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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2012年04月30日

支援から始縁へ

西條剛央さんの
「人を助けるすんごい仕組み」(ダイヤモンド社)
は学ぶところ満載。

ふんばろう東日本プロジェクトでは
無数の支援プロジェクトが立ち上がった。

そのうちのひとつが家電プロジェクト。
家を失い、仮設住宅に入った人には家電セットが
支給されるが、1階部分が被災し、
2階部分に住んでいる人には支給されない。

そこで西條さんたちは
家電を全国から集めて配布する仕組みをつくった。

そのときに、
いったん集まった家電を一箇所に集めて、
使えるか、使えないかを確かめていると
それだけの場所とコストがかかる。

それを解決した方法がある。

送った人自身が家電に住所・氏名・電話番号を
書き込むというものだ。

それによって、
送るほうにも責任が生まれる。
つまり、使えるものだけが送られることになる。

それだけではない。
被災者はどこに住んでいる誰が
この炊飯器を送ってくれたが分かる。

御礼の手紙ひとつも出すかもしれない。
そこから縁が始まっていく。
家電がつなぐ縁。
支援から始縁。

そうだよね。
無縁社会と呼ばれる時代に、
縁をつなぐことが価値をもってくる。

学ぶことが多い本です。  

Posted by ニシダタクジ at 07:23Comments(0)日記

2012年04月27日

そうそう、これが欲しかった

小阪裕司さんの著作に
「そうそう、これが欲しかった」
がある。

人は、お店に入って、なんらかの刺激を受け、
そして、それを
「そうそう、こういうのが欲しかったのよね~」
とかいいながら買っていく。

しかし。
お店に入る前に、
「これが欲しい」という感情があるわけではない。

それは誰かが、何かが引き金を引いているのだ。



昨日、「やさいじく」初回。
野菜ソムリエ、キムラマサアキさんと山岸拓真さんによる
野菜を本気で学ぶ人たちの講座。

第1部でキムラさんが新潟の野菜がなぜ美味しいか?
について講座。

鮭文化とブリ文化。
0メートルから2000メートル。
文化が融合している場所、
それが新潟です。

食べ物は塩とそれ以外に分けられる
とか、衝撃の話多数。

第2部は農家の石井さんを招いての
山岸さんとの対話。

山岸さんは農家に出向き、
積極的に農家情報を発信している。

そういう情報発信などの
サポートをするのが農家との関係性を
作る上で大切だ。

そうか。
農家に求められるものは何か?を問い、
それをチームで運営していく集団を作っていくことも
やさいじくならできるのか。

野菜直売所に入ったお客さんが、
安いから、それを買うのではなく、

そうそう、こういうのが欲しかったと
ちょっと高めの農家の技術と思いが詰まった
野菜を買うようになるとき、
新潟の食文化はまたひとつ豊かになるのだろうと思う。

やさいじく、カフェコポコポで定期開催しています。
毎週月曜日のランチは、山岸さんによる野菜ソムリエランチ、やってます。  

Posted by ニシダタクジ at 07:38Comments(0)日記

2012年04月26日

役割を果たす喜び

昨日。
新潟駅の地下、文信堂ココロ万代で
飛び込んできた本
「人を助けるすんごい仕組み」(西條剛央 ダイヤモンド社)
を思わず買ってしまった。

なんていうか、ツルハシブックスで注文してから
買うという方法もあったのだけど、
この連休中に読みたかったので、
買ってしまいました。

電車の中で早速ページを開くと
衝撃的な内容ですが、非常に読みやすいです。

震災から1年。
もう1年、まだ1年です。

「自分にできることはないか?」
その感情を、西條さんたちの
ふんばろう東日本支援プロジェクトがつなぎました。

役割を果たす喜び。
果たせる喜び。

こういうのが大切なんだなあと思いました。
生き甲斐、働き甲斐というのは、そういうところにあるのだろうと思います。

地域社会でもきっと、必要とされています。
誰かの役に立ちたい。
それは根源的欲求であり、
ただ、その方法がわからない。

その方法を生み出せる人。
それが、これからの時代のコーディネーターなのだろうと
思います。

そこに自分たちの役割があるのではないか、
と最近よく思います。  

Posted by ニシダタクジ at 06:29Comments(0)日記

2012年04月25日

思いなき組織は解散すべし

昨日はコミュニティ・コーディネーター養成講座企画委員会議

金子洋二さんの講演でした。
「コーディネーターの仕事とは?」
だったかな。

面白かったです。
シビれました。

コーディネーターに必要な能力は2つ。
「構想力」と「調整力」

うんうん。
まさにそうだね。
構想する力と調整する力。
それが資源と資源をつなぎ、パワーアップさせ、
課題と課題をつなぎ、資源に変えていくのだろう。

そして。
印象に残った一言。

「思い」のなくなった組織は解散すべし。

なるほど。
やっぱりこれかな。

まず、思いありき。
思いが全ての原動力となる。

「こんなことやれたらいい。」
