2016年04月25日
私にできることは、なんだろう
2005年に行われた「愛・地球博」
リベンデル主宰の熊澤さんが
手にした1冊の本。

「私にできることは、なんだろう。」(地球市民村編)
今回の茅ヶ崎リベンデル5周年の
特別企画「一夜限りの特別な本屋ハックツ」
に熊澤さん本人が寄贈した1冊。
僕は金曜日の夕方から
土曜日の夕方まで、リベンデルで過ごした。
なんとも言えない暖かい雰囲気に包まれている場所。
「ココロ満タンになりますから。」と
何度も熊澤さんに言われたけど、
本当にそんな感じ。
土曜日のお昼は、
すべてリベンデルの畑で採れた
熊澤夫妻の手料理がふるまわれた。
そして愛・地球博から10年の付き合いである
楽器ディジュリドゥのバンド「じぶこん」のライブ。
で本当にココロが満タンになって帰ってきた。

ハックツに集められた
未来に託す思いの詰まった57冊の本は、
無事、旅立っていった。

ハックツオープン前の人だかり。

この部屋にも本を隠しました。

暗やみで本を探します。

ハックツしたら、メッセージへの返信を書きます。

ハックツで知り合った二人。高校生と中学生。
ハックツがこんなふうに素敵な空間で
また新しい意味合いを持って、行われたことが
とてもうれしかった。
僕は茅ヶ崎在住ではないので、
本を寄贈できなかったのだけど、
もし僕が1冊贈るとしたら、
やっぱり「種をまく人」(ポールフライシュマン・あすなろ書房)
なのだろうなと思った。

土曜日もリベンデルには、
1区画の畑を借りている人たちが朝からやってきて、
農作業をしていた。
そうそう。
僕が98年にこの本を読んだときに
つくりたかった景色が確かにここにあった。
舞台はアメリカ・クリーヴランド。
ゴミ捨て場になっていた空き地に、
ベトナム人の少女が3粒のマメの種を蒔いた。
そしてそれから、毎日水をやりに来た。
近所アパートからそれを見たおばちゃんは、
麻薬か拳銃かよからぬものを隠しているのではないか?
と、少女がいない隙を見て、
その場所を掘ってみた。
ところが、麻薬も拳銃も何もない。
なんだ、なにもないじゃないか。
そのとき、ハッと気がついた。
芽を出したばかりのマメの種が3粒。
「なんてことをしてしまったのだろう」
おばちゃんはすぐに種をその場に戻した。
少女は、またやってきた。
水をやっているようだった。
小さな芽が出た。
おばちゃんはそれから、
マメの様子が気になって仕方ない。
少女が来ないとき、自分が水をやっていた。
そのうちに、自分も何か育ててみたくなった。
時が経ち、
ゴミ捨て場だった空地は、美しい菜園に変わった。
それだけではない。
「水はどうやってやるのか」「管理はどうするか」
を話し合っていくうちに、
人種や職業の壁を超え、みんなが仲良くなっていった。
ベトナム人の少女が蒔いたマメの種。
それは、マメの種ではなかった。
いや、たしかにそれはマメの種だったのだけど。
新しい関係性、新しいコミュニティをつくっていく種になるのだ。
大げさにいけば、
彼女が蒔いたのは、新しい社会、新しい時代の種だったのだ。
98年。
この本を読んで思ったこと。
僕も新しい時代の種を蒔きたい、と。
翌99年4月、畑のある公園づくり
「まきどき村」がスタートする。
「まきどき村」の「まきどき」とは、
種の「まきどき」の意味。
今、種を蒔かなければ、決して芽を出したり
花を咲かせたりしない。
今こそが種を蒔くときなんだ。
24歳のいまこそ。世紀末のいまこそ。
そんな思いを込めた。
今回のリベンデルでのハックツは、
そんなことを思い出させてくれた。
熊澤さん、本当にありがとう。
いま、ふたたび。
なんどでも。
この問いを胸に進んでいこうと思う。
「私にできることは、なんだろう。」
リベンデル主宰の熊澤さんが
手にした1冊の本。

