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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2019年09月12日

「予測不可能性」と「創造的脱力」

神奈川大学経営学部山岡ゼミの3年生のゼミ合宿が阿賀町に来てくれました。





黎明学舎の説明と、僕のヒストリーを話しました。





そして狐の嫁入り屋敷へ移動して観光協会の新發田さんから教育体験旅行の話を聞きました。
僕自身が聞きたかったことなので、めちゃめちゃ質問してしまった。

僕は、
まきどき村やツルハシブックスの取り組みのことなどを話した後に
黎明学舎のコンセプトである「ふるさと創りびと」の説明と、
この前のかき氷の新聞と、今後の見通しの話をしました。

大学生の感想で一番心に残ったのは、
「ふるさと」を創るのは、全力で行う創造的行為なのだけど、
それは「誰か」と一緒にやるからふるさとになるのではないか、と。

たしかに、そうだなと。
ともに創造的行為を行う誰かの存在。
それは決定的に必要なのだろうと思う。

~~~以下感想シートよりメモ

話を聞いて「ふるさと」をつくるという新しい発想を得ることができたなと感じました。私は地元を「ふるさと」と思ったことがなく、なんとなく「ふるさと」というものにあこがれを持っていたのですが、それを今後つくることも可能であるということが知れてよかったです。また、「創造的破壊」と「創造的脱力」というアプローチの仕方の種類を知り、創造的脱力のとりあえずやってみようという精神がとても魅力的であるなと思いました。最近はどうしても何かを始める際にはメリットのことを考えてしまい自分のやりたいことをとりあえずやるということができにくくなっているなかで改めて創造的脱力というものの重要性を感じました。私にはまだ明確な「やりたいこと」が見つけられていないのですが、大学生になって多様な人々と関わることの大切さを知ったので、今後も様々な人と関わっていき、そのなかで自分の「やりたいこと」を見つけていきたいなと自分をふりかえることができました。

阿賀黎明高校魅力化プロジェクトは、阿賀の自然、土地だからこそ出来ることを授業化し、クリエイティブな体験を通じて外から阿賀でその経験をすることで西田さんのように新潟・阿賀が自分のふるさとだと感じられる人を取り込むきっかけになると思いました。田舎の高校にあえて来ることは本当に少ないと思うので、阿賀の土地だからできることを強みに外から呼び込み、定着する機会を増やすことが大切だと思いました。自然のあるまち、人柄がやっぱりふるさとを感じる場にはあると思うので住民同士の触れ合いは大切だと改めて思いました。私の地元をふるさとだと感じるのは方言を含めて人柄が一番大きいと感じています。関東の人と比べると人柄が違うなと感じてしまうのでこの小さなまちこそこの強みがあると思いました。土地柄を生かした高校を作り人を呼び込んでほしいと思います。進学率とは逆になりますが、農学科みたいにして特色ある授業を沢山して土地を生かせればなと思いました。もしここでクリエイティブな体験が地域の温かい人とできれば、もし外へ一度出てもふるさとはここだと思ってくれると思います。お忙しい中、ありがとうございました。

・「人生は経営」「楽しさは予測不可能から」「店員ではなく劇団員だと思う」「創造的破壊と創造的脱力」にとても興味深いと感じた。

・「顧客はだれか?」「価値は何か?」や、ふるさとの定義についてグループメンバーで話し合うことができ、いろんな考え方を学ぶことができた。

