の前にあるものが
「なんでいいのか?」を言語化できることだと。

たしかに。
それが言語化できると、
次にカタチにできるもんね。

それを西村さんは
遊びを通して学んだのだという。
西村さんは遊びでも全力投球で真剣にやる。
ダーツでもボーリングでも研究して極めたくなるのだという。

ああ、そうやって、
自分の「好き」を言語化してきたんだろうなと。

ランチはこんな感じ。




野菜が歌を歌っているようでした。  

Posted by ニシダタクジ at 08:31Comments(0)

2018年09月19日

「変わっていく自分」を前提にする

「福島白河にもうひとつの拠点をつくる」合宿。


2泊3日の工程を終えました。
僕自身のお題は、このツアーの
参加者にとっての価値を確認すること。

ひとりひとりのリアルな発言に耳を傾け、
「価値」を確認すること。

参加者のひとりが帰りのバスの中でつぶやいた一言。

「私が地域に関わりたい理由。居場所をたくさんつくる。
変わっていく自分を受け入れるために、生き方のバリエーションを増やす。」

それだ、って思った。

「変わっていく自分」を前提にする。

だから、二拠点目が必要だし、
だから、青砥さんが冒頭に言っていた
「他者」と「余白」が重要なんだし、

17日のブログに書いた、
http://hero.niiblo.jp/e488110.html
(もうひとつの拠点をつくる18.9.17)

体験を通して、「価値」に気づく。
同世代との対話を通して、「大切にしたいもの」を感じるっていうことが
切実に重要なものとなってくる。

そう。
「価値」は常に流動しているからだ。

ひとりひとり価値は違うし、
かつその自分の価値さえも変化し続けているから。

「個人」っていう考え方は、
変化しないことを前提にしていないだろうか。

やりたいことは何か?
とか
あなたの将来の夢は?
っていう質問は、

「個人が一定期間、変わらないこと」を前提にしていないだろうか。

「変わっていく自分」を前提にする。

そのとき、
「やりたいこと」と
「やっておいたほうがいいこと」と
「やらなければいけないこと」
に差があるのだろうか。

17日のブログから、さらに参加者の発言を引用する。

「東京は類友だから、同じような人が集まっていて、
だんだん狭くなっていく。他者に出会えない。」
「好きなことを仕事にする、っていうことは、
そういう人ばかりの集まりになって、やっぱり閉じていく」

「変わっていく自分」。

いま好きなことは、明日好きでなくなっているかもしれない。
世の中が変化しているのだから、自分も変化し続ける。

そのために「他者」の存在が必要であり。

それには、
「やりたいこと」も
「やっておいてほうがよいこと」も
「やらなければいけないこと」も
同様に価値がある。

やることで、「価値」や「他者」に出会えるかもしれないからだ。

「変わっていく自分」を前提にする。

何度も書いているけど、
これってかなり大切なことなのかもしれないと思った。  

Posted by ニシダタクジ at 09:43Comments(0)

2018年07月26日

「本屋である」ということ

7月21日(土)
アルプスブックキャンプ@木崎湖




とっても素敵な空間が広がってました。
「本の処方箋」も大好評でした。

その前日、7月20日(金)
カリカリブックス(仮)@伊那市駅前のミライ会議。





現在大学4年生である
店長のちあきちゃん、副店長のひかりちゃんと、
この3月まで高校生ユーザーだった
大学1年生のゆうなちゃんと
おじさん3人の計6人でミーティング。

ついつい、来年以降の話となると、
「どうやって運営していこうか?」
っていうHOWの話になっていくので、
ここは、基本に返って、WHYから始めてみる。

なぜ、ちあきちゃんは本屋を始めたんだっけ?

