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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2015年10月30日

高校生に何を届けるか?

水戸芸術館が毎年やっている名物イベント
「高校生ウィーク」
http://arttowermito.or.jp/hssw/

高校生に現代アートやアーティスト、地域の大人
に触れてもらおうというイベント。

1993年スタートってことは
僕もまだ10代の頃だ。
(予備校の自習室で、めっちゃ勉強してた。)

高校生に「アート」を届ける
ってとっても素敵なことだなあと。

アートとは、「問い」が生まれることだと、
北澤潤さんに教わった。

僕も高校生ウィーク2016に参画したいなあと。
今年1月に松本でやった
天空HAKKUTSUとかやれたらいいなあ。
http://hero.niiblo.jp/e461405.html

「困難」とは、「使命」を確認する「機会」にすぎない。

ミッションは何か?
顧客は誰か?
顧客にとっての価値は何か?
成果は何か?
計画は何か?

困難にぶつかったと思ったら、
ドラッカーの5つの質問に立ち返っていこう。  

Posted by ニシダタクジ at 06:38Comments(0)日記

2015年10月29日

仕事とオフのあいだ

週5日、同じ時間に同じ場所に行き、
メールを開いて打ち合わせをして、
今日のタスクをこなしていく。

ふと、自分が「仕事」をしているような
気がしてくる。

「アフターファイブ」とか「週末」とかが
「仕事」ではない時間のような
気がしてくる。
つまり「オフ」だ。

怖いことだ。

「仕事」だと思った瞬間に、
それはなんだか「つらいこと」のように
感じられてきて、

「オフ」はそこから「解放」されること
のような気がしてくる。

そうじゃない。
「仕事」と「オフ」の間には、何も存在しないと思う。
そう思う自分がいるだけだ。

「仕事」でも「オフ」でもない、「ライフ」を生きたいと心から思う。

志を確認しなくちゃね。  

Posted by ニシダタクジ at 06:15Comments(0)就職

2015年10月28日

言語化の階段

世の中に「すき」を増やしたい。
それがつながる米屋コメタクのミッション。

いや、もしかしたら、
若者のキャリア形成のキーワード
なのかもしれない。

だからこそ、コメタクの3人は新潟にいるのかも。

LIKEやFAVOLITEとWITHが生まれるCHANCEを増やしたい。

きっとそういうこと。
またひとつ、言語化の階段を登る。

それは偶然とか出会いの繰り返しの
産物なんだろうと。

やりたいことが言語化できる。

それって、
すごい時間がかかることなんだと思う。

言語化を急がない。
他者への説明を急がない。

「好き」を信じて、やってみる。
やりすぎないで他者が入ってくる「隙」を持っておく。

そこで生まれるWITHを大切にしていきたい。
だから、僕たちは米屋にしたんじゃないかな。

大好きな米屋で米を買うということ。
米を炊く時間。
おかずをつくる時間。
一緒に食べる時間。

そういう「好き」と「隙」が
世の中も人生も豊かにするのかもしれないなあと。

若者たちよじっくりと時間をかけて、
言語化の階段を登ろう。

僕は、ドラマ「スクールウォーズ」を見てから、
30年くらいかかった気がします。  

Posted by ニシダタクジ at 07:00Comments(0)日記

2015年10月27日

好きと隙

「好き」のある暮らしと「隙」のある暮らし。

両方、失ってしまったのかもしれないな。

経済至上主義
目的至上主義
効率至上主義
の名のもとに。

「好き」だけでは理由にならない。

そして、
「何のために」と問われ、
「そのために」とスケジュールを埋めていく。

僕が本屋をしていて驚いたのは、
行動力があり、すでに行動している学生の中に
大きな不安を抱えている人が多いということ。

「いまやっていることが、
何につながっているか、わからない」

そう。
スティーブジョブズの言葉を借りれは、
後から点と点はつながるのだけど。

あまりに目的化・効率化を
強いられる学校生活の中では、
その余裕、つまり隙が入る余地がない。

目的最適化。
つまり最短距離を行く人生を
設計しなきゃいけないような気がしていて、
隙があると不安になる。

「好き」も同じだ。

「好き」に理由なんて要らないのだけど、
多くの人がどこが好き?なんで好き?って聞いてくる。

説明する必要なんて本当はないんだけど。
自らの感性がYesと言っていれば、
それだけでよいのだけど。

質問者がその人や現象を「理解したい」
為だけにされる質問は時に人を傷つける。

世の中に好きと隙を増やす。
コメタクのミッション。

なかなかいいミッションなのかもしれないな。

荒川河川敷で少年野球の声を聴きながら
遠くに見えるスカイツリーを見る人生の隙。

そういうのが大切だと思う人と一緒に創りたい何かがある。
  

Posted by ニシダタクジ at 07:12Comments(0)日記

2015年10月26日

理由は「好き」なだけでいい。

新潟の米屋ユニット「コメタク」の朝ごはん会、
八十八のおとも研究所
が新潟・東京・鹿児島の
全国3か所同時開催でした。

僕は東京チームの
井上有紀さんと一緒でした。

場所は曳舟のシェアハウスえんがわ。
ここがまたよかった。

前日に商店街で味噌汁の具のお買い物。
お豆腐と塩わかめを買いました。
このお豆腐がすごく美味しいの!
びっくりしました。


7時半スタート。
八十八のおとも研究所の説明


東京からはべったら漬の紹介


食事開始。

最後に、なぜコメタクをやっているのか?
全国で朝ごはん会をやったらどうか?
朝、米を炊く、というムーブメント
を起こしていくこと。

そんなことを話して、9時ジャストに終了
わずか90分のイベント。

なんだろう。
この満足感。

井上有紀さんをはじめ、
スタッフのみなさんの
準備がばっちりだったし、

井上さんも前日の昼にもイベントを
やっていたにも関わらず夜遅くまで
PCの設定など準備をしていたから、
きっとその賜物なのだろうと思った。

あとは、井上さんの関係者がいっぱい来てた。
高校・大学の同級生。
みんな、いい空気感を持っていたなあ。
あとはシェアハウスえんがわの持つ場の力。

きっとそういうのが総合されて、
あの朝ごはん会になったのだと思う。
3元中継もなかなかよかった。

「なんで米屋やってるの?」

コメタクの3人は、たくさんの人によく聞かれる。
特に井上さんは出身は東京で大学を休学して
新潟に行き、コメタクをやっているのでなおさらそうだろう。

「好きだから」

本当はそれだけでいいのかもしれないなと。

飯塚商店の飯塚さんが好き。
内野町の商店街のおじちゃんおばちゃんが好き。
一緒にコメタクをやってくれる二人が好き。

将来どうするんだ?
とか
その先に何があるんだ?
とか

それ以外の理由を求めてしまうのは、
質問者のもやもやを解消したいだけなのだと思う。

「好き」

それだけで十分だし。
それ以上の理由は必要ないと僕は思う。

人生は、今、この瞬間なのだから。  

Posted by ニシダタクジ at 06:46Comments(0)学び

2015年10月23日

もし、すべての仕事がアートプロジェクトだったら。

Think by hands!(考えながら作るのではなく、作りながら考えよ)
(マーティン・テイラー)