って可能性を広げるだけでなく、
どうしてもやりたい理由があるからやる。
そんな思いが必要なんだろうな。

その思いを見つめなおすことが
必要なんだろうと思います。

そして個人の思いにフォーカスし、
それが発現できるような場を設計すること。

それがコーディネーターの役割なんだと
感じました。

金子さん、ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 06:44Comments(0)学び

2012年04月24日

知性とは、答えのない問いを問う力

「一瞬の人生、何を成し遂げますか?」
「われわれ、覚悟が足りないんです。」
「我々はいまを生き切っているのか?」

朝から田坂広志先生の
ソフィアバンクラジオステーションを
聞きながら1時間ウォーク。
少しだけ日課になりつつあります。

熱いですよ。

知能とは、
答えのある問いに最速で答えを得る力。
知性とは、
答えの存在しない問いを問い続ける力。

生涯かけて問うても、
答えの出ないことを問い続けること。

「情報革命は何のために起こったのか?」
「生きる力とは何か?」
「世界とは何か?自分とは何か?」

正面から、この問いに向かってく、その力。

大学時代に、この力の重要性を実感すること。
いや。
大学時代ではなく、高校生、中学生のときに
そのことを実感することだ。

やりたいことを見つける。
なりたい職業を見つける。

それはあたかも、答えを探す旅のようだ。

これだ!と思っても、なんだかしっくりこない。
だから、新たな旅に出る。

まるで、イチローにとっての野球のように、
石川遼にとってのゴルフのように
天職、と呼べるような唯一の答えがあるように。

時代の進んでいく方向に答えはない。
だとすれば、自分の職業だって、
いつかたどり着く答えなどないのではないか。

全てが答え、ゴールではなく、
全てが旅の途中の寄り道なのだろう。

中田英寿のウェブの表紙には
「LIfe is a journey Journey is a life」と書いてある。
人は誰もが旅の途中なのだろう。

違う言い方をすれば、
全ての仕事が、縁であり、天職である。

答えを求める心は、
「答えに到達していないんじゃないか?」
「これが本当の答えなのか?」
という不安を呼ぶ。

遠くに旅に出たとき。
もう来ることはないと思って、
全力で美味しいものを食べ、きれいな景色を見る。

今を生き切る。
それが、いま、目の前にある仕事を天職に変えていく。

人生に答えなどなく、そして
いま、目の前にある全てが答えだ。  

Posted by ニシダタクジ at 06:38Comments(0)学び

2012年04月23日

やりたいことがわからない

田坂広志先生の
「いま、あなたに何ができるのか?」
http://www.sophiabank.co.jp/audio/japanese/2011/03/post_340/
を聞きながらの出勤途中。

思いを持った起業家に共通するのは、
「原体験」だと言います。

なぜ、この仕事をしているのか?
それには強烈な原体験があるはずだと。

中学生、高校生、大学生に
「地域」という機会を提供したい。

その根底にある原体験は、
僕は、コミュニティの結びつきのあまり強くない
地域で育ったことかもしれない。

地域の祭にも出たことがないとは言いませんが、
出た記憶が無い。

地域のおっちゃんおじちゃんには、
少年野球の時にはお世話になりましたが、
そんなに近所に住んでいたわけではなかったし、
野球を卒業した中学以降には会うことはなかった。

あとは、高校のときにいた変なたこ焼屋さん。
ヤンキーのたまり場になっていたあの場所。

「やりたいことがわからない」
という病に僕もかかっていました。
自分の人生をどのように生きるべきか、
わからなかったのです。

そして出会ったのが鳥取大学遠山先生の沙漠緑化
というフロンティア。
そして、環境問題でした。

しかし。
その夢は大学1年次に砕け散ることになる。
とにかく、無力だった。
自分ができることなんて何も無いと思っていた。

何のために新潟にやってきたのか、わからなかった。
生きる意味を失ったのです。

それが僕にとっての原体験かもしれない。
と田坂先生の声を聞きながら思いました。

僕は解決策を間違えていたのかもしれない。

過去の自分を救うのは、
たくさんのモデルとなるようなカッコイイ大人に出会い、
夢を見つけて、みんながキラキラ輝いているような、
そんな社会を作ることだと思っていました。

「やりたいことがわからない。」

そんな不安に対して、たくさんのモデルを見せることで
若者が「やりたいこと」を早く見つけることが解決策だと思っていました。

しかし。
それは本質的な解決なのだろうか?

そんな疑問が湧いてきました。

やりたいことが見つからない。
見つかっても、それが実現できるか、不安になる。
自分には、そんな力はないのではないか、と思う。

そして仮に、
見つかったとしても、
「本当にやりたいことは、これなんだろうか?」
という問いから逃れることはできない。

その思想が、多くの働かない、働けない
若者を生んでいるのではないか。

「やりたいことがわからない」と思うこと、
それ自体を無くすことは可能だろうか?