「私にできることは、なんだろう。」(地球市民村編)
今回の茅ヶ崎リベンデル5周年の
特別企画「一夜限りの特別な本屋ハックツ」
に熊澤さん本人が寄贈した1冊。
僕は金曜日の夕方から
土曜日の夕方まで、リベンデルで過ごした。
なんとも言えない暖かい雰囲気に包まれている場所。
「ココロ満タンになりますから。」と
何度も熊澤さんに言われたけど、
本当にそんな感じ。
土曜日のお昼は、
すべてリベンデルの畑で採れた
熊澤夫妻の手料理がふるまわれた。
そして愛・地球博から10年の付き合いである
楽器ディジュリドゥのバンド「じぶこん」のライブ。
で本当にココロが満タンになって帰ってきた。

ハックツに集められた
未来に託す思いの詰まった57冊の本は、
無事、旅立っていった。

ハックツオープン前の人だかり。

この部屋にも本を隠しました。

暗やみで本を探します。

ハックツしたら、メッセージへの返信を書きます。

ハックツで知り合った二人。高校生と中学生。
ハックツがこんなふうに素敵な空間で
また新しい意味合いを持って、行われたことが
とてもうれしかった。
僕は茅ヶ崎在住ではないので、
本を寄贈できなかったのだけど、
もし僕が1冊贈るとしたら、
やっぱり「種をまく人」(ポールフライシュマン・あすなろ書房)
なのだろうなと思った。

土曜日もリベンデルには、
1区画の畑を借りている人たちが朝からやってきて、
農作業をしていた。
そうそう。
僕が98年にこの本を読んだときに
つくりたかった景色が確かにここにあった。
舞台はアメリカ・クリーヴランド。
ゴミ捨て場になっていた空き地に、
ベトナム人の少女が3粒のマメの種を蒔いた。
そしてそれから、毎日水をやりに来た。
近所アパートからそれを見たおばちゃんは、
麻薬か拳銃かよからぬものを隠しているのではないか?
と、少女がいない隙を見て、
その場所を掘ってみた。
ところが、麻薬も拳銃も何もない。
なんだ、なにもないじゃないか。
そのとき、ハッと気がついた。
芽を出したばかりのマメの種が3粒。
「なんてことをしてしまったのだろう」
おばちゃんはすぐに種をその場に戻した。
少女は、またやってきた。
水をやっているようだった。
小さな芽が出た。
おばちゃんはそれから、
マメの様子が気になって仕方ない。
少女が来ないとき、自分が水をやっていた。
そのうちに、自分も何か育ててみたくなった。
時が経ち、
ゴミ捨て場だった空地は、美しい菜園に変わった。
それだけではない。
「水はどうやってやるのか」「管理はどうするか」
を話し合っていくうちに、
人種や職業の壁を超え、みんなが仲良くなっていった。
ベトナム人の少女が蒔いたマメの種。
それは、マメの種ではなかった。
いや、たしかにそれはマメの種だったのだけど。
新しい関係性、新しいコミュニティをつくっていく種になるのだ。
大げさにいけば、
彼女が蒔いたのは、新しい社会、新しい時代の種だったのだ。
98年。
この本を読んで思ったこと。
僕も新しい時代の種を蒔きたい、と。
翌99年4月、畑のある公園づくり
「まきどき村」がスタートする。
「まきどき村」の「まきどき」とは、
種の「まきどき」の意味。
今、種を蒔かなければ、決して芽を出したり
花を咲かせたりしない。
今こそが種を蒔くときなんだ。
24歳のいまこそ。世紀末のいまこそ。
そんな思いを込めた。
今回のリベンデルでのハックツは、
そんなことを思い出させてくれた。
熊澤さん、本当にありがとう。
いま、ふたたび。
なんどでも。
この問いを胸に進んでいこうと思う。
「私にできることは、なんだろう。」
Posted by ニシダタクジ at 07:12│Comments(0)
│日記
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