「21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由(佐宗邦威 クロスメディアパブリッシング)

読み始め。
chapter2「作り手魂の学校」
いいっすね。

冒頭の1文から始まります。

プロトタイピングメソッドの話。
プロトタイピングとは、試作すること。

スケッチプロタイピング(手書きでスケッチブックに書く)
フランケンプロトタイピング(紙や段ボールを使って試作)
・・・と
進んでいって、最終的には実物大体験プロトタイピングまで行く
やり方です。

ここで大切なのは、
「手を動かす」ということ。
作りながら考えるから、いいものができる。
これは、デザイナーの常識なのだそうです。

あと、おもしろかったのは、
優秀なデザイナーのプレゼンテーションのこと。

自分のアイデアをプレゼンするときに、
必ずといっていいほど
「私が解決したい課題は・・・(the problem I would like to solve is)」
という言葉から話し始めることだそうです。

並みのデザイナーは
「今回僕が作ったのは・・・(what I worked this time is)」
と言いたくなりますが、優秀なデザイナーは必ず、「課題解決」
をデザイナーの仕事としてとらえているのです。

~~~ここから引用

デザインは、それだけで世界を良いものに変えることができるような
大きな変化をいきなり生み出すことは難しくても、
日常の課題を確実に解決することで、“世界を“ちょっと良いものにしつづける”
ことなら可能です。

ですから、デザイナーにとっての課題解決とは、
ユニークな視点で課題を発見し、具体的に解決策を作り出すことです。
つまり言い換えれば、デザイン思考のスキルはあくまで世の中の課題を
解決するために使われ、そのために自分が小さな課題を確実に解決していく
ためのものです。

~~~ここまで引用

デザインとは、課題を解決するということ。
なるほど。ここなんだな。

そして、そのためには手を動かす、ということ。
試作し続ける、ということ。

なるほど。
デザインと仕事と人生って似ているなと。

章の最後にデザイナーの常識とビジネスマンの常識が書かれていた。

☆デザイナーの常識
・作りながら考える
・形にして議論する
・プロセスは緩く設定し、柔軟に変える
・良い点を見つけて強める

★ビジネスマンの常識
・何を作るか考えてから作る
・前提条件をしっかり定義し、論理的正しさから結論を合意する
・プロセスは全員が明確にわかるよう構造化
・悪い点は潰していく

そうそう、そうそう、って感じ。
どっちが正しいとかっていうはないのだけど、

これから大きく変化する時代。
しかも変化がどの方向なのかわからない時代に、
ビジネスマンの常識だけでは通用しないんじゃないかと思う。

そういう意味では、
中学生高校生が学校と家庭以外に居場所が無く、
地域のさまざまな大人との接点がないという課題に
挑んでいる「ツルハシブックス」は、
デザイナー的なプロジェクトだと言えるだろう。

作りながら考える。
今井さんと5年前の高崎イオンで構想していた絵は、
プロセスは予定と全然違ってけど、ちゃんと目的を達成しているし、
いまなお、そのプロセスの中にいる。

北澤潤さんに会ったことで、
「ツルハシブックス」はアートプロジェクトだと確信した。

いや、
もしかしたら、すべての仕事はアートプロジェクトに
変えられるのかもしれない。

そんな魔法の言葉を昨日走っていて思いついた。

「もし、すべての仕事がアートプロジェクトだったら」

自分はどう振る舞うだろうか?
つくりたい作品はどんな作品なのだろうか?
誰と共演していくのだろうか?

そんな問いが次々に生まれてくる。
いつの間にか、仕事はアートプロジェクトに変わる。

ツルハシブックスというアートプロジェクト。
参画者する劇団員を募集しています。

今年の春、鹿児島から新潟にやってきた
コメタクの吉野さくらさんが素敵な募集メッセージを書いてましたので
紹介します。


~~~ここから

「なぜ新潟に来たのか」

たぶん、私にとってこの半年で一番投げかけられた問いだと思います。
この問いに答えるには、いろいろな順序と
いろいろな出来事を辿らないといけないのだけれど、
そもそものきっかけは、去年の今頃、
ツルハシブックス~ジブン発掘本屋の『劇団員』になったことが大きいなあと思います。

鹿児島で暮らしていた時から、不思議で面白い本屋さんだなと思っていたツルハシブックス。
数回訪れて、その度にその不思議さと面白さにわくわくしていたのを覚えています。

そんなツルハシブックスが「劇団員」を募集していることをFacebookで知りました。
「本屋が劇団?」
なんだかよくわからないけれど、面白そうだなーと思ったので、
私も思い切ってツルハシブックスという本屋を舞台に演じてみることにしました。

それがきっかけでツルハシブックスとの縁が強くなって、
あれよあれよという間にツルハシブックスのある内野というまちに惹かれ、
今は内野で米屋さんをしています。そして、たまにツルハシブックスで店員もしています。

本屋のある1日を演じています。目の前にあるものや
人と向き合う為に演じています。
あの時、劇団員にならなかったら、今頃どこで何をしていたんだろう。
最近よくそんなことを考えてしまいます。

ツルハシブックスや劇団員の魅力を上手く表現するのは、
今の私には難しいのだけれど、
今内野にいることを後悔してはいないし良い舞台に立っている気がします。

今日もツルハシブックスを舞台に、
学校帰りの中学生が自分の好きな漫画の一場面について
仕事帰りの大人たちに熱弁していたり、

フラッと立ち寄った高校生が大学生に進路の相談をしていたり、
近所のおじちゃんが偶然居合わせた旅人たちに
新潟の食の豊かさを力説していたり、様々な物語が生まれています。

これからも、気がついたら世代を超えた友人や仲間ができていて、世界が広がり、
誰かの新しい人生が始まるかもしれない…
と思えるような舞台づくりを、私はしていきたいなあと思います。

ちょっと変わった本屋の「劇団員」という生き方もいいんじゃないかな。

『気づいたら私も、本屋という舞台の共演者になっていました』

\ツルハシブックスでは第3期劇団員を募集しています/
http://www.tsuruhashibooks.com/gekidan.html  

Posted by ニシダタクジ at 06:26Comments(0)

2015年10月22日

Shall we dance?

気がついたら私も、
本屋という舞台の
共演者になっていました。

ツルハシブックスのコンセプト。

英語で言えば、
Shall we dance?

共演者たちの店を創っていきたい。
それを作るのは「劇団員」という仕組み。

昨年3月。
ツルハシブックスが経営難に陥った時、
お客さんを集めて「公開経営会議」をした。

その時にお客さんの声から生まれた制度、「劇団員」。

ひとりひとりが、劇団員となり、
共演者を増やしていくような社会は、
とても素敵な社会だと思う。

僕は、この「劇団員」という仕組みに出会ったとき、
スティーブジョブズではないけれど、
「点と点がつながる」という実感があった。

農学部の学生で、全国の農家めぐりをしていた時。
「自然農」に出会って、人生が大きく動いた。

耕さない、肥料・農薬をやらない、草・虫を敵としない。

そんなコンセプトの畑をやっている
全国各地の農家を訪問し、話を聞いた。

徳島の沖津さんに言われた
「その草を残すべきか刈るべきか、畑に立つと自然と分かるようになる」
という一言で、僕の旅は終わった。

自分で始めてみるということ。
目の前の自然と対峙し、その瞬間、全力で畑に没頭すること。

「ダイコンがダイコンを全うするように、私は私を全うする」
僕の座右の銘もそのときに生まれた。

あれから15年の時が過ぎて、
本屋になった自分に、降りてきたのが「劇団員」。

自然農実践者のように、
目の前と向き合い、共演する人生を生きたいと思っていた。

それは、本屋でも可能なのではないか。
いや、本屋にいなくても、
「劇団員」という生き方がそれを可能にするのではないか。

10月31日まで、ツルハシブックス第3期劇団員を募集しています。
申し込みはこちらまで。

Shall we dance?

http://www.tsuruhashibooks.com/gekidan.html
  

Posted by ニシダタクジ at 07:40Comments(0)日記

2015年10月21日

知らない世界に飛び込むことができる人

企業訪問。
素敵な人に出会う。
茨城に来た理由がまたひとつ、見つかる。
茨城が誇るコーヒーブランド。

その道のりは決して平坦ではなかった。

知らない世界に飛び込むこと。
その連続だった。

その極意は、たったひとつ。
「間違ったら、間違ったと認める」
それだけだ。

飛び込んでいけば、素人なのだから、
当然、間違えることはある。
そのときに、それを認め、改善する。

その繰り返しが
現在の姿を作り上げている。

そして、その道を通った人だからこそ、
スタンフォード大学2005年卒業式の
スティーブジョブズの名スピーチを実感するのだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=87dqMx-_BBo