そんな問いが生まれた。

「ホスピタルクラウン」(大棟耕介)を読むと、
天職は、選択するものではなく、
たどりつくものなんだって思う。

だって。
子どもの頃に、自分が入院している子どもだったらそうなるかもしれないけど、

「病院で道化をして子どもを笑顔にしたい」
なんていう志を持つことはできないでしょう。

「やりたいことがわからない」と
自己分析をして、得意不得意を考えて、

「そうだ、病院で子どもを喜ばせるようなクラウンになろう」とは
思わないでしょう。

目の前の人を笑顔にしていく、
その積み重ねが天職になる、と
僕は大棟さんに教えてもらいました。

「やりたいことがわからない」と
嘆いている場合ではなく、
お役に立てる何かに、力を注ぎこんでいく。

そこから道が開けるのではないかなあと思います。

「やりたいことがわからない。」
そんな嘆きを無くしたい。
それはデザインによって可能になるような気がしています。  

Posted by ニシダタクジ at 06:41Comments(0)就職

2012年04月22日

部分最適と全体最適

経済が発展しているときには、
部分最適は全体最適につながっていた。

ひとつひとつの会社が
利益を最大にすることは
日本の利益を最大にすることに
つながっていた。

ひとりひとりの社員が
利益を最大にすることは
会社全体の利益につながっていた。

就職活動を始めるときに、
目の前にある問いは、
「自分は何がやりたいのか?」
という問いである。

やりたいこと
できること
為すべきこと

この3つの真ん中に仕事を作っていくことが
幸せな働き方への一歩だと思うのだけど、
いま、あまりにも「やりたいこと」に
偏っているのではないか。

「天職」幻想。
自分に向いている仕事がどこかにあるのだという幻想。

そうじゃなくて、
目の前のことを積み重ねて、
いつかたどり着く旅。
それが天職なのではないかと
ホスピタルクラウン、大棟耕介さんが教えてくれる。

部分最適から全体最適へ。
自分が果たすべき役割は何か?

そんな問いから出発してみてはいかがだろうか?  

Posted by ニシダタクジ at 05:32Comments(0)日記

2012年04月21日

共感するチカラ

生きる力とは、
コミュニケーション力とは、
教育力とは、
共感するチカラなのかもしれない。

田坂広志先生が言っていた。

「いま、目の前にいる人の姿は、自分の姿ではないのか?」
そう問いかけることが共感の出発点だと。

そう考えると、
教育の原点もそこにあるように思う。

いま、目の前にいる子どもは、
かつての自分の姿ではないのか?
人生に悩む大学生は、
大学時代の自分の姿ではないのか?

夜回り先生も、ヤンキー先生も、
その共感力の裏付けとなる圧倒的な経験があり、
その共感力によって慕われているのではないか。

裏を返せば。
こどもがついてこない。
社員がついてこない。
ビジネスがうまくいかない。

これらは共感力の欠如によるところが
大きいのではないか。

かつて。
会社の寿命は長く、
1つの会社は50年、100年と続いた。

だから、部長・課長が新入社員に対するとき、
「俺も昔はつらかったけど、こうして仕事ができるようになったんだ。」
と自信を持って言えた。

ところが。
いま、そんな前提が消えてしまっている。

いま、この状況を耐えて、
バラ色の未来が待っているとは到底思えず、
また上司自身もそれを信じてはいない。
だから、新入社員への共感が薄いのではないか。

共感が薄いから慕われず、
チームワークも形成されないのではないか。

お客さんとの接点が少なく、
共感が生まれないからモノが売れなくなっている
ということはないだろうか。

共感するチカラをつけていく。
これが人生の出発点になるのかも。

そのためには、たくさんの経験と
たくさんの人との出会い。
これしかないのだろう。

だから、青年よ、壮年よ、
書を持ち、まちに出よう。  

Posted by ニシダタクジ at 06:22Comments(0)学び

2012年04月20日

笑顔写真家かとうゆういち

3年前。
瞳のキラキラした大学生に交流会で出会った。

新潟大学教育学部の4年生。
聞けば、就職内定を辞退するのだという。

「笑顔写真家として生きていこうと決めました」

全国を旅して、笑顔の写真を撮り、
それを出版して、日本中、世界中を笑顔でいっぱいにしたい。

そんな夢を語ってくれた。

衝撃を受けた。
分別のある大人はそこで思わず聞いてしまうだろう。
「それでどうやって食っていくんだ?」
その質問が、若者のチャレンジを摘んできたと思う。

違う。
質問が違う。
彼にするべき問いは、

「どんな旅をしたいんだ?」
「どんな写真を撮りたいんだ?」
という質問ではないか。

そして、彼から自分自身が学ぶために
「なぜ、そう思ったんだ?」
「どうして、決断できたんだ?」
という問いをぶつけることだ。

それが若者が思いを再確認し、前に進んでいくパワーになる。

あのとき。
僕はかとうゆういちを応援したいと思った。
それが自分自身のパワーにもつながった。

それは、
彼が「生きる」ということに
真摯に向き合い、全力でぶつかっているから。

昨年は、陸前高田の長期ボランティアを経験。
被災地での活動を続けた。

そんな彼が撮った写真が、今回1冊の写真集になる。
メッセージ写真集「僕らはいまを生きている」

http://egao-no-tabi.jp/egao/NEWS/NEWS.html

3月の写真展にも登場した、被災地に生きる子どもたちの
姿を通して、「生きる」ことを表現している。
かとうゆういちくんの生き方もにじみ出る、そんな作品。

子どもたちの直筆のメッセージと写真が目の前に飛び込んでくる。

人は誰でも、「生きる」という映画の出演者なんだって思った。
人生には、たくさんの出来事があり、つらく、悲しいこともたくさん、たくさんあるのだけど、
それでも、人生には、生きるに値する宝物がたくさん詰まっていて、
それをもらったり、あげたり、分け合ったりしながら、いまを生きているんだろう。

