2020年05月10日
脱マシン(人間的であること)

「シン・ニホン」(安宅和人 ニュースピックスパブリッシング)
書き残していたメモがあったので、それをまとめてみます。
「異人」の時代へ(20.4.20)のつづきです。
http://hero.niiblo.jp/e490580.html
どうやって、それをいわゆる「教育」「学び」の場で実現していくか?
これまでの工業社会型資本主義:GDP=付加価値の総和⇒スケール(規模)の勝負
⇒中国、インドなど人口が増えているところが伸びる⇒多くの国では人口増が止まったからもう伸びない。
これからの市場価値を生み出すのは「異人」。
→事業のありかた、人材のありかたが変わる
→教育も変わるし、研究開発、基礎技術も変わらざるをえない。
すべてがいっぺんに変わる。
人口増のロジックでは考えられない。
ハード系のAIだけじゃなく、ソフト系(データ×AI)が必要
昔はスケールで利益出して、ブランド作って、時価総額が上がった。
今は時価総額から付加価値へ。
夢を形にする時代。
そこに技術とデザイン&アートが必要。
必要なのは「脱マシン」なのに、良いマシンになるための教育をやっている。
国語:空気を読む技術を学んでる、敬語とか。
数学:センター試験まで計算ドリルやってる。
理科:見つける⇒はめこむ(ドリル)。「パターン」見つける。
体育:前ならえ気をつけ(G20の誰もやってない)は明治の残留物→ものすごい勢いで国民を兵隊にしなければならなかったから。
入試:5~7割が解ける問題を並べている→多数決で多いほうが正解
平均的に得意な子が取りたいから。問題をみなくても正解がわかる。
徹底的にマシン化する教育をやめないといけない。
違うこと自体が価値になる時代。同じであることは「無」。
銀行の支店長になるには、膨大な社内ルールを覚えることが必要だった。
→今や人間がやる必要がない。付加価値にならないのだから。
マシンだと「仕掛ける」ことが禁止されている。
勤め人に集合体だから仕掛けることができない。
SFCのAO入試⇒変わったやつしかこない。
想定する変わったやつよりも変わったやつをとらないと。
わけわからない、解読できない価値をとりにいくのがAO入試。
一般(学力)入試は、心をまったく見ないで人をとっている。心のベクトル、価値観を見ていない。魂の色が何色か?
高校4年生は高校7年生になって、社会に入ると、高校生のままで死んでいく。
KPIが受験になっているとすべてが終わる。そこが固定されていないやつだけが輝いている。学力は重要だけど正義ではない。
日本におけるリベラルアーツの認識間違っている。
人にものを伝える力:論理学修辞学が重要なのに「国語」が空気を読むゲームになっている。
わざわざ不完全な文章を読ませている。大学生で論文を書いたことがない子は指導ができない。
伝えたいことを伝えたいように書けるかどうか?を批判的に見ることができるかどうかを磨くこと。
「生命力」に回帰している。
人間も生き物(動物)であるという前提。
「ニュートン」ペストで大学が封鎖になっているときにいちばん成果を残した。
いま、天才が生まれているかもしれない。異人からしたら最高の世の中。マシンになるための教育から解き放たれている。
生体験の量では学校外にある。誰に会うか、どんな体験をするか人生に刺さったひとことは課外活動でしかうまれない。
「心を育てる」には学校の外というか「非ドリル」的な何か。才能はひとりひとり違うのでそのひとりひとりに目を向ける。
30人同時は無理で、針治療しかない。月に2回くらいその子にしか刺さらない針を打てるか?