~~~ここから引用(日本経済新聞webより)

リード大では当時、全米でおそらくもっとも優れた
カリグラフの講義を受けることができました。
キャンパス中に貼られているポスターや棚のラベルは
手書きの美しいカリグラフで彩られていたのです。

退学を決めて必須の授業を受ける必要がなくなったので、
カリグラフの講義で学ぼうと思えたのです。

ひげ飾り文字を学び、文字を組み合わせた場合のスペースのあけ方も勉強しました。
何がカリグラフを美しく見せる秘訣なのか会得しました。
科学ではとらえきれない伝統的で芸術的な文字の世界のとりこになったのです。

もちろん当時は、これがいずれ何かの役に立つとは考えもしなかった。
ところが10年後、最初のマッキントッシュを設計していたとき、
カリグラフの知識が急によみがえってきたのです。

そして、その知識をすべて、マックに注ぎ込みました。
美しいフォントを持つ最初のコンピューターの誕生です。
もし大学であの講義がなかったら、
マックには多様なフォントや字間調整機能も入っていなかったでしょう。

ウィンドウズはマックをコピーしただけなので、
パソコンにこうした機能が盛り込まれることもなかったでしょう。

もし私が退学を決心していなかったら、
あのカリグラフの講義に潜り込むことはなかったし、
パソコンが現在のようなすばらしいフォントを備えることもなかった。

もちろん、当時は先々のために
点と点をつなげる意識などありませんでした。
しかし、いまふり返ると、将来役立つことを大学でしっかり学んでいたわけです。

繰り返しですが、将来をあらかじめ見据えて、
点と点をつなぎあわせることなどできません。

できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。
だから、我々はいまやっていることが
いずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。

運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。
私はこのやり方で後悔したことはありません。
むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。

~~~ここまで引用

「しかし、いま振り返ると、将来役立つことを大学でしっかり学んでいたわけです。」

まさにこの一言に尽きると思う。
「キャリアドリフト」の神髄。

農学部で農業を志していたのは、
「手間をかけると美味しくなる」ということを知るためだった。
それはいま、ていねいに淹れたコーヒーとして、生きている。

将来を見据えて、点をつなげることはできない。
できるのは、後からつなぎ合わせること。

それを信じられるようになること。
これこそが20代の宿題なのかもしれないなあと思いました。

ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 06:37Comments(0)日記

2015年10月20日

「オープンマインド」をデザインする

「オープンマインド」
心を開くこと。

ここからしか始まらない。

それができていないと、
いい話を聞いても、心にしみこんでいかない。
チャンスが目の前に到来しても、
つかむことができない。

「オープンマインド」をデザインする。

僕がお客とする15歳~25歳くらいにとっては、
そこに鍵があるのだろうと思う。

「本の処方箋」は
そういう意味で、素晴らしいツールだと思う。

「本を処方するくらいでは、悩みなど解決するはずがない。」
という軽い気持ちが、心を開かせるのだ。

あとはツルハシブックスで日々行われている、
まずは「受け入れる」こと。

あるいは、圧倒的な贈与をもらうこと。
話を聞きに行っただけなのに、お菓子や梅干をもらうこと。
包まれているような感じ。

世の中のあらゆるものが「コミュニケーション・ツール」にしか見えない
僕なのだが、

そのコミュニケーション・ツールの最大の機能は、
「オープンマインド」をつくることなのかもしれないと思った。

一緒に農作業をする。
一緒に何かを食べる。
一緒に本の話題で話をする。

それによって、お互いの心が開かれ、
心が揺さぶられる瞬間に出会え、
何かが生まれていく。

何かが変わるのではなく、何かが生まれていく。
きっとそういうことだ。

心をむき出しにすることで、
感性が反応し、その感性を言語化することで、
生まれていくものがあるのではないだろうか。  

Posted by ニシダタクジ at 07:29Comments(0)学び

2015年10月19日

「あいだ」をデザインする

「あいだ」をつくり、機会提供をしていくこと。

「あいだ」のデザイン。
きっとそこに僕の使命があるのかもしれない。

かっこよく言えば、リレーショナル・アート。

風の人と土の人のあいだ。
学びと遊びのあいだ。

リスペクト&サンクス。
敬意と感謝。
それを精神に、

田舎と都会
じいちゃんばあちゃんと若者の
結節領域をつくっていくこと。

久しぶりに言語化できない
感動に触れた2日間でした。

それはきっと、
その人に「生きている」っていう原点があったから。

「子どもにも好かれる」と言っていたKさんは、
説明できない魅力があった。
きっとそれは「楽しそうだった。」から。
また、ここに来てしまうだろうと思った。

「つながりは育てなきゃいけない」と言ったHさんからは、
「誇り」を持ち、「誇り」をつないでいく
かっこいい背中を見た。

「生きている」ということに、向かっていく大人。
楽しさと寂しさと、いろんな出来事を包み込んで、
それでも「生きていく」というすがすがしさを持った大人に出会えた。

「人間の心は宇宙よりも広い」と聞いたことが
あったけど、そんな広い、デカイ人たちにたくさん出会えた
2日間だった。