いま、目の前にいる、最高の共演者たちと今日はどんなシーンを表現しようか。

かとうゆういち撮影
「僕らはいまを生きている」(税込1050円)
ツルハシブックスでも4月末より発売します。  

Posted by ニシダタクジ at 07:22Comments(0)

2012年04月19日

人間の限界は能力ではなく想像力にある

16日、池田貴将さんの
講演会に本の直売に行ってきました。
おかげさまで70冊は全て売り切れました。
鈴木さん、呼んでいただきありがとうございました。

いちばん印象に残った一言は、
「自分にどんな質問をしているかで人生は全て決まる」

全てですよ。
全て。

重い言葉だなあと思い、
その通りだなあとも思いました。

なんでうまくいかないんだろう?
と問うことも大事だけど
どうやったらうまくいくだろうか?
につなげていけなければいけない。

「もし、一切の制限がないとしたら、今日何をしますか?」
「もし、絶対に成功するとしたら、何を始めますか?」

この質問を1日15回質問しろ。
と池田さんは言います。
起きている時間はほぼ1時間おきにするってことですね。

これはいいエッセンスをいただきました。
どんな本屋さんにしたいのだろうか?
どんな人に本を届けたいだろうか?

「人間の限界は能力ではなく想像力にある。」

そのとおりかもしれないな、と思いました。
「空を飛びたい、飛べるかも」と想像した人が飛行機を作った。

「音楽を持ち運べたらどんなに素晴らしいか」と想像した人が
ウォークマンを作った。

想像力が創造力をつくる。
きっとそうなのだろうと思います。

ステキな学びがありました。

池田貴将さんの最新刊「動きたくて眠れなくなる」は
サンクチュアリ出版から発売中です!  

Posted by ニシダタクジ at 08:43Comments(0)学び

2012年04月18日

ツルハシブックス&ニシダタクジ特集されました

4月17日(火)
NSTスーパーニュースで
ツルハシブックスとニシダタクジが
特集されました。

http://www.youtube.com/watch?v=w4DktcJ7tMA&feature=colike&fb_source=message

ちなみに。
放送中では地下室は入場料100円、200円
となっておりますが
実際は1冊100円、200円です。

でも、入場料というのもいいかもと思いました。

入場料をとれば、1冊必ず買いに行きますものね。
本との偶然の出会い、つくっていきたいです。

人生を変える1冊。
本屋には新しい人生が転がっている。  

Posted by ニシダタクジ at 17:15Comments(0)日記

2012年04月16日

誇りの正体

昨日は、春祭りでした。
小学生男子は、爆竹を鳴らして怒られていて、
中学生女子は、飲み物コーナーを手伝って
バイト代として食べ物を得ていました。たくましい。

目の前には飲んだくれるオヤジたちの
姿がありました。
ステキな雰囲気に包まれていた午後4時でした。
ますます地域が好きになりました。

好きになることを入り口に、誇りにつなげていくこと
これが個人にも地域にも必要なんだと思います。

10年近く前に出た旧庄屋佐藤家のかや刈り。
その後の飲み会。
それが、僕の人生を大きく変えました。

「誇りを持つ」ということを
身をもって体験した飲み会でした。

いま。
誇りの正体が分かりつつあります。

誇りは、アイデンティティの中にある。
コミュニティというヨコのつながりと
歴史というタテのつながりの中。

自分が何者であるか?という問い。
それは、どんなコミュニティに属しているか、
そして、歴史・文化につながっている感覚。

それを自覚したとき、誇りが生まれるのではないでしょうか。

感謝、そして尊敬を出発点に
自分自身の行動によって、役割を果たしていくこと。

その瞬間、誇りが生まれるのではないか。
その継続が誇りを育んでいくのではないか。

ドラマ「スクールウォーズ」のモデルとなった
伏見工業高校ラグビー部。
荒れに荒れていた高校に赴任した
山口良治先生に同僚の先生が言いました。(プロジェクトXより)

「山口先生、ラグビーでこの学校を京都一にしてください。
この学校には、誇りが必要なんです。」

「誇り」は与えてもらうものではなく、つかみとるもの。
自ら動き、関係性をつくり、役割を果たしていく。
そこに「誇り」が生まれるのではないでしょうか。

この国にも、地域にも、個人にも、
誇りが必要なんです。  

Posted by ニシダタクジ at 06:22Comments(0)日記

2012年04月12日

産業の高度化とコミュニティ

産業革命から150年。
高度経済成長から50年。
劇的に変わったのは、
コミュニティを取り巻く環境。

自分‐家族‐地域‐日本
というコミュニティのつながりは、
大量就職によって変わった。

自分‐家族‐会社‐日本
そのとき、会社は「地域」のようなものだった。
地域の自治会のような「飲み会」、「運動会」、「社員旅行」などがあった。

いつのまにか、
会社コミュニティは家族を上回る強さとなり、
成人男性にとってのコミュニティは
自分-会社-日本となってしまった。

このときに発生したのが、
「熟年離婚」「定年離婚」ではなかったか。

自分は家族というコミュニティに属してはいなかった。
いや、属してはいたが、「役割」は限定されていた。
(つまり給料を稼ぐということ)
その「役割」を失ったとき、コミュニティから弾き出されてしまった。

産業はさらに高度化が進んだ。
サービス業の多くは長い営業時間をカバーするため、
「シフト制」となった。
あるいは、PCによって、個人での作業が増えた。

成果主義が導入され、
「費用対効果」が声高に叫ばれた。

運動会?
それがどんな経済的効果を生むんだ?
飲み会?
それで出世できるんですか?

