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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2023年12月02日

「とらわれ」を獲得する前に

「とらわれ」を獲得する前に

富山県舟橋村のfork toyamaにお邪魔してきました。
https://fork-toyama.com/

昨年のクラウドファンディングの記事に概要はまとめられています。
https://readyfor.jp/projects/forktoyama

「fork」というのは選択肢という意味。
代表の岡山さんはもともと研究者を目指し、大学院に進学。
教授から君はアカデミックよりジャーナリズムが向いていると進路変更。
PR・マーケティング会社を経て独立。
現在は富山県の事業者のブランディング等を手掛けている。

舟橋村は「日本一小さな村」。補助金や制度に頼るのではなく、住民同士が「子育て共助」に力を入れてきた結果だと言います。(上記サイトより)

市町村合併をしなかったのも、理由のひとつには「合併すると小中学校がなくなってしまうから」ということが挙げられる。

富山駅まで電車(地鉄)が走っていて、通勤するのに便利ということもあるだろうけど、「子育て共助」をキーワードに移住者も子育てを通じてまちに溶け込んでいく仕組みができている。

そんな子育ての村、舟橋村に今年5月に正式オープンしたのが学童保育だ。

運営するのが一般社団法人fork。
ミッションは「はたらく」と「そだてる」をもっと自由にする

学童保育の方針は「みん営」:子育てをみんなのものに。
保育料はゼロ。

みん営がひらく可能性
「はたらく」家庭の状況や周囲の環境にとらわれず子どもが安心して過ごせる場所をつくることで親の「はたらく」に自由な選択肢が生まれます。
「そだてる」:経済的・地理的な制約にとらわれず、子どもの能力や価値観を拡げる機会をつくることで「そだてる」ことにあたらしいチャンスが生まれます。
「くらす」:「はたらく」と「そだてる」がもっと自由になることで、自分の暮らしたい街で暮らすこと、好きな場所で生きることができるようになります。

保育理念は「まなぶをあそぶ、みらいをつくる。」
・自分で考える力を育む:指示される、命令されるのではなく、どうすべきかを自分で考えて行動できる人として育つために、大人はきっかけを提供する役割を担うことが大切です。

・子どもも大人もおなじ人:子どもだから未熟、大人だから完璧。そんなことはありません。どちらも同じひとりの人として尊重し合う関係を大切にしています。

・多様な大人の背中に出会う:子どもだからこそ、世の中にはさまざまな人がいることに気づきやすい環境が大切です。多様性との出会いは自分の可能性を広げることにつながります。

~~~
forkの文章を読んでいると、「〇〇にとらわれず、選択肢を増やす」という文法になっていることがわかる。

これは岡山さんの「もっと自由に生きてほしい」という祈りが込められている。

「日本一小さな村、富山県舟橋村で生まれたforkは、子どもの有無や住んでいる地域を問わず、社会みんなが「子育ての関係者」になれる日本初の学童保育施設です。さまざまな個人や企業が経済的に支えることで保育料ゼロを実現し、さまざまな人・もの・コトとの出会いを提供することで子どもたちに人生の選択肢が広がる機会をつくることに挑戦しています」

まさにまさに。人は、「機会」によって、「とらわれ」から解放され「自由」を得て「選択肢」を増やす。

それをいかに早くやれるか?
つまり「とらわれ」を得る前にやれるかどうか。
やっぱり小学校からスタートすべきなのかもしれない。
「遊び」と「学び」が分かれる前に、遊びのような学び、学びのような遊びをつくっていきたいと思った。

参考:「学ぶ」と「遊ぶ」を再び融合させること
http://hero.niiblo.jp/e493270.html
参考:「自信がない」は後天的に獲得した資質である
http://hero.niiblo.jp/e459844.html

岡山さんが言っていた3次資源(=精神性)という言葉も印象に残った。富山県の歴史的背景(貿易・交流の拠点でありながら農村地帯)から、保守的な人とチャレンジングな人(田中輝美さん的に言えば土の人風の人かも)との両方がいるが、それぞれが共存・共生しあっているという。そういう歴史的背景って大切にしていきたいなと思った。

ハードと、ソフトと、精神性というか、ベクトルというか、美学っていうか、そういうもの。その3つがオーバーラップするものとしてのみん営の学童保育。しかもそれは岡山さんひとりではなく、集まってくるサポーターの人たちとの対話しながら出来上がっていくもの。そして、子どもたちも享受するだけでなく、その一員としてつくっていくもの。

その、「これからつくっていくもの」のためのハードとソフトなのだろうな、と思った。

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Posted by ニシダタクジ at 08:16│Comments(0)日記学び
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