~~~以下メモ

土の人の幸せには、責任、宿命、祖先、土地、などの重みがあるが、
風の人の幸せには、きっかけ、瞬間などの軽さがあり、
それぞれが魅力的だし、どちらが本当の幸せなのか?という問いには意味がない。

土の人にも、風の人にも、いや一人一人にそれぞれの世界観、
それぞれの幸せ観があって、そこへのリスペクトからしか創造は始まらないし、
始めてはならないのかもしれない。

リスペクトを出発点に、地域と一緒につくっていくこと。

目標は、幸せの必要条件のひとつであるかもしれないが、絶対条件ではない。
目標を立てようとするから、他者と比較してしまうのかもしれない。

地域や人生への誇りは大学生のヒアリングによって生まれてくることもある。

たね蒔いて、苗育てて、野菜とって、持ってくのが好きなんだ。
おばあちゃんが畑をやる理由は、コミュニケーション。

無農薬野菜を作るようになったきっかけは?
農薬の噴霧器が背負えなくなったから。
いいな、その理由。
自然だわ。

外に出て人に会いに行く幸せと、待っていて人が来てくれる幸せ。
どっちも幸せなのだけど、どちらかと言えば後者が好きかな。

贈与経済はコミュニケーションの方法論のひとつでもある。

日々の営みに幸せを感じられる力。

毎朝、仏壇にお参りするとか正月だけは手で餅を撞くんだ、とか。
いいな、イチローのようなルーティン。長いスパンで守っていること。

子どもが寄っていくのは、楽しそうな人のところなのではないかなあ。
子どもに好かれる人は楽しそうな表情をしてる人。

楽しそうなのと寂しそうなのと、混在していたのかもしれないな。

寂しさを知っている人なのかも。

「あいだ」をデザインしていくこと。きっとそういうことなんだろうな。
風の人と土の人のあいだ。たしかにそれを水の人と言うのかもしれない。

毎日、仏様に手を合わせるということ。「毎日、感謝です」

上のおばちゃんの家のカーテンが開かなければ、「どうした?」と聞きに家にくる。

よその人が地元に来るとうれしい。地元が好きだから。

話聞いてもらうだけで元気でっから。

将来の目標は、ピンコロです。死ぬまで現役。

つながりは育てなきゃいけない。自分の心を開いて飛び込んでいく。

スクールバスが廃止になって、路線バスのバス停まで、
子どもたちを送っていく学童ボランティアが生まれた。
それによって生まれた、地域のおじいちゃんと子どもの関係性。
運動会で目が合うと、張り切って踊っていた。いいなあ、そういう関係性。

人は、小さな承認欲求を満たし、満たされながら、人生を生きていくのかもしれない。

活動を通して、信頼を育み、友人が増える。その積み重ねが生きるということなのかもしれないね。

~~~ここまでメモ

素敵な2日間をありがとうございました。
  

Posted by ニシダタクジ at 07:24Comments(0)日記

2015年10月17日

「自信」の正体


「幸せのメカニズム~実践・幸福学入門」(前野隆司 講談社現代新書)

前野先生によると、
幸せには4つの因子があるという。

1 やってみよう!因子(自己実現と成長)
・コンピテンス
・社会の要請
・個人的成長
・自己実現

2 ありがとう!因子(つながりと感謝)
・人を喜ばせる
・愛情
・感謝
・親切

3 なんとかなる!因子(前向きと楽観)
・楽観性
・気持ちの切り替え
・積極的な他者との関係
・自己受容

4 あなたらしく!因子(独立とマイペース)
・社会的比較志向のなさ
・制約の知覚のなさ
・自己概念の明確傾向
・最大効果の追求

とまあ、この4つ。
いやあ、すごいね。
なんか実感あるなあ。

大学生の時に畑をやって、
「幸せとはつながっていることだ」
と確信した。

自然につながっていること
人につながっていること
地域につながっていること

それは
1の自己実現と成長よりも
強い気がした。

まあ、でも前野先生のいうように、
この4つの因子がバランスよく
備わっていると、幸せな感じがします。
そしてこれらが密接にかかわりあっているのだなあと。

キャリア形成においても
これらの4つは本当に重要だと思うし、
「自信」って一言でいうのは、実は分解するとこういうこと
なのかもしれない。

とくに3のなんとかなる!
がキャリアドリフト理論においては
カギになる。

問題はそれをどのようにつけていくか?
というところになる。

粟島に行って、自分に自信がつく、というのは、
一方的な贈与を受け、
2 ありがとう!因子を刺激し、

失敗が受け入れられる場所で、自分を受け入れてもらい
3 なんとかなる因子を育て、

そのあいだに、地域の人と接することで、
「価値観が多様であること」に触れ、
4 あなたらしく!因子が育つ。

そうやっていると、
個人の目標がようやく見えてきて、
1 やってみよう!因子が
芽生えてきて、何かをやってみることができるのではないか。

そんなことを研究したいなあと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 06:29Comments(0)

2015年10月16日

これからのキャリアと縄文と弥生の関係

キャリアを考える前に、
歴史を考えなきゃいけないのではないか。
そんなふうに思った昨日でした。

後期の公開講座が始まりました。
日本の重層文化について、イントロダクションは
お寿司の話から。

お寿司は
米=稲作
醤油=穀醤=畑作、醗酵
生魚
を食べるそれぞれの文化が重なり合ったもの。

つまり、
「日本文化」というのは、
さまざまな起源の文化が重なり合って、形成されてきたということ。

それらを説明するのに3つの理論がある

1 雪だるま文化論
=異質な文化が雪だるまのように何層にもなっていて
切れ込みを入れるとちょっと前の日本文化が現れる

2 緩衝体論
A,B,C,Dという異なる文化が
入ってきたときに、対立しないようにショックをやわらげるように
緩衝体がいっぱいあった。

3 住み分け理論
日本の気候の豊かさから異質な文化がすみ分けている。
関東⇔関西 海側⇔山側

と。
こんなふうにして、日本は対立することなく、
さまざまな文化が何層にもなってきたのではないか?
という話です。

さあ。
歴史をさかのぼりましょう。
ヘリコプターにでも乗ったようなつもりで、旅をしてみます。
(坂口恭平「隅田川のエジソン」風になりきってみます)