特に小中学校、高校の前半までに打たなければならない。その子にしか効かない針治療を。
さまざまな人が打ち込んだ針がいつまでも思い出されるような、彼ら彼女らの遠い未来に向かって深い針を打たないといけない。
何かに突き抜けている人材を応援する。むちゃくちゃ仕掛けるやつが有利→若くて何もない人がチャレンジできる。
新しい制約をつくることで新しい成長をつくる
SDGsは現代の5-7-5(俳句)
アイデアを激しくうむシステム→知恵を絞らないといけない。お金使わないといけない。
経済成長させるためにSDGsを生む。SDGsの半分以上が才能と情熱を解き放つ系となっている。
と、まあそんな風に世の中が変わっていっているのですが、
(以上、weekly ochiaiよりメモ)
あらためて、じゃあどうしすればいいのか?を再び「シン・ニホン」本文より。
~~~ここから引用メモ
漢字の書き取り、計算ドリルは、マシンとして子どもを育てていて、「意思」「自分らしさ」「憧れ」のない子どもが普通になっている。
「その人なりの心のベクトル」を育てること。
1 何を教えるにしても作業内容ではなく意味、目的を主として教える。一方でマシンにアシストされるのが当然の活動のスキル育成(ドリル的なもの)の割合を、世界の先端事例を参考に大胆に削り、21世紀らしくマシンを活用する技を前提に育成する。
2 スポンジのように引っかかりなく吸収することよりも、体験する、ものを読む中でその人なりに感じること、引っかかることを優先し、そこから生まれる気持ちを育て、「知覚」を育む。
3 さまざまな近代・現代に偉業を成し遂げた人の、過度に偶像化されていない話に触れ、考えさせ、1つ1つの偉業は観念論的なものではなく、すべてリアルな課題を乗り越えることによって達成されたことであり、その実感と重さを想像することはきっと未来において彼らが何かを仕掛けるために大きな力となる。
4 明らかに「その人らしい近くと深み」の育成を阻害している仕組みを取り除く。
仕事=力×距離
=質量×加速度
ガリレオの時代からずっと、サイエンスの根源は、自然からパターンを見出すこと。
発見されたルールと事実を覚えて、それを物理や化学の問題に適用することではない。
夢×技術×デザイン視点で未来を創る教育を刷新する。
あらゆる文化は「手」によってつくられる。真の創造は最終的には「手」によってなされる。「手」を忘れることは文化の原点を忘れ、人間性を見失うことである。このプロジェクトは「手」を通じて「新しい生活のあり様」を提案し、「文化」の本質的な復権を願って企てられたものである。
1 「手」を動かす
課題に接し、対象や土を触り、触る対象の声に耳を澄ませ、ほしい姿を手で描き、モノを作る。
2 データ×AIがどのように世の中を変えているのかという実例を数多く見せ、実感を持ってもらう。
3 小中学校から何かを実現する道具としてデータ×AIを馴染ませ、データ×AIネイティブを生み出す。
4 新しいものをつくる体験で夢を描くを養成する。
5 風景、景観に対する視点をいれる。
初等・中等教育刷新に向けた課題
1 「データ利活用」
2 「ソフトウェアづくり」
3 「ものづくり」
4 「空間づくり」
不確実性の4つのレベル
1 確実に見通せる未来
2 他の可能性もある未来
3 可能性の範囲が見えている未来
4 まったく読めない未来
僕らがとりうるスタンス
1 「形成」自ら未来を創る
2 未来に「適応」する
3 「プレー権を確保」する
具体的な手法
1 大勝負に出る
2 オプションを仕掛ける
3 後悔のない行動をとる
SDGsとSociety5.0の交点をとる
SDGsは、以下の3つに分けられる(P372)
「才能と情熱を解き放つ」系
「持続可能な空間をつくる」系
「力と方法を持つ」系
Society5.0の価値の源泉
デジタル革新×妄想力
規模拡大の効率性⇒課題解消・価値創造
均一性⇒多様性
集中⇒分散
脆弱⇒強靭
環境負荷大・資源多消費⇒持続可能性・自然共生
~~~ここまでメモ
とくに、ここかな。
僕らがとりうるスタンス
1 「形成」自ら未来を創る
2 未来に「適応」する
3 「プレー権を確保」する
形成か、適応か、プレー権の確保か。
それは課題ごとに違ってくるのだろうけど。
いまこそ、観察し、学ばないといけない。
状況が日々、変わっている。
今日と同じ、明日は来ない。
Posted by ニシダタクジ at 08:44│Comments(0)
│本
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