おもに高校生に本を読んでもらうことで、
「こんな世界もあるんだ」って知ってもらいたかった。

なぜなら、自分自身が
大学生になってから本を読んで、
世界が広がったから。
世界の見え方が変わったから。

166%を達成したクラウドファンディング
https://camp-fire.jp/projects/view/12480
を実施し、2017年にオープン。
以来、たくさんの高校生が訪れ、
メディアにも掲載された。
そのWHYに立ち返る。

そして、カリカリブックス(仮)の名前に込めた思い。

~~~ここから

カリカリブックス(仮)をきっかけに、多様な本や商店街の人に出会った高校生が、
いろんな好奇心を持って「やってみたい!」って言ったら「やってみようよ。」そう言える、そんな場にしたい。
「やってみよう」から、たくさんのことが学べるし、考えるきっかけを生むことができると思うから。
カリカリブックス(仮)の由来もそこにあります。
仮でもいいから、「やってみよう」ができる場にしたい、そういう思いが込められています。
だから、(仮)も含めてこれが正式名称です。

~~~ここまで

それを実現していくために、どうしたらいいのか?
ひとつ出た案は、
「プロジェクト化する」というもの。

これはツルハシブックスもやった方法なのだけど、
本屋を継続して経営(運営)するのではなくて、
期限を決めた「本屋プロジェクト」として
プロジェクトチームをつくるというもの。

「ツルハシブックス」は
店員サムライという制度によって、
半年ごとの「本屋プロジェクト」として運営されていた。

プロジェクトとは、
「新たな価値を創出する有期的な(期限のある)業務」のこと。
つまり、プロジェクトを設定するとは、
「顧客」「価値」「期限」を決めること。

これからの一定期間(期限)、この本屋は
「誰に」(顧客)「何を」(価値)提供するのか。
それを決めて、
期限までそれを目指して取り組むこと。

まさに
それはカリカリブックス(仮)の名前のとおり、
「ひとまず決めて、やってみる」ということなのかもしれない。
「本屋」という実験を行うことなのかもしれない。

そんなふうにプロジェクト化するって、
特に大学生がかかわることには重要だと思った。

そしてもうひとつ。
ミーティングに参加していた土田さん。
土田さんは普段はデザインの仕事をしていて、
それをやりながら、数年前に
「ブックカフェ3日間」を立ち上げた。

駅前の喫茶店を金土日だけ借りて、
ブックカフェにするというもの。
喫茶店の看板を裏返すと
「ブックカフェ3日間」の看板になってた。

そんな土田さんは
今やデザインの仕事が忙しくなり、
3日間のブックカフェも難しくなった。

いまは、週1回のマルシェの日に、
小さく本を売っているという。
名付けて「ブックカフェ3時間」(笑)

それでも土田さんは
「本業は本屋なんです。」と語る。

そして、次の一言に衝撃を受けた。

「古本屋」っていうのは「本の一時預かり」のことだ。
誰かのためにこの本をキープしなきゃ、と思うから本を仕入れ、
誰かが買ってくれるのを待つ。
それがいつなのかわからないけど。

一時預かり、か。

確かにそうかもしれない。
いや、古本屋だけじゃなくて、新刊書店だって、
その本質は「一時預かり」なのかもしれないと。

そう思うと、自分が大切にしてきた宝物のような本にも、
値段をつけて、本棚に並べてみたくなった。

生き方としての「本屋」
「本屋であるということ」
それは、「本の一時預かり処」として生きる、
というコトなのかもしれない。

21日のアルプスブックキャンブでも
たくさんの人が「本の処方箋」に参加してくれ、
本を買って行ってくれた。

僕が大切にしていた本を
(惜しげもなく=表現おかしい)手に取って、
買おうとする人には、
「え、それ買っちゃいますか?」(でもお目が高いね)
と戸惑った。

でもそこは、
本屋は一時預かりだから、と言い聞かせて、
なんとか平常心を保った。(笑)

「本屋である」ということ。

月曜日、本屋応援サービス「リトルスタッフ」の管野さんと
熱海でトドブックスを展開する村松のとっくんとお茶した。


「リトルスタッフ」のサービスの話。
本屋というビジネスをどうやって成立させていくか。
「オンラインサロン」などの活用の仕方。
などなど。

「本屋」について話し合った。

帰り際にとっくんに
「トドブックス」の棚づくりの協力依頼を受けた。
えっ。僕でいいの?と思った。
指名がうれしいので、9月の前半に熱海に本棚つくりに行きます。

20日カリカリブックス(仮)ミライ会議
21日アルプスブックキャンプ
22日かえるライブラリー企画会議&よりみちブックス選書会議
23日「リトルスタッフ」作戦会議&バーヨソラ@かえるライブラリー