~~~ここから公開講座より

移住した5つの集団(ボートピープル)

1 北方縄文系の文化(ナラバヤシ文化)
2 大陸系縄文人の文化(照葉樹林文化)
3 黒潮海流系の文化(海民文化)
4 大陸系稲作民の文化(弥生文化)
5 大陸系狩猟文化(騎馬民族文化)

1 北方縄文系の文化(ナラバヤシ文化)
12000年前。
北から縄文人がやってきます。
いわゆる「北方縄文人」です。

当時の地球は寒冷化が進み、
オホーツク海は凍っていました。
食糧を求めて、北の国(いまのロシア)からやってきました。

住み着いたのは関東以北、東北地方です。
そこには豊かな山が広がっていました。
落葉広葉樹林です。

冬になると葉を落とす落葉広葉樹林には、
ドングリをはじめとする木の実が豊富にありました。
そこで、北方系縄文人は狩猟・採集の暮らしをはじめていくのです。

2 大陸系縄文人の文化(照葉樹林文化)
8000年前。
少しずつ温暖化してくると、今度は大陸(いまの中国)から縄文人が
移住してきます。

彼らは、照葉樹林の茂る関東より西に住みつきます。
(当時、落葉樹林と照葉樹林の境目が温暖化にともなって少し上がる)

照葉樹林=常緑広葉樹は冬でも青々としていて、
森が豊かになりません。

木の実が十分に取れない彼らは、畑作を始めます。
この「はた」という文字と音に、
秘密が隠されています。

はたというのは、まず機のこと。
つまり織物のことです。
彼らは文化として、織物という技術をもって日本にやってきました。

このときの名残が常陸太田市の静神社にも残っています。
機初(はたそめ)という地名も残っています。
このあたりまで大陸系縄文人は来たのではないかと考えられます。

もうひとつ畑
畑という文字は火へんです。
それはすなわち、
焼き畑農業をしていた、ということです。

肥料というものがなかった時代に
畑作で食糧を得るには、焼き畑をして、
土を豊かにする必要があったのです。

3 黒潮海流系の文化(海民文化)
5000年前、黒潮に乗って、海民がやってきました。
彼らは生魚を食べるという文化を持っていました。
このころになると、だいぶ温暖化が進み、
船での行き来がしやすくなりました。

南の島(いまのメラネシア・ポリネシア・インドネシア)
から船に乗ってやってきます。
太平洋側と日本海側に分かれて進みます。

彼らも宗教を持ってやってきます。
それが常陸太田市の金砂神社です。
その大礼(2003年に実施)は
72年に1度という非常に長いスパンで開催されます。
それは海民たちの祭りの名残だと言われています。

4 大陸系稲作民の文化(弥生文化)

2500年前、ついに大陸(いまの中国)から
稲作文化を持った民がやってきました。
彼らは非常に組織的に動き、
またたくまに日本を席巻していきます。
東海道の端(久慈川)まで、彼らはやってきます。

茨城県にある「東海村」はその名残だと言われます。
東海道の先は東山道であり、東山道の奥のことを陸奥といいます。
その金砂神社はそのぎりぎりのところに立っています。

「弥生式」は非常に効率的です。

縄文式土器が「火焔式土器」と言って、
非常に芸術性の高いものを作ったのと対照的に、
使いやすい、規格化された効率的なものが弥生式土器になります。

これは、まさに生活様式(ライフスタイル)の差を表しています。

縄文時代(正確に言うと、縄文式ライフスタイル)は、
働かなくても豊かでした。
秋が来ればたくさんの恵みがありました。

ところが
弥生時代(弥生式ライフスタイル)は、
来年、再来年のことまで考えて、計画的に、効率よく、
農事歴をはじめ、いろんなものを組み立てなければなりませんでした。

5 大陸系狩猟文化(騎馬民族文化)
1800年前、朝鮮半島から騎馬民族がやってきました。
のちに大和朝廷をつくっていく民です。

こうして、日本には5種類の人たちが
神と文化を持って入ってきました。
しかし、大きな対立をすることなく、混在していました。
そして重なり合って、寿司が生まれます。

特に茨城県はその混ざり合う場所として、
たくさんの文化が集まっています。

このあと、講座では、
古事記の神話の話で神社の様々な言われが
あったのだが、そこは省略します。

最後に坂上田村麻呂の話。
歴史の授業で習ったのは、
坂上田村麻呂が東北の蝦夷と戦争して
最初は完敗だったが、徐々に戦力を整え、ようやく日本を制圧した、ということ。
征夷大将軍の征夷とはそういう意味だったのです。

その戦いとはなんだったのでしょうか?

