2020年10月22日
「大学入試改革」と「地域で探究」

11月7日(土)9:30~11:15
「これからのまなび座談会」
@阿賀町公民館(鹿瀬)
対象:中学生、高校生のご家族の方
昨年くらいから記述式や民間試験導入などで
揺れている大学入試改革について。
その背景と、どのように対応したらよいのか、を対話します。
大学入試が推薦やAO(総合型選抜に名称統一)にシフトしているのは、
文部科学省のいう、新たな学力観のため。
1 何を理解しているか、何ができるか(知識・技能)
2 理解していること・できることをどう使うか(思考力・判断力・表現力)
3 どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びに向かう力・人間性等)
これらを学ぶ柱になるのが「探究」(総合的探究の時間)である。
では、「探究的に学ぶ」とはなんだろうか?その背景は?
背景にあるのは、工業社会からのパラダイムシフトだ。
「効率化」や「選択と集中」みたいな価値観ではもはや価値は生み出せず、
「変革(イノベーション)」」や「課題の発見」がビジネスにもン必要になってくる
その時に必要なのは「リテラシー」(能力)ではなく「コンピテンシー」(思考・行動特性)だ。
研究機関としての大学が求めているのは、経営体としての会社と同じで、
自律的に研究(仕事)ができる人であり、言われたことを言われたとおりにやる人は残念ながら不要だ。
だからこそ「探究的な学び」という舞台で、
学びの主導権(コントローラー)を自ら握り、
仮説・検証のプロセスを回していく、という経験が
必要になるのだと思う。
仮説・検証プロセスを何度も回していく中で
文部科学省の説明する「自己の在り方生き方と一体的で不可分の課題」に出会い、
その後、自律的に学んでいくことができるようになる。
というシナリオだ。
その時「地域」という舞台が非常に大切になる。
1つ目が、地域という舞台が仮説検証の実践の場になるからだ。
リアルな生活、暮らしがそこにあるので、そこで課題に気づくことができるかもしれないからだ。
2つ目が、地域の大人が学校の先生でも同級生でもない「ナナメの関係」になれるからだ。
先生と生徒というタテの関係においては「評価」が、同級生同士においては「同調圧力」という
行動阻害要因がある。それらを取り除いてやることだ。
自ら学びの主導権を握り、地域を題材に、地域を舞台に、
地域の大人や異年齢の人といった「ナナメの関係」とのコラボレーションによって、
仮説検証プロセスを回していく先に、
「自分を知ること」と並行して、「自らの在り方生き方と一体的で不可分の課題」に出会える。
地域の役割は環境を用意するとともに、時に一緒にプレイヤーとなり行動し、時にそれを見守ること。
先端教育6月号にあったように、
「新しい学びの場における教師の役割は、いわば雑木林の成長を見守る里山の住人です。今までの教育は、一律に整えられた綺麗な杉林を作ることでしたが、これからの学びの集団は雑木林であるべきです。雑木林といっても、荒れた林ではありません。一つひとつの木の状態を見て手入れをするように、全体を見守りながらも一人ひとりの個性を伸ばしていくのです。個性は他者とぶつかり合うことで磨かれていきます。子どもたち同士の関わり合い、そして教師との関わり合いという豊かな関係性を構築していくことが大切です。」
推薦・AO(総合型選抜)の「志望理由書の書き方~7つの観点」はテクニック論ではなく、学びの本質的な要素をついていると思う。
【7つの観点】
1 経験(活動実績)
2 気づき・価値観
3 実現したい野望・問題意識・テーマ
4 3の社会的意義
5 3に向けて取り組むべき課題・実現方法(解決策)
6 志望大学が最適である理由
7 将来の夢・志
6のところを、会社や専門学校に替えても同じだ。
「進学する・しない」「学力選抜か推薦・AO(総合型選抜」かに関わらず、
自らの人生を「経営」するために、「地域で探究」が必要なのだと思う。
仮説・検証を繰り返し、ふりかえりを丁寧にやることで自分を知り、
「自らの在り方生き方と一体的で不可分の課題」に出会える。
本当の「まなびのはじまり」は、それからだ。
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