2017年07月05日
「正解しなければいけない」は敗北への一歩

「呪いの時代」(内田樹 新潮社)
第3章 後手に回る日本
面白かった。
アメリカの「設計図神話」の話。
理想国家をつくる、というコンセプトで
できたアメリカでは、
システムに不具合が起きた時、
アメリカでは、システムの設計そのものを
見直すのではなく、バグや人為的ミス
のせいであるとする。
「ありあわせのものでしのぐ」という発想をせずに
「最初の設計図通りに作り直す」というかたちで処理する。
へ~。
なるほど。
~~~ここから一部引用
だからアメリカ合衆国の大統領は
建国の「物語」を力強く語ることができる。
いっぽう、日本の政治家は、「物語」を語れない。
統治原理の根幹が何であるか、
本人たちも分かっていない。
アメリカに従属しなければ生き残れない。
という「やむをえない実証性」に基づいて
その場の最適解で応じている。
相手がこう来たらこう返す、
こうされたらこう逃げるという受け身の姿勢でいること。
つねに状況に対して「後手」に回るという
日本の政治文化は受験生に似ています。
受験生はつねに「試験問題に遅れている」。
そもそも何のために受験勉強をしているのか?
などということは問わない。
この「受験生マインド」は、
政治家のみならず、官僚にもビジネスマンにも
日本人全体に蔓延しています。
まず「問題」が出る。
その問題に対してどう解答するかを
必死で考える。
そしてそれなりのよい解答を思いつく。
そういう能力は日本人はけっこう高いのです。
白紙にゼロから絵を描くように、
なすべきことを創造することは、
まったく不得手だけれど、
言い逃れとか言いくるめとかはうまい。
恐ろしいほどうまい。
~~~ここまで一部引用
なるほど。
この後に、武道的観点から、バッサリと切ります。
☆☆☆ここから引用
相手が次に打ってくる一手に最適対応すべく、
全神経を集中すること、それを武道では「居着き」と言います。
物理的には足の裏が地面に張りついて身動きならない
状態ですが、居着くとは構造的に「負ける」ことです。
居着いた相手は活殺自在である、そう言われます。
端的に言えば、武道はどちらが相手を「居着かせる」ことが
できるかを競っている。
ですから、武道的観点から言うと、
「問題に正解しなければならない」という
発想をする人は構造的に敗者であるということになります。
★★★ここまで引用
うわ~。
これは、あれですね。
スラムダンクの流川と沢北の勝負ですね。
「お前はまだその才能を活かしきれてねえ」
の後にパスを出す流川。
パスもある、と思った瞬間に
沢北のディフェンスが「居着き」の
状態にあって、
「ひとつ忘れてるぜ」
でスリーポイントが決まる、みたいな。
思い出しちゃった。
後手に回らず、そもそも、と考えること。
目的はなんだっけ?
って問い直すこと。
そこからしか、始まらんのですね、きっと。
Posted by ニシダタクジ at 08:20│Comments(0)
│本
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