と4日間にわたり、本と本屋、ライブラリーのことを
考え、感じてきました。

僕も「本屋である」と自覚して、
歩いて行こうと思います。

「本の一時預かり」っていうコンセプトはよかったなあ。
まさに郵便屋さんだなと。

届けたい人に届ける。
ハックツとかかえるライブラリーとかを思い出した。

というわけで、
「リトルスタッフ」にツルハシブックスの
ページを作りました。
いまならお試し登録ができますので、
参加をお待ちしています!

https://www.littlestaff.jp/bookstores/41

※「本の処方箋(オンライン)」をサービスに加えてみました。  

Posted by ニシダタクジ at 16:01Comments(0)

2018年06月26日

待っている人がいる「場」


作品名「僕の前に道はなく、僕の後ろに航跡ができる。」

阪九フェリーで新門司⇒大阪をワープし、
はじめての和歌山。




真言宗・高野山へ。
いきなり、生かせいのち。
シンプルで力強いメッセージ。


ベストショット。

そして、2時間の道のりを超えて、
いきたかった念願の本屋「イハラハートショップ」へ。


ウェルカムパピコをもらった。


井原さんと。

からの新宮へドライブして
ユースライブラリー「えんがわ」へ。


看板。


ライブラリーの様子。


並河さんと。

「ユースライブラリー」の名の通り。
若者のためのライブラリーというテーマで、
ゲストハウス、自習室、ライブラリーを運営。

隣には小さなカフェ「コーヒースタンド納屋」がある。
ここのカフェラテ飲んだけど、めちゃウマ。

そーいえば。
僕も、
1999年まきどき村はじめて、一軒家に引っ越して、
2000年に、
ゲストハウス(許可なし)
+本屋(サンクチュアリ出版の本だけ)
+学習塾(寺子屋風)
っていうのを始めたなあと思い出した。

ゲストハウスに泊まる旅行者(僕の友人)
が塾に来る中学生にいろんな話をしてくれたなあと。

2001年は商店街の中でお店開いてみて(これは大失敗)
2002年に不登校の中学3年生シンタロウに出会って、
NPO法人虹のおとができて、
だがしや楽校というコンセプトに出会ったころに、
2004年、中越地震が起こり、震度7の川口町と地元・巻町で
「遊びと学びの寺子屋 虹のひろば」を開始。

2006年に「ゲストハウス+学習塾」的なビジネスプランで
社会起業塾に応募したら、あえなく二次審査で落ちて、
そしたら「チャレコミ」からお誘いが来て、
大学生の地域企業でのインターン事業をやることになった。

2008年にサービスをはじめたインターン「起業家留学」は、
企業にも学生にも喜ばれていたけれど、
「自分に自信がない」とか「やりたいことがわからない」とか
言っている「もやもや系」の学生には求められるレベルが高すぎた。

2010年から商店街や温泉地や粟島といった離島での
大学生向けのプログラムをつくることになり、
それが大学生にとって大きなインパクトがあるように思い、
だんだんとそちらにシフトした。

2011年に事務所兼っていう割には本格的な本屋+レンタルカフェで
「ツルハシブックス」をオープン。
地下古本コーナーHAKKUTSU、店員サムライ、寄付サムライなどの
イノベーション(自分で言う)を起こした。

2015年から3年間、茨城大学で
大学生の地域参画プロジェクトの設計などを行う。

2016年11月にツルハシブックスは閉店。
2018年3月に新潟にふたたび戻り、「かえるライブラリー」などの
新規事業を構築中。




今朝は新宮市内のコメダ珈琲で、ひとり朝活。

昨日の「イハラハートショップ」で購入した
雨ニモマケズの新訳絵本を読んでいた。

雨ニモマケズを
Rain won't stop me
と。

そうそう。
雨も雪も、自分を止めない。
確かなものと不確かなもの。
そうやって歩いていく。

そんな「場」をつくりたいって思った。

高野山には、「確かなもの」があった。
「生かせいのち」っていうキャッチコピーがあった。
まあ、それも「問い」だとすると、
それぞれの中に「不確かなもの」も同時に存在している。