そう。
それは縄文人たちとの争いでした。

米をつくらない人たち(統制されない人たち)を
なんとか支配下におきたいと思った故の討伐でした。

ということは、
紀元800年、つまり今から1200年前までは、
縄文の子孫たちが今の岩手県には住んでいたのでした。

宮崎駿アニメ「もののけ姫」では、
大和朝廷の指示に従わない縄文人たちの価値観が
見事に描かれているのだといいます。

~~~ここまで公開講座より

ということで、日本人の源流は、
弥生文化だけではなく、縄文文化をはじめ、
5つの民族の宗教と文化が混ざり合ったところにあるのだと。
数々の神社の存在の違いというのは、それを証明しているのだと。

ということは、
我々が自らのキャリアを考えていくうえで、
必ずしも、「弥生文化」的に捉える必要がないのではないか?
という問いが生まれます。

来年のこと、再来年のこと、
あるいは20年後、30年後のことを考え、
いま、計画的に何をやるか?

もちろん、弥生文化を色濃く受け継いでいる人には
それのほうがしっくりくる人もいるのだろうが(おそらく圧倒的多数)
中には、縄文式の働き方・生き方のほうが合っている人もいるのかもしれません。


「東京0円ハウス0円生活」(坂口恭平 河出文庫)

これに出てくる鈴木さんは、
まさに東京のど真ん中で縄文人のように
暮らしを生きています。

かつて、稲作文化は日本を席巻しました。
それは「効率化」「計画性」の勝利だったのかもしれません。

いま、もしかしたら世の中は、
大きな変化のときを迎えているのかもしれません。

稲作伝来以来、2500年ぶり、
坂上田村麻呂以来、1200年ぶりの
縄文文化の小さな息吹が、
すでに隅田川には吹いているように、

全国各地で吹いていくのではないでしょうか。

その一つが、このあいだの

「地域ではたらく風の人という新しい選択」(田中輝美×法政大学藤代研究室 ハーベスト出版)

これも、もしかしたら、新しい選択ではなくて、
2000年の時を超えた、古い選択なのかもしれません。

縄文文化と弥生文化のあいだに、
新たな仕事、新たな日本ができていく、そんな予兆なのかもしれません。  

Posted by ニシダタクジ at 07:15Comments(0)学び

2015年10月15日

Art of Life

次のステージ。

テーマは、
from japan to the next・・・
これを米屋×本屋で体現していくこと。

そしてもうひとつ。
僕は吉田松陰先生の門下生から、
岡倉天心先生の門をくぐる時が来たのかもしれない。

「いかに生きるか?」

その壮大なテーマに、
挑んでいかなくてはいけない21世紀に、
たしかに指針をくれる人物。

激動の人生を生きた天心。

Art Of LIfe
生活の中に「芸術」があると天心は言った。
宗教でなければ芸術ではない、と。

「宗教」というのは、
オウム真理教事件以来、
非常に誤解されているような気がするが、

「宗教」とは、信じる道のこと、つまり思想のことだ。


ここ最近、もっとも感動した雑誌は、
danchu の日本酒特集のときのこの言葉だった。

「思想なき、日本酒は造らない。」

きっと、こういうこと。
こういうことなんだろう。

ひとりひとりが「思想」を、つまり「宗教」を
必要としている。

それは、問題になっている新興宗教のように、
「こうすれば救われる」という「思考停止」させるものでは
決してない。

救うのは自分自身だ。

いや、たとえ救われなかったとしても、
信じる道を歩いていくこと。
考え続ける、感じ続けるということ。
行動し続ける、ということ。

岡倉天心の生き様は、
そんなことを教えてくれる。

政治に負けて、野に下っても、
自らの信じる道を貫き、
また、それが周りに評価されずに、
インドに渡った時にも、友に出会い、また力を得て、
再び茨城・五浦での活動に、
ボストン美術館での東洋の美術の展示に尽くす。

小さな釣り舟に揺られながら、
岡倉天心は何を思っていたのだろうか。

大学生のときに憧れていた
「自然農という生き方」のひとつのカタチが
見えてきた気がする。

人生というアートを生きたいすべての人へ、
茨城県北茨城市五浦をたずね、
天心の生涯に触れてみることを
強くおすすめしたい。
  

Posted by ニシダタクジ at 06:51Comments(0)思い

2015年10月14日

ポートフォリオ

北澤潤さんに会って、何かが変わった。
http://www.junkitazawa.com/
「北澤潤八雲事務所」

ツルハシブックスは
アートプロジェクトなのではないか?
という問いが生まれた。

北澤潤さんの名刺の肩書は、現代美術家。

そういえば、今年の年頭に出た「AERA」で
リレーショナル・アートの記事を読み、
松本の「天空HAKKUTSU」を設営した。

あの時、設営しながら
「これがインスタレーションか!!」(笑)
と思った。

あの時、僕は現代アート作家デビューをしたのだ。
(名乗ることで誰もがアート作家になることができる)
ということで、
なりきりプロフィール。

ニシダタクジ。現代美術家。1974年生まれ。
から始めてみることにしよう。

ニシダタクジ。現代美術家。1974年生まれ。
新潟大学農学部在学中に、「畑はコミュニティの拠点になる」と確信し、
修士課程2年目の1999年にまきどき村を発足。
毎週日曜日の朝、農作業の後にご飯を食べる「人生最高の朝ごはん」を開始。
2004年から会場を旧庄屋佐藤家に移し、古民家の囲炉裏を囲んで、
釜炊きごはんを食べる活動になり、2015年現在も継続中。



なんちゃって。
ということで、ポートフォリオを作らなきゃいけないなと。

1999年 まきどき村~人生最高の朝ごはん (新潟市西蒲区福井)(現在も継続中)
毎週日曜日の朝6時集合。畑作業の後に、
みんなでご飯を作って、囲炉裏を囲んで食べるプロジェクト。
会場となる旧庄屋佐藤家は築200年以上の古民家で地域住民がNPOをつくり、管理・運営している。


2005年 虹のひろば(新潟市西蒲区巻・愛宕神社)(~2009年)
前年の中越地震のボランティアをきっかけに大学生数名と
神社で地域の子どもがおじいちゃんおばあちゃんと「昔の遊び」を
通じて交流するプロジェクト(月2回程度開催)


2011年 地下古本コーナー「HAKKUTSU」(新潟市西区内野・ツルハシブックス内)(~2015年)
地域の人から寄贈されたメッセージ付きの本を、29歳以下の若者だけが
入場できる、地下の暗やみで発掘して、購入できるプロジェクト。
年齢別の価格設定(10代200円、20代300円、中高生100円)により、
お客さんとのコミュニケーションが生まれる。


2015年 天空HAKKUTSU(長野県松本市ブックカフェ「栞日」内)(1か月の限定展示・販売)
天井からメッセージが書かれたブックカバーを吊り下げ、直感で買う古本屋さん。
空間での配置の色合いがポイント。


2015年 暗やみ本屋ハックツ(東京都練馬区ブックスタマ上石神井店内)(2016年春に本オープン)
新潟の地下古本コーナーHAKKUTSU」を10代限定にして再現。
10代限定にすることで、贈る人の「覚悟」が必要で、本のクオリティが上がる。


と、こういう感じ。
あと、ツルハシブックスとコメタクも、現在進行中。
商店街とコミュニケーションする本屋と米屋。

そして何より、ハックツもそうだけど、
そこに集まる人たちの「学びのコミュニティの提供」

アートとは、
「当たり前」だと思っていることに対し、
「問い」を生むことだと、北澤さんに教わった。

そういう意味では、
これまでやってきたひとつひとつは、
「アート」だと呼べるようなものになるのかもしれない。

課題を解決する「デザイン」ではなくて、
「問い」を投げかける「アート」。

そう。
「課題を解決する」のはもしかしたら
結果であって、目的ではないのかもしれない。

ハックツで言えば、
「中学生高校生には第3の場所と第3の大人が必要だよね」
と共感した人たちが、
「どうやって中学生高校生に知ってもらい、本を届けようか?」
って考える瞬間がとても楽しいエンターテイメントなのだと思う。

これから作っていくのは、
スタッフの「学びあいのコミュニティ」の構築による、
「中学生・高校生・大学生」の地域との接点づくり。

いや、その逆かも。
「中学生・高校生・大学生」の地域との接点づくりというコンテンツの提供による、
大学生・20代スタッフの「学びあいのコミュニティ」づくり。

っていう現代アート(?)を作っていきたいと思う。
いや、きっとこれが現代アート。

現代美術家、ニシダタクジって名刺つくろうかな。  

Posted by ニシダタクジ at 06:44Comments(0)足跡

2015年10月13日

Permission~許可証


「幸せのメカニズム~実践・幸福学入門」(前野隆司 講談社現代新書)

慶応大学の前野先生の著作。
まだナナメ読み段階なので、少しだけ。

アメリカの小学校で美術の先生が
学期の初めに、
児童一人一人に配った「許可証」

~~~ここから引用

Permission
It's OK to try something you don't know.
It's OK to make a mistake.
It's OK to take your time.
It's OK to find your own pace.
It's OK to do it in your way.
It's OK to bungle so next time you are free of fear of failure enough to succeed.
It's OK to risk looking foolish.
It's OK to be original and different.
It's OK to be wait until you are ready.
It's OK to experiment safely.
It's OK to question the "shoulds".
It is special to be you.
It is sometimes necessary to make a mess as long as you are willing to clean up. The Act of creation is often messy!

