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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2014年06月30日

「コミュニケーション・ツール」だと考える

本屋を、「コミュニケーション・ツール」だと考える。

「コミュニケーション・ツール」だと考える
「心の時代にモノを売る方法」(小阪裕司 角川ONEテーマ21)

に引用されている
社交する人間(山崎正和 中公文庫)
「コミュニケーション・ツール」だと考える

によると、
経済の第1の系統は「生産と分配の経済」であり、
第2の系統は「贈与と交換の経済」であるという。

「経済の第一の系統は生産と分配の経済であって、
これは同質的で均一的な集団を形成しながら、
それによって生産物の効率的な増産を目標としてきた。

これに対して第二の系統をつくるのが贈与と交換の経済であって、
言葉を換えれば社交と商業の経済だといえる。」
(社交する人間より)

このテーマは詳しくは、こちらのブログに書いてあるので、
http://hero.niiblo.jp/e386148.html
お読みいただきたいのだが。

この第1の系統である
「生産と分配の経済」は、
共同体が「生き延びる」ために必要な経済であったと言えるだろう。

それに対して、
第2の系統である「贈与と交換の経済」は、
個人が楽しく豊かに「生きる」ための経済だったと言えるだろう。

そもそも、経済の起源は、贈与だったと言われる。

見ず知らずの隣の部族との境界線に、
何か、贈り物を置いた。
それを受け取った隣の部族が、
お返しにその場所に何か贈り物を置いた。

それは決して「等価交換」ではない。

では、そんなことをする必要がなぜあったのだろうか?

それは、人間の根源的欲求である
「コミュニケーションしたい」という欲求だったのではないか。

どんな人が暮らしているのか、わからないのだけど、
そして彼らと共に何かをやることはないのだろうけど、
コミュニケーションしてみたい。

そういう好奇心やコミュニケーション欲求が、
彼らに贈り物を置かせたのではないか。

そういうふうに仮説を立ててみる。

そして、
これらの本によると、

ここ200年。
つまり、産業革命以降の時代は、
第1の系統、つまり「生産と分配の経済」
に大きくシフトした時代だったという。

たしかに、
いま、僕たちは、「贈与」や「交換」を経済的行為だと思っていない。
しかしそれは、
もしかしたら、この200年だけの特殊な時代だったのかもしれないのだ。
生き延びるためではなく、豊かに生きるために、
「贈与と交換の経済」が必要なのかもしれないのだ。

そしていま、
これらの本を読むまでもなく、私たちは体感しているはずだ。
「豊かなコミュニケーションのある暮らしをしたい。」と思っているはずだ。

リッツカールトンやディズニーランドに熱狂するのは、
そこに上質なコミュニケーションがあるからだ。

昭和の匂いのする居酒屋や老舗喫茶店に
人を引き付けられるのは、歴史の中にあるものと
コミュニケーションしたいからだ。

サービスも、空間も、
すべてコミュニケーションであると考えてみる。

そうすると、究極的には
「コミュニケーションをお金で買う時代」に
どんどんなってきていると言えるだろう。

人がスターバックスに行くのは、
あの空間と店員さんとコミュニケーションがしたいからだ。
「付加価値」、とはそういうところに生まれるのかもしれない。

コミュニケーション・ツールとしての
もっともパワフルでハードルが低く、
もっとも多くの世代間をつなぐのが本であると思う。

いや、もっともパワフルなのはたぶん「食」で
第2位が「本」で第3位が「農」といったところだろうか。

経済のためにコミュニケーションがあるのではなく、
コミュニケーションのために経済があるとしたら、
「本屋」はその最前線にあると何度も書いているが、

すべてを「コミュニケーション・ツール」であると考えると
「本屋」というのは、非常に魅力的なコミュニケーション・ツールだ。

そう考えると、
コミュニケーション・ツールとして、何ができるかを考えていくことだ。

「地下古本コーナーHAKKUTSU」や「寄付サムライ」は
コミュニケーションの機会を売っているのかもしれない。

そしてそれを必要としている人はきっといるだろう。

なぜならば、
人は「生き延びる」ために生きているのではなく、
「豊かに、幸せに生きる」ために生きているのだから。

いつのまにか、
「生き延びる」ことに重点を置きすぎた時代を生きてきたのだろう。

効率化、つまり生産性を上げるため、
コミュニケーションは不要だった。
コミュニケーションは非効率的だった。
こうして街から人からコミュニケーションの機会が失われた。

コミュニケーションを代償にして、
私たちが手に入れたかったものはなんだったのだろうか?

小さな街の小さな商店街から
もうひとつの経済の物語が静かに、静かに始まっていく。

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Posted by ニシダタクジ at 06:47│Comments(0)アイデア
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