「イハラハートショップ」の井原さんからも
「ユースライブラリーえんがわ」の並河さんからも
「確かなもの」を感じた。

それは、西村佳哲さん風に言えば、「あり方」
なのかもしれない。

そして、「場」があること
それもとても大切なことだなあと思った。

本屋やライブラリーっていうのは、
場に「不確かさ」を加えてくれるものなのかもしれない。

誰かに会えるかもしれない。
何かが起こるかもしれない。

そんなエンターテイメントに満ちた「不確かさ」と
そこにいる人が持っている「確かさ」というかそういう感覚。

それを併せ持つ「場」をつくりたいと強く思った。
そしてそこで待つ人をやりたいなあと。

ああ、本屋やりたいなあ。  

Posted by ニシダタクジ at 08:23Comments(0)

2018年05月24日

「他者化」と「承認」

むつさとしさん(観光家、コモンズデザイナー、社会実験者)
に「当事者研究スゴロク」の話を聞いた。
https://tk-sugoroku.jimdo.com/


今日のメンバー


正宗屋は今日も定休日

当事者研究すごろく「降りていく生き方ゲーム」

■当事者研究とは?
北海道浦河町にある「べてるの家」と「浦河赤十字病院精神科」ではじまった
アセスメントとリハビリテーションのプログラムです。
どうにもならない自分を、他人事のように考えると
なぜだか元気になってくる不思議な研究。
合言葉は「自分自身で、共に!」「無反省で行こう!」など。

■当事者研究スゴロクとは?
むつさとし(観光家/コモンズ・デザイナー/社会実験者)が企画した
参加交流型のソーシャル・ゲームです。
オープンソースですので、誰でも自由に、
無料で作って遊べるスゴロク遊びです。
ぜひいろんなところで遊んでみてください。

https://tk-sugoroku.jimdo.com/

なんか、かっこいいんすよ、むつさんは。
今回もいい機会を頂きました。

~~~以下メモ

「他者化」するということ。
過去のトラウマも病気も、いったん他者化することで、
その他者化されたものに対して、共感することができる。

「当事者研究」では、
幻聴を「無くすべきもの」ととらえるのではなく、
ひとまず「幻聴さん」という他者化をする。
それによって、「幻聴さん」との対話が生まれる。
そうすると「幻聴さん」の言葉が変わってくる。

べてるの家では、「透明人間がいる」という結論になり、争いがなくなった。
「透明人間さん」のために、食事を用意するようになった。
ストーリーを共有する、ってそういうことか。
妄想が一個増えてる。透明人間だなんて。(笑)

「おもろい話ない?」
って大阪人に聞かれたら、「失敗談」をしゃべらなければならない。
相手は、さらにおもろい「失敗談」を話してくる。
そしたらそれを上回る失敗談を話しなきゃいけない

弱みを出せば出すほど仲良くなれる。
「こんな俺やけど仲良くしてや」

「そういうやつもおる。知らんけどな」って言える大阪。

「正直であること」が商人道の基本。
「武士は食わねど高楊枝」が武士道の精神。
学校は武士道ばかり教えていないか?

出来事(病気・つらかったこと等)を無記名で書き出し、他者化する。
その他者化されたものを他者からの共感(衝撃度)ベースで
何コマ進むにするかにレベル分けする。

自分の病名をまずつけてみる。

「世の中がどんどんダメになっていく。年寄りばっかりになる。
そしたら、助け合うしかないよね。その先には希望しかない。」
(むつさとしさんの言葉)

~~~ここまでメモ

「まわしよみ新聞」と「直観読みブックマーカー」
も陸奥さんが考えたコミュニケーションデザインだけど、
「当事者研究スゴロク」はさらにすごいな、と。

キーワードは「他者化」だ。
出来事を「文字化」し、
それをすごろくのコマにすることで、
「他者化」が起こる。

つらかった出来事を、
コマにし、それをみんなによって、
共感度(進むコマ数)を決めてもらう。
それって、「承認」のプロセスなんじゃないかな、って。
しかも「親和的承認」の。いわゆる存在承認だ。

病気だったり、つらい出来事があったけど、
いま、ここに生きている。
この場に居合わせている。
それでいいんだなって感じられる。

そのためには、悩みを真剣に聞くんじゃなくて、
スゴロクにして、遊んでしまえっていうのが
むつさん流のコミュニケーションデザインだ。

ちょうど
僕にとっては「承認」がキーワードだったので、
とてもタイムリーだった。

「他者化」と「承認」。

ひとつ、素敵なキーワードをもらいました。
ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 12:15Comments(0)