こうして、会社の行事はなくなり、
「地域」としての会社は解体された。

つまり、
自分‐会社‐日本
の真ん中がなくなり、人々はひとりぼっちになった。

もはや個人は日本にしか属していない。
あるいは、「地球市民」としての自分しかいない。

大学生のキーワードが
「環境」「国際貢献」になっているということは
こういうことなのではないか。
もはや、貢献するべきコミュニティは
そこにしかないということではないか。

自分‐日本‐世界
というコミュニティの連鎖しかもたない暮らしは
個としての強さが要求される。
まわりの人は誰も助けてはくれないからだ。

日本国民としての公的サービス以外は
あてにならない世の中が、現実にある。

コミュニティの再構築。
そこに時代の鍵がある。

シブヤ大学は、それを「学び」の講座という切り口で、
山崎亮さんは、住民を巻き込んだワークショップで、
コミュニティを再構築しているのだ。

自分と日本の間のコミュニティを取り戻していくということ。

その方法を、たくさんの人が求めているのだと思う。
そうだとすれば、新潟がその資源を活かして、
コミュニティを再構築するには、
自分‐家族‐地域‐日本の中で、
「地域」にフォーカスしていくことが有効なのではないだろうか。

かつての地縁社会に戻ることは
残念ながら、難しいと思う。
すでに超高齢化する中山間地では、
ヨソモノの力を借りるしかない。

ヨソモノがワカモノであり、
その場所に何かを学びに来ているとすれば、
彼らは支援者であると同時に受益者である。

相互に持てるものを持ち寄り、
提供しあう地域社会をデザインすること。
それが地域コミュニティをふたたびつなぎ、
自分と日本のあいだをつないでいくのだろう。

課題があふれている社会は
ワカモノにとって、出番だらけの社会、生き甲斐・やり甲斐だらけの社会だ。

社会をひとつの劇場にする。
そしてみんなが役割を演じている地域社会が
これから始まっていくのだろうと思う。

あなたの出番はもうすぐだ。
そのために、いま、何を学ぶのか?  

Posted by ニシダタクジ at 07:37Comments(0)日記

2012年04月10日

アイデンティティとコミュニティ

ひとりひとりのアイデンティティの喪失。
それは役割の喪失と対になっている。

「自分が何者であるか?」
に対しての最初の答えは、
「家族の一員である。」ということだったはずだ。

そしてそれは、家族の中で
果たすべき役割があるから、
そう思えたはずだ。

漁に出る。
畑で作物を作る。
出稼ぎに行く。

玄関掃除をする。
食事の支度をする。
お風呂の水を汲みに行く。

そして、地域の一員としての役割を果たすということだった。
祭の神輿の担ぎ手として、
早朝の草刈り要員として、
用水路の泥上げ部隊として、
ひとりひとりが地域で何らかの役割を果たすということだった。

それはすごく、面倒なことだ。
そして「古い価値観」だ。

もはや、時代は変わった。
「個人の時代」なんだ。
煩わしい地縁を抜け出して、
まちに出て行こう。

工業社会の発達と共に、
徐々に地域コミュニティが失われていく。

しかし、その代わり、
会社の中に擬似「家族」を創出した。
終身雇用、年功序列。
飲み会に運動会、社員旅行。

そこには、ひとりひとりの役割があった。
いや、「役割感」があった。
自分は会社の一員であるという。
何より、自分が日本の高度経済成長を支えているんだという誇りがあった。

会社をコミュニティ化することで、
地域というコミュニティは分断された。
個人の時代に地域の一員として役割を果たすのは面倒になった。

同時に核家族化、電化製品の発達により、
家庭内での役割も徐々になくなっていった。
地域、家庭というコミュニティの結びつきは
だんだんと弱まっていった。

そしていま。
グローバルの荒波に、
企業というコミュニティがさらわれた。

もはや、個人は
大海原で揺れる小さなボートのようだ。
自分が属しているのは、「日本」という国籍しかない。
オリンピックやワールドカップでそれを確認するだけだ。

未来が見えない。
そして、自分が見えない。

アイデンティティの喪失とコミュニティの喪失は
対になっているのだ。

「夢を持て」と言われても、
自分が果たすべき役割を感じられないのに、
「医者になりたい」だったり「スポーツ選手になりたい」だったり思って、
そのモチベーションが持続するのは相当困難だと思う。

アフリカのスポーツ選手が
オリンピックで圧倒的な強さを誇るのは
「ハングリー精神」のおかげだと言われるが、
その実体は、家族を幸せにしたいという役割意識なのではないか?

