2017年05月18日
ドラッカー・サイクル
PDCAサイクルは品質管理のサイクルである。
http://topmanagement.co.jp/faq/2012/03/pdca-1.php
「なぜ、PDCAはやめた方がいいのですか?」
~山下淳一郎が答えるドラッカーに関する質問~より
"PDCAがマネジメントのサイクルである"ということが世の常識になっています。
これは間違った常識です。
PDCAは機械でつくられた製品の不合格品の比率下げる品質管理の手法です。
なるほど。
品質管理のサイクル(PDCAサイクル)
PLAN(計画) :どのように
Do(実行) :実行する
Check(確認) :確認する
Action(行動) :行動する
ではなく、
マネジメントサイクル
何のために (われわれの事業は何か)
誰に (われわれの顧客は誰か)
何を (顧客の価値は何か)
何を成果として (われわれの成果は何か)
どのように (われわれの計画は何か)
を回すんだ、と言っている。
昨日、訪問先で、伺ったお話。
「地域活性化」の先に何があるのか?
「まちづくり」の「まち」とは、そもそも何か?
という問いをいただき、考えた。
近代工業社会は、
ひたすらにPDCAを回し続けた社会であると言えるだろう。
それはつまり、
ドラッカーのサイクルで言えば、
上のマネジメントサイクルと同じことだが、
1 ミッション(使命)は何か?
2 顧客はだれか?
3 顧客にとって価値は何か?
4 成果は何か?
5 計画は何か?
ここの4・5だけをひたすらに回し続けた
ということになるのだろう。
言い換えれば、
1~3を国や経営陣に任せてしまったのだ。
それは工場で、
日々、一部品を作っているようなものだ。
完成版をイメージすることなく、
田坂広志さんが語る石切り職人の逸話のように、
「多くの人を幸せにする教会をつくっているんだ」
っていうふうに思うことなく、ひたすらに部品を作り続ける。
そうして、「疎外」が起こる。
それは人生も同じだ。
人生を経営するには、何よりも
1~3が重要なのであって、4,5は方法論に過ぎない。
そして1~3を達成する方法は、
いわゆる「仕事」(マネーワーク)であるとは限らない。
高橋歩さんが著書の中で紹介していた、
妻のさやかさんの夢、「歩の妻を極めること」のように、
本来は、ひとりひとりにミッションがあり、顧客がいて、
顧客を幸せにする方法は100万通りあり、
それを本来は人を夢と呼んだのではないか。
いつのまにか、「夢」さえも、
工業社会のサイクルにからめとられて、
PDCAサイクルを回すことで、夢へと近づくような
教育がされているのではないか。
高校生や20歳のころ、多くの人が
「自分は何のために生きているんだろう?」
という問いを持っていたように思う。
それは、ドラッカー・サイクルでいえば、
1~3の問いであり、それにこたえられることを望んでいる。
しかし、就職して、会社ではいつのまにか、
4.5だけを回すようになる。
そうやって多くの人は人生から疎外されていくのではないか。
そして、中小企業でのインターンシップは
ドラッカー・サイクルを下から回していくこと、
それをかつて職人の世界では、
「正統的周辺参加」と呼んだのではないか。
計画に参加し、
目標にコミットし、
価値を生み出し、
顧客は誰かを問い、
最後にミッションを共有、あるいは創造するんじゃないか。
そしてそれこそが特に中小企業での社長と近い
インターンシップの価値であるのではないか。
なるほど。
そういうことか!
なんだかとってもうれしい発見をしたような。
http://topmanagement.co.jp/faq/2012/03/pdca-1.php
「なぜ、PDCAはやめた方がいいのですか?」
~山下淳一郎が答えるドラッカーに関する質問~より
"PDCAがマネジメントのサイクルである"ということが世の常識になっています。
これは間違った常識です。
PDCAは機械でつくられた製品の不合格品の比率下げる品質管理の手法です。
なるほど。
品質管理のサイクル(PDCAサイクル)
PLAN(計画) :どのように
Do(実行) :実行する
Check(確認) :確認する
Action(行動) :行動する
ではなく、
マネジメントサイクル
何のために (われわれの事業は何か)
誰に (われわれの顧客は誰か)
何を (顧客の価値は何か)
何を成果として (われわれの成果は何か)
どのように (われわれの計画は何か)
を回すんだ、と言っている。
昨日、訪問先で、伺ったお話。
「地域活性化」の先に何があるのか?
「まちづくり」の「まち」とは、そもそも何か?
という問いをいただき、考えた。
近代工業社会は、
ひたすらにPDCAを回し続けた社会であると言えるだろう。
それはつまり、
ドラッカーのサイクルで言えば、
上のマネジメントサイクルと同じことだが、
1 ミッション(使命)は何か?
2 顧客はだれか?
3 顧客にとって価値は何か?
4 成果は何か?
5 計画は何か?
ここの4・5だけをひたすらに回し続けた
ということになるのだろう。
言い換えれば、
1~3を国や経営陣に任せてしまったのだ。
それは工場で、
日々、一部品を作っているようなものだ。
完成版をイメージすることなく、
田坂広志さんが語る石切り職人の逸話のように、
「多くの人を幸せにする教会をつくっているんだ」
っていうふうに思うことなく、ひたすらに部品を作り続ける。
そうして、「疎外」が起こる。
それは人生も同じだ。
人生を経営するには、何よりも
1~3が重要なのであって、4,5は方法論に過ぎない。
そして1~3を達成する方法は、
いわゆる「仕事」(マネーワーク)であるとは限らない。
高橋歩さんが著書の中で紹介していた、
妻のさやかさんの夢、「歩の妻を極めること」のように、
本来は、ひとりひとりにミッションがあり、顧客がいて、
顧客を幸せにする方法は100万通りあり、
それを本来は人を夢と呼んだのではないか。
いつのまにか、「夢」さえも、
工業社会のサイクルにからめとられて、
PDCAサイクルを回すことで、夢へと近づくような
教育がされているのではないか。
高校生や20歳のころ、多くの人が
「自分は何のために生きているんだろう?」
という問いを持っていたように思う。
それは、ドラッカー・サイクルでいえば、
1~3の問いであり、それにこたえられることを望んでいる。
しかし、就職して、会社ではいつのまにか、
4.5だけを回すようになる。
そうやって多くの人は人生から疎外されていくのではないか。
そして、中小企業でのインターンシップは
ドラッカー・サイクルを下から回していくこと、
それをかつて職人の世界では、
「正統的周辺参加」と呼んだのではないか。
計画に参加し、
目標にコミットし、
価値を生み出し、
顧客は誰かを問い、
最後にミッションを共有、あるいは創造するんじゃないか。
そしてそれこそが特に中小企業での社長と近い
インターンシップの価値であるのではないか。
なるほど。
そういうことか!
なんだかとってもうれしい発見をしたような。