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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年11月23日

「感染動機」による内発的学び

「感染動機」による内発的学び
「14歳からの社会学」(宮台真司 世界文化社)

昨日に引き続きまして。
いやあ、これ面白い。
真骨頂は第5章でしたね。

第5章 <本物>と<ニセ物>

ここです。
大学生必読。

~~~ここから一部引用

宮台さんによると、
ものを学ぼうとするときに、3つの動機があるという。

1 競争動機(勝つ喜び)
周りの子とテストの点数を競い合うとか
人よりも高い偏差値の学校に合格したいと思って受験勉強するとか。

2 理解同期(わかる喜び)
自分の力で問題が解けたとか
自分の考えをうまく説明できたと感じる喜び。

戦後の日本の教育は、
「競争動機」と「理解動機」に集中して議論がなされてきた。
だがもうひとつ大事な動機がある、と宮台さんは言う。
それが

3 感染動機だ。
直感で「スゴイ」と思う人がいて、その人のそばにいると
「感染」してしまい、身ぶりや手ぶりやしゃべり方までまねしてしまう
―そうやって学んだことが一番身になると宮台さんは言う。

「よくわからないけどスゴイ」から始まる学び。

「感染動機」だけが知識を本当に血肉化できる。
なぜか。

「競争動機」は競争に勝った喜びの瞬間。
「理解動機」は理解できた喜びの瞬間。
これらの瞬間を求めて、君はやる気を出す。

「感染動機」は違う。
スゴイ人に「感染」している何かをしている時間が、
すべて喜びの時間―瞬間じゃない―になるんだ。

だから、感染動機が最も強い「内発性」をあたえる。
「内発性」とは、内側からわき上がる力だ。
「自発性」と比べるといい。

「競争動機」も「理解動機」も自発性に基づく。

「感染動機」は違う。
「感染」している限り、「何か」自体が喜びになる。
やることなすことが喜びだ。これこそが「内発性」なんだ

1 誰かに「感染」し、
2 徹底的にその人の視点から理解し
3 やがて卒業して今度は別の誰かに「感染」する。

1~3を数回繰り返すと、
君自身が誰かから「感染」してもらえる価値を持つようになっているだろう。

~~~ここまで一部引用

したがって、
大切なのは、知識ではなく、「感染」。
「スゴイ人」に「感染」する感受性を少しずつ育むこと。

いや。
これはたしかにそうだ。

大学時代に得るべき「学び」
っていうのは、この、
「感染動機」による内発的な学びではないか。

そういう意味では、
広い世界を見るっていうことは大切だと思う。
もしかしたらその前に「プライドを砕く」っていう
ワンステップが必要なのかもしれないけど。

僕の場合は、
大学1年生の時に、啓発系環境NGOの代表の本を読み、感染。
大学2年生の時には、微生物資材技術を説明するとある農学部教授の本を読み、感染。

大学4年生の時には、「自然農」の川口由一さんに、
院1年生の時には、「粗食のすすめ」の幕内秀夫さんに感染した。

思えば、それが今の基本姿勢を決めているのかもしれないなと。
前者の二つは、「卒業」したので、あえて名前を出さないが、
たしかに、宮台さんのいうように、「感染」によって僕はつくられてきた。

「勝手に弟子入り」みたいな感じ。
追っかけになる、というのかな。

自然農の川口さんは、ほんと、追っかけた。

山形の北のほうから
四国・徳島の自然農実践者の集いまで、
川口さんの講演を聞きに行った。

そのときの最初の出会いは
東京での対談イベントだっただろうか。

ものすごい衝撃だった。
淡々と語る川口さんの姿にびっくりした。

伝えようとしていないのに、伝わってくる。

これはなんだろう?
と率直に疑問を感じた。
思えば、それが宮台さんの言う「感染」だったのだろう。

「感染動機」による内発的学びは、楽しい。
言語化できない何かを解き明かし続けていく旅だから。

まさにこれこそが、
大学生の、20代の、宿題になるのではないか。

感染する誰かに出会い、感染する。

そこから学びのドアは開かれていく。

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Posted by ニシダタクジ at 08:00│Comments(0)学び
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