アイデンティティを取り戻す。
自分が自分を生きることを取り戻すにはまず、
コミュニティを再生することが必要なのではないか。

コミュニティの中での
役割を見つけ、それを果たしていく。
そのきっかけが必要なのではないか。

その役割を見つけたとき、
人は生きる意味を見つけるのではないだろうか。

そうだとすれば、
中山間地で産業をつくる、ということは
じいちゃんばあちゃんに出番をつくるということ。
生きる意味をつくるということではないか。

広く言えば、
その地域自体が生きる意味、存在し続ける意味を
つくるということではないか。

現代の日本で、中山間地が果たすべき役割とは何か?

そんな問いから地域活性化のモチベーションは生まれるのではないだろうか。

支援者と被支援者という関係ではなく。
それぞれが、それぞれのアイデンティティの確立のため、
役割を果たすという関係性があるだけなんだと思う。

なんか、わかりにくい文になっちゃいましたね。
もう少し、考えます。  

Posted by ニシダタクジ at 07:20Comments(0)日記

2012年04月09日

まきどき村、はじまりました。

4月8日。
人生最高の朝ごはん。
参加人数10名。

ちょうどよい人数。

畑に行ってきました。
まだ作業はないので記念撮影。
玉ねぎ植わってます。


来週はジャガイモ植えます。
そして、釜炊きごはん。

初参加の新井くんの釜炊き、美味かった!!

そして、2012年第2回の朝ごはんです。


朝ごはん後はかや刈りに参加!
かやぶきの家佐藤家の屋根の葺き替えのための
かやを刈ります。
寒かった!!


終了後午後1時過ぎから飲み会!!
午後3時半に終了。
明るい中、フラフラになって帰宅。
歩いて帰れるって素晴らしい。

さて。
次回の大きなイベントは
28日(土)の午後2時頃から、
佐藤家大掃除&お泊り会の予定です。

毎月1回、大掃除イベント、開催したいと思います。
参加費は宿泊+飲み会付で4000円~5000円くらいの予定です。
またご案内しますが、参加希望の方はご一報下さい。  

Posted by ニシダタクジ at 06:48Comments(0)イベント

2012年04月07日

「スタジオピッケル」を応援してください!

ひとくちファンドがスタートしました。
現在パンフレット待ちです。

新潟県内の8つのNPOが
参加しています。

「地域と人生の小田原中継所」
ヒーローズファームは、
「スタジオピッケル」設立のための資金を
集めます。

ひとくち1,000円。
300口、30万円をひとつ目標にしています。
スタジオ設立のための機材を購入します。

前回のブログを読んでいただいた方から
さっそく寄付の申し出がありました。

長沼宏治さん

高橋茂さん


本当にありがとうございました。
達成の際にはパーティーやりましょう。
300人入る会場借りないといけないですね。

「スタジオピッケル」は
見えない山に登り始める若者が
まちに出て、たくさんの熱い大人との「出会い」と
チャレンジの「機会」を提供します。

具体的には、
大学生~小学生(&20代30代社会人)をまちのレポーターとして養成し、
まちに出てハッピーニュースを取材して、
それを発信するという活動を行います。

山を登るときに使う「ピッケル」のように、
一歩一歩進んでいくときに、
その出会いと機会が前に進む力となるでしょう。

みなさまの小さな「思い」が
スタジオ設立の力になります。

今回の寄付募集は、
「寄付」という、NPOとして、収入の4本柱のうちのひとつに
取り組む、重要なプロジェクトとなっています。

NPOは、
「会員からの会費」「事業収入」「補助・助成金」そして「寄付」
という4本柱のバランスが取れていることが安定運営には必要です。

そして、
「寄付」は、世の中の人たちを参加者、参画者にしていく
という方法でもあります。

目指す「持ち寄り社会」は、
持てる人が持てるものを出す、ということ。

お金を持つ人は、お金を。
体力のある人は、体力を。
技術のある人は、技術を。
頭脳のある人は、頭脳を。
ニコニコ笑う人は、その笑顔を。
天然ボケの人は、笑いの種を。

それぞれの人がそれらを持ち寄って、
地域の中で役割を果たしていく地域社会をつくる。
それを実現するための方法のひとつが今回の「寄付」キャンペーンだと私は思っています。

僕は情熱があるので、情熱を思いっきり出します。笑。
PASSION 0円です。

「応援できる」地域社会の実現。
子どもにも、高齢者にも、若手社会人にも、
それが必要だと思っています。

そんな拠点にツルハシブックス&スタジオピッケルは
なっていきます。

みなさまの「思い」をお待ちしています。
寄付したい!という方は、ツルハシブックスまでご持参いただくか、

郵便振替口座 00580-2-92404
口座名義 NPO法人ヒーローズファーム
までお願いします。
お名前、ご住所、メールアドレスまでご記入いただくとありがたいです。
よろしくお願いいたします。

問い合わせは西田まで
info@herosfarm.net
件名「ひとくち寄付について」
でお願いします。

ひとくちファンドのリーフレットご希望の方はこちらまで。
スタジオピッケルのために、寄付を募っていただける協力者も
募集しています。
http://www.kubikino-npo.jp/%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96/20120329/6232/

「スタジオピッケル」の
ひとくちファンド募集は6月30日まで。
目標は300口です。
1人何口でも可能ですが、
今回は1000円でなるべくたくさんの方に寄付をお願いしたいと思います。