2018年04月25日

本屋の夜明け







長崎・ひとやすみ書店。
店主の城下康明さん。

空間からも、店主さんからも、
伝わってくるものがあった。

鳥取・定有堂書店につづく、新・聖地誕生かと思った。

ひと棚ひと棚、
POPひとつ、黒板ボードひとつ、
ツイッターのつぶやきひとつひとつに
「想い」が詰まっている。
「想い」の劇場のような本屋だった。

2冊の本を購入。


1冊1冊。
噛みしめるように読んでいったら
ほしい本ばかりになった。
愛っすね。

久しぶりに敗北感を
感じるような書店に出会えた。

昨日は、
ひとやすみ書店→亀山社中記念館→
ひとやすみ書店→食堂「一平」→
ひとやすみ書店
と3回行ってしまった。

今朝は、日の出前に散歩。
龍馬が見た景色に会いに行った。




日本の夜明け、
ならぬ本屋の夜明けを感じた。
ひとりひとりが、本を売る。

「本屋という生き方」の時代が
もうすぐそこまで来ていると感じた。

23日には、
津屋崎・「暮らしの問屋」内のライブラリーの話も
してきた。



おふたりの空気感にノックアウトされた。
なんか、それでいいんだなと。

オープン日は?
と聞いたら、

「いちおう6月下旬くらい」
って言われた。

しまった。
愚問だった。と反省した。

オープン日なんてないんだよ。
だんだんと作っていくのだから、ね。
自然と、人と、食べ物と、本と、コーヒーと。

その中に、ただ、自分がいて、
いま生きている。

そんな生きてる感の中にいるために、
何をしたらいいのか?
そんな問いをもらった。

「本屋の夜明け」って、
きっとそういうところから始まるんだ。

武田鉄矢が
亀山社中記念館の映像の中で言っていたけど、
「龍馬は、土佐弁で日本を、世界を語ったんだ」と
言っていた。

そうそう。
そうやって、ひとりの言葉から、ひとりの実践から、
日本と世界の未来が始まっていく。

さて。
そろそろ夜明けの時じゃないのかな。

眠ってちゃいかんぜよ。  

Posted by ニシダタクジ at 08:30Comments(0)

2018年03月29日

地域に風を吹かせる男



鳥取砂丘。

高校3年の夏、鳥取大学農学部の遠山先生の本を
読んで、僕も砂漠を緑化したいと思って、
鳥取大学農学部を第一志望にして
受験勉強を開始しました。





憧れの鳥取大学農学部へ。

ランチは学生人材バンクの事務所から徒歩10分くらいの「更科」
の塩サバ重





未体験ゾーンに突入する味でした。



夜は惜しまれつつ閉店した「ホンバコ」でトークイベント。
タイトルは、僕らが学生を街に巻き込み続ける理由

中川玄洋さん(NPO法人学生人材バンク代表理事)が
15年ほど前に学生を農村部に送り込む的な活動から
始まった取り組みについて、話を聞いた。

出発点は、自分自身が
鳥取大学農学部時代にやっていた地域活動だった。

学生時代にバリバリ活動していた玄洋さんは、
地域のおっちゃんから、こんなことを言われる。

「ゲンちゃん卒業したら、こういうのって終わるよね?」

そう。
学生団体というのは、そんなふうになっている。

初代代表が卒業すると急速に衰退する。
2代目まで元気、3代目は初代代表を知らなかったり、
接点がなかったりするので、
急速に目的を失い、失速して4代目で消える。

ゲンちゃんは、そこに問題意識をもった。

地域の情報を学生に出し続けてはどうか。
ネット時代には、地域の学生も
タイムロス無しに情報を手に入れることができる。

その情報が信頼できるか否か。
自分自身がその毒見役になる。
そんな思いでスタートした。

それが、
2002年に始動し、学生を地域に送り続けている「農村16きっぷ」だ
http://nouson.wixsite.com/nouson16kippu

そんな事業を足掛かりに、
現在では、長期実践型インターンなど、
鳥取県内でさまざまなプロジェクトを仕掛けている。

参考」「NPO法人学生人材バンク」
https://www.jinzaibank.net/

すでに16年も活動している玄洋さんの活動の秘密に迫ってみることにする。

げんよーさんの学生団体マネジメントのコツ1「自然消滅を許さない」

ミーティングでは参加者、遅刻者を明記する。
「いい別れ方をしないと、その団体に戻ってこられないし、
ほかのところであった時に、気まずくなるから」
これ、すごく学生団体にとって大事だ。

