2015年12月31日
ゲマインシャフトとゲゼルシャフト

「君に友だちはいらない」(瀧本哲史 講談社)
引き続き、こちらから。
第5章
チームアプローチは、あなたと世界をどう変えるか?
~~~ここから一部引用
「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」という言葉がある。
ゲマインシャフトというのは、地縁や血縁など、
人間が生活していくなかで自然発生的に生まれてくる
社会集団のことを指す。
地縁にしろ血縁にしろ、この関係は、自分が生まれた時点で
ほとんどが決まっている。
そのため事後的に自らの意志で、
それらを変更することも、逃れることも基本的には難しい。
その縁を増やしていくことも、完全に消すことも困難である。
身分制度と村落共同体によって
職業や婚姻、移動の自由がなかった江戸時代までの日本は、
典型的なゲマインシャフト的社会である。
ゲマインシャフトに対してゲゼルシャフトというのは、
「ある目的をもった人々が、その目的を達成するために集まった社会集団」
のことをいう。
何かの目的があって作られるものだから、
いくつもの集団に同時に所属することもできるし、
その目的が必要なくなったり、組織がダメになったら
いつでも解散したり脱出することができる。
~~~ここまで一部引用
著者は、家族の問題や、学校のPTA、自治会などの
問題がゲマインシャフトの関係性に固執するところから生まれるという。
これらの組織をうまく機能させるには、
ゲゼルシャフト的、つまり目的志向性を持たせることが重要になるという。
さらに「いじめ」についてこう言及する
▽▽▽ここから一部引用
いじめという現象は、
村社会に代表されるゲマインシャフト的組織で
おこる典型的な問題である。
いじめは「そこで暮らしていくしかない人たち」が、
自分たちの集団の「同質性」を確認するために、
定期的にわずかな差異を持つ人たちを探し出して叩くという
一種の「儀式」だ。
だから特定の人がターゲットになっても、
その人がその場から去れば、
周期的に別のターゲットをランダムに見つけ出して繰り返し行われる。
いじめの対象を見つけ出す理由はなんでもいいのである。
なぜならば、いじめが、いじめとして機能するためにはの重要なポイントは、
「次に誰がターゲットになるか分からない」ということにあるからだ。
(中略)
この「次のターゲットを明示しない」というやり方は、
絶対権力が支配する社会の統治システムにおいても巧妙に使われてきた。
隣で暮らしていたふつうの家族が、ある日突然、一家揃っていなくなる。
それを見た人々は震え上がり、
「今度は自分たちの番ではないか」「けっして当局の手にとまらぬように
おとなしくしていよう」と胸に誓う。
(中略)
いじめの原点は「狭い人間コミュニティ」であり、江戸時代に盛んに行われた
「村八分」もいじめの一環にほかならない。
現代のブラック企業でも営業成績の悪い社員を、上司が見せしめのようにして
いじめるが、それも組織の同質性を保持するために行っていると言えるだろう。
△△△ここまで一部引用
と、めちゃめちゃ真実をついている。
学校におけるいじめも、
まさに「狭い人間コミュニティ」であり、
それを維持している限り、いじめはなくならない。
そして、それを打破するのは、カリスマではなく、群雄だと著者は説く。
カリスマ型リーダーに引っ張られる組織は、
権力が一点に集中することを避けられないがために、
やがてリーダーの顔色ばかりをうかがう典型的な「官僚タイプ」
の人間が幅を利かせることになり、制度が硬直化し、
あっという間に活力を失っていくことが避けれられない。
振り返ってみれば、日本もかつて「群雄たち」
が国家の基礎をかたちづくった。
江戸幕府(幕藩体制)という地方分権型国家である。
現在も戦後つくられた中央集権システムが行き詰まり、
社会保障をはじめとする国家のインフラがきしみ始めているいまこそ
群雄の出番だ。
なるほど。
僕たちは、群雄になるべく、
ゲゼルシャフト的な目的指向型の組織を
数多く作っていくこと。
なによりも試しにやってみること。
チームをつくってみること。
そこから次の時代の扉が開く。
Posted by ニシダタクジ at 06:42│Comments(0)
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