【訳】
許可証
何でも知らないことに挑戦してOKです。
間違ってもOKです。
じっくり時間をかけてもOKです。
あなた自身のペースでやってもOKです。
あなた自身のやり方でやってもOKです。
失敗してもOKです。次には失敗を恐れず成功するために。
ばかげているように見えるリスクを冒してもOKです。
独自のこと、人と違ったことをしてもOKです。
心の準備ができるまで待っていてもOKです。
安全に気を付ければ実験をしてもOKです。
「どうしてこんなことをすべきなのか?」と疑問を持ってもOKです。
あなたであること自体が特別なのです。
あとできれいにするなら、まわりを散らかしてもかまいません。
創造的な事をするときにはまわりが散らかるものです!

野口桂子「あなたの子どもを救えますか」(マネジメント伸社、1998、54ページ)より

~~~ここまで引用

たぶん、これ。
こういうのを子どもたちに伝えてあげないといけない。

本当はみんな分かってる。

先生のいうことを聞いているだけじゃ、
幸せになれないってこと。

でも、だからといって、
「幸せになれる道」がどこかにあるわけではない。
誰かが教えてくれるわけでもない。

自ら想像し、創造していくしかない。
そんな時代を生きている、と思う。

子どもだけじゃなくて、
「子どものような大人」と「大人のような子ども」へ
この許可証を贈りたい。  

Posted by ニシダタクジ at 06:30Comments(0)

2015年10月12日

未来は掌の中に



ツルハシブックスこれからどうするか会議。
昨日のハイライトは、この3人1組に分かれて話すところかな。
当事者意識を持って、
これからこの場所がどうなっていくのか、考える。

誰に、何を、なぜ、提供するのか?
そこを明確にしていくこと、
そしてそれを実践し続けること。

「場」とは、そうやってできていく。

ツルハシブックスの価値を
いちばん体感しているのは、
お客さんではなく、実はサムライたちの彼らなのではないか、
と思った。

「新しい学校をつくろう。」
ってずっと思っていた。
吉田松陰先生に出会ってからは、
「まちを学校に」って思っていた。

僕が描いていた「学校」。
それはきっと、
昨日のような「場」のことなんだろうと思う。

ツルハシブックスの未来は、どこにあるのか?
それはこれから考えていくのだろうけど。

ひとつだけ、たしかなのは、
未来はひとりひとりの掌の中にあるのだということ。
あとはただ、つかむだけなんだっていうこと。

学び場としてのツルハシブックスを、
これからも一緒につくっていきましょう。  

Posted by ニシダタクジ at 07:18Comments(0)日記

2015年10月11日

問いを灯す米屋



ごはん道場。
7月11日から始まった
「水と土の芸術祭」の締めくくりイベント。

飯塚商店さんのご協力により、
米屋さんでの連続講座が開催された。


まずは米の貯蔵庫から。
「温度管理と湿度管理」
やはりこれが重要なんですね。


そして精米。
精米して、少し熱をもったものは
冷ましてから出荷するのだという。


米の研ぎ方を学んだあとは、いよいよ食べ比べ。

参加者は何を食べ比べているのかを
知らされていない。
それぞれが感想を言ったところで、発表。


なんと、Cのものだけが新米!
すべて魚沼コシヒカリ。(六日町産)
A=26年度産で常温保存した魚沼コシヒカリ
B=26年度産で低温保存した魚沼コシヒカリ
C=27年度産魚沼コシヒカリ(新米)

まあ、僕はCがいちばんおいしいと思ったのですけどね・・・(笑)

参加者の反応は、
AとBとCがおいしいという人がほぼ同じ数。

いや、これはすごかった。
食べ比べの新しい境地を開いたと思っている。

普通の食べ比べは、(前回もそうだったのだけど)

新潟市産、魚沼産、佐渡産、岩船産
あるいは、通常、減農薬減化学肥料、有機栽培

みたいなのを食べ比べて
どっちがおいしい?
みたいな感想を言って終わりだ。
そして、「魚沼産やっぱり美味しいよね」みたいな感想。

今回のは、何を食べ比べているのか?を言わないという
新しい境地を開いたと思っている。

そしてそれぞれが自分の味覚を語り、
その理由を知った。


最後に道場主からの握手。(笑)
「おいしいごはんを炊いてください」の思いを込めて。

素敵な米屋さんが新潟にはあるなあと
あらためて思った。

飯塚商店withコメタク。
そこは、コミュニケーションする米屋。

パエリアをつくりたいのだけど、
と相談すれば、それに合わせて、
米をブレンドしてくれる。
朝ごはん用にサラッと食べられるごはんを、
と言えば、それに合わせて出してきて、
どうだった?と聞いてくれる。

できれば、こだわりの米料理を出す
自由が丘あたりのオシャレなお店にお米を提供したいなあと思う。
(お知り合いの方がいらっしゃればご紹介ください)
(僕としてはお茶漬け専門店みたいなのがあったらいいなあと)

最後に飯塚さんが話をしていた。
昔は新潟コシヒカリっていうブランドだけで売れた。
しかし、これからは、みんなが自分の好きな味の米を食べる時代だ。

飯塚商店に米の相談に行く。
もっとサラッとした、とか
お茶漬けに合う米、とか。

もしかしたら、それが最大の提供価値なのかもしれない。

僕は、話を聞いていて、
キャリアの話に似ていると思った。

「新潟コシヒカリ」は
名の通った一部上場企業のようなものだ。

聞けばみんなが、
「ああ、コシヒカリおいしいよね」
と言ってくれる。

それは、本当においしいと思って言っているのではなくて、
「みんながおいしいと言っている」から
おいしいと思っているだけだ。

それは、
思考と感性を停止してはいないだろうか?

27年度産の新米よりも、
26年度の低温貯蔵したほうが、
いや、もっと言えば、家庭の台所で
常温保存しちゃった米のほうがおいしいと思うなら、
それを食べればいいのだろうと思う。

昨日の食べ比べは、
参加者の中にそんな問いを灯したと思う。

そんなことを思っていたら、
昨日のブログ「もし、僕たちが文化をつくっているとしたら」
に琉球大学の大西さんがコメントをくれた。

「私たちが文化をつくっているのは間違いないと思うのですが、
どんな文化なのかわかった時には
もうその文化は終わっているんだと思います。」

スゲー!
19歳のコメントスゲー!
と思わずドキドキしてしまった。

文化とは、問い続けること。
「僕たちはいま、何をつくっているのだろう?」と
問い続けること。

そこから生まれてくる何か。
人はそれを文化と呼ぶのかもしれない。
もしかしたら、それは「文化」を「人生」と読み替えても同じなのかも。

だから、米屋ができることは、
いや、それは本屋も同じなのだけど、

ひとりひとりの心に、問いを灯すこと。

心の中にすでにある感性に、
問いという小さな炎を灯すこと。

それが僕たちがつくる米屋と本屋の
役割なのかもしれない、と思った、10月11日の朝でした。  

Posted by ニシダタクジ at 07:02Comments(0)日記

2015年10月10日

もし、僕たちが文化をつくっているとしたら。


「Public Design~新しい公共空間のつくり方」(馬場正尊編 学芸出版社)

いやあ、いい本出すなあ、学芸出版社。
フロントランナーだなあ、と。
あらためて実感した1冊。
この本、買いですよ。

人が集まる「つなぎ場」のつくり方
(ナカムラクニオ CCCメディアハウス)
の次に読むならこの本。

一番心を打たれたのは
「まちの保育園」の松本理寿輝さんのところ。

いや、熱いっす。
これは熱い。

「まちの保育」というテーマで考えていた
松本さんに素敵な出会いがあった。

ワタリウム美術館でやっていた
イタリアの小都市レッジョ・エミリア市の
「子どもたちの100の言葉展」
「創造性」と「共同性」の幼児教育のアプローチ。

安心安全を確保しながら、いろいろな人が
保育に関われるしくみを模索している段階で出会ったこの取り組みに衝撃を受けた。

つくるべきは、「しくみ」ではなく「文化」なんだということに気づいたんです。