・最初に西田さんの行っている活動を聞いた時に、変わった経歴をもった方だったのでどのようなお話を聞くことができるのか想像できなかった。しかし、こまでの西田さんのキャリアを重ねて、今の黎明学舎の取り組みにつながっていることがわかった。町がつくった公営塾がふるさとをつくるということにつながるのは面白いなと思った。今は自分が住む場所をふるさとだと思えなくても、これからの自身の行動やどういった活動に参加して、それらを一生懸命やるかでふるさとは自分でつくれるではないかということを今回のお話で気付かされた。学習塾がこのように脱力した環境で、生徒ものびのびと通い、勉強に集中できるのは、この場所にあるからだと思う。個人的に塾というものは受験のために通う場所というイメージが大きいので、こうした黎明学舎のように塾に自ら居る時間を求めて通えることがうらやましいなと感じた。勉強するだけの場所ではなく、空間をともに生徒に与えているのだと思った。それこそ、スターバックスのように顧客に第三の場所を提供することにつながるのではないか。そうしたことを無意識のうちに提供する場と成り得た黎明学舎がすごいと思った。このような学習塾なら毎日嫌だと思わず通うことができるのかなと思った。

・もっとも印象に残ったのはふるさとの話です。何かを全力で成し遂げたことがあればそこがふるさとであるという定義に納得しました。自分自身、ふるさとはあるという自覚はあります。地元の静岡では様々なことを成し遂げてきました。しかしその自覚もなくなってしまうのではないかと不安になりつつあります。地元では開発が進み、帰省するたびに町の景色が変わっています。それは自分が挑戦してきた場所の景観まで変化してしまいました。記憶や写真が残っていても、そこで過ごしてきた場所が一変してしまったら。そう考えるととても寂しくなります。私はふるさとが好きです。しかしそこが変わってしまったらそこをふるさとと心から感じることができるのでしょうか?時が経てば必然的にいろいろなものが変わります。それは仕方がないことだということも理解しています。何か1つでも変わらない何かがふるさとに残っていれば、嬉しいし、また戻りたくなるな、と感じました。少し脱線してしまいましたが、ふるさとがあると自分の居場所があるのだとあたたかい気持ちになれます。そのような場所を自分でつくっていけるように、他の人と一緒につくれるように行動していきたいです。黎明学舎の話をきいていて、ふるさと1つの要因の場所だと感じました。

・今日ツルハシブックスのお話を聞き、年代、世代、職業関係なく人々が集まることに驚きました。特に若い世代が自分で本を見つけ出すこと、見ず知らずの人と話をする環境はとても珍しいと感じたためです。最近はイヤホンをしている人が多く、店員が話しかけてこないようにしているお客さんをよく見ますが、ツルハシブックスでは店は舞台、劇場、店員は劇団員、お客さんを共演者として接していることで、人々が知らずに引いている線が無くせるのだと思います。黎明学舎のお話では、生徒が「自分から来る」ということに自分の高校生時代との違いを感じます。もし自分にも「行く場所」があれば、1日1日楽しみも生まれたであろうし、自然と勉強をするようにもなったのではないかと思いました。(自分を取り巻く環境がそれからの考え・生き方を変えるのだと改めて気づきました。)ふるさとのお話でも、私は神奈川生まれ(家族全員)福岡育ちなのですが、生まれた場所か親戚が多く住む神奈川と自分の記憶の大半を占める福岡のどちらがふるさとかを漠然と考えていました。今回、「ふるさと」の定義を聞き、これからも自分が残した経験次第でふるさとが見つかれば良いなと強く感じています。貴重なお知らせありがとうございました。

・人生の中でどこに目的を定めるのかは、自由に決めていいのだと感じました。物を売って、お金を稼ぐというだけでなく、自分が「おもしろい」と思うポイントに焦点をあてて、商売や人生を展開していく事も、とても魅力的に思えました。これからの人生の様々なシーンで大事な選択をしていくことが多くあると思いますが、頭で固く考えすぎずに裏道を探すように脱力的アプローチができるようになれれば今回のお話を聞いた収穫になると思います。その中で、予測できなかった良い点を様々なシーンで見つけていければ、自分自身おもしろく感じると思うし、より人間らしい生き方、働き方が実現できるのではないかと感じました。今回お話を伺って人生の考え方の引き出しが増えたような気がします。ありがとうございました。

~~~ここまでメモ

キーワードとしては
「予測不可能性」と「創造的脱力」が効いたみたいです。
やっぱそこかなあ。  

Posted by ニシダタクジ at 17:19Comments(0)日記