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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年05月23日

導かれし者たち

導かれし者たち

導かれし者たち

茨城大学図書館土曜アカデミー
「茨城学への招待~岡倉天心と六角堂と『茶の本』」

昨年、茨城にやってきて、
もっとも衝撃的だったのが岡倉天心との出会い。

これからの生き方に大きなヒントをくれる
岡倉の生き様に惚れた。

~~~以下メモ

本名:岡倉覚三
文部省の官僚で美術行政に携わり、
東京美術学校(現東京藝術大学)の立ち上げ、校長就任。

校長の座を追われ、
民間の美術学校である日本美術院を設立。
そのとき多くの人が自分もやめると言いだした。

ところが、日本美術院の画家たちが生み出す絵画は
朦朧体と称され、酷評され、売れない。
(いまで言えば前衛すぎる「現代アート」だった)
経営難に陥り、インドへ。

これは逃避行ではない。
入念に準備・計画している。

ヒンドゥー教の僧ヴィヴェーカーナンダに会うためや
仏教遺跡を訪れ、日本―中国―インドの関係を明らかにする。

ヴィヴェーカーナンダは、
シカゴ万国宗教会議での演説で、
すべての宗教は1つのゴールに向かっている、
道が違うだけだ、と宗教の融合をスピーチし信徒を多数獲得した

インドでヴィヴェーカーナンダと意気投合した岡倉は
連れて帰りたい、と思った。

このことは「茶の本」にも表れている。

東西両大陸が互いに悪口を言い合うのをやめにしましょう。
異なった道を歩いてきただけだ。
互いにたりないことを補い合っていく。

インドで仏教遺跡をめぐり、岡倉は確信した。
Asia is one (東洋の理想)

六角堂=インド・中国・日本文化の融合
3つの建築様式と3つの思想

外から見ると仏堂、中から見ると茶室
海には中国庭園に欠かせない岩
五浦にもガート(沐浴場)があった。

ボストンから持ってきた芝生の種と窓ガラスを入れた。

「茶の本」
西洋の科学と東洋の思想はたたかわずに
まあ茶でも一杯すすろうではないか。
(第1章「The cup of Humanity」)

東洋も西洋もない。
紅茶はインドで生まれ、西洋へ。
お茶を飲む空間には平和しかない
新しいものをつくろうじゃないか。

~~~以上メモ

いまこそ、岡倉天心。
心からそう思った。

そして、茨城大学の入学生たちは、
「導かれし者たち」なんじゃないか。

そんな勘違いを起こすのに十分だった。

海の向こうに向けて、
六角堂を通して、インド‐中国‐日本が
ひとつであることを表現した。
(海からしかガートを含めた全貌は見えない)

五浦には、祈りが詰まっている、
そう思った。
だからパワーを感じるのかもしれない。

そんなことをして、世界は変わるのかい?
と嘲笑う奴らがいたとしても、
やらずにはいられないことをやる。

それが美しく生きる、ということなのだろう、と。

六角堂はメディアだった。
アジアはひとつだと、いや、東洋も西洋もない、
世界はひとつだと。

そんなことを伝えていくために、
表現するためにつくられた場所だ。

大学生がこれから生きていく社会は、時代は、
答えのない世界だ。

世界と対話しながら、
世界に表現しながら、
自分はいかに美しく生きていくのか?

そんな問いそのものを生きていかなければいけない時代だ。

だからこそ、いまこそ、岡倉の生き方に、思想に学ぼうじゃないか。

自分たちが「導かれし者たち」かもしれない。
という勘違いを胸に、表現し続けようじゃないか。

そして、隣人に語りかけよう。
まあ、茶でも一杯すすろうではないか、と。

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Posted by ニシダタクジ at 08:23│Comments(0)学び
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