~~~ここから一部引用

レッジョ・エミリア市の人たちは、「公益性」を
とても信じています。

自分たちの未来を自分たちでつくろうとする意思が感じられる。
人生の豊かさとは何かということを常にみんなで哲学的に考えている。

その答えは1人では見出せるものではありません。
みんなで関わりあって豊かなコミュニティを
つくることこそが自分たちの幸せなのだと考えながら暮らしている。

人生には正解・不正解はなく、
さまざまな刺激を受けあいながら人生の浮き沈みを楽しんでいく、
それが豊かな人生を送る秘訣だということが、
展示で紹介されていて感動したのです。

そこで、大人は万能で子どもは無能で未熟な存在で
あるという考え方を取り払い、
そもそも子どもは生まれながらに
大きな力を持っているから、
それを自然と発揮できる環境をつくりたいと思ったのです。

実際に展示の映像に映しだされる子どもたちは
キラキラと輝いていた。

その姿が引き出されているのは、
教育者やしくみが優れているからというよりは、
市民意識にかかっているのではないかと感じたんです。

~~~ここまで一部引用

いい。
いいなあ。

やっぱ、これですよ。
つくるべきは、文化、なんだろうなあ。

もちろん、
「文化」がハックツのような「しくみ」から生まれる、
ということがあるのだけど。

結局、文化のレベルにまで、高めていくこと。
そこなんだろうなあ、「価値」は。

もし、僕たちが文化をつくっているとしたら。

これはツルハシブックスをやっているときに考えていたことなんだけど、
やっぱりこれが大事な問いだなあと。

もし、僕たちがいま、文化をつくっているとしたら、
それはどんな文化なんだろう。  

Posted by ニシダタクジ at 07:19Comments(0)

2015年10月09日

たかが本屋、だからこそ本屋

第3の大人。
親でも先生でもない大人。

できればちょっと
いいかげんでテキトーな
僕みたいな大人。

中高生は
それを切実に必要としている。
と確認できた。

第3の大人とは、
「当事者ではない」大人のこと。
当事者ではないから、
テキトーなことが言える。

「学校やめたいな」
と言われれば、「やめちゃえば」
と答えることができる。
その子の将来に責任がないからできるのだ。

親や学校の先生では
そうはいかない。

「あんた、それで将来どうやって生きていくの?」
と返さなければならない。

ホントにやめるかやめないか
は別にして、

そんな会話や対話ができる「第3の大人」を
「第3の場所」を中高生は必要としている。

いや。
中高生だけではない。

ツルハシブックスに来るのは、
大学生や20代の社会人だ。

彼らは、
「やりたいことがわからない」
「仕事を辞めようか悩んでいる」
と僕に打ち明ける。

それは、僕がテキトーな第3の大人
だからなのではないか。

たかが本屋である。
そして手に入るのは本、だけである。

「本の処方箋」でも同じことなのかもしれない。
仕事の悩みをそこで話して、
本を処方してもらっても、悩みが解決するわけではない。

しかし、そこがポイントだ。
たかが本屋であるからこそ、
悩みが本質的に解決しないからこそ、
そこには、悩みを話しやすい空間が広がっているのかもしれない。

そういう場を切実に必要としているのは、
実は中学生高校生だろうと思う。

酒を飲みに出かけることもない。
気の利いたオーナーのいる個人カフェ
に行くこともできない彼らが行ける第3の場所、
出会える第3の大人。

それは本屋というコミュニティの中に
存在するのではないか。

それがツルハシブックスや暗やみ本屋ハックツという
社会実験(もしくはアートプロジェクト)なのではないか。

何よりも、僕自身が
中高生の課題解決よりも、
そのような「対話が生まれる瞬間」にこそ、
価値を感じているのではないか。

たかが本屋であること。
それこそが中高生の心を開かせるのではないか、
という仮説。  

Posted by ニシダタクジ at 07:05Comments(0)学び

2015年10月08日

常識とは言語化できる、ということ

非言語。
感性の時代にはこれがキーワードになってくる。
非言語的価値を言語化していくこと。

しかし、
言語化される=説明できるということは、
感性だけではなくなってくる。

常識を超えていく。
常識とは思い込みに過ぎない。
当たり前を揺さぶる。

「日本人が定住したのなんて、わずか2000年だけの話ですから。」
と言い放つ陸奥賢さんがかっこいい。

そうそう。
日本人の子どもが全員学校に行きはじめたのだって
わずかここ150年。

同じく、
日本人がひとつの会社で40年勤め上げたのは、
ここ何年の話なんだろうか?

言語化できる常識から、
言語化できない感性を全開にして、
生きる、にもっと向き合おう。  

Posted by ニシダタクジ at 05:08Comments(0)学び