大学生のモチベーションを保っていくこと。
活動するほうも活動をやめるほうも、
きっちりと参画し、きっちりとやめる。
途中でやめること自体は悪いことではない。

「決めた」ということだ。

今回、玄洋さんが鳥取でイベントやろうって
言ってくれたのは、僕のブログのこのところだった。

http://hero.niiblo.jp/e487085.html
「世の中には二種類のおじさんがいる」(18.3.6)

活動に始めるのもやめるのも、
「自分で決める」ということ。
そしてそれを表明すること。
「自然消滅」は許さない。

そうやって、「自分で考えて、自分で決める」
っていう人を育てているんだなと。

僕が思うに、
活動する学生のモチベーションは、
究極的には「学びがある」っていうことだと思う。
「学びたい」に応えてくれるプロジェクトを、「問い」を、必要としている。
その問いは答えがある問いより、ない問いのほうがいいのかもしれない。
そういう「問い」を設定することって大事だなと。

そして、もうひとつ。
げんよーさんの学生団体マネジメントのコツ2「居場所化させない」
学生にとってその団体、プロジェクトが「居場所」化してしまうと、新しいことが起こりにくくなる。
すると、「場」や「プロジェクト」を「消費する」存在となってしまう。
その反対側には「消費させられちゃう」学生がいる。

うわ。
これ、すごく共感だわ。
ツルハシブックス閉店のときに学んだこと。
「消費させられちゃう」のはやっぱりつらいもんね。

そういう現象を目にしたら、
玄洋さんは個別に対応して、
活動を離れさせたりするのだという。

さっきの「自然消滅」の話もそうだけど、
ミーティングの議事録をチェックして、
活動に参加していないな、っていう学生がいたら、
「最近どう?」って話を聞いてみるのだそう。

おいおい。
大学よりよっぽど学生をフォローしてるな、と。
玄洋さんには愛があるな、とすごく感じた。
後輩だからね、みんな。

さらに3つ目
げんよーさんの学生団体マネジメントのコツ3「学生の入れ替わりをデザインする」
大学生は、3,4年で入れ替わる。
そこをどう引き継いでいくか。

これはよく言われる「活動の継続性」という点では、
マイナスだが、プロジェクト的視点からすれば、
同じプロジェクトを違うメンバーで動かせるということなので、
そこに新鮮さと緊張感が生まれ、
地域にとってはプラスに作用することもある。

メンバーが入れ替わるということ。

それは、活動の目的、プロジェクトの目的を
問い直すいい機会となる。

「プロジェクト」の定義は
新たな価値を創出する有期性の業務のこと。
つまり、プロジェクトを設定するとは、
「顧客」「価値」「期限」を決めること。

おそらくはこれを少なくとも毎年、
可能なら半年、または3か月に1度、
メンバーで考えることが大切なのだろうと思った。
そういえば、ツルハシブックスの「店員サムライ」制度は
半年に1度、それをやっていたっけ。

最後に、質疑応答で出た質問への答えに、
僕は玄洋さんの魅力を見た。

Q「たとえば「泥団子づくり」のような、世間的には「価値がない」
と思われていることに熱中している子には、どう声をかけますか?

それに対して、玄洋さんは言った。

「なぜ、それが好きなのか?」と問いかける、と。
そして、その価値をメタ的に見ること。
すると、次のステップが見えてくるかもしれない、と。

玄洋さんの好奇心がその一言に集約されていた。
みんな、「可能性を引き出す」って難しく言うけど、
そんな大したことじゃないな、と。

「なぜ、それが好きなのか?」と問うことができる好奇心を持つこと。
意外に、それだけかも、と。

好奇心と愛にあふれた玄洋さんに触れて、
僕もなんだかとてもうれしい気持ちになった。

「地域に風を吹かせる男」

げんよーさんがネイティブアメリカンのホーリーネームを授かるとしたら、きっとこんな感じだ。
大学生が入り込む地域プロジェクトをデザインしてゆるくマネジメントしていく。
大学生そのものが「風」だ。

そして鳥取には、今日も風が吹いているし、明日も違う風が吹く。

またきますね、玄洋さん。  

Posted by ニシダタクジ at 07:48Comments(0)