4月中の目標は150口です。
よろしくお願いいたします。  

Posted by ニシダタクジ at 06:32Comments(0)日記

2012年04月06日

社会に適合していくか、社会が適合するか。

水曜日。
会津若松の帰りに寄った津川の「山崎糀屋」。
いつも朱鷺メッセなどで、物産展によく出ている。
念願の初来店。


お母さん。
いつもながら元気いっぱい。
67歳には思えない肌つや。さすが糀屋さんだ。

最近の塩麹ブームはかなり追い風らしい。
塩麹のプレゼンテーションがすごくて、
思わず買ってしまった。
塩糀「うんまいな」でイカの塩辛つくってみます。
入れて和えるだけなんですって。

これ、マジで女子の切り札になる。
家でイカの塩辛を出されて、
「塩糀でつくったの~。」
とか言われたら、結婚考えるよ、ホント。笑。

驚いたのは
玄関先に積んである味噌、味噌、味噌。
全国発送しているそうなので、
1日でこんなに?
というくらい大量のミニダンボールが積まれていた。
行き先は東京都が多かったかな。

昔から、薪で火を入れるという製法で作り続けている味噌。
美味しそうでした。

創業1868年。
山崎さんは150年も糀屋ひとすじ。

時代がようやく追いついてきた。
いや。
忘れ去られた価値が再び、価値を発揮してきた。

山崎さんは言っていた。
「糀という文化を残したいんだ。」

「文化を創る」ということ。
これがこれからの時代にキーワードになると思う。
寄付文化を創る、ファンドレイジング。
そして、持ち寄り社会という文化を再構築するのが
地域づくりNPOの使命なのだろうと思う。

「社会に適合していくか、社会が適合するか。」

これが、
現代の生きづらさを解くカギになるのだろうと思う。

ひとり親の病児保育問題。
当事者たちにとっては人生を左右する課題。
社会に適合するには、
会社を辞めるか、実家に戻るか、
しなければならない。

社会のほうを適合させるため、
病児保育問題に取り組むNPO法人フローレンスは、
ひとり親パックというシステムを作った。

「社会に適合する。」
というのはとても大変なことだと僕も思う。
社会的不適合とは、僕自身のためにあるような言葉だ。
学校を卒業して以来、週5日、同じ仕事をしたことが一度もないからだ。

それでは、「社会」とはなんだろうか?

現代の社会は、
高度にサービス業化、情報化され。
効率性、合理性に最大の価値が置かれ続けてきた。

効率性、合理性を阻害する要因は、
積極的に経済社会の外に置くようにした。

いつしか。
「経済社会」の許容範囲はどんどん狭まっていった。

中山間地?離島?
生産年齢人口が少なくて、仕事がなくて、ダメな場所だ。
コミュニケーション力がない?パソコンが使えない?
それじゃ仕事にならんじゃないか。

働けない人が急激に増えたんじゃなくて、
経済社会の許容範囲が急激に狭まったのではないか。

日本でいちばん大切にしたい会社の
坂本光司先生の本は、それを伝えているのではないか。

社員が会社の仕事に合わせるのではなく、
会社が社員に合わせて仕事をデザインする。

かつて、地域社会は、農業社会で、
ひとりひとりに合わせて、仕事をカスタマイズしていたのではないか。
子どもにも、お年寄りにも、障がいがある人にも、役割があったのではないか。

そうだとすれば、
若者のキャリア形成に関わるポジションにいる僕たちの果たすべき役割は、

「現在の社会に適合する若者をどのように育てるか?」
と同時に、
「適合できない者に対して会社を、地域を、社会を、どのようにデザインしていくか?」

というのを同時にクリアしていかなければいけないのではないか。

時代は変わり続ける。
かつて、どの家でも、自分が作った豆で味噌づくりをしていた。
いま。
薪で煮た豆を使って味噌を作っているところはほとんどない。

だからこそ、山崎糀屋の出番だ。
そして、味噌作りの過程に、
様々な人の働く場所が生まれるのかもしれない。

現代社会と、目指すべき社会。
そのあいだをデザインすること。
それってすごく楽しいことだと思いませんか。  

Posted by ニシダタクジ at 06:14Comments(0)思い

2012年04月05日

応援できる、という喜び

新潟大学の
「ニイダヤ水産復活プロジェクト」
チームと一緒に、
会津若松へ行ってきました。

新潟は停電で信号機が消えてました。
それを超えたと思ったら、
福島県境はなんと吹雪。
あの・・・4月4日なんですけど・・・

なんとか開始時間ギリギリに到着して、
まずは新大生が集めた支援金、
115156円を渡してきました。


その後、活動報告プレゼン
たくさんの温かい言葉を頂きました。


最後に記念撮影。


菊地さんたちは、
長丁場になりましたが、
なんとか目標の達成と
たくさんのあったかいものをもらいました。

横田さんには、
何度も新潟に来ていただき、
思いを伝えていただきました。
本当に素晴らしい機会をありがとうございました。

今回のプロジェクトを通して、
大学生にしか生み出せない価値を改めて感じました。

3月3日。
西総合スポーツセンターで出会った
いわき市からの避難者。
ニイダヤ水産賀沢社長と同い年でした。

そんなふたりをつないだのは大学生の力でした。
あらためて、価値とは、
数字で測れるものだけではないと感じました。

本当に、たくさんのみなさんの
温かい思いをありがとうございました。
おかげさまで目標を達成しました。

しかし、ニイダヤ水産復活プロジェクトは、
終わったわけではありません。

ようやくスタートラインです。
今月末にはニイダヤ水産新工場が着工。
来月からは干物の生産が始まります。

引き続きの応援、よろしくお願いします。
僕自身も、「応援できる喜び」をかみ締めて、
一歩一歩、進んでいこうと思います。

賀沢さんの干物、楽しみですね。  

Posted by ニシダタクジ at 06:48Comments(0)日記

2012年04月03日

スタジオ「ピッケル」の寄付金を募集しています

企業は、顧客への販売によって金を手にする。
政府は税金を取る。
しかし、非営利組織は、寄付金を募らなければならない。
(ピーター・F・ドラッカー)

「寄付」という言葉の
本来の意味を知ったのは、
シブヤ大学地方移転の連続講座で
日本ファンドレイジング協会の鵜尾さんの話を聞いたときだった。

衝撃。
その一言。

寄付というのは、
善意・施しなどでは決してない。

NPOにとっては、
社会を変える仲間を増やす手段であり、
一般市民にとっては、
社会変革の参加者、参画者になるということだ。

行政の力だけで地域を支えるのではなく、
ましてや、NPOが地域の未来を考えるのではなく、
住民ひとりひとりがこれからのまちを考えることが
求められている。

そのための「寄付」なのだ、と鵜尾さんから学んだ。
ファンド・レイジングとは、「資金調達」のこと。

NPOの面白さ、魅力はまさにここにある。
資金の調達方法が
会員からの会費、事業収入、補助金・助成金、そして寄付である。

どれかの財源に偏らず、
この4つのバランスが取れていることが
安定していて、支持を集めている、
資金調達としては望ましいNPOの姿である。

寄付金を募る。
それはただ単にお金を集めることが目的ではない。

自分たちが描く未来を共感してもらうこと。
仲間になってもらうこと。
一緒に進んでいく入り口をつくること。
それが寄付なんだろうと思う。

ツルハシブックス・カフェコポコポは
オープンから1年が過ぎ、
たくさんの人が集まるようになりました。

特に、地下古本コーナー「HAKKUTSU」から、
高校生、中学生、小学生がやってくるようになりました。

その中には、不登校や引きこもりだったり、
コミュニケーションに自信が持てなかったり、
困難を抱えている若者も少なくありません。

そんな若者が地域に出て行き、
まちのレポーターとなります。
そして、まちの小さなハッピーニュースを取材し、
編集して発信します。

内野駅前を拠点に、
まち全体を大きなスタジオに変える企画。
スタジオ「ピッケル」を設立します。

悩める子どもたちがレポーターとなり、
まちの出来事を取材します。
それを発信することで
人と人がつながるきっかけができていきます。

小さな幸せに気づく時代。
スタジオピッケルを旗揚げします。

昨日から、ひとくち1000円の寄付キャンペーンが始まりました。
リーフレットを取り寄せて、寄付をお願いいたします。
ヒーローズファームに熱い思いを届けてください。
よろしくお願いします。

http://www.kubikino-npo.jp/%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96/20120329/6232/  

Posted by ニシダタクジ at 06:49Comments(0)

2012年04月02日

4月8日「かや刈り」は僕の原点です。

1日。
まきどき村「人生最高の朝ごはん」
が再開しました。

本日の作業は
畑作業ではなく、「泥上げ」。
これは、福井集落が総出で
畑などの側溝を角スコップで掃除するイベント(?)です。

角スコを肩に担ぐのが
王道スタイルです。


みんな、ついていきます~。
そんで泥あげ。



簡単なように見えるけど、
キレイに取るのは難しいです。



記念撮影。
この後、人生最高の朝ごはんでした。

佐藤家に到着したら、
囲炉裏に人影。
昨日の「矢垂くらぶ」総会の流れで
平岡さんがビール飲んでました。ビックリ。
朝7時から大瓶2本開けてました。さすが。

そしていよいよ朝ごはん。
釜炊きごはん、うまい!
本日はカブを焼いたのをメインに組み立てました。
カブの皮の炒め物、美味しかった。

そして、ヤマメ焼。
昨日の残りだそうです~
スペシャルだなあ。

相変わらず奇跡が起きるまきどき村でした。

さて来週4月8日は
旧庄屋佐藤家のイベント「かや刈り」です。

朝9時に佐藤家集合で
屋根の葺き替えのための
かやを刈りに行きます。
お昼過ぎには終了して、楽しい飲み会です。

思い出すのは2002年のかや刈り。
東西南北と4年かかりで刈ったかやを
吹き替える最終年。

その宴会は
一生の記憶に残るものとなりました。

飲んでいるオヤジたちから溢れる誇り。
「俺はこのムラを愛している。」
そんな誇りが伝わってきて、僕は涙が出ました。

4月8日のかや刈りは僕の原点です。
人生最高の朝ごはんから参加の方は
朝6時集合。
それ以外の方は9時に来てください。

かや刈りの参加費は無料です。
事前にお申し込み下さい。  

Posted by ニシダタクジ at 08:36Comments(0)日記