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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年01月07日

「本」というささやかな祈り

センジュ出版の吉満さんと未来トーク。
「本」観とか「本屋」観にとても共感。
2016年はふたりコラボで何かが起こる気がします。

簡単にまとめられないので、以下メモ

・まちをほかの人に編集されてていいのか?
・そこにある、目の前のものに責任を持つこと
・前のものを次世代に手渡すこと。誰に何を残していくのか?

・まちの人と対話しながらつくっていくもの。
・そういうことにも本は寄り添える。
・ブックカフェというメディア、というか「本」

・人生の主人公はあなた
・いつだってどんなときも、本はあなたの味方です。

・本という祈り、小さな存在。
・あなたに委ねるしかない。
・明日のあなたを変えたいという希望。
・人の人生にささやかに関わりたい。

・人間がパーフェクトであれば本は要らない。
・いびつな人間だから本が必要。
・そもそもパーフェクトであれば、生まれてくる必要がない。

・人間は無力だが、本も無力。
・二匹目のどじょうを狙う出版業界。それを買う読者。⇒人間らしい
・人間や本というチャーミングな存在。かわいい。

・死ぬときに、もっと効率的な人生があったんじゃないか?と後悔する人はいないだろう。

・本も本屋も人間的である。
・人間的であることは愛すべきこと。
・ワンピースの「ウソップ」という人間的なもの。
・人間は不完全な、チャーミングな存在だから本を買い、本をつくる。

~~~ここまでメモ

「本」とは、そして「本屋」とは?
あらためて考えさせられたし、ワクワクさせられた時間。

「人」も「本」も「教育」は無力、なのだろうと。

無力ということは、「なにものでもない」ということ
なのかもしれない。

「単体では」なにものでもない。
と言ったほうがいいか。

「本」はささやかな「祈り」にすぎない。

その本を読んだ人が、どう感じ、どう変わるか、
あるいは変わらないか、はその人に委ねられている。

これは、僕の本屋観や教育観に近い。
僕には「機会提供」しかできない。

地下古本コーナーHAKKUTSUで
本を買った中学生高校生がどうなるか?

取材でよく聞かれるのけど、うまく答えられない。

そこに目的はないし、興味もない。
寄贈されたを1冊売った瞬間に僕の役割は終わっているのだ。
「機会提供」するということ。

そういう意味では、
「本をつくる」ということも「本屋で本を売る」
ということも、機会提供、つまりささやかな祈りであると言えるだろう。

不完全で、だからこそチャーミングな存在である私たちが
「本」を通じて、「ささやかな祈り」を届ける。

きっとそれが本であり、本屋なのかもしれないな。

本、本屋についてあらためて考える機会となりました。
吉満さん、本当にありがとうございます。
2016年、よろしくお願いします。

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Posted by ニシダタクジ at 07:45│